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これ見逃していました。5か月後ですが視聴できてよかったです。政治と無関係の人間はいませんよね。いまの日本では「政治」という言葉を忌避する風潮があまりにも強くなりました。芸術・表現活動が生きる欲求そのものから生まれたものだとすれば、人権侵害や自然破壊、戦争などに心を痛めるのは自然のスタンスだと思っていました。ところが最近は、政治への無関心を決め込むがゆえに結果として差別や弱者切り捨てに加担してしまったり、収入や名誉欲、補助金のために権力者や商業的成功者に媚びてしまう自称芸術家も数多く見受けられます。音楽家のみなさんにはぜひ、世界や国内で起きていることに目を向け、虐げられている人、音楽視聴環境さえない中でも心を育てようと懸命に生きている人々への共感をもち、さらに愛と祈りに満ちた、開かれた表現をしていただきたいと願っています。ほんと、偉そうにすいません。
時々は拝聴させて頂いておりましたが、今回登録させて頂きました。繊細なテーマですが、明瞭にご意見を述べられていて、私は感銘を受けました。今日の日本国民は政治離れが酷いと思いますが、音楽家のみならず、私達全員が「知り」「考える」事は大切だと思います。ありがとうございます。
大変明快なお話でした。いつもながら、難しいテーマを極めてわかりやすくまとめて話されることに感服します。このテーマは音楽だけでなく他のさまざまな分野にも共通することだと思います。
アメリカ在住者です。昨年末のロシアの侵攻の頃から、コンサートのプログラムがことごとく変更して、ロシア在住のロシア人演奏家は招待されなくなりました。その前の、アメリカと中国の摩擦が激しかったときは、チャイコフスキーのバレエ「くるみ割り人形」では、「 中国の踊り」の部分を省いて上演してました。チケット代は安くならなかったので、後味が悪かったです、、、ということですよね😢 (違うか?!)
話が脱線しますが、歌手がプロテストソングを歌ったときに「音楽に政治を持ち込むな!」と言う人がいますよね。ボブディランや忌野清志郎など、プロテストソングを歌う歌手を知ってる身としては「別に持ち込んでもいいのに」と思います。
今日”長崎の日”にちなんだ話題ではありませんがーーそうそう、3,11の原発事故を思うにつけ、!サマータイム、ブルース”や”原発音頭”、等がこの原発事故以前に歌われていたって事です。話が拡散して申し訳ありませんが、黒沢明監督の映画で、原発、原子力、放射能に関した作品が3作ありますね、これも当然、311事故以前です。また、井上靖文学館ってところがありその作品かエッセイだったかの中にーー相当前、相当ですよ、に原発に対して警告をしていましたね。びっくりしました。蛇足ですがSDGsばやりですが”デルスウザーラ”を観れば、わかいますね、17かな、?、レインボーサークルを胸につけニコニコしてやってくるのは、バンク、ノンバンクの連中ばかりですから。
我國では『微妙な事柄ですね…』政治の話はタブーな我國では、言われる事は今は難しいとは思いますが、個人的には、地元の市議会議員から、彼等の政治信条に共通点が見出せる人を探し出して、対話しつつ投票しています。
音楽(芸術)と政治との関係について、きわめて明確で適切な解説をいただき、ありがとうございました。こうした話を多くの音楽愛好家も演奏家も、意識すべきだと思います。
ずっと感じていた違和感をまさに言語化していただきました。
メータはインド出身(インド人)で、バレンボイムはアルゼンチン出身ですが、イスラエル国籍に変えたので、ワーグナーをイスラエル国内で演奏した事について風当たりが余計に強かったと考えられますね。
13:06 大阪で文楽や吹奏楽団が干された話を思い出しました…
貴重なお話ありがとうございます!😊
これは難しいトピックですね。音楽活躍と音楽は得心がいきました。フルトヴェングラーやカラヤンとショスタコーヴィッとの比較をを考えさせられます。
今回も頷かされる内容のお話で興味深く拝聴いたしました。コーヒーはカフェインレスだったんですね。
今夜の先生のお話本当に納得させられます❤🎉😊有難うございます❤🎉😊
今回も有難うございました!音楽家であれ、なんであれ、世の中を少しでもよいものに、正義が行われるために、芸術を誰もが愛せるために、自分のかわりに政治を行う人を誰に選ぶか、とても大切ですね!私一人の力なんて!と後ろを向かないで、いたいものだと、強く思いました。
今回もとても分かり易い解説でした。いつもありがとうございます。そして、おまけのティーブレイクの動画が癒されます。マカロン、美味しそうでしたね~!♪また、次の動画を楽しみにしてます。
大変勉強になりました。
なるほどですね。私ももし自分が音楽家だったら、どうするでしょうか?だけど、やはり、今の政治体制の中で音楽活動をしていることを自覚しなければならないですね。あと、自分の政治に対する考え方は、ポリシーを持っておくべきだと思いますね。
奥が深いですね。紫陽花の花の色は私の大好きな色です。
音楽芸術に対する国家予算に関しては、先進各国に比べて大変残念な事になっているとお聞きします。特にコロナ禍により多くの音楽家が経済的窮地に立たされてしまいました。大きな括りになりますが、政治や権力は芸術に対しては、我が国の国力に比して、余りにも貧困であるように感じます。そういう意味では、音楽は政治と無関係で無いばかりか、政治的課題なのだと思います。豊かな芸術を育てて、皆で楽しむ事ができる社会の基盤は国の在り方にあります。国の在り方を決める政治家を撰ぶのは,リスナーである有権者ですから、皆で変えて行かないと変わらないです。先生の仰る意味と違っていたら申し訳ありません。個人的にはそんなふうに思いました。
3年前に見た野田版「フィガロの結婚」(小林沙羅さんらが出演)は文化庁文化芸術振興費補助金(劇場・音楽堂等機能強化推進事業)の支援がありました。日本語でたいへんよかったです。現在文化庁はたしか先日日経新聞「私の履歴書」に1か月登場したあの都倉俊一氏です。いまこそ音楽芸術に予算を引き込みたいですね。できれば、海外著名アーテストの招聘ではなく、日本人アーテストの育成に予算を使ってもらいたいものです。ウィーンフィルやベルリンフィルはいくらでも超高額チケットが売れるので・・・
とても興味深い内容でした。私自身ヨーロッパの劇場において現在上演される内容についてとても政治色が強いなと感じていたからです。特にバレエが好きなので西に行けば行くほどコンテンポラリーの演目が強く古典の上演数が少なくなってきています。観客は本当にこのような作品を求めているのか疑問に思います。芸術監督の交代でどんどんそのような傾向になってきています。例として挙げるとすれば、2024シーズンからベルリンバレエ団の監督交代があります。フランスにおいてはマルセイユバレエの作品は行き過ぎたポリティカルコレクトネス・・・。と個人的には感じてしまいます。LGBTについて全面に押し出した作品が多く見られます。ウィーンオペラ座のSNSで、どんな題名の作品だったかは忘れましたがオペラの作品で現代的な内容を上演した際の観客席に絶賛するフォンデアライアンが映っていたのを見たときは政治家は芸術に未だに口出ししているんだなと感じました。芸術監督を選出するのに選挙などはあるのでしょうか?劇場のHPなどで選挙結果などは見かけたことはありますが、どのような人が投票できるのでしょうか?もしご存じでしたら教えていただきたいです。
車田さん、お話、バッチリですね〜‼️
とても理性的なお話、ありがとうございます。結局、資金力で人々をコントロールしている。今の社会の仕組みだから、誰もこの仕組みから逃げられない。「音楽に政治を持ち込むな!」という議論が空しく感じる。では、誰が資金力を持って世界//政治を動かしている?
心強いお話です。
今回もデリケートな話題でしたが、実にわかりやすく説明していただきありがとうございました。思えば我が国には文化庁があり、音楽をはじめ様々な芸術文化活動を支援してくれたり、助成金などの制度を用意してくれています。今現在音楽活動をしている人でその恩恵を一度も受けたことのない人はほとんどいないのではないかと推測します。日本には戦時中、敵性音楽や敵性語を禁じられた経験があるので、極端な政治的思想によって音楽の方向性を決められてしまうことに嫌悪感があるのかもしれませんね。
とはいえ、ヒットラーのプロパガンダに加担した指揮者の演奏活動を快く思わない人の気持ちもわかります。持ち込まないように意識しているだけでも、どっぷり政治に侵されている。戦争を煽る音楽もあれば、平和を願う音楽もある。音楽は常に良くも悪くも人の心に寄り添ってくれます。
とにかく、ちゃんと政治の勉強をして、政治家の実力を見て投票することが大事。それだけでも立派な政治参加です。ただ、音楽家の政治的行動が行き過ぎると、その人の音楽には政治色がついてしまう(世間からそう見られる)。マスコミとかに乗せられて活動家みたいなことを始めてしまうと最悪で、もう世間からのイメージ低下は避けられない。コロナ禍において芸術家たちが、他業種で食ってる国民を相対的に見下し、GoTo(観光)や五輪(スポーツ)を批判し、彼らに支援する政府を悪だと言いながら、「私たちは文化の担い手だ、だから私たちを優先して助けろ」的な言説をマスコミを通じて野放図に振り撒き炎上したことは記憶に新しい。だから、「政治との関わり方」「主張のしかた」は、非常に大切です。個人的には、予算の面を見るなら、音楽振興を掲げることに加えて、財務省と戦うことができる政治家を選ぶべきです。数少ないですが、財務省とやりあえる実力のある政治家であることは必須です。いくら音楽界にとっての理想を掲げようが、財務省を説き伏せる実力がないと無意味ですし予算も増えません。それが政治・行政です。
お話を聞いていて、黛敏郎さん、アバド、ポリーニを考えてしましました。非ナチ化裁判ではないですが、アメリカに脱出した音楽家と祖国に残った音楽家にどれ程の違いが有ったのでしょうね?
はッははhhhぁっ、追加になってしまいました。終活で本の整理をして居ましたらーー以下の様な本が出てきました。政治と音楽(芸術)、厄介な問題です、音楽家(作曲家や演奏家そして、音楽関連等で”舞台を廻し”てらっしゃる方、は特に)は,政治との絡みはーー近々の問題で、絡みたくはないが、絡まざるを得ないってところがあり、私ども聴衆とは違った鬱陶しさがあるでしょうね(できるだけ話題にしたくない?)絡みたくなくても、向こうから、やってくるんだからーー。BWV 147 /より、口、心、行と生活を一致させるのは難しい。**”芸術と政治の狭間で”ーーという項目です。出典は/丸山真男、音楽の対話、中野雄 著、 文春新書 刊、平成11年 です。ああ、音楽世界では、とは触れられたくない、やはり政治とユダヤ人問題等で顕著に、でしょうね。確か、”OZAWA"というDVDがあり、小澤征爾さんの音楽活動を追ったものですが――その中で,ヨ―ヨ―,マとの対談があり、NYのだったか、全般だったか確かでないのですがーーこのユダヤ人と音楽の話題にかかったときに、パッツと映像と音声を切りそこで、消えましたね(表に出てはマズイ、要は話せないこと?があるんでしょうね)。 ショスタコーヴィチ、フルトヴェングラー、アンゼイ=ワイダとうとうーーー政治が絡むと大変、逃げるか?留まるか?”言わざる,聞かざる、見ざる”で通すか?RUclipsの検閲?に引っかからない程度に(別件/雑誌、マルコポーロ事件など)取り上げていただくと嬉しいです。サンキュー!カルぺディエム/BWV 262*
大変ご無沙汰してます😂
聴きたい人がホールで聴く分にはどうでもいいと思いますけどね。逆に愛と平和の歌でも街頭やメディアで四六時中流されたら迷惑ですよ。
軍歌を大音量で流されのも大迷惑。
過去に完成された音楽は今の政治とは切り離すべきだ。これは理想論的には同意ですが、現実的には音楽をプロデュースする人の思惑や、聞く人の受け取り方は他人にはどうすることも出来ないことです。音楽を聴く層は一般人が大部分を占めますから、そこに音楽家的な音楽への向き合い方を求めるのは酷でしょう。誰しも内なるイデオロギーに音楽を重ねてしまう可能性を秘めています。それに鑑みるに過去の出来事への配慮や今を生きる人への配慮をすることは致し方ないと考えます。
これ見逃していました。5か月後ですが視聴できてよかったです。
政治と無関係の人間はいませんよね。いまの日本では「政治」という言葉を忌避する風潮があまりにも強くなりました。芸術・表現活動が生きる欲求そのものから生まれたものだとすれば、人権侵害や自然破壊、戦争などに心を痛めるのは自然のスタンスだと思っていました。
ところが最近は、政治への無関心を決め込むがゆえに結果として差別や弱者切り捨てに加担してしまったり、収入や名誉欲、補助金のために権力者や商業的成功者に媚びてしまう自称芸術家も数多く見受けられます。音楽家のみなさんにはぜひ、世界や国内で起きていることに目を向け、虐げられている人、音楽視聴環境さえない中でも心を育てようと懸命に生きている人々への共感をもち、さらに愛と祈りに満ちた、開かれた表現をしていただきたいと願っています。ほんと、偉そうにすいません。
時々は拝聴させて頂いておりましたが、今回登録させて頂きました。繊細なテーマですが、明瞭にご意見を述べられていて、私は感銘を受けました。今日の日本国民は政治離れが酷いと思いますが、音楽家のみならず、私達全員が「知り」「考える」事は大切だと思います。ありがとうございます。
大変明快なお話でした。いつもながら、難しいテーマを極めてわかりやすくまとめて話されることに感服します。このテーマは音楽だけでなく他のさまざまな分野にも共通することだと思います。
アメリカ在住者です。昨年末のロシアの侵攻の頃から、コンサートのプログラムがことごとく変更して、ロシア在住のロシア人演奏家は招待されなくなりました。その前の、アメリカと中国の摩擦が激しかったときは、チャイコフスキーのバレエ「くるみ割り人形」では、「 中国の踊り」の部分を省いて上演してました。チケット代は安くならなかったので、後味が悪かったです、、、ということですよね😢 (違うか?!)
話が脱線しますが、歌手がプロテストソングを歌ったときに「音楽に政治を持ち込むな!」と言う人がいますよね。ボブディランや忌野清志郎など、プロテストソングを歌う歌手を知ってる身としては「別に持ち込んでもいいのに」と思います。
今日”長崎の日”にちなんだ話題ではありませんがーーそうそう、3,11の原発事故を思うにつけ、!サマータイム、ブルース”や”原発音頭”、等がこの原発事故以前に歌われていたって事です。
話が拡散して申し訳ありませんが、黒沢明監督の映画で、原発、原子力、放射能に関した作品が3作ありますね、これも当然、311事故以前です。また、井上靖文学館ってところがありその作品かエッセイだったかの中にーー相当前、相当ですよ、に原発に対して警告をしていましたね。びっくりしました。蛇足ですがSDGsばやりですが”デルスウザーラ”を観れば、わかいますね、17かな、?、レインボーサークルを胸につけニコニコしてやってくるのは、バンク、ノンバンクの連中ばかりですから。
我國では『微妙な事柄ですね…』政治の話はタブーな我國では、言われる事は今は難しいとは思いますが、個人的には、地元の市議会議員から、彼等の政治信条に共通点が見出せる人を探し出して、対話しつつ投票しています。
音楽(芸術)と政治との関係について、きわめて明確で適切な解説をいただき、ありがとうございました。こうした話を多くの音楽愛好家も演奏家も、意識すべきだと思います。
ずっと感じていた違和感をまさに言語化していただきました。
メータはインド出身(インド人)で、バレンボイムはアルゼンチン出身ですが、イスラエル国籍に変えたので、ワーグナーをイスラエル国内で演奏した事について風当たりが余計に強かったと考えられますね。
13:06 大阪で文楽や吹奏楽団が干された話を思い出しました…
貴重なお話ありがとうございます!😊
これは難しいトピックですね。音楽活躍と音楽は得心がいきました。
フルトヴェングラーやカラヤンとショスタコーヴィッとの比較をを考えさせられます。
今回も頷かされる内容のお話で興味深く拝聴いたしました。
コーヒーはカフェインレスだったんですね。
今夜の先生のお話本当に納得させられます❤🎉😊
有難うございます❤🎉😊
今回も有難うございました!
音楽家であれ、なんであれ、世の中を少しでもよいものに、正義が行われるために、芸術を誰もが愛せるために、自分のかわりに政治を行う人を誰に選ぶか、とても大切ですね!私一人の力なんて!と後ろを向かないで、いたいものだと、強く思いました。
今回もとても分かり易い解説でした。
いつもありがとうございます。
そして、おまけのティーブレイクの動画が癒されます。
マカロン、美味しそうでしたね~!♪
また、次の動画を楽しみにしてます。
大変勉強になりました。
なるほどですね。私ももし自分が音楽家だったら、どうするでしょうか?だけど、やはり、今の政治体制の中で音楽活動をしていることを自覚しなければならないですね。あと、自分の政治に対する考え方は、ポリシーを持っておくべきだと思いますね。
奥が深いですね。
紫陽花の花の色は私の大好きな色です。
音楽芸術に対する国家予算に関しては、先進各国に比べて大変残念な事になっているとお聞きします。特にコロナ禍により多くの音楽家が経済的窮地に立たされてしまいました。大きな括りになりますが、政治や権力は芸術に対しては、我が国の国力に比して、余りにも貧困であるように感じます。そういう意味では、音楽は政治と無関係で無いばかりか、政治的課題なのだと思います。豊かな芸術を育てて、皆で楽しむ事ができる社会の基盤は国の在り方にあります。国の在り方を決める政治家を撰ぶのは,リスナーである有権者ですから、皆で変えて行かないと変わらないです。先生の仰る意味と違っていたら申し訳ありません。個人的にはそんなふうに思いました。
3年前に見た野田版「フィガロの結婚」(小林沙羅さんらが出演)は文化庁文化芸術振興費補助金(劇場・音楽堂等機能強化推進事業)の支援がありました。日本語でたいへんよかったです。現在文化庁はたしか先日日経新聞「私の履歴書」に1か月登場したあの都倉俊一氏です。いまこそ音楽芸術に予算を引き込みたいですね。できれば、海外著名アーテストの招聘ではなく、日本人アーテストの育成に予算を使ってもらいたいものです。ウィーンフィルやベルリンフィルはいくらでも超高額チケットが売れるので・・・
とても興味深い内容でした。私自身ヨーロッパの劇場において現在上演される内容についてとても政治色が強いなと感じていたからです。特にバレエが好きなので西に行けば行くほどコンテンポラリーの演目が強く古典の上演数が少なくなってきています。観客は本当にこのような作品を求めているのか疑問に思います。芸術監督の交代でどんどんそのような傾向になってきています。例として挙げるとすれば、2024シーズンからベルリンバレエ団の監督交代があります。フランスにおいてはマルセイユバレエの作品は行き過ぎたポリティカルコレクトネス・・・。と個人的には感じてしまいます。LGBTについて全面に押し出した作品が多く見られます。ウィーンオペラ座のSNSで、どんな題名の作品だったかは忘れましたがオペラの作品で現代的な内容を上演した際の観客席に絶賛するフォンデアライアンが映っていたのを見たときは政治家は芸術に未だに口出ししているんだなと感じました。芸術監督を選出するのに選挙などはあるのでしょうか?劇場のHPなどで選挙結果などは見かけたことはありますが、どのような人が投票できるのでしょうか?もしご存じでしたら教えていただきたいです。
車田さん、お話、バッチリですね〜‼️
とても理性的なお話、ありがとうございます。
結局、資金力で人々をコントロールしている。今の社会の仕組みだから、誰もこの仕組みから逃げられない。
「音楽に政治を持ち込むな!」という議論が空しく感じる。
では、誰が資金力を持って世界//政治を動かしている?
心強いお話です。
今回もデリケートな話題でしたが、実にわかりやすく説明していただきありがとうございました。
思えば我が国には文化庁があり、音楽をはじめ様々な芸術文化活動を支援してくれたり、助成金などの制度を用意してくれています。
今現在音楽活動をしている人でその恩恵を一度も受けたことのない人はほとんどいないのではないかと推測します。
日本には戦時中、敵性音楽や敵性語を禁じられた経験があるので、極端な政治的思想によって音楽の方向性を決められてしまうことに嫌悪感があるのかもしれませんね。
とはいえ、ヒットラーのプロパガンダに加担した指揮者の演奏活動を快く思わない人の気持ちもわかります。持ち込まないように意識しているだけでも、どっぷり政治に侵されている。戦争を煽る音楽もあれば、平和を願う音楽もある。音楽は常に良くも悪くも人の心に寄り添ってくれます。
とにかく、ちゃんと政治の勉強をして、政治家の実力を見て投票することが大事。それだけでも立派な政治参加です。
ただ、音楽家の政治的行動が行き過ぎると、その人の音楽には政治色がついてしまう(世間からそう見られる)。
マスコミとかに乗せられて活動家みたいなことを始めてしまうと最悪で、もう世間からのイメージ低下は避けられない。
コロナ禍において芸術家たちが、他業種で食ってる国民を相対的に見下し、GoTo(観光)や五輪(スポーツ)を批判し、彼らに支援する政府を悪だと言いながら、「私たちは文化の担い手だ、だから私たちを優先して助けろ」的な言説をマスコミを通じて野放図に振り撒き炎上したことは記憶に新しい。
だから、「政治との関わり方」「主張のしかた」は、非常に大切です。
個人的には、予算の面を見るなら、音楽振興を掲げることに加えて、財務省と戦うことができる政治家を選ぶべきです。
数少ないですが、財務省とやりあえる実力のある政治家であることは必須です。
いくら音楽界にとっての理想を掲げようが、財務省を説き伏せる実力がないと無意味ですし予算も増えません。それが政治・行政です。
お話を聞いていて、黛敏郎さん、アバド、ポリーニを考えてしましました。
非ナチ化裁判ではないですが、アメリカに脱出した音楽家と祖国に残った
音楽家にどれ程の違いが有ったのでしょうね?
はッははhhhぁっ、追加になってしまいました。終活で本の整理をして居ましたらーー以下の様な本が出てきました。政治と音楽(芸術)、厄介な問題です、音楽家(作曲家や演奏家そして、音楽関連等で”舞台を廻し”てらっしゃる方、は特に)は,政治との絡みはーー近々の問題で、絡みたくはないが、絡まざるを得ないってところがあり、私ども聴衆とは違った鬱陶しさがあるでしょうね(できるだけ話題にしたくない?)絡みたくなくても、向こうから、やってくるんだからーー。BWV 147 /より、口、心、行と生活を一致させるのは難しい。
**”芸術と政治の狭間で”ーーという項目です。出典は/丸山真男、音楽の対話、中野雄 著、 文春新書 刊、平成11年 です。
ああ、音楽世界では、とは触れられたくない、やはり政治とユダヤ人問題等で顕著に、でしょうね。確か、”OZAWA"というDVDがあり、小澤征爾さんの音楽活動を追ったものですが――その中で,ヨ―ヨ―,マとの対談があり、NYのだったか、全般だったか確かでないのですがーーこのユダヤ人と音楽の話題にかかったときに、パッツと映像と音声を切りそこで、消えましたね(表に出てはマズイ、要は話せないこと?があるんでしょうね)。
ショスタコーヴィチ、フルトヴェングラー、アンゼイ=ワイダとうとうーーー政治が絡むと大変、逃げるか?留まるか?”言わざる,聞かざる、見ざる”で通すか?
RUclipsの検閲?に引っかからない程度に(別件/雑誌、マルコポーロ事件など)取り上げていただくと嬉しいです。サンキュー!カルぺディエム/BWV 262*
大変ご無沙汰してます😂
聴きたい人がホールで聴く分にはどうでもいいと思いますけどね。逆に愛と平和の歌でも街頭やメディアで四六時中流されたら迷惑ですよ。
軍歌を大音量で流されのも大迷惑。
過去に完成された音楽は今の政治とは切り離すべきだ。これは理想論的には同意ですが、現実的には音楽をプロデュースする人の思惑や、聞く人の受け取り方は他人にはどうすることも出来ないことです。
音楽を聴く層は一般人が大部分を占めますから、そこに音楽家的な音楽への向き合い方を求めるのは酷でしょう。
誰しも内なるイデオロギーに音楽を重ねてしまう可能性を秘めています。
それに鑑みるに過去の出来事への配慮や今を生きる人への配慮をすることは致し方ないと考えます。