【WOWOW】 【町山智浩×切通理作】 宮崎駿の世界 その1
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- Опубликовано: 31 дек 2024
- 先ごろ、宮崎駿は引退を宣言したが、『もののけ姫』以降、動員人口が激増して国民的映画になるのと反比例して、実は、内容は難解さを増し、一般的には理解されなくなっていった。その理由は、「矛盾」を意図的に取り込んでいったためではなかったか?
『宮崎駿の<世界>』著者・切通理作氏と、東映まんがまつりで育った町山智浩氏が、メカ、自然、周縁、戦争そして宮崎アニメが抱えた大いなる矛盾に迫る!
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最近思います。作品を創る人がいて、その世界に魅了される人やそれによって心が上向く人がいて、こうして自分なりの考えを発信する人がいて。色んな人達がいてその作品が更に盛り上がっているのだなと思います。
自分は宮崎駿監督が言っている「自分達の仕事はリレーである」という思いがとても好きです。自分達は昔誰かからバトンをもらったのだと、それをそのまま伝えるのではなく一度自分の身体を通して伝える(新たな作品)のだと。やはり一から作品を創り、世の中の人の心に何かしら響かせる人は本当にすごいなと、この動画を見て更に思わされました。
宮崎作品が好きだったのに、当時「もののけ姫」を観てからそれ以降、僕がジブリ作品を観てない理由を町山さんが見事に言語化してくれたような気がする。漫画版ナウシカ完結とエヴァンゲリオンの台頭は大きなターニングポイントでしたね。
普通の観客はモチロンそれでいいと思うよ。町山さんは常々そう言ってるし。町山さんが怒ってるのは、いわゆる「映画評論家」の多くがきちんと理解して評論してないって事。
***** 確かに今回に関しては「観客は理解できなくてもいい」とは一言も言ってないですね。ご指摘感謝致します。
この意見に対して当時アンチにめちゃ絡まれたんたのが懐かしい。最終的にその人はコメント全部消して逃げたけど。町山さんをとても尊敬していたのでアンチの心ない意見にとても腹が立った。今は色々ウンザリしてツイッターのフォローもやめた。それは俺が変わったのか町山さんが変わったのかわからない。町山さんを今も大好きで尊敬してる半面、同じくらい大嫌いでもある。
@@chikuwabuking
その感想は健全だと思います。
町山さんは、鋭い映画評で引き込まれますが、やはり健常な人格ではないと思うのです。ご本人もそこに自覚はあるようですが。
良い意味でも悪い意味でも 世の常の人ではないと思います。
今現在、好きと尊敬が1%くらいになった。
03:25 分からないのに大ヒットという異常さ
07:43 漫画版ナウシカ完結以降の宮崎作品の複雑化
17:38 物語の基本構造/上下の運動
21:23 価値観の変化/聖なるものが穢れを受け入れる
実際子供の為の漫画映画を目指していた頃もあったからね。パンダ・コパンダとか、ハイジとか。古き良き東映漫画映画は、そういった作品ラインでした。宮崎駿さんの経歴を辿ると、彼の複雑な心理状況や変遷も辿れると思います。組んだ相手が皆、離れて仕舞う彼が、作品を作り続ける為にはジブリと謂う根城は必要だった。創り続ける為に売れなければ成らない、その為の妥協と葛藤の連続。本当に満足した作品って本当は一つも無いんじゃ無いだろうか?ある意味、天才の悲劇だと思います。
トトロを映画館で観ました。テレビ番組のルパン三世から宮崎駿に注目してた。同じことを繰り返しても私は問題に思わない。
同世代の富野監督は
「大衆、民(たみ)とはそういうものです」って言ってるのが面白いねw
千と千尋やもののけなど、全く内容が理解できない、面白い理由も分からなかった自分自身に問題があるのかなとずっと思っていたので、こちらの動画に出会えて良かった。
トトロっていうアニメが日本アカデミー賞獲ったって聞いて、ええ!なにその映画!って驚いた記憶がありますよ。
お盆休み、名探偵ホームズとの二本立てで最終上映時間だったのもあるけど、ラピュタは確かにガラガラだった。
町山さんと同じく、他のお客さんの気配すらしない状態でウルウルしてたのを思い出しましたました。
ナウシカは宮崎駿監督の高尚な少女性の部分が出ているキャラ。クロトワは大人の男としての宮崎駿監督の一番ギラギラした素の部分が出ているキャラ。
これが同居しているのが宮崎駿監督の人間としての魅力であり、まさに光と闇の同居なのである。
怒る人って宮崎駿を穏やかで心優しいメルヘンなおじいちゃんみたいに勘違いしてて、ジブリ作品を「子供に夢を与える映画」ていう前提で見ちゃってるからじゃないかね。
ほとんどの人はそう思ってるでしょうね。
宮崎御大の本性は マンガのナウシカに大体集約されている。
すなわち「人類なぞ滅んでしまえ」
町山「アメリカで日本語学習者数が減って韓国語学習者数が増えてるんだー!」
では現実を見てみよう
アメリカにおける人気外国語(検定試験の受験者数)
1位 スペイン語=720万人
2位 フランス語=144万人
3位 ドイツ語=47万人
4位 日本語/イタリア語=13万人
5位 中国語=12万人
あれ?
韓国での日本語学習者数 50万人 日本での韓国語学習者数 1万8000人
という面白いデータがあるが
これにはさらに面白いデータがあって
全世界合わせた韓国語学習者数が
韓国 1ヵ国での日本語学習者数の半分しかないという事実でつ
ナウシカのクシャナ軍の参謀クロトワは良いキャラクターだよな
その後の色んなアニメにクロトワ的キャラクターっているもんな。
寿司屋に行って大将のお任せ食べるとき、何の魚を食べているのか分からずただ美味しいと喜ぶ人と、どんな種類の魚でどこ産でどんな調理方法なのかまで興味を持つ人もいる。後者の方が食を楽しんでいるよね。同じ金額払うなら後者でありたいな。映画も同じ。
町山さんの発言を娯楽に水を指す行為だと批判している人が沢山いるけど、それはちょっと違うだろ
宮崎駿の映画が単なる娯楽や話題の種ではなく高尚な作品だと感受され
「ジブリはすごいから」劇場で観て然るべき、
となった結果のメガヒットなのに
誰もちゃんと評さない事が不自然だし、観客も評に感心を持たないあたりが
「宮崎さんスゴい!!」と担いだところで所詮その程度、という話だと思う
後半の構造分析がさすがに鋭い
最後の「共に生きる」というのは弁証法じゃないですかね。
互いに対立するものを取り入れて、新たな高い段階にステップアップすると考えてるのでしょう。
対して、わかりあえないものを徹底的に破壊しちゃうのがアメリカですからwww
上下の構造という話に照らしてみるともののけ姫は随分違う構図になってると思うんだけどなぁ。少年は能動的だし少女が影が薄い。婆も出てこない。あ、でも観直したらナウシカとの類似点が多かったなぁ。
ラピュタは公開当時 新宿で見たけど、宮崎映画は認知されつつあって、自分の見た時は、客結構入ってた。同時上映はなぜかクラウスキンスキーの変態映画だった。。
自分の食べてるものの質が気になる人と気にならない人が世の中にはいる。
らり理由示唆る流布は
多分もう見た人いると思うけど、『君たちはどう生きるか』かもだいたい同じキャラクター構造だったなぁ。
確かに作品ごとにキャラクターの価値観は異なるかも。
宮崎監督あと一作作ってくれるのかな
もののけ姫 に関しては公開当時NEWS23で環境問題と絡めて深く特集してたよ、全く理解してないは無いかな、宮崎駿も筑紫哲也と対談してたし、結構ネタバレに近かったような気がする。
雑に言うと「大衆は馬鹿」的なものの言い方してるけど、町山さんには人間に対する愛があるから嫌いになれないんだよなあ。ていうか大好き(^.^)。インテリなんだけど大衆を見下してないし孤立してないんだよなあ。
つっこんだらキーキー言う人が結構いるからめんどくさくてつっこまないってことあると思ってます
一人の作家が描き出す作品群に通底する構造があるのは別に当たり前の話ではあるので、司馬遼太郎作品だってほとんど同じで十作品以上読むとどんどん「あれ?この台詞って花神だっけ?峠だったっけ?あれ?」ってなる事は多々ありますし、シェイクスピアの頃からそれは変わらない。
20:40 めっちゃ笑った
みうらじゅん賞だよw
千と千尋のメインの話は千尋の成長物語だから、湯屋の件は大衆が理解できていなくても良い部分じゃないのかな。
宮崎監督は基本的に子供に向けて作ってるんだし、いろんなメッセージは含まれているかもしれないけど
一番伝えたいところが伝われば良いのだと思います。
千尋の大冒険という本のなかで宮崎さんは「湯屋はジブリそのもの、湯婆は鈴木敏夫、千尋は日テレの奥田の娘」と書いている。
鈴木敏夫が「いまの日本が風俗産業のようだと批判した映画だ」というキャッチ―なフレーズをだせば評論家が飛びつくという計算でひろめただけ。そのとおりに評論家のほとんどがつられた
町山さんはいまの鬼滅の空前の有様をどう見てるのだろう
怒りもくそもなくなってるんだろうか
町山さんが進撃で失敗したから口だけとか匿名で顔も出さず言う人って恥ずかしくないのかなぁ。何か一つでもゼロから生み出した事あるんだろうか。そういう事を匿名で言ってる時点で町山さんの爪垢にも及ばないよ。
あれは結構縛りもあったみたいだけれど叩く人はそんな事情きにしないからな。
「わかる」しかない
33:00
ありがとうございます!ひじょーに勉強になります(*ゝω・)ノ♥
8:47
この本って絶版なんやろか
自己免疫疾患みたいな身体的な現象を今現在の社会の状態と重ねる味方ってたしかに面白いね。
ラナは何か食ってた気がするが
確かに一番ヒットしたのは千と千尋だけどエンタメとしてはもののけまでがピークだったと思う。千と千尋はアーティスティックな所がある
階層社会の作りはまんま洋画のメトロポリスであり、王と鳥やね。
ヒット作品は世界中、古今東西
「性と死」
のテーマが必ず入ってますよね
「破壊と創造」
一緒でしたね、ハイ
クロトワって確かに、悪じゃない…
これは宮崎駿とその作品の二面性にも関わる話だと思うけど、
ナウシカが環境問題映画になったのは、地域の子供会や学校での上映会の勧誘がしやすいように「WWFの推薦受けるかどうか」という興業宣伝上の事情の話だったらしく、宮崎監督は映画に本来やりたい複雑なメッセージを込められるほどの発言力は無かった。
漫画版が宮崎監督個人が本来やりたかったことに近い作品だと思う。
町山さんではないが、新海誠を「商業主義に魂を売ったのでオリジナル作品をヒットさせられただけ」と非難する評論家が居るが、宮崎駿も商業上の事情を容れる度量と才能を持ち合わせていたからこそナウシカの興業的な成功を得られた。
このころは岡田斗司夫をさん付けしてるんだ
うん!間違ってなかった!!
音の調節して欲しい。聞き取れないくらい小さかったりいきなり爆音になったりアップする前に確認とかしないのかな…内容が面白いだけに残念。
かえるまん どんなつもりで注文つけてんだ?
あつかましい。
ラピュタもトトロも観なかったら面白いかどうか分からない訳だから、映画館に行かなかった奴は何をやってんだ、みたいなのは変な意見。
映画館で観た奴が口コミで広めなかった、という話でしょう。
映画館で観た奴が口コミで広めなかった?・・・それSNS全盛の今の感想でしょ?
当時ラピュタ、トトロを映画館で見た人達は相当アンテナ高い人だよ?
町山さんはそのアンテナ高い人達を差し置いて話題になってから偉そうに宮崎駿を神聖視し
頓珍漢な評論、感想を発信している人への嫌味をいってるだけですよ。
SNSが登場する前の日本は原始時代だった訳じゃないでしょう?
大体「口コミ」という言葉はSNSの登場前からあるんだから。
面白い映画が内容の面白さで観客を動員しようと思えば、今も昔も「観た人が伝える」しか無い。
映画の面白さを知ってるのは観た人だけなんだから、ラピュタがどんなに面白くても当時映画館に行かなかった人を責めるのはお門違いだと思うけどね。
本当に責めるべきは当時映画館に行ったのにその凄さに気が付かず、後年ジブリが大ヒットしてから「宮崎駿は凄い」と言いだした人でしょう。
当時映画館で観た人全てが宮崎駿の凄さを本当に分かっていたとしたら、普通にヒットしてると思うよ。
まぁ、「たかがアニメ」とみくびって映画館に行かなかった映画ファンも結構いたと思うし、そういう奴に対して「何やってんだ」って言うのは分かるけどね。
町山さんは判ってて煽ってるのかな?
大衆は確かに映画の比喩表現も構造も記号も読めない人が多いけれど、元来宮崎作品は性的描写が多いことは自明。
ラピュタでもパズーとシータが二人でいる際、何かと「二人が肉体的に触れ合う」シーン満載だし、ナウシカも少女なのにバストがグラマーな成人女性なみに豊満。蟲達とナウシカの肉体的な触れ合いは身体的だし。
漫画版ナウシカでテーゼをどんどんひっくり返して判んなくなってく、禅問答のようだ、と言ってるけれど、あれはディコンストラクトでしょ。だからポニョにしても「親がしっかりしないと子供はいい子に育たない」という発達心理学的なものの見方をひっくり返して「子供でも育てさせないと、大人はろくなものにはならない」という視点から、宗介が母であるリサに対して「親のようにふるまう」わけで、母を「リサ」と名前で呼ぶのも、母と子の間で教育者・被教育者の立場を逆転させている。映画版ナウシカでも、物事を解決できない「ユパ様」をナウシカが教育する構造になってる。そういう転倒や性的な含意は他の作人にも横溢しているので、千と千尋の湯屋がソープランド=娼館をモチーフとしていると言っても、そこには良くも悪くも「女性が一人で食べてゆく」という含意があって、千尋が「育てられる存在」から「自立する=自分の力で食べてゆく」場であることが肝要なので、娼館か否かは大した問題ではないと思いますが。
一番残念だったのは、映画化前にもののけ姫は絵本化されていたので読んで楽しみにしていた。絵本のほうはコナン、ルパン三世 カリオストロの城のようなアクション大作(ネバーエンディングストーリーからアイデアを頂戴した場面もあった。)のような感じで楽しみにしていたけど、映画化された物を見た時、もうほんとガッカリした。あれは宮崎駿の思想○スターベーションの典型。気持ち悪く感じた。風立ちぬはまだ見てないが、町山氏が絶賛するところを見るとそんな出来のような気がする。
もののけ姫と千と千尋から宣伝がガチになったからメガヒットするようになっただけでしょ
聖書理解してる西欧人は何割いるの?
宮崎駿の映画おもしろい。ロリコンだけど。
こらwww
そうか、あだち充式か!
映画っていうのは、みんながみんなストリーを見てるわけでもないし、製作者の意図を読み取ろうとしてるわけじゃないんだよね。
わからなくていいんだよ、娯楽なんだから。
いろんな長さの映画があるけど、90分だとか120分だとかその間楽しめればいいんだよ。
その後の余韻に浸れれば尚いいかな。
じぶりは、作画がいいから・背景が綺麗だから・描き込みがすごいから・迫力があるから映画館で見たい人もいれば
じぶりつまんねーけど興味はあるから地上波でいいやって人もいるでしょう。
俺はジブリのここに気づいた!と悦にいるのも娯楽なのかな?
しかしそこにストレスを感じるのであれば悲しいことだよね。
周りの人がバカで町山さんだけ知ってるって言う説明がこの動画の全てですね。町山さんカッコいい
戦争に協力しなければ、ジブリを取り上げられる。。
ならば、好きなアニメ映画を作る為に、魂を売っても構わない!!
宮崎駿は、いつか津波で街が破壊されることを知ってたのかもね!!
町山さん171cmらしいけど、随分大きく見えるな
宮崎作品についてなら、岡田斗司夫氏も加えて鼎談してみてもらいたいなぁw
ホタルとトトロ併映だったのか。どっちから見た方が人生の機微的に良いって議論あったな。私なら化粧必須の女性にはトトロ見たら帰った方が良いっていいそうw
もののけ以降の作品がヒットしたのがそんなに不思議?
ジブリはいわゆる難解な映画と違って、圧倒的なアニメーションのクオリティで一定以上の娯楽性は毎回維持している。
だから売れるべくして売れてると思うけど。
宮崎駿のふんどし借りて、この人が大衆叩きしたいだけなんじゃ?
+kong mankey
町山智浩さんが脚本書いた実写版『進撃の巨人』を観ればお察しですよ...
結局自身で作品すら作れない評論家モドキの独り言としか思えない
あそこまで酷いストーリーは邦画歴代ワースト入ると思います
客が馬鹿なんだろうなw
ジブリ作品の出来は何と言おうとトトロが頂点だな。
観客動員数は別物でしょ。内容の意図なんて理解しなくてもいい。
何が正しいかなんて個人の勝手です。
湯屋が性風俗かどうかは千と千尋の映画の主題とはあまり関係ないと思う。
湯屋が性風俗だという説は鈴木さんが評論家への鼻薬として裏で広めたというのが事実だ
説ではなく宮崎駿本人が公式にインタビューで発言しています。
@@slideaway3233 鈴木敏夫が「キャバクラの子はコミュ障が多いが働いているうちにすぐにしゃべれるようになる」といったのに
宮崎駿が「ほうそうか、ジブリも似たようなもんだよ。画しか書けない子らがいっしょにアニメをつくるうちにちゃんと人と接することができるようになる」と返しただけ。
千尋の大冒険という本のなかで宮崎さんは「湯屋はジブリそのもの、湯婆は鈴木敏夫、千尋は日テレの奥田の娘」と書いている。
いまの日本が風俗産業のようだと批判した映画だ、というキャッチ―なフレーズをだせば評論家が飛びつくという計算でひろめただけ。そのとおりに評論家のほとんどがつられた。
@@coline2525 確かに湯屋の一つのモデルはジブリそのものだと思います。しかしいろんなものが複合的に描かれていると思います。プレミア日本版2001年9月号で宮崎監督は「意図的にそういうものをというより、ちょっと古くて、いつの間にか忘れてしまっている盛り場を描いているんです。」と発言しています。性風俗は隠れたテーマのひとつであると思います。町山さんが言うには評論家でそのテーマに触れている人は非常に少ないらしいです。
@@slideaway3233 湯屋にいく途中の古い温泉街のような通りなどでわかるように、ノスタルジックな昔の古い盛り場が描かれています。
その中には性風俗もあったでしょう。でもそれをメインの場として描いたとは思えない。それはただの1つのスケッチにすぎない。けっして批判対象ではない。評論家が声を大にしなくてもみている観客には伝わっている。
湯屋はジブリそのもので、疲れた神様は観客、その疲れをいやすために若いアニメーターが鈴木敏夫という湯婆のもとでこきつかわている。観客がもとめるものを提供させられている。宮崎駿の映画にはいつもうまくかくされたロリやエロがはいっている。湯屋から性風俗の香りを感じるのは当然だと思う。
だが、千と千尋という映画は10才の実在うする子供をまっとうに育てるために作られたということを忘れてはいけない。
@@coline2525 町山さんが言いたいのは舞台が湯屋で、トルコ風呂(売春を行う場所)がモデルになっていることを他の評論家が指摘していないことに腹を立てているんです。町山さんの批判の対象は舞台設定を考察しない他の評論家の態度です。
プレミア日本版2001年9月号では宮崎監督が「何もそれを復活しようと言ってるわけじゃないんですが、いまの世界として描くには何がいちばんふさわしいかといえば、それは風俗営業だと思うんですよ。日本はすべて風俗営業みたいな社会になってるじゃないですか。」とはっきり言っています。湯屋のモデルがジブリなのは間違いないですが、性風俗も複数のテーマの一つです。
しかしあなたのおっしゃる通り監督の一番の動機は10才の女の子にこの作品をみせることなので、そのことを評論家は忘れてはいけないと思います。大事なのは、この作品が教えてくれる「どんな環境に置かれても生き抜いていく強さ」ではないでしょうか。
博識なのはわかるけど、客席の大衆に対して大衆批判して、客席がドン引きしてますね。