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交直切換スイッチが無いと気付いたときは運転士は硬直しただろうね
上手い!座布団5枚w大笑いしましたよw
@@tourin_205 さん ありがとうございます!
相変わらず上手いなぁ。
@@ムー連邦の兵士.エル この間の「お荷物電車」もいいセンスしてるなぁ、と思ってましたw
山田くん、みんなのこの人に全部やって!
運転手はきちんと仕事してたんだなぁ😅でも、必死に運転席を探したに違いない「ないはずがない···と」😂
滅茶苦茶焦ったでしょうねw同時に、確認してよかった〜とも思ったかもしれませんw
昔、上りのつばさ号が郡山駅で交直切り替えのテストをやってました。黒磯駅が通過の為、交流区間最後の停車駅でテストをするのがルーティーンだった様です。主抵抗器を冷やす送風機が止まり、室内の蛍光灯が消えて非常灯が点灯します。この時にパンタグラフを片パンから両パンにします。
@@おしげ-b6kさんおお、そうなんですか。たまたまですが私は福島出身です。 身近で具体的なエピソード、教えていただきありがとうございます。
@@おしげ-b6kサン 遠い遠い昔……敦賀駅でもそのようなことをやっていました。
この先頭車、「かもめ」なんかにも使われたんですよね。九州じゅうを駆け回り、ある意味幸せな車両だったと思います。用途がなくなり、若くして廃車になった車両もいっぱいありますからね。
改造種車の2両は181系100番台として関東で活躍していたので、まさか先輩の151系が踏み入れていた(481系までの繋ぎとしてサヤ420形を電源車に)、九州に交直流車としてやって来た、更に直流最西端の下関に姿を見せる事になろうとは、当時(今でも)度肝を抜かれた改造転用だったと思います。しかし、たった2両のみ改造をケチった結果が、運転手交代時に気付くというオチで本当に良かったです。JR化後もレッドエクスプレス化されずに廃車になりましたが、「赤ボン」は賛否両論の塗装なので、クハ481形500番台が赤ボン化されていたら……エグいですね(笑)。
確かに、151系のテリトリーに足を踏み入れた181系……と考えるとめちゃくちゃ面白いですねw中間車だけRED化、シャコタン先頭車は国鉄色……なんてことになってたら、もっと面白そうw
4:19 厳密には九州から撤退させた寝台電車を普通列車への種に使う目的があったそうです この500番台も最初は九州内だけで運用されていたので切り替えスイッチは必要なかったのですが 一部にちりんに下関乗り入れ運用が出来たので問題になりました これも約40年昔のエピソードです
それでできたのが伝説の食パン電車「715系」ってわけですねw(なんと急行もやったらしい。しかもロングシートの指定席付きで。)
そう言えば、2017年に黒磯駅でE721系に直流流して車両ぶっ壊した事故があったのを思い出しました
ありましたねぇ、そんなことも。その後、立て続けに係員の感電死傷事故も発生し、結局黒磯駅構内は完全直流化されてしまったんですよねぇ……。(これがなければ、E531の東北本線運用は生まれなかったかも?)
@@tourin_205 あれくらいの距離、交流電車にバッテリー積めば黒磯駅乗り入れられないか?と思うのですが、誤って通電するのが怖いのかDENCHAなど蓄電池車の交直セクション通過はないですね。
ひ?
ふ?
み?
国鉄末期でも、こういうちゃんとした運転士がまだ生き残ってたのは奇跡。
この頃は飲酒運転やらなんやら、かなり荒んでいたようですからね。しっかり点検し、セクション冒進を未然に防いでくれた運転士さんはさすがです👏
JRでも常磐線塗車両は上野や品川で発車する前に交直切り替え器の動作チェックをしているのでさすがに気が付かないで突っ込む人はいないでしょう。
今のJR西日本。直流区間のデッドセクションで普通に止めて再起動不可とか。この時代の運転手の確認手順は流石
E231系近郊型の機器更新車は一時期東海区間への乗り入れができず、それを示すeマークが付いていましたがせめてそのようにしていればと思いました。415系の鹿児島車は切替スイッチを交流側に固定し交流専用車として運用していましたが、その中で東日本からの譲渡車としても知られる520編成は後に大分に戻り関門運用に復帰したことから切替スイッチの復活を忘れなかったようです。
ほんとにせめて、何かしらの区別をしていれば防げた事故ですもんね。(田都のサークルKのように……。)415の件は初耳でした。まぁ、あの下関にちりん事件の教訓が、今に生かされているなら良いんですがね……。
交流区間しか運用しない予定だったから切り替えスイッチはつけてなかった。欠陥では無く、使用が特殊だったことを失念していた運用管理者の失態
てかそれじゃあ交直流電車じゃないやん。JR西日本の183系やん。
@@動画投稿終了_しました 交流専用になったから、183じゃねえだろ
@@kazumaro2024 類似した事例ってことよ(交流と直流は真逆だが)。言葉足らずですまんかったな
動画と直接関係ないけど 関門を越える485系で思い出したのは 大阪−大分を結んでいた特急『みどり』向日町運転所の担当だったけど この編成は他にも『雷鳥』や『はくたか』も担当していて「 一昨日大分で出会った『みどり』の編成に 今日上野で『はくたか』で再会した。」なんて事も実際にありました。西日本エリア限定のイメージの481系が 東日本のターミナルの代表の上野にやって来る 珍しいケースでもありました。(『はくたか』の走行エリアに 交流50HZ区間は無い。)
そんなに広範囲運用がされていたんですね、趣味者からしたらとても面白いですが、管理は大変そう💦(というか、ずさんな管理の国鉄体制でしっかり検査できてたのだろうか……w)
@@tourin_205 さま客車でも 長崎の早岐客貨車区の14系が 『あかつき』の折り返し間合い扱いで『日本海』にも充当され これは 同じ編成が北は青森 南は長崎まで運用される超広域振りで 冬場は東北の大雪で『あかつき』の発車が遅れるという珍現象もありました。
幼少の頃、母親に連れられて宇都宮の親戚宅に行く際に上野駅でたまたま見た特急はくたかの折り返し時の愛称幕回し・・・絵本でしか見た事の無かった「つばめ」「はと」「しおじ」などの関西発の特急の愛称がゾロゾロ出てくるのを今もはっきり覚えています。
国鉄時代のブルトレの幕回しは色々な駅名や列車名があって楽しかった。ブルトレが廃止される頃でも昔の幕が残っていて西鹿児島や南宮崎、あさかぜや等がありましたね。
@@c62c631-tg8fn 西日本は後に黒字幕になったけど、入ることのない東京ブルトレもやってたな。
改造されたのが九州内でしか使わないの前提だったんでスイッチなくてもほぼ困らないですね。関門越える列車が稀なので。この運用以外では出番無かったです>交直切替。後でスイッチ付けるくらいなら絶対に切り替えない列車に運用固定すれば良かったような。今の九州特急は交流専用車しかないです。ある意味寂しい。
結局、下関乗り入れはそこまで増えませんでしたし、私もこの2両に関しては「交流区間限定」として走らせればよかったのでは……と思います。結果論からいえば、スイッチ設置から数年でお釈迦になってますし……。ところで、九州の特急と言えば、787や783がそろそろ限界を迎えつつあるように感じますが、後継車の噂はさっぱりですね……。いつまで扱き使うつもりなのでしょうw
783系は30年経つのでそろそろ置き換えでしょうね。西九州新幹線の動向次第かな。787系は追加増備された時期が有ったので日豊本線で昔の485系のようにギリギリまで使うかと。九州新幹線開業前は7+4=11両編成のつばめ、有明とかありましたね。
@@ベータま11両のつばめ、1度は見て見たかったと思うこの頃です。私が九州に初上陸した頃には、もう既に「つばめ」は新幹線になってしまってたので……。長大編成が行き交っていた名残を残す熊本駅のホームも、高架化され有効長は9両に。昔の雰囲気を色濃く残したあの長いホームが、好きだったんですけどねぇ。
地上駅時代の熊本駅は楽しかったです。寝台特急はやぶさ15両編成もきちんと止まれましたし。切り離し後の入れ替え風景も。駅構内西側にあった客車区、気動車区、機関区の作業風景見てるだけで1日潰せました。昭和時代は救援車スエ78?も置いてありましたね。
当時、兵庫県に住んでいて、中学生だった私は、この2両目当てで九州に行き、無事小倉駅で撮影することが出来ました!しばらく経って、この交直切り替えスイッチが付いてなくて、小倉で運転断念のニュースが新聞紙上を賑わしたのを見て、まさか撮影した車両がそんな事になってるなんてと愕然としたのを思い出しました。
この事件、全国ニュースになっていたんですね💦当時の界隈でも、やはりこのシャコタン車両は話題だったのでしょうか……?
@@tourin_205 様この車に限らず当時の九州は、珍改造車の宝庫だったので、目当てに来る人も多かったようですよ・・・。
@@htht-rg9ibそうなんですね……。JR九州黎明期とか、めちゃんこ面白そうですもんねw
末期に直流限定になった485は長野にいましたが、その逆パターンですね。スイッチをつけなかったのはともかく、どうして運用開始前に気がつかなかったのか・・・。思い込みって恐ろしいですね、
直流・交流限定になった交直流車両は沢山居ますが、形式変更or番台区分等で、しっかり運用を分けていますからね。当時の新聞記事を見ても、門鉄局は完全に忘れてたようで……本当にお粗末な事件でしたw
逆に改造クハが反対側に付いてたらどうなっていたか?とも思います。途中で運転士が気付けばともかく 気付かなかったら 下関までは行けちゃいますからね。折り返しは 門司まで DE10が牽引したとか 死電区間ギリギリまで加速して 直前でパンタを降ろして門司駅ホームまで転がして行ったとか。(それはない。)
@@toriri-service それは本当にやばい事になりそう……。でも、国鉄だからギリギリまで加速して惰性で転がすなんてこともしてしまいそうで怖いw(2018年に、門司駅で故障した415が直流回路のまま交流区間に突っ込んで、火花上がってる動画がありましたけど……すごい迫力でしたね💦)
@@tourin_205 JR東のE501系は、交直切替不良が続いて、水戸線運用を外れて常磐線の交流区間運用になっていますが、編成数が少ないためか形式変更or番台区分をしていませんねぇ。
@@tita6818 さまJR化後に製造された 常磐線415系1500番台も 交流60HZに対応していないのに(実質 403系)形式はそのままでした。
話題のあの2両と後に東海道線の超低床グリーン車になるサロは、181系製造終了、3年後に増備された車両で、製造当時のクハ481に準じて タイフォンカバーやボンネットへの通風口が縦になっています。鉄博の車両は161系最後の車両です。
181系「とき」の末期のグリーン車は他形式からの編入車や181系として作られたものの後の転用見越して他形式仕様で作られた車両があって九州みたいに中間のグリーン車だけ高くなる凸凹編成と化してた。
あのサロ、結局クロに改造されたりジョイフルトレインになったりで、結構長生きしましたね……。
53-10までは綺麗な編成だったのに、183系と並びを統一&3MG化の為にモロを止めてサロを入れたのが原因でしたね。長野で保留車になっていた100番台を改造したサロ180-1001だけが他車と車高が揃っていました。
113系のグリーン車だってそうでした。
サシ181→サシ489になった車両は高さの差がほとんど無く違いは車両の前後関係が逆なのと裾の丸みが強くなっていたくらい。
埼玉の鉄道博物館に展示されている、181系は、485系のクハを181系に塗り替えて、展示されている事を知らされた時は、ショックを受けました。
私が勤めていた会社に元国鉄職員の人がいて。にちりんに便乗した時、宗太郎峠で目の前のボタンを押してしまったけど?停車せず運転席の上の炎管が煙を吐きながら山の中を走り続けたと笑いながら話してました。
それ、相当とんでもない話ですねw一体なんのボタン押したんでしょう🤣TEスイッチ……かと思いましたが、そのまま走り続けたなら違いそうですねw
@@tourin_205 東京臨海高速鉄道
485系やまどりの先頭車と後尾車はクハ481からの改造なので車齢60年くらいだからなぁ 485系ボンネットかっこいいから好き 1:41 200系だぁぁぁぁぁぁ 1:49 良いならび 1:58 OM103編成 2:09 サロ110-301.302
国鉄型ボンネット車、かっこいいですよねぇ。幼少期、急行「能登」(金沢の489)の間合い運用ホームライナーが大好きでした。
@@tourin_205 なる保土ヶ谷 485系、あまり縁はないが、かっこよかった
九州は車齢60歳✕2両+54歳✕2両の4連で組んだ特急車が現役なのよね。今のところ引退予定もないみたい。
@@kagemusha250 えぇ(困惑)
交直流電車なのに切り替えスイッチないって終わってる😅事故になる前に気づいてよかった…上がお粗末でも現場がしっかりしていて何よりでしたね😅こんなことだと、民営化しなくても国鉄は長続きしなかっただろうな…
九州内の路線(筑肥線を除く)では交流電化(60 Hz)ですからねぇ。門司から関門トンネルに入らなければ…今時のJR東のE501系のようなものです。(交直切替不良が続き、水戸線運用を外れ、水戸以北の交流区間のみの運用に。)
国鉄の管理体制、末期はかなり酷いもののように感じてしまいますね。E501は、全車が直流区間入線停止になっていますが、この481系はたった2両だけ、それも完全に周知されてない状態……。まさに、トラップのような車両かもしれません。
改造した工場「九州の485系は交流区間から出ない(1984年当時)からヨシ!」もし415系がE531系置き換え後に羽越本線用として新潟に転属して糸魚川方面の運用が発生していたら危なかった。上沼垂責任者「JR新製車が50Hz専用に退化してるって聞いてねーよ!」
運転士「何見てヨシって言ったんですか!?」というかこれはかなりデッカいヒューマンエラーな気がしますねえ
何見てヨシって言ったんですか?→ヨシ、というかまず気づいてすらいませんでした。w
JR東日本でも常磐線交流区間対応車両は上野や品川で発車する前に交直切り替え器の動作チェックをしていますけどね。
特急ひたち、有明の大増発の為に、先頭車不足になり、広域転配でも、追い付かず、魔改造をしましたよね。
基本的に転属において、先頭車は「足りない」のがデフォなんですよね……。(205系の転属時も然り……。)
455系や475系の急行型電車も普通列車転用で先頭車が不足し165系を改造したりサロにお面付けてましたから。
先頭車。プラレールでは余るケド、実車はとても足りないのはこの事例で良く解ったのです。
国鉄型は長編性→短編成に組み替え直す事が多々あるので、よく先頭車が不足してますね……。幼少期、鉄道模型のように切り貼りして先頭車化改造を行っていると知った時は、驚いたのを思い出します。
@@tourin_205様>先頭車が不足・・・581・583から改造の419系(食パン電車)、113系3800番台は有名ですよね。いずれも中間車を先頭車に “魔改造” した車両たち。都心を走っていた205系も一部の中間車が先頭車に改造され、仙石線や南武線系統、八高線などに充てられましたが、こちらは「製造当初からこの顔ですよ」と言われてもまったく違和感のない、自然な外観に仕上がっています。
@@DD54-901205系の先頭車化改造……。あれは秀逸なデザインですよね!当時のファンもその自然な仕上がりに驚いていたと聞きます。
これって九州迷列車のレジェンドも扱ってなかったネタだったからな…
そうなんですか!?でも、確かにニコニコでもRUclipsでも見た事ないなぁ、とは思っていました💦
へぇ!リアルタイムで新聞記事で読んだ記憶があるので、この界隈では有名な話と思っていました。 電気屋としては、流石に”改造をケチった”はネタと思い、改造の担当者が失念して、上長がめくら印押したのだと思います。クモハじゃなくてクハですし。(動力系統があれば念入りに確認するはず)
@@tourin_205自分の知ってる方でしたら動画の傾向が違っていたかと(どちらかというと「野生のNHK」と言わしめたほどの歴史的要素の高い方ですし)>九州迷列車のレジェンド
あかつき1号さんでしたっけ
交直両用車に交直切換スイッチ付け忘れってどこのギャグアニメor漫画だよw現実でこんなん有ったの信じられない。
最近でも、交流区間に入れなくなった交直流電車・651系1000番台というのがいたな・・・
西みたいに車番変えないのは???ですよね(゚∀゚)
@@schimitch3277 485系を183系に編入したり683系を289系にしたりしてますよね新形式を起こすのは凄いと思いました
これ交直切換試験してなかった運転士も処分を受けるところだったから運転士はちゃんと交直切換試験して良かった
国鉄末期、労働環境も勤務態度も滅茶苦茶な中、この運転士さんは本当によく試験してくれたと思います。
逆にそんな当時でもしっかり試験しようと思うくらいの信頼性しかなかったと思うと・・・
実際181系改造のクハ481-500はJR化後の1993年くらいまで残っていた後に迷列車大好きなマイクロエースからも製品化もされたらしく
マイクロから何故か「クハ2両のみ」で製品化されてますねw(編成にならない……)
@@tourin_205前のロットではちゃんと編成で出てました。A1091 485系➕クハ481-500にちりん7両セットと検索すれば出てきます。
しかし模型では、その「車高差」が再現されておらず、ユーザー側で改造したとか・・・。
@@htht-rg9ib 16番ゲージのカツミの181系の後期製品(金ラベル以降)も車高の差が無く485系と繋いでも段差がない、同時発売のクハ481-500も同様ですが、車高を下げるとモーターが擦りそうで難しそう、何故かエンドウの151系は低くなっている。不思議な事にカツミの古い485系200番台(エンドウOEM)等は181系並みに車高が低いエラーも出ている。
@@htht-rg9ibそれ、もはや欠陥レベルですよw車高差が面白いのにw
偉い人が忘れてなきゃ「九州島内限定運用」って運転台に書かれてただろうに。運転士の中でも「あの車両スイッチ無くね?どこついてんの?」とか話題にならなかったんだろうか。
交直切り替えスイッチ付いてないのは普通周知するし気づくでしょう。
ええ…スイッチ付け忘れとかやばい…初めて聞いた話なので余計に冷や汗かきました…(それにしてもボンネットはかっちょえー)
ボンネット、かっちょえーですよねw私も小さい頃は急行「能登」の間合いホームライナー運用を狙って、ボンネットに乗ってましたw
@@tourin_205 おお!いい思い出ですね!俺が好きなボンネットはあさまの489系ですね〜ボンネット顔とEF63の連結は心刺されました ()
私、この頃高校生でしたけど、首都圏の5分間ニュースで出てきて、翌日に「あー、やっちゃったわ」って、不謹慎にも先輩と一緒に声に出して笑ってましたっけ。
まさかの全国ニュースになっていたんですね……。当時の界隈でも話題になっていたんですねw
もし気付かないまま運転してたら最悪E721系のあれや北陸トンネルのあれになっていたかもしれないのか…
可能性はありますね……。もし、何らかの原因で発火して、過電流で架線切れて停電、しかもトンネル内……なんてことになったら、ホンマに大惨事だったと思います。
@@tourin_205 デッドセクションはトンネル手前なんで… トンネル前で止まるでしょう。
@@tita6818ご指摘ありがとうございます。そうでした、セクションは門司駅構内ですもんね。
黒磯駅で火災事故が起きている。
長文です。 大宮の鉄道博物館に行くと181系と485系がどちらもボンネットで似てますから(鉄道博物館での見分け方は運転台付近のミラーの有無)と勘違いしたのかもしれませんね。485系のジョイフルトレインの改造元にしれっと181系がありましたが車体を載せ換えてましたからこれらは特に問題ありませんでしたね。
元181系というルーツを持つ車両、意外と最近まで残っているんですよね。(まぁ、車体はほぼ485系でしたが……)
この事件、当時一般紙(日経か朝日か毎日)で読みました。鉄オタの私にはよく理解できたけど一般人には分からないニュースだったでしょうね。
当該列車の乗客も、どんなアナウンスがされたか定かでは無いですが、「切替スイッチ無いので下関行けません!」と言われても「???」だったでしょうねw
下関乗り入れ事件が発覚した時は「まっこちテゲなコツしよる、よりによってにちりんかぃ!」って想ったが、まさかスイッチそのものが無いとは。九州は北海道ほど環境が過酷でないから却って接客メンテに雑な所が国鉄時代から在り、「なんねコイは!」と叫ぶほど黄砂に塗れっぱなしの窓ガラス車両が入線する事は昔から在った。水戸岡デザインに切り替わったJR時代になっても、885系革張り座席がボロボロのまま運用している様な事から「コイは遺伝やっど、新車入れる場合ではないなぁ。」と観ていて、都城の親族も「アレは好かん」といって車ばっかしになってしまった。
九州の車両メンテは、他者と比べるとやはり雑さが目立ちますよね。JR東日本の千葉支社より車両が汚れてますし(熊本の815.817.821なんて可哀想なくらいですよ……。)、腐食した外板を補修せずそのまま塗料乗せるなんてことも。上場して、不動産事業に手をかけるようになってから、輪をかけて酷くなったよう感じます。まぁ、会社としては成長出来ているようなので、なんとも言えませんが。
この事件の後にちゃんと切り替えスイッチつけたんですね。知らなかったです。当時、地元北九州の夕刊ではトップ記事になってたんでよく覚えています。
トップ記事になってたんですね……。当時の新聞記事をアーカイブから拝見しましたが、かなりでかでかと掲載されていましたね。
アーカイブで見ることができるんですね。学生の頃でしたがなにやってんだかとあきれていました。このにちりんの凸凹編成を見たことあるのですが、かなり違和感があったのを覚えています。今ならスマホを取り出して写真を撮るんでしょうが、まだPHSもなかった頃なのでなんだこの編成はと思ってみていました。
2分差で特急が追いかけっこする区間には70-000系君は入れないからそこは大丈夫だと思う。大宮の181系、新潟で保存展示されてた時代が懐かしいな。白新線新潟方面行きの115系やE127系車内からよく見てた
鉄博の181系、485系の隣に並んでいるので小さい頃は一体何が違うのかと不思議に思ってた記憶が強いですwそれはそうと、151・161・181系列、本当に保存車が少ないですよね……。
やっぱり、181系からの481系&485系編入車の事でしたね。ある種いやもはや、交流区間専用・・・。181系は151系と161系の編入車もあり、割りとカオスな印象があります。その上を楽々越えて逝くのが485系ですが。183系になった連中までいる始末・・・。113系のグリーン車とか24系の食堂車になった連中もいるし。489系まで捲き込まれてるのよねぇ。
485系列はま〜ぁカオスですよねwこの2両のクハも、トップクラスにヤベェやつらですが……w
何で元直流車が交直流の形式番号を名乗っているのに直流区間へ入線できないというギャグをかまさなければならないのかせめて交流専用の形式番号に改番しておけよ。そんな凸凹編成は見たことないけど
8:31 福知山の183系達『僕らは交直流電車だけど実質直流専用車だよ()』クモハ485 205の亡霊『なぜ僕は183系に編入されずに廃車になったんだろう………………』
七尾線用の113→415系改造に中古部品が使われたんですねぇ。
七尾線415-800……そんなこともありましたねぇ……。
あさまの489も交流機能使用停止してた
私は見逃さなかったぞ8:01 で一瞬違う南福岡がでてたこと
さすがの洞察力w関東の「福岡」が混ざってしまったようですw
話は変わりますが、この481もどきの運転手さんが、気づけたおかげで大事には至らなったのが本当に奇跡。
@@hayabusa-karin_E5-U1当たり前のことではありますが、良くぞ確認してくれたと思います。小倉打ち切りにしたおかげで、影響は最小限に抑えることが出来ましたからね。
@@tourin_205 ちなみに質問なのですが、その車両で運転されてたにちりん8号って結局どうなったのか分かりますか?
8:02 サブリミナル効果で杉下右京が調べに来るぞ。
10:28パワーワードすぎるw
魔改造!!のとこおもろいw
ありがとうございますw
子供の時、特急とき号に乗って上京していた。 この欠陥よりも、とにかくゆれまくる方に困っていた。 何せ、歩くのも大変だったから。
そんなに揺れたんですか…!軌道の整備状況が悪かったんですかねぇ…。
@@tourin_205 当時の新潟県人は、特急とき号の事「欠陥品」と言っていました。 田中角栄氏が、いるので線路は、整備されていました。 新幹線に始めて乗った時、「なんて静かなんだろう」と思いました。
PCゲーム「トレインシミュレータ」クイズトレインショックには「交直切替器は直流電車が交流電化区間を走行するのに必要な装備である」という問題があった。答えは・・・
春期講習でプレミア公開間に合わなかった😢8:02 なんかみえたような…10:36 今日のはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ これを聞くとなんか安心する
講習、お疲れ様です🍵8:02、さすがの観察眼w異物混入してますねw
500番代先頭車は、1984年2月の改正で九州から撤退した583系の穴埋めとして当時引退状態であった181系を改造しましたが、同じ時期にクロ改造のクハ481‐600番代も登場していました。クロは1982年11月改正で全て南福岡電車区に転属しており、その時にクロ481‐50番代の内2両が余剰廃車されました。もしその2両がクハ化していれば、クハ181改造先頭車は存在しなかったかもしれません。
南福岡に集められた初期車はどれもこれも酷使されてボロボロでしたから
181系自体、151/161系からの改造編入車がほとんど。こいつ自身も161系からの改造編入組。(モータ交換などの改造)
E721系も黒磯で直流食らって大騒ぎになったなぁ…
ありましたねぇ、そんなことも。
リモコンもチャンネル用ボタンも付いてないテレビ、クラッチが付いてないMT車並の欠陥ですね飲酒運転等モラルが崩壊しきっていた当時の国鉄職員の中で、本当に真面目に仕事していたしっかり者な運転士だったことが分かるエピソード。しかし金欠だったとはいえこの改造ケチって浮いた金はどのくらいだったんだろう。そんな大金でもないような気がしますが・・・
クラッチついてないMT車……wいい例えですねww国鉄末期は、本当に色々と不祥事が多かったイメージですもんね。その中でも良くぞ輸送障害を防いでくれた……と言うべきでしょうか。確かに、私もスイッチ1つで、かかる経費はそんなに変わらないと思うんですがね……w
ビクターのミニコンポで電源スイッチが無い不良品がありましたよ!製品チェックどないしたん???
@@NTTWEST3 さん電源付けれないwwジャンル問わず笑うしかない欠陥は出てくるもんですね
今まで食堂車連結の12連だった東北特急が新幹線接続の6連になったのだから先頭車が足りなくなるのは当然でして481系のモハユニットが57.11後に全車廃車された一方で、クハ481(481系ロット)は平成まで全車健在でした。
なるほど、こうやって見るとホンマにクハは足りなかったんですね……。常磐線特急も、先頭車はボロばっかりだったらしいですね。
@@tourin_205 九州先頭車不足の深刻さは、本車と同時期にクロ481-0のクハ481-600への3両の編入改造(他にサロ&サハ489の編入)、その次のダイヤ改正時にクモハ485という485系初の電動車先頭車化改造、しかも同時先頭車化改造の新形式クロ480含め一挙に15編成も実施されたことからも明らかです。クロ480-4までのAU12(俗称キノコ型クーラー)と非貫通高運転台の初の組み合わせは当時初登場で衝撃的でしたね。結果、増発分を抜いても相当数のクハ481が捻出出来たのです。ちなみにクモハ485-1はモハ485-97という元の車番だけでは何の特徴もありませんが、ユニット相手がモハ484-201で、意味するところは485系の非ボンネット(クハ481-200代)+AU13箱型クーラー/AU71集中型クーラーのグループのトップナンバー電動車だったりします。なお、ひたち先頭車のボンネットクハ481は、九州のトップナンバー(元祖481系製造車)含む0番台ほぼ全車(元ビデオカー改造車(33~39(奇数番号)の4両以外)の広域転属によるもので、財政の厳しさが最初から見込まれていた九州向けに経年の浅い状態良好車(=非ボンネットクハ・モハ)を転属させて経年車は東日本(予定)の新車投入による早期廃車を前提としていた、とのことです。当然少ない量数ではありませんので、綿密な回送計画が国鉄本社で計画・実施されています。そのため、回送伴車となったことのあるクハ481-1508(新津鉄道資料館保存車)が、485系の走行の北端(旭川)と南端(西鹿児島)双方の記録を持つ珍記録保持車になってもいます。
恒常的に先頭車が足りていないのに高速バスに対抗して3連まで組成して運転本数を稼ごうとする…
当時九州の出来事なのに東京キー局のニュースで流れてたな、運休した映像その姿が全国ネットに・・・
全国ニュースになっちゃってたんですね……。せいぜい地方紙レベルやと思ってました💦
詳しくやってた、交直切替スイッチ無い解説してたが、「だから485系ではなく785系として置くべきだったんです」などと斜め向こうの解説にコケたよ
確か181系は、中央東線では初期のあずさ号でしたね。懐かしいなあ。しみじみ。
出区点検や折り返し場面での交直切替試験で気付きそうなもんですが…そもそもこの当時は切替試験やってなかったのか。仕業ないし交番検査での切替試験も省略の取扱いをしていたという事になるかな?
恐らく(サボった)可能性もあるのかと……wそう考えると、よく小倉で点検してくれたな……と思います。
ABBが切れるかどうかを確かめるために切換試験すると思うんですけどねー
備えあれば憂いなしとはよく言ったものだよ。8:01 おいなんか違うの入ったぞ
異物混入wよく気づきましたねw
@@tourin_205 上福岡って何線でしたっけ?
@@動画投稿終了_しました東武東上線
@@TOBUEXPRESSch ありがとうございます!
当時このニュース流れた時、忘れたのかと爆笑したなあ。全国ニュースになってたはず。
全国ニュースになってたんですか……w私は地方紙レベルの紙面アーカイブしか見たことがなかった(しかも誤情報だらけ……)ので、それは初耳です!
10:24 幻の781系ボンネットとはこれだった15:41 伊豆の国「市」を通るあっちの路線に行く可能性はどうなんですかね
伊豆の国「市」の方は、西武のお古を貰ってくるのが…
781系……としても良かったのでしょうが、全くシステム別物の形式番号をつける訳にも行かなかったんでしょうね。難しい所……。
いくら切り替える機会がなかったからと言って誰も違和感を持たなかったのが凄い
あるはずのものが、そこにない……ということが2年間誰にも気が付かれなかったのは、ある意味すごいことだと言えそうですね。(交直流切り替えスイッチって、国鉄車はマスコンの横にあったような気がしてて、いやでも目に入るような気がするんですが……485は違ったんですかねぇ。)
@@tourin_205 485系489系はマスコンとブレーキの間にある、あれは点検対象だと思うが???仙台の455系417系は動かせない様に金属のバーで固定してあった。
スゲー欠陥・・・ 583系のボックス座席を 一般座席に交換するって案は出なかったんだね
181系と481系、車体の高さ以外にも、ボンネットの長さが違う、181系は少し面長などの違いがあるようですね(にしても車内段差とかどう対処していたんだろう...)。サンパチフレンズ、恐るべし(この間鉄コレ買って中から715系が「コンニチハ」してきたときは驚いたなぁ)。
車内の段差、本当にどうしてたんでしょうね。貫通路の板とか絶対ガタガタでしょうし……wボンネットの寸法、地味〜に違うんですよね。模型で見てみるとよく分かるらしいですが、私の節穴の目では写真を見た限り判別はあんまりつかずw
車体の下部とヘッドライトケースの間で調整してある、屋根側は運転席クーラーの辺りで調整している。ボンネットと運転室は同じ高さと思われる。なので前から見ると485系の方がずんぐりした感じに見える。
@@tourin_205 連結部の床高さが違っていたら妻部に大改造が必要なはずですよね。(実は連結面高さや妻部の床面高さは同じだった?)
サシ489に編入されたサシ181-100番代改造の100番代。車体高さはちゃんと489系に揃えられましたが、車体裾カーブが明らかに違い181系の美しさの残滓がありました。
当時言われていた「たるみ国鉄」という言葉を思い出しました(笑)
確かに、たるみ国鉄の象徴とも言える出来事ですねw
481「おい!ワシらが直流区間を走れん事に気づかんかったのか!このジジイにトライアスロンなぞ押し付けよって…ぶつぶつ」ED76「いやー、その気持ちわかるよ。30さんや81さんにゃ勝てんわい」
ジジイにトライアスロン……w
九州には色んな個性豊かな車両がいっぱいいますよby水戸岡鋭治
ミトー化さん、貴方が個性豊かにしたんですよw
直流区間に入れなかったのは知ってましたが、まさかケチっていたとは…あと、70-000は九州に再就職しても筑肥線の筑前前原以西しか居場所ないかも…西鉄貝塚線は扉数違うし(貫通扉がないので地下鉄直通不可)
まさかの理由が「ケチ」なんですよねwちなみに、仰る通り70-000を筑西前原以西の103-1500置き換え用として活用する……という話をよく聞きますが、噂レベルなんですよね……。
70-000形の画像変わった様な…?それにしてもいい画像
2・3回前くらい?からだよ
3回前から、画像をフルリニューアルしてます!撮り鉄の腕はまだまだですが、そう言っていただけると嬉しいですw
たしか関門トンネル内で故障した415系の救援でディーゼル機関車に牽引されて門司駅に入線するとき、パンタも下げておらず、その上交直の切り替えも行っていなかったから、パンタ周辺で火花が飛び散る動画があったようなのを思い出したけど、もしにちりんがそのまま下関に向かっていたと思うと恐ろしいな。
ありますね、あれはめちゃくちゃ衝撃的……。あの動画は下関→門司で回送されてるため、この動画のクハ481と少し状況は違いますが、もし突入していたらあのようになってた可能性も……。
取り返しの付かない事になっていた。
回送車ならともかく営業車はまずい
関門トンネルに入る下り勾配でコントロールを失っていたら…
( 'ω')ヒェッ……それは恐ろしいことに……
交流専用の特急型電車を開発するよりも交直流にして転属しても問題がないようにしていた。実際九州の交直流車は下関乗入れ以外直流を使う事は無かった。だから付けなかったのは意図的だったと思う。この頃になると特急も短編成化と格上げで先頭車が足りなくなる。新製する予算も無いので改造車のオンパレードでしたね。伝説の食パンが誕生したのもこの頃。毎月のように魔改造車が鉄道雑誌に載ってる状況でしたね。ちなみにサロ181は上越新幹線開業後に485系に転用が予定されていたので屋根の高さが181系よりも高くなっていました。
民営化を前に、各地で独自の良い意味での車両改造や新型車の投入が行われる中、こうした、車両転属や改造は国鉄末期の経営状態の中、致し方ないのかな、と思います😅同じ国鉄特急のボンネット車なので、違和感ないかなと思いましたが、車高の違いに愕然としました😥件のインシデントは、職種は、違えどいつでも起こる可能性があるので、自身でも注意していきたいと思います🙋
車高違いすぎて、貫通路がどうなってしまっていたのか、とても気になるところではありますw
大宮のてっぱくで確認してきまず😅両車両とも、静態保存中💡しかし、メジャー持って行ったら、不審者😥
「再就職先は伊豆の国…。」って、りんかい線の70−000系はあの伊豆箱根鉄道駿豆線に行くって事ですか?伊豆の国市だったら確か伊豆箱根鉄道駿豆線しかないからね。それとも伊豆急行?DOTCH
この動画で初めてこのch知った
もともと、そんな使い方をするなんて、思ってなかったから
予期してなかったとはいえ、ホンマにギリギリセーフでした……wなにか少しでも区別しておくだけで、違ったと思うんですがねぇ。
コミュニティのを見ても分かんなかったです()あと登録者8000人おめでとうございます!
ありがとうございます!まさかこんなに早く達成できるとは……w
確かに181系と481系は同じ「こだまスタイル」だ。運転士がスイッチが無い事に気付いて驚くのもムリもない。「485系=交直流電車」というイメージが定着しているから。因みに黒磯駅が完全直流化される前、駅に入って来た交流電車に駅員が誤って直流電気を流したら、電車が火事になった。
トーマス好きな人だけどコメント&初コメ0:42もんじゃ焼き☆
大事故になる手前で気づいてよかった😊
仰る通りですね。
上越新幹線開業直前の夏、父方の実家帰りに乗ったのが181系ときでした。この時には九州ゆきをする先頭車がでるとは思いませんでした。中山トンネルの大出水による迂回工事があり、上越新幹線の開業が遅れたことで、181系の引退も後ろ倒しに。満身創痍だった181系を何とか引退させないで使い続けたと思ったら…九州とは思わなかったでしょう。貫通路の段差はどうしていたのでしょう…無理無理にも程があります。
段差は貫通路の板を改造で対応した様ですが、高低差はどうしようもなく、車内販売のワゴンはさぞかし大変だったと思います
@@おしげ-b6k 幌自体も片側が低いのですから無理な力がかかっていたのでしょうね。食パンを作らないとならないくらい厳しかったのですから、先頭車だけ作るとか無理だったのですね…
485系サロの渡り板とホロ枠を少し下げてアンチローリングダンパーを逆側に付けてました。多少の段差は有りました。
貫通ホロで無理やり繋いだら、常時変な力が働いて支持枠を歪めそうまあ貫通ホロにそんな剛性はないだろうから、ホロの消耗が早くなるくらいでしょうけど
2024年3月15日北陸本線最終日、敦賀〜南今庄でデッドセクション切替失敗により北陸トンネル内で停車するという事故があったんですよ。
E501系基本編成も、上野に来なくなってからは交流しか走ってませんでしたが、昔は直流機器の保全のために月一程度水戸線で試運転してたって話を聞いたことがあります。九州の485も定期的に下関に入っていたら、この2両も最初からちゃんとスイッチつけて貰えてたんでしょうかね。(てか、どうやって直流機器を保全してたんでしょうかね)
昔、この話をムーンライト九州の展望ロビー?で乗り合わせた見ず知らずの鉄ちゃんから聞いたなぁ。
なんと……!ロビーカーで見ず知らずの人と話すのも、夜行列車の醍醐味ですよね!(サンライズで私も経験しました…。)
交直両用なのに電源切り替え不可はヤバいですね
本当にやばいのは、それを「全く区別せず、その上みんな忘れてた」ということなんですよねw
ですね
183系1000番台が1982年11月の上越新幹線🚄開業に伴う国鉄全国ダイヤ改正で上越線の特急とき号廃止に伴い仲間の一部の車両が長野運転所に転属されて中央本線の特急あずさ号で活躍する事になりました。183系1000番台は1986年11月の国鉄最後の全国ダイヤ改正から長野運転所から松本運転所に転属されました、急行アルプス号の格上げにより特急あずさ号の運転本数が更に増発されました!総武本線千葉駅及び中央本線東京駅🚉まで数本直通運転を開始しました、その他夜行急行アルプス号1往復にも使用されることになりました。
吹き出しの小ネタがいちいち面白いです。今回も笑わせていただきました。13:58 なるほどです。交流の方が電圧が高いのに、交流回路に直流が流れると過電流になり・・・・ですか。当時は実際に乗っていた方々にとっては不便極まりない残念な旅だったかもですが、事故を未然に防げたことは不幸中の幸いでしたね。
同じ電力を得るとしたら20kV/1500Vで14~15倍近く必要電流値が違うから変圧器の一次側ブレーカーが吹っ飛ぶのかな?
JR九州の485系は関門トンネルを通過する運用をしてなかったから、誰も交直切換スイッチがない事に疑問を覚えなかった事が原因だよね💧
そう、おっしゃる通りなんですよね。
残念ながら1992.93年廃車
意外と長生き……だったのでしょうかね。
JRになって415系でやらかした様な…定期列車の追いかけっこは臨時列車と終点で合流しますw
スイッチはないのに直流回路はあったのかな?後地味に最後の181系列であった車両ですね
直流・交流回路が分離しているのは、パンタグラフから電気を取り込んでいるモハのみなので、そこまで大きな改造は必要なかったようです。
@@tourin_205 だったらスイッチつけても費用変わらないんじゃ…どれだけボンビーなんだ
間違えないように付番を785とかにしておけばよかったのに。
あっ8000人おめでとう㊗️
ありがとうございます!
筑肥線を走る70-000形とか見てみた過ぎる
私も、九州の地で水戸岡デザインを纏った70-000、見てみたいですw
クハ181とクハ481の違いには、おでこのライトもあるよね?(登場時はクハ181にもおできにライト付いてたけど、のちに撤去。)あと、クハ481-502は横軽連結用で連結器カバーが無いんだよね。
仰る通りですね。今回は取り上げませんでしたが、おでこのライトも判別できるひとつの指標ですね。(というかこっちの方が車高の差よりわかりやすい?w)
151系と161系ベースの車両はおでこライトの左右にマーカーライトも付いていたが100番台は新製時からおでこライトは有りません。後に中央線乗り入れのため全車のおでこライトとマーカーライトを撤去した、細かくいうと同時にモハのパンタ台を少し下げてるはず。
民営化後はクハ481でありながら天井ヘッドランプがない車両(例えばビバあいづ)が登場したり逆に種車こそクハ481だが天井ヘッドランプありのクハ183が登場したりしましたね。
交直流(交流しか直に使えない流派)特急形電車とはこのことか
上手いこと言わんといてくださいwww
私の解決策:一、415系1500番台の車体を作る。二、485系の足回りとパンタグラフを415系の車体に乗せる。その415系を常磐線で運行。三、交流60Hz専用のパンタグラフとサイリスタ位相制御の足回りを作り、485系の車体に乗せる。781系1000番台を名乗る。
581・583系の余剰車両からもらったというオチですか・・・
改造と言えば鷹取と苗穂の匠しか思いつかん() このネタもやって欲しいですね
鷹取・苗穂の改造伝説もいつか採り上げてみたいです!
この前、新幹線開業前日の北陸本線で521系が交直流切り替え失敗のせいで敦賀駅発車直後に故障したらしいですが、焦げた匂いと煙が出たらしいです。北陸トンネル内で発火とかにならなくて良かったです。交直切り替えの試験って、どうやって判断しているのでしょうか?
交直流機器類のテストは、始発時・折り返し時・出区時などのタイミングで行われているようですが……。どうもこの頃はまともに行われていなかったようです。
エピソードの番号 いつも なんて読むかわからないです 😭
壱いち弐参四伍六七捌九拾じゅうですね
大字ってやつですね、1=壱2=弐3=参4=肆5=伍6=陸7=質(このシリーズでは漆)8=捌9=玖10=拾って感じだったはずです 多分11以降も拾壱、拾弐、拾参⋯ってなってくはずです
一部ネット情報なので間違っていたらすみません
皆さん、補足ありがとうございます!
@@tourin_205 いえいえ、何度もコメントしてしまいご迷惑をお掛けいたしました
最近になって「サンダバ」「しらさぎ」用の683系の交直切換スイッチが直流側にロックされた、てニュースがあったな。
低運転台の赤電かわい過ぎ😂
今の車両とは違う、優しい顔つきしてますもんね!
その後、保存されましたか?
1991・1993年に残念ながら廃車・解体されています……。
車高違うけど、貫通幌どうなってたんですかね…?
斜めってた……んですかね?私もそこ気になってるんすよ、ずっとw
転属時に181系の車端部にステップつけてホロの高さを485系に合わせたとか・・・知らんけど🤣
@@おかやん-t2c E721系も、車高の高い既存車両との併結のために前の部分だけ床を高くしてるらしいですし、そんな感じなのでしょうかね…
ホロ枠と渡り板のヒンジ位置を485系に合せている&アンチローリングダンパーの位置を逆側に移設(上越線の181系に485系サロ組み込み時に行っている)と思われます。
4:54
交直切換スイッチが無いと気付いたときは運転士は硬直しただろうね
上手い!座布団5枚w
大笑いしましたよw
@@tourin_205 さん ありがとうございます!
相変わらず上手いなぁ。
@@ムー連邦の兵士.エル この間の「お荷物電車」もいいセンスしてるなぁ、と思ってましたw
山田くん、みんなのこの人に全部やって!
運転手はきちんと仕事してたんだなぁ😅
でも、必死に運転席を探したに違いない「ないはずがない···と」😂
滅茶苦茶焦ったでしょうねw
同時に、確認してよかった〜とも思ったかもしれませんw
昔、上りのつばさ号が郡山駅で交直切り替えのテストをやってました。黒磯駅が通過の為、交流区間最後の停車駅でテストをするのがルーティーンだった様です。主抵抗器を冷やす送風機が止まり、室内の蛍光灯が消えて非常灯が点灯します。この時にパンタグラフを片パンから両パンにします。
@@おしげ-b6kさん
おお、そうなんですか。たまたまですが私は福島出身です。
身近で具体的なエピソード、教えていただきありがとうございます。
@@おしげ-b6kサン 遠い遠い昔……敦賀駅でもそのようなことをやっていました。
この先頭車、「かもめ」なんかにも使われたんですよね。
九州じゅうを駆け回り、ある意味幸せな車両だったと思います。
用途がなくなり、若くして廃車になった車両もいっぱいありますからね。
改造種車の2両は181系100番台として関東で活躍していたので、まさか先輩の151系が踏み入れていた(481系までの繋ぎとしてサヤ420形を電源車に)、九州に交直流車としてやって来た、更に直流最西端の下関に姿を見せる事になろうとは、当時(今でも)度肝を抜かれた改造転用だったと思います。
しかし、たった2両のみ改造をケチった結果が、運転手交代時に気付くというオチで本当に良かったです。
JR化後もレッドエクスプレス化されずに廃車になりましたが、「赤ボン」は賛否両論の塗装なので、クハ481形500番台が赤ボン化されていたら……エグいですね(笑)。
確かに、151系のテリトリーに足を踏み入れた181系……と考えるとめちゃくちゃ面白いですねw
中間車だけRED化、シャコタン先頭車は国鉄色……なんてことになってたら、もっと面白そうw
4:19 厳密には九州から撤退させた寝台電車を普通列車への種に使う目的があったそうです この500番台も最初は九州内だけで運用されていたので切り替えスイッチは必要なかったのですが 一部にちりんに下関乗り入れ運用が出来たので問題になりました これも約40年昔のエピソードです
それでできたのが伝説の食パン電車「715系」ってわけですねw(なんと急行もやったらしい。しかもロングシートの指定席付きで。)
そう言えば、2017年に黒磯駅でE721系に直流流して車両ぶっ壊した事故があったのを思い出しました
ありましたねぇ、そんなことも。
その後、立て続けに係員の感電死傷事故も発生し、結局黒磯駅構内は完全直流化されてしまったんですよねぇ……。(これがなければ、E531の東北本線運用は生まれなかったかも?)
@@tourin_205 あれくらいの距離、交流電車にバッテリー積めば黒磯駅乗り入れられないか?と思うのですが、誤って通電するのが怖いのかDENCHAなど蓄電池車の交直セクション通過はないですね。
ひ?
ふ?
み?
国鉄末期でも、こういうちゃんとした運転士がまだ生き残ってたのは奇跡。
この頃は飲酒運転やらなんやら、かなり荒んでいたようですからね。しっかり点検し、セクション冒進を未然に防いでくれた運転士さんはさすがです👏
JRでも常磐線塗車両は上野や品川で発車する前に交直切り替え器の動作チェックをしているのでさすがに気が付かないで突っ込む人はいないでしょう。
今のJR西日本。直流区間のデッドセクションで普通に止めて再起動不可とか。この時代の運転手の確認手順は流石
E231系近郊型の機器更新車は一時期東海区間への乗り入れができず、それを示すeマークが付いていましたがせめてそのようにしていればと思いました。
415系の鹿児島車は切替スイッチを交流側に固定し交流専用車として運用していましたが、その中で東日本からの譲渡車としても知られる520編成は後に大分に戻り関門運用に復帰したことから切替スイッチの復活を忘れなかったようです。
ほんとにせめて、何かしらの区別をしていれば防げた事故ですもんね。(田都のサークルKのように……。)
415の件は初耳でした。まぁ、あの下関にちりん事件の教訓が、今に生かされているなら良いんですがね……。
交流区間しか運用しない予定だったから切り替えスイッチはつけてなかった。欠陥では無く、使用が特殊だったことを失念していた運用管理者の失態
てかそれじゃあ交直流電車じゃないやん。JR西日本の183系やん。
@@動画投稿終了_しました 交流専用になったから、183じゃねえだろ
@@kazumaro2024 類似した事例ってことよ(交流と直流は真逆だが)。言葉足らずですまんかったな
動画と直接関係ないけど 関門を越える485系で思い出したのは 大阪−大分を結んでいた特急『みどり』
向日町運転所の担当だったけど この編成は他にも『雷鳥』や『はくたか』も担当していて「 一昨日大分で出会った『みどり』の編成に 今日上野で『はくたか』で再会した。」
なんて事も実際にありました。
西日本エリア限定のイメージの481系が 東日本のターミナルの代表の上野にやって来る 珍しいケースでもありました。(『はくたか』の走行エリアに 交流50HZ区間は無い。)
そんなに広範囲運用がされていたんですね、趣味者からしたらとても面白いですが、管理は大変そう💦(というか、ずさんな管理の国鉄体制でしっかり検査できてたのだろうか……w)
@@tourin_205 さま
客車でも 長崎の早岐客貨車区の14系が 『あかつき』の折り返し間合い扱いで『日本海』にも充当され これは 同じ編成が北は青森 南は長崎まで運用される超広域振りで 冬場は東北の大雪で『あかつき』の発車が遅れるという珍現象もありました。
幼少の頃、母親に連れられて宇都宮の親戚宅に行く際に上野駅でたまたま見た特急はくたかの折り返し時の愛称幕回し・・・絵本でしか見た事の無かった「つばめ」「はと」「しおじ」などの関西発の特急の愛称がゾロゾロ出てくるのを今もはっきり覚えています。
国鉄時代のブルトレの幕回しは色々な駅名や列車名があって楽しかった。ブルトレが廃止される頃でも昔の幕が残っていて西鹿児島や南宮崎、あさかぜや等がありましたね。
@@c62c631-tg8fn 西日本は後に黒字幕になったけど、入ることのない東京ブルトレもやってたな。
改造されたのが九州内でしか使わないの前提だったんでスイッチなくてもほぼ困らないですね。
関門越える列車が稀なので。この運用以外では出番無かったです>交直切替。
後でスイッチ付けるくらいなら絶対に切り替えない列車に運用固定すれば良かったような。
今の九州特急は交流専用車しかないです。ある意味寂しい。
結局、下関乗り入れはそこまで増えませんでしたし、私もこの2両に関しては「交流区間限定」として走らせればよかったのでは……と思います。結果論からいえば、スイッチ設置から数年でお釈迦になってますし……。
ところで、九州の特急と言えば、787や783がそろそろ限界を迎えつつあるように感じますが、後継車の噂はさっぱりですね……。いつまで扱き使うつもりなのでしょうw
783系は30年経つのでそろそろ置き換えでしょうね。西九州新幹線の動向次第かな。
787系は追加増備された時期が有ったので日豊本線で昔の485系のようにギリギリまで使うかと。九州新幹線開業前は7+4=11両編成のつばめ、有明とかありましたね。
@@ベータま11両のつばめ、1度は見て見たかったと思うこの頃です。私が九州に初上陸した頃には、もう既に「つばめ」は新幹線になってしまってたので……。
長大編成が行き交っていた名残を残す熊本駅のホームも、高架化され有効長は9両に。昔の雰囲気を色濃く残したあの長いホームが、好きだったんですけどねぇ。
地上駅時代の熊本駅は楽しかったです。
寝台特急はやぶさ15両編成もきちんと止まれましたし。切り離し後の入れ替え風景も。
駅構内西側にあった客車区、気動車区、機関区の作業風景見てるだけで1日潰せました。昭和時代は救援車スエ78?も置いてありましたね。
当時、兵庫県に住んでいて、中学生だった私は、この2両目当てで九州に行き、無事小倉駅で撮影することが出来ました!
しばらく経って、この交直切り替えスイッチが付いてなくて、小倉で運転断念のニュースが新聞紙上を賑わしたのを見て、
まさか撮影した車両がそんな事になってるなんてと愕然としたのを思い出しました。
この事件、全国ニュースになっていたんですね💦
当時の界隈でも、やはりこのシャコタン車両は話題だったのでしょうか……?
@@tourin_205 様
この車に限らず当時の九州は、珍改造車の宝庫だったので、目当てに来る人も多かったようですよ・・・。
@@htht-rg9ibそうなんですね……。
JR九州黎明期とか、めちゃんこ面白そうですもんねw
末期に直流限定になった485は長野にいましたが、その逆パターンですね。
スイッチをつけなかったのはともかく、どうして運用開始前に気がつかなかったのか・・・。思い込みって恐ろしいですね、
直流・交流限定になった交直流車両は沢山居ますが、形式変更or番台区分等で、しっかり運用を分けていますからね。
当時の新聞記事を見ても、門鉄局は完全に忘れてたようで……本当にお粗末な事件でしたw
逆に改造クハが反対側に付いてたらどうなっていたか?とも思います。
途中で運転士が気付けばともかく 気付かなかったら 下関までは行けちゃいますからね。
折り返しは 門司まで DE10が牽引したとか 死電区間ギリギリまで加速して 直前でパンタを降ろして門司駅ホームまで転がして行ったとか。(それはない。)
@@toriri-service それは本当にやばい事になりそう……。でも、国鉄だからギリギリまで加速して惰性で転がすなんてこともしてしまいそうで怖いw
(2018年に、門司駅で故障した415が直流回路のまま交流区間に突っ込んで、火花上がってる動画がありましたけど……すごい迫力でしたね💦)
@@tourin_205 JR東のE501系は、交直切替不良が続いて、水戸線運用を外れて常磐線の交流区間運用になっていますが、編成数が少ないためか形式変更or番台区分をしていませんねぇ。
@@tita6818 さま
JR化後に製造された 常磐線415系1500番台も 交流60HZに対応していないのに(実質 403系)形式はそのままでした。
話題のあの2両と後に東海道線の超低床グリーン車になるサロは、181系製造終了、3年後に増備された車両で、製造当時のクハ481に準じて タイフォンカバーやボンネットへの通風口が縦になっています。鉄博の車両は161系最後の車両です。
181系「とき」の末期のグリーン車は他形式からの編入車や181系として作られたものの後の転用見越して他形式仕様で作られた車両があって九州みたいに中間のグリーン車だけ高くなる凸凹編成と化してた。
あのサロ、結局クロに改造されたりジョイフルトレインになったりで、結構長生きしましたね……。
53-10までは綺麗な編成だったのに、183系と並びを統一&3MG化の為にモロを止めてサロを入れたのが原因でしたね。長野で保留車になっていた100番台を改造したサロ180-1001だけが他車と車高が揃っていました。
113系のグリーン車だってそうでした。
サシ181→サシ489になった車両は高さの差がほとんど無く違いは車両の前後関係が逆なのと裾の丸みが強くなっていたくらい。
埼玉の鉄道博物館に展示されている、181系は、485系のクハを181系に塗り替えて、展示されている事を知らされた時は、ショックを受けました。
私が勤めていた会社に元国鉄職員の人がいて。にちりんに便乗した時、宗太郎峠で目の前のボタンを押してしまったけど?停車せず運転席の上の炎管が煙を吐きながら山の中を走り続けたと笑いながら話してました。
それ、相当とんでもない話ですねw
一体なんのボタン押したんでしょう🤣
TEスイッチ……かと思いましたが、そのまま走り続けたなら違いそうですねw
@@tourin_205 東京臨海高速鉄道
485系やまどりの先頭車と後尾車はクハ481からの改造なので車齢60年くらいだからなぁ 485系ボンネットかっこいいから好き 1:41 200系だぁぁぁぁぁぁ 1:49 良いならび 1:58 OM103編成 2:09 サロ110-301.302
国鉄型ボンネット車、かっこいいですよねぇ。
幼少期、急行「能登」(金沢の489)の間合い運用ホームライナーが大好きでした。
@@tourin_205 なる保土ヶ谷 485系、あまり縁はないが、かっこよかった
九州は車齢60歳✕2両+54歳✕2両の4連で組んだ特急車が現役なのよね。今のところ引退予定もないみたい。
@@kagemusha250 えぇ(困惑)
交直流電車なのに切り替えスイッチないって終わってる😅
事故になる前に気づいてよかった…
上がお粗末でも現場がしっかりしていて何よりでしたね😅
こんなことだと、民営化しなくても国鉄は長続きしなかっただろうな…
九州内の路線(筑肥線を除く)では交流電化(60 Hz)ですからねぇ。門司から関門トンネルに入らなければ…
今時のJR東のE501系のようなものです。(交直切替不良が続き、水戸線運用を外れ、水戸以北の交流区間のみの運用に。)
国鉄の管理体制、末期はかなり酷いもののように感じてしまいますね。
E501は、全車が直流区間入線停止になっていますが、この481系はたった2両だけ、それも完全に周知されてない状態……。
まさに、トラップのような車両かもしれません。
改造した工場「九州の485系は交流区間から出ない(1984年当時)からヨシ!」
もし415系がE531系置き換え後に羽越本線用として新潟に転属して糸魚川方面の運用が発生していたら危なかった。
上沼垂責任者「JR新製車が50Hz専用に退化してるって聞いてねーよ!」
運転士「何見てヨシって言ったんですか!?」
というかこれはかなりデッカいヒューマンエラーな気がしますねえ
何見てヨシって言ったんですか?
→ヨシ、というかまず気づいてすらいませんでした。w
JR東日本でも常磐線交流区間対応車両は上野や品川で発車する前に交直切り替え器の動作チェックをしていますけどね。
特急ひたち、有明の大増発の為に、先頭車不足になり、広域転配でも、追い付かず、魔改造をしましたよね。
基本的に転属において、先頭車は「足りない」のがデフォなんですよね……。(205系の転属時も然り……。)
455系や475系の急行型電車も普通列車転用で先頭車が不足し165系を改造したりサロにお面付けてましたから。
先頭車。プラレールでは余るケド、実車はとても足りないのはこの事例で良く解ったのです。
国鉄型は長編性→短編成に組み替え直す事が多々あるので、よく先頭車が不足してますね……。幼少期、鉄道模型のように切り貼りして先頭車化改造を行っていると知った時は、驚いたのを思い出します。
@@tourin_205様
>先頭車が不足
・・・581・583から改造の419系(食パン電車)、113系3800番台は有名ですよね。
いずれも中間車を先頭車に “魔改造” した車両たち。
都心を走っていた205系も一部の中間車が先頭車に改造され、仙石線や南武線系統、八高線などに
充てられましたが、こちらは「製造当初からこの顔ですよ」と言われてもまったく違和感のない、
自然な外観に仕上がっています。
@@DD54-901205系の先頭車化改造……。あれは秀逸なデザインですよね!
当時のファンもその自然な仕上がりに驚いていたと聞きます。
これって九州迷列車のレジェンドも扱ってなかったネタだったからな…
そうなんですか!?
でも、確かにニコニコでもRUclipsでも見た事ないなぁ、とは思っていました💦
へぇ!リアルタイムで新聞記事で読んだ記憶があるので、この界隈では有名な話と思っていました。 電気屋としては、流石に”改造をケチった”はネタと思い、改造の担当者が失念して、上長がめくら印押したのだと思います。クモハじゃなくてクハですし。(動力系統があれば念入りに確認するはず)
@@tourin_205自分の知ってる方でしたら動画の傾向が違っていたかと(どちらかというと「野生のNHK」と言わしめたほどの歴史的要素の高い方ですし)>九州迷列車のレジェンド
あかつき1号さんでしたっけ
交直両用車に交直切換スイッチ付け忘れってどこのギャグアニメor漫画だよw
現実でこんなん有ったの信じられない。
最近でも、交流区間に入れなくなった交直流電車・651系1000番台というのがいたな・・・
西みたいに車番変えないのは???ですよね(゚∀゚)
@@schimitch3277 485系を183系に編入したり
683系を289系にしたりしてますよね
新形式を起こすのは凄いと思いました
これ交直切換試験してなかった運転士も処分を受けるところだったから運転士はちゃんと交直切換試験して良かった
国鉄末期、労働環境も勤務態度も滅茶苦茶な中、この運転士さんは本当によく試験してくれたと思います。
逆にそんな当時でもしっかり試験しようと思うくらいの信頼性しかなかったと思うと・・・
実際181系改造のクハ481-500はJR化後の1993年くらいまで残っていた
後に迷列車大好きなマイクロエースからも製品化もされたらしく
マイクロから何故か「クハ2両のみ」で製品化されてますねw(編成にならない……)
@@tourin_205前のロットではちゃんと編成で出てました。A1091 485系➕クハ481-500にちりん7両セットと検索すれば出てきます。
しかし模型では、その「車高差」が再現されておらず、ユーザー側で改造したとか・・・。
@@htht-rg9ib 16番ゲージのカツミの181系の後期製品(金ラベル以降)も車高の差が無く485系と繋いでも段差がない、同時発売のクハ481-500も同様ですが、車高を下げるとモーターが擦りそうで難しそう、何故かエンドウの151系は低くなっている。不思議な事にカツミの古い485系200番台(エンドウOEM)等は181系並みに車高が低いエラーも出ている。
@@htht-rg9ibそれ、もはや欠陥レベルですよw
車高差が面白いのにw
偉い人が忘れてなきゃ「九州島内限定運用」って運転台に書かれてただろうに。
運転士の中でも「あの車両スイッチ無くね?どこついてんの?」とか話題にならなかったんだろうか。
交直切り替えスイッチ付いてないのは普通周知するし気づくでしょう。
ええ…
スイッチ付け忘れとかやばい…
初めて聞いた話なので余計に冷や汗かきました…
(それにしてもボンネットはかっちょえー)
ボンネット、かっちょえーですよねw
私も小さい頃は急行「能登」の間合いホームライナー運用を狙って、ボンネットに乗ってましたw
@@tourin_205 おお!いい思い出ですね!
俺が好きなボンネットはあさまの489系ですね〜
ボンネット顔とEF63の連結は心刺されました ()
私、この頃高校生でしたけど、首都圏の5分間ニュースで出てきて、翌日に「あー、やっちゃったわ」って、不謹慎にも先輩と一緒に声に出して笑ってましたっけ。
まさかの全国ニュースになっていたんですね……。当時の界隈でも話題になっていたんですねw
もし気付かないまま運転してたら最悪E721系のあれや北陸トンネルのあれになっていたかもしれないのか…
可能性はありますね……。
もし、何らかの原因で発火して、過電流で架線切れて停電、しかもトンネル内……なんてことになったら、ホンマに大惨事だったと思います。
@@tourin_205 デッドセクションはトンネル手前なんで… トンネル前で止まるでしょう。
@@tita6818ご指摘ありがとうございます。そうでした、セクションは門司駅構内ですもんね。
黒磯駅で火災事故が起きている。
長文です。 大宮の鉄道博物館に行くと181系と485系がどちらもボンネットで似てますから(鉄道博物館での見分け方は運転台付近のミラーの有無)と勘違いしたのかもしれませんね。485系のジョイフルトレインの改造元にしれっと181系がありましたが車体を載せ換えてましたからこれらは特に問題ありませんでしたね。
元181系というルーツを持つ車両、意外と最近まで残っているんですよね。(まぁ、車体はほぼ485系でしたが……)
この事件、当時一般紙(日経か朝日か毎日)で読みました。鉄オタの私にはよく理解できたけど一般人には分からないニュースだったでしょうね。
当該列車の乗客も、どんなアナウンスがされたか定かでは無いですが、「切替スイッチ無いので下関行けません!」と言われても「???」だったでしょうねw
下関乗り入れ事件が発覚した時は「まっこちテゲなコツしよる、よりによってにちりんかぃ!」って想ったが、まさかスイッチそのものが無いとは。
九州は北海道ほど環境が過酷でないから却って接客メンテに雑な所が国鉄時代から在り、「なんねコイは!」と叫ぶほど黄砂に塗れっぱなしの窓ガラス車両が入線する事は昔から在った。
水戸岡デザインに切り替わったJR時代になっても、885系革張り座席がボロボロのまま運用している様な事から「コイは遺伝やっど、新車入れる場合ではないなぁ。」と観ていて、都城の親族も「アレは好かん」といって車ばっかしになってしまった。
九州の車両メンテは、他者と比べるとやはり雑さが目立ちますよね。JR東日本の千葉支社より車両が汚れてますし(熊本の815.817.821なんて可哀想なくらいですよ……。)、腐食した外板を補修せずそのまま塗料乗せるなんてことも。
上場して、不動産事業に手をかけるようになってから、輪をかけて酷くなったよう感じます。まぁ、会社としては成長出来ているようなので、なんとも言えませんが。
この事件の後にちゃんと切り替えスイッチつけたんですね。
知らなかったです。
当時、地元北九州の夕刊ではトップ記事になってたんでよく覚えています。
トップ記事になってたんですね……。当時の新聞記事をアーカイブから拝見しましたが、かなりでかでかと掲載されていましたね。
アーカイブで見ることができるんですね。
学生の頃でしたがなにやってんだかとあきれていました。
このにちりんの凸凹編成を見たことあるのですが、かなり違和感があったのを覚えています。
今ならスマホを取り出して写真を撮るんでしょうが、まだPHSもなかった頃なのでなんだこの編成はと思ってみていました。
2分差で特急が追いかけっこする区間には70-000系君は入れないからそこは大丈夫だと思う。
大宮の181系、新潟で保存展示されてた時代が懐かしいな。白新線新潟方面行きの115系やE127系車内からよく見てた
鉄博の181系、485系の隣に並んでいるので小さい頃は一体何が違うのかと不思議に思ってた記憶が強いですw
それはそうと、151・161・181系列、本当に保存車が少ないですよね……。
やっぱり、181系からの481系&485系編入車の事でしたね。ある種いやもはや、交流区間専用・・・。181系は151系と161系の編入車もあり、割りとカオスな印象があります。その上を楽々越えて逝くのが485系ですが。183系になった連中までいる始末・・・。113系のグリーン車とか24系の食堂車になった連中もいるし。489系まで捲き込まれてるのよねぇ。
485系列はま〜ぁカオスですよねw
この2両のクハも、トップクラスにヤベェやつらですが……w
何で元直流車が交直流の形式番号を名乗っているのに直流区間へ入線できないというギャグをかまさなければならないのか
せめて交流専用の形式番号に改番しておけよ。そんな凸凹編成は見たことないけど
8:31 福知山の183系達『僕らは交直流電車だけど実質直流専用車だよ()』
クモハ485 205の亡霊『なぜ僕は183系に編入されずに廃車になったんだろう………………』
七尾線用の113→415系改造に中古部品が使われたんですねぇ。
七尾線415-800……そんなこともありましたねぇ……。
あさまの489も交流機能使用停止してた
私は見逃さなかったぞ
8:01 で一瞬違う南福岡がでてたこと
さすがの洞察力w
関東の「福岡」が混ざってしまったようですw
話は変わりますが、この481もどきの運転手さんが、気づけたおかげで大事には至らなったのが本当に奇跡。
@@hayabusa-karin_E5-U1当たり前のことではありますが、良くぞ確認してくれたと思います。小倉打ち切りにしたおかげで、影響は最小限に抑えることが出来ましたからね。
@@tourin_205 ちなみに質問なのですが、その車両で運転されてたにちりん8号って結局どうなったのか分かりますか?
8:02 サブリミナル効果で杉下右京が調べに来るぞ。
10:28パワーワードすぎるw
魔改造!!のとこおもろいw
ありがとうございますw
子供の時、特急とき号に乗って上京していた。
この欠陥よりも、とにかくゆれまくる方に困っていた。
何せ、歩くのも大変だったから。
そんなに揺れたんですか…!
軌道の整備状況が悪かったんですかねぇ…。
@@tourin_205 当時の新潟県人は、特急とき号の事「欠陥品」と言っていました。
田中角栄氏が、いるので線路は、整備されていました。
新幹線に始めて乗った時、「なんて静かなんだろう」と思いました。
PCゲーム「トレインシミュレータ」クイズトレインショックには「交直切替器は直流電車が交流電化区間を走行するのに必要な装備である」という問題があった。答えは・・・
春期講習でプレミア公開間に合わなかった😢
8:02 なんかみえたような…
10:36 今日のはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
これを聞くとなんか安心する
講習、お疲れ様です🍵
8:02、さすがの観察眼w
異物混入してますねw
500番代先頭車は、1984年2月の改正で九州から撤退した583系の穴埋めとして当時引退状態であった181系を改造しましたが、同じ時期にクロ改造のクハ481‐600番代も登場していました。クロは1982年11月改正で全て南福岡電車区に転属しており、その時にクロ481‐50番代の内2両が余剰廃車されました。もしその2両がクハ化していれば、クハ181改造先頭車は存在しなかったかもしれません。
南福岡に集められた初期車はどれもこれも酷使されてボロボロでしたから
181系自体、151/161系からの改造編入車がほとんど。こいつ自身も161系からの改造編入組。(モータ交換などの改造)
E721系も黒磯で直流食らって大騒ぎになったなぁ…
ありましたねぇ、そんなことも。
リモコンもチャンネル用ボタンも付いてないテレビ、クラッチが付いてないMT車並の欠陥ですね
飲酒運転等モラルが崩壊しきっていた当時の国鉄職員の中で、本当に真面目に仕事していたしっかり者な運転士だったことが分かるエピソード。
しかし金欠だったとはいえこの改造ケチって浮いた金はどのくらいだったんだろう。そんな大金でもないような気がしますが・・・
クラッチついてないMT車……w
いい例えですねww
国鉄末期は、本当に色々と不祥事が多かったイメージですもんね。その中でも良くぞ輸送障害を防いでくれた……と言うべきでしょうか。
確かに、私もスイッチ1つで、かかる経費はそんなに変わらないと思うんですがね……w
ビクターのミニコンポで電源スイッチが無い不良品がありましたよ!
製品チェックどないしたん???
@@NTTWEST3 さん
電源付けれないww
ジャンル問わず笑うしかない欠陥は出てくるもんですね
今まで食堂車連結の12連だった東北特急が新幹線接続の6連になったのだから先頭車が足りなくなるのは当然でして
481系のモハユニットが57.11後に全車廃車された一方で、クハ481(481系ロット)は平成まで全車健在でした。
なるほど、こうやって見るとホンマにクハは足りなかったんですね……。
常磐線特急も、先頭車はボロばっかりだったらしいですね。
@@tourin_205 九州先頭車不足の深刻さは、本車と同時期にクロ481-0のクハ481-600への3両の編入改造(他にサロ&サハ489の編入)、その次のダイヤ改正時にクモハ485という485系初の電動車先頭車化改造、しかも同時先頭車化改造の新形式クロ480含め一挙に15編成も実施されたことからも明らかです。クロ480-4までのAU12(俗称キノコ型クーラー)と非貫通高運転台の初の組み合わせは当時初登場で衝撃的でしたね。
結果、増発分を抜いても相当数のクハ481が捻出出来たのです。
ちなみにクモハ485-1はモハ485-97という元の車番だけでは何の特徴もありませんが、ユニット相手がモハ484-201で、意味するところは485系の非ボンネット(クハ481-200代)+AU13箱型クーラー/AU71集中型クーラーのグループのトップナンバー電動車だったりします。
なお、ひたち先頭車のボンネットクハ481は、九州のトップナンバー(元祖481系製造車)含む0番台ほぼ全車(元ビデオカー改造車(33~39(奇数番号)の4両以外)の広域転属によるもので、財政の厳しさが最初から見込まれていた九州向けに経年の浅い状態良好車(=非ボンネットクハ・モハ)を転属させて経年車は東日本(予定)の新車投入による早期廃車を前提としていた、とのことです。
当然少ない量数ではありませんので、綿密な回送計画が国鉄本社で計画・実施されています。そのため、回送伴車となったことのあるクハ481-1508(新津鉄道資料館保存車)が、485系の走行の北端(旭川)と南端(西鹿児島)双方の記録を持つ珍記録保持車になってもいます。
恒常的に先頭車が足りていないのに高速バスに対抗して3連まで組成して運転本数を稼ごうとする…
当時九州の出来事なのに東京キー局のニュースで流れてたな、運休した映像その姿が全国ネットに・・・
全国ニュースになっちゃってたんですね……。せいぜい地方紙レベルやと思ってました💦
詳しくやってた、交直切替スイッチ無い解説してたが、「だから485系ではなく785系として置くべきだったんです」
などと斜め向こうの解説にコケたよ
確か181系は、中央東線では初期のあずさ号でしたね。
懐かしいなあ。しみじみ。
出区点検や折り返し場面での交直切替試験で気付きそうなもんですが…そもそもこの当時は切替試験やってなかったのか。仕業ないし交番検査での切替試験も省略の取扱いをしていたという事になるかな?
恐らく(サボった)可能性もあるのかと……w
そう考えると、よく小倉で点検してくれたな……と思います。
ABBが切れるかどうかを確かめるために切換試験すると思うんですけどねー
備えあれば憂いなしとはよく言ったものだよ。
8:01 おいなんか違うの入ったぞ
異物混入w
よく気づきましたねw
@@tourin_205 上福岡って何線でしたっけ?
@@動画投稿終了_しました
東武東上線
@@TOBUEXPRESSch ありがとうございます!
当時このニュース流れた時、忘れたのかと爆笑したなあ。全国ニュースになってたはず。
全国ニュースになってたんですか……w
私は地方紙レベルの紙面アーカイブしか見たことがなかった(しかも誤情報だらけ……)ので、それは初耳です!
10:24 幻の781系ボンネットとはこれだった
15:41 伊豆の国「市」を通るあっちの路線に行く可能性はどうなんですかね
伊豆の国「市」の方は、西武のお古を貰ってくるのが…
781系……としても良かったのでしょうが、全くシステム別物の形式番号をつける訳にも行かなかったんでしょうね。難しい所……。
いくら切り替える機会がなかったからと言って誰も違和感を持たなかったのが凄い
あるはずのものが、そこにない……ということが2年間誰にも気が付かれなかったのは、ある意味すごいことだと言えそうですね。
(交直流切り替えスイッチって、国鉄車はマスコンの横にあったような気がしてて、いやでも目に入るような気がするんですが……485は違ったんですかねぇ。)
@@tourin_205 485系489系はマスコンとブレーキの間にある、あれは点検対象だと思うが???仙台の455系417系は動かせない様に金属のバーで固定してあった。
スゲー欠陥・・・ 583系のボックス座席を 一般座席に交換するって案は出なかったんだね
181系と481系、車体の高さ以外にも、ボンネットの長さが違う、181系は少し面長などの違いがあるようですね(にしても車内段差とかどう対処していたんだろう...)。サンパチフレンズ、恐るべし(この間鉄コレ買って中から715系が「コンニチハ」してきたときは驚いたなぁ)。
車内の段差、本当にどうしてたんでしょうね。貫通路の板とか絶対ガタガタでしょうし……w
ボンネットの寸法、地味〜に違うんですよね。模型で見てみるとよく分かるらしいですが、私の節穴の目では写真を見た限り判別はあんまりつかずw
車体の下部とヘッドライトケースの間で調整してある、屋根側は運転席クーラーの辺りで調整している。ボンネットと運転室は同じ高さと思われる。なので前から見ると485系の方がずんぐりした感じに見える。
@@tourin_205 連結部の床高さが違っていたら妻部に大改造が必要なはずですよね。
(実は連結面高さや妻部の床面高さは同じだった?)
サシ489に編入されたサシ181-100番代改造の100番代。車体高さはちゃんと489系に
揃えられましたが、車体裾カーブが明らかに違い181系の美しさの残滓がありました。
当時言われていた「たるみ国鉄」という言葉を思い出しました(笑)
確かに、たるみ国鉄の象徴とも言える出来事ですねw
481「おい!ワシらが直流区間を走れん事に気づかんかったのか!このジジイにトライアスロンなぞ押し付けよって…ぶつぶつ」
ED76「いやー、その気持ちわかるよ。30さんや81さんにゃ勝てんわい」
ジジイにトライアスロン……w
九州には色んな個性豊かな車両がいっぱいいますよby水戸岡鋭治
ミトー化さん、貴方が個性豊かにしたんですよw
直流区間に入れなかったのは知ってましたが、まさかケチっていたとは…
あと、70-000は九州に再就職しても筑肥線の筑前前原以西しか居場所ないかも…西鉄貝塚線は扉数違うし
(貫通扉がないので地下鉄直通不可)
まさかの理由が「ケチ」なんですよねw
ちなみに、仰る通り70-000を筑西前原以西の103-1500置き換え用として活用する……という話をよく聞きますが、噂レベルなんですよね……。
70-000形の画像変わった様な…?
それにしてもいい画像
2・3回前くらい?からだよ
3回前から、画像をフルリニューアルしてます!
撮り鉄の腕はまだまだですが、そう言っていただけると嬉しいですw
たしか関門トンネル内で故障した415系の救援でディーゼル機関車に牽引されて門司駅に入線するとき、パンタも下げておらず、その上交直の切り替えも行っていなかったから、パンタ周辺で火花が飛び散る動画があったようなのを思い出したけど、もしにちりんがそのまま下関に向かっていたと思うと恐ろしいな。
ありますね、あれはめちゃくちゃ衝撃的……。
あの動画は下関→門司で回送されてるため、この動画のクハ481と少し状況は違いますが、もし突入していたらあのようになってた可能性も……。
取り返しの付かない事になっていた。
回送車ならともかく営業車はまずい
関門トンネルに入る下り勾配でコントロールを失っていたら…
( 'ω')ヒェッ……
それは恐ろしいことに……
交流専用の特急型電車を開発するよりも交直流にして転属しても問題がないようにしていた。実際九州の交直流車は下関乗入れ以外直流を使う事は無かった。だから付けなかったのは意図的だったと思う。この頃になると特急も短編成化と格上げで先頭車が足りなくなる。新製する予算も無いので改造車のオンパレードでしたね。伝説の食パンが誕生したのもこの頃。毎月のように魔改造車が鉄道雑誌に載ってる状況でしたね。
ちなみにサロ181は上越新幹線開業後に485系に転用が予定されていたので屋根の高さが181系よりも高くなっていました。
民営化を前に、各地で独自の良い意味での車両改造や新型車の投入が行われる中、こうした、車両転属や改造は国鉄末期の経営状態の中、致し方ないのかな、と思います😅
同じ国鉄特急のボンネット車なので、違和感ないかなと思いましたが、車高の違いに愕然としました😥
件のインシデントは、職種は、違えどいつでも起こる可能性があるので、自身でも注意していきたいと思います🙋
車高違いすぎて、貫通路がどうなってしまっていたのか、とても気になるところではありますw
大宮のてっぱくで確認してきまず😅両車両とも、静態保存中💡しかし、メジャー持って行ったら、不審者😥
「再就職先は伊豆の国…。」って、りんかい線の70−000系はあの伊豆箱根鉄道駿豆線に行くって事ですか?伊豆の国市だったら確か伊豆箱根鉄道駿豆線しかないからね。それとも伊豆急行?
DOTCH
この動画で初めてこのch知った
もともと、そんな使い方をするなんて、思ってなかったから
予期してなかったとはいえ、ホンマにギリギリセーフでした……w
なにか少しでも区別しておくだけで、違ったと思うんですがねぇ。
コミュニティのを見ても分かんなかったです()
あと登録者8000人おめでとうございます!
ありがとうございます!まさかこんなに早く達成できるとは……w
確かに181系と481系は同じ「こだまスタイル」だ。
運転士がスイッチが無い事に気付いて驚くのもムリもない。
「485系=交直流電車」というイメージが定着しているから。
因みに黒磯駅が完全直流化される前、駅に入って来た交流電車に駅員が誤って直流電気を流したら、電車が火事になった。
トーマス好きな人だけどコメント&初コメ0:42もんじゃ焼き☆
大事故になる手前で気づいてよかった😊
仰る通りですね。
上越新幹線開業直前の夏、父方の実家帰りに乗ったのが181系ときでした。
この時には九州ゆきをする先頭車がでるとは思いませんでした。
中山トンネルの大出水による迂回工事があり、上越新幹線の開業が遅れたことで、181系の引退も後ろ倒しに。満身創痍だった181系を何とか引退させないで使い続けたと思ったら…九州とは思わなかったでしょう。
貫通路の段差はどうしていたのでしょう…無理無理にも程があります。
段差は貫通路の板を改造で対応した様ですが、高低差はどうしようもなく、車内販売のワゴンはさぞかし大変だったと思います
@@おしげ-b6k 幌自体も片側が低いのですから無理な力がかかっていたのでしょうね。
食パンを作らないとならないくらい厳しかったのですから、先頭車だけ作るとか無理だったのですね…
485系サロの渡り板とホロ枠を少し下げてアンチローリングダンパーを逆側に付けてました。多少の段差は有りました。
貫通ホロで無理やり繋いだら、常時変な力が働いて支持枠を歪めそう
まあ貫通ホロにそんな剛性はないだろうから、ホロの消耗が早くなるくらいでしょうけど
2024年3月15日北陸本線最終日、敦賀〜南今庄でデッドセクション切替失敗により北陸トンネル内で停車するという事故があったんですよ。
E501系基本編成も、上野に来なくなってからは交流しか走ってませんでしたが、昔は直流機器の保全のために月一程度水戸線で試運転してたって話を聞いたことがあります。
九州の485も定期的に下関に入っていたら、この2両も最初からちゃんとスイッチつけて貰えてたんでしょうかね。(てか、どうやって直流機器を保全してたんでしょうかね)
昔、この話をムーンライト九州の展望ロビー?で乗り合わせた見ず知らずの鉄ちゃんから聞いたなぁ。
なんと……!
ロビーカーで見ず知らずの人と話すのも、夜行列車の醍醐味ですよね!(サンライズで私も経験しました…。)
交直両用なのに電源切り替え不可はヤバいですね
本当にやばいのは、それを「全く区別せず、その上みんな忘れてた」ということなんですよねw
ですね
183系1000番台が1982年11月の上越新幹線🚄開業に伴う国鉄全国ダイヤ改正で上越線の特急とき号廃止に伴い仲間の一部の車両が長野運転所に転属されて中央本線の特急あずさ号で活躍する事になりました。183系1000番台は1986年11月の国鉄最後の全国ダイヤ改正から長野運転所から松本運転所に転属されました、急行アルプス号の格上げにより特急あずさ号の運転本数が更に増発されました!総武本線千葉駅及び中央本線東京駅🚉まで数本直通運転を開始しました、その他夜行急行アルプス号1往復にも使用されることになりました。
吹き出しの小ネタがいちいち面白いです。
今回も笑わせていただきました。
13:58 なるほどです。
交流の方が電圧が高いのに、交流回路に直流が流れると過電流になり・・・・ですか。
当時は実際に乗っていた方々にとっては不便極まりない残念な旅だったかもですが、
事故を未然に防げたことは不幸中の幸いでしたね。
同じ電力を得るとしたら20kV/1500Vで14~15倍近く必要電流値が違うから変圧器の一次側ブレーカーが吹っ飛ぶのかな?
JR九州の485系は関門トンネルを通過する運用をしてなかったから、誰も交直切換スイッチがない事に疑問を覚えなかった事が原因だよね💧
そう、おっしゃる通りなんですよね。
残念ながら1992.93年廃車
意外と長生き……だったのでしょうかね。
JRになって415系でやらかした様な…
定期列車の追いかけっこは臨時列車と終点で合流しますw
スイッチはないのに直流回路はあったのかな?
後地味に最後の181系列であった車両ですね
直流・交流回路が分離しているのは、パンタグラフから電気を取り込んでいるモハのみなので、そこまで大きな改造は必要なかったようです。
@@tourin_205 だったらスイッチつけても費用変わらないんじゃ…
どれだけボンビーなんだ
間違えないように付番を785とかにしておけばよかったのに。
あっ8000人おめでとう㊗️
ありがとうございます!
筑肥線を走る70-000形とか見てみた過ぎる
私も、九州の地で水戸岡デザインを纏った70-000、見てみたいですw
クハ181とクハ481の違いには、おでこのライトもあるよね?
(登場時はクハ181にもおできにライト付いてたけど、のちに撤去。)
あと、クハ481-502は横軽連結用で連結器カバーが無いんだよね。
仰る通りですね。
今回は取り上げませんでしたが、おでこのライトも判別できるひとつの指標ですね。(というかこっちの方が車高の差よりわかりやすい?w)
151系と161系ベースの車両はおでこライトの左右にマーカーライトも付いていたが100番台は新製時からおでこライトは有りません。後に中央線乗り入れのため全車のおでこライトとマーカーライトを撤去した、細かくいうと同時にモハのパンタ台を少し下げてるはず。
民営化後はクハ481でありながら天井ヘッドランプがない車両(例えばビバあいづ)が登場したり逆に種車こそクハ481だが天井ヘッドランプありのクハ183が登場したりしましたね。
交直流(交流しか直に使えない流派)特急形電車とはこのことか
上手いこと言わんといてくださいwww
私の解決策:
一、415系1500番台の車体を作る。
二、485系の足回りとパンタグラフを415系の車体に乗せる。その415系を常磐線で運行。
三、交流60Hz専用のパンタグラフとサイリスタ位相制御の足回りを作り、485系の車体に乗せる。781系1000番台を名乗る。
581・583系の余剰車両からもらったというオチですか・・・
改造と言えば鷹取と苗穂の匠しか思いつかん() このネタもやって欲しいですね
鷹取・苗穂の改造伝説もいつか採り上げてみたいです!
この前、新幹線開業前日の北陸本線で521系が交直流切り替え失敗のせいで敦賀駅発車直後に故障したらしいですが、焦げた匂いと煙が出たらしいです。北陸トンネル内で発火とかにならなくて良かったです。交直切り替えの試験って、どうやって判断しているのでしょうか?
交直流機器類のテストは、始発時・折り返し時・出区時などのタイミングで行われているようですが……。どうもこの頃はまともに行われていなかったようです。
エピソードの番号 いつも なんて読むかわからないです 😭
壱いち
弐
参
四
伍
六
七
捌
九
拾じゅう
ですね
大字ってやつですね、
1=壱
2=弐
3=参
4=肆
5=伍
6=陸
7=質(このシリーズでは漆)
8=捌
9=玖
10=拾
って感じだったはずです
多分11以降も拾壱、拾弐、拾参⋯
ってなってくはずです
一部ネット情報なので間違っていたらすみません
皆さん、補足ありがとうございます!
@@tourin_205 いえいえ、何度もコメントしてしまいご迷惑をお掛けいたしました
最近になって「サンダバ」「しらさぎ」用の683系の交直切換スイッチが直流側にロックされた、てニュースがあったな。
低運転台の赤電かわい過ぎ😂
今の車両とは違う、優しい顔つきしてますもんね!
その後、保存されましたか?
1991・1993年に残念ながら廃車・解体されています……。
車高違うけど、貫通幌どうなってたんですかね…?
斜めってた……んですかね?
私もそこ気になってるんすよ、ずっとw
転属時に181系の車端部にステップつけてホロの高さを485系に合わせたとか・・・知らんけど🤣
@@おかやん-t2c
E721系も、車高の高い既存車両との併結のために前の部分だけ床を高くしてるらしいですし、そんな感じなのでしょうかね…
ホロ枠と渡り板のヒンジ位置を485系に合せている&アンチローリングダンパーの位置を逆側に移設(上越線の181系に485系サロ組み込み時に行っている)と思われます。
4:54