【大伴氏考④】⛩️✨大伴氏は意富氏と物部氏の後裔氏族だったのか?😱古事記や日本書紀や風土記等の古史古伝から古代日本史の謎を妄想解釈します🤔
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- Опубликовано: 18 окт 2024
- 古事記や日本書紀から古代日本史を考察します😆
大伴氏は意富氏と物部氏の後裔氏族だったのか?😱
※妄想全開フルスロットルふどきさんの創作ファンタジーです
※エンタメとしてお楽しみください
【参考資料】
丈部
ja.wikipedia.o...
北本デジタルアーカイブズ
kdas.jp/index.php
名代
ja.wikipedia.o...
部民制
ja.wikipedia.o...
菊池容斎 (武保) 著『前賢故実』巻之1,東陽堂,明36.3. 国立国会図書館デジタルコレクション dl.ndl.go.jp/p... (参照 2023-08-06)
[舎人親王] [編]『日本書紀 30巻』[7],慶長15 [1610]. 国立国会図書館デジタルコレクション dl.ndl.go.jp/p... (参照 2023-08-15)
『群書類従』第553-555冊(巻447上中下),刊. 国立国会図書館デジタルコレクション dl.ndl.go.jp/p... (参照 2023-08-06)
皇典講究所, 全国神職会 校訂『延喜式 : 校訂』下巻,大岡山書店,昭和6. 国立国会図書館デジタルコレクション dl.ndl.go.jp/p... (参照 2023-08-06)
山口勇雄 編『信濃名勝地誌』,松陽堂,明32.2. 国立国会図書館デジタルコレクション dl.ndl.go.jp/p... (参照 2023-08-06)
神谷永平 (稲羽) 頭注『延喜神名式』下,出雲寺文次郎[ほか],明14.7. 国立国会図書館デジタルコレクション dl.ndl.go.jp/p... (参照 2023-08-15)
『先代旧事本紀 10巻』[5],前川茂右衛門,寛永21. 国立国会図書館デジタルコレクション dl.ndl.go.jp/p... (参照 2023-08-15)
国書刊行会 編『系図綜覧』第二,国書刊行会,1915. 国立国会図書館デジタルコレクション dl.ndl.go.jp/p... (参照 2023-08-15)
[舎人親王] [編]『日本書紀 30巻』[11],慶長15 [1610]. 国立国会図書館デジタルコレクション dl.ndl.go.jp/p... (参照 2023-08-06)
[舎人親王] [編]『日本書紀 30巻』[4],慶長15 [1610]. 国立国会図書館デジタルコレクション dl.ndl.go.jp/p... (参照 2023-08-16)
伴信友 著『高橋氏文考注』,大岡山書店,昭和6. 国立国会図書館デジタルコレクション dl.ndl.go.jp/p... (参照 2023-08-06)
[舎人親王] [編]『日本書紀 30巻』[8],慶長15 [1610]. 国立国会図書館デジタルコレクション dl.ndl.go.jp/p... (参照 2023-08-17)
[舎人親王] [編]『日本書紀 30巻』[14],慶長15 [1610]. 国立国会図書館デジタルコレクション dl.ndl.go.jp/p... (参照 2023-08-17)
群馬県史蹟名勝天然紀念物調査会 編『群馬県史蹟名勝天然紀念物調査報告』第1輯,三明社,昭和4. 国立国会図書館デジタルコレクション dl.ndl.go.jp/p... (参照 2023-08-16)
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#妄想解釈です
饒速日と大己貴の立ち位置が同じような印象でしたので物部氏と意富氏は繋がっているのではと自分も考えていましたがふどきさんの丁寧な考察で見えてきました。多層重複近似構造は賛否ある考察だと思いますが面白いのでこれからも一石を投じ続けてください😊
アメノワカヒコとアジスキタカヒコネがそっくりなのも、ふどきさん風に言えば匂わせですね。
物部の物という字 牛🐮が鋤を引く姿です。つまり当時の近代農業技術者😰あるいは水田を作る人たち❓️農業土木❓️干拓して水路を作るのかな
前2世紀頃、大年彦(五十猛)が養母である神門臣家の大屋姫と共に海童集団を引き連れて丹波に移住した。この時に、「おとも」した出雲人が「大伴」氏となった。
大伴氏って意富伴氏もしかして
膳を「かしわで」と読むの初めて知ったのでした(「ぜん」と読んでました💦聖徳太子の妃の長い名前も)
関東の武闘派とつながるのが時代を生き残る知恵だったのかな
大伴家持のやんちゃな人生でも寿命を全うできたのは蝦夷の力のおかげでしょうか、東北に左遷と思ってたけど面倒なので親族預かりにされてたのかなと考えたり、自分的には思わぬ閃き
次回も楽しみです
房総伊甚屯倉と出雲市の伊路見さんの多い地区&松江市宍道町にあったという伊自志美社、大新川命は越中富山の新川神社祭神、大売布命は摂津宝塚市と出雲松江市に売布神社、上州一宮貫前神社の祭神が香取神宮と同じ經津主で物部氏祖。
山陰北陸と関東離れていても、意富で繋がっていますね。
膳部は重要ですね、軍事で糧食の確保は最初に準備するからね、これが十分無いと勝てない😅師団の師は古代肉🍖を柱に吊るし練り歩き兵士💂♀️を募ったから🐝 多も肉🍗が重なってたくさんあるという形なので 白川静の字解からです😊
スーパーウルトラジャンボプレミアムエグゼクティブマンモス忖度…
壬申の乱の影の部分をかき消すのに記紀が作られたとも言えますね!
阿波国国造の大伴氏は、天のホヒの後裔とされていますが、実は神門臣大伴を指し、当初は出雲系でした。それが膳出大伴に変化します。これは、大彦系の系譜で、所謂尾張家・海部家のことを指します。
同じく高橋家も、大彦の後裔で、新潟の弥彦神社の社家になっており、弥彦神社は実は物部系ではなく、大彦系です。
これが忌部氏に上書きされました。故に、千葉の安房も、忌部氏が出てこず、膳出の系譜から始まっています。
意富氏は、多臣家の事を指すと思われますが、矢井耳系の一族は当初は伊予国に移住し、多臣家と中臣家に分かれたという話が出雲口伝に伝わっています。
これは村雲系が、母系出雲と習合して臣姓になったからです。古代カバネは、渡来系最高位の連と、出雲系の臣の時代でした。
「屯倉」ってのは、大和朝廷の制度ではないですね。
九州王朝の制度。
なぜなら、筑紫君磐井が破れた時、その息子葛子が、糟屋屯倉をあげるから許してちょんまげ。
と、磐井・九州王朝が糟屋屯倉を管理していたことが述べられているから。
大和朝廷が管理している屯倉なら、大和朝廷配下の物部麁鹿火軍にあげましょうなんて、ないでしょ。