【岡崎城】青海堀を探索しよう
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- Опубликовано: 8 фев 2025
- moka studio2020です。この動画は現在岡崎城で開催されている、青海堀を探索しようを紹介した動画です。岡崎城で普段はいることのできない青海堀の堀底に入ることが出来るイベント、「清海堀を探索しよう」が開催されていましたので、今日行ってきました。
青海堀は、岡崎城本丸の北側にある空堀で、本丸側はやや緩斜面の土手に、二の丸側は急傾斜の石垣になっています。現在でも堀底から地表面まで8mありますが、発掘調査によって、1.5メートル土砂が堆積しており、本来は9.5メートルの深さがあったことがわかっています。
青海堀の名前は、西郷青海入道頼嗣が作ったという言い伝えが由来になっていますが、定かではありません。現在の石垣は、家康が関東に移封された後に城主となった田中吉政によって築かれたと考えられています。
青海堀の中に入るイベントは、11月中の土日に開催されていますので、機会があれば是非立ち寄ってみてはいかがでしょうか。ちなみに11月16日土曜日には、午後1時15分から岡崎市社会教育課の職員による解説がありますので、是非お立ち寄りください。
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#岡崎城 #戦国時代 #徳川家康
戦国時代の京都の制作がまだしばらくかかり、ちょうど今岡崎城で普段はいることのできない青海堀の堀底に入ることが出来るイベント、「清海堀を探索しよう」が開催されていましたので、今日行ってきました。それをご覧いただこうと思います。
本丸側も調査によって、埋まっている部分には腰巻石垣があったことがわかっています。本丸西面に腰巻石垣が残っていますが、このような感じだったのではないでしょうか。
青海堀の名前は、西郷青海入道頼嗣が作ったという言い伝えが由来になっていますが、定かではありません。青海堀は西郷頼嗣ないし清康が原型となる堀を築いた可能性はありますが、小牧長久手の戦いの際に、家康が作ったのではないかとの説もあるようです。現在の石垣は、家康が関東に移封された後に城主となった田中吉政によって築かれたと考えられています。しかし、現在残っている北面の石垣は、西側は野面積であるのに対して、東側は矢穴のある割り石を使っているため、吉政の時期に築かれた石垣は西側の部分で、東側は江戸時代以降に積み直されていると考えられています。また、北面の石垣と直交する南面の石垣は、東面の石垣よりも奥に入り込んでいることから、北面東側・東面の石垣より古いと考えられています。このため北面西側石垣が最も古く、次いで南面石垣、北面東側・東面石垣の順に構築されたと考えられています。こうした石垣の違いを現地で間近に見るのも面白いと思います。
青海堀の中に入るイベントは、11月中の土日に開催されていますので、機会があれば是非立ち寄ってみてはいかがでしょうか。ちなみに11月16日土曜日には、午後1時15分から岡崎市社会教育課の職員による解説がありますので、是非お立ち寄りください。
空堀に高石垣、というのはまた壮観ですね。
動画のアップ有難うございます。
こちらこそいつもご視聴ありがとうございます! 楽しんでいただけると嬉しいです。
岡崎城は場所によっていろんな石垣があって楽しいですよね。
清海堀は現物を見るとサイズに驚かされますね!
いつもご視聴ありがとうございます。清海堀は、実際に見るとその規模の大きさに圧倒されますよね。
素晴らしい遺構ですね。
石と土こそ戦いがあった時代の
城本来の姿。
本当にそうですね。中に入って見ることは普段できないので、いい経験になりました。
名前の由来的に江戸城でいう
道灌堀みたいなものでしょうか?
コメントありがとうございます。そんな感じだったのかもしれませんね。