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昭和36年の鹿児島本線 門司港~久留米間開業後は南福岡電車区構内で主に入れ替え専門で働いてました。クモヤ740型が同区に来てからは留置線の奥で休んでました。
解体されたのはもったいないね、交通博物館辺りで保存して欲しかったよ
鉄道会社は一般人に馴染みないヤツ程保存する気は無いから(先行試作車を除く)
すごいデザインだな。食パンに対して、あんパンでいいかなと思った。技術面で大きく貢献した車両なんだな、すごいなぁ。
晩年は南福岡にいましたね。構内入れ替えの姿をギリギリみれました(^^ゞ
交流用車両は当初直流用+変圧整流機器という構成で交直流車両と変わらないことから特に電車では交直流型が先に作られた経緯があります。この試作車は交流専用電車の簡素化とコストダウンを目的に作られたと思います。この試作車の結果が実用化されたのはED75-501だったり711系電車だったりですね。
ちなみに、新幹線0系は低圧タップ制御で、サイリスタ位相制御になるのは200系以降だったりしますな脱抵抗制御でサイリスタ位相制御で走ることには問題なかったが、その構造上どうすることもできない致命的な欠点があったそれはサイリスタ位相制御では、発電ブレーキも回生ブレーキも使えないという点であった抵抗器は流れてきた電気を熱に変換して放出することで電圧を下げ、発電ブレーキも制動の際に電動機から発生した電気を熱として放出することで制動力とする直流電化区間なら直流電動機で直流電気を発生するので回生ブレーキが使えるが、交流電化区間では直流電動機から発生した直流電気を回生できないそのため、交流回生が実用化されるまで、交流電車はブレーキの消耗が激しかったそうな
これは知らなかったです!新しいことを学べました!ワタガシさん最高!!
4枚扉、窓等、赤塗装、711系901の始祖みたいだ😂
おや!リクエストにお答えいただき感謝です🙇💦『東海顔』も おでこ1灯だとなんかちょっと間が抜けたというか 愛嬌があるというかユーモラスな表情になりますね。(逆に湘南顔で 腰部デカ目2灯のクモヤ93の表情は凛々しい。)しかし交流電車も『サイリスタ位相制御』に決まるまで(他にもトルクコンバーターを介した方式等)色々と紆余曲折があったんですね。この電車の台車の枕ばねをコイルばね化した物が 103系の『DT33』系になったんですよね。
誤解されrテイル方が多いようなので書いておきます。・初期のクモヤ791で試験された「直接式」=交流整流子電動機に固定周波数の交流を突っ込む方式は、後の車両には全く採用されていません。・後期のクモヤ791で試験されたサイリスタを用いた制御方式ですが、後にED77/78,EF71や711系電車で量産された「サイリスタ位相制御」とは全く別の方式で、やはりその後の車両では全く採用されていません。・どちらの方式も量産化はされていないですが、試験ではそこそこ良好な性能を発揮したようなので、完全な失敗作ではありません。保守とかが大変なことになってたようですが。
交流事業用車や試作車には 前述した トルクコンバーター使用の『クモヤ790』オリジナルの『ロクサン』由来の車体や台車をベースに使い続け 一部は21世紀迄生き残った(ある意味 一番長寿だったロクサン)『クモヤ740』等 色々と個性的な物がまだまだありますね。
九州電化の際に、色々な所を走ってました。また、勝田から派遣された旧型電車改造のは試験車両も、入線していたみたいです。
この意匠好みだな。模型出てないですか?
クモヤ791は、独特のデザインで音も独特だった。試験終了後はどこかの閑散線区などで一般形営業用車として使ってほしかった。
両開き扉じゃなくて4枚折り戸を採用していた理由は謎のままだなぁ…(・ω・)キニナル
戸袋がいらないので、側構体の構造を簡素化できます。
そうか60ヘルツだから晩年は福岡に居たのね…
これ、Nの模型化試みたが………………挫折した。(笑)
昭和36年の鹿児島本線 門司港~久留米間開業後は南福岡電車区構内で主に入れ替え専門で働いてました。
クモヤ740型が同区に来てからは留置線の奥で休んでました。
解体されたのはもったいないね、交通博物館辺りで保存して欲しかったよ
鉄道会社は一般人に馴染みないヤツ程
保存する気は無いから(先行試作車を除く)
すごいデザインだな。
食パンに対して、あんパンでいいかなと思った。
技術面で大きく貢献した車両なんだな、すごいなぁ。
晩年は南福岡にいましたね。構内入れ替えの姿をギリギリみれました(^^ゞ
交流用車両は当初直流用+変圧整流機器という構成で交直流車両と変わらないことから特に電車では交直流型が先に作られた経緯があります。この試作車は交流専用電車の簡素化とコストダウンを目的に作られたと思います。
この試作車の結果が実用化されたのはED75-501だったり711系電車だったりですね。
ちなみに、新幹線0系は低圧タップ制御で、サイリスタ位相制御になるのは200系以降だったりしますな
脱抵抗制御でサイリスタ位相制御で走ることには問題なかったが、その構造上どうすることもできない致命的な欠点があった
それはサイリスタ位相制御では、発電ブレーキも回生ブレーキも使えないという点であった
抵抗器は流れてきた電気を熱に変換して放出することで電圧を下げ、発電ブレーキも制動の際に電動機から発生した電気を熱として放出することで制動力とする
直流電化区間なら直流電動機で直流電気を発生するので回生ブレーキが使えるが、交流電化区間では直流電動機から発生した直流電気を回生できない
そのため、交流回生が実用化されるまで、交流電車はブレーキの消耗が激しかったそうな
これは知らなかったです!新しいことを学べました!ワタガシさん最高!!
4枚扉、窓等、赤塗装、711系
901の始祖みたいだ😂
おや!リクエストにお答えいただき感謝です🙇💦
『東海顔』も おでこ1灯だとなんかちょっと間が抜けたというか 愛嬌があるというかユーモラスな表情になりますね。
(逆に湘南顔で 腰部デカ目2灯のクモヤ93の表情は凛々しい。)
しかし交流電車も『サイリスタ位相制御』に決まるまで(他にもトルクコンバーターを介した方式等)色々と紆余曲折があったんですね。
この電車の台車の枕ばねをコイルばね化した物が 103系の『DT33』系になったんですよね。
誤解されrテイル方が多いようなので書いておきます。
・初期のクモヤ791で試験された「直接式」=交流整流子電動機に固定周波数の交流を突っ込む方式は、後の車両には全く採用されていません。
・後期のクモヤ791で試験されたサイリスタを用いた制御方式ですが、後にED77/78,EF71や711系電車で量産された「サイリスタ位相制御」とは全く別の方式で、やはりその後の車両では全く採用されていません。
・どちらの方式も量産化はされていないですが、試験ではそこそこ良好な性能を発揮したようなので、完全な失敗作ではありません。保守とかが大変なことになってたようですが。
交流事業用車や試作車には
前述した トルクコンバーター使用の『クモヤ790』
オリジナルの『ロクサン』由来の車体や台車をベースに使い続け 一部は21世紀迄生き残った(ある意味 一番長寿だったロクサン)『クモヤ740』等 色々と個性的な物がまだまだありますね。
九州電化の際に、色々な所を走ってました。また、勝田から派遣された旧型電車改造のは試験車両も、入線していたみたいです。
この意匠好みだな。模型出てないですか?
クモヤ791は、独特のデザインで音も独特だった。試験終了後はどこかの閑散線区などで一般形営業用車として使ってほしかった。
両開き扉じゃなくて4枚折り戸を採用していた理由は謎のままだなぁ…(・ω・)キニナル
戸袋がいらないので、側構体の構造を簡素化できます。
そうか60ヘルツだから晩年は福岡に居たのね…
これ、Nの模型化試みたが………………挫折した。(笑)