Размер видео: 1280 X 720853 X 480640 X 360
Показать панель управления
Автовоспроизведение
Автоповтор
すごい説得力。右利きとか左利きとかまでわかるのはやっぱ作る人だからなんだろうなあー!学者の方にぜひ見てもらいたい!
実際に作られた実感からくる自然で率直なご意見。説得力があり素晴らしいです。
実際に作ってみたその道のプロの方の意見は中々聞けないので大変興味深く聞かせて頂きました。特に製作者が右利きであるというのは説得力があり多分そうだと感じます。貴重な動画を有難うございました。
コメントありがとうございます!焼き物を生業にしておきながら原点とも言える縄文に触れてみてすごく楽しかったです^^
説得力がりますね。利き手からの件は作り手ならではの推論で秀逸。
コメントありがとうございます!模造するにあたり細かく観察すると気が付くことも多かったです^^あくまで個人的な感覚的な予想ですが作り手としてはふにおちました!
大変な作業…楽しむ部分もあったかと思われます。造形の素晴らしさと不思議さと尽きる事がありませんな。縄文の頃に憧れや親しみが湧きますね…ありがとう。
コメントありがとうございます!陶芸を生業にしておきながら 原点ともいえる縄文に触れていなかったのですが 職業柄 物ではなく作者にフォーカスして感じて考える事になったのですがとてもいい体験でした^^
子供の頃から遮光器くんを見る度、太古の…縄文の…なんだこりゃ 人智を超えたよな…芸術の域を遥かに飛び越えて畏れ多い…はは~ッとひれ伏してしまうよな…死後尋ねて行けるものなら訪れてみたいです(笑)
なるほど。地元出身の者ですが「どうやって作られたか」の話はとても興味深かったです。ありがとうございます。
いやぁ~、遮光器土偶の作者の気持ちがわかる…お話を聞いていて鳥肌がたちました。何かを創造、製作するというクラフトマン魂は時代が移っても、共通するものがあるのでしょうね。いやぁ~、よいお話をありがとうございます。
考古学が大好きで学生時代は大学で学ぶと同時に発掘現場も経験しています。考古学者は実際に発掘現場にも携わっておりますが、出土した遺物を自分が復元作業に関わったとしても、あらたにレプリカを制作することはまずありません!ですので、実際に現代の技術で制作再現されている方のご意見はある意味基調だと思います!以前「銅鐸」を現在制作再現して見て様々な事実が判って来たと言う事も有り、考古学者さんとのコラボ動画を是非とも期待したいですね!正直「机上の空論」ほど下らぬ物は無いと思っていますので!
すばらしい説明でした。大変興味深いです。ありがとうございます。
コメントありがとうございます!こちらこそ 楽しんでいただけたようでうれしいです^^
一番納得がいきます! 手で作り出したのですから、手で壊したとする形なら、再現できるでしょうと・・・・。 作る人しかわからないことがあります。 染色をやっているんですが、先生が、どうしても、この染め方(辻が花)では、ここに、この色を入れることは手順としてはできないといわれてました。 ここまでは、写真の話、展覧会などでも、少し離れるとわからないことですが、つてがあって、手に取ってみるチャンスがあったそうです。 なんと、その部分だけ別色パッチワークされていたそうです。 考えてみれば、簡単なことなのですが、どうしても、白地に、絞ったり、カバー(昔なら竹の皮とか)したり、差したり(後から色を塗る?)して、出来上がる色目と形ではないと、ず~っと昔の技法でどうやって?と、考えていたそうです。 当時から、いや、今でも、パッチワーク的手法での、そのように染めたようにみせるのは多分、専門家にとっては邪道?なのだろうと思います。 なので、試行錯誤して、「完全」にやるにはと、縛りをかけて考えた。 でも、昔の人は、もっと柔軟に考えて、「目立たないようにできるなら、あて布して、周囲は絞りであらかじめごまかしておいて・・・」とかだったのでしょう。 私も、趣味で和裁をやりますので、100枚から着物をほどいて、いろいろ趣味してますと、いろんな縫い方してます。 なるほどと、思う。 プロの手抜きの技も面白いです。 どんなに頑張っても、「完全体」は、なかなかできない説は正しいです。 いまでも、日本の産業に通じる「匠」の心はこれが神髄。 そして、呪術的なことでの破壊なら、丑三つ参りの人形を見ればわかります。 呪術の基本は「人」とわかれば良くて、その魂?は、魂魄というような分離した魂のほうで、だからこそ、完成しての形が得られなかったものも、「埋葬」に近い形で「始末」したんでしょう。 今なら、ドラマなどでは、制作者が、気に入らないと粉砕するように、壊す場面が多々ありますけど。
コメントありがとうございます!おっしゃる通り 実際に作業してみて初めて気が付くことも多かったです!ちなみにですが 我が家で失敗した焼き物を壊して粉砕する何てこと一度もしたことがありませんwww自分で使うか 親しい人に譲ったりしてますw
かなり以前の動画なのに最近のコメントが多いのに驚きました。といいながら、私も書いてしまいましたが。。。趣味で陶芸をやっていた頃にネットの画像を参考にしながら遮光器土偶風なものを作ったことがあります。プロではないのでめちゃめちゃ大変でした。わざわざ壊すためにこんな細かなことをする必要があるのかは私も疑問です。そして人間のかわりに悪い部分を壊すという事を考えるなら、もうすこし人の形を模したシンプルなもので十分なような気がします。
コメントありがとうございます!プロでもメチャメチャ大変ですwww
面白かった。どんな偉い学者さんも「説」の域を越えられないところが考古学の面白さだと思います。説得力ありました。
コメントありがとうございます!実際、模造してみて実体験してみて違和感を覚えることも多く 動画にしました!ご視聴ありがとうございました!
現代の陶芸家から見た、縄文時代の制作者への共感や理解が素晴らしいと思いました。考古学者には気づけない実作者の見解を、もっともっと発信していただきたいと思いました。
技術者による視点って大事ですね。
面白い!!どうか継続を頑張ってください!!
ありがとうございます!
中空の土偶の焼成はすごく難しいと思います。よって言われているように焼成後に壊したんじゃなく、焼成時壊れたけどっていうのも納得できます。ところで、概要欄のurlのリンクが繋がっていないようです。
コメントありがとうございます!ホームページは全く活用できたなかったので閉めてしまいました^^;あとで削除しておきます^^;
なるほどなぁ。出土した場所の周囲の環境とかにもよるかもしれないですけど、めちゃくちゃ説得力ありますね!
コメントありがとうございます!製作も楽しかったですし 考察するのも楽しかったです^^
作り手にしか気付かない貴重な考察
動画配信ありがとう。賛同します。この土偶に美を感じます。私も壊す為に作ったと考え難いです。
コメントありがとうございます!世の中には、愛するがゆえに恋人を傷つけてしまう人もいますこの作者がそうでないことを祈ります^^;
正確に再現しようと思って作ってみないとわからない事はありますね、作り手のクセとかこだわりが伝わるのわかる気がします
コメントありがとうございます!中々の貴重な体験でした^^
動画ありがとうございます。野焼きの際に不可抗力で壊れてしまったわけですね。考古学者の岡村道雄氏も、(一部の例外を除いて)土偶には打撃痕が無いので意図的な破壊は考えられず、むしろアスファルトで修復した痕跡さえあるので、祭壇から落ちるなどして壊れたものを大切に補修しながら祈り続けていたのではないか、と書いていました。本人像(自分をモチーフ)であるという視点は大変興味深いです。とすると、個人的な興味は「なぜ自分を模した人形を作る必要があったのか」ですが、謎は深まるばかりです。
コメントありがとうございます! 修復の痕跡がある土偶も出土していたのですね!勉強になります。正直、人型にするために自分をモチーフにしたのか それとも 自分をモチーフにする事が目的だったのかは謎ですねぇ 前者の場合だったと考えると 作業中、周りに他の縄文人はおらず孤独に作業に没頭していたのでしょうか 現代ではモデルさんを雇って製作する事がほとんどで 自分を模した彫刻はあまり聞きません。 後者だった場合 自身に特別な価値がある事を自覚していたのか・・・ 謎は深まるばかりです。(笑)
「壊れやすいように作った」という話にずっと違和感を持ってましたクラフトさんの解説を聞いてようやく腑に落ちましたそもそも考古学ははっきりした事が分からないとき「宗教的な意味がある」という事にしてて結構適当なんですよね
友人の益子H氏も、山形県舟形のビーナスを発見した翌年に再現製作を同様に行いました。中が中空で肉厚が薄いので粘土成型がすごく難しい、粘土が均一でないと乾燥時に割れてしまう、焼成温度にむらがあると割れてしまう。などの問題がありました。野焼きとはいえ、学者が再現するような拙い野焼きでは焼けないことがわかりました。縄文時代も長い人間の歴史の中では最近の出来事です。縄文を拙いような発想で考えるのは科学的ではないと思います。
コメントありがとうございます!おっしゃる通り 縄文人かなり高い技術です家の工房では 完成率を上げるため 鋳込みでベースを成型しました手び練りのみでこの完成度は現代で考えても難易度高いとおもいますね!
作る側からしか分かり得ないことがあるのですね…!
素晴らしい洞察力。次は火焔型土器をお願いします。主に火焔または水滴が跳ねた跡の説がありますがほかにもありそうなので。
粘土から焼成までの行程を実際に試されての見解、大変説得力があって納得がいきました。呪術的な「身代わり人形」として、現代でも神社に奉納する人型の紙片がありますが、簡単な型抜きのペラっとした白い紙片で済ませていますね。三度息を吹きかけて…といった指示でその紙片に自分の霊的なものを乗り移らせて形代として呪術(医療や祈願)を受けさせるわけです。ごく簡易で安直なな方法で形代の役目は十分に果たせ(ることになって)います。古来からの呪術のような領域では、その有りようにはあまり大きな変化は無いように思います。部分的に欠くことを目的としたものなら、もっと単調な木片や粘土棒に目鼻で十分だったと思えます。入念な作りには、据え置きで飾るか、埋葬するにしても(たとえ破損が生じたとしても)熱心な心込めた完成品を目指したものでしょう。
コメントありがとうございます!確かに現代で呪術的に使われるものはかなり簡略化されてますね藁人形とか なんでしたっけ茄子とかキュウリに棒さすやつとかそう考えると仏像なんかは、かなり手間暇かけて装飾してますね 神と崇拝した仏像を破壊したら逆に健康な体を持ってかれそうですw
現場百篇。実際に同じ状況でやってみて気が付くことの方が現実的で説得力ありますね。歴史上、定説がひっくりかえることは常のようです。学識深い専門家の意見は尊重してもそれだけに留まらず、さらにあらゆる面から考察していく姿勢って大事だと思います。ビデオありがとうございました。
ご視聴&コメントありがとうございます!私達は、作り手であるが故 目に留まらないことももちろんあると思います。しかし、作り手であるが故 これらの土偶は 「歴史的出土品」ではなく 「誰かの作品」としてとらえこれら土偶の作者にフォーカスして この作者の意図や環境を感じることで 彼らに歩み寄れた感覚になります。それが 科学的根拠を否定してしまうこともあるので なかなか難しい所ではありますが それが楽しさでもあるのかなと考えております^^
とても納得しました!素晴らしいことです!
これは学者さんがなかなか発想しにくい技術的な視点で面白いですね
有り難うございます。製作するに当たり資料を集めているときに 考古学的観点の物しか見つけられなかったので 別視点の見方も知ってほしかったので動画に致しました。
実際に作っている人の意見には説得力があります。昔、木の実の入った縄文のツボを太鼓だと言ったドラマーの土取さんに匹敵する大発見だと思う。学者さんは、こういう実際のプレイヤーたちの話をもっと聞くべき。
コメントありがとうございます!様々な道具を制作していたようですが土偶も道具を逸脱していますので楽器を制作していても全く不思議ではありませんね^^
多くの人が書き込みをしている事が興味深いです、とても参考になりました。真実は製作者本人しかわからないので現代人は想像でしか語る事ができません、歴史はロマンです、想像をめぐらすところに楽しさあり。色々参考になりました。ありがとうございました。
クラフトマンさん、お説ごもっとも‼️壊す前提でこんなに手の込んだ物は作りません‼️しかし縄文の人達の創造性、芸術性の高さには舌を巻きます‼️
非常に面白い観点でした。共感できる点も多いし、貴重な意見だと思います。
ありがとうございます!同じ焼き物に携わる人間として考察してみました 楽しんでいただけたなら幸いです^^
職人からのご意見は凄い貴重で見れて良かったです。他の動画で「ハイヌウェレ型神話になぞらえて豊穣を願いバラバラにして埋めた」とありましたが、成型の段階ですでに完成していて、焼成で割れて「死」を与えて埋めたという解釈も出来ますね。たしかに成型したての物は水分を含み、産まれたてというか生きてる感じがします。
コメント ありがとうございます!勉強不足でハイヌウェレ型神話を存じあげませんが成型から乾燥の段階でも壊れる可能性高いですし 焼成時にもかなりの確率で壊れますそれを どう解釈するかわ あなたしだいですねwありがとうございました!
焼成の段階で割れたものを、「死」を与えて埋めた…埋葬した、という解釈は頷けます。
内部は中空だったのですね。粘土の塊かと思ってました。かなりの技術になりますよね
コメントありがとうございます!現在でも陶人形などを作る際は中を空洞にして制作します粘土を乾燥させる際に表面と内部の湿度の差が割れの原因になるためなるべく差ができにくいよう中は空洞にしたほうが 完成率がぐっと上がるわけです当時これを経験だけで理解して製作したとなると相当数の失敗と改善を繰り返したと予想されます考えただけで気が遠くなりますwそれを壊す? いやいやいやwwwっと思ってしまいます^^
中空なのは焼成の段階での熱膨張を逃すためだと思いますが…いかがでしょうか?
@@小沢真奈-d8u 当時の野焼きで精々600~800度程度 300度ぐらいで膨張率がマックスになるらしいです 割れや破壊の原因は乾燥時のひび 膨張からの収縮残留水分の水蒸気爆発など様々ですそれら複合的要因を回避するための 「中空」が正解に近いのかなっと思っています上の分だと水分の不均等だけが原因っぽく見えますね^^; すません
現代と変わらず工房では商売として色々な分野(置物・子供の遊具・食品料理保存器具・漁具関連・その他諸々)の必需品を作成していたのでしょう
コメントありがとうございます!商っていたのかは分かりませんが 個人的に専門職であった可能性は高いと感じます となると道具を作って食と交換してた可能性も高そうですね^^
さすが、作り手としての意見はありがた思います。思います。
焼き物を生業にしていながら 触れてこなかったのでとてもいい機会でした^^
時々土器と見つめ合うところが可愛くて、作り手の愛情を感じました。動画を見てたら遮光器土器のぬいぐるみが欲しくなってくるほど愛くるしく見えてきました。ふと思ったのですが、この土器を制作した縄文人のお方は、女性なのか男性なのか? 平均寿命20代後半らしかったし、栄養が良ければ長寿の方もいたでしょうけれど。熟練しているから年齢も行ってるか、もしくは子供のころから好きで作り続け若くして才能溢れたのか、呪術なら土器用の専門職人が決められていたのか、はたまた呪術関係ないなら、すっごい自信作で後生大事に部屋(竪穴式住宅)に飾って来たのを一緒に墓に持って行ったのか…。色々考えちゃいます。
コメントありがとうございます!色々想像力を掻き立てられますよね!!遮光器土偶に関しては女性なのでないかと予想してます。自分の体を模しているような構造の部分があるという曖昧な根拠ですが・・・。また、かなりの情熱がないとこの制度でこのクオリティで制作するandできるようになれないと感じました人に選ばれてそのような情熱を持てるのか? とすると自ら望んでなってるのではないか?っと感じています想像が尽きませんなー^^
私も縄文土器を作成していますが、念を込めて作ったものを壊して身代わりにしないといけない程、病気や出産のリスクが大きかった時代だったのでは無いかとも思えます。つなぎ目に関してですが、必ずしもその作り方で作られたとは限らないと思います。粘土の性質を熟知していれば傷つけたパーツ同士の接着面をドベ(ゲル状の粘土)でくっつける技法であればそこまで失敗率は落ちないかと思います。一万年間もの時間があったのであれば技術力が足りない故に壊れてしまったとも考えにくいです。土偶の裏側を見ればドベでくっつけたかどうかも分かるはずであり、考古学者がそこを見落とすとも思えないのですがどうでしょうか。どなたかつなぎ目の裏の部分を見た方がいれば教えて欲しいです。そこに制作者側から見た答えに近いものがあるかと思います。
大変ユニークな指摘で考古学界で取り上げて頂きたい! 当時の粘土精製技術及び野焼きの技能で製造すると完成度は十分の一程度であったであろうとの事。大半は何処か欠損が出来た。欠損の無いもの物の方が圧倒的に少ない。わざわざ壊して埋めたとは考え難い。
發掘調査をしていた人間です土偶を壊しやすいやうに作ったという説は讀んだことありますが、私にとっても違和感のある説です土偶は簡單に壊れやすいですから土偶と同じく祭祀具とされる石棒も破壊された状態で發掘されるのことが多いです土偶と違い石は破壊しずらいですから燒いて割っています燒けて割れているのが、破壊した證拠です石を削って、磨いて、多大な勞力をかけて作った石棒も破壊する大事な目的があったはずですもし土偶が燒成時に割れてしまった場合、アスファルトで接着できたはずですが接着された土偶はあまり見つかっていません (壊れやすい注口土器はアスファルトで接着されたものが多いです)彌生時代では銅鐸を破壊して埋めた例も多く見つかっており古墳時代でも副葬した刀が破壊されていたり、土器壼の底に穴をあけたり、土器皿を粉々に砕いていることがあります中世では骨壺の底に穴をあけたり、口を欠いたりしています出土する土偶のほとんどが接合復元できない程の破片で出土する事實は、土偶も破壊したと考えるのが自然です
コメントありがとうございます!!現場で調査していた方からのご意見とても興味深いです!「祭祀具とされる石棒も破壊された状態で發掘されるのことが多い」なるほどなるほど以前頂いたコメントで 神道に携わる方から 現代でも神器は作り替えらるとき 古い物は破壊するというお話を聞かせていただいたことがあります。神の力が宿るものが世に溢れないように破壊することで 「守る」 とうい考え方は納得ができるお話しでした!もし土偶が祭祀具として取り扱われていたのであれば 故意に破壊された可能性も非常に高いとおもいます。縄文当時アスファルトで修復する技術があったとは驚きました!(勉強具足ですみません^^;)現在も 割れた焼き物を修復する技術はのこっておりますが多くの場合 製作時ではなく 使用時に破損してしまった物を修復します。非常に曖昧な言い方になってしましますが 「気に入って使っていたものが壊れてしまった」「良い作品が壊れてしまった」だから 修繕修復して使いたいという気持ちが乗っかって初めて 修復するのだと思います。修復された形跡が無いから 破壊したとう点については 合点がいきませんね^^;話がそれてしまいましたが 土偶が 縄文の世界で 「何だったのか」これは非常に気になります!祭祀具だったとしたら 壊された可能性は高いと思いますし個人の作品だったとしたら 故意に破壊するとは考えにくい現場にでて調査されてたという事ですので 私なんかよりより縄文を身近に感じれるでしょうからワクワクしますね!! 実際調査したからこそ感じ取れることも多いでしょう!貴重なお話し ありがとうございました^^
素晴らしい 素晴らしい 素晴らしい 素晴らしい 素晴らしい
荒和さん 有り難う 有り難う 有り難う 有り難う 有り難うございますm(_ _)m
遮光器土偶について、飯塚の産婦人科の先生のTubeで見たことがあります。先生によると、これは妊娠中毒で亡くなった妊婦を弔う像だったかもとのこと。供養としてカチ割って、破片を屋敷の角にまく。妊娠中毒は寒さが原因の血管障害で、目や手足などがパンパンに大きく腫れる。今では年に1例位で、自分も2回見たことがある。寒さが原因なので東北地方に多いはず。平均年齢が25歳位だったので世継は重要だった。腹の皮を割けば子供が取出せる、狩猟の経験からも未熟児でも育つ可能性を知っていた。昭和の初期ごろまで、この風習が残っていた。 彼らにとっては、土偶は一枚しかない写真だったと思います。 以上、うろ覚えですが。
はじめまして。自分と同じ考えの人が凄く嬉しくてコメントさせていただきました。古には現代人にも及びもつかない寄生虫や風土病等が沢山あったと思います。妊娠中毒症もしかり多産多死の縄文時代お腹の子供と亡くなった妻を合体させて土偶を造っていたと感じます。老いた猟犬を最後まで面倒見てお花手向ける心優しい縄文人家族亡くし辛い気持ちを土偶に想いを寄せたのかもしれませんね。
クラフトマン目線の仮説、こう言うのを待っていました。 工芸品の特殊性を考えると考古学の方が美術家の着眼点に立てないのは仕方ない事だと思いますが、工芸の専門家の方がこの様な発言をどんどんしていただくことで考古学の世界にも良い影響があるのではないでしょうか。自分もちょっと美術をかじっていたので、土偶に限らず古墳時代の埴輪など、今の考古学的解釈は腑に落ちないことが多いです。
takeshiさんコメント有り難うございます! 私の見た考古学の仮説の1部が 定説として言い切ってしまってそれを事実として認識されている方がいらっしゃったのを見て 様々な角度からの解釈があってはいいと思いますが意見としてではなく事実として言い切ってしまうのは思考を止めてしまうので ちょっともの申したい!と思ったのもこの動画を作るきっかけでもありました( *´艸`)様々な観点からの意見が聞けて楽しいです♪
面白いです!欠損の理由は可能性ありそうですね。専門学者と議論して欲しい。学者でも変な人は多いから理論的な思考ができる人限定で。
土偶の作成意図はわからなくても、一つ確かなことは、人間って創造することに喜びを覚える生物なんだということ
近年分かってきた縄文人の暮らし。ひとつは現代人より時間に余裕がある暮らし。植物食が豊富で水田のように、手間暇時間を取られず、栗林など管理すること、そして温暖な気候などで土からの恵みが多かった。米作普及後のように持つもの、持たざるものに格差が生まれづらいので争う必要性が出ない。女性を大事にしていた母系文化。権威主義より皆で楽しもう文化。装飾品で飾りオシャレ。恵みをもたらす「土」とその土から生まれでて育つ植物に不思議な力を感じ、信仰の対象になっていてもおかしくない。人間の造形に似た大根など根菜類がネットでは時話題になる。その手足部分が土偶の紡錘形とまったく同じ。当時でも土を掘ってとった根菜をみて、人とそっくりだ、と驚いた縄文人は多数いたはず。それをみて「土の中の精霊だ」とそのまま祀っていた縄文人もいたはず。その内、縄文人の中では「土の中に精霊がいる」が常識のように語られるようになる。朽ちてしまう植物ではずっと祀れない。それで自分たちで信仰対象として土(精霊の本体)から作れば良いと考えてもおかしくない。土でつくる土偶はまさに土の中の精霊を具現化したもの。その形は根菜類、土の中にある植物の根の状態に近づけた。不思議な土偶の形状は、土(根菜類)の擬人化。今でも日本人は刀を擬人化したり戦艦を擬人化したりするアニメ文化がある。すべてに生命が宿っているという宇宙観は、縄文から現代の日本人に受け継がれている。現代人は当時とくらべ、まったく「土」に触れない生活。縄文人の土偶の本当の意味(心)は、なかなか想像は出来ないでしょうね。
あんてな さんへ。為る程納得出来る宗教観ですね!。二股の根菜を見て土の聖霊を感じた!。素晴らしい考察ですね。日本人の宇宙観は縄文時代から育まれていた?。西洋では亦違う自然観?。
つまりこれは失敗したモノで、同じモノの完全体があるかもしれないということですかね
わたくしは高校時代に、大学の考古学部と一緒に縄文遺跡の発掘経験があり、遺跡近くの縄文当時の地層から採取した土を使って土器を野焼きした経験があります。お話を伺って、技巧についてはまさに仰る通りだと思いますが、決定的な違いがあります。 皆さんは、依頼されてコレクションとしてのレプリカをお造りになったと思います。 その上で、敬服に値するアプローチだと思いますが、では、数万年前の縄文人は、一体なんのために、その土偶を造ったのでしょう? まさか、竪穴式住居の中に、装飾品として、あるいはコレクションとして作ったのでしょうか?そこまで精密な土偶を、しかも、実用品では無いものを、現代人ではなく、縄文人が制作するとは考えられません。 そこには宗教的、シャーマニズムの目的があると考えるのが普通ではないでしょうか? 遮光器土偶の装飾が見事であればあるほど、依代の意味が強いのではないかと思うのです。 失礼いたしました。
素人がマグカップを作ると取っ手部分が取れる事がありますね。接合部分が取れ易いのは確かです。遮光器型土偶の片足が失われているのは接合部分ですね。意図的な破壊であんな壊れ方はしないでしょう。
コメントありがとうございます!全く同感です^^
土偶を読むに納得したので、この人に賛同します、土偶を作った当時の人、仲間たちが土偶を見て、どう思ったのか想像したら、文字のない時代に、ビーナスだ、地母神だ、思わないだろ、大事な主食に対する現代人の思い、以上に感謝に溢れていたんじゃないか栗、貝、里芋、等々の形に思いを込めて作ったのではないか、そして野焼きのため完成品がわずかだったこと、だれが人間を模したと言ったか、言った本人はもういないだろうが、一つの昔の事実が明らかになったことは喜ばしい、そしていわゆる、学者、専門家教科書、てれびに自分も洗脳され騙されていたことが分かった。そもそも、人間の顔でなく栗の頭だったり、実の割った所の顔だったりする。
射光器土偶、レプリカ購入できますか?
この動画を見る前に「週末縄文人」というRUclips 番組を見てました。そこでは縄文式土器を一から作ってみよう❗️という事で土造りから焼き上げまで動画にしていたのですが、試行錯誤を繰り返し最後まで何とか…😅それを見て感動しましたよ👍物を作る大変さと出来上がった時の喜び👍😍❗️学者も自分で作ってみれば良い❗️まぁ、お茶の入れ方も知らない奴も居るだろうし、頭デッカチで机上の空論で飯食ってる奴もたくさん居るだろうから無理か🤣🤣🤣
コメントありがとうございます!学問になると 仮説→立証?みたいな思考になると思います今回私たちは事実作ってみて感じたことなので 土偶を見てる角度がちがうのですが間違いなく皆さん愛してるとは思います^^
作者の縄文の人もこんなに推理されまくるとはびっくりでしょうね!歴史的事実って真実はわからないので色んな視点、切り口で推理するのは楽しいし有意義ですね。目から鱗でした。野焼きかどうかは、もっと高い技術を持ってたのでは?と思っているので違う見方をしてます。でも少なくとも壊すためではないと思います。固い感じの音がしてましたが、実物もそうなんでしょうかね?ケースに入ったものは見ましたがそんなイメージではなかったので。ありがとうございました。😊
コメントありがとうございます! 実際野焼きだったのか窯があったのがわかりませんが今期作っている模造土偶は 製品にするため高温で焼成しております(強度を出すため)したがっておそらく当時の土偶は 低下度で焼成されていると思いますので鈍い音がすると思います あくまでも良そうですが^^;
ありがとうございます。実は、縄文土器を触ってみたくて南山大学まで行ってきました。軽いものもあり、重いのもありでますますよくわかんなくなりました。いづれにしても縄文時代は謎の多い、魅力的な時代ですね。@@craftmantv
この土偶だけはいろんな要素を全部詰め込んだ欲張り土偶な気がするんだよなあ。全部の説を混ぜたらこんな感じになるような。後期の土偶ってことで、それまでの土偶の集大成。海外やら、多くの地域との交流が増えた時期か。皮革か織物か装飾も凝っているし、芋かどんぐりモチーフか、加工品と自然のモノのミックス。戦士のようで母性もあり、デフォルメ、比喩、隠喩、暗喩だけじゃない、ユーモアさえあり、精神的豊かさを感じる。
俺もそれ思ってた壊すために精巧に作りすぎなんですよね焼き物師に言われて腑に落ちました
パーツを分けて作っても全てを付けてから焼きを入れると部分によって収縮率が異なるので難しいのは確かですね。焼き上がりをくっつけるのなら別ですがそれには現代的な接着剤が必要です。
コメントありがとうございます!おっしゃる通り取り付けるタイミングと乾燥管理等々 至極難しい技術になりますので乾燥時 焼成時 多くの土偶が破損欠損していたと思いますねー
納得、理解できます!
流石専門家ですね、古代の作り手を空想させて呉れますね🙄
コメントありがとうございます!私達も同じ作り手なので 「作者」が 「何を想っていたのか」が気になる所でした^^現代のように 仕事として作業するわけではなかったと思うので純粋な 製作意欲によって製作していたと仮定すると作者がどんな人だったのか というのは大事な要素なんだと思い そこら辺に切り込んでみました!ご視聴ありがとうございました!
博物館に行って、呪術的な意味で壊すっ説明文を読んだことある。作るのが大変な時代だろうにわざわざ壊すなんて、よほどだなと思ったけど、この動画の話の方がしっくりくる。
コメントありがとうございます!実際縄文時代を見てきたわけではないので あくまあでも作者的推測にすぎませんが根拠無く呪術的に壊すという発想はいささか乱暴なのでは?っと感じました^^
素晴らしいお話ですね私は以前から古墳は神社の役割土偶は人形(ヒトガタ)と思ってますのでとても興味深く視聴させて頂きました破損するのが当たり前なら本来の目的のために何かで補修した跡が残って然るべきです学者先生が後から塗った漆か膠か水溶き粘土に気付いたかどうか粘土を水に溶かして精製する事は縄文人は知っていたと思います縄文時代の水田は谷を崩して段々に作られています大きな粒が先に沈んで粘土質が後から沈むから水田が出来ます
コメント ありがとうございます!私達焼き物屋の観点から見ても どの程度の制度でやっていたかは分かりませんが 水簸(採取した原土を水でかき混ぜて余分なものを取り除く作業)はしてたと思います。稲作は縄文晩期と聞いていますが 水と土と生活はかなり密接していたようです遮光器土偶にも年代ごとに進歩がみられることからかなりの向上心は持っていたと思われます。量産品ではなかったはとうい事は自信を持って言えますねw
私も故意に壊したとは思えません。何かの祈願の為に作り、そして壊したというより、もしもそのような神儀的な発想で考えるとするならばそんなに難しく考えずに妊婦さんの土偶が無事に焼き上がるかどうかで安産か難産かを占っていたのではないかと思う。個人的には同じ集落での交配はリスクが高いので言語が無い時代に妊婦の像を持って他の集落で妊娠を希望する意思表示をしたとか、仮面の形や土偶の容姿で集落の違いを表現して交流をしてたとか現実的な使い方をしていたのではないかと思う。
集落が形成されれば、ルールもできるし、言語は、自然発生するだろうな
コメント ありがとうございます!何を想っていたかは謎ですが クオリティーと手間のかけ方から想像するに 簡易的な物とは思えません相当なにかしらの思い入れとエネルギーを注いでるはずですそれがどういう役割を課していたのか 想像するのはたのしいですね^^ありがとうございました
実際作ってみないと感じられないことって、ありますよね🙂陶芸家さんと考古学者さんが意見を出し合ったら、また新しいことが発見されるかも?と思うとワクワクします。呪術や宗教感は独特だったかも知れないけど…。陶芸家さんじゃなければ気付けない細かいところを聞いて、すごいな~と思いました。縄文時代にも、確かに土や火を使って土偶を作っていた人がいると思うと、人間てすごいなと思います。
数学を除き、学問は先人論文、真偽も怪しい文献が踏襲されていく世界。親亀こけたらみなこけた。さらに言えば定説学者の大先生は専門技術者の意見をみくびってふんぞり帰る砂山の大将。実地の感想は説得力あるので、定説?には常に疑いを持つべきだと思う。
実際に作られた方の見解なので非常に説得力がありますね。私もこんなに精緻に造られたものを故意に壊すとは考えにくいです。 そして土偶のレプリカが欲しくなりました。販売とかされないのですか?(笑)
コメントありがとうございます!作者目線で考えると 壊す前提でしたら無駄な加飾は苦痛におもいそうですw
販売もしていますので購入を希望されるのであれば下記のどちらかへご連絡くださいtwitter.com/owlsense66owlman6666@gmail.com
土偶は今で言えばゆるキャラです。だから集団の中のシンボル的存在で、出来上がったものは個人がこっそり愛でるものではなく、その集団のみんなに愛された存在だったと思います。ゆるキャラって一個の着ぐるみにいろんな要素(熊と名産のメロンとイカwみたいに)を合体させて作るじゃないですか。このチープ感がゆるキャラの所以でしょ。何かの本で土偶のパーツデザインは自然物だという説が載ってました。例えばハート型は栗の実の切り口みたいな感じで、当時縄文人が目にしてた、特に木の実とか葉っぱとか生活に密着したもののデザインです。そういったデザインを一個の人形に散りばめて作られてる。ゆるキャラって、最初は地域おこしから始まったと思いますが、その後、各地方のシンボルになりコミュニティの象徴になっていますよね。難しく言えば宗教や呪術的な道具とも言えますが、実感が湧きませんよね。それよりも土偶はゆるキャラだって言った方がわかりやすいんじゃないかな。また、今みたいにそれぞれのコミュニティ同士が出来栄えを競い合ったんだとおもいます。そうでなければ、こんな色々バージョンの土偶がたくさん出てこないと思います。当然、壊す目的で作られたという説は間違いだと思います。
実際土を手にかけていらつしやる方からの見解が納得のいく視点だったので私も納得してる次第です❣️土と人間の手の関係を時系列でみても、距離の隔てたものではないと私は思っていますので(実感の視点)それは考古学の専門家の先生とはまた違うのかもしれませんが、あなたの仰ることが非常に素直に受け取れました❣️ありがとうございました💕
壊すためにものを作った?そんな説があることすら知らなかった
とても分かりやすく納得感いっぱいです。私もモノづくりをしてますので、壊れるように作ることは、マインドコントロールが非常に難しいと感じます。美味しくない料理を仕事とはいえ作るのが困難なように。
一聴に値する。再現は実験考古学的には有用な手法だ。ただこの土偶については出土状況がわかっていない。埋設状況から分かることもおおい。意図的に壊されたのか?壊れて捨てられたのか?今となっては知りようもない。土偶といってもシンプルな物から造形の凝った物まで幅広い。一般的に数多く出土するシンプルな物は圧倒的に「壊れた状態」で出土する。シンプル土偶は「身代わり」として理解される所以だ。しかし縄文のビーナスも膝を抱く土偶も仮面土偶も複雑な形状のものは完形で出土している。学会の理解も「身代わり土偶」ではない。むしろ「仏像」に近い。そして遮光器土偶は「身代わり土偶」だったとする学説を私は知らない。土偶は「全て身代わり」との言説は都市伝説だろう。時間軸でも空間軸でも偏差の強い縄文文化は一括りには理解できない。
初めまして…!私はこの遮光器土偶は青森の亀ヶ岡遺跡で発見されましたが、亀ヶ岡遺跡で作られた物ではなく、北方のシベリア地方との交易があり入って来た物ではないのかな・・?なんて思います。
コメントありがとうございます!通貨がなかったらしいので経済的物流はないと思いますが縄文人のルーツにシベリア経由で流れて来た説もあるみたいですのでもし事実だったとしたら交流がなかったはずはなさそうですね^^少なくともシベリア付近で生活していた時の文化はひきつがれてると思いますな
歴史の教科書で学んだ、我々一般人が想像する縄文人は、予想をはるかに上回る技術力があったと私は思っています。
手作りだからこそ感じるお話し・・・なるほどです。
豆の精霊・妖精じゃないかと思ってます、腕や脚は豆のさやのよう、手や足はさやのヘタのよう、文様は豆のツルのよう、髪飾りは豆の花のよう、そして目は豆そのもののよう。
遮光土器の顔、どっかで見たことがある。生まれたての赤子ではないでしょうか?
考古学を齧ってる端くれですが、自分もそう思います、まさに目が開く前の赤児の顔ですよね。
なるほど。高齢者も目のクマと眉毛でそんな風に見えることもあります。
すげー、考察。プロの意見。
コメントありがとうございます!作者目線で考察してみました^^
私も同感です。 八戸市所在の是川縄文館で国宝の合掌土偶と遮光器土偶、見比べましたが前者はシンプルで自分でも作れそう、後者は技術的に無理と思いました。仰る通りです、手間・暇かけて作ったものを簡単に壊すかな?・・縄文人は想像でこのような形態をつくれるのかな?それにしては合掌土偶とは作りが全然違うし、謎は深まるばかり土偶作者の利き腕が分かるんですか! 洞察力すごいですね!今度行くときは横からじっくり見てみます。 情報ありがとう!
コメントありがとうございます!模造するにあたり どういう順番でどう作ったのかを観察するところから始まりました。歪みや形状から製作順序なども予想しましたその過程で これは主に右手で作業してるなーっと感じた次第ですね^^楽しんでいただいて光栄です^^
悪い所を壊すのが目的ならあまりデフォルメしないで、たとえば口や鼻や耳などをもっと大きく作るかなあとは思う。
この動画の遮光器土偶(亀ヶ岡出土)は縄文時代の晩期と言われていますので、今から約3000年前頃に作られたと思われます。その出来栄えは、他の土偶と比べると完成度は非常に高く、いわば芸術作品です。この亀ヶ岡出土の遮光器土偶を、土俗学的実証もせず信仰的理由で「壊すために作った」なんて言う考古学者がいます。古墳時代(3世紀半ば~7世紀末頃の約400年間)には、人の不幸を人形に身代わりさせるという風習があったとされていますが、それより前の縄文期にそのような信仰があった・・・は、仮説としてはありますが実証はされていません。(おまけ)芸術家は自分の作品が気に入らないときは粉々に壊したりしますが、そのような気分を頭の固い考古学者は理解出来ないかも知れません。
takamatuさん コメント有り難うございます!理解出来ない事 理由が分からない事を 信仰的理由として処理してしまうのは 学問として解釈されてる立場として いささか乱暴なのでは?っと思い もの申させていただきました( *´艸`)(おまけ)我が家は 失敗してしまった焼き物は壊さず 自分達で使ったり 色味や見本として使ってますwww
詰まり、学者が思っているより当時の作陶環境では歩留まりが今の常識で考えるより遙かに悪かった……と。そして不良品を割って廃棄するっていうのはあることだよね。お臍の話で、自分の臍を参考にしたというのは納得だけど、写し身というのは如何だろうか。恐らく、学者特有の思考の穴にはまってるんだろうな。
結構前の動画だと思いますがオススメに出てきました週末縄文人を登録してるからかな?プロの目線の動画興味深く拝見しました
コメントありがとうございます!動画 編集を再開しようと思っていますのんびりやっていきます
壊すためならもっと雑に作ると思う、そもそも。それこそ手のひらサイズの人形でいいよね。なんならいちいち焼かなきゃいけないものじゃなくて植物とかで作るよね。藁とか。古代に理想を抱いて分析するから納得しづらい説を出すんじゃないかな、って。大小関係なくあらゆる道具だけが発展し続けてるだけで、人間自体は何も変わってないことを前提にして説を出したらもっと実情に近い説にたどり着くと思う。
すみません!!! なぜか通知が来ていなくて コメント頂いていたことにいまきがつきました^^;現代で言いますと カワラケ(土器)なんかは だいぶ簡素に作りやすいように作られていますね。「古代に理想を抱いて」何となく納得しましたwwおそらく縄文人だって 「あー めんどくせーーww」って思ってたかもしれませんねwwww特別な存在と決めつけてみるのは かえって思考を狭めることは間違いないですな!コメントありがとうございました!!(返事遅くなり申し訳ありません^^;)
壊すためにやるなら大きいわら人形を盛大に燃やすかもなあ…
遮光器土偶は、東北地方だけで、1800体以上、出土しています。この動画は亀ヶ岡遺跡の土偶に限定した考察なのでしょうか?
学者さんが~と言いたくなるのも解りますよ職業的な研究者だけで無く市井の長年調べている方でも渡来人や大和政権で何でも片付けてしまう方が多いですから粘土の入手方法は私も同意見です古代の水田の地域は解ってもどんな地形で始まったかは誰も説明してくれませんから谷筋の水の流れる処を崩して出てきた石を積んでせき止め勢いよく混ぜれば大きな石ほど早く沈んで泥水を溜めて置けば水田の土が手に入りますこのような複雑な土器はパーツ毎に作って半乾きの時に粘土で接着して作りますからそこから割れる事は多いと思います逆に割れて当たり前で後で何かで接着して使ったのではないか?材質に関しては再現するには粘土に1-2割の砂を混ぜると強度が出るそうです野焼きと言われますが単なる焚火ではなくそもそも土器の発明自体が火を土で囲った風除けのかまどが火で焼けて強度を増したのを発見したからでしょう従って屋根の無い火力を逃がさない程度の窯は有ったと考える方が自然だと思います
バラす説は、離れた場所に各部品が埋められてる。ということが論拠で、もし壊れちゃったんだったら、壊れても一緒に埋葬しませんか?
コメント有り難うございます!我が工房での話ですが手間かけて作り込んだ作品が 窯から出したときに ワレてたりヒビが入ってしまっていた 何て事がたまに起きます。その時 じゃあそのまま破棄しますか?っと聞かれたら ノーです。割れてたり壊れていたとしても それ以外が良くできていたら捨てずに取って置きます。私達作り手からの意見として 離れた場所に埋められていたから 壊したと言うのは 合点がいきませんね( ´~`)ゞコメント有り難うございましたm(_ _)m色んな角度からのご意見楽しく見させて頂いております(^_^)v
目の部分は当時のサングラスだそうです。焼く時に火を長い時間見てると目が焼けるので木に切れ目を入れて焼き加減を見ていたそうです。自家像を作ったんじゃないかと仰っていたので動画見て、ガテン行きました。サングラスしている土偶は要するに自分の土偶を作っていたのだなと思いました。
土偶は、ほとんど植物らしい
植物のデフォルメですね♪土偶の頭の形と土偶の出土した植物の産地が合致するんですよね植物に感謝して木の根元に置いたんじゃないかって言われてます。自分てきにはそれもあったと思うんですけど所有を示すためにも置いたんじゃないかと思ってます。
なるほど。縄文人は目がぱっちりだから、さぞや眩しかったかも。
今でもイヌイットが雪の反射の光防ぐのに使っていますね♪
あ、そういえば、手足を自分の視点からすると斜めになるので短く見えますね。なるほど。意図的なデフォルメじゃなくて、視点から見えるままに写したことによる歪みですか。興味深い。
コメントありがとうございます!仮に自分の体をモデルにしてたとすると 何となく説明が付く部分が多かったという印象でした^^
なるほど。面白い。
作り方も知りたいけれども 何故何のために作ったかが知りたいですね。これは考古学者の研究によるのが正解でしょうね。
共感します。私自身も手仕事をずっとやって来た体験から、コレは渾身の思いを込めて実際に観たものを形に留めたものだと思います。コレとほぼ同じ形がフィレンツェのメディチ家礼拝堂に2体も、有るそうです。更に、コーカサス地方には画面の後ろの姿で、ハカマを付けてない造形が、椅子に座っているのが複数見つかっています。ズバリそれらは異星人です、非常に手足が細く、地球では自立不可能な小鳥のような手足です。平らな板の顔付きだったりしてます。 その先の思考停止ならば仕方ないですが、見通せない地平線の彼方も見たい気持ち有るなら、世界的に繋がる要素を、これらの土偶は確実に示しています。モヘンジョダロから大仙陵古墳芯まで、6369km≒地球半径距離;6371km×0.9997. です。更に鎌数伊勢大神宮からモヘンジョダロまでは、6794km≒ 6794.4 km; 世界一正確な、東京天文台サイトの火星直径データです。←人類の歴史で最も遠くまで衛星を飛ばして回収出来た、世界最先端技術力の裏付けとなっている基礎データは信用出来ます🧐遺跡間距離も、配置されてから移動してない筈なので、ほとんど信用して良いと考えています。そしてそれらすべてが太陽系天体サイズモジュールに基づいた数値と極めて高精度で合致しています。真理だと考えています
コメントありがとうございます^^私は歴史的な話や科学的な根拠の話は全く分かりません(学がなくてすみません^^;)なんかすごく壮大ですねw
技術者としての意見は興味深く面白かったです手足がコップのような器に見えます。亀ヶ岡のモノに関してはコップ(手足)に合わせて胴体の形を作ったとも思えたりしました(コップを手足にしてみようとか、当時の創作者の遊びだったりして、とか思ったり)
手間暇かけて作ってお釈迦が多くて完成品が少なかったとするなら、きっと物々交換の為に作っていたのでしょう。貴重品だった黒曜石とかと交換していたのではないでしょうか。土偶は今のネンドロイドのようなフィギィアみたいな物だったのでしょう。
コメントありがとうございます!物々交換が交わされていたとの発想 一理あると思います。これだけ土偶制作に時間を費やしていたとなると作者は 食料の確保をしている時間も削っていたと私達も考えていました。土偶に何らかの価値があり 誰かが食生活をカバーしていた可能性は高い影響力があったのが作者なのか、それとも土偶自体なのかは分かりえませんがもし、後者なのだとしたら土偶を介しての交流 つまり物々交換が行われていた可能性は高いと私も感じました!貴重なご意見ありがとうございました!
縄文時代、当時は精霊の神を模倣して作ったと思われます土の神、花の神、稲の神などイメージして祀り飾っていたと思います その時に落として足が壊れたかもしれませんね・・・・。教科書では人の生け贄の代わりに土偶を使い埋葬したと教わりましたが、今思えば「エジプトの墓と一緒かよ!」と思います亡くなった子供の土偶なども作ったと思いますが、土偶も人形のように「魂」が入っているので大事に扱われたかもしれませんね・・・。
自分の姿を写し取った😳だとし、全身も写し取ったって考えると夢が膨らみます🤗
少し前NHKで縄文特集みたいな番組で縄文式土器を作って縄文の食事を再現した学者がいたのを覚えていますが確か土偶も再現したと言ったと思うのですがその先生は縄文式土器も土偶も直接ご本人が作ってはいないと思いますが再現をした職人さんはこの動画のような考察を語ったのか疑問です学者がどこまで職人を理解したかもわからないです
なんだこの文章は時間かえせ
中は中空?に作られていたんだ。これは技術が高いよな。
ダヴィンチの弟子入りした工房の師匠ヴェロッキオは、初見で彼の左利きを指摘した。私も模写中に作者の癖や想いに気付き、感動したことが多々有った。今回、長年の疑問が晴れ嬉しく思う。宗教的解釈には懐疑的だったので溜飲が下る思いです。象牙の塔に閉じ篭もるだけでは、真実は見えない。早速登録し学ばせて頂きます。
人の横顔を描く場合、右利きだったら左向きの方が描きやすく右向きには描きにくいですね。ある美術評論家が右向きの横顔を多く描いている作家の真意を推論し非常に観念的・宗教的な意味で解釈していたが、この人は自分でデッサンもしたことがないんだろうなあと思ったね。単に左利きだったから右向きが描きやすかったんだよ、馬鹿!と思えましたねw
動画ありがとうございます。全く同感です (^ ^)/
当時の焼成は野焼きが定説になっていますが、本当に野焼き以外の焼き方はなかったのでしょうか。登り窯のような大掛かりなものはなかったでしょうが、歩留まりの悪さを改善するための工夫を必死に考え試行錯誤していたのではないかと思うのですが。
コメントありがとうございます!歴史の資料を読む限り窯という概念の構造物が確認され始まったのは弥生時代で 土手を掘り込んで作った窖窯(あながま)が始まりとされていてそれ以前は野焼きしていたというのが定説になっております今回のご意見を頂いて確かに 造形製造に強いこだわりを持っていた作者が、仕上げの工程である焼成方法を試行錯誤しないというのは考えにくいそして、事実は「野焼きをしていた」ではなく「窯が発掘されない」であるということここからは想像のお話しですが、上記を踏まえた上で考えると 仮に、粘土等を用いて窯を構築し 焼成後 取り壊していたとすると地面には焼成の後はあるが、そこに窯は発掘されないという事にも説明が付きますよね・・・。・・・・・あると思います!!!貴重なご意見ありがとうございました。
すごい説得力。右利きとか左利きとかまでわかるのはやっぱ作る人だからなんだろうなあー!学者の方にぜひ見てもらいたい!
実際に作られた実感からくる自然で率直なご意見。説得力があり素晴らしいです。
実際に作ってみたその道のプロの方の意見は中々聞けないので大変興味深く聞かせて頂きました。特に製作者が右利きであるというのは説得力があり多分そうだと感じます。貴重な動画を有難うございました。
コメントありがとうございます!
焼き物を生業にしておきながら原点とも言える縄文に触れてみて
すごく楽しかったです^^
説得力がりますね。利き手からの件は作り手ならではの推論で秀逸。
コメントありがとうございます!
模造するにあたり細かく観察すると気が付くことも多かったです^^
あくまで個人的な感覚的な予想ですが作り手としてはふにおちました!
大変な作業…楽しむ部分もあったかと思われます。
造形の素晴らしさと不思議さと尽きる事がありませんな。
縄文の頃に憧れや親しみが湧きますね…ありがとう。
コメントありがとうございます!
陶芸を生業にしておきながら
原点ともいえる縄文に触れていなかったのですが
職業柄 物ではなく作者にフォーカスして感じて考える事になったのですが
とてもいい体験でした^^
子供の頃から遮光器くんを見る度、太古の…縄文の…なんだこりゃ 人智を超えたよな…芸術の域を遥かに飛び越えて畏れ多い…はは~ッとひれ伏してしまうよな…死後尋ねて行けるものなら訪れてみたいです(笑)
なるほど。地元出身の者ですが「どうやって作られたか」の話はとても興味深かったです。ありがとうございます。
いやぁ~、遮光器土偶の作者の気持ちがわかる…お話を聞いていて鳥肌がたちました。
何かを創造、製作するというクラフトマン魂は時代が移っても、共通するものがあるのでしょうね。
いやぁ~、よいお話をありがとうございます。
考古学が大好きで学生時代は大学で学ぶと同時に発掘現場も経験しています。考古学者は実際に発掘現場にも携わっておりますが、出土した遺物を自分が復元作業に関わったとしても、あらたにレプリカを制作することはまずありません!ですので、実際に現代の技術で制作再現されている方のご意見はある意味基調だと思います!
以前「銅鐸」を現在制作再現して見て様々な事実が判って来たと言う事も有り、考古学者さんとのコラボ動画を是非とも期待したいですね!正直「机上の空論」ほど下らぬ物は無いと思っていますので!
すばらしい説明でした。大変興味深いです。ありがとうございます。
コメントありがとうございます!
こちらこそ 楽しんでいただけたようでうれしいです^^
一番納得がいきます! 手で作り出したのですから、手で壊したとする形なら、再現できるでしょうと・・・・。 作る人しかわからないことがあります。 染色をやっているんですが、先生が、どうしても、この染め方(辻が花)では、ここに、この色を入れることは手順としてはできないといわれてました。 ここまでは、写真の話、展覧会などでも、少し離れるとわからないことですが、つてがあって、手に取ってみるチャンスがあったそうです。 なんと、その部分だけ別色パッチワークされていたそうです。 考えてみれば、簡単なことなのですが、どうしても、白地に、絞ったり、カバー(昔なら竹の皮とか)したり、差したり(後から色を塗る?)して、出来上がる色目と形ではないと、ず~っと昔の技法でどうやって?と、考えていたそうです。 当時から、いや、今でも、パッチワーク的手法での、そのように染めたようにみせるのは多分、専門家にとっては邪道?なのだろうと思います。 なので、試行錯誤して、「完全」にやるにはと、縛りをかけて考えた。 でも、昔の人は、もっと柔軟に考えて、「目立たないようにできるなら、あて布して、周囲は絞りであらかじめごまかしておいて・・・」とかだったのでしょう。 私も、趣味で和裁をやりますので、100枚から着物をほどいて、いろいろ趣味してますと、いろんな縫い方してます。 なるほどと、思う。 プロの手抜きの技も面白いです。 どんなに頑張っても、「完全体」は、なかなかできない説は正しいです。 いまでも、日本の産業に通じる「匠」の心はこれが神髄。 そして、呪術的なことでの破壊なら、丑三つ参りの人形を見ればわかります。 呪術の基本は「人」とわかれば良くて、その魂?は、魂魄というような分離した魂のほうで、だからこそ、完成しての形が得られなかったものも、「埋葬」に近い形で「始末」したんでしょう。 今なら、ドラマなどでは、制作者が、気に入らないと粉砕するように、壊す場面が多々ありますけど。
コメントありがとうございます!
おっしゃる通り 実際に作業してみて初めて気が付くことも多かったです!
ちなみにですが 我が家で失敗した焼き物を壊して粉砕する何てこと一度もしたことがありませんwww
自分で使うか 親しい人に譲ったりしてますw
かなり以前の動画なのに最近のコメントが多いのに驚きました。
といいながら、私も書いてしまいましたが。。。
趣味で陶芸をやっていた頃にネットの画像を参考にしながら遮光器土偶風なものを作ったことがあります。
プロではないのでめちゃめちゃ大変でした。
わざわざ壊すためにこんな細かなことをする必要があるのかは私も疑問です。
そして人間のかわりに悪い部分を壊すという事を考えるなら、もうすこし人の形を模したシンプルなもので十分なような気がします。
コメントありがとうございます!
プロでもメチャメチャ大変ですwww
面白かった。どんな偉い学者さんも「説」の域を越えられないところが考古学の面白さだと思います。説得力ありました。
コメントありがとうございます!
実際、模造してみて実体験してみて違和感を覚えることも多く 動画にしました!
ご視聴ありがとうございました!
現代の陶芸家から見た、縄文時代の制作者への共感や理解が素晴らしいと思いました。考古学者には気づけない実作者の見解を、もっともっと発信していただきたいと思いました。
技術者による視点って大事ですね。
面白い!!どうか継続を頑張ってください!!
ありがとうございます!
中空の土偶の焼成はすごく難しいと思います。よって言われているように焼成後に壊したんじゃなく、焼成時壊れたけどっていうのも納得できます。
ところで、概要欄のurlのリンクが繋がっていないようです。
コメントありがとうございます!
ホームページは全く活用できたなかったので閉めてしまいました^^;
あとで削除しておきます^^;
なるほどなぁ。
出土した場所の周囲の環境とかにもよるかもしれないですけど、めちゃくちゃ説得力ありますね!
コメントありがとうございます!
製作も楽しかったですし 考察するのも楽しかったです^^
作り手にしか気付かない貴重な考察
動画配信ありがとう。賛同します。この土偶に美を感じます。私も壊す為に作ったと考え難いです。
コメントありがとうございます!
世の中には、愛するがゆえに恋人を傷つけてしまう人もいます
この作者がそうでないことを祈ります^^;
正確に再現しようと思って作ってみないとわからない事はありますね、作り手のクセとかこだわりが伝わるのわかる気がします
コメントありがとうございます!
中々の貴重な体験でした^^
動画ありがとうございます。野焼きの際に不可抗力で壊れてしまったわけですね。考古学者の岡村道雄氏も、(一部の例外を除いて)土偶には打撃痕が無いので意図的な破壊は考えられず、むしろアスファルトで修復した痕跡さえあるので、祭壇から落ちるなどして壊れたものを大切に補修しながら祈り続けていたのではないか、と書いていました。本人像(自分をモチーフ)であるという視点は大変興味深いです。とすると、個人的な興味は「なぜ自分を模した人形を作る必要があったのか」ですが、謎は深まるばかりです。
コメントありがとうございます! 修復の痕跡がある土偶も出土していたのですね!勉強になります。正直、人型にするために自分をモチーフにしたのか それとも 自分をモチーフにする事が目的だったのかは謎ですねぇ 前者の場合だったと考えると 作業中、周りに他の縄文人はおらず孤独に作業に没頭していたのでしょうか 現代ではモデルさんを雇って製作する事がほとんどで 自分を模した彫刻はあまり聞きません。 後者だった場合 自身に特別な価値がある事を自覚していたのか・・・ 謎は深まるばかりです。(笑)
「壊れやすいように作った」という話にずっと違和感を持ってました
クラフトさんの解説を聞いてようやく腑に落ちました
そもそも考古学ははっきりした事が分からないとき「宗教的な意味がある」という事にしてて結構適当なんですよね
友人の益子H氏も、山形県舟形のビーナスを発見した翌年に再現製作を同様に行いました。
中が中空で肉厚が薄いので粘土成型がすごく難しい、粘土が均一でないと乾燥時に割れてしまう、焼成温度にむらがあると割れてしまう。
などの問題がありました。野焼きとはいえ、学者が再現するような拙い野焼きでは焼けないことがわかりました。
縄文時代も長い人間の歴史の中では最近の出来事です。縄文を拙いような発想で考えるのは科学的ではないと思います。
コメントありがとうございます!
おっしゃる通り 縄文人かなり高い技術です
家の工房では 完成率を上げるため 鋳込みでベースを成型しました
手び練りのみでこの完成度は現代で考えても難易度高いとおもいますね!
作る側からしか分かり得ないことがあるのですね…!
素晴らしい洞察力。次は火焔型土器をお願いします。主に火焔または水滴が跳ねた跡の説がありますがほかにもありそうなので。
粘土から焼成までの行程を実際に試されての見解、
大変説得力があって納得がいきました。
呪術的な「身代わり人形」として、現代でも神社に奉納する人型の紙片がありますが、
簡単な型抜きのペラっとした白い紙片で済ませていますね。
三度息を吹きかけて…といった指示でその紙片に自分の霊的なものを乗り移らせて
形代として呪術(医療や祈願)を受けさせるわけです。
ごく簡易で安直なな方法で形代の役目は十分に果たせ(ることになって)います。
古来からの呪術のような領域では、その有りようにはあまり大きな変化は無いように
思います。
部分的に欠くことを目的としたものなら、もっと単調な木片や粘土棒に目鼻で十分
だったと思えます。
入念な作りには、据え置きで飾るか、埋葬するにしても(たとえ破損が生じたとしても)熱心な心込めた完成品を目指したものでしょう。
コメントありがとうございます!
確かに現代で呪術的に使われるものはかなり簡略化されてますね
藁人形とか なんでしたっけ茄子とかキュウリに棒さすやつとか
そう考えると仏像なんかは、かなり手間暇かけて装飾してますね
神と崇拝した仏像を破壊したら逆に健康な体を持ってかれそうですw
現場百篇。実際に同じ状況でやってみて気が付くことの方が現実的で説得力ありますね。歴史上、定説がひっくりかえることは常のようです。学識深い専門家の意見は尊重してもそれだけに留まらず、さらにあらゆる面から考察していく姿勢って大事だと思います。ビデオありがとうございました。
ご視聴&コメントありがとうございます!
私達は、作り手であるが故 目に留まらないことももちろんあると思います。
しかし、作り手であるが故 これらの土偶は 「歴史的出土品」ではなく 「誰かの作品」としてとらえ
これら土偶の作者にフォーカスして この作者の意図や環境を感じることで 彼らに歩み寄れた感覚になります。
それが 科学的根拠を否定してしまうこともあるので なかなか難しい所ではありますが それが楽しさでもあるのかなと考えております^^
とても納得しました!素晴らしいことです!
これは学者さんがなかなか発想しにくい技術的な視点で面白いですね
有り難うございます。
製作するに当たり資料を集めているときに 考古学的観点の物しか見つけられなかったので 別視点の見方も知ってほしかったので動画に致しました。
実際に作っている人の意見には説得力があります。
昔、木の実の入った縄文のツボを太鼓だと言ったドラマーの土取さんに匹敵する大発見だと思う。
学者さんは、こういう実際のプレイヤーたちの話をもっと聞くべき。
コメントありがとうございます!
様々な道具を制作していたようですが
土偶も道具を逸脱していますので楽器を制作していても
全く不思議ではありませんね^^
多くの人が書き込みをしている事が興味深いです、とても参考になりました。真実は製作者本人しかわからないので
現代人は想像でしか語る事ができません、歴史はロマンです、想像をめぐらすところに楽しさあり。
色々参考になりました。ありがとうございました。
クラフトマンさん、お説ごもっとも‼️壊す前提でこんなに手の込んだ物は作りません‼️しかし縄文の人達の創造性、芸術性の高さには舌を巻きます‼️
非常に面白い観点でした。共感できる点も多いし、貴重な意見だと思います。
ありがとうございます!
同じ焼き物に携わる人間として
考察してみました 楽しんでいただけたなら
幸いです^^
職人からのご意見は凄い貴重で見れて良かったです。
他の動画で「ハイヌウェレ型神話になぞらえて豊穣を願いバラバラにして埋めた」とありましたが、成型の段階ですでに完成していて、焼成で割れて「死」を与えて埋めたという解釈も出来ますね。
たしかに成型したての物は水分を含み、産まれたてというか生きてる感じがします。
コメント ありがとうございます!
勉強不足でハイヌウェレ型神話を存じあげませんが
成型から乾燥の段階でも壊れる可能性高いですし 焼成時にもかなりの確率で壊れます
それを どう解釈するかわ あなたしだいですねw
ありがとうございました!
焼成の段階で割れたものを、「死」を与えて埋めた…埋葬した、という解釈は
頷けます。
内部は中空だったのですね。粘土の塊かと思ってました。かなりの技術になりますよね
コメントありがとうございます!
現在でも陶人形などを作る際は中を空洞にして制作します
粘土を乾燥させる際に表面と内部の湿度の差が割れの原因になるため
なるべく差ができにくいよう中は空洞にしたほうが 完成率がぐっと上がるわけです
当時これを経験だけで理解して製作したとなると相当数の失敗と改善を繰り返したと予想されます
考えただけで気が遠くなりますw
それを壊す? いやいやいやwwwっと思ってしまいます^^
中空なのは焼成の段階での熱膨張を逃すためだと思いますが…いかがでしょうか?
@@小沢真奈-d8u 当時の野焼きで精々600~800度程度 300度ぐらいで膨張率がマックスになるらしいです
割れや破壊の原因は
乾燥時のひび 膨張からの収縮
残留水分の水蒸気爆発など様々です
それら複合的要因を回避するための 「中空」が正解に近いのかなっと思っています
上の分だと水分の不均等だけが原因っぽく見えますね^^; すません
現代と変わらず工房では商売として色々な分野(置物・子供の遊具・食品料理保存器具・漁具関連・その他諸々)の必需品を作成していたのでしょう
コメントありがとうございます!
商っていたのかは分かりませんが 個人的に専門職であった可能性は高いと感じます
となると道具を作って食と交換してた可能性も高そうですね^^
さすが、作り手としての意見はありがた思います。思います。
焼き物を生業にしていながら
触れてこなかったのでとてもいい機会でした^^
時々土器と見つめ合うところが可愛くて、作り手の愛情を感じました。動画を見てたら遮光器土器のぬいぐるみが欲しくなってくるほど愛くるしく見えてきました。ふと思ったのですが、この土器を制作した縄文人のお方は、女性なのか男性なのか? 平均寿命20代後半らしかったし、栄養が良ければ長寿の方もいたでしょうけれど。熟練しているから年齢も行ってるか、もしくは子供のころから好きで作り続け若くして才能溢れたのか、呪術なら土器用の専門職人が決められていたのか、はたまた呪術関係ないなら、すっごい自信作で後生大事に部屋(竪穴式住宅)に飾って来たのを一緒に墓に持って行ったのか…。色々考えちゃいます。
コメントありがとうございます!
色々想像力を掻き立てられますよね!!
遮光器土偶に関しては女性なのでないかと予想してます。
自分の体を模しているような構造の部分があるという曖昧な根拠ですが・・・。
また、かなりの情熱がないとこの制度でこのクオリティで制作するandできるようになれないと感じました
人に選ばれてそのような情熱を持てるのか? とすると自ら望んでなってるのではないか?っと感じています
想像が尽きませんなー^^
私も縄文土器を作成していますが、念を込めて作ったものを壊して身代わりにしないといけない程、病気や出産のリスクが大きかった時代だったのでは無いかとも思えます。つなぎ目に関してですが、必ずしもその作り方で作られたとは限らないと思います。粘土の性質を熟知していれば傷つけたパーツ同士の接着面をドベ(ゲル状の粘土)でくっつける技法であればそこまで失敗率は落ちないかと思います。一万年間もの時間があったのであれば技術力が足りない故に壊れてしまったとも考えにくいです。土偶の裏側を見ればドベでくっつけたかどうかも分かるはずであり、考古学者がそこを見落とすとも思えないのですがどうでしょうか。どなたかつなぎ目の裏の部分を見た方がいれば教えて欲しいです。そこに制作者側から見た答えに近いものがあるかと思います。
大変ユニークな指摘で考古学界で取り上げて頂きたい! 当時の粘土精製技術及び野焼きの技能で製造すると完成度は十分の一程度で
あったであろうとの事。大半は何処か欠損が出来た。欠損の無いもの物の方が圧倒的に少ない。わざわざ壊して埋めたとは考え難い。
發掘調査をしていた人間です
土偶を壊しやすいやうに作ったという説は讀んだことありますが、私にとっても違和感のある説です
土偶は簡單に壊れやすいですから
土偶と同じく祭祀具とされる石棒も破壊された状態で發掘されるのことが多いです
土偶と違い石は破壊しずらいですから燒いて割っています
燒けて割れているのが、破壊した證拠です
石を削って、磨いて、多大な勞力をかけて作った石棒も破壊する大事な目的があったはずです
もし土偶が燒成時に割れてしまった場合、アスファルトで接着できたはずですが接着された土偶はあまり見つかっていません (壊れやすい注口土器はアスファルトで接着されたものが多いです)
彌生時代では銅鐸を破壊して埋めた例も多く見つかっており
古墳時代でも副葬した刀が破壊されていたり、土器壼の底に穴をあけたり、土器皿を粉々に砕いていることがあります
中世では骨壺の底に穴をあけたり、口を欠いたりしています
出土する土偶のほとんどが接合復元できない程の破片で出土する事實は、土偶も破壊したと考えるのが自然です
コメントありがとうございます!!
現場で調査していた方からのご意見とても興味深いです!
「祭祀具とされる石棒も破壊された状態で發掘されるのことが多い」なるほどなるほど
以前頂いたコメントで 神道に携わる方から 現代でも神器は作り替えらるとき 古い物は破壊するというお話を
聞かせていただいたことがあります。
神の力が宿るものが世に溢れないように破壊することで 「守る」 とうい考え方は
納得ができるお話しでした!
もし土偶が祭祀具として取り扱われていたのであれば 故意に破壊された可能性も非常に高いとおもいます。
縄文当時アスファルトで修復する技術があったとは驚きました!(勉強具足ですみません^^;)
現在も 割れた焼き物を修復する技術はのこっておりますが
多くの場合 製作時ではなく 使用時に破損してしまった物を修復します。
非常に曖昧な言い方になってしましますが
「気に入って使っていたものが壊れてしまった」「良い作品が壊れてしまった」
だから 修繕修復して使いたいという気持ちが乗っかって初めて 修復するのだと思います。
修復された形跡が無いから 破壊したとう点については 合点がいきませんね^^;
話がそれてしまいましたが 土偶が 縄文の世界で 「何だったのか」これは非常に気になります!
祭祀具だったとしたら 壊された可能性は高いと思いますし
個人の作品だったとしたら 故意に破壊するとは考えにくい
現場にでて調査されてたという事ですので 私なんかよりより縄文を身近に感じれるでしょうから
ワクワクしますね!! 実際調査したからこそ感じ取れることも多いでしょう!
貴重なお話し ありがとうございました^^
素晴らしい 素晴らしい 素晴らしい 素晴らしい 素晴らしい
荒和さん
有り難う 有り難う 有り難う 有り難う 有り難うございますm(_ _)m
遮光器土偶について、飯塚の産婦人科の先生のTubeで見たことがあります。先生によると、これは妊娠中毒で亡くなった妊婦を弔う像だったかもとのこと。供養としてカチ割って、破片を屋敷の角にまく。妊娠中毒は寒さが原因の血管障害で、目や手足などがパンパンに大きく腫れる。今では年に1例位で、自分も2回見たことがある。寒さが原因なので東北地方に多いはず。平均年齢が25歳位だったので世継は重要だった。腹の皮を割けば子供が取出せる、狩猟の経験からも未熟児でも育つ可能性を知っていた。昭和の初期ごろまで、この風習が残っていた。
彼らにとっては、土偶は一枚しかない写真だったと思います。
以上、うろ覚えですが。
はじめまして。自分と同じ考えの人が凄く嬉しくてコメントさせていただきました。古には現代人にも及びもつかない寄生虫や風土病等が沢山あったと思います。妊娠中毒症もしかり多産多死の縄文時代お腹の子供と亡くなった妻を合体させて土偶を造っていたと感じます。老いた猟犬を最後まで面倒見てお花手向ける心優しい縄文人家族亡くし辛い気持ちを土偶に想いを寄せたのかもしれませんね。
クラフトマン目線の仮説、こう言うのを待っていました。
工芸品の特殊性を考えると考古学の方が美術家の着眼点に立てないのは仕方ない事だと思いますが、工芸の専門家の方がこの様な発言をどんどんしていただくことで考古学の世界にも良い影響があるのではないでしょうか。
自分もちょっと美術をかじっていたので、土偶に限らず古墳時代の埴輪など、今の考古学的解釈は腑に落ちないことが多いです。
takeshiさんコメント有り難うございます!
私の見た考古学の仮説の1部が 定説として言い切ってしまってそれを事実として認識されている方がいらっしゃったのを見て 様々な角度からの解釈があってはいいと思いますが
意見としてではなく事実として言い切ってしまうのは思考を止めてしまうので ちょっともの申したい!
と思ったのもこの動画を作るきっかけでもありました( *´艸`)
様々な観点からの意見が聞けて楽しいです♪
面白いです!
欠損の理由は可能性ありそうですね。専門学者と議論して欲しい。
学者でも変な人は多いから理論的な思考ができる人限定で。
土偶の作成意図はわからなくても、一つ確かなことは、
人間って創造することに喜びを覚える生物なんだということ
近年分かってきた縄文人の暮らし。ひとつは現代人より時間に余裕がある暮らし。植物食が豊富で水田のように、手間暇時間を取られず、栗林など管理すること、そして温暖な気候などで土からの恵みが多かった。米作普及後のように持つもの、持たざるものに格差が生まれづらいので争う必要性が出ない。女性を大事にしていた母系文化。権威主義より皆で楽しもう文化。装飾品で飾りオシャレ。
恵みをもたらす「土」とその土から生まれでて育つ植物に不思議な力を感じ、信仰の対象になっていてもおかしくない。
人間の造形に似た大根など根菜類がネットでは時話題になる。その手足部分が土偶の紡錘形とまったく同じ。
当時でも土を掘ってとった根菜をみて、人とそっくりだ、と驚いた縄文人は多数いたはず。それをみて「土の中の精霊だ」とそのまま祀っていた縄文人もいたはず。その内、縄文人の中では「土の中に精霊がいる」が常識のように語られるようになる。朽ちてしまう植物ではずっと祀れない。それで自分たちで信仰対象として土(精霊の本体)から作れば良いと考えてもおかしくない。土でつくる土偶はまさに土の中の精霊を具現化したもの。その形は根菜類、土の中にある植物の根の状態に近づけた。不思議な土偶の形状は、土(根菜類)の擬人化。
今でも日本人は刀を擬人化したり戦艦を擬人化したりするアニメ文化がある。すべてに生命が宿っているという宇宙観は、縄文から現代の日本人に受け継がれている。現代人は当時とくらべ、まったく「土」に触れない生活。縄文人の土偶の本当の意味(心)は、なかなか想像は出来ないでしょうね。
あんてな さんへ。
為る程納得出来る宗教観ですね!。
二股の根菜を見て土の聖霊を感じた!。素晴らしい考察ですね。
日本人の宇宙観は縄文時代から育まれていた?。
西洋では亦違う自然観?。
つまりこれは失敗したモノで、
同じモノの完全体があるかもしれないということですかね
わたくしは高校時代に、大学の考古学部と一緒に縄文遺跡の発掘経験があり、遺跡近くの縄文当時の地層から採取した土を使って土器を野焼きした経験があります。
お話を伺って、技巧についてはまさに仰る通りだと思いますが、決定的な違いがあります。 皆さんは、依頼されてコレクションとしてのレプリカをお造りになったと思います。 その上で、敬服に値するアプローチだと思いますが、では、数万年前の縄文人は、一体なんのために、その土偶を造ったのでしょう? まさか、竪穴式住居の中に、装飾品として、あるいはコレクションとして作ったのでしょうか?
そこまで精密な土偶を、しかも、実用品では無いものを、現代人ではなく、縄文人が制作するとは考えられません。 そこには宗教的、シャーマニズムの目的があると考えるのが普通ではないでしょうか? 遮光器土偶の装飾が見事であればあるほど、依代の意味が強いのではないかと思うのです。 失礼いたしました。
素人がマグカップを作ると取っ手部分が取れる事がありますね。接合部分が取れ易いのは確かです。
遮光器型土偶の片足が失われているのは接合部分ですね。意図的な破壊であんな壊れ方はしないでしょう。
コメントありがとうございます!
全く同感です^^
土偶を読むに納得したので、この人に賛同します、土偶を作った当時の人、仲間たちが土偶を見て、どう思ったのか想像したら、文字のない時代に、ビーナスだ、地母神だ、思わないだろ、大事な主食に対する現代人の思い、以上に感謝に溢れていたんじゃないか
栗、貝、里芋、等々の形に思いを込めて作ったのではないか、そして野焼きのため完成品がわずかだったこと、だれが人間を模したと言ったか、言った本人はもういないだろうが、一つの昔の事実が明らかになったことは喜ばしい、そしていわゆる、学者、専門家教科書、てれびに自分も洗脳され騙されていたことが分かった。そもそも、人間の顔でなく栗の頭だったり、実の割った所の顔だったりする。
射光器土偶、レプリカ購入できますか?
この動画を見る前に
「週末縄文人」
というRUclips 番組を見てました。
そこでは縄文式土器を一から作ってみよう❗️という事で土造りから焼き上げまで動画にしていたのですが、試行錯誤を繰り返し最後まで何とか…😅
それを見て感動しましたよ👍
物を作る大変さと出来上がった時の喜び👍😍❗️
学者も自分で作ってみれば良い❗️
まぁ、お茶の入れ方も知らない奴も居るだろうし、頭デッカチで机上の空論で飯食ってる奴もたくさん居るだろうから無理か🤣🤣🤣
コメントありがとうございます!
学問になると 仮説→立証?みたいな思考になると思います
今回私たちは事実作ってみて感じたことなので 土偶を見てる角度がちがうのですが
間違いなく皆さん愛してるとは思います^^
作者の縄文の人もこんなに推理されまくるとはびっくりでしょうね!歴史的事実って真実はわからないので色んな視点、切り口で推理するのは楽しいし有意義ですね。目から鱗でした。野焼きかどうかは、もっと高い技術を持ってたのでは?と思っているので違う見方をしてます。でも少なくとも壊すためではないと思います。固い感じの音がしてましたが、実物もそうなんでしょうかね?ケースに入ったものは見ましたがそんなイメージではなかったので。ありがとうございました。😊
コメントありがとうございます! 実際野焼きだったのか窯があったのがわかりませんが
今期作っている模造土偶は 製品にするため高温で焼成しております(強度を出すため)
したがっておそらく当時の土偶は 低下度で焼成されていると思いますので
鈍い音がすると思います あくまでも良そうですが^^;
ありがとうございます。実は、縄文土器を触ってみたくて南山大学まで行ってきました。軽いものもあり、重いのもありでますますよくわかんなくなりました。いづれにしても縄文時代は謎の多い、魅力的な時代ですね。@@craftmantv
この土偶だけはいろんな要素を全部詰め込んだ欲張り土偶な気がするんだよなあ。
全部の説を混ぜたらこんな感じになるような。後期の土偶ってことで、それまでの土偶の集大成。海外やら、多くの地域との交流が増えた時期か。皮革か織物か装飾も凝っているし、芋かどんぐりモチーフか、加工品と自然のモノのミックス。戦士のようで母性もあり、デフォルメ、比喩、隠喩、暗喩だけじゃない、ユーモアさえあり、精神的豊かさを感じる。
俺もそれ思ってた
壊すために精巧に作りすぎなんですよね
焼き物師に言われて腑に落ちました
パーツを分けて作っても全てを付けてから焼きを入れると部分によって収縮率が異なるので難しいのは確かですね。焼き上がりをくっつけるのなら別ですがそれには現代的な接着剤が必要です。
コメントありがとうございます!
おっしゃる通り取り付けるタイミングと乾燥管理等々 至極難しい技術になりますので
乾燥時 焼成時 多くの土偶が破損欠損していたと思いますねー
納得、理解できます!
流石専門家ですね、古代の作り手を空想させて呉れますね🙄
コメントありがとうございます!
私達も同じ作り手なので
「作者」が 「何を想っていたのか」
が気になる所でした^^
現代のように 仕事として作業するわけではなかったと思うので
純粋な 製作意欲によって製作していたと仮定すると
作者がどんな人だったのか というのは大事な要素なんだと思い そこら辺に切り込んでみました!
ご視聴ありがとうございました!
博物館に行って、呪術的な意味で壊すっ説明文を読んだことある。
作るのが大変な時代だろうにわざわざ壊すなんて、よほどだなと思ったけど、この動画の話の方がしっくりくる。
コメントありがとうございます!
実際縄文時代を見てきたわけではないので あくまあでも作者的推測にすぎませんが
根拠無く呪術的に壊すという発想はいささか乱暴なのでは?っと感じました^^
素晴らしいお話ですね
私は以前から古墳は神社の役割
土偶は人形(ヒトガタ)と思ってますので
とても興味深く視聴させて頂きました
破損するのが当たり前なら本来の目的のために
何かで補修した跡が残って然るべきです
学者先生が後から塗った漆か膠か水溶き粘土に気付いたかどうか
粘土を水に溶かして精製する事は縄文人は知っていたと思います
縄文時代の水田は谷を崩して段々に作られています
大きな粒が先に沈んで粘土質が後から沈むから水田が出来ます
コメント ありがとうございます!
私達焼き物屋の観点から見ても どの程度の制度でやっていたかは分かりませんが
水簸(採取した原土を水でかき混ぜて余分なものを取り除く作業)はしてたと思います。
稲作は縄文晩期と聞いていますが 水と土と生活はかなり密接していたようです
遮光器土偶にも年代ごとに進歩がみられることからかなりの向上心は持っていたと思われます。
量産品ではなかったはとうい事は自信を持って言えますねw
私も故意に壊したとは思えません。何かの祈願の為に作り、そして壊したというより、もしもそのような神儀的な発想で考えるとするならばそんなに難しく考えずに妊婦さんの土偶が無事に焼き上がるかどうかで安産か難産かを占っていたのではないかと思う。
個人的には同じ集落での交配はリスクが高いので言語が無い時代に妊婦の像を持って他の集落で妊娠を希望する意思表示をしたとか、仮面の形や土偶の容姿で集落の違いを表現して交流をしてたとか現実的な使い方をしていたのではないかと思う。
集落が形成されれば、ルールもできるし、言語は、自然発生するだろうな
コメント ありがとうございます!
何を想っていたかは謎ですが クオリティーと手間のかけ方から想像するに 簡易的な物とは思えません
相当なにかしらの思い入れとエネルギーを注いでるはずです
それがどういう役割を課していたのか 想像するのはたのしいですね^^
ありがとうございました
実際作ってみないと感じられないことって、ありますよね🙂
陶芸家さんと考古学者さんが意見を出し合ったら、また新しいことが発見されるかも?と思うとワクワクします。
呪術や宗教感は独特だったかも知れないけど…。陶芸家さんじゃなければ気付けない細かいところを聞いて、すごいな~と思いました。
縄文時代にも、確かに土や火を使って土偶を作っていた人がいると思うと、人間てすごいなと思います。
数学を除き、学問は先人論文、真偽も怪しい文献が踏襲されていく世界。親亀こけたらみなこけた。さらに言えば定説学者の大先生は専門技術者の意見をみくびってふんぞり帰る砂山の大将。実地の感想は説得力あるので、定説?には常に疑いを持つべきだと思う。
実際に作られた方の見解なので非常に説得力がありますね。私もこんなに精緻に造られたものを故意に壊すとは考えにくいです。 そして土偶のレプリカが欲しくなりました。販売とかされないのですか?(笑)
コメントありがとうございます!
作者目線で考えると 壊す前提でしたら無駄な加飾は苦痛におもいそうですw
販売もしていますので
購入を希望されるのであれば下記のどちらかへご連絡ください
twitter.com/owlsense66
owlman6666@gmail.com
土偶は今で言えばゆるキャラです。だから集団の中のシンボル的存在で、出来上がったものは個人がこっそり愛でるものではなく、その集団のみんなに愛された存在だったと思います。ゆるキャラって一個の着ぐるみにいろんな要素(熊と名産のメロンとイカwみたいに)を合体させて作るじゃないですか。このチープ感がゆるキャラの所以でしょ。何かの本で土偶のパーツデザインは自然物だという説が載ってました。例えばハート型は栗の実の切り口みたいな感じで、当時縄文人が目にしてた、特に木の実とか葉っぱとか生活に密着したもののデザインです。そういったデザインを一個の人形に散りばめて作られてる。ゆるキャラって、最初は地域おこしから始まったと思いますが、その後、各地方のシンボルになりコミュニティの象徴になっていますよね。難しく言えば宗教や呪術的な道具とも言えますが、実感が湧きませんよね。それよりも土偶はゆるキャラだって言った方がわかりやすいんじゃないかな。また、今みたいにそれぞれのコミュニティ同士が出来栄えを競い合ったんだとおもいます。そうでなければ、こんな色々バージョンの土偶がたくさん出てこないと思います。当然、壊す目的で作られたという説は間違いだと思います。
実際土を手にかけていらつしやる方からの見解が納得のいく視点だったので私も納得してる次第です❣️土と人間の手の関係を時系列でみても、距離の隔てたものではないと私は思っていますので(実感の視点)それは考古学の専門家の先生とはまた違うのかもしれませんが、あなたの仰ることが非常に素直に受け取れました❣️
ありがとうございました💕
壊すためにものを作った?そんな説があることすら知らなかった
とても分かりやすく納得感いっぱいです。私もモノづくりをしてますので、壊れるように作ることは、マインドコントロールが非常に難しいと感じます。美味しくない料理を仕事とはいえ作るのが困難なように。
一聴に値する。再現は実験考古学的には有用な手法だ。ただこの土偶については出土状況がわかっていない。埋設状況から分かることもおおい。意図的に壊されたのか?壊れて捨てられたのか?今となっては知りようもない。
土偶といってもシンプルな物から造形の凝った物まで幅広い。一般的に数多く出土するシンプルな物は圧倒的に「壊れた状態」で出土する。シンプル土偶は「身代わり」として理解される所以だ。しかし縄文のビーナスも膝を抱く土偶も仮面土偶も複雑な形状のものは完形で出土している。学会の理解も「身代わり土偶」ではない。むしろ「仏像」に近い。そして遮光器土偶は「身代わり土偶」だったとする学説を私は知らない。土偶は「全て身代わり」との言説は都市伝説だろう。時間軸でも空間軸でも偏差の強い縄文文化は一括りには理解できない。
初めまして…!
私はこの遮光器土偶は青森の亀ヶ岡遺跡で発見されましたが、亀ヶ岡遺跡で作られた物ではなく、
北方のシベリア地方との交易があり入って来た物ではないのかな・・?なんて思います。
コメントありがとうございます!
通貨がなかったらしいので経済的物流はないと思いますが
縄文人のルーツにシベリア経由で流れて来た説もあるみたいですので
もし事実だったとしたら交流がなかったはずはなさそうですね^^
少なくともシベリア付近で生活していた時の文化はひきつがれてると思いますな
歴史の教科書で学んだ、我々一般人が想像する縄文人は、予想をはるかに上回る技術力があったと私は思っています。
手作りだからこそ感じるお話し・・・なるほどです。
豆の精霊・妖精じゃないかと思ってます、腕や脚は豆のさやのよう、手や足はさやのヘタのよう、文様は豆のツルのよう、髪飾りは豆の花のよう、そして目は豆そのもののよう。
遮光土器の顔、どっかで見たことがある。
生まれたての赤子ではないでしょうか?
考古学を齧ってる端くれですが、自分もそう思います、まさに目が開く前の赤児の顔ですよね。
なるほど。高齢者も目のクマと眉毛でそんな風に見えることもあります。
なるほど。高齢者も目のクマと眉毛でそんな風に見えることもあります。
すげー、考察。プロの意見。
コメントありがとうございます!
作者目線で考察してみました^^
私も同感です。
八戸市所在の是川縄文館で国宝の合掌土偶と遮光器土偶、見比べましたが
前者はシンプルで自分でも作れそう、後者は技術的に無理と思いました。
仰る通りです、手間・暇かけて作ったものを簡単に壊すかな?・・
縄文人は想像でこのような形態をつくれるのかな?
それにしては合掌土偶とは作りが全然違うし、謎は深まるばかり
土偶作者の利き腕が分かるんですか! 洞察力すごいですね!
今度行くときは横からじっくり見てみます。 情報ありがとう!
コメントありがとうございます!
模造するにあたり どういう順番でどう作ったのかを観察するところから始まりました。
歪みや形状から製作順序なども予想しました
その過程で これは主に右手で作業してるなーっと感じた次第ですね^^
楽しんでいただいて光栄です^^
悪い所を壊すのが目的ならあまりデフォルメしないで、たとえば口や鼻や耳などをもっと大きく作るかなあとは思う。
この動画の
遮光器土偶(亀ヶ岡出土)は縄文時代の晩期と言われていますので、
今から約3000年前頃に作られたと思われます。
その出来栄えは、他の土偶と比べると完成度は非常に高く、
いわば芸術作品です。
この亀ヶ岡出土の遮光器土偶を、
土俗学的実証もせず信仰的理由で「壊すために作った」なんて言う
考古学者がいます。
古墳時代(3世紀半ば~7世紀末頃の約400年間)には、
人の不幸を人形に身代わりさせるという風習があった
とされていますが、それより前の縄文期にそのような信仰があった・・・は、
仮説としてはありますが実証はされていません。
(おまけ)
芸術家は自分の作品が気に入らないときは粉々に壊したりしますが、
そのような気分を頭の固い考古学者は理解出来ないかも知れません。
takamatuさん コメント有り難うございます!
理解出来ない事 理由が分からない事を 信仰的理由として処理してしまうのは 学問として解釈されてる立場として いささか乱暴なのでは?っと思い もの申させていただきました( *´艸`)
(おまけ)
我が家は 失敗してしまった焼き物は壊さず 自分達で使ったり 色味や見本として使ってますwww
詰まり、学者が思っているより当時の作陶環境では歩留まりが今の常識で考えるより遙かに悪かった……と。そして不良品を割って廃棄するっていうのはあることだよね。
お臍の話で、自分の臍を参考にしたというのは納得だけど、写し身というのは如何だろうか。
恐らく、学者特有の思考の穴にはまってるんだろうな。
結構前の動画だと思いますがオススメに出てきました
週末縄文人を登録してるからかな?
プロの目線の動画興味深く拝見しました
コメントありがとうございます!
動画 編集を再開しようと思っています
のんびりやっていきます
壊すためならもっと雑に作ると思う、そもそも。それこそ手のひらサイズの人形でいいよね。
なんならいちいち焼かなきゃいけないものじゃなくて植物とかで作るよね。藁とか。
古代に理想を抱いて分析するから納得しづらい説を出すんじゃないかな、って。
大小関係なくあらゆる道具だけが発展し続けてるだけで、人間自体は何も変わってないことを前提にして説を出したらもっと実情に近い説にたどり着くと思う。
すみません!!! なぜか通知が来ていなくて コメント頂いていたことにいまきがつきました^^;
現代で言いますと カワラケ(土器)なんかは だいぶ簡素に作りやすいように作られていますね。
「古代に理想を抱いて」何となく納得しましたww
おそらく縄文人だって 「あー めんどくせーーww」って思ってたかもしれませんねwwww
特別な存在と決めつけてみるのは かえって思考を狭めることは間違いないですな!
コメントありがとうございました!!(返事遅くなり申し訳ありません^^;)
壊すためにやるなら大きいわら人形を盛大に燃やすかもなあ…
遮光器土偶は、東北地方だけで、1800体以上、出土しています。この動画は亀ヶ岡遺跡の土偶に限定した考察なのでしょうか?
学者さんが~と言いたくなるのも解りますよ
職業的な研究者だけで無く市井の長年調べている方でも
渡来人や大和政権で何でも片付けてしまう方が多いですから
粘土の入手方法は私も同意見です
古代の水田の地域は解ってもどんな地形で始まったかは誰も説明してくれませんから
谷筋の水の流れる処を崩して出てきた石を積んでせき止め
勢いよく混ぜれば大きな石ほど早く沈んで泥水を溜めて置けば水田の土が手に入ります
このような複雑な土器はパーツ毎に作って半乾きの時に
粘土で接着して作りますからそこから割れる事は多いと思います
逆に割れて当たり前で後で何かで接着して使ったのではないか?
材質に関しては再現するには粘土に1-2割の砂を混ぜると強度が出るそうです
野焼きと言われますが単なる焚火ではなく
そもそも土器の発明自体が火を土で囲った風除けのかまどが
火で焼けて強度を増したのを発見したからでしょう
従って屋根の無い火力を逃がさない程度の窯は有ったと考える方が自然だと思います
バラす説は、離れた場所に各部品が埋められてる。ということが論拠で、
もし壊れちゃったんだったら、壊れても一緒に埋葬しませんか?
コメント有り難うございます!
我が工房での話ですが
手間かけて作り込んだ作品が 窯から出したときに ワレてたりヒビが入ってしまっていた 何て事がたまに起きます。
その時 じゃあそのまま破棄しますか?っと聞かれたら ノーです。
割れてたり壊れていたとしても それ以外が良くできていたら
捨てずに取って置きます。
私達作り手からの意見として 離れた場所に埋められていたから 壊したと言うのは 合点がいきませんね
( ´~`)ゞ
コメント有り難うございましたm(_ _)m
色んな角度からのご意見楽しく見させて頂いております(^_^)v
目の部分は当時のサングラスだそうです。
焼く時に火を長い時間見てると目が焼けるので
木に切れ目を入れて焼き加減を見ていたそうです。
自家像を作ったんじゃないかと仰っていたので
動画見て、ガテン行きました。
サングラスしている土偶は要するに
自分の土偶を作っていたのだなと思いました。
土偶は、ほとんど植物らしい
植物のデフォルメですね♪
土偶の頭の形と土偶の出土した植物の産地が合致するんですよね
植物に感謝して木の根元に置いたんじゃないかって言われてます。
自分てきにはそれもあったと思うんですけど所有を示すためにも置いたんじゃないかと思ってます。
なるほど。縄文人は目がぱっちりだから、さぞや眩しかったかも。
今でもイヌイットが雪の反射の光防ぐのに使っていますね♪
あ、そういえば、手足を自分の視点からすると斜めになるので短く見えますね。
なるほど。意図的なデフォルメじゃなくて、視点から見えるままに写したことによる歪みですか。
興味深い。
コメントありがとうございます!
仮に自分の体をモデルにしてたとすると
何となく説明が付く部分が多かったという印象でした^^
なるほど。面白い。
作り方も知りたいけれども 何故何のために作ったかが知りたいですね。これは考古学者の研究によるのが正解でしょうね。
共感します。私自身も手仕事をずっとやって来た体験から、コレは渾身の思いを込めて実際に観たものを形に留めたものだと思います。コレとほぼ同じ形がフィレンツェのメディチ家礼拝堂に2体も、有るそうです。更に、コーカサス地方には画面の後ろの姿で、ハカマを付けてない造形が、椅子に座っているのが複数見つかっています。ズバリそれらは異星人です、非常に手足が細く、地球では自立不可能な小鳥のような手足です。平らな板の顔付きだったりしてます。 その先の思考停止ならば仕方ないですが、見通せない地平線の彼方も見たい気持ち有るなら、世界的に繋がる要素を、これらの土偶は確実に示しています。
モヘンジョダロから大仙陵古墳芯まで、6369km≒地球半径距離;6371km×0.9997. です。更に鎌数伊勢大神宮からモヘンジョダロまでは、6794km≒ 6794.4 km; 世界一正確な、東京天文台サイトの火星直径データです。←人類の歴史で最も遠くまで衛星を飛ばして回収出来た、世界最先端技術力の裏付けとなっている基礎データは信用出来ます🧐
遺跡間距離も、配置されてから移動してない筈なので、ほとんど信用して良いと考えています。そしてそれらすべてが太陽系天体サイズモジュールに基づいた数値と極めて高精度で合致しています。真理だと考えています
コメントありがとうございます^^
私は歴史的な話や科学的な根拠の話は全く分かりません(学がなくてすみません^^;)
なんかすごく壮大ですねw
技術者としての意見は興味深く面白かったです
手足がコップのような器に見えます。亀ヶ岡のモノに関してはコップ(手足)に合わせて胴体の形を作ったとも思えたりしました(コップを手足にしてみようとか、当時の創作者の遊びだったりして、とか思ったり)
手間暇かけて作ってお釈迦が多くて完成品が少なかったとするなら、きっと物々交換の為に作っていたのでしょう。貴重品だった黒曜石とかと交換していたのではないでしょうか。土偶は今のネンドロイドのようなフィギィアみたいな物だったのでしょう。
コメントありがとうございます!
物々交換が交わされていたとの発想 一理あると思います。
これだけ土偶制作に時間を費やしていたとなると作者は 食料の確保をしている時間も削っていたと私達も考えていました。
土偶に何らかの価値があり 誰かが食生活をカバーしていた可能性は高い
影響力があったのが作者なのか、それとも土偶自体なのかは分かりえませんが
もし、後者なのだとしたら
土偶を介しての交流 つまり物々交換が行われていた可能性は高いと私も感じました!
貴重なご意見ありがとうございました!
縄文時代、当時は精霊の神を模倣して作ったと思われます
土の神、花の神、稲の神などイメージして祀り飾っていたと思います その時に落として足が壊れたかもしれませんね・・・・。
教科書では人の生け贄の代わりに土偶を使い埋葬したと教わりましたが、今思えば「エジプトの墓と一緒かよ!」と思います
亡くなった子供の土偶なども作ったと思いますが、土偶も人形のように「魂」が入っているので大事に扱われたかもしれませんね・・・。
自分の姿を写し取った😳だとし、全身も写し取ったって考えると夢が膨らみます🤗
少し前NHKで縄文特集みたいな番組で
縄文式土器を作って縄文の食事を再現した学者がいたのを覚えていますが
確か土偶も再現したと言ったと思うのですが
その先生は
縄文式土器も土偶も直接ご本人が作ってはいないと思いますが
再現をした職人さんは
この動画のような考察を語ったのか疑問です
学者がどこまで
職人を理解したかもわからないです
なんだこの文章は
時間かえせ
中は中空?に作られていたんだ。これは技術が高いよな。
ダヴィンチの弟子入りした工房の師匠ヴェロッキオは、初見で彼の左利きを指摘した。私も模写中に作者の癖や想いに気付き、感動したことが多々有った。今回、長年の疑問が晴れ嬉しく思う。宗教的解釈には懐疑的だったので溜飲が下る思いです。象牙の塔に閉じ篭もるだけでは、真実は見えない。早速登録し学ばせて頂きます。
人の横顔を描く場合、右利きだったら左向きの方が描きやすく右向きには描きにくいですね。ある美術評論家が右向きの横顔を多く描いている作家の真意を推論し非常に観念的・宗教的な意味で解釈していたが、この人は自分でデッサンもしたことがないんだろうなあと思ったね。単に左利きだったから右向きが描きやすかったんだよ、馬鹿!と思えましたねw
動画ありがとうございます。
全く同感です (^ ^)/
当時の焼成は野焼きが定説になっていますが、本当に野焼き以外の焼き方はなかったのでしょうか。
登り窯のような大掛かりなものはなかったでしょうが、歩留まりの悪さを改善するための工夫を必死に考え試行錯誤していたのではないかと思うのですが。
コメントありがとうございます!
歴史の資料を読む限り
窯という概念の構造物が確認され始まったのは弥生時代で 土手を掘り込んで作った窖窯(あながま)が始まりとされていて
それ以前は野焼きしていたというのが定説になっております
今回のご意見を頂いて
確かに 造形製造に強いこだわりを持っていた作者が、仕上げの工程である焼成方法を試行錯誤しないというのは考えにくい
そして、事実は「野焼きをしていた」ではなく「窯が発掘されない」であるということ
ここからは想像のお話しですが、上記を踏まえた上で考えると
仮に、粘土等を用いて窯を構築し 焼成後 取り壊していたとすると
地面には焼成の後はあるが、そこに窯は発掘されないという事にも説明が付きますよね・・・。
・・・・・あると思います!!!
貴重なご意見ありがとうございました。