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ゴッホが一番好きです。良いところも悪い所、不器用なところ、変なところも含め、行きずらい生涯だった彼が好きです。
五郎さんの、ゴッホへの眼差しがいつも優しくて好きです。
今回の五郎さんの解説も素晴らしかった。五郎さんは本当にゴッホの人間性もよくわかっていらっしゃると感じました。無意識過剰のくだりでは、なぜか胸がいっぱいになって涙が出てきてしまいました。小林秀雄のゴッホ理解と通じるものがありました。
五郎さんのゴッホ解説のおかげで、ゴッホのイメージががらりと変りました。今回の解説もとても興味深く拝見しました。ゴッホは本当に愛すべき不器用さんだったのだなと思います。不器用さゆえ周りからはなかなか理解されず煙たがられてしまったのがとっても切ないですね。。。それにしてもゴッホの黄色はほんとに美しいなとしみじみ思います。
五郎さんの以前の解説で「こんなこと言ったら財団から怒られちゃうかもしれないけど…」と言いながらゴッホの人となりを解説してくださいましたが、むしろ世の中のイメージ以上にゴッホにいいイメージを持つようになりました。特に弟のテオのゴッホ愛が印象的で「愛の画家」と呼ぶに相応しい方だと思いました。
チャンネル開始2回目のゴッホ回で、どうにかしてやりたいけどどうしてやる事も出来ない人 って解説と、今回の解説がリンクし 自分自身も助けてあげたいなって気持ちが半分と怖いって気持ちも半分で、もどかしさを感じてしまいました。もし事実が他殺ならば、落ち着いてきて晴れやかになって来たゴッホが哀れで 他人事ながらやり場の無い気持ちがいっぱいです
五郎さんの、ゴッホ解説を伺うにつけ、泣けてきます、、、
今回も面白かったです。ありがとうございます。「日本の絵師は長屋に住んでるよー」「長屋ってのは同じ屋根の下で、同じ井戸を使ってる家だよー」→日本の画家は共同生活してるんだ!!!と勘違いしたのかな、と想像していました。本阿弥光悦の村は知らなかったです。
五郎先生のゴッホの解説、どの回を拝聴しても驚きと感動があります☺️確かに思い込み激しく浮世離れした性格でしたが、やはり後世の誰も描けない作品を残し、私達を惹きつけて止まない偉大なアーティストです!
以前ゴッホ展に行って思ったことですが画風とかエピソードの激しさのせいで天然の天才的なイメージがあったのですがクロッキーとか絵の変遷を見てみるとすごく絵を勉強して試行錯誤してる、ある意味普通の人だったんだなということが分かりました
私も原画展行きました。クロッキー、良かったですね。強い筆跡の後まで見れて、うまく行かねー!と格闘しながら描いたのかな?など、若きゴッホの日々が垣間見得た気がしました。
自分と誕生日が同じ、という理由だけで昔からゴッホが好きです。錯乱している時期に描いていたであろう星月夜は、それでも見たときには美しい絵だな、と感じてしまいます。かまってちゃん過ぎる性格でも、人を傷つけることは決してなかったゴッホ。兄の死後、そのあとを追うように亡くなってしまったテオとの関係を思うとそれだけで涙が出てしまいます。私は自意識過剰ですが、ゴッホは無意識過剰だったのでは、という五郎先生のお話でなんだかとても腑に落ちたような気になりました。その人生を思うと切なくて、でも全く嫌いにはなれなくて、好きな作品も多い不思議な魅力を持つ画家ですが、これからも好きでいると思います。何度もゴッホの事を取り上げてくださってありがとうございます。ますますゴッホに対する解像度が上がったような気がします。
ゴッホに優しくしてくれた一家がいたと聞いて、なんだか嬉しいです。😸
個人的にはうねうねの絵がとても好きです❤星月夜も糸杉も自画像も。自意識過剰ではない「無意識過剰」!!これまでは自分に意識が向きすぎるから空気読めない感を漂わせて周りの人との距離感を上手くつかめないのかななどと思っていましたが、そういうことか!!五郎さんのご推察凄いです。他殺説に一票。
ゴッホが画家として天才だった。とは自分は思えないが、かなりの波瀾万丈な人生のためか、個性の強い絵を描くので、それを魅力と感じていた。今回彼が無意識過剰だったのは頷けた。それを踏まえて今後ゴッホに絵を見て行きたい。
無意識過剰、人を愛しても他人の距離の取り方がわからず、ずっと孤独に苛まされてきたのに、無意識過剰。人間の性格、特にゴッホの性格はなんと複雑な事か。でも、五郎さんの解説はわかりやすかったです。
開発系にそういう人が多い気がする。仲良くなると距離感バグりまくりてストーカーチックになって嫉妬してくる人とか。慣れたら付き合えるけど、許容出来る人数に限度がある人種というか。
自画像からの解説さすが五郎さんです!ゴッホってほんとになんかこころが大変な人ですねー!最後のの自画像初めてみましたーよかった
パリ時代のアブサントによる影響でグルグルの絵を描くようになったと読んだのですけど、統合失調症になりゆく方の猫の絵も確かに同じ感じでした。お父さん牧師でしたし絵のいたる所に宗教を感じますので、いくら変になっても自しはないんじゃないかなってやっぱり思います。
ありがとうございました。配信で新たな知識を得られました。今、オルセー美術館で開催中のゴッホ展「オーヴェル・シュル・オワーズ/最後の数ヶ月」を、5月に🇳🇱アムステルダムのゴッホ美術館で観て来ました。今まで、最後の作品と思っていた🖼️カラスのいる麦畑も展示されていましたが、原田マハさんの本で知ったほんとうの最後の作品と言われる🖼️木の根と幹も観ることが出来ました。ゴッホ美術館では常設展含めて入場料€20でしたが、€50払っても良いくらいの充実した展覧会でした。
この手の回で毎度「ゴーギャンが引いた。」がいちいちツボに入るwゴーギャン、結構な強面なのにねww
「月と六ペンス」読むと、モデルになったゴーギャンってろくでもない男だなって思えるけど、ゴッホと絡んだエピソードの中では真人間にしか見えない不思議。
病的ゴッホの謎回でしたね。11:11の自画像、初めて見ました。グリーンの背景にグリーンの瞳が映えて、とても魅力的です!ちょっとミュージシャンのスティングに似てますね!😘🥰イケメン好きとしては、素通りできない美形度です!💖💕真作と認定されたちょっと斜に構えた自画像も、特徴があって気になります。ゴッホといえば、うねる背景や耳切事件ですっかり自意識の塊のように評されていますが、五郎さんの言われているように、自画像が多いのは自意識ではなく画風模索中であり、その画題としてモデルもいらないし自身の顔なので画風で変化を捉えやすかったからかもしれませんね。
「無意識過剰」すごぃワードに出会いました。しっくりきます。五郎さんの 心理的考察、私も共感します。
ハッチングっていうんだ!浮世絵が好きだったと聞いて版画っぽいタッチ取り入れてるのかなと思ってた絵の背景を聞きながらより深く作者と絵を知ることが出来るなんてほんと贅沢な時間をありがとうございます
ゴッホの話題に触れるたび、弟テオの献身にも驚かされます。ゴッホの「ズレているけど常人よりずっとピュアかもしれない精神性」に似たようなものが、テオの方にもあるのかもしれないと思いました。
最後の方の自画像は、自分がどんだけ狂ってしまったのかわからないからそれを理解するためなんだったんじゃないかな。ゴーギャンに「am I crazy ?」って聞いたのもほんとは狂ってるって言って欲しかったんじゃないかな。本人の頭の中はとっくに狂っちゃったのに、誰もそんな自分を理解してくれなくて寂しかったんだろうな。
今回のゴッホ解説も私の「ゴッホ観」が覆されて面白かったです!自意識過剰ではなく…とは、名言っ✨👏
14:02初耳でした20:28だからなのかぁ私の中でスッとなりましたありがとうございます
強烈なエネルギーと個性がある方が亡くなると、周りの方も亡くなる事があります。たまたま絵が好きなので、画家が亡くなった後、亡くなった家族や恋人や子供を知る事があったからかも知れないですが、それだけ個性とエネルギーが強烈だったかも知れないと考えたりします。ゴッホの自画像を観ていると、いつも色々考えてしまいます。
前々回のゴッホの回でお話にあがっていた映画観ました🎬病院で穏やかに過ごせたのは良かったですね。
ゴッホ連作動画拝見しました。最後の自画像ですか~初めて鑑賞出来ました。落ち着いて静かで穏やかでって感じありますね。良かったです。狂える自画像じゃなくて良かったです。
ゴッホ愛❤溢れる回でした。もし、もしも・・五郎さんがゴーギャンの立場だったら歴史は変わっていただろうというワクワク感が半端ない。
私はゴッホのぐるぐるうねうねの絵も好きです。絵画で初めて「何て素敵な絵!」と思ったのはゴッホのアルルの跳ね橋で、その次に星月夜を見て「あ、私この人好きだ」と思ったんです。これがそうだ、これがまさに私が現実として見ている夜空であり理想の夜空だって。既に表現してくれている人がいた、私は1人じゃなかったって思えたんです。…じゃあゴッホと暮らせるかと今聞かれたら無理なんですけどね😂
いったい、どういうつもりでこの画家はこういう自画像を描いたのかってのはずっと疑問だったんだが、絵の実験のためってのは凄くしっくり来た。
激しくとまではいかないものの同意出来ます。
改めて順を追ったら今まで引っ掛からなかったクロワゾニスムがなぜか魅力的に見えたポスト印象派に俄然興味が湧いてきました
アルルでも大多数の人々に拒絶されゴーギャンともうまくいかず、挙句に耳切り事件。サン・レミの病院時代に描かれた謎の”右耳の無い”自画像はまるで血を流してるように見えて辛いです😢
無意識過剰はしっくりきました。ありがとうございます。伺っていると、ゴッホは炎の人、というよりは水の人っぽい気がしています。熱さよりは、じっとりした重さの印象です。愛はメガトン級に重いですが、じっとりしていますので。彼氏に依存してる女性とその彼氏みたいだな、とゴッホとゴーギャンの話を聞くたびに思います。
優しい寂しい繊細な方
「無意識過剰」🤣🤣🤣絵画って、面白くもあり、怖くもありますね。その人の精神が、やはり描きこまれてしまうというか…
芸術家のような個性の強い人どうしで暮らすなんて無理なんでしょうね。でもピカソの「洗濯船」とか日本でも「トキワ荘」とか互いに刺激しあって上手くいくこともある。不思議ですね☺
ゴッホの人生、魅力あり過ぎですね。
作品を交換というところで連歌を思い出した🎉
個人的には、最後の自画像から、炎が消えた気がして、急に老いになって、以前の絵画で感じた緊張感もなくなったため、身近に感じられた。もしかしら心のどこかでもう完全に折れて、死を覚悟したんじゃないかな、死に赴いたのは錯乱ではなくて静寂し過ぎた心に諦めた。うねり前後の自画像が好きで、周りにも自分にも傷ついてしまうような情熱を感じ、うねりは感情、気持ちと心の揺れと不安定の現れ、それを消えたときからもう生きるエネルギーがなくなったかもしれない。最後のは真実のゴッホで、その前は精神ゴッホ、適当な感想でごめんなさい。
なんと言うか、ゴッホの肖像の眼のピントは鏡のこっちがわのゴッホ自身、つまりは鑑賞者に合っているはずなんですが、その眼光は鑑賞者を透過してその背後にまで届き、我々の背後にゆらめく何者かに向けられているような気がしてなりません。
ゴーガンのよく見る自画像は交換会のときのだったのですね。耳切り前の目つきがきつい自画像から、耳切り事件後はおだやかな表情になってますね。最後の自画像は、もともと素描の上手い本来のゴッホらしさがでたのではないでしょうか。自画像シリーズではないのですが、聖ミカエル比べを取り上げていただけないでしょうか。スペインのベルメホの「悪魔を打ちのめす聖ミカエル」が好きですが、ラファエロとか他にもありそうですし…
7:53 …もしかして…ルーランさん、怖くなって、自ら望んでマルセイユへの転勤を申し出たのではないか?
面白かった。ゴッホの耳をサーベルで切ったかもしれないゴーギャンが嫌いでした。がしかし、ゴッホと共同生活中に、飯を全部ゴーギャンが作ってたエピソードを聞いてゴーギャンが好きになりました。
ちょうどSOMPOでゴッホやってますが花の描き方も色んな試し方で描いてましたね。浮世離れして誰かのためにとズレた優しさを見せるゴッホのことが改めて好きだなと思いました。山田さんのゴッホの話本当に好きです。私もじし否定派です。
無意識過剰とは、根本敬が蛭子能収を評したときの言葉
ゴッホってめちゃめちゃ寂しがり屋さん😅一人でいられないのね
11:12 以前アマプラで見たゴッホ・真実の手紙というドキュメンタリーでベネディクト・カンバーバッチがゴッホを演じていて見た目は自分のイメージとは違うなと思っていたけどこの絵のゴッホはちょっと似てるなあ
無意識過剰はパワーワードですね👍他殺説は以前の動画の時から私も1票です。悪ガキをかばって亡くなった、常識外れなほどの優しさだった気がします。
五郎さんバルトロメ・エステバン・ペレス・ムリーリョの事も教えてください。お願いします🙇♀️
17:30 切った耳が左右、逆なので、長い間「贋作だ」と言われていたのでしょうか。「真作だ」と判断された理由はなんなのでしょうか。
いつも楽しい動画ありがとうございます。一つ質問です。最近、生島浩さんのような超写実絵画が流行っていてホキ美術館のような写実専門に蒐集している所も人気のようです。五郎さんは超写実絵画を芸術としてどのように考えておられますか?
自意識は低いけど、他人のために良かれと思って行動しちゃう(それがいい結果かどうかはともかく)っていう部分。それでいてテオの金はすぐ使って、無くなると無心するっていうのは、もしかして「自分含め身内」に頓着しなかったのじゃないかな、と。ある意味身内からしたら、外の人間に対して「ええかっこしい」な人だったのかな、と思いました。
五郎さんのテオのナレーション好きですアゴアシ全部出しますから!
最後の山田五郎さんの一言が一番くらった
原田マハさんのリボルバー読んだ後に見たからなんかうるうるきました
そう言えばゴッホの自画像を見て自意識って全く感じたことないですね。知識もですが私は観察力がないんだなぁと思いました。見ているようで見ていない。ゴッホはちょっと面倒くさい彼女感がありますが😅何かを振り切った悲しいほどの無邪気さや純粋さがあればこその絵なんでしょうね。
ゴッホは色盲であったのでゴッホが見ていた自分の絵は色彩が違っていたと聞いたことがあります。ゴッホは自分ではどのような色に見えていた興味があります。番組で再現できないでしょうか。
オスロの自画像、全然真作に見えないけど、どうやって判断したのか気になりますね。画材が当時の物だったくらいは判別できそうですけど…。
聴覚をとても大切にしているので、自ら耳を切ってしまうゴッホが気の毒でなりません😢
ゴッホが日本に転生する映画だれか作って笑笑めっちゃ観たい。最後の自画像が一番優しそうな印象を受けました。少し健康になってまだまだこれからってときに亡くなってしまったのかな…
無意識過剰のゴッホ、人付き合い下手すぎてほんと泣けます😢利他精神がからまわり……ぐるぐるの線、大好きですが精神的不安定がぐるぐるしてるんでしょうね…
全人生と枚数見ないとゴッホについて語れないなぁ。無意識過剰って言葉を生んだのは面白いことですね。
それにしてもおもろい絵を描く人だなあ。悪意ゼロでグイグイくる人は、ほんときついですね。日本に行くあごあし出してあげたらよかったのに。そういえば、ジャポニスム大ブームの割に、日本に実際来た人少ないですよね。
Starry Nightやってみてほしい(五郎さんゲームはお好きなんだろか…)
ゴッホちゃん…😢。五郎さんにもっとゴッホについて、教えて欲しいです。最後の自画像はあのお医者さんが描いたのでは?ガシェ医師の肖像画のひとつは、彼が描いた贋作じゃないかという説をべつの動画で見たよ😮。広島にあるゴッホの絵について、解説して欲しいなあ…黒猫かくれてるあの絵ですニャ。
ゴッホはやはりぶっ飛んでいますね。テオが弟であったからゴッホが画家活動に専念できた訳で、ただ、ゴッホ亡き後のテオも亡くなってしまう訳で何が良かったのかはよく分かりませんね。絵画にあれほど執着していたゴッホがやはり自ら命を絶つとは思えませんね。ゴッホの最期については今後、ゴッホのためにも検証していって事実を明らかにして欲しいです。
ゴッホが本当に日本に来ていたら、どんな世界を描いていたんだろうか?きっと幸せに満ちていたんだろうな
絵を見せようとしている相手の女性のタイプが違っているとこの絵の変化が生じると思いますね。南仏に中国文化の物品ブームがあったようにも見える博物館とかがあったような気がするんですよね。中国と琉球が混じっていて地中海文明から見たらどうでも良いと言えばどうでも良いけど珍しいからで入ってきて貴族のステータスシンボルみたいになっていた時代がある的な。その影響が3枚目に出てくる影響じゃないですかね。それも別の女性へのアピールじゃないですか。でもそのアピール的な姿勢の影響がゴーギャン等からの影響だと考えると意味深ですね。あ、でもそのパース的なカメラと被写体との間の角度。初代ときメモ風の絵とその同人誌系のイラストの描き方に良く見られますね。様々な角度で描いてみようという訓練を突破して正確に掛けないと美大の入試突破できなくなかったでしたっけ?その辺の訓練していると意外と自由なパースで描けるという気がするんですけど、なんでか初代ときメモ風の絵とその同人誌系のイラストの描き方に良く見られる限られたパースでしか描けないけど描き方の技に一筆書きっぽいシンボルの書き方に近い技等が使われているvtuberは昔見掛けたんですけどね。それはそれでvtuberとはそういうものかもしれないので、観なくなったんですけどね。結構人気を博していにじさんじ系っぽいんですけどね。
ゴッホは、バランスの悪いところはあったとしても、人間が好きなピュアな人だったのだと思う。人に良くしてあげたかったのに、いろいろと歯車が合わなかったのが可哀想だと思う。
オスロ美術館所有のゴッホ自画像は版画みたい。素敵です。ゴッホ。彼の執着心、言い方を変えれば「見たものを描かなければならない」という思いの強さ。今も昔も何者にもなれず日々焦燥と身を焦がした時期を過ごした人の方が多いかと思うと、彼は絵があって本当に良かったと思います。絵がなければその焦燥感がどういう形になるかと思うと、あまり良いことを想像できません。自殺説と他殺説ですが、執着心が強いということは外乱の影響を受けやすくもあるため、鎮痛な喪失感があれば向かう気がします。例えばテオが先立って亡くなり、家族の別れと同時に経済的境地に立った場合など。心が大きく揺れなければ理由なく死ぬようなことは考え難いですが、病状が現れていた場合突発の可能性はあるかと思います。私の推測ですが、ゴッホは公共心や倫理観、正義感が強く、それから外れた相手に声をかける。もしくは輩から絡まれやすい雰囲気を発し、調子こいた奴に巻き込まれた結果、命を落としたような気が。
ゴッホは一体どの立場から、公共感や倫理観に反している輩に正義感をふりかざしたのでしょうね。やっぱり自分に対するいじめでしょうか。実際彼に正しい判断が出来たのかは不明ですが、子供達と言っても、いじめは犯罪ですし。本当に可哀想ですね。気の毒に思います。
実際テオが先立ったりといった事実はない理由ですし。ゴッホの死に関しては、今だに謎は深まる一方ですね。
牧師の家に生まれたファン・ゴッホ故、彼の倫理観や正義感はプロテスタントを軸にしたものだと思います。特に異常なことではないが、彼は度を超えていたのではないでしょうか。また自殺説を遠ざける理由として、神の教えで自ら命を絶つことは認められないこともあります。画家になる前の牧師時代、周りから止められる程の過剰な利他性を鑑みてこうしたことを推察いたします。公共と合致することも、そうでないことにも彼は自分に対して「く◯真面目」だった気がします。他殺説を考察する際、現代に起きる事件が参考になる気がします。ホームレスへのリンチや、障害を持つ方へ向けられる思春期の至らない者が起こす事件は昔もあったはず。普通の範囲で収まらない者の匂いを嗅ぎ取る輩というのは今も昔も居るかと思います。何故ゴッホが犯人を庇ったのかは、利他性、英雄感、犠牲心、自己憐憫。他人を思う核に自分で自分を誇れるかという基準があったかと思います。犯人を愁でというようなことはないかと。別ではゴッホは楽になりたかったというのが頭の片隅にあったんじゃないでしょうか。神の教えに背く自殺は出来ない。売れてもいない。金もない。しかし描きたい。しかし病状の苦しさもある。起伏が激しい世界で生きた彼は大変だったと思います。周囲もですが、それ以上に彼は自分の制御出来ない何かに振り回されることに嫌気がさしていたかと思います。日本のお寺、禅宗にて住職(メンター)の下に過ごしたならば、心穏やかになっていたかもしれません。もしくは坊主と大喧嘩というのもゴッホだと想像しています。@ykohrt880
とても恣意的なご意見ですね。@1awa2ko
ゴッホの自画像ごとにどういう女性を狙っていたか占いも面白そうですね。
セイビにある、のばらも落ち着いた感じしませんか?
え〜っ恥ずかしながら今の今まで両耳を゙切ったものだと思ってました。
14:30 左利きの自画像は、顔の形態・ガウンのタッチ・筆や右手親指の描き方等が拙くて贋作に思えます。五郎さん、これを真作とお考えなのは、利き手ではない左で敢えて描いたのでこうなったとの解釈ですか?
ゴッホの最後の自画像は、なんとなくノーマン・ロックウェルぽいタッチに見えました
映画『ゴッホ ~最期の手紙~』ではゴッホの作品をアニメーションにしながら最後の日々を描いていました。そこでは近所の悪ガキたちの悪ふざけで銃が暴発したということになっていました。実際のところの死の真相は?と思いますが自殺は似合わない気がします。自分で耳を切るような精神病者だから自殺したんだろと思われていたのだろうか。映画は全編うねうねでした。
ゴッホの誕生日3月30日は「世界双極性障害デー」です!私は双極当事者なのですが、ゴッホのエピソードは割とあるあるが多くて可笑しいやら悲しいやらです。困ったことに双極症の自◯率は一般の2倍だそうです。
無意識過剰ふきました🤣🤣🤣💨
たしかに自意識とか自己顕示欲、全然感じないなぁ…無意識過剰か…。なんだろうなーたしかに関わるとなるとかなりの根気と勇気が必要な人だけど、悪人じゃないから切ない気持ちになる。実家にゴッホの絵が数点飾ってあったので、勝手に身近に感じで毎回解説を聞くと泣いてしまいます…💦それにしても37歳没とは、自画像から受ける印象よりだいぶ若くてびっくりでした。
これは全く僕の勝手な想像ですが、最後の自画像は多分本人が初めて自分を見つめ直した作品に見えてきます。精神病院での暮らしを経て自分のそれまでの行いを振り返る事もあったでしょうし、自分が周囲の人にかけた迷惑をもしかしたら初めて見つめ直したのかも知れません。だとするなら、精神病院での「修業」を経たこの肖像画こそ真の「坊主」になった肖像と言えるような気もします。
ひふみんをなんとなく想像した
うーん。これほど解説されてもますます分からなくなってくるんだなあ。
私が中学のとき模写したのはターナーの戦艦テメレール
19:33ゴッホんが切った耳は左側ですよね。あっていると思うけど、反対ですか?他の絵は、鏡に映しているから右耳と勘違いされがちですが・・・。
動画の中でも反対だ、て言ってますね。あと他の動画の図解と切り方が違う気がする。鏡使わずに記憶と想像で書いたのかな。
日本人の画家が共同生活するんだの件でハッとしたのが「トキワ荘のことか?」と。トキワ荘でのエピソードに明るくないので自画像を贈りあうに似た事もあったのかな?もしそうだとしたらディープな日本に詳しい画家という視点もあるかもしれませんねw
試したいテクニックをつかって人物画を描こうと思った時に、モデルを頼めるような相手は周りに居なく、手っ取り早くかけるのは自画像だった…そう思うと寂しいですよね
ゴッホにとっては自分が最適だったからだと思いますよ。
無意識過剰!なるほどです。自己主張のための絵ではないということですね~。ややこしいけど憎めない人かな!?
激しい性格の方だったんだなぁ!
耳を切り落とした自画像って、案外治療の一環で精神科医が描かせたものじゃないかな?
多分目の雰囲気を見てゴーガンにキレたんじゃないかな。耳きりの赤バックも目を変に寄せているし、気にしていたんじゃないかな。
曜日、1日間違えてました^^;今から見ます
おっしゃるとおりでしょうね。若い頃牧師を目指していたことからもわかりますが、たぶん人のために生きたかった人ですよね。最後の自画像、涙を浮かべてませんか?「私はまったく人のためにならなかった」という傷心を私は感じます。そういう意味では、自殺かなぁ?と私は、また考えを改めました。他殺説を支持していたのですが。
うっかりwwww
アルルは日本!俺は坊主!
自分は、ゴッホは自意識過剰ではないと思いますが、自己の内面に興味を持った画家であったと解釈しています。
こんばんは。最後の自画像は寂しそうな目つきで、ちょっと可哀想な感じです。
全員同じ頭と髭で草
ルーラン家のゴッホコレクション、総額いくら位何でしょ。
ゴッホが一番好きです。良いところも悪い所、不器用なところ、変なところも含め、行きずらい生涯だった彼が好きです。
五郎さんの、ゴッホへの眼差しがいつも優しくて好きです。
今回の五郎さんの解説も素晴らしかった。五郎さんは本当にゴッホの人間性もよくわかっていらっしゃると感じました。無意識過剰のくだりでは、なぜか胸がいっぱいになって涙が出てきてしまいました。小林秀雄のゴッホ理解と通じるものがありました。
五郎さんのゴッホ解説のおかげで、ゴッホのイメージががらりと変りました。今回の解説もとても興味深く拝見しました。ゴッホは本当に愛すべき不器用さんだったのだなと思います。不器用さゆえ周りからはなかなか理解されず煙たがられてしまったのがとっても切ないですね。。。それにしてもゴッホの黄色はほんとに美しいなとしみじみ思います。
五郎さんの以前の解説で「こんなこと言ったら財団から怒られちゃうかもしれないけど…」と言いながらゴッホの人となりを解説してくださいましたが、むしろ世の中のイメージ以上にゴッホにいいイメージを持つようになりました。
特に弟のテオのゴッホ愛が印象的で「愛の画家」と呼ぶに相応しい方だと思いました。
チャンネル開始2回目のゴッホ回で、どうにかしてやりたいけどどうしてやる事も出来ない人 って解説と、今回の解説がリンクし 自分自身も助けてあげたいなって気持ちが半分と怖いって気持ちも半分で、もどかしさを感じてしまいました。もし事実が他殺ならば、落ち着いてきて晴れやかになって来たゴッホが哀れで 他人事ながらやり場の無い気持ちがいっぱいです
五郎さんの、ゴッホ解説を伺うにつけ、泣けてきます、、、
今回も面白かったです。ありがとうございます。
「日本の絵師は長屋に住んでるよー」「長屋ってのは同じ屋根の下で、同じ井戸を使ってる家だよー」→日本の画家は共同生活してるんだ!!!
と勘違いしたのかな、と想像していました。本阿弥光悦の村は知らなかったです。
五郎先生のゴッホの解説、どの回を拝聴しても驚きと感動があります☺️
確かに思い込み激しく浮世離れした性格でしたが、やはり後世の誰も描けない作品を残し、私達を惹きつけて止まない偉大なアーティストです!
以前ゴッホ展に行って思ったことですが
画風とかエピソードの激しさのせいで天然の天才的なイメージがあったのですが
クロッキーとか絵の変遷を見てみるとすごく絵を勉強して試行錯誤してる、ある意味普通の人だったんだなということが分かりました
私も原画展行きました。クロッキー、良かったですね。強い筆跡の後まで見れて、うまく行かねー!と格闘しながら描いたのかな?など、若きゴッホの日々が垣間見得た気がしました。
自分と誕生日が同じ、という理由だけで昔からゴッホが好きです。
錯乱している時期に描いていたであろう星月夜は、それでも見たときには美しい絵だな、と感じてしまいます。かまってちゃん過ぎる性格でも、人を傷つけることは決してなかったゴッホ。兄の死後、そのあとを追うように亡くなってしまったテオとの関係を思うとそれだけで涙が出てしまいます。
私は自意識過剰ですが、ゴッホは無意識過剰だったのでは、という五郎先生のお話でなんだかとても腑に落ちたような気になりました。その人生を思うと切なくて、でも全く嫌いにはなれなくて、好きな作品も多い不思議な魅力を持つ画家ですが、これからも好きでいると思います。何度もゴッホの事を取り上げてくださってありがとうございます。ますますゴッホに対する解像度が上がったような気がします。
ゴッホに優しくしてくれた一家がいたと聞いて、なんだか嬉しいです。😸
個人的にはうねうねの絵がとても好きです❤星月夜も糸杉も自画像も。自意識過剰ではない「無意識過剰」!!これまでは自分に意識が向きすぎるから空気読めない感を漂わせて周りの人との距離感を上手くつかめないのかななどと思っていましたが、そういうことか!!五郎さんのご推察凄いです。他殺説に一票。
ゴッホが画家として天才だった。とは自分は思えないが、かなりの波瀾万丈な人生のためか、個性の強い絵を描くので、それを魅力と感じていた。今回彼が無意識過剰だったのは頷けた。それを踏まえて今後ゴッホに絵を見て行きたい。
無意識過剰、人を愛しても他人の距離の取り方がわからず、ずっと孤独に苛まされてきたのに、無意識過剰。人間の性格、特にゴッホの性格は
なんと複雑な事か。でも、五郎さんの解説はわかりやすかったです。
開発系にそういう人が多い気がする。
仲良くなると距離感バグりまくりてストーカーチックになって嫉妬してくる人とか。
慣れたら付き合えるけど、許容出来る人数に限度がある人種というか。
自画像からの解説さすが五郎さんです!ゴッホってほんとになんかこころが大変な人ですねー!最後のの自画像初めてみましたーよかった
パリ時代のアブサントによる影響でグルグルの絵を描くようになったと読んだのですけど、統合失調症になりゆく方の猫の絵も確かに同じ感じでした。お父さん牧師でしたし絵のいたる所に宗教を感じますので、いくら変になっても自しはないんじゃないかなってやっぱり思います。
ありがとうございました。配信で新たな知識を得られました。今、オルセー美術館で開催中のゴッホ展「オーヴェル・シュル・オワーズ/最後の数ヶ月」を、5月に🇳🇱アムステルダムのゴッホ美術館で観て来ました。今まで、最後の作品と思っていた🖼️カラスのいる麦畑も展示されていましたが、原田マハさんの本で知ったほんとうの最後の作品と言われる🖼️木の根と幹も観ることが出来ました。ゴッホ美術館では常設展含めて入場料€20でしたが、€50払っても良いくらいの充実した展覧会でした。
この手の回で毎度
「ゴーギャンが引いた。」がいちいちツボに入るw
ゴーギャン、結構な強面なのにねww
「月と六ペンス」読むと、モデルになったゴーギャンってろくでもない男だなって思えるけど、ゴッホと絡んだエピソードの中では真人間にしか見えない不思議。
病的ゴッホの謎回でしたね。11:11の自画像、初めて見ました。グリーンの背景にグリーンの瞳が映えて、とても魅力的です!ちょっとミュージシャンのスティングに似てますね!😘🥰イケメン好きとしては、素通りできない美形度です!💖💕真作と認定されたちょっと斜に構えた自画像も、特徴があって気になります。ゴッホといえば、うねる背景や耳切事件ですっかり自意識の塊のように評されていますが、五郎さんの言われているように、自画像が多いのは自意識ではなく画風模索中であり、その画題としてモデルもいらないし自身の顔なので画風で変化を捉えやすかったからかもしれませんね。
「無意識過剰」すごぃワードに出会いました。しっくりきます。五郎さんの 心理的考察、私も共感します。
ハッチングっていうんだ!浮世絵が好きだったと聞いて版画っぽいタッチ取り入れてるのかなと思ってた
絵の背景を聞きながらより深く作者と絵を知ることが出来るなんてほんと贅沢な時間をありがとうございます
ゴッホの話題に触れるたび、弟テオの献身にも驚かされます。
ゴッホの「ズレているけど常人よりずっとピュアかもしれない精神性」に似たようなものが、テオの方にもあるのかもしれないと思いました。
最後の方の自画像は、自分がどんだけ狂ってしまったのかわからないからそれを理解するためなんだったんじゃないかな。ゴーギャンに「am I crazy ?」って聞いたのもほんとは狂ってるって言って欲しかったんじゃないかな。本人の頭の中はとっくに狂っちゃったのに、誰もそんな自分を理解してくれなくて寂しかったんだろうな。
今回のゴッホ解説も私の「ゴッホ観」が覆されて面白かったです!
自意識過剰ではなく…とは、
名言っ✨👏
14:02
初耳でした
20:28
だからなのかぁ私の中でスッとなりましたありがとうございます
強烈なエネルギーと個性がある方が亡くなると、周りの方も亡くなる事があります。たまたま絵が好きなので、画家が亡くなった後、亡くなった家族や恋人や子供を知る事があったからかも知れないですが、それだけ個性とエネルギーが強烈だったかも知れないと考えたりします。ゴッホの自画像を観ていると、いつも色々考えてしまいます。
前々回のゴッホの回でお話にあがっていた映画観ました🎬病院で穏やかに過ごせたのは良かったですね。
ゴッホ連作動画拝見しました。最後の自画像ですか~初めて鑑賞出来ました。落ち着いて静かで穏やかでって感じありますね。
良かったです。狂える自画像じゃなくて良かったです。
ゴッホ愛❤溢れる回でした。
もし、もしも・・五郎さんがゴーギャンの立場だったら歴史は変わっていただろうというワクワク感が半端ない。
私はゴッホのぐるぐるうねうねの絵も好きです。
絵画で初めて「何て素敵な絵!」と思ったのはゴッホのアルルの跳ね橋で、その次に星月夜を見て「あ、私この人好きだ」と思ったんです。これがそうだ、これがまさに私が現実として見ている夜空であり理想の夜空だって。既に表現してくれている人がいた、私は1人じゃなかったって思えたんです。
…じゃあゴッホと暮らせるかと今聞かれたら無理なんですけどね😂
いったい、どういうつもりでこの画家はこういう自画像を描いたのかってのはずっと疑問だったんだが、絵の実験のためってのは凄くしっくり来た。
激しくとまではいかないものの同意出来ます。
改めて順を追ったら今まで引っ掛からなかったクロワゾニスムがなぜか魅力的に見えた
ポスト印象派に俄然興味が湧いてきました
アルルでも大多数の人々に拒絶されゴーギャンともうまくいかず、挙句に耳切り事件。
サン・レミの病院時代に描かれた謎の”右耳の無い”自画像はまるで血を流してるように見えて辛いです😢
無意識過剰はしっくりきました。
ありがとうございます。
伺っていると、ゴッホは炎の人、というよりは水の人っぽい気がしています。熱さよりは、じっとりした重さの印象です。愛はメガトン級に重いですが、じっとりしていますので。彼氏に依存してる女性とその彼氏みたいだな、とゴッホとゴーギャンの話を聞くたびに思います。
優しい寂しい繊細な方
「無意識過剰」🤣🤣🤣
絵画って、面白くもあり、怖くもありますね。その人の精神が、やはり描きこまれてしまうというか…
芸術家のような個性の強い人どうしで暮らすなんて無理なんでしょうね。でもピカソの「洗濯船」とか日本でも「トキワ荘」とか互いに刺激しあって上手くいくこともある。不思議ですね☺
ゴッホの人生、魅力あり過ぎですね。
作品を交換というところで連歌を思い出した🎉
個人的には、最後の自画像から、炎が消えた気がして、急に老いになって、以前の絵画で感じた緊張感もなくなったため、身近に感じられた。もしかしら心のどこかでもう完全に折れて、死を覚悟したんじゃないかな、死に赴いたのは錯乱ではなくて静寂し過ぎた心に諦めた。
うねり前後の自画像が好きで、周りにも自分にも傷ついてしまうような情熱を感じ、うねりは感情、気持ちと心の揺れと不安定の現れ、それを消えたときからもう生きるエネルギーがなくなったかもしれない。
最後のは真実のゴッホで、その前は精神ゴッホ、適当な感想でごめんなさい。
なんと言うか、ゴッホの肖像の眼のピントは鏡のこっちがわのゴッホ自身、つまりは鑑賞者に合っているはずなんですが、その眼光は鑑賞者を透過してその背後にまで届き、我々の背後にゆらめく何者かに向けられているような気がしてなりません。
ゴーガンのよく見る自画像は交換会のときのだったのですね。
耳切り前の目つきがきつい自画像から、耳切り事件後はおだやかな表情になってますね。最後の自画像は、もともと素描の上手い本来のゴッホらしさがでたのではないでしょうか。
自画像シリーズではないのですが、聖ミカエル比べを取り上げていただけないでしょうか。スペインのベルメホの「悪魔を打ちのめす聖ミカエル」が好きですが、ラファエロとか他にもありそうですし…
7:53 …もしかして…ルーランさん、怖くなって、自ら望んでマルセイユへの転勤を申し出たのではないか?
面白かった。ゴッホの耳をサーベルで切ったかもしれないゴーギャンが嫌いでした。がしかし、ゴッホと共同生活中に、飯を全部ゴーギャンが作ってたエピソードを聞いてゴーギャンが好きになりました。
ちょうどSOMPOでゴッホやってますが花の描き方も色んな試し方で描いてましたね。浮世離れして誰かのためにとズレた優しさを見せるゴッホのことが改めて好きだなと思いました。山田さんのゴッホの話本当に好きです。私もじし否定派です。
無意識過剰とは、根本敬が蛭子能収を評したときの言葉
ゴッホってめちゃめちゃ寂しがり屋さん😅一人でいられないのね
11:12 以前アマプラで見たゴッホ・真実の手紙というドキュメンタリーでベネディクト・カンバーバッチがゴッホを演じていて見た目は自分のイメージとは違うなと思っていたけどこの絵のゴッホはちょっと似てるなあ
無意識過剰はパワーワードですね👍他殺説は以前の動画の時から私も1票です。悪ガキをかばって亡くなった、常識外れなほどの優しさだった気がします。
五郎さん
バルトロメ・エステバン・ペレス・ムリーリョの事も教えてください。お願いします🙇♀️
17:30 切った耳が左右、逆なので、長い間「贋作だ」と言われていたのでしょうか。「真作だ」と判断された理由はなんなのでしょうか。
いつも楽しい動画ありがとうございます。
一つ質問です。
最近、生島浩さんのような超写実絵画が流行っていてホキ美術館のような写実専門に蒐集している所も人気のようです。
五郎さんは超写実絵画を芸術としてどのように考えておられますか?
自意識は低いけど、他人のために良かれと思って行動しちゃう(それがいい結果かどうかはともかく)っていう部分。
それでいてテオの金はすぐ使って、無くなると無心するっていうのは、もしかして「自分含め身内」に頓着しなかったのじゃないかな、と。
ある意味身内からしたら、外の人間に対して「ええかっこしい」な人だったのかな、と思いました。
五郎さんのテオのナレーション好きです
アゴアシ全部出しますから!
最後の山田五郎さんの一言が一番くらった
原田マハさんのリボルバー読んだ後に見たからなんかうるうるきました
そう言えばゴッホの自画像を見て自意識って全く感じたことないですね。
知識もですが私は観察力がないんだなぁと思いました。
見ているようで見ていない。
ゴッホはちょっと面倒くさい彼女感がありますが😅何かを振り切った悲しいほどの無邪気さや純粋さがあればこその絵なんでしょうね。
ゴッホは色盲であったのでゴッホが見ていた自分の絵は色彩が違っていたと聞いたことがあります。ゴッホは自分ではどのような色に見えていた興味があります。番組で再現できないでしょうか。
オスロの自画像、全然真作に見えないけど、どうやって判断したのか気になりますね。
画材が当時の物だったくらいは判別できそうですけど…。
聴覚をとても大切にしているので、自ら耳を切ってしまうゴッホが気の毒でなりません😢
ゴッホが日本に転生する映画だれか作って笑笑
めっちゃ観たい。
最後の自画像が一番優しそうな印象を受けました。少し健康になってまだまだこれからってときに亡くなってしまったのかな…
無意識過剰のゴッホ、人付き合い下手すぎてほんと泣けます😢
利他精神がからまわり……
ぐるぐるの線、大好きですが精神的不安定がぐるぐるしてるんでしょうね…
全人生と枚数見ないとゴッホについて語れないなぁ。無意識過剰って言葉を生んだのは面白いことですね。
それにしてもおもろい絵を
描く人だなあ。
悪意ゼロでグイグイくる人は、
ほんときついですね。
日本に行くあごあし出してあげたら
よかったのに。
そういえば、ジャポニスム大ブーム
の割に、日本に実際来た人
少ないですよね。
Starry Nightやってみてほしい(五郎さんゲームはお好きなんだろか…)
ゴッホちゃん…😢。
五郎さんにもっとゴッホについて、教えて欲しいです。最後の自画像はあのお医者さんが描いたのでは?ガシェ医師の肖像画のひとつは、彼が描いた贋作じゃないかという説をべつの動画で見たよ😮。
広島にあるゴッホの絵について、解説して欲しいなあ…黒猫かくれてるあの絵ですニャ。
ゴッホはやはりぶっ飛んでいますね。テオが弟であったからゴッホが画家活動に専念できた訳で、ただ、ゴッホ亡き後のテオも亡くなってしまう訳で何が良かったのかはよく分かりませんね。絵画にあれほど執着していたゴッホがやはり自ら命を絶つとは思えませんね。ゴッホの最期については今後、ゴッホのためにも検証していって事実を明らかにして欲しいです。
ゴッホが本当に日本に来ていたら、どんな世界を描いていたんだろうか?
きっと幸せに満ちていたんだろうな
絵を見せようとしている相手の女性のタイプが違っているとこの絵の変化が生じると思いますね。南仏に中国文化の物品ブームがあったようにも見える博物館とかがあったような気がするんですよね。中国と琉球が混じっていて地中海文明から見たらどうでも良いと言えばどうでも良いけど珍しいからで入ってきて貴族のステータスシンボルみたいになっていた時代がある的な。その影響が3枚目に出てくる影響じゃないですかね。それも別の女性へのアピールじゃないですか。
でもそのアピール的な姿勢の影響がゴーギャン等からの影響だと考えると意味深ですね。
あ、でもそのパース的なカメラと被写体との間の角度。初代ときメモ風の絵とその同人誌系のイラストの描き方に良く見られますね。様々な角度で描いてみようという訓練を突破して正確に掛けないと美大の入試突破できなくなかったでしたっけ?その辺の訓練していると意外と自由なパースで描けるという気がするんですけど、なんでか初代ときメモ風の絵とその同人誌系のイラストの描き方に良く見られる限られたパースでしか描けないけど描き方の技に一筆書きっぽいシンボルの書き方に近い技等が使われているvtuberは昔見掛けたんですけどね。それはそれでvtuberとはそういうものかもしれないので、観なくなったんですけどね。結構人気を博していにじさんじ系っぽいんですけどね。
ゴッホは、バランスの悪いところはあったとしても、人間が好きなピュアな人だったのだと思う。人に良くしてあげたかったのに、いろいろと歯車が合わなかったのが可哀想だと思う。
オスロ美術館所有のゴッホ自画像は版画みたい。素敵です。
ゴッホ。彼の執着心、言い方を変えれば「見たものを描かなければならない」という思いの強さ。
今も昔も何者にもなれず日々焦燥と身を焦がした時期を過ごした人の方が多いかと思うと、彼は絵があって本当に良かったと思います。
絵がなければその焦燥感がどういう形になるかと思うと、あまり良いことを想像できません。
自殺説と他殺説ですが、執着心が強いということは外乱の影響を受けやすくもあるため、鎮痛な喪失感があれば向かう気がします。例えばテオが先立って亡くなり、家族の別れと同時に経済的境地に立った場合など。
心が大きく揺れなければ理由なく死ぬようなことは考え難いですが、病状が現れていた場合突発の可能性はあるかと思います。
私の推測ですが、ゴッホは公共心や倫理観、正義感が強く、それから外れた相手に声をかける。もしくは輩から絡まれやすい雰囲気を発し、調子こいた奴に巻き込まれた結果、命を落としたような気が。
ゴッホは一体どの立場から、公共感や倫理観に反している輩に正義感をふりかざしたのでしょうね。やっぱり自分に対するいじめでしょうか。実際彼に正しい判断が出来たのかは不明ですが、子供達と言っても、いじめは犯罪ですし。本当に可哀想ですね。気の毒に思います。
実際テオが先立ったりといった事実はない理由ですし。ゴッホの死に関しては、今だに謎は深まる一方ですね。
牧師の家に生まれたファン・ゴッホ故、彼の倫理観や正義感はプロテスタントを軸にしたものだと思います。特に異常なことではないが、彼は度を超えていたのではないでしょうか。
また自殺説を遠ざける理由として、神の教えで自ら命を絶つことは認められないこともあります。
画家になる前の牧師時代、周りから止められる程の過剰な利他性を鑑みてこうしたことを推察いたします。
公共と合致することも、そうでないことにも彼は自分に対して「く◯真面目」だった気がします。
他殺説を考察する際、現代に起きる事件が参考になる気がします。
ホームレスへのリンチや、障害を持つ方へ向けられる思春期の至らない者が起こす事件は昔もあったはず。普通の範囲で収まらない者の匂いを嗅ぎ取る輩というのは今も昔も居るかと思います。
何故ゴッホが犯人を庇ったのかは、利他性、英雄感、犠牲心、自己憐憫。他人を思う核に自分で自分を誇れるかという基準があったかと思います。犯人を愁でというようなことはないかと。
別ではゴッホは楽になりたかったというのが頭の片隅にあったんじゃないでしょうか。
神の教えに背く自殺は出来ない。売れてもいない。金もない。しかし描きたい。しかし病状の苦しさもある。起伏が激しい世界で生きた彼は大変だったと思います。周囲もですが、それ以上に彼は自分の制御出来ない何かに振り回されることに嫌気がさしていたかと思います。
日本のお寺、禅宗にて住職(メンター)の下に過ごしたならば、心穏やかになっていたかもしれません。もしくは坊主と大喧嘩というのもゴッホだと想像しています。
@ykohrt880
とても恣意的なご意見ですね。
@1awa2ko
ゴッホの自画像ごとにどういう女性を狙っていたか占いも面白そうですね。
セイビにある、のばらも落ち着いた感じしませんか?
え〜っ恥ずかしながら今の今まで両耳を゙切ったものだと思ってました。
14:30 左利きの自画像は、顔の形態・ガウンのタッチ・筆や右手親指の描き方等が拙くて贋作に思えます。五郎さん、これを真作と
お考えなのは、利き手ではない左で敢えて描いたのでこうなったとの解釈ですか?
ゴッホの最後の自画像は、なんとなくノーマン・ロックウェルぽいタッチに見えました
映画『ゴッホ ~最期の手紙~』ではゴッホの作品をアニメーションにしながら最後の日々を描いていました。そこでは近所の悪ガキたちの悪ふざけで銃が暴発したということになっていました。実際のところの死の真相は?と思いますが自殺は似合わない気がします。自分で耳を切るような精神病者だから自殺したんだろと思われていたのだろうか。映画は全編うねうねでした。
ゴッホの誕生日3月30日は「世界双極性障害デー」です!私は双極当事者なのですが、ゴッホのエピソードは割とあるあるが多くて可笑しいやら悲しいやらです。困ったことに双極症の自◯率は一般の2倍だそうです。
無意識過剰ふきました🤣🤣🤣💨
たしかに自意識とか自己顕示欲、全然感じないなぁ…無意識過剰か…。
なんだろうなーたしかに関わるとなるとかなりの根気と勇気が必要な人だけど、悪人じゃないから切ない気持ちになる。
実家にゴッホの絵が数点飾ってあったので、勝手に身近に感じで毎回解説を聞くと泣いてしまいます…💦
それにしても37歳没とは、自画像から受ける印象よりだいぶ若くてびっくりでした。
これは全く僕の勝手な想像ですが、最後の自画像は多分本人が初めて自分を見つめ直した作品に見えてきます。精神病院での暮らしを経て自分のそれまでの行いを振り返る事もあったでしょうし、自分が周囲の人にかけた迷惑をもしかしたら初めて見つめ直したのかも知れません。だとするなら、精神病院での「修業」を経たこの肖像画こそ真の「坊主」になった肖像と言えるような気もします。
ひふみんをなんとなく想像した
うーん。これほど解説されてもますます分からなくなってくるんだなあ。
私が中学のとき模写したのは
ターナーの戦艦テメレール
19:33ゴッホんが切った耳は左側ですよね。あっていると思うけど、反対ですか?
他の絵は、鏡に映しているから右耳と勘違いされがちですが・・・。
動画の中でも反対だ、て言ってますね。あと他の動画の図解と切り方が違う気がする。鏡使わずに記憶と想像で書いたのかな。
日本人の画家が共同生活するんだの件でハッとしたのが「トキワ荘のことか?」と。
トキワ荘でのエピソードに明るくないので自画像を贈りあうに似た事もあったのかな?
もしそうだとしたらディープな日本に詳しい画家という視点もあるかもしれませんねw
試したいテクニックをつかって人物画を描こうと思った時に、モデルを頼めるような相手は周りに居なく、手っ取り早くかけるのは自画像だった…そう思うと寂しいですよね
ゴッホにとっては自分が最適だったからだと思いますよ。
無意識過剰!なるほどです。自己主張のための絵ではないということですね~。ややこしいけど憎めない人かな!?
激しい性格の方だったんだなぁ!
耳を切り落とした自画像って、案外治療の一環で精神科医が描かせたものじゃないかな?
多分目の雰囲気を見てゴーガンにキレたんじゃないかな。耳きりの赤バックも目を変に寄せているし、気にしていたんじゃないかな。
曜日、1日間違えてました^^;
今から見ます
おっしゃるとおりでしょうね。若い頃牧師を目指していたことからもわかりますが、たぶん人のために生きたかった人ですよね。最後の自画像、涙を浮かべてませんか?「私はまったく人のためにならなかった」という傷心を私は感じます。そういう意味では、自殺かなぁ?と私は、また考えを改めました。他殺説を支持していたのですが。
うっかりwwww
アルルは日本!俺は坊主!
自分は、ゴッホは自意識過剰ではないと思いますが、自己の内面に興味を持った画家であったと解釈しています。
こんばんは。
最後の自画像は寂しそうな目つきで、ちょっと可哀想な感じです。
全員同じ頭と髭で草
ルーラン家のゴッホコレクション、総額いくら位何でしょ。