Размер видео: 1280 X 720853 X 480640 X 360
Показать панель управления
Автовоспроизведение
Автоповтор
失敗したのはPCFXであって、PCエンジンは十分成功の部類だよね
それな。8bit機でありながら16bit機のSFCやMDと渡り合ったすばらしい名機だったと思います。初代白と初代CDROM2とのセットでまだ家にありますw
スーパーグラフィック「ホントそれな!」
@@先走魔羅男 専用ソフトが5本くらいしか出てないその子はいない子です(´・ω・`)
@@トムソン-n9s 初代CDロムロムと言えばインターフェイスユニットもありましたね。本体と接続するために必須な名前通りの機器でしたが。(子供の頃"インターフェイスユニット"というド直球なネーミングが意味も知らず物凄く好きだった)
それ思いましたけど、かつてのヒーローって括りで見るならPCエンジンなのかなって思いました
なんと言うかPCエンジンには夢があったね。いい時代だった。
PCEは衰退した…いうよりはその時代での役目を務め終えた✋というべきでしょう👏SFCが 衰退した とは誰も言わないでしょうし😌高スペックでの個性的な作品がただただ好きだった😄
イース1・2の移植完成度と天外シリーズは、RPGの歴史に大きなものを残したと思う
わかる。今に至るまでイースの曲アレンジはPCエンジン版が至高!
この辺プレイしてゲーム業界目指した割合はファミコンより多そう
スナッチャーの移植版も衝撃的だったのでここに加えて欲しいw
PCエンジンが衰退というよりは、出てからDUOも合わせれば10年近くは続いていたから、成功しているほうだと思う。販売期間が長すぎて次世代機の開発が遅かったのと、キラータイトルになりそうなソフトが開発の延期でなくなったことだろうな。
コメ見てどれくらい長くソフト出てたのか調べたら本体発売から12年後までソフト出てたんだね歴代で見るとかなり長い部類でファミコンやスーファミより長くネオジオ14年、PS2、13年に次ぐ長さでPS3とPSPはPCEと同じ12年だった
@@spikeevo デッドオブブレインはちょっと事情が特別だったから、実質1996年半ばくらいまでだと思います。私個人は1995年11月の同級生が最後に買ったソフトです。ハドソンの最後のソフトが翌12月ですから、実質このあたりが末期でしょうね。でも8年、市場がもてば充分ですよ。
@@hko7271 なるほど実質はそれくらいなんですねそれでも覇権ハードでは無くそこまで続いたのは凄いですね
CD ROM再生機が数十万した時代に数万円で出したのが凄い
Pc-fxgaが完成版の後継なんだけどね
8ビット機なのに スト2ダッシュを再現したりとハードスペックを超えた移植や アーケードカードを使い 餓狼スペのほぼ完全移植など 覇権ハードだったスーファミには出来なかったことをやり遂げていた。
グラフィック関連チップは実際に16ビットだし。
その分フル発揮して全ソフトを遊ぶにはかなりの数の周辺機器とそれを揃える資金が必要だったけどね
「ついにセガとソニーが参入」MkⅠⅡⅢマスターシステムメガドライブの立場は…w
すべての始まり SC-3000楽しさいっぱい SG-1000ソフトの数だけ興奮してね SG-1000IIこれらも忘れられるとは…しかもオセロマルチビジョンと互換性があるという豪華仕様
1:22× 初代ファミコン:1989年発売○ 初代ファミコン:1983年発売
いろんなニューゲームハードを手にしてきたけど、ファミコン時代にPCエンジンの画面を家のテレビで初めて見た時の衝撃を超えることはなかったなあ
❤
天使の詩や天外魔境、ラングリッサーにエメドラ、F-1サーカススペシャル、エルディス・・・と、ちょっと思い出しただけでも、やり込んだゲームがズラズラと思い浮かぶ名ゲーム機でしたね。
あの年代に専門番組を作れるくらい、任天堂からシェアを削り取れた功績は大きいし、中間イベントにビジュアルシーンを挿入したのは、現在の中間イベントムービーの原型だし、戦いには敗れたけど日本のゲーム史を語るには外せないハードでしょう。胸を張って良い。
PCエンジンは世代交代には失敗したけど現役時代は任天堂の対抗馬として十分な存在感を発揮して製品寿命を全うしたハードでしょう。
そもそも本来ならスーパーグラフィックスが16ビットCPU搭載のPCエンジン2としてメガドライブやスーパーファミコンやアタリ・パンサーの本格的対抗馬になる予定が転けたのが運の尽き始めだったなPCエンジンは3.5世代でファミコンの強化版の性能8ビット高速しかないし
@@tif9590 様 当時のPCエンジンは、SFCよりCPU(クロック数)が早く、メガドラより発色数が多いということで開発者には好評だったようです。CDが標準だったことも大きかったと思います。(メガCDはごく一部にしか普及しませんでした)92、3年頃の天外2・スナッチャー・グラディウスⅡ・イースⅣ・ドラキュラX辺りは、SFCの大作ソフトと充分戦えていたと記憶しています。ただバッファRAMの少なさなどで、SFC後期のソフトとは見た目で差がつきだしたのが、94年頃からの市場の縮小につながったかもしれません。
まだゲームボーイの液晶が緑だった1990年にPCエンジンと同性能でカラー液晶のPCエンジンGTを作ってたのは凄かった。44800円という価格も凄かった。
セガ「うちもゲームギアでカラー液晶実現したぞ尤もそのせいで電池消費シャレにならなくなり本体価格もバカ高くなって惨敗したがな!」
PCエンジンは素晴らしいハードだったよ。当時、カトケン、功夫、源平討魔伝などデカキャラが家庭用ゲーム機で動くって凄いと思ったし天外魔境のCD音源聴いた時の感動は今でも忘れられないな。それよりもメガドラ好きとしてはいきなりサターンかよってなるわ。
あの頃のファミコン・スーファミは別格でしたからどちらかといえばライバルとしてしのぎを削っていたのはメガドラだった気がしますね
PCEが出た頃はMSX2も力を持っていて、FCがクソゲー連発してたこともありゲームマニアは続々ファミコン離れしていった時期ですよ。かくいう僕もFC版聖飢魔II悪魔の逆襲のクソぶりに嫌気がさし、BGMに定評のあるMSX2へ移行したでなぁ。
当時はカトケンがどうしてもやりやかったので、平成元年に何とか親にねだって本体ごと買って貰ったのは良き思い出。高校入学祝いにCD-ROMプレゼントしてくれたし、PCエンジンライフは充実してました。
自分は夏休みに短期バイトをしてCDROM2を購入しましたアレが初めてのバイトだったと思う 懐かしすぎるなw
ミニには海外版(J.J. & Jeff)が入っていますが、そこは何とかして日本版を入れてほしかった…。
@@crule2net さんやっぱり肖像権絡みだとかなり難しいみたいですね。
@@rumo7288 さんそこは確かに。少なくともカトケンのお二人、事務所、TBSに承諾いただく必要があったと想定していますが、志村氏が健在なうちに承諾取れていれば違ったかも、という気がしてならないのですよね。
@@crule2net さん確かにそんな展開があったら良かったかも・・・。
「友達が持ってたハード」は的確過ぎる例えだwやっぱあの頃まだまだファミコンは絶頂期だったから2台目のマシンを買うにはよっぽど家庭が裕福か寛容かだったんだよね。
必死でバイトしましたねFCからPSまではほぼすべてのハードを所持してましたネオジオももってたw
@八幡太郎 さんありましたねしかも当時は格ゲー全盛期でハマってたのにド下手だったからゲーセンで再現なく金溶かすぐらいから仲間内でやる方がマシと2〜3万のROM買ってたwww
@八幡太郎 さん仲間内では筐体買った人まででましたからねwww90年代の格ゲーブームは一種の社会現象でした次々に新作でてどれもこれも行列できてましたからね
@@yumekaryuudo99 実質家庭用ハードというよりアーケード基板そのままなネオジオも買うとは生粋のゲーマーと見た!!
@@kamameshi0804 さんそうですね2000年代にはMMO廃人やるぐらいにはガチ勢でしたW
PCエンジン懐かしい~R・typeが家でプレイできるのは感動を超えて衝撃的だった‼️
PCEの末路というよりも、後継機のFXが爆死したという話じゃない?そもそも競合機種は32bit機じゃなくてMDだろ。
CD-ROMという、当時からしたらROMカートリッジの1000倍ほどの大容量メディアを使うことに対して、試行錯誤の末にヒット作を連発したからこそ、セガサターンやプレステがCD-ROMを採用したと思っているし、ゲームそのもののボリュームも大きくしたと思う。実際、初代からDUOまで購入して、とことん楽しんだハードだから、個人的にも思い入れが強い。もちろんPCエンジンミニも購入。
家庭にCD-ROMその物を普及させたPCEの功績は計り知れないです。
PCEのCD-ROM2には名作も数知れず。その中に「ときめきメモリアル」がある地点でお察しを(爆)
いやいや、これじゃセガがサターンまでハードを出してないみたいじゃないかwww
むしろハードを出すペースはトップだったようなwSG-1000、SG-3000、マークIII、マスターシステム、メガドライブ(GENESIS)、スーパー32X、サターン、ドリームキャスト (この後に任天堂からゲームキューブ)
なんというか体力はあったのに相手が悪すぎたんですよね…
カセットビジョンよりは存在感あるだろ
こけたのはFXであってPCエンジンはほぼこけてない 主なライバルはSFCとメガドライブでしたがサターン出してるのにメガドライブは名前すら出してない 解説してて名前出しているのにPCエンジンに後続機出なかったって発言してる魔理沙ェ... あとエロいのはPCエンジンの時点で多数あったけどグロで話題(問題)になるくらいなのはリンダキューブくらいかな スナッチャーでマミったとか腐乱死体とかもあったけど(PCゲームの移植は割とグロいのもある) うぷ主は情報を割と知ってて見るとツッコミたくなる内容の動画をたまに上げますがにわかなの?それともわざと(コメ稼ぎ)なの? 好きな物を割と間違った内容で真実だと思われると名誉棄損レベルで迷惑なんだよなあ しかし それだと 嫌な動画を上げるだけの人なら動画見なきゃ良いだけなんだけど見てて面白い動画も多数上げてるのでチャンネル登録解除出来ないんだよなあ なので自分が好きな(詳しい)物で内容間違いが酷いのにコメントしていきます 長文失礼しました でもなあこけたのはPCFXであってPCエンジンはほぼこけてないんだよなあ
PCエンジンは成功だと思うけどな、コケたのはPC-FXですリリースされた直後、アーケード版と殆ど変わらないクオリティでR-TYPEをリリースして来たのは、真面目に目を疑いましたまた、コンシューマ初のCD-ROM搭載機として時代の最先端を行っていました
当時、ゲーム機ほぼ全部持ってたクラスメートがいて、毎日のように遊びに行ってました。ソフトを入れ替えるように、本体をTVに付け替えるっていう贅沢さをうらやましいなと思ってました・・・。
PCエンジンはファミコンの次のスーファミと同じ第4世代ゲーム機でスーファミとも互角以上に渡り合って第5世代のプレステが発売されるまで7年間、市場を盛り上げた名機ですよ。むしろ勝ち組です。
国民的RPGであるファイナルファンタジーやドラクエでキャラが喋るようになる10年以上前に、豪華声優陣を起用して作られた天外魔境シリーズは時代を先取りしていました。
PCエンジンCD-ROMソフトは声優起用ソフト多かったで!スーチーパイ・天外魔境・スナッチャー・ときめきメモリアルが有名やし。
コズミックファンタジー忘れてないか
大竹まことのただいま!PCランド観てた人☺️↓
最大の敵は母の「ぴこぴこならもうあるやないの」
母親のバイアスとは徹底的に戦わなアカン!!(爆)。毒親つー言葉もあるし。おれは持ち前の論理/計算/空間認知パワーで母親の意見を退けてたで!?(爆)
PCエンジンは失敗していなかったよ。当時Huカードでも名作ゲームも出ていたし、後継機のCDROMゲームは凄かった。ボイス入りやアニメショーンの先駆けでコマーシャル機の革命を起こした名機たな。ただその後PC-FXは失敗だったな。高いし大きいし読み込みが遅い。プレステやセガサターンに全然敵わなったな。
邪聖剣ネクロマンサーやダンジョンエクスプローラーや天外魔境シリーズなど当時のハドソンは神懸って、やらなきゃハドソンみたいな感じでした!
RPGやったことねえけど、ネクロマンサーやってみっかな、攻略法無しでとチャレンジしてみたが、無理すぎた難易度高めだったとか
@@ボンボリーニ 今なら攻略サイトあるけど自力だと分かりずらいのと難易度高かったり血が吹き出るので遊ぶ人を選ぶRPG
エメラルドドラゴンと悪魔城ドラキュラX血の輪廻は自分の中で衝撃を受けた作品でした
生まれてすらない時代にこんな素晴らしいゲーム機あったのか…
メガドライブガン無視で草。PC エンジンの類は結構買いましたなあ。白、コアグラ、CD-ROM2、なんと LT も買いました。なぜか近所で半額で売ってたんで飛びついてしまった。ファミコン、スーファミも持ってたけど、自分の青春は PC エンジンだったな。
白エンジンは、本体は当時、近所のお店で5千円引きで何故か売られていました。最大の壁はCD-ROM2。当時価格で驚愕の6万円。ただ、圧倒的な先進性を体感できる夢のマシンでした。(こっちは定価で購入)セットで揃えると何と8万円超え。PS5より高額…後に一体型マシンDUOが出てきましたが、それも6万円…最終的には安価なバージョンが出てきましたけどね。(それでも3万円なので安くはない)
あれ…概ね間違ってないんですけど、この動画の構成だと、メガドライブ以前のセガの存在が無かったことになっているような…ファミコン(→スーファミ)、PCエンジン、メガドライブ、という三強が争う時代が確かにあったと思うので…いや、自分はセガ信者ではなく、むしろPCエンジン派なんですが、「PCエンジンvsメガドライブ」という、壮絶な二位争いがあったことにも、少し触れてあげて欲しいです。
アップしたこいつが時代を生きてないんだろ
1987年発売のPCエンジンとPSSSじゃそもそも世代が違うし比較対象としてはどうかなとその世代のPCFXは間違いなく魅力もなく負けるべくして負けたハードではあるけど、PCエンジンの紹介の中で取り上げるのは違うと思うしなんかズレてない?と言うか本当にわかってます?
え~メガドライブとかマーク3とか飛ばしちゃった~w
PCエンジンの事ほとんど話してないよね 他機種の話が多い アダルトはハッカーインターナショナルが非合法で出していたのであって 公認ソフトではない
ドラゴンナイトⅡが移植された時は衝撃的だった。全年齢向けのアレンジとはいえ、これで美少女ゲームの社会認知度も上がる、今までゲーム業界でもマニアックな日陰者だった存在が表に出られる!とワクワクテンション上がりまくりだった
当時、セガはメガドライブ&メガCDを出している。
セガは実はファミコンと同じ時代からゲーム機出してます
PCEは特にシューティングとアクションゲームではファミコンはおろかスーファミよりもいいゲームがたくさんあったと思っています。特にシューティングでは画面が弾で埋め尽くされるようなシーンでもSFCと違って描画落ちや 処理落ちで 極端にスローがかかるようなことはほとんどありませんでした。
R-TYPEが好きでよくお世話になったなぁ。あとソフトも薄いカードみたいにスタイリッシュなのも良かった。でも拡張ありきでデータ保存の天の声とか別に買わなきゃいけないのは子供の財布には厳しかった。
PCエンジンと言えばRタイプと天外魔境とイース1・2かな
当時は子供でファミコン以外に所有する金銭的余裕は無かったな…
huカードは一番好きなROMカートリッジ媒体ですね。薄いし収納のしやすさがファミコン等のROMより嵩張らないのが良い
周辺機器によるパワーアップが売りだが、とにかく価格が高かった記憶があるなーCDを使った音声ありのゲームが出た時は衝撃だった
一通りそろえるとかなりの金飛ぶんだよね
価格が高いのに加え、初期のCDロムロムドライブは接続が面倒で、PCエンジン本体とそのドライブを接続するのに"インターフェイスユニット"なる周辺機器が必要だったりします。
@八幡太郎 インターフェイスユニットとCDドライブは初期は別々で、後ほどこの2つはセットになり型番も少し変わったようです。インターフェイスユニットの合体ロボ感は本当に少年心をくすぐるマシンで、PCエンジンのコア構想(本体を中心として様々な機能を拡張していく構想)を最も良く表していますね。
発売当時はとても手が出せる経済状況では無く、買えるようになったころにはDuo-Rが登場していたので、周辺機器は買ってませんでしたね。天の声バンクくらいかな?
懐かしのPCエンジンは"大人にも人気があった"…オーディオ好きでインベーダーゲームを遊んだという両親が買ったゲームで、自分が生まれたときから実家にはファミコンと共にPCエンジンがありまして、桃太郎シリーズや天外魔境シリーズ、そして小島監督の作品・スナッチャーなど名作が多く、オーディオ好きにとってその中でもCDロムロム作品は上手くマッチしていたと思います。子供の頃でもPC原人やボンバーマンといったHuカード作品を中心に楽しませてもらいましたし、今でも両親から受け継ぐような形でPCエンジンを楽しんでいます。勿論、2020年発売のPCエンジンミニも買いました。
8:20 セ、セガはメガドライブやマーク3でもっと前からゲームに参入してたしw
小島監督が関わっているPCエンジン版のスナッチャーのためにPCエンジンミニを買った勢なので、CD-ROM2の警告寸劇の話はPCエンジンミニを買ってから知って、結構手が込んでるなぁと😁
人気番組だったカトケンで紹介されなかったら発売日に買ってたかもわからないFCでは出来ない大きいキャラが軽快に動く・動かせるのは爽快だったなぁBGMはお世辞にも立派ではなかった もしFM音源だったらまた違った評価だっただろうかCDROM2は未来を感じました 実際ここからCDゲームが始まりましたから先見の明は言うまでもありませんね好きなハードでした 楽しい時間をありがとう!
8:23セガ「え!??俺のメガドライブ/CD/32X以前のハードはなかったことになってしまっているのか!!!?」12:17なおその路線はセガもサターンの頃から傾倒していた模様そしてPCFX脱落後は実質サターンがエロゲ移植版特化機みたいに見られることもw
もっと言えば「マークIIIというハードはなかったことになっているのか?」(苦笑)SG-1000「僕もファミコンくんと同日発売なのになかったことになっているの…?」
この頃はゲーム雑誌は楽しみでしたよ 今でも一部残してあり見てみると面白い 最近LTが動作しなくて悲しい
FXは3Dで360°描画できないなら360枚2Dで描けば良いんだよ的な逸話が好き12:35 AVデビューとか盗撮クイズとかのハッカー系のゲームって認知されてたの!?13:33 必要な周辺機器ではないGTを映しているのは悪意を感じるPCエンジンminiは水増しが酷くてやる気を感じられなかった
PCエンジンは製造販売がNECなのに、当時「8ビット御三家」(NEC PC-88系・シャープ X1系・富士通 FM-7系)と呼ばれたNECのライバルメーカーであるシャープから、PCエンジンを「HEシステム」名義で内蔵したX1 twinが出たのに驚いた記憶があります。ライバルメーカーのゲーム機を、内蔵しちゃったんですから。PCエンジンはもともとハドソンが企画したゲーム機であること、当時ハドソンとシャープの関係が非常に深かったこと(当時のシャープ製PC基本ソフトにハドソン製が多かった)、「PCエンジン」という商標が使えなくてもハドソンからNEC以外へPCエンジンのゲーム機システムを供給可能だったこと、シャープも過去にファミコンテレビを出した経験があったこと、というのが背景にありますね。
PCエンジンとメガドライブは互いにこいつだけには負けられないと思ってるな
おもちゃ屋さんの広告でもゲーム欄は任天堂のファミコン+ゲームボーイが5割に対してPCエンジンは3割はスペースを確保できてた。残りの2割はメガドライブで、シェアとソフト数に対してPCエンジンとメガドライブはグラフィックや音楽でワンランク上のゲームって感じだった。
白のPCエンジン買った当初魔神英雄伝ワタルを同時購入して遊んでたな😅ハドソンの全国キャラバン出場やらギャルゲーの先駆けのときメモイース1・2その他もろもろやりまくってた今のCDを使ったゲーム機の先駆けとなった名機だと思ってる‼️
当時の小学生では25000円なんてお年玉を貯めてないと手が届かなかったし、CDコンポですら簡単に買えなかったのに、PCエンジンのCD-ROMなんてとてもじゃないが買えなかった。
でも当時の子供用自転車は普通に3~5万円くらいはしたけどね。今の子供用自転車は1万円あれば買えるだろうけど そう考えるとPCエンジンがお金持ちのゲーム機という感覚は微塵もないかな。
PCエンジンって、かつて存在していたNECアベニューとかがライセンスを頂いて移植させた、セガのコンテンツも存在してましたよね。ファンタジーゾーンとかスペースハリアーとかアウトランとか…
FXを天外3の為に購入した自分は涙目です。
そして念願の3を手にしてプレイして、さらに涙したんでしょ?「NAMIDA」だけに。
PCエンジンユーザーって事でFX買った俺はどうなる
PCエンジンやCDロムロムのゲームって飽きないで遊べるんですよね〜!
セガのメガドライブとpcエンジンはドッコイドッコイだったです
日本に限って言うならPCエンジンの方が販売台数は上
末路って悪意を感じる言い方ですね。PCエンジンって天下を取るほどではなかったけど、十分に成功だと思う。
釣りだろうね
このチャンネル、ろくに掘り下げて語らないし当時のことも何も調べないで思い込みで動画作ってる感じでほんと薄っぺらい
今では当たり前のマルチタップによる三人以上同時play、据え置き機用ソフトでもヒューカードだけとはえ携帯ゲーム機で遊べる(LT、GT)、専用チューナーあればテレビがみれる(GT)など先駆けであり早すぎたとこが多い。
PC Engine CD -ROM² の登場で一気に新たな各ゲーム機器販売が到来して終焉を迎えたってって感じかな?夢物語だけど互換機能を搭載しつつ16bitや32bitでDVD ROMやBDまでに発展進化していれば凄かっただろうw
ラストハルマゲドンがやりたくてDUOを買いましたよ、それでも当時のパソコン買うよりは安価だったし後悔はしていないね
獲物がいたぜ!w
複数人で遊べるゲーム出したんだよな合体機能のCDロム色々と頑張ってたし天外魔境は当時は画期的だった
何となくレトロゲーム語りで「任天堂VSセガ」の構図が多いですが、当時の日本国内ではメガドライブよりもPCエンジンの方が普及してたんですよね。ただ、動画でも言われていますがNEC(とハドソン)は任天堂とは共存を望んでおり、ユーザーの食い合いは避けていた様です。対決の構図にならなかった事が(ライバル意識が強かったセガに比べ)印象が弱い原因かもしれません。
セガサターンって意外と強敵だったのですね(笑ったー)PCFXです!赤髪侍さまと同じ意見です!PCエンジンは成功してますよ。
メガドライブの立場は?
PCエンジン末期のソフト開発環境と市場(売り手、買い手)があったからこそ「ときめきメモリアル」が生まれ、ギャルゲーブームのきっかけとなった。この功績はデカいと思う。それを継承しそこねたFXは、なぁ……でもまあFXでも、ブルーブレイカーやファースト☆Kissあたりの佳作出してたけどさ。
ハドソンといえばファミコンのファミリーベーシックも開発してますね
PCエンジンは、CDソフトをはじめて使った機種でもありたくさんの名作もありますね例えばときメモとかリンダキューブとか。
強請っても強請っても、母親はおろか姉貴も唯一の味方と思っていた叔父や祖母すら「こんなゲーム機長続きしない」とまるで未来見のような事言って頑として買ってくれなかったな( ゚д゚)・・・。
ときめきメモリアルはCDロムロムにしては結構なヒットだと思う
そのときメモが充分ヒットして盛り上げたもんなぁ。それ以前にスナッチャーという下地があって成り立った気いしますが。
売れると思ってなかったコナミ
とにかく、周辺機器が多すぎた印象が強い。
FXはあれはあれで良い機種だったんだけどな特にサードパーティもアニメ路線をしっかり理解してその手のゲームしか出なかったのは本当に特化した機種だった
真面目かw当時はすごかった。PCといえばPCエンジンだったし、何より。大竹まことが司会の番組まであったし。
4:46アーケードゲーム1プレイ100円で出来るようなゲームをアーケードゲームというんです説明 必要ですか?
大竹まことがPCエンジンのテレビ番組やってなかったっけ?
テレ東「大竹まことのただいま!PCランド」
@@いっちー-e2q ありがとうございます🎵
その縁でPCエンジンGTのポスターにも起用されていました「まことにGT。」と言うキャッチコピーで。
いかにもあの時代っぽいキャッチコピーですね🎵
メガドラ派だなぁ。世代的にはキューブらしいけど。ゲームを始めたのWii以降でゲーム機は知ってるけど遊んだ事がないなぁ。失敗だとピピンアットマークかバーチャルボーイかSC3000の方がイメージ強いね。後はネオジオかPCエンジンってなんだかんだ凄いね。同時発色数も凄いし
私の高校生時代はFCやSFCよりもCDROMですかね周りのオタク仲間はPCエンジンやってました今では普通になったムービーがあったあの襲撃は今でも忘れませんそして初代PSが出るまで現役でしたPCエンジンがあったからこの先に出てくるハードに影響を与えた物だったと私は今でも思います
スーパーグラフィックスとかコアグラフィックスいろいろ出していて迷走してる感じしかしなかったファミコン、スーパーファミコンしか知らない人は手を出しづらいハードだった
様々なジャンルのタイトル(特異なやつ多し)をSFCが出る前から輩出してきた素晴らしいハードでしたPCEDuoは神ハード
なぜSG1000からのセガのゲーム機を無視するかな?
メガドライブがなかった事にされてる。
みんながドラクエ3やっている頃いつかPC-エンジン-CDROM2一式とイースⅰ・Ⅱを買いそろえたいと思っていました。ちなみに自分周辺はいまだにPC-エンジン-CDROM2は神機として扱われています。特に音楽はPS3までのゲーム機音楽よりもよく出来ていて、一部のゲームは生バンドで収録しているのでCDDAは最高でした。今でも車で聞いています。特にイースシリーズ、ラストハルマゲドン、天外魔境シリーズ、超兄貴、悪魔城ドラキュラX-知の輪舞-、ラングリッサー、姐さんなどが好きです。
PCエンジンのゲーム、ミニの発売を待たなくても一部ソフトは(PSPだっけ?)ソニーストアのダウンロードで遊べるようになってませんでしたっけ?
PCエンジンスーパーグラフィックスというソフト殆ど出なかった上位互換機の大失敗も忘れてはいけませんね。「セガとソニーも参入」ってメガドラとかセガのそれ以前はスルーですか(涙)
PCEが競合元である任天堂のFCとSFCと上手く共存出来たのは、ハドソンが任天堂との関係が良好だったのが大きかった。PCEは元々高スペックのハードだった事から拡張性に富んでいたから、SFCやメガドライブに負けず劣らずの性能だったうえ、世界初のCD-ROM採用というのも大きかった。しかし、後継機のPC-FXが大失敗に終わり、3D化の流れについてこれなかった事、コア構想の失敗も重なって、最後の一押しで北海道拓殖銀行の経営破綻で破滅の道を歩んだハドソンと共に時代の追従が出来なかったのが・・・。コア構想も良くも悪くもPCEの拡張性の高さを語るには外せない一方、周辺機器に金を掛けさせる本末転倒になってしまい、ゲーム機の進歩の歴史を考えると拡張性の限界に行き着くのは火を見るよりも明らか、PCE Duoで事実上放棄されたからな
当時、自分の周りの子供の間で「FCは目が悪くなるけどPCEは悪くならない」っていう噂が実しやかに流れていました。
水曜日のカンパネラの「桃太郎」という曲でも「ファミコン一日一時間 でもPCエンジン3時間」って歌われてるくらいですしね
衰退ではなくライバルのスーファミと共にファミコン時代とプレステサターン時代を繋ぐ橋渡し役を無事に終え成仏したイメージです。メガドラは不老不死なのか成仏の概念がないのか未だに新作ソフトをしぶとく出し続けていますが(ミニも続編が出たくらいですし)。
やっぱりハードの価格設定が高いのが最大の敗因だと思う。当初、NECは発表の会見でも「ソフト開発を行わない」と明言するつもりだったそうな。社内で「それはおかしいでしょう」と手を上げた人(多部田氏)が居て、ソフト開発の部門が立ち上がりはしたんだけども、それは社内の別働隊のような扱いで終わり、NEC本体は相変わらずハード価格を抑えてソフトで取り返すというビジネスモデルを全く考えておらず、ハードだけで儲けが出る価格設定を押し通した。なのであの値段だったんですよ。
ナムコのワールドコートのRPGモードはオススメあの緩い感じがたまらない
加トちゃんケンちゃんごきげんテレビではカトケンソフト付きでプレゼントされてたな
団塊ジュニアです。お金持ちの同級生がフル装備で持ってました。友人宅で見たラストハルマゲドンのBGMには度肝を抜いた思い出があります。ネクロスの要塞もうねうね動く戦闘シーンだったので子供ながらにファミコンとの性能差に驚いたもんです。
CDロムロムは中学時代に買ってもらったが、持ってたのは学年全体で3人くらいだったな。イース1.2のOPの迫力に鳥肌立った事とスーパーダライアスを近所迷惑考えずにステレオコンポの大音量でドヤ顔でプレイしてた事を思い出す。
ハードの最後の方になるとギャルゲーばかりになるイメージ(笑)
あのコナミがときめきメモリアルでギャルゲーの世界を作り上げたんがデカいなぁ。
メガドライブは・・・
近所のデパートのおもちゃ売り場のデモ機としてPCエンジンが置いていたのだけどカトケンやRタイプでファミコンしかしらないちびっ子たちの度肝を抜いたんだ
失敗したのはPCFXであって、PCエンジンは十分成功の部類だよね
それな。8bit機でありながら16bit機のSFCやMDと渡り合ったすばらしい名機だったと思います。
初代白と初代CDROM2とのセットでまだ家にありますw
スーパーグラフィック「ホントそれな!」
@@先走魔羅男 専用ソフトが5本くらいしか出てないその子はいない子です(´・ω・`)
@@トムソン-n9s 初代CDロムロムと言えばインターフェイスユニットもありましたね。
本体と接続するために必須な名前通りの機器でしたが。
(子供の頃"インターフェイスユニット"というド直球なネーミングが意味も知らず物凄く好きだった)
それ思いましたけど、かつてのヒーローって括りで見るならPCエンジンなのかなって思いました
なんと言うかPCエンジンには夢があったね。いい時代だった。
PCEは衰退した…いうよりはその時代での役目を務め終えた✋
というべきでしょう👏
SFCが 衰退した とは誰も言わないでしょうし😌
高スペックでの個性的な作品がただただ好きだった😄
イース1・2の移植完成度と天外シリーズは、RPGの歴史に大きなものを残したと思う
わかる。
今に至るまでイースの曲アレンジはPCエンジン版が至高!
この辺プレイしてゲーム業界目指した割合はファミコンより多そう
スナッチャーの移植版も衝撃的だったのでここに加えて欲しいw
PCエンジンが衰退というよりは、出てからDUOも合わせれば10年近くは続いていたから、成功しているほうだと思う。販売期間が長すぎて次世代機の開発が遅かったのと、
キラータイトルになりそうなソフトが開発の延期でなくなったことだろうな。
コメ見てどれくらい長くソフト出てたのか調べたら本体発売から12年後までソフト出てたんだね
歴代で見るとかなり長い部類でファミコンやスーファミより長くネオジオ14年、PS2、13年に次ぐ長さでPS3とPSPはPCEと同じ12年だった
@@spikeevo
デッドオブブレインはちょっと事情が特別だったから、実質1996年半ばくらいまでだと思います。私個人は1995年11月の同級生が最後に買ったソフトです。ハドソンの最後のソフトが翌12月ですから、実質このあたりが末期でしょうね。でも8年、市場がもてば充分ですよ。
@@hko7271 なるほど実質はそれくらいなんですね
それでも覇権ハードでは無くそこまで続いたのは凄いですね
CD ROM再生機が数十万した時代に数万円で出したのが凄い
Pc-fxgaが完成版の後継なんだけどね
8ビット機なのに スト2ダッシュを再現したりとハードスペックを超えた移植や アーケードカードを使い 餓狼スペのほぼ完全移植など 覇権ハードだったスーファミには出来なかったことをやり遂げていた。
グラフィック関連チップは
実際に16ビットだし。
その分フル発揮して全ソフトを遊ぶにはかなりの数の周辺機器とそれを揃える資金が必要だったけどね
「ついにセガとソニーが参入」
MkⅠⅡⅢマスターシステムメガドライブの立場は…w
すべての始まり SC-3000
楽しさいっぱい SG-1000
ソフトの数だけ興奮してね SG-1000II
これらも忘れられるとは…
しかもオセロマルチビジョンと互換性があるという豪華仕様
1:22
× 初代ファミコン:1989年発売
○ 初代ファミコン:1983年発売
いろんなニューゲームハードを手にしてきたけど、ファミコン時代にPCエンジンの画面を家のテレビで初めて見た時の衝撃を超えることはなかったなあ
❤
天使の詩や天外魔境、ラングリッサーにエメドラ、F-1サーカススペシャル、エルディス・・・と、
ちょっと思い出しただけでも、やり込んだゲームがズラズラと思い浮かぶ名ゲーム機でしたね。
あの年代に専門番組を作れるくらい、任天堂からシェアを削り取れた功績は大きいし、
中間イベントにビジュアルシーンを挿入したのは、現在の中間イベントムービーの原型だし、
戦いには敗れたけど日本のゲーム史を語るには外せないハードでしょう。胸を張って良い。
PCエンジンは世代交代には失敗したけど現役時代は任天堂の対抗馬として十分な存在感を発揮して製品寿命を全うしたハードでしょう。
そもそも本来ならスーパーグラフィックスが16ビットCPU搭載の
PCエンジン2としてメガドライブや
スーパーファミコンや
アタリ・パンサーの本格的対抗馬になる予定が転けたのが運の尽き始めだったな
PCエンジンは3.5世代でファミコンの強化版の性能8ビット高速しかないし
@@tif9590 様 当時のPCエンジンは、SFCよりCPU(クロック数)が早く、メガドラより発色数が多いということで開発者には好評だったようです。
CDが標準だったことも大きかったと思います。
(メガCDはごく一部にしか普及しませんでした)
92、3年頃の天外2・スナッチャー・グラディウスⅡ・イースⅣ・ドラキュラX辺りは、SFCの大作ソフトと充分戦えていたと記憶しています。
ただバッファRAMの少なさなどで、SFC後期のソフトとは見た目で差がつきだしたのが、94年頃からの市場の縮小につながったかもしれません。
まだゲームボーイの液晶が緑だった1990年にPCエンジンと同性能でカラー液晶のPCエンジンGTを作ってたのは凄かった。
44800円という価格も凄かった。
セガ「うちもゲームギアでカラー液晶実現したぞ
尤もそのせいで電池消費シャレにならなくなり本体価格もバカ高くなって惨敗したがな!」
PCエンジンは素晴らしいハードだったよ。
当時、カトケン、功夫、源平討魔伝などデカキャラが家庭用ゲーム機で動くって凄いと思ったし天外魔境のCD音源聴いた時の感動は今でも忘れられないな。
それよりもメガドラ好きとしてはいきなりサターンかよってなるわ。
あの頃のファミコン・スーファミは別格でしたからどちらかといえばライバルとしてしのぎを削っていたのはメガドラだった気がしますね
PCEが出た頃はMSX2も力を持っていて、FCがクソゲー連発してたこともありゲームマニアは続々ファミコン離れしていった時期ですよ。かくいう僕もFC版聖飢魔II悪魔の逆襲のクソぶりに嫌気がさし、BGMに定評のあるMSX2へ移行したでなぁ。
当時はカトケンがどうしてもやりやかったので、平成元年に何とか親にねだって本体ごと
買って貰ったのは良き思い出。
高校入学祝いにCD-ROMプレゼントしてくれたし、PCエンジンライフは充実してました。
自分は夏休みに短期バイトをしてCDROM2を購入しました
アレが初めてのバイトだったと思う 懐かしすぎるなw
ミニには海外版(J.J. & Jeff)が入っていますが、そこは何とかして日本版を入れてほしかった…。
@@crule2net さん
やっぱり肖像権絡みだとかなり難しいみたいですね。
@@rumo7288 さん
そこは確かに。
少なくともカトケンのお二人、事務所、TBSに承諾いただく必要があったと想定していますが、志村氏が健在なうちに承諾取れていれば違ったかも、という気がしてならないのですよね。
@@crule2net さん
確かにそんな展開があったら良かったかも・・・。
「友達が持ってたハード」は的確過ぎる例えだw
やっぱあの頃まだまだファミコンは絶頂期だったから2台目のマシンを買うにはよっぽど家庭が裕福か寛容かだったんだよね。
必死でバイトしましたね
FCからPSまではほぼすべてのハードを所持してました
ネオジオももってたw
@八幡太郎 さん
ありましたね
しかも当時は格ゲー全盛期でハマってたのにド下手だったから
ゲーセンで再現なく金溶かすぐらいから
仲間内でやる方がマシと2〜3万のROM買ってたwww
@八幡太郎 さん
仲間内では筐体買った人まででましたからねwww
90年代の格ゲーブームは一種の社会現象でした
次々に新作でて
どれもこれも行列できてましたからね
@@yumekaryuudo99
実質家庭用ハードというよりアーケード基板そのままなネオジオも買うとは
生粋のゲーマーと見た!!
@@kamameshi0804 さん
そうですね
2000年代にはMMO廃人やるぐらいには
ガチ勢でしたW
PCエンジン懐かしい~
R・typeが家でプレイできるのは感動を超えて衝撃的だった‼️
PCEの末路というよりも、後継機のFXが爆死したという話じゃない?
そもそも競合機種は32bit機じゃなくてMDだろ。
CD-ROMという、当時からしたらROMカートリッジの1000倍ほどの大容量メディアを使うことに対して、試行錯誤の末にヒット作を連発したからこそ、
セガサターンやプレステがCD-ROMを採用したと思っているし、ゲームそのもののボリュームも大きくしたと思う。
実際、初代からDUOまで購入して、とことん楽しんだハードだから、個人的にも思い入れが強い。もちろんPCエンジンミニも購入。
家庭にCD-ROMその物を普及させたPCEの功績は計り知れないです。
PCEのCD-ROM2には名作も数知れず。その中に「ときめきメモリアル」がある地点でお察しを(爆)
いやいや、これじゃセガがサターンまでハードを出してないみたいじゃないかwww
むしろハードを出すペースはトップだったようなw
SG-1000、SG-3000、マークIII、マスターシステム、メガドライブ(GENESIS)、
スーパー32X、サターン、ドリームキャスト (この後に任天堂からゲームキューブ)
なんというか体力はあったのに相手が悪すぎたんですよね…
カセットビジョンよりは存在感あるだろ
こけたのはFXであってPCエンジンはほぼこけてない 主なライバルはSFCとメガドライブでしたがサターン出してるのにメガドライブは名前すら出してない 解説してて名前出しているのにPCエンジンに後続機出なかったって発言してる魔理沙ェ... あとエロいのはPCエンジンの時点で多数あったけどグロで話題(問題)になるくらいなのはリンダキューブくらいかな スナッチャーでマミったとか腐乱死体とかもあったけど(PCゲームの移植は割とグロいのもある) うぷ主は情報を割と知ってて見るとツッコミたくなる内容の動画をたまに上げますがにわかなの?それともわざと(コメ稼ぎ)なの? 好きな物を割と間違った内容で真実だと思われると名誉棄損レベルで迷惑なんだよなあ しかし それだと 嫌な動画を上げるだけの人なら動画見なきゃ良いだけなんだけど見てて面白い動画も多数上げてるのでチャンネル登録解除出来ないんだよなあ なので自分が好きな(詳しい)物で内容間違いが酷いのにコメントしていきます 長文失礼しました でもなあこけたのはPCFXであってPCエンジンはほぼこけてないんだよなあ
PCエンジンは成功だと思うけどな、コケたのはPC-FXです
リリースされた直後、アーケード版と殆ど変わらないクオリティで
R-TYPEをリリースして来たのは、真面目に目を疑いました
また、コンシューマ初のCD-ROM搭載機として時代の最先端を行っていました
当時、ゲーム機ほぼ全部持ってたクラスメートがいて、毎日のように遊びに行ってました。ソフトを入れ替えるように、本体をTVに付け替えるっていう贅沢さをうらやましいなと思ってました・・・。
PCエンジンはファミコンの次のスーファミと同じ第4世代ゲーム機でスーファミとも互角以上に渡り合って第5世代のプレステが発売されるまで7年間、市場を盛り上げた名機ですよ。むしろ勝ち組です。
国民的RPGであるファイナルファンタジーやドラクエでキャラが喋るようになる10年以上前に、豪華声優陣を起用して作られた天外魔境シリーズは時代を先取りしていました。
PCエンジンCD-ROMソフトは声優起用ソフト多かったで!スーチーパイ・天外魔境・スナッチャー・ときめきメモリアルが有名やし。
コズミックファンタジー忘れてないか
大竹まことのただいま!PCランド観てた人☺️
↓
最大の敵は母の「ぴこぴこならもうあるやないの」
母親のバイアスとは徹底的に戦わなアカン!!(爆)。毒親つー言葉もあるし。おれは持ち前の論理/計算/空間認知パワーで母親の意見を退けてたで!?(爆)
PCエンジンは失敗していなかったよ。当時Huカードでも名作ゲームも出ていたし、後継機のCDROMゲームは凄かった。ボイス入りやアニメショーンの先駆けでコマーシャル機の革命を起こした名機たな。ただその後PC-FXは失敗だったな。高いし大きいし読み込みが遅い。プレステやセガサターンに全然敵わなったな。
邪聖剣ネクロマンサーやダンジョンエクスプローラーや天外魔境シリーズなど当時のハドソンは神懸って、やらなきゃハドソンみたいな感じでした!
RPGやったことねえけど、ネクロマンサーやってみっかな、攻略法無しでとチャレンジしてみたが、無理すぎた
難易度高めだったとか
@@ボンボリーニ
今なら攻略サイトあるけど自力だと分かりずらいのと難易度高かったり血が吹き出るので遊ぶ人を選ぶRPG
エメラルドドラゴンと悪魔城ドラキュラX血の輪廻は自分の中で衝撃を受けた作品でした
生まれてすらない時代にこんな素晴らしいゲーム機あったのか…
メガドライブガン無視で草。
PC エンジンの類は結構買いましたなあ。白、コアグラ、CD-ROM2、なんと LT も買いました。なぜか近所で半額で売ってたんで飛びついてしまった。
ファミコン、スーファミも持ってたけど、自分の青春は PC エンジンだったな。
白エンジンは、本体は当時、近所のお店で5千円引きで何故か売られていました。
最大の壁はCD-ROM2。当時価格で驚愕の6万円。ただ、圧倒的な先進性を体感できる夢のマシンでした。(こっちは定価で購入)
セットで揃えると何と8万円超え。PS5より高額…
後に一体型マシンDUOが出てきましたが、それも6万円…
最終的には安価なバージョンが出てきましたけどね。(それでも3万円なので安くはない)
あれ…概ね間違ってないんですけど、この動画の構成だと、メガドライブ以前のセガの存在が無かったことになっているような…
ファミコン(→スーファミ)、PCエンジン、メガドライブ、という三強が争う時代が確かにあったと思うので…
いや、自分はセガ信者ではなく、むしろPCエンジン派なんですが、
「PCエンジンvsメガドライブ」という、壮絶な二位争いがあったことにも、少し触れてあげて欲しいです。
アップしたこいつが時代を生きてないんだろ
1987年発売のPCエンジンとPSSSじゃそもそも世代が違うし比較対象としてはどうかなと
その世代のPCFXは間違いなく魅力もなく負けるべくして負けたハードではあるけど、PCエンジンの紹介の中で取り上げるのは違うと思うし
なんかズレてない?と言うか本当にわかってます?
え~メガドライブとかマーク3とか飛ばしちゃった~w
PCエンジンの事ほとんど話してないよね 他機種の話が多い アダルトはハッカーインターナショナルが非合法で出していたのであって 公認ソフトではない
ドラゴンナイトⅡが移植された時は衝撃的だった。全年齢向けのアレンジとはいえ、これで美少女ゲームの社会認知度も上がる、今までゲーム業界でもマニアックな日陰者だった存在が表に出られる!とワクワクテンション上がりまくりだった
当時、セガはメガドライブ&メガCDを出している。
セガは実はファミコンと同じ時代からゲーム機出してます
PCEは特にシューティングとアクションゲームではファミコンはおろかスーファミよりもいいゲームがたくさんあったと思っています。
特にシューティングでは画面が弾で埋め尽くされるようなシーンでもSFCと違って描画落ちや 処理落ちで 極端にスローがかかるようなことはほとんどありませんでした。
R-TYPEが好きでよくお世話になったなぁ。
あとソフトも薄いカードみたいにスタイリッシュなのも良かった。
でも拡張ありきでデータ保存の天の声とか別に買わなきゃいけないのは子供の財布には厳しかった。
PCエンジンと言えばRタイプと天外魔境とイース1・2かな
当時は子供でファミコン以外に所有する金銭的余裕は無かったな…
huカードは一番好きなROMカートリッジ媒体ですね。薄いし収納のしやすさがファミコン等のROMより嵩張らないのが良い
周辺機器によるパワーアップが売りだが、とにかく価格が高かった記憶があるなー
CDを使った音声ありのゲームが出た時は衝撃だった
一通りそろえるとかなりの金飛ぶんだよね
価格が高いのに加え、初期のCDロムロムドライブは接続が面倒で、PCエンジン本体とそのドライブを接続するのに"インターフェイスユニット"なる周辺機器が必要だったりします。
@八幡太郎 インターフェイスユニットとCDドライブは初期は別々で、後ほどこの2つはセットになり型番も少し変わったようです。
インターフェイスユニットの合体ロボ感は本当に少年心をくすぐるマシンで、PCエンジンのコア構想(本体を中心として様々な機能を拡張していく構想)を最も良く表していますね。
発売当時はとても手が出せる経済状況では無く、買えるようになったころにはDuo-Rが登場していたので、周辺機器は買ってませんでしたね。天の声バンクくらいかな?
懐かしのPCエンジンは"大人にも人気があった"…オーディオ好きでインベーダーゲームを遊んだという両親が買ったゲームで、自分が生まれたときから実家にはファミコンと共にPCエンジンがありまして、桃太郎シリーズや天外魔境シリーズ、そして小島監督の作品・スナッチャーなど名作が多く、オーディオ好きにとってその中でもCDロムロム作品は上手くマッチしていたと思います。
子供の頃でもPC原人やボンバーマンといったHuカード作品を中心に楽しませてもらいましたし、今でも両親から受け継ぐような形でPCエンジンを楽しんでいます。
勿論、2020年発売のPCエンジンミニも買いました。
8:20 セ、セガはメガドライブやマーク3でもっと前からゲームに参入してたしw
小島監督が関わっているPCエンジン版のスナッチャーのためにPCエンジンミニを買った勢なので、CD-ROM2の警告寸劇の話はPCエンジンミニを買ってから知って、結構手が込んでるなぁと😁
人気番組だったカトケンで紹介されなかったら発売日に買ってたかもわからない
FCでは出来ない大きいキャラが軽快に動く・動かせるのは爽快だったなぁ
BGMはお世辞にも立派ではなかった もしFM音源だったらまた違った評価だっただろうか
CDROM2は未来を感じました 実際ここからCDゲームが始まりましたから先見の明は言うまでもありませんね
好きなハードでした 楽しい時間をありがとう!
8:23
セガ「え!??俺のメガドライブ/CD/32X以前のハードはなかったことになってしまっているのか!!!?」
12:17
なおその路線はセガもサターンの頃から傾倒していた模様
そしてPCFX脱落後は実質サターンがエロゲ移植版特化機みたいに見られることもw
もっと言えば「マークIIIというハードはなかったことになっているのか?」(苦笑)
SG-1000「僕もファミコンくんと同日発売なのになかったことになっているの…?」
この頃はゲーム雑誌は楽しみでしたよ 今でも一部残してあり見てみると面白い 最近LTが動作しなくて悲しい
FXは3Dで360°描画できないなら360枚2Dで描けば良いんだよ的な逸話が好き
12:35 AVデビューとか盗撮クイズとかのハッカー系のゲームって認知されてたの!?
13:33 必要な周辺機器ではないGTを映しているのは悪意を感じる
PCエンジンminiは水増しが酷くてやる気を感じられなかった
PCエンジンは製造販売がNECなのに、当時「8ビット御三家」(NEC PC-88系・シャープ X1系・富士通 FM-7系)と呼ばれたNECのライバルメーカーであるシャープから、PCエンジンを「HEシステム」名義で内蔵したX1 twinが出たのに驚いた記憶があります。
ライバルメーカーのゲーム機を、内蔵しちゃったんですから。
PCエンジンはもともとハドソンが企画したゲーム機であること、当時ハドソンとシャープの関係が非常に深かったこと(当時のシャープ製PC基本ソフトにハドソン製が多かった)、「PCエンジン」という商標が使えなくてもハドソンからNEC以外へPCエンジンのゲーム機システムを供給可能だったこと、シャープも過去にファミコンテレビを出した経験があったこと、というのが背景にありますね。
PCエンジンとメガドライブは互いにこいつだけには負けられないと思ってるな
おもちゃ屋さんの広告でもゲーム欄は任天堂のファミコン+ゲームボーイが5割に対してPCエンジンは3割はスペースを確保できてた。
残りの2割はメガドライブで、シェアとソフト数に対してPCエンジンとメガドライブはグラフィックや音楽でワンランク上のゲームって感じだった。
白のPCエンジン買った当初
魔神英雄伝ワタルを同時購入して遊んでたな😅
ハドソンの全国キャラバン出場やらギャルゲーの先駆けの
ときメモイース1・2その他もろもろ
やりまくってた
今のCDを使ったゲーム機の先駆けとなった名機だと思ってる‼️
当時の小学生では25000円なんてお年玉を貯めてないと手が届かなかったし、
CDコンポですら簡単に買えなかったのに、PCエンジンのCD-ROMなんて
とてもじゃないが買えなかった。
でも当時の子供用自転車は普通に3~5万円くらいはしたけどね。
今の子供用自転車は1万円あれば買えるだろうけど そう考えると
PCエンジンがお金持ちのゲーム機という感覚は微塵もないかな。
PCエンジンって、かつて存在していたNECアベニューとかがライセンスを頂いて移植させた、セガのコンテンツも存在してましたよね。
ファンタジーゾーンとかスペースハリアーとかアウトランとか…
FXを天外3の為に購入した自分は涙目です。
そして念願の3を手にしてプレイして、さらに涙したんでしょ?
「NAMIDA」だけに。
PCエンジンユーザーって事でFX買った俺はどうなる
PCエンジンやCDロムロムのゲームって飽きないで遊べるんですよね〜!
セガのメガドライブとpcエンジンはドッコイドッコイだったです
日本に限って言うならPCエンジンの方が販売台数は上
末路って悪意を感じる言い方ですね。
PCエンジンって天下を取るほどではなかったけど、
十分に成功だと思う。
釣りだろうね
このチャンネル、ろくに掘り下げて語らないし当時のことも何も調べないで思い込みで動画作ってる感じでほんと薄っぺらい
今では当たり前のマルチタップによる三人以上同時play、据え置き機用ソフトでもヒューカードだけとはえ携帯ゲーム機で遊べる(LT、GT)、専用チューナーあればテレビがみれる(GT)など先駆けであり早すぎたとこが多い。
PC Engine CD -ROM² の登場で一気に新たな各ゲーム機器販売が到来して終焉を迎えたってって感じかな?
夢物語だけど互換機能を搭載しつつ16bitや32bitでDVD ROMやBDまでに発展進化していれば凄かっただろうw
ラストハルマゲドンがやりたくてDUOを買いましたよ、
それでも当時のパソコン買うよりは安価だったし後悔はしていないね
獲物がいたぜ!w
複数人で遊べるゲーム出したんだよな
合体機能のCDロム色々と頑張ってたし
天外魔境は当時は画期的だった
何となくレトロゲーム語りで「任天堂VSセガ」の構図が多いですが、当時の日本国内ではメガドライブよりもPCエンジンの方が普及してたんですよね。
ただ、動画でも言われていますがNEC(とハドソン)は任天堂とは共存を望んでおり、ユーザーの食い合いは避けていた様です。
対決の構図にならなかった事が(ライバル意識が強かったセガに比べ)印象が弱い原因かもしれません。
セガサターンって意外と強敵だったのですね(笑ったー)PCFXです!赤髪侍さまと同じ意見です!PCエンジンは成功してますよ。
メガドライブの立場は?
PCエンジン末期のソフト開発環境と市場(売り手、買い手)があったからこそ「ときめきメモリアル」が生まれ、ギャルゲーブームのきっかけとなった。この功績はデカいと思う。
それを継承しそこねたFXは、なぁ……
でもまあFXでも、ブルーブレイカーやファースト☆Kissあたりの佳作出してたけどさ。
ハドソンといえばファミコンのファミリーベーシックも開発してますね
PCエンジンは、CDソフトをはじめて使った機種でもありたくさんの名作もありますね例えばときメモとかリンダキューブとか。
強請っても強請っても、母親はおろか姉貴も唯一の味方と思っていた
叔父や祖母すら「こんなゲーム機長続きしない」とまるで未来見のような事言って
頑として買ってくれなかったな( ゚д゚)・・・。
ときめきメモリアルはCDロムロムにしては結構なヒットだと思う
そのときメモが充分ヒットして盛り上げたもんなぁ。それ以前にスナッチャーという下地があって成り立った気いしますが。
売れると思ってなかったコナミ
とにかく、周辺機器が多すぎた印象が強い。
FXはあれはあれで良い機種だったんだけどな
特にサードパーティもアニメ路線をしっかり理解してその手のゲームしか出なかったのは本当に特化した機種だった
真面目かw
当時はすごかった。
PCといえばPCエンジンだったし、何より。
大竹まことが司会の番組まであったし。
4:46
アーケードゲーム
1プレイ100円で出来るようなゲームを
アーケードゲームというんです
説明 必要ですか?
大竹まことがPCエンジンのテレビ番組やってなかったっけ?
テレ東「大竹まことのただいま!PCランド」
@@いっちー-e2q ありがとうございます🎵
その縁でPCエンジンGTのポスターにも起用されていました
「まことにGT。」と言うキャッチコピーで。
いかにもあの時代っぽいキャッチコピーですね🎵
メガドラ派だなぁ。世代的にはキューブらしいけど。
ゲームを始めたのWii以降でゲーム機は知ってるけど遊んだ事がないなぁ。
失敗だとピピンアットマークかバーチャルボーイかSC3000の方がイメージ強いね。
後はネオジオか
PCエンジンってなんだかんだ凄いね。同時発色数も凄いし
私の高校生時代はFCやSFCよりもCDROMですかね周りのオタク仲間はPCエンジンやってました今では普通になったムービーがあったあの襲撃は今でも忘れませんそして初代PSが出るまで現役でしたPCエンジンがあったからこの先に出てくるハードに影響を与えた物だったと私は今でも思います
スーパーグラフィックスとかコアグラフィックスいろいろ出していて迷走してる感じしかしなかった
ファミコン、スーパーファミコンしか知らない人は手を出しづらいハードだった
様々なジャンルのタイトル(特異なやつ多し)をSFCが出る前から輩出してきた素晴らしいハードでした
PCEDuoは神ハード
なぜSG1000からのセガのゲーム機を無視するかな?
メガドライブがなかった事にされてる。
みんながドラクエ3やっている頃いつかPC-エンジン-CDROM2一式とイースⅰ・Ⅱを買いそろえたいと思っていました。ちなみに自分周辺はいまだにPC-エンジン-CDROM2は神機として扱われています。
特に音楽はPS3までのゲーム機音楽よりもよく出来ていて、一部のゲームは生バンドで収録しているのでCDDAは最高でした。今でも車で聞いています。特にイースシリーズ、ラストハルマゲドン、天外魔境シリーズ、超兄貴、悪魔城ドラキュラX-知の輪舞-、ラングリッサー、姐さんなどが好きです。
PCエンジンのゲーム、ミニの発売を待たなくても一部ソフトは(PSPだっけ?)ソニーストアのダウンロードで遊べるようになってませんでしたっけ?
PCエンジンスーパーグラフィックスというソフト殆ど出なかった上位互換機の大失敗も忘れてはいけませんね。
「セガとソニーも参入」ってメガドラとかセガのそれ以前はスルーですか(涙)
PCEが競合元である任天堂のFCとSFCと上手く共存出来たのは、ハドソンが任天堂との関係が良好だったのが大きかった。
PCEは元々高スペックのハードだった事から拡張性に富んでいたから、SFCやメガドライブに負けず劣らずの性能だったうえ、世界初のCD-ROM採用というのも大きかった。
しかし、後継機のPC-FXが大失敗に終わり、3D化の流れについてこれなかった事、コア構想の失敗も重なって、最後の一押しで北海道拓殖銀行の経営破綻で破滅の道を歩んだハドソンと共に時代の追従が出来なかったのが・・・。
コア構想も良くも悪くもPCEの拡張性の高さを語るには外せない一方、周辺機器に金を掛けさせる本末転倒になってしまい、ゲーム機の進歩の歴史を考えると拡張性の限界に行き着くのは火を見るよりも明らか、PCE Duoで事実上放棄されたからな
当時、自分の周りの子供の間で「FCは目が悪くなるけどPCEは悪くならない」っていう噂が実しやかに流れていました。
水曜日のカンパネラの「桃太郎」という曲でも「ファミコン一日一時間 でもPCエンジン3時間」って歌われてるくらいですしね
衰退ではなくライバルのスーファミと共にファミコン時代とプレステサターン時代を繋ぐ橋渡し役を無事に終え成仏したイメージです。
メガドラは不老不死なのか成仏の概念がないのか未だに新作ソフトをしぶとく出し続けていますが(ミニも続編が出たくらいですし)。
やっぱりハードの価格設定が高いのが最大の敗因だと思う。
当初、NECは発表の会見でも「ソフト開発を行わない」と明言するつもりだったそうな。
社内で「それはおかしいでしょう」と手を上げた人(多部田氏)が居て、ソフト開発の部門が立ち上がりはしたんだけども、
それは社内の別働隊のような扱いで終わり、
NEC本体は相変わらずハード価格を抑えてソフトで取り返すというビジネスモデルを全く考えておらず、
ハードだけで儲けが出る価格設定を押し通した。
なのであの値段だったんですよ。
ナムコのワールドコートのRPGモードはオススメ
あの緩い感じがたまらない
加トちゃんケンちゃんごきげんテレビではカトケンソフト付きでプレゼントされてたな
団塊ジュニアです。お金持ちの同級生がフル装備で持ってました。友人宅で見たラストハルマゲドンのBGMには度肝を抜いた思い出があります。ネクロスの要塞もうねうね動く戦闘シーンだったので子供ながらにファミコンとの性能差に驚いたもんです。
CDロムロムは中学時代に買ってもらったが、持ってたのは学年全体で3人くらいだったな。イース1.2のOPの迫力に鳥肌立った事とスーパーダライアスを近所迷惑考えずにステレオコンポの大音量でドヤ顔でプレイしてた事を思い出す。
ハードの最後の方になるとギャルゲーばかりになるイメージ(笑)
あのコナミがときめきメモリアルでギャルゲーの世界を作り上げたんがデカいなぁ。
メガドライブは・・・
近所のデパートのおもちゃ売り場のデモ機としてPCエンジンが置いていたのだけど
カトケンやRタイプでファミコンしかしらないちびっ子たちの度肝を抜いたんだ