- Видео 146
- Просмотров 539 547
歴史と英雄 History & Heroes
Япония
Добавлен 21 мар 2020
歴史上の人物は何をもって永遠不滅の英雄となったのか…。
▶英雄の物語
歴史の一番好きな所は一人の英雄に対して世界中の人々がそれぞれの物語を持っている所です。悠久の時を経て、色々な方々が想像した物語が今の英雄のイメージを作り上げてきたと思うのです。
遥か昔の人物が本当に何を想ったかなんて日記でも発見されない限り永遠に誰にも分かりません。しかし、古代の史料にある1行のそっけない文が生き生きとして現代に伝わるのは、その文章を元にして物語が語られてきたからです。世界中の数ある物語を紐解いて英雄の生きた時代を動画にしていければと思っています。少しでも歴史を好きになるきっかけになって頂ければ幸いです。
当チャンネルを視聴して英雄に興味を持って頂いたら関連書籍を読む事をおすすめします。有名な歴史の出来事には諸説ある場合が多く、その中から一番心に刺さった説を選んでください。その時には貴方の英雄の物語が作られているはずです。
X(twitter): HistoryAHeroes
Voiced by CoeFont.cloud
▶英雄の物語
歴史の一番好きな所は一人の英雄に対して世界中の人々がそれぞれの物語を持っている所です。悠久の時を経て、色々な方々が想像した物語が今の英雄のイメージを作り上げてきたと思うのです。
遥か昔の人物が本当に何を想ったかなんて日記でも発見されない限り永遠に誰にも分かりません。しかし、古代の史料にある1行のそっけない文が生き生きとして現代に伝わるのは、その文章を元にして物語が語られてきたからです。世界中の数ある物語を紐解いて英雄の生きた時代を動画にしていければと思っています。少しでも歴史を好きになるきっかけになって頂ければ幸いです。
当チャンネルを視聴して英雄に興味を持って頂いたら関連書籍を読む事をおすすめします。有名な歴史の出来事には諸説ある場合が多く、その中から一番心に刺さった説を選んでください。その時には貴方の英雄の物語が作られているはずです。
X(twitter): HistoryAHeroes
Voiced by CoeFont.cloud
古代オリエント戦記『アケメネス朝ペルシアの誕生:オリエント統一』~鉄の時代~
紀元前522年、ガウマタの反乱を制圧したダレイオス一世はペルシア帝国の王に即位した。しかし、王位簒奪者の即位を否定する属州総督達は次々に新王への反旗を翻した。誰の目にもペルシア帝国が泥沼の内戦へ突入するかに映ったが、新王ダレイオスは動じなかった。
そして、ダレイオスはこの事態を想定していたかの様に帝国軍を動かし始めた…。
【古代オリエント戦記 ~ペルシア帝国の内乱~ 年表】
紀元前522年~紀元前510年頃
00:00 : ペルシア内戦
05:08 : アケメネス朝の誕生
07:33 : ダレイオスの改革とオリエント統一
12:40 : 戦いの起源
16:23 : エンディング『怪物』
【参考文献】
『歴史』ヘロドトス 松平千秋訳
『世界史』ウィリアム・H・マクニール
『戦争の世界史』ウィリアム・H・マクニール
『戦争の起源』アーサー・フェリル
『戦争の世界史大図鑑』R・G・グラント
『古代エジプト人物列伝』トビー・ウィルキンソン
『古代ギリシアの戦い』ヴィクター・デイヴィス・ハンセン
『歴史学の現在 古代オリエント』共著
『世界歴史 古代西アジアとギリシア』共著
『エネルギーをめぐる旅』古舘恒介
『帝国の崩壊』鈴木薫
『ペルシア帝国』青木建
『アケメネス朝ペルシア』阿部拓児
『古代オリエント全史』小林登志子
『古代メソポタミア全史』小林登志子
【動画内画像】
Wikimedia Commons
Pixabay
【動画内音声】
Voiced by CoeFont.cloud
汎用式概念 ろさちゃん(CoeFont)
【動画内BGM、効果音】
BGM:禊-misogi-、Tak_mfk、ゆうり、び...
そして、ダレイオスはこの事態を想定していたかの様に帝国軍を動かし始めた…。
【古代オリエント戦記 ~ペルシア帝国の内乱~ 年表】
紀元前522年~紀元前510年頃
00:00 : ペルシア内戦
05:08 : アケメネス朝の誕生
07:33 : ダレイオスの改革とオリエント統一
12:40 : 戦いの起源
16:23 : エンディング『怪物』
【参考文献】
『歴史』ヘロドトス 松平千秋訳
『世界史』ウィリアム・H・マクニール
『戦争の世界史』ウィリアム・H・マクニール
『戦争の起源』アーサー・フェリル
『戦争の世界史大図鑑』R・G・グラント
『古代エジプト人物列伝』トビー・ウィルキンソン
『古代ギリシアの戦い』ヴィクター・デイヴィス・ハンセン
『歴史学の現在 古代オリエント』共著
『世界歴史 古代西アジアとギリシア』共著
『エネルギーをめぐる旅』古舘恒介
『帝国の崩壊』鈴木薫
『ペルシア帝国』青木建
『アケメネス朝ペルシア』阿部拓児
『古代オリエント全史』小林登志子
『古代メソポタミア全史』小林登志子
【動画内画像】
Wikimedia Commons
Pixabay
【動画内音声】
Voiced by CoeFont.cloud
汎用式概念 ろさちゃん(CoeFont)
【動画内BGM、効果音】
BGM:禊-misogi-、Tak_mfk、ゆうり、び...
Просмотров: 5 234
Видео
古代オリエント戦記『ペルシア帝国の内乱:ペルシウムの戦い~ガウマタの反乱』~鉄の時代~
Просмотров 4,1 тыс.Месяц назад
紀元前530年、キュロス2世はマッサゲタイ族との戦いで非業の死を遂げた。偉大な大王を弔ったカンビュセス2世は第二代の王に即位した。 しかし、カンビュセス2世は玉座の重圧からか次第に乱心が目立つようになっていった…。それでも『狂王』はアッシリア帝国を超える世界帝国を目指すべく『エジプト遠征』へと出立する。そして、初陣となるダレイオスも王の近衛兵として準備を整えていた。 だが、カンビュセスの槍持ちはエジプト遠征よりも先にやるべき事があった。それは七人の同志との密会であった…。 【古代オリエント戦記 ~ペルシア帝国の内乱~ 年表】 紀元前530年頃~紀元前522年 00:00 : エジプトの見えない障壁 02:29 : 狂王カンビュセス 03:52 : 七人の同志 05:44 : エジプト遠征 ~ペルシウムの戦い~ 11:19 : 王弟バルディヤの反乱 13:51 : 神官ガウマタの反乱 ...
古代オリエント戦記『アラクセス河の戦い:ペルシア帝国の北方大遠征』~鉄の時代~
Просмотров 4,3 тыс.Месяц назад
紀元前535年、バビロニアを征服したキュロス2世は次なる侵攻作戦を思案していた。即ち、西へ進むか、それとも東へ進むか…。キュロス2世は既定路線と思われたエジプト遠征ではなく、遊牧民が支配するステップ平原への侵攻を決断した。大王は遊牧民の略奪遠征こそ、ペルシア帝国にとっての真の脅威とみなしていたのだ。 更にキュロス2世は東方のみならず北のアラクセス河を越え、中央アジアへの遠征を敢行した。もしも、この『北方遠征』が成功すればアッシリアを凌ぐ史上最大領域の世界帝国が誕生する…。 だが、キュロス2世の眼前にはマッサゲタイ族を率いる『荒地の女王』が立ちはだかった…。 【古代オリエント戦記 ~アラクセス河の戦い~ 年表】 紀元前535年頃~紀元前530年 00:00 : ペルシア帝国の北方遠征 02:12 : マッサゲタイ族の女王トミュリス 05:16 : アラクセス河の戦い ~前進と後退~ 0...
古代オリエント戦記『オピスの戦い:バビロニア帝国滅亡とメソポタミア史の終焉』~鉄の時代~
Просмотров 5 тыс.2 месяца назад
紀元前546年、テュンブラの戦いに勝利したキュロス2世は側近となったクロイソスと共にペルシア本国へ帰還した。そして、帝国臣民となったギリシア人の石工達を登用し、新たな本拠地である新都パサルガダエが建設された。ペルシアはまさに世界帝国へと変貌しつつあった。 内政を盤石にしたキュロス2世の次なる戦略目標は、メソポタミア最後の王朝、新バビロニア帝国であった…。 【古代オリエント戦記 ~オピスの戦い~ 年表】 紀元前546年~紀元前535年頃 00:00 : イオニア平定 02:34 : 新都パサルガダエ建設 04:11 : オピスの戦い ~バビロニア侵攻~ 07:20 : 新バビロニア滅亡と捕囚民の解放 10:01 : カンビュセスの槍持ち 13:29 : 翼の英雄 15:43 : ゾロアスターの教義 16:54 : エンディング『光明と暗黒』 【参考文献】 『歴史』ヘロドトス 松平千秋...
古代オリエント戦記『テュンブラの戦い:第二次古代世界大戦』~鉄の時代~
Просмотров 6 тыс.2 месяца назад
四国分立の時代、オリエント世界は4大強国によって支配されていた。それは、新バビロニア、エジプト、リュディア、そしてメディア王国であった…。 紀元前559年、キュロス2世はアンシャン王国、すなわち『ペルシア』の王となった。そして、ペルシアを属国として支配していたのは、メディア王国の王にしてキュロス2世の祖父アステュアゲスであった。 アステュアゲスは自分の玉座が脅かされる悪夢に苛まれ、生まれたばかりのキュロス2世を亡き者にしようとした人物であった。この出来事は生まれながらの『捨て子』として幼少期を過ごしたキュロス2世と、アステュアゲス王の間の確執を広げる要因となったかもしれない。 そして、メディア王に忠実な将軍『ハルパゴス』もまた、冷酷なアステュアゲス王によってたった一人の息子を亡き者にされていた…。 キュロス2世とハルパゴス将軍…。 メディア王の残酷な仕打ちによって人生を狂わされた二人...
古代オリエント戦記『ハリュス河の戦い:キュロス2世とペルシア帝国の胎動』~鉄の時代~
Просмотров 3,6 тыс.3 месяца назад
紀元前580年頃、新バビロニア帝国はネブカドネザル2世の安定した統治によって最盛期を迎えようとしていた。首都バビロンはバベルの塔や空中庭園の造営によって、のちにアレクサンドロス大王が目撃する壮大な都の姿へと変貌していった。 一方、北方ではメディア王国の東西への領土拡張が進んでいた。メディア王国の最盛期を築いたキャクサレスは荒野が広がる東方よりも、西方のアナトリアを目指して進軍しただろう。しかし、ハリュス河まで到達したキャクサレス王は、オリエント世界の列強に名乗りを上げたリュディア王国と激突する…。 そして、メディア王国の南東に位置する小国『アンシャン』では、歴史を大きく動かす事になる『災いの御子』が誕生しようとしていた…。 【古代オリエント戦記 ~四国分立時代~ 年表】 紀元前580年頃~紀元前560年頃 00:00 : 新バビロニア帝国の繁栄 03:21 : メディア王国の領土拡張...
古代オリエント戦記『第二次メギドの戦い:バビロン捕囚と聖書の誕生』~鉄の時代~
Просмотров 4,9 тыс.3 месяца назад
紀元前609年、エジプト第26王朝のファラオ、ネコ2世はアッシリア帝国の都ニネヴェ陥落の急報を受け取った。アッシリア帝国を敗北に追い込んだ勢力の情報は錯綜していたが、その戦力を鑑みればパレスチナへ到達する事は確実であった。アッシリア崩壊後の『新秩序』見据えるネコ2世は決断を迫られた。 即ち、アッシリアを助けるか、それとも見捨てるか…。玉座から立ち上がったファラオは臣下へ号令を下そうとしていた…。 【古代オリエント戦記 ~バビロニア捕囚~ 年表】 紀元前609年~紀元前581年 00:00 : エジプト末期王朝の復権 02:48 : 旧約聖書の誕生 06:20 : 第二次メギドの戦い~最後の戦車戦… 11:34 : カルケミシュの戦い 12:51 : バビロニア捕囚 16:00 : エンディング『幻視と既視感』 【参考文献】 『歴史』ヘロドトス 松平千秋訳 『世界史』ウィリアム・H...
古代オリエント戦記『アッシリア滅亡と遊牧の民:大略奪遠征』~鉄の時代~
Просмотров 4,9 тыс.4 месяца назад
紀元前668年、アッシリア最後の偉大な王アッシュルバニパルが王位を継承した。この時、膨張を続ける帝国はナイルデルタを取り込み最大版図を達成していた。だが、エジプトのタハルカ王はアッシリアのくびきから脱するために下エジプトへと侵攻した。アッシュルバニパルは属州となったエジプトに駐留軍を配置しておらず、アッシリア帝国は外縁部喪失の危機に陥っていた。 国力を消耗してでも大国エジプトを従わせるか、それとも帝国全体の利益のためにナイルデルタから撤退するか。 アッシュルバニパルは決断を迫られていた…。 【古代オリエント戦記 ~大掠奪遠征~ 年表】 紀元前668年~紀元前609年 00:00 : 大国エジプトを巡る攻防 03:13 : 兄弟戦争と帝国の異変 07:59 : スキタイ人の侵攻とメディア王国 11:51 : 反アッシリア連合と帝国の崩壊 15:32 : 辺境国の胎動 16:25 : エ...
古代オリエント戦記『アッシリア帝国とスパルタの戦略:メガレ・タプロスの戦い』~鉄の時代~
Просмотров 4 тыс.4 месяца назад
紀元前680年、センナケリブ王の暗殺により、皇太子エサルハドンがアッシリア王に即位した。エサルハドンは病弱な王であったが、王の政務を疎かにしなかった。しかし、内政では父王に破壊されたバビロンの政情不安が深刻な問題として浮上し、帝国外縁部では北方遊牧民の侵攻に晒されていた。だが、エサルハドンはこれら全てに立ち向かい、帝国領土を押し広げ、最大版図を達成しようとしていた。目指すは砂の大河の先、『古の大国』であった。 一方、ギリシアではメッサニアの指導者アリストメネスに敗れたスパルタ王が窮地に追い込まれていた。勝利の鍵は『戦略』にあり…スパルタ王はある国へ密書を送ろうとしていた…。 【古代オリエント戦記 ~メガレ・タプロスの戦い~ 年表】 紀元前682年~紀元前669年 00:00 : バビロニアへの優遇措置 01:54 : 北方遊牧民の侵攻 04:23 : 二人の後継者 05:35 : ナ...
古代オリエント戦記『アッシリア帝国とスパルタの隆盛:ステニュクレロスの戦い』~鉄の時代~
Просмотров 4 тыс.4 месяца назад
紀元前704年、無念の死を遂げたサルゴン2世の後を継ぎ、アッシリア王となったのは息子のセンナケリブだった。彼はサルゴン2世の都を放棄し、前王が自分の父親である事でさえも記録に残さなかった。父の悪霊を振り払ったセンナケリブは難攻不落のエルサレム攻囲戦に挑む。 一方、ギリシアではスパルタのくびきに抗うメッサニアの指導者『アリストメネス』が立ち上がろうとしていた…。 【古代オリエント戦記 ~ステニュクレロスの戦い~ 年表】 紀元前704年~紀元前681年 00:00 : エルサレム侵攻 04:24 : バビロンの破壊 06:45 : 第二次メッサニア戦争 09:53 : ステニュクレロスの戦い 18:13 : エンディング『交差する運命』 【参考文献】 『世界史』ウィリアム・H・マクニール 『戦争の世界史』ウィリアム・H・マクニール 『戦争の起源』アーサー・フェリル 『戦争の世界史...
古代オリエント戦記『アッシリア帝国 第8次遠征:サハンド山の戦い』~鉄の時代~
Просмотров 4,7 тыс.5 месяцев назад
紀元前721年、サルゴン2世はアッシリア第110代の王に即位した。王は自らアッカド王朝の創始者サルゴンの名を冠する事で、四方世界を支配下に組み入れる断固とした決意を表した。 しかし、その前途は多難であり、肉親から王位を勝ち取り、王宮を掌握し、各地の反乱を鎮圧しなければならなかったが、サルゴン2世は玉座に相応しい『英雄』の資質を兼ね備えていた。 そして、サルゴン2世率いる第8次遠征軍は未知の領域『ウラルトゥ』へと足を踏み入れてゆく…。 【古代オリエント戦記 ~サハンド山の戦い~ 年表】 紀元前721年~紀元前685年 00:00 : アッシリア包囲網 03:17 : イスラエル王国の滅亡 04:20 : フリュギアのミダス王 05:30 : 第8次遠征 08:36 : サハンド山の戦い 13:17 : 最後の遠征 16:20: エンディング『壊れた器』 【参考文献】 『世界史』ウィリ...
古代オリエント戦記『アッシリア帝国とスパルタの誕生:イトメ山の戦い』~鉄の時代~
Просмотров 6 тыс.5 месяцев назад
紀元前851年、アッシリアはカルカルの戦いで反抗する小国の合従連衡を退けたが、損害を免れなかった。勝利の代償は大きく、アッシリア王は自国に撤退した。だが、傷を癒やしたアッシリア軍は再び四方世界への大遠征を再開しようとしていた…。 一方、ギリシアでは暗黒時代を脱した諸ポリスが復活を遂げようとしていた。ドーリア人の末裔がラコニア地方に建設したポリスは『スパルタ』と呼ばれていた。彼らは大いなる憲章『大レトラ』に従い、諸ポリスの民を農奴にするべく侵攻を開始した。 ペロポネソス半島全土を巻き込む『メッサニア戦争』の始まりであった…。 【古代オリエント戦記 ~イトメ山の戦い~ 年表】 紀元前851年~紀元前724年 00:00 : 反アッシリア連合軍の崩壊 03:05 : 四方世界の征服 05:30 : アッシリア帝国の誕生 07:39 : スパルタの誕生 11:00 : メッサニア戦争『イトメ...
古代オリエント戦記『カルカルの戦い:古の世界大戦』~鉄の時代~
Просмотров 8 тыс.6 месяцев назад
紀元前883年、復活したアッシリアは『レコンキスタ』を掲げ、四方世界への進軍を開始した。アッシリア王は冷めやらぬ再征服のイデオロギーに導かれ、古代世界を呑み込もうとしていた…。 一方、シリアやカナンでは小国同士の不毛な争いが続いていた。しかし、『アッシリア侵攻』の急報が諸国を結束に導いてゆく…。 決戦の地『カルカル』の平原で、古の世界大戦が始まろうとしていた。 【古代オリエント戦記 ~カルカルの戦い~ 年表】 紀元前883年~紀元前853年 00:00 : アッシリアの狼 06:33 : 狼の後継者 07:33 : 反アッシリア連合 10:30 : カルカルの戦い 17:50 : エンディング『アッシュルのくびき』 【参考文献】 『世界史』ウィリアム・H・マクニール 『戦争の世界史』ウィリアム・H・マクニール 『戦争の起源』アーサー・フェリル 『戦争の世界史大図鑑』R・G・グ...
古代オリエント戦記『レファイム谷の戦い:第一神殿時代』~鉄の時代~
Просмотров 3 тыс.6 месяцев назад
紀元前1013年、巨人ゴリアテを討ち倒したダビデの活躍によってイスラエル王国軍はペリシテ人の連合軍を沿岸平野へと押し返した。 一方、最初の王サウルは千人長になった『万能のダビデ』に嫉妬し始めていた。民は囁く、サウルは何千人もの敵を討ったが、ダビデは何万もの敵を討った。 そして、サウル王と英雄ダビデの確執は、イスラエル王国の運命を狂わせてゆく…。 【古代オリエント戦記 ~レファイム谷の戦い~ 年表】 紀元前1013年~紀元前960年 00:00 : 最初の王と英雄の確執 02:37 : エズレル回廊平定戦 03:43 : ギルボア山の戦い ~閉じられた棺~ 07:30 : イスラエル12支族の分裂と再統合 09:59 : レファイム谷の戦い ~巨人の住処~ 12:39 : 第一神殿時代 15:29 : エンディング『帝国の誕生』 【参考文献】 『世界史』ウィリアム・H・マクニール ...
古代オリエント戦記『ミクマスの戦い:3000年前のパレスチナ問題』~鉄の時代~
Просмотров 6 тыс.7 месяцев назад
紀元前12世紀の危機を乗り越えたオリエント諸国は、外界へ侵攻する余力を失っていた。そして、古来より大国の緩衝地帯として機能していたシリアやカナンに政治的空白が生じた。その穴を埋めるようにカナンへ移住したのは海の民をはじめとするペリシテ人であった。 しかし、先住民族のカナン人は『移民』に追われて狭い海岸地域へと追い詰められていった。遂に眼の前に広がる大海へ希望を見出したカナン人は『フェニキア人』へと変貌を遂げてゆく…。 一方、カナンの『沿岸平野』を新たな定住地としたペリシテ人は、彼らより先に山岳地帯へ移住していた『イスラエル人』と接触した。 限られた土地を巡り、移民同士の終わりなき戦いが始まろうとしていた…。 【古代オリエント戦記 ~ミクマスの戦い~ 年表】 紀元前11世紀頃~紀元前1013年 00:00 : 暗黒時代 02:10 : イスラエル12支族 03:41 : フェニキア人の...
古代オリエント戦記『海の民の襲撃:デルタの戦い』~青銅器時代の崩壊~
Просмотров 10 тыс.7 месяцев назад
古代オリエント戦記『海の民の襲撃:デルタの戦い』~青銅器時代の崩壊~
古代オリエント戦記『カデシュの戦い(後編):大戦車戦』~青銅の時代~
Просмотров 5 тыс.8 месяцев назад
古代オリエント戦記『カデシュの戦い(後編):大戦車戦』~青銅の時代~
古代オリエント戦記『カデシュの戦い(前編):世界最古の謀略』~青銅の時代~
Просмотров 4,4 тыс.8 месяцев назад
古代オリエント戦記『カデシュの戦い(前編):世界最古の謀略』~青銅の時代~
古代オリエント戦記『古代世界の大転換期:異端のファラオ』~青銅の時代~
Просмотров 3,2 тыс.9 месяцев назад
古代オリエント戦記『古代世界の大転換期:異端のファラオ』~青銅の時代~
古代オリエント戦記『メギドの戦い:世界最古の大規模会戦』~青銅の時代~
Просмотров 8 тыс.9 месяцев назад
古代オリエント戦記『メギドの戦い:世界最古の大規模会戦』~青銅の時代~
古代オリエント戦記『歴代ファラオの防衛戦略:エジプト古王国~新王国』~青銅の時代~
Просмотров 4,3 тыс.10 месяцев назад
古代オリエント戦記『歴代ファラオの防衛戦略:エジプト古王国~新王国』~青銅の時代~
古代オリエント戦記『ハンムラビの征服戦争:バビロンの覇王』~青銅の時代~
Просмотров 4,3 тыс.10 месяцев назад
古代オリエント戦記『ハンムラビの征服戦争:バビロンの覇王』~青銅の時代~
古代オリエント戦記『シュメール滅亡とアッシリアの隆盛』~青銅の時代~
Просмотров 5 тыс.10 месяцев назад
古代オリエント戦記『シュメール滅亡とアッシリアの隆盛』~青銅の時代~
古代オリエント戦記『アッカド王朝の崩壊:神になった男』~青銅の時代~
Просмотров 5 тыс.11 месяцев назад
古代オリエント戦記『アッカド王朝の崩壊:神になった男』~青銅の時代~
古代オリエント戦記『アッカド王朝の創始者:真王サルゴン』~青銅の時代~
Просмотров 7 тыс.11 месяцев назад
古代オリエント戦記『アッカド王朝の創始者:真王サルゴン』~青銅の時代~
最初や最後に偉人の名言や、雑学を入れてくれるのがとてもおもしろく勉強になります。 最後の、1日の死者数がカンナエの戦いから第一次世界大戦まで記録が破られなかったとありますが、ソースはどこでしょうか?教えていただけると幸いです。
ローマ軍の損害についてはリウィウスやポリビオスが書いた伝承を元にしています。ただ、古代の史料については大部分がそうですが、誇張が含まれている可能性があります。長期作戦の総計ではカンナエを上回る後代の戦いもあります。古代史の殆どのエピソードは基本的に『〜と思われる』が付きますので、トリビアの一説として捉えて頂ければ幸いです。
@ ChatGPTに一日での死者数の多い戦いのランキングを聞いた結果、以下のようになりました。 1位: ソンムの戦い(第一次世界大戦) 日付: 1916年7月1日 死者数: 約57,000人(イギリス軍のみの死傷者数、推定20,000人が戦死) 概要: 第一次世界大戦で最も血みどろの戦いの一つ。特に初日におけるイギリス軍の犠牲者が記録的でした。 2位: カンナエの戦い(第二次ポエニ戦争) 日付: 紀元前216年8月2日 死者数: 約50,000~70,000人(推定) 概要: ハンニバル率いるカルタゴ軍が、ローマ軍に対して包囲殲滅戦術を成功させ、大敗を喫しました。 3位: スターリングラードの戦い(第二次世界大戦) 日付: 1942年11月19日(反攻初日) 死者数: 約40,000~50,000人(推定) 概要: ソビエト赤軍がドイツ軍を包囲する作戦「ウラヌス作戦」の初日で、特にドイツ軍とその同盟軍に甚大な被害を与えました。 4位: ワーテルローの戦い(ナポレオン戦争) 日付: 1815年6月18日 死者数: 約50,000人(推定) 概要: ナポレオンが敗北を喫した決定的な戦い。短期間で多くの死傷者が出ました。 このランキングは信用に足るものでしょうか? 1日での死者数というものに区切った統計の場合、近代化した現代の戦争と比較しても、古代と大差ないことに驚愕しております。 また、歴史家達の一次資料はWiki等から引用していますか?
おそらくそのような形になると思います。古代と近代を比較すること事態がナンセンスという話もあるかもしれませんが、ナポレオンはワーテルローで大砲を用いましたが、アレクサンドロス大王の弩砲は射程距離でも破壊力でもほぼ匹敵する威力を持っていました。ワーテルローの戦いの規模はアレクサンドロス大王のインド遠征よりもスケールの小さい戦闘でしたが、これは近代に近づくにつれて外交戦術が発達した証拠かもしれませんね。ただ、近代兵器の登場と比例して戦闘における損害が古代の規模に戻ってゆくのが皮肉に感じます。一次史料は岩波文庫などから日本語翻訳の書籍が出ていますので、そちらを参照しています。
全然関係ないけどクリスマス何してるか気になります笑
チキンとケーキを食べて典型的なクリスマスしてます笑
都市名とか世界史で昔習ったからなんとなく聞き覚えあるけど、こんな町みたいなイメージできないからごちゃごちゃになる
古代の都市はあまり馴染がないので、覚えるのは難しいですよね。
素晴らしい超大作でしたー!
ありがとうございます!そう言われると真面目に嬉しいです!
『アケメネス朝』って、そんな興味深い誕生秘話があったんですね!すごい!
ペルシアの内乱は少しローマ内戦に似ている様な気がして碑文だけでなく、ヘロドトスが物語として残してくれれば良かったのにと思います笑
10:01 15:39
不死隊とか言う常に1万を切らないように補充され続けた精鋭ロマン有りすぎでしょ 古代ペルシアはもっと注目されて良いくらいロマンある というか日本人は西欧東アジアの歴史ばかりで中東アフリカに全然目を向けん
職業軍人としての技術が落ちないように常に常備軍を補充するのは有用ですね。注目されない地域の歴史も掘り起こしてみると面白いです。
大いなるバビロニア帝国を陥落させたのがキュロス大王だから、アレクサンドロス大王より影響力が大きい📦
最初に大帝国を築いたキュロス2世の功績は大きいですね。
我らホモ・サピエンスも、かつて数多存在した兄弟種の有用な遺伝子だけを受け継ぎ、彼らを絶滅させた。そして、世界中の大型動物達を狩り尽くした。我ら人類の繁栄は、兄弟殺しという罪深い所業から始まっていますからね。 とても面白い動画でした。
カインとアベルの物語もそうですね。そういった物語が教訓として残っているのは何らかの意味があるような気がしました。
お疲れさまでした。 …未だにロスを引きずってます。 ローマの。
ありがとうございます。古代ローマの壮大さと力強さ、私も忘れられません…。
遂にアケメネスに入り、次はギリシア。それからパルティア・ササン朝ペルシアに至るのか。
そろそろエーゲ海方面にも足を伸ばしたいですね。
反乱起こした人ってどんな拷問受けたんでしょう。
アッシリア帝国が恐怖で服従させる時に使った手法に似ています。
次々と様変わりする時代だな。
徐々にギリシア側の史料が多くなってきたので解像度が上がり、歴史の変化が激しく感じますね。年代の進みも遅くなって100年進めるのも大変になってきました笑
完結お疲れ様でした、この動画シリーズのおかげで古代オリエントが好きになりました。 そういえばフロイトは著書で、モーセに十戒を授けたあの嫉妬の神はアテンが原型だと主張していたようですがまさかね…
フロイトの主張は興味深いですよね。アテン大讃歌にも刻まれている『計画』に失敗した嫉妬深い神はエジプトから脱出して再び東へ向かうのであった…。
ダレイオスは極めて優秀な統治者であった。 世界史上ダレイオスと比肩できるのはモンゴル帝国のフビライくらいかもしれない。 帝国の創業者ではなく簒奪者であったこと、 当時知られている「世界」を丸ごと組織化しようとしたこと、 経済を重んじたこと、 など共通点は多い。 ヘロドトスの書の中にも、ペルシア人たちがダレイオスにつけたあだ名が、 「商人(あきんど)」 だったことが記されている。 事務能力が高く、行財政能力に極めて秀でたダレイオスは、 あまり王様っぽく見えなかったのかもしれません。
個人的にはアレクサンドロスよりも万能のダレイオスが残した偉業の方が大きいように感じます。ヘロドトスの商人という評価は、今となっては褒め言葉にも聞こえますね笑
体調が戻ったようでよかったです。 オープニングとエンディングがいつも謎めいていて、想像力を搔き立てられます。 なんで、キュロス・ダレイオスが共にアケメネス朝とくくられるのか わからなかったのですが、今回のストーリーで理解が深まりました!
ご心配をおかけしましたが回復しました。ダレイオスはとても狡猾な手段でキュロスが築いたテイスペス朝を引き継いだと思います。
最後の最後でダレイオス1世の成り上がりの物語です。そして、先代といえるキュロス2世との比較と夢、心境が語られています。さらに、ペルシア(イランの先祖)とギリシアとの邂逅寸前に至ってから、ギルガメッシュの物語と感情、数多くの神々と一神教のもとが語られています。 一つの時代を作り上げるまでの長い長い時代を動画になされました。 歴史好きだからこそ、再び学ぶことができています。 ありがとうございます。
こちらこそ動画を観て頂きありがとうございます。古代オリエントの歴史について再び学ぶきっかけになれたなら幸いです。
滅茶苦茶古き、もう古代より古代的な時代から、よくぞここまで😂、この時代でもまだまだ古代史だと思いますが、サイコー😃⤴️⤴️ですね。🎉
紀元前500年から見たサルゴンの時代は、現代から見たローマ帝国くらい年代の開きがありますので、古代の中の古代と言えるかもしれませんね。長いシリーズになりましたが最後まで観て頂けて嬉しいです!
なぜペルシア人たちは王朝交代に協力したんですかね。 反乱勢力はどれもペルシア人に征服された異民族っぽいですね。
ペルシア州のアンシャン付近で反乱を起こしたヴァフヤズダータは王権を主張していますのでペルシア人の有力貴族だったと思われます。ダレイオスは各州の反乱と、ペルシア人同士の内乱を同時進行で制したのだと思います。
いやああああああおもろかったああああああああぁぁぁ共テ古代史点取れるようになりました感謝😢😢
勉強に貢献出来ましたか!?素直に嬉しいです…。
つつつついに、ギリシャとの邂逅ですな!
ギリシアとの戦いが始まる所まで作れると思ってなかったので感慨深いです。
ダレイオスは簒奪者なんですね 世界史では習わなかった
現状ではダレイオスを王位簒奪者とする説がかなり有力となっています。ただ、「アケメネス」と刻まれたダレイオス以前の碑文が発見されれば簒奪者説は覆されるかもしれません。
@@History_and_Heroes ありがとうございます 勉強になりました
古代オリエントの英雄達、今までありがとう…。
ペルシアが殊更、正義を主張したのは正当性の無さ故、民衆を味方にする必要があったんでしょうね。 鎌倉時代の北条がそうだった様に。
ありがとうございます!
ありがとうございます!
ありがとうございます!
ありがとうございます!
ありがとうございます!
ご支援頂きありがとうございます!