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「ドアがない」わろた やっぱ切り口が独特で面白いですね
昔の折り戸は隙間も多かったので、北国行きの寝台列車に使われたときは、風だけでなく雪も入り込んできて大変だったらしい。
583系のデッキに積雪あったもんな。
北海道オハ14引戸にしたもんね
雪が詰まって締められなくなるトラブルが多かった
改名駅は京急がごっそりやりましたね。新逗子>逗子・葉山、仲木戸>京急東神奈川、花月園前>花月総持寺、産業道路>大師橋
阪急電車の場合、昔から駅構内や車内でのアナウンスは「おおさかうめだ」「きょうとかわらまち」「こうべさんのみや」だったので、駅名変更と言われても違和感はなかったですね。むしろ、今までは電車の行先表示や駅名表示の視認性の問題で省略してた、位の感覚ではなかったのかと思うくらいです。
後半パートの話になりますが、札幌市営地下鉄南北線の南平岸駅も1994年までは霊園前駅でした。
折り戸の車両を見たらテンションが上がる。白で三角屋根の西駅が懐かしい。車両を使ったレストランがあったな。
通勤電車は両開きドアが多い。4扉車が主流。特急列車には折戸がある。座席指定特急列車の代表として、近鉄特急と南海電鉄の特急サザン。
折戸ならパノラマスーパー、寝台車、オバ12など
@user-fn3112ux4t オハ12の間違いでは。
外吊り扉で思い出されるのはJR東日本の「ACトレイン」ことE993系ですかね。結局後の量産車には反映されなかったので、デメリットを覆すほどのメリットを得られなかったんでしょうね。
書こうと思ったやつACトレイン
キハ91形は3枚折戸だけど、開閉の動画というか静止画すら見た事がない。
三重県伊勢市二見浦(ふたみうら)町と津市一身田(いっしんでん)町の場合、国鉄は二見浦(ふたみのうら)駅と一身田(いしんでん)駅と東一身田(ひがしいしんでん)駅というように命名した。そして現在のJRと伊勢鉄道も其れを引き継いでいる。
東武スカイツリーラインの『りょうもう号』0ドア車は、見慣れてて普通だと思ってた。
京王線火薬庫前駅(現明大前駅)、小田急線大根駅(現東海大学前駅)、東急線二子玉川園駅(現二子玉川駅)・多摩川園駅(現多摩川駅)なんかもありますね。
ちょっと趣旨が違うかもしれませんけど、おけいはんのラッシュ限定で開く扉がありまして(今はもうないですけど)椅子が上下に移動したりして結構面白いですよ
高校卒業の時に八高線のキハ35に乗ったことが懐かしいです。そのあとはキハ110になってしまった。
魔理沙さん、霊夢さんこんにちは!交直流急行型451系・471系のクモハの運転席側の乗降扉は最初外釣りドアでした。それとサシ改造のサロ481型500番台にも乗降扉がありませんでした。またプラグドアはキハ183系5200番台にも採用されていました。それにJR四国のキハ2000系にも採用されています。
プラグドアのみならず路面電車では折り戸も採用されている例もある
改名と言うと、何年か前に時刻表で中央東線のページを見ていて「あれ?昔見た初鹿野(はじかの)が無い??」と思ったら、1993年に甲斐大和に改名していました。それほど、ブランクがあったという…😓
京阪本線の石清水八幡宮駅も、ケーブルカーの駅と同時に変わりましたね。
外吊りドア、川越線電化前のキハ35がこれだった!
関係ないけど、昔の新幹線で、1番前の前寄りと、1番後ろの後ろ寄りには扉が無いのがありましたよね。500系だっけ?
近くだと東武動物公園駅だね。南埼玉郡宮代町にあった杉戸駅。
南海高野線狭山遊園前→大阪狭山市に変更しました。遊園地閉館でのことでした。
新函館北斗駅は駅名変更されたはずではないでしょうか?
北海道新幹線開業を機にそれまでの「渡島大野」から改称されましたね。さらに時代を遡ると「本郷」と名乗っていた時代もあった。
「そうだな」(雄琴の風呂屋()には触れない)
寝台特急「はやぶさ」「富士」のロビーカーで食堂車改造タイプのオハ24 701と702は乗降口のドアがなかったな~
JR西の20系客車を改造したジョイフルトレイン「ホリデーパル」のサロンカー・オハ14 701も食堂車のオシ14からの改造車で「ドア無し」でしたね。食堂車から改造した座席車やラウンジカー等はタネ車の構造上ドア無しになる確率が高い様な…。(他の方のコメントにもある和風車輌「だんらん」サロ481−500番台も食堂車のサシ481からの改造車だった。しかもそのうちの一部は「スーパー雷鳥」用のサロ481−2000番台に再改造されていた)
オムネオ(Régio 2N)って電車が独特ですよドア無し2階建てとドアのある1階建てが交互に続く形です
「とみやまちがたてつどう」とは・・・
昔は改造で両開き片開きの混成山陽みたいに両開きに片開き1両なんてのもいたなあ三岐(元近鉄)には両開き片開きがいますな
養老鉄道だろう。
京阪にも昔いましたね。片開き2扉特急車を一般車に格下げする際、両開き扉を増設して3扉車にしたやつ。
@@聖司-j6v ありました。1700系と1800系と最近では1900系。
JR九州にもクモハ717−901+クモハ716−901がいましたね。(457系からの改造時に中央に両開きドアを増設)片開き・両開きドア混成といえばキハ30・35大量導入前の関東鉄道常総線もバラエティーに富んでいました。中には元・小田急キハ5000・5100型のキハ750型の様に外吊りドアを増設した車輌も…。
@@kiha110oykot ありました。717系900番台。急行がターミナル電車に両開きドアを付けたローカル電車。JR四国の7000系がこれに当たる。
確かしなの鉄道の113系(訂正:115系)は手動で開け閉めするのがあったような気がします…!(1年半前の情報なのでもし今時点でやってないとかだったらごめんなさい‼)
115
国鉄-JR時代に耐寒改造の一環で開閉ボタンを追加していた車種?
@@user-yt2007 さん御安心を。しなの鉄道の115系は今でも手動開閉式の半自動扱いを実施しています。😊(本日乗車時に確認)
施設が無くなっても不変の都立大学・学芸大学は地方受験生には要注意。
そういえば同級生が開き戸の列車から飛び降りて入院してたな。今考えると危ないんだけど、走行中にドアを開いてトンネルの壁に傘をこすりつけて火花を出して遊んだりしてたわ。ちなみに、ホームに飛び降りるときは進行方向に向かって降りないとつんのめって転ぶぞ。
外吊り扉(レールは上のみで下側は扉を車体外壁或いは梁に巻き込むように引っ掛けて支持する)と外レール扉(下にもレールがある)は扉構造的に別物じゃないの?
あれ...確かJR東の客車は自動の開き戸だった希ガス
北斗星の寝台車、北海道対策で引き戸改造しました。
SL用の旧客ですね。C61-20型導入時にドアクローザーをベースに、扉閉め装置を整備したとの事。
1両のみ試作だったが4枚折戸なクモヤ791
クモハ711とクハ711の−901も落成時は4枚折戸でした。(量産車登場時に通常の引戸に改造)他に4枚折戸といえば皇室用のクロ157−1もありますね。個人的に気になったのはキハ90・91の3枚折戸。開閉シーンを生で見たかった…。
賢所乗御車も八咫鏡を載せる扉が観音開きですね
だいぶん昔ですが手動扉で到着前に飛び降りて車掌さんにこっぴどく怒られたの思い出した
そういや、昔のリニア中央新幹線は「ウィングドア」だったな。アレは全然普及してないね。万一故障して上から降ってきたら、ある意味 "本当のギロチンドア" になってしまう。
JR西日本のキハ120系は、ワンマン運転が多い為に、ドアは、折戸。
西のキハ120の他にも国鉄時代末期に四国に投入されたキハ54やキハ32、既に全車引退してしまったけど九州に投入されたキハ31も乗降用ドアに折戸を採用していましたね。コスト削減の為にバス用部品を多用した為だとか。
@@kiha110oykot ありました。JR九州のキハ31形。唯一くまがわ鉄道に譲渡されたが、廃車になった。JR四国のキハ32とキハ54形は、予土線に配置。
東武200系も一部廃車になってるしな…てか、東武動物公園と久喜だけドアカットすんのそろそろやめないか。
なぜ快速河原町行きw
父方の実家がある、国鉄松阪駅では、客が自分で扉を開ける、戦後車タイプ?がフツーに有って、走行中も、客が扉開けて、タバコ吹かす!的なのは、踏切でよく見ました!今では有り得んよね♪当時の近鉄特急のトイレは流れる路面が!(笑)要するにそのまま垂れ流し!踏切で、ビシャー!となった茶色い臭い物体よwwwあとは、駅構内の路面に残された💩なwww1回だけやけど、近鉄松阪駅で💩が出てくる瞬間を見てしまいましたwwwうゎ!今!ヤッとる!的なwww💩💩💩
ドア開き方面白すぎゆっくり各駅停車最高
「ドアがない」わろた やっぱ切り口が独特で面白いですね
昔の折り戸は隙間も多かったので、北国行きの寝台列車に使われたときは、風だけでなく雪も入り込んできて大変だったらしい。
583系のデッキに積雪あったもんな。
北海道オハ14引戸にしたもんね
雪が詰まって締められなくなるトラブルが多かった
改名駅は京急がごっそりやりましたね。新逗子>逗子・葉山、仲木戸>京急東神奈川、花月園前>花月総持寺、産業道路>大師橋
阪急電車の場合、昔から駅構内や車内でのアナウンスは「おおさかうめだ」「きょうとかわらまち」「こうべさんのみや」だったので、駅名変更と言われても違和感はなかったですね。
むしろ、今までは電車の行先表示や駅名表示の視認性の問題で省略してた、位の感覚ではなかったのかと思うくらいです。
後半パートの話になりますが、札幌市営地下鉄南北線の南平岸駅も1994年までは霊園前駅でした。
折り戸の車両を見たらテンションが上がる。
白で三角屋根の西駅が懐かしい。車両を使ったレストランがあったな。
通勤電車は両開きドアが多い。
4扉車が主流。
特急列車には折戸がある。座席指定特急列車の代表として、近鉄特急と南海電鉄の特急サザン。
折戸ならパノラマスーパー、寝台車、オバ12など
@user-fn3112ux4t オハ12の間違いでは。
外吊り扉で思い出されるのはJR東日本の「ACトレイン」ことE993系ですかね。結局後の量産車には反映されなかったので、デメリットを覆すほどのメリットを得られなかったんでしょうね。
書こうと思ったやつACトレイン
キハ91形は3枚折戸だけど、開閉の動画というか静止画すら見た事がない。
三重県伊勢市二見浦(ふたみうら)町と津市一身田(いっしんでん)町の場合、国鉄は二見浦(ふたみのうら)駅と一身田(いしんでん)駅と東一身田(ひがしいしんでん)駅というように命名した。そして現在のJRと伊勢鉄道も其れを引き継いでいる。
東武スカイツリーラインの『りょうもう号』0ドア車は、見慣れてて普通だと思ってた。
京王線火薬庫前駅(現明大前駅)、小田急線大根駅(現東海大学前駅)、東急線二子玉川園駅(現二子玉川駅)・多摩川園駅(現多摩川駅)なんかもありますね。
ちょっと趣旨が違うかもしれませんけど、おけいはんのラッシュ限定で開く扉がありまして(今はもうないですけど)
椅子が上下に移動したりして結構面白いですよ
高校卒業の時に八高線のキハ35に乗ったことが懐かしいです。そのあとはキハ110になってしまった。
魔理沙さん、霊夢さんこんにちは!交直流急行型451系・471系のクモハの運転席側の乗降扉は最初外釣りドアでした。それとサシ改造のサロ481型500番台にも乗降扉がありませんでした。またプラグドアはキハ183系5200番台にも採用されていました。それにJR四国のキハ2000系にも採用されています。
プラグドアのみならず路面電車では折り戸も採用されている例もある
改名と言うと、何年か前に時刻表で中央東線のページを見ていて「あれ?昔見た初鹿野(はじかの)が無い??」と思ったら、1993年に甲斐大和に改名していました。それほど、ブランクがあったという…😓
京阪本線の石清水八幡宮駅も、ケーブルカーの駅と同時に変わりましたね。
外吊りドア、川越線電化前のキハ35がこれだった!
関係ないけど、昔の新幹線で、1番前の前寄りと、1番後ろの後ろ寄りには扉が無いのがありましたよね。500系だっけ?
近くだと東武動物公園駅だね。
南埼玉郡宮代町にあった杉戸駅。
南海高野線
狭山遊園前→大阪狭山市に変更しました。遊園地閉館でのことでした。
新函館北斗駅は駅名変更されたはずではないでしょうか?
北海道新幹線開業を機にそれまでの「渡島大野」から改称されましたね。
さらに時代を遡ると「本郷」と名乗っていた時代もあった。
「そうだな」(雄琴の風呂屋()には触れない)
寝台特急「はやぶさ」「富士」のロビーカーで食堂車改造タイプのオハ24 701と702は乗降口のドアがなかったな~
JR西の20系客車を改造したジョイフルトレイン「ホリデーパル」のサロンカー・オハ14 701も食堂車のオシ14からの改造車で「ドア無し」でしたね。
食堂車から改造した座席車やラウンジカー等はタネ車の構造上ドア無しになる確率が高い様な…。
(他の方のコメントにもある和風車輌「だんらん」サロ481−500番台も食堂車のサシ481からの改造車だった。しかもそのうちの一部は「スーパー雷鳥」用のサロ481−2000番台に再改造されていた)
オムネオ(Régio 2N)って電車が独特ですよドア無し2階建てとドアのある1階建てが交互に続く形です
「とみやまちがたてつどう」とは・・・
昔は改造で両開き片開きの混成
山陽みたいに両開きに片開き1両なんてのもいたなあ
三岐(元近鉄)には両開き片開きがいますな
養老鉄道だろう。
京阪にも昔いましたね。
片開き2扉特急車を一般車に格下げする際、両開き扉を増設して3扉車にしたやつ。
@@聖司-j6v ありました。1700系と1800系と最近では1900系。
JR九州にもクモハ717−901+クモハ716−901がいましたね。
(457系からの改造時に中央に両開きドアを増設)
片開き・両開きドア混成といえばキハ30・35大量導入前の関東鉄道常総線もバラエティーに富んでいました。
中には元・小田急キハ5000・5100型のキハ750型の様に外吊りドアを増設した車輌も…。
@@kiha110oykot ありました。717系900番台。
急行がターミナル電車に両開きドアを付けたローカル電車。
JR四国の7000系がこれに当たる。
確かしなの鉄道の113系(訂正:115系)は手動で開け閉めするのがあったような気がします…!(1年半前の情報なのでもし今時点でやってないとかだったらごめんなさい‼)
115
国鉄-JR時代に耐寒改造の一環で開閉ボタンを追加していた車種?
@@user-yt2007 さん
御安心を。
しなの鉄道の115系は今でも手動開閉式の半自動扱いを実施しています。😊
(本日乗車時に確認)
施設が無くなっても不変の都立大学・学芸大学は地方受験生には要注意。
そういえば同級生が開き戸の列車から飛び降りて入院してたな。
今考えると危ないんだけど、走行中にドアを開いてトンネルの壁に傘をこすりつけて火花を出して遊んだりしてたわ。
ちなみに、ホームに飛び降りるときは進行方向に向かって降りないとつんのめって転ぶぞ。
外吊り扉(レールは上のみで下側は扉を車体外壁或いは梁に巻き込むように引っ掛けて支持する)と外レール扉(下にもレールがある)は扉構造的に別物じゃないの?
あれ...確かJR東の客車は自動の開き戸だった希ガス
北斗星の寝台車、北海道対策で引き戸改造しました。
SL用の旧客ですね。C61-20型導入時にドアクローザーをベースに、扉閉め装置を整備したとの事。
1両のみ試作だったが4枚折戸なクモヤ791
クモハ711とクハ711の−901も落成時は4枚折戸でした。
(量産車登場時に通常の引戸に改造)
他に4枚折戸といえば皇室用のクロ157−1もありますね。
個人的に気になったのはキハ90・91の3枚折戸。
開閉シーンを生で見たかった…。
賢所乗御車も八咫鏡を載せる扉が観音開きですね
だいぶん昔ですが手動扉で到着前に飛び降りて車掌さんにこっぴどく怒られたの思い出した
そういや、昔のリニア中央新幹線は「ウィングドア」だったな。アレは全然普及してないね。万一故障して上から降ってきたら、ある意味 "本当のギロチンドア" になってしまう。
JR西日本のキハ120系は、ワンマン運転が多い為に、ドアは、折戸。
西のキハ120の他にも国鉄時代末期に四国に投入されたキハ54やキハ32、既に全車引退してしまったけど九州に投入されたキハ31も乗降用ドアに折戸を採用していましたね。
コスト削減の為にバス用部品を多用した為だとか。
@@kiha110oykot ありました。JR九州のキハ31形。
唯一くまがわ鉄道に譲渡されたが、廃車になった。
JR四国のキハ32とキハ54形は、予土線に配置。
東武200系も一部廃車になってるしな…てか、東武動物公園と久喜だけドアカットすんのそろそろやめないか。
なぜ快速河原町行きw
父方の実家がある、国鉄松阪駅では、客が自分で扉を開ける、戦後車タイプ?がフツーに有って、走行中も、客が扉開けて、タバコ吹かす!的なのは、踏切でよく見ました!
今では有り得んよね♪
当時の近鉄特急のトイレは
流れる路面が!(笑)
要するにそのまま垂れ流し!
踏切で、ビシャー!となった
茶色い臭い物体よwww
あとは、駅構内の路面に
残された💩なwww
1回だけやけど、近鉄松阪駅で
💩が出てくる瞬間を
見てしまいましたwww
うゎ!今!ヤッとる!
的なwww💩💩💩
ドア開き方面白すぎ
ゆっくり各駅停車最高