【ゆっくり解説】「右」と「左」の概念が存在しない国-空を「黒い」という人々-
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- Опубликовано: 14 окт 2024
- 参考書籍
言語が違えば、世界も違って見えるわけ
amzn.to/3LSBaNy
「古代ローマの詩人はなぜこんなに色の表現が少ないのか、もしかして古代人はみな色弱だったのではないか」という約200年前の疑問から出発し、色の認識と言語の関係が解き明かされていく過程を描く。左右の概念がない民族についても。
数の発明-私たちは数をつくり、数につくられた
amzn.to/3PJ8vOa
数を持たないピダハン族とともに幼少期を過ごした著者曰く、数は電球や車輪と同じ発明品である。様々な実験を通して数の発明の経緯を探る
もし「右」や「左」がなかったら
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言語の違いによる空間の認識、体や物をどう分類して分けているかの紹介
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amzn.to/3PJ8vOa
数を持たないピダハン族とともに幼少期を過ごした著者曰く、数は電球や車輪と同じ発明品である。様々な実験を通して数の発明の経緯を探る
その他参考書籍は概要欄へ
大好き😘
毎回本紹介してくれるの嬉しい
ピダハン族の人たちにに興味を持った人には
『数の発明』の著者、ケイレブ・エヴェレットさんの父親である
ダニエル・エヴェレットさんの著書
『ピダハン 「言語本能」を超える文化と世界観』
もおすすめです!!
@@真珠-k6b ありがたい!😆💕✨
ピダハン族、ゆ虐のゆっくりみたいで草
印刷の仕事をしている友人(とその職場の人たち)は全ての色をカラーコードで認識していて物凄く細かい色の違いまで認識しているっぽいのでこの説は正しいと思う
言語学ってほんと世界の根源に至る学問だとつくづく思わさせられるわ。
歴史好きだから、言語学は世界の繋がりを歴史的観点から紐解けるからワクワクがすごい
どの言語でも似たような表現が発生するのは怖いくらいだわ
@@mf9439 グーグ・イミディル語の人も方角は4つに分けるの面白いですね。6つとか9つに分けることも文化圏によってはあるのかなって。
@@よし-q4v 人間ってのは自分基準か地理基準かに関わらず方向をおおざっぱに縦と横に分けるのかもしれんな
@@kagero_2105 人間って前後は性質として認識できるけど
左右に関しては経験で覚えるので
(子供の頃にお箸を持つ手とかお茶碗を持つ手とかで左右を教えるのはこの為
欧米でもスプーンを持つ手とかフォークを持つ手と言って教える
さらに言うのなら大人になってからも咄嗟に左右が出てこない人がいるのもこの為)
なので人間は本質的には前後しか分からなくて、その他の方向として左右を認識している(右を向いた時、後ろが左)
なので貴方が思っている通り人間は基本的に縦と横をおおざっぱに分けているだけなのです
@@山田太助-e1c 体の左右に目に見えるような偏りがあって尚且つ偏り方がその種で共通な作りの生物なら言葉がなくても感覚的に左右を認識できるんかな...
感動を全部「エモい」「ヤバい」で片づけていると、気づかないうちに感情自体がぼやけていくかもしれないですね。意識して繊細に言葉を使っていきたくなりました。
感情ぼやけてる方が生きやすい。
自分はPTSDになった時誰も助けてくれなくて何年かしたら感情自体がぼやけて感じたことを表現できなくなりました
清水義範のエッセイにも「言語化力がないと自分の思考をくっきり把握できず、世界認識がモヤがかかったようになる」みたいなことが書いてありました。「うぜえんだよ」「何がどう気に入らないの?」「とにかくうぜえんだよ」みたいな不良の思考って、不快感の理由を自分でも把握できないんだろうな、とか。
そういえば、赤ちゃんはたとえばただ「眠い」だけでも、その不快さの理由が分からず、「不快」だからとにかく泣く、らしいですね。
なお返事はどんな意味でも全て「はい」「結構です」「大丈夫です」で済ますのが日本にしかない美徳とされる模様
@@みんみん-q8kさん 「どうも」や「すみません」 も万能すぎですよね
ルーマニアの思想家エミール・シオランの言葉で「人は国に住むのではない、国語に住むのだ」っていうのがあるのを思い出した 言葉は世界を切り取る手段で言語が違えば切り取り方も違うのかなと思った
ノワールの簡単に言い換えるような合いの手が上手すぎて、本当に主さんの賢さを表してる…話の運び方もすごく参考になる…
多分東大卒でしょう
見え方を味で言い換える言い回しは凄く分かりやすかった。
群青色や藍色と青色の違いを説明するより簡単でスッと入ってくる。
「甘い」の例えがわかりやすすぎる...!!
ピダハン族は左右と色に加えて時間と遠近感の概念もないらしいよね。湖の反対岸にいる牛の群れを指さして「あの虫は何?」って研究者に質問した話が好き。
こういう研究に出てくる先住民って、凄い協力的でいつも驚く。
研究のために、研究者は友好関係を築くコミュ力が必要だったろうね。。
村に何年も住んだり通ったりして、先住民の言葉を学び、生活を共にしながら研究することもあるらしいですよ
見知らぬ研究者には協力しなくても、寝食を共にした仲間になら協力するんじゃないでしょうか
むっちゃ面白いなぁ……どうやってこんな面白い話題を持ってくるんだろ
ちゃんと「左右」の話から発展させて「色」とか「数」の話までまとめてるし。
これは子供の教育に応用できると思う。
人間の認識力や思考力が言語に依っているのはある程度知っていましたが、ここまでとは…。
言語による数の数え方も数学能力に影響してそうだな。
例、🇬🇧語の70(seventy→70単体)
🇯🇵語の70(ななじゅう→7×10)
🇫🇷語の70(soixante-dis→60+10)
みたいな感じで各国によって捉え方が違うから、70個数えるのにかかる時間とかも違ってきそう。
🇫🇷語で80は、quatre vingt →4×20 だけどね
英語も「7×10」ては?
英語の10 は ten
1〜20と90までは10ずつ単体
中・高等教育が英語学習になるので、英語の学習コストが問題になってなかなか発展できないってのがここ数十年アフリカで起きてる現実ですしなぁ…
数学のノーベル賞といわれるフィールズ賞が一番多いのはフランス人定期
日本は子供向けの数学オリンピックも最近はダメダメ
飲食業界にいますが、だしの味やワインの香りなど複雑なものも言語化して捉えることが大事だと教わりました。
例えば、赤ワインの表現としてはスミレやピーマンやコショウの香りなど…。この動画でいうように香りに名前をつけて繰り返し認識することで、感覚が敏感になるということなのかなと推測しました。
ためになる動画をありがとうございます。
車の塗装してる人達も近いかも知れませんね。
凄い数の色があって、さらに調色して合わせるとか、信じられない。
ワインで狐臭って何よ?って思いましたw
??「これが狐臭のあるワイン」
わたし「えっ」
??「ファンタグレープみたいな香りのこと」
わたし「えっ」
??「褒め言葉ではない」
わたし「えっ」
@@um-cr9dx さん
日本人の場合、アポクリン汗腺少ないので率としては10〜15%程度
まあ稀に満員電車とかイベントで”目にしみる”レベル(カレースパイス系)の方
も居られますが
アングロサクソン系、臭気の差異はあるがほぼ80%(チーズ系が多い)
@@0hhigh さん
いきなりワキガ?体臭の話に飛んでて笑ったww
チーズ体臭といえば、寝ぼけたナポレオンがエポワス(匂いのきついウォッシュチーズ)を嗅いで「ジョセフィーヌ(ナポレオンの妻)、勘弁してくれ」と言った…なんて小話がありますね。
クミンシードみたいなスパイス体臭の方も、いらっしゃいますね。目に染みる…とは強烈な表現。笑
以前インバウンド盛んだった頃に、勤務先飲食店のカウンター席にスパイシーな方が入られて、横並びの方からクレームになったことを思い出しました。
個室も、部屋に匂いが染み付くので、それはそれで困りものですが…。
感情を表現する語彙を多く知ってる人ほどメンタルが安定してるって聞いたことあるけど、言葉が持つ力からいろんな恩恵を受けてるんだな
「概念」というのが、思考する上でとても重要だとよく分かり面白かったです!
もしかしたら「天才」と呼ばれる人達は、我々が持たない概念を生まれた時から持っていたかもしれませんね。
普通の人が苦労して手に入れる知識も、彼らにとっては当たり前の事だったのかもしれない。
関係ないですが「グーグ・イミディル語」って語感がいいですね。
左右の概念に関してさらに面白いのが、4:35の実験を左右の概念を持つ国の子供にした時なんですよね。実験の時点で左右の概念を知らない子供はグーグ・イミディル語を話す人と同じように物を並べたらしいです。左右の概念を持つと私たちと同じように並べるわけだから、左右の概念を認識する前後で脳の働き方が変わってることは確からしいです。
そして、興味深いのが左右の概念を知らない子供が東西南北の概念を知ってるとは思えませんから、おそらく本能で東西南北を把握してるということです。ということは、私達も幼い頃はグーグ・イミディル語を話す方々と同じような能力があったのかもしれません。
また、左右の概念を持たない民族の方たちに目隠ししてもらい、彼らを集落から数十km離れたジャングルに連れていき、目隠しを取ってもらって家まで帰ってもらう実験をすると、すぐに彼らは集落のある方角に進み始めたらしいです。
ほんと凄すぎますよね〜
方角を正確に把握出来ても集落の方向がわかるのは別の能力のような気がするのですが、なんで帰れるんでしょー
翠色、萌葱色、若竹色、常磐色、などなど色んな言葉があるのに、信号を見て「青信号」と、盛夏の木々を見て「青々としている」と平然と言う日本語は面白いですね。
古代の日本や中国語は青い、赤い、白い
、黒いの4色しかなかったなんて噂を聞きますが、その名残でしょうか。
「甘い」の例えが大変に分かりやすくて好きです。
そうらしいですね。古代日本語の名残という話は聞いたことがあります。
平安時代以前は青と緑の区別が無くてどっちも「青」で表現していて、言葉でも「青い」とは言っても「緑い」ではなく「緑色」と言います。語呂的にも「みどりしんごう」とか「みどりりんご」は言い辛くて違和感がありますが、「あおしんごう」「あおりんご」と言ってもあまり違和感を感じないのは日本語の特徴らしいです。
緑(みどり)、昔は「つややか、みずみずしい、新芽」の意を持っていて「緑髪(つややかな黒髪のこと)」「緑児(生まれたばかりの子供のこと、新芽のように生命力に溢れていることから)(現在の表記は嬰児)」などの言葉が存在しますね
言語は変わるもんなんだってよく分かる例ですね(今だと緑児じゃなく赤ちゃんだからなぁ、緑から赤かぁ……)
お二人のコメントを読んでいると白い、黒い、赤い、青いが日本の色認識の基礎のような気がしますね。他の色は「黄色、黄色い」などと、「色」を付けて表現しますが、前述の4色は「~い」だけで表すことができます。言語は変化するので、俗語にはピンクいとか緑いみたいな表現もあるので次第に変わっていくかもしれないです。最も、個人的には俗語の域を出ることはない気もしますが。
元は「白」「暗い」「明るい」が色の始まりであり、これが「白」「黒」「赤」に変化したと言われる。
@@sssr2043
2ちゃんねるスレッドの「形容動詞が形容詞なら、連体詞は副詞」によると、「みどりい」という方言はあるらしい。
それを差し引いても、灰色やエメラルド色など、形容詞と相性が悪い色は確かにあるなw
どこぞの言語学者が言っていた「モノに名前があるのでは無く、見ているヒトの認識自体に名前がついている」とか。認識というかクオリアに差があると言語が変わるから翻訳は完全には同一には成れない。蛾でも蝶でもパピオンと翻訳されれば意味が伝わらない。面白いよね。
いや逆でしょう。使う言語によってクオリアが変わるのでは?
味の話で日本人は「甘い 」という表現だけで微妙に違う味をひとまとめに表現してる
ってのが凄くしっくり来ました
それと同時に、食に対するこだわりの強い日本人が
味の表現を曖昧にしてることも何か理由があるのかもしれないですね
昔食べたことない今になって入ってきた食べ物が多すぎるのでは
「辛い」という味も
・トウガラシの「辛い」
・塩っけが強い「辛い」
・ワサビの「辛い」
・胡椒の「辛い」
・山椒の「辛い」
と全く別の味なのにひとまとめで「辛い」にされてるよね
日本人は味覚表現に敏感なほうだとは思いますよ、そもそも人類が全体的に味に疎いだけで。それこそ、渋いだとか、しょっぱい(塩辛い)だとか、甘酸っぱい、駄々甘い、ほろ苦いなどのように単語と単語をつなぎ合わせ一つの単語にしていますからね。これらを英語の一単語に置き換えることができないように、多くの言語において単語化できません。一番日本人が表現を苦手とする五感は聴覚だと思いますね(相対的に)。聴覚もオノマトペを可とするなら上出来ですが、オノマトペはズルに近い表現技法ですからw
食に対するこだわりが強いっていうのは多分間違いで、生食特化な文化故の繊細さって表現が正しいのだと思う。
日本の外に視点を置くと、日本が火を通した料理に関してはかなりの後進国だったり、東南アジアや南米諸国に比べて果物に対する造詣が相当浅いのがわかって面白いよ。
@@曇咲さん 火を通したものの後進国ってどういう事なんですか?
料理の種類が少ないとか?
日本語も元々は色を表す言葉は4つしかなかったようですよ。
あかい(=明るい色)、くろい(=暗い色)、しろい(=著い色)、あおい(=淡い色)
現在の『白』に近い色はもはや『あおい』。
そう言えば昔、緑、黄、紫などの「〇い」でない色は「〇い」より新しい言葉と聞いたような気も
これは中国の物ですけど朱雀・玄武・白虎・青龍ってのもありますね
「ゆる言語学ラジオ」で聞いた話の更に詳しい解説、感謝です。
ピダハンまで出てくるとは!
同志!ちょっと感動
示唆に富むこのうp主はUnbepissedな人物に違いない
こちらのコメを見て興味が湧いたので行ってみます!
@@MametoMimi
少々動画時間は長いですけど、その分見応えはある骨太なチャンネルなので楽しんで下さい〜!
復習として見ることができたので、より勉強になりました。
空や葉が黒ってのはそれで成り立つのか!?と思いましたが、『甘い』で例えると一発解決ですね。なるほど。。。
言語によって認識が変わる、面白い話でした
ベトナムの人と話す機会があったのですが、「暑い」という表現が向こうでは幅広い言い回しがあるのに驚いたことを覚えています
アマゾンのある先住民は緑に相当する単語が何十個もあるってのも聞いたことがある
擬音語の表現も含めたら日本も結構表現の幅ありそうな気がするけどね
見えている景色は同じだが、それを的確に表す言語が存在しないためそれを理解、表現することが出来ないということは私自身昔からぼんやりと思っていたことなのでしっかりと説明して下さっていて見ていてとても面白かったです!!
いつも面白い動画ありがとうございます〜
的確な言葉を話さなくても、相手に伝わるなら言葉はそんなに重要ではないとも言える。
人と人との心の距離が近いんだろうなぁと思いました。
解説わかりやすすぎる。複雑な内容を誰でも分かるように説明出来るの凄いです
もはや「絶対方位感」ですね。生まれたときからそう言う環境なら、そのように育つってことなのでしょうかね。
面白い話題をありがとうございます。
すげー特技のように思えるけど。自分達に当てはめてみれば「ある程度時計を見なくても時間がわかる」とか、そういった日常的に無意識に把握している感覚なんだなぁ…
興味深い話であり、自分に当てはめて考えてみる…見方の違いを認識する大事さを感じるよな。
京都市民は可能w
※ただし京都市内に限る
中京区の場合御所がある方が北だから一発
大宮は市の中心を鉄道と国道が東西南北に十字に走る
東は市街地、西は秩父の山と荒川土手
子供の頃から東西南北意識して生活してた
高校は浦和で浦和の子供もそうだろうと思ったが違ってた
東京の大学行ったらみんな方位の概念全く無くて呆れた
電話で道案内する時、南だ東だ言うと怒り出す始末だ
ゆる言語学ラジオってチャンネルの動画とほぼ同じ内容だったので分かりやすかったです
「言語が違えば、世界も違って見えるわけ」を読んだので、話題になってて楽しい!
次回も楽しみにしています。
普段とは趣向の違う回でしたがとても興味深かったです。
蝶と蛾を区別しない言語を使っている人は蝶々を見ても気持ち悪いと思うとか、「肩が凝る」が欧米語にはない概念で、日本語を学んだ外国人が急に肩が凝りだす、なんて話を聞くと面白いですよね。
日本国内ですら「おささる」「こずむ」など標準語では一言で言い表せない表現があり言語学も奥が深いですね(某言語学チャンネルっぽい書き込みになってしまいすみません^^;)
色に対する認識の違いの解説が、すごい綺麗に納得できました。
ホントにこのチャンネルの解説はわかりやすくて大好きです。
こういう、勉強と遊びの間ぐらいの感覚で見れる動画だいすき
今回の話ほど極端ではないけど、日本でも山梨県では富士山や南アルプス、八ヶ岳など見た目の異なる山がいろんな方向にあって
日常的に方角を強く認識しているため、道順や場所などを東西南北で説明する人が多いらしい
一年ほど山梨で仕事してたけど、確かに、どの方角向いて歩いても山が見えてた…というか山しかなかったw
わかります!家の中でも東西南北で指すって聞いたことあります。テレビの南にあるよとか。
山梨出身だけど富士山を起点に方向を表しますよ。
富士山を見た時に西方(にしかた)東方(ひがしかた)って感じです。ちなみに南は富士山側、富士山の方という人が多いです。普通に南って言った方が早いけど笑
家の中でもテレビの東方にティッシュがあるよ!みたいに方角で言います。
さらに富士山側が上り、反対側(東京方面)が下りなので、電車の上り下りが逆です。
京都も理由は違うかもですが同じような文化があります!
北を上、南を下と表現し「〇〇から下がって〜」みたいに場所を説明します
他県に住んでいた頃よりも、確かに方向を常に認識するようになりました…
本州の瀬戸内沿岸も 北は山、南は海
笑い話で
中国人が来日、神戸に来て
「日本には大きな川が無いって聞いていたけど、目の前のは何川?(瀬戸内海を指差して)」
私このタイプの人間だわ。長く山仕事をしていて常に東西南北の感覚になってた。ナビが無かった頃電話で従兄弟に「そこから国道を西へ6キロぐらい」と説明したら「お前西だ6キロだ言われたって分かるわけねえだろ!」とキレられたw
言語と物事が紐付けされていることは、脳が情報を処理する上で想像以上に重要なんだろうな
数字の概念がある我々が10個を再現するのは簡単だけど、ピダハン族の人々からすれば10個のものがあるという風景を丸ごと記憶しなければならない感じなんだろうか
これって認知言語学?
もしやn=1の方!?
魚や果物など生存に影響するものの数(保有)が少ない場合は、生存の緊急度が高くなるけど、多く保有するほど緊急度が低くなるからアバウトになるのかもと想像します。
お、用例か?
そんな貴方にデンマーク語!
日本語で九かける十足す七なところ、7+(1/2+5)×20で97
日本語も「青」の表す範囲が異様に広くて、緑色も元は「青」と表現していたらしいですね。今でも色んな日本語の表現にその跡が残ってますし。
だから信号機の色も、緑なのに「青信号」って表現するんですね
青のりとかね
青々とした緑
最近読んだ参考書籍の内容が紹介されるのはちょっと嬉しい
空間把握能力すごすぎてもはや新人類レベルだな
頭の回転もめちゃくちゃ良さそう
頭がいいというより、知覚して記憶しておく情報の優先度が違うだけだと思う
それは向こうからすれば「言語化能力新人類レベルだな 頭の回転もめちゃくちゃ良さそう」になるぞ。
自分がフランスに住んでたときに、何か出来事を話すときに西暦を使って話してて「よくそんなに細かく覚えてるなあ、自分が何年生の時…って言わないんだなあ」って思ってたけどそんな感じかなあ
日本人だけど出来事西暦で言うわ..
この動画は大学の「言語学入門」みたいな授業でそのまま講義資料として使えちゃうレベル
単語は存在しても文化によって使用頻度に差が出ることもありますよね。他の人も指摘していますが、日本語にも緑の物を「青」と表現するものは沢山あります。かつて寒色系全般を青としていた名残と聞いたことがあります。
地理が言語に与える影響で、ロシア語の山「Гора」が印象に残っています。日本人の感覚からしたら、その程度の起伏を「山」って呼ぶか?みたいな地名がしばしばあります。ロシア語にもちゃんと丘とか台地を意味する単語はあるのですがほとんど使いません。これは完全に自分の想像なのですが、ロシア、ひいてはスラヴ系の民族は平坦な土地に住んできた人たちなので、起伏のある地形全般を「Гора」と呼んで、山、丘、丘陵の区別がなかったんだろうと思うのです。そこからロシア人は拡大するにつれてより起伏に富んだ土地にも住むようになるわけですが、新しい単語が根付くほどではなかったのかなと。一方、南スラヴ人は山岳地帯のバルカン半島に定着して長いのでもう少し地形に関する単語の使い分けが進んでるかもしれないです。
日本語には「雨」を表現する言葉は小雨・霧雨・大雨・豪雨・梅雨・秋雨・五月雨などたくさん種類があるが、砂漠地帯に住んでいる人々には理解できないと聞いたことがあります。
あと、イヌイット語には「雪」を表現する言葉が何十種類もあるとか。
しろい、くろい、あおい(寒色系全般)、あかい(暖色系全般)が原初の日本人の色彩感覚だったんでしょうね
あとは表現が難しい色を「きいろい」や「こん(いろ)の」ように付け足していったと思われます
飛鳥時代の「冠位十二階」の頃までには大陸から持ち込まれた色の概念も含め
日本人の色彩表現は豊かになっていったのではないでしょうか
文化によって使用頻度に差がある単語は確かにあると思います。
フランス語に、公平な、という意味の形容詞でJuste という単語があるのですが、 「c’est pas juste 」直訳すると、「公平ではない」このセリフをフランス人は、子供の頃からよく使います。日本では、公平か否かなんかが出てくるのはそれこそ法に触れるような内容とか、とりあえず、子供が頻繁に口にするような単語ではなかったと思うのですが…
感覚的には、公平じゃない、というよりは、ズルい!みたいな感じで使われている印象ですが、子供の幼稚園のクラスで、初めて幼稚園児が「公平じゃな〜い!」と訴えているのを聞いた時、革命に端を発し、いまだデモやストを頻繁にやりたがるフランス人らしい表現だな〜と、妙に感心したのを思い出しました。
@@MametoMimi いや、それは直訳してるから固い言葉になってるだけで
意味合いは貴方が言ってる通りズルいって意味やがな
因みに狡いは漢字でこう書くんですよ
これの直訳を見たフランス人が、日本人は幼稚園児から「狡猾だ~」なんて言っているのを見て
幼稚園児の頃から卑怯な行為を指摘するから災害が起きてもが犯罪が少ないんだなぁって言うくらい的外れよ
梅雨は中国語の黴雨(黴菌が繁殖しやすい時期の雨)からきていて梅に変化したとか
リアルタイムで文化の発展を感じてるみたいでおもしろかった
数の発見とかって本当にすごいことだったんだなと思う
こんなに面白い話題どこから見つけてるんだろう
とっても面白く、ためになる動画でした。
タイトルからして魅かれるし...表現の仕方に工夫を凝らしてして よくわかる。
そして...改めて、日本人の色彩に対する感覚は本当に繊細で敏感だなっ と思いました。
イヌイットが雪に関する多様な言語を持っているみたいな話もありますし、面白いですね。
ただ、言語に優劣がないってことだけは忘れてはいけないと思います。
自分の言語にない言葉の概念を理解するのは難しいというのは、海外暮らしをしているとよくわかる。
甘さの話しだが、フランス語には砂糖による甘さのsucré(スクレ)とそれ以外の甘さの doux (ドゥ)又はdouxの女性形で douce (ドゥス)と使い分がある。砂糖水はeau sucré 、しかし、砂糖によるものではない甘さをもつサツマイモはpatate douce と呼ばれている。
私にはいまいちピンっとこない使い分けだが、フランス人から見れば、野菜や果物の甘さも、はたまた人柄を表す場合でさえ、砂糖と同じ甘さでしか表現できない日本人は、認識が甘いと思われているのかもしれない。
座布団一枚!
最後の話が特に重要で、その文化(生活)をしていく中で区別する必要がある、区別するような価値があるから別の言葉が生まれるんですよね。
こち亀の両さん・本田と中川の「全部同じじゃないですか」「ちがいますよ~」のやりとりもそれ。
日本も戦前生まれの方々までは、ごく普通に緑系の色を「アオ」とよび、実際には緑色に光る「青信号」(ちゃんと青いやつもありますが)や、「青々とした木々」といった語句に名残がありますね。
現代は幼児から緑と青は別だと教育されるので、祖父母が緑をアオと呼ぶのを変に思ったものでした。
青い、赤い、黄色いはあるのに、緑いだけないよね
緑の黒髪なんて言葉もありますからね。
これもドリフトなんでしょうか?
認識をいかに正確に言語化できるかが、文明の発達に必要だったのかが分かる。面白かった!
中国人です。うちの親もよく東西南北でものの位置などを表現していました。家の中など見慣れたところならまだわかるけど、少し遠いところに行くと結構分かりづらくなる。最近の若者にはそれができない人が多いらしい。ちなみにこれは中国の北と南で違うらしい。自分は北の方出身ですが、南出身の人なら普通に前後左右で表しているのが多いと思います。
毎回ほんとに面白いです。だらだらRUclipsを見てしまう罪悪感も、このチャンネルだと薄れるから尚更見てしまう。
こういう話を聞くと、言語から認識の基礎を探そうとしたのが始まりの構造主義って大切だったんだなって思います
一つの観点からでは見つからないものを探そうとしていたですね
とても面白く説得力もある解説でした。逆に言えば、人間の感覚は実はいい加減なもので、だからこそそれを補うために言語を用いて観念化することでようやく他人と同じイメージを共有できているのだと感じました。もっと言うなら、詩人やインフルエンサー、支持率の高い政治家など、多くの人にしっくり来る表現をより上手に使える人が大きな影響力を持てるという人間社会のからくりにも納得できます。良い悪いは別として。
自身のもつ表現の幅と知覚する世界の粒度は比例するんですね
いろいろな意味を含んでいるのでいろいろな場面で使える「エモい」「ヤバい」「尊い」「エグい」は確かに便利だけど、それしか使えないようではお里が知れるわけですね
別の言語チャンネルで日本語と英語で「泣く」の表し方が全然違うのに驚きました。
このあたりの状態の表し方の違いも気になるところですね。
それ気になる…
すごく面白い話だったのだけど、何より主がお話のまとめ方、噛み砕いて伝えるのがとても上手で感動してしまいました。
面白いお話、ありがとうございます☺️
スポーツの指導や訓練では言語化が大事っていうけど、
こういう実験で言語によって判断速度やタスク処理能力に差がついてるのをみるに
指導時に動きを教えるときに言語化が役立つってだけでなく
実戦での身体の動かし方に対して言語が直接影響してパフォーマンスに直結する・・なんてこともありそうに思えてくるな
友達にいつどこでも方位がわかる奴がいて方向音痴ならぬ方向強者、初見の場所でも全然迷わなくて心強かった
最近投稿頻度高くて嬉しい
このチャンネルは本当に面白い話を提供してくれるので毎度楽しく拝見しております
ありがとうございます
これと似た話で私は音と文字には色がついているのが当たり前だと思っていました。黄色い声とか言うし、21歳までみんな音が色づいてると思いました。
これって共感覚っていうらしく、複数大学で実験台になりました。
メロディを口ずさむときの「ラーラーラー」とかの表現も音楽の能力に何らかの影響を与えていそうですね。
茶色く低い声のその男は夏木純氏の話の内容に「黄金の精神」「漆黒の意思」のように感情や心の在り様を色で喩える感覚に近いものを感じました。
昔読んだ小説に「思考は言語によって成立する」と言う台詞がありました。人間は頭の中だけで何かを考える時にも言語を使用しているって事ですよね。
健聴者の方、本を黙読する際に自分の頭の中で”発話”してませんか?
そして文意を解釈していませんか?
先天性の難聴者の方は、文字を見るといきなり意味が浮かんで来るそうです
画像認識記憶(微妙に私もできるのですが)文字とか文意とかで記憶せず
絵で覚えて、後から意味を考えて行くのに似ている
だから、何でも「やばい」や「かわいい」で片づけようとすると、頭が悪くなるそうだ。
「紫」という漢字も、昔「糸」を「此」という植物で染めていて、その色がムラサキだったことから「紫」という字ができたのだとか。
感覚や認識と言語の関係って、おもしろいですよね
洞窟にいるのに方位分かるのはもはや超能力レベル
渡り鳥のように磁場を感じる器官でも備わっているのではと思いました
たぶん洞窟に入ったときに分かりやすいところに方角を付与しているんだろうな
時計見なくても時間だいたい分かる日本人も超能力だと思う
@@ナーマエナシ いうて分からない人もいるし外国人でもわかる人はいそう
@@user-vf6eb5wx9l 個人差という便利な言葉があってだな…?
静岡県民の人は普通に方位で案内してくる
北は山、南は海、東西はJRが繋がってる為方角が何処にいても非常にわかりやすい地形だからと聞いてなるほどなぁって思った
神戸がそうですね。北は山側、南は海側と普通に言うし、案内表示がそうなっていたりする。
金沢も、東が山、西が海だから割とわかりやすい
文化や宗教が関係してるのかなーと思ってたら最後に教えてくれるのほんと好き
色や個数は文化に必要かもしれないけど、空間を方角で認識するとなると、それは文化が別の方向に進化した形なのだろうか。
「言語は人間の認識に影響を与える」
なんとなくですが「相対性理論」の提唱前後で
時空の概念が変化したことを想起させられました。
ゲームのミニマップで、自分を表す矢印が回転する方がわかりやすいか、矢印は固定でマップが回転する方が分かりやすいか…みたいな?
脱出ゲームとかによくある操作か
俺は現実でも地図の向きと実際の方位を合わせないと迷子になるなw
面白い比較の例えですね!確かに言われて見れば人によって、や、さらに言語文化によっても違いが出てくるかもですね。自分の場合を考えてみると、ビデオゲームのミニマップでは常に絶対に南北を固定したい。しかし、現実生活で車を運転するときのナビゲーション、グーグルマップでは、自分の車の進行方向(自分から前方に見えてる)を常に上に向くように設定している。なんか不思議です。
いつも話を聞いてると出てくる疑問に必ずなるほど、って頷いてしまう説明があるの凄すぎる
面白い話、ありがとうございます。
別の動画でサピエンス全史について解説した動画を見て、人間が繁栄した理由が「認知」や「空想」ができたからと言われてるそうです。そこから文化や環境の違いで、色や方角の表現が変わる。
認知や空想についてより深掘りができた気がします。
以前交通事故の聴き取りの仕事をしていたとき、
東京の方は右左で方向を示していたのに対し、
関西圏の方は東西南北で方向を話してくれていたのがとても印象的でした。
関西でも若い人は方角なんか認識してないよ
山がちな地形だから東西南北がわかりやすいことが大きそう。関東平野はだだっ広いので方角がわからなくなる
数の概念、むちゃむちゃ勉強になりました!
当たり前が当たり前じゃない世界線、不思議です
方向や色以外にも時間のとらえ方が種族ごとに違ったりするのも面白い
とある部族では時間とは過去と現在だけで構成されており未来という概念は存在しないらしい
この動画で、何故天動説より地動説が信じれるようになったのかが解った気がする。人の数だけ答えや考え方が存在するんだな、なかなか興味深い話だった。
情報の出典が明記されてるの最高です。
投稿ありがとうございます
デットレコニングですね、高校1年の時に国語の授業でやりました。この動画を見て改めて思い出しました。高校生でこんな奥深い授業をしてくれた国語教師には感謝しかないです。
凄いなー!こんなこと考えたことも無かったわ。
そういう解説してくれるところが嬉しい!ためになる!
4ヶ国語話すけど、各言語を話してる時、それぞれで考え方が微妙に変わってくる。特に「これ」って例をあげるのは難しいけど、話してる途中に感じる。たぶん、その言語にしかない表現とかを言ってる時「あれ、他の言語で話してたらこんなこと言わないだろうなぁ」みたいに感じる。あと、例えば何か物事が起こったときに、各言語の国の人によって反応の仕方が変わると、自分もそれに左右される。例えば、英語圏は日本語を話す人よりポジティブな考え方や大袈裟な反応をするから、同じ物事が起こっても英語を話してるか、日本語を話してるか、そして、相手が英語圏の人か、日本人かで変わる。(英語を話してるということは、相手の人間は英語圏の人の可能性が高いし、日本語もそれに然り)
今、他の言語も勉強中だけど、話せる言語がもっと増えたら考え方や表現ももっと増えるのかなって楽しみ。でも、ヨーロッパ言語と東アジア言語ばかりだから、もっと違う世界を知るには他の地域のマイナー言語も必要だね…。
思うのが、手術とか解剖とかしない民族の人に、臓器の名前や骨の部位などを教えても全く通じないんだろうなって思う。学校では英語、家庭では部族の言葉を話すって言うガーナ人の友達が、部族の言葉には専門用語とか難しい言葉がないから、科学とか医療の話をするときは英語を話すって言ってた。やっぱり、文明の発展度って関係あるなって思った。
あと、色を瞬時に見極めるテストに関してだけど、同じ言語話者でもデザイナーとか画家とか色を使う仕事をしてるかしてないかでも変わると思う。(楽器を長年してるかしてないかで、絶対音感や相対音感なのか変わるみたいななのと同じ。もちろん、個人差はある)そこら辺は、実験にも考慮してるのかな?あと、話をしながらだと判断が遅れたと言うのは、色を認識するのに言語が必要だからというより、ただ単純に意識が色から逸れて集中がしずらいからとかはないのかな?例えば、ADHDの方みたいに二つの物事を同時にするのが苦手な方とかでも、実験結果が変わるように思う。
ピダハン族の話は大学の言語学でもやりました!授業やる前から知ってたから、出るだろうなって思ってた。やっぱりピダハンは言語学を語る上で外せない存在。
今日の定期考査の論説文の内容と
ほぼ一緒w
あと1日早ければ超助かったのに…
最近RUclipsで言語ブームがきてる気がする。嬉しい。
あー、言語能力や知識の有無で判断速度が変わるのは大切な話だな。人間が色んな勉強するのもこの為だと考えれば無駄な知識は無いと言えるかもね
同じ星に生きる見た目も構造もほぼ同じ70億の生物なのに、環境・経験・文化・諸々によってこうも捉える世界が変わるのほんと不思議よね
哲学を勉強しても心理学を勉強しても言語ってのはめちゃくちゃ出てくるんよな。精神活動においてめちゃくちゃ重要視されてる。
昔のコントか何だったかで、「一個、二個、三個、沢山」とかネタが有ったけどリアルに有ったのか。
前後左右は自分視点か他人視点かで呼び方が変わるが
東西南北は近場なら誰から見ても同じだから上手く使えれば分かりやすいかも
言語体系とクオリアの関係を考えると面白そうですね
世界を面白いと感じさせてくれるチャンネルで、更新が楽しみ。
いつも勉強になります
確かに絵の具等の種類が増えるとそれに対する名称を作らないといけないですよね。
文化が世にあるモノの概念を作り出したり細分化させるんですね。
日本人は痛みの感覚を「ヒリヒリ」「ズキズキ」「チクチク」と擬態語で分けて表すことができるし医療の現場でも参照されることが多いけど外国の人はこれができなくて日本に来たとき病院で困るという話をどこかで聞いたな
日本に住んでいる外国人なのでよくわかります!特に自分の国では筋肉痛などの痛みは「酸っぱくて痛い」という表現を使いますが、日本語でどう表現すればいいのか全くわかりません…
痛みを味覚に例えるってとっても不思議
@@ami27allen そうなのか…家の母も日本人ではないのだがよく骨が酸っぱいとか言ってたけど結構メジャーな表現なのか………
@@ami27allen 「苦(にが)い思い出」「辛酸を嘗(な)める」という言葉のように、不快な感覚を苦い、辛い、酸っぱいで表現するような感覚ですかね。
太古の人間にとっては苦いもの・辛い物は毒物で酸っぱいものは腐った物という感覚。
その名残で傷の痛みのように自分にとって不快な感覚を苦い、辛い、酸っぱいで表現するようになったのかと思いました。
@@sai-g2n なるほど!辛酸や苦痛などの言葉を普通に使っていましたがなぜその漢字を使うのかは考えもしませんでした…勉強になりました!
ゆる言語学ラジオでも取り上げていた言語だ!嬉しい!
言語から科学になるの面白すぎる!
甘いものあまり好きじゃないって言うと「でもチョコ好きじゃん」みたいに返ってきていやそうじゃねえんだよ...てなってたけど
なるほど対応する言葉がなかったのか
いつか宇宙人が来た時に新しい言語を学んで世界の見え方が180度変わって、妖怪とか見えるようになるかも知れない
この動画好きな人は『ゆる言語学ラジオ』っていうチャンネル絶対好き
日本人もそういうのはありますよ。
日本人だけが虫の鳴き声を「声」として聞こえる(左脳で認識している)
他の国の人はみんな虫の鳴き声を「音」としか聞こえない(右脳で認識している)
これも日本語の特殊性が生じた認識の違いらしい
ホーホケキョとかツクツクボーシとか聞こえるっていったら、外国人が「マジで?」ってなってた。
清涼感を出すために虫の鳴き声を再現する扇風機を作ったら、それを買った外人が「雑音がする」と返品した、というエピソードを聞いたことがあります。
おまけに人間の脳は不要な「音」をノイズとしてキャンセルできるから、外国人は虫の音がそれこそ聞こえていないらしいね。
1から3までの計算なら、言語概念関係なく人間が普遍的に持っている能力ということですか。
面白いですね
室内で方位がわかるの凄い。研ぎ澄まされた凄い感覚ですね。超能力みたいでかっこいい。
確かダーリンは外国人っていう夫婦漫画に、「YES(はい)」「NO(いいえ)」っていう言葉も存在しない言語もあるって書いてあった気がする。
多言語を知ると奥深いですよね。
今の私たちが認識していながら名前をつけられていない色々なことも、未来では新しい概念になっているかもしれない……
楽しみです