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石垣と暗渠が大好きです。ずーっと眺めていられるほど😊先日も地元にある天守閣の石垣を堪能してきました。こちらも楔の跡がけっこう残ってましたよ😊
暗渠もお好きですか!都内にはたくさんあって、私も結構好きなので今後紹介できるといいな~と思っています!地元に天守閣があるとはいいですね~そうですか!やはり昔の人は工事跡を気にしないのですかね~現代の感覚からすると不思議ですね!
上皇ご夫妻が京都にお出かけになられました。京都三大祭りの葵祭を明日ご覧になられるとか、お天気に恵まれますよう。「シリーズ江戸城」たっぷりと堪能出来ました。警防車まだ見たことがありません、いつか出会えるかな?次の動画を楽しみにお待ちしていますね❤
退位後初の地方へのお出かけだそうですね~徐々にいろいろなことが日常に戻りつつありますね~ご覧いただきありがとうございます!日本でも数台だけですが、でも時たまに見れるので、会えるんじゃないでしょうかね~ご期待に添えるよう頑張ります!
確か、大砲ができてから、天守閣は的にこそなれ櫓としての意味は無くなった、と晩年の藤堂高虎が言っていたと何かの本で読みました。
確かに幕末戊辰戦争で若松城がボロボロになっていることと、天守閣を持たない五稜郭が建設されたことを考えると、おっしゃるとおりなのでしょうね!それを考えると、近代兵器の前に不落だった熊本城の異様な強さがわかりますね・・・笑
素敵ですありがとうございます
こちらこそ、ご覧いただき大変うれしいです!ありがとうございます!
考察するとおもしろいのは江戸に移った時に、その後どんな状況になるのか?どんな時代になるのかがはっきりわからなかった徳川家康公が持つ知能、知恵を最大限に振り絞って作り上げた江戸城と城下町。そして安土桃山時代が終わり江戸幕府を開いた時と将軍として全国の武将の頂点に立ってからの江戸。将来の推測に対応するための対策と時々の状況とのギャップが所々にあって興味深いです。家康公の人間性も垣間見えますよね。用心には用心を重ねたのは自身の後継がどんな状況になっても良いように施したものの中には明らかに無駄だった、、というものが複数あります。
わかります!!ほぼ自分と関係ない土地を賜り、それをほぼ1から街として構築するというのは、都市建設に関して多くの知識が存在する現代でも難しいことですが、それをほぼ何の情報もない状態で成し遂げる家康の考えや動きというのは非常に興味深いものがありますよね~家康は万全を期して街を作り、世襲制を構築したにも関わらず、自分の亡き後はきっとまた戦が起こると考えていたようなので、かなり用心深い正確であることが垣間見れますね~ただ、同時に彼の考えとは裏腹に秀忠、家光がうまく治世を進め、完全な太平の世に持っていったというのは、家康も素晴らしい一方で、彼の子孫が、彼の予想以上に優秀であったということで、そこにまた面白さがありますよね~
龍が如くの秋山駿の声と喋り方が同じですね。
自分自身ではわかりませんが、有名な声優さんと同じと思っていただけるとは大変光栄です!!
そんな場所をまっすぐ進むと天守閣と言われてもどこかわからないので、一度全体像を出してからや皇居の北側とか北の丸側と行った方がイメージしやすいと思います大奥が見えましたという場所も行った事ない人にとって360度どちらに見えるのかわかりませんたぶん映像は南ではないかと思いますが、多くの人に共感してもらうためには方角と距離を入れたらもっと楽しめたと思い良く調べられているのに残念に思います
素晴らしいご指摘をありがとうございます!!確かに、おっしゃるとおり位置関係情報があったほうがわかりやすいというのはごもっともと存じます。動画改善に使用させていただきます!より良い動画を作りたいので、そのようなコメントは大変助かります。ありがとうございます!
3大○○絡みですが、本日日本3大祭の一つである神田祭に行って来ました。
それは素晴らしいですね!私もちょうど金曜日に神田を通りましたが、非常に皆さん楽しそうでしたね~
こんにちはお待ちしておりましたそろそろかな?っと。今回も学びとわかりやすい解説で愉しめました保科正之は倹約家であり、大久保彦左衛門に匹敵するほどのご意見番だったようですが、判断に誤りはなかったと後々の歴史を観ればわかりますね大名にとっては城は権威の象徴ですが、維持費(固定資産)も相当だっただろうと拝察できます。参勤交代で費用はかさむし、藩の財政を思えば修繕もままならなかったことでしょう大奥・・・ドラマで何度も演じられておりますが、将軍に気に入られることいわゆる(お手つき)になることの戦い(女の執念)は相当だったと思います下女であってもお手つきになり、男子を産めばそれだけで、2階級特進ともいうべき格があがり、その女性の家族も(〇〇様のご家族)となったそうですいまなら、はしかやおたふくかぜなどは特に重病ではありませんでしたが、当時は薬もなくハラハラし、夭逝した子供もきっと多かったでしょう妻のことを奥方、奥さんと呼ぶのも大奥からきたのかしら?(今の世も奥方の権威は強そう~~~^^)今も皇居周辺は国民にとっては憩いの場所であり畏怖の場所であり特別な場所家康の先見の明は生きていると思います次回の動画・とてもとても楽しみにしております
こんにちは!年度末と新年度でなかなかバタバタしており、動画を作るのが難航してお久しぶりな動画になってしまいました・・・お待ちいただきありがとうございます!色々比較と計算を盛り込んで手がかかったので、楽しんでいただけたのなら良かったです!そうですね~江戸幕府が長続きした理由は政を補佐する役人の頑張りがあったのが大きいですよね~現代でも、社長も大事だが副社長の優秀さが社の反映を左右するといいますからね~大名という権力階級が倹約に勤しむという図式は西洋の歴史とはかなり異なった雰囲気があって、面白いですよね~まあ、当の本人たちは面白いなんて言えないような必死ぶりでしょうが・・・笑非常に興味深い知識をいつもありがとうございます!大奥は上様にとってはお世継ぎの緊張。女性にとっては自らの家とプライドを背負った戦い。プライベート空間でも安心のない世界とは殿様は窮屈だという言葉の真意が分かる感じがしますね~そうなんですよね、歴史を見てみると、偉い人も大体は肺炎の悪化や、インフルエンザ、あるいは極度の胃炎など、現代医学を持ってすればかなりの確率で助かるようなものばかりで亡くなっていますね。大体そういう病気は徐々に悪化するものではなく、突然やってきますから、志半ばで悔しいと思いながらこの世を去った人が現代より相当多かったでしょうね。奥様の語源はそうだといいますね。武家の奥にいる人。なので、本来は客間とプライベート空間が分かれているほどの階級ではないとそうは呼ばなかったようですね。それが庶民にも広まっていったということですね~ちょうど、昔は皇室の方にしか懐妊という言葉を使わなかったのが、近年は芸能人にも使うようになったのと同じような感じかなと思いますね~そうですね。あの皇居周辺の包まれるような安心感と、秩序が放つ心地いい畏怖と緊張感。それが日本的で私も大好きな場所ですね~四谷の動画は早ければ2週間後には出るかと思います!
石垣と暗渠が大好きです。ずーっと眺めていられるほど😊
先日も地元にある天守閣の石垣を堪能してきました。こちらも楔の跡がけっこう残ってましたよ😊
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地元に天守閣があるとはいいですね~
そうですか!やはり昔の人は工事跡を気にしないのですかね~
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京都三大祭りの葵祭を明日ご覧になられるとか、お天気に恵まれますよう。
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ご覧いただきありがとうございます!
日本でも数台だけですが、でも時たまに見れるので、会えるんじゃないでしょうかね~
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確か、大砲ができてから、天守閣は的にこそなれ櫓としての意味は無くなった、と晩年の藤堂高虎が言っていたと何かの本で読みました。
確かに幕末戊辰戦争で若松城がボロボロになっていることと、天守閣を持たない五稜郭が建設されたことを考えると、おっしゃるとおりなのでしょうね!
それを考えると、近代兵器の前に不落だった熊本城の異様な強さがわかりますね・・・笑
素敵ですありがとうございます
こちらこそ、ご覧いただき大変うれしいです!
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考察するとおもしろいのは江戸に移った時に、その後どんな状況になるのか?どんな時代になるのかがはっきりわからなかった徳川家康公が持つ知能、知恵を最大限に振り絞って作り上げた江戸城と城下町。
そして安土桃山時代が終わり江戸幕府を開いた時と将軍として全国の武将の頂点に立ってからの江戸。将来の推測に対応するための対策と時々の状況とのギャップが所々にあって興味深いです。家康公の人間性も垣間見えますよね。用心には用心を重ねたのは自身の後継がどんな状況になっても良いように施したものの中には明らかに無駄だった、、というものが複数あります。
わかります!!
ほぼ自分と関係ない土地を賜り、それをほぼ1から街として構築するというのは、都市建設に関して多くの知識が存在する現代でも難しいことですが、それをほぼ何の情報もない状態で成し遂げる家康の考えや動きというのは非常に興味深いものがありますよね~
家康は万全を期して街を作り、世襲制を構築したにも関わらず、自分の亡き後はきっとまた戦が起こると考えていたようなので、かなり用心深い正確であることが垣間見れますね~
ただ、同時に彼の考えとは裏腹に秀忠、家光がうまく治世を進め、完全な太平の世に持っていったというのは、家康も素晴らしい一方で、彼の子孫が、彼の予想以上に優秀であったということで、そこにまた面白さがありますよね~
龍が如くの秋山駿の声と喋り方が同じですね。
自分自身ではわかりませんが、有名な声優さんと同じと思っていただけるとは大変光栄です!!
そんな場所をまっすぐ進むと天守閣と言われてもどこかわからないので、一度全体像を出してからや皇居の北側とか北の丸側と行った方がイメージしやすいと思います
大奥が見えましたという場所も行った事ない人にとって360度どちらに見えるのかわかりませんたぶん映像は南ではないかと思いますが、多くの人に共感してもらうためには方角と距離を入れたらもっと楽しめたと思い良く調べられているのに残念に思います
素晴らしいご指摘をありがとうございます!!
確かに、おっしゃるとおり位置関係情報があったほうがわかりやすいというのはごもっともと存じます。
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それは素晴らしいですね!
私もちょうど金曜日に神田を通りましたが、非常に皆さん楽しそうでしたね~
こんにちは
お待ちしておりました
そろそろかな?っと。
今回も学びとわかりやすい解説で愉しめました
保科正之は倹約家であり、大久保彦左衛門に匹敵するほどのご意見番だったようですが、判断に誤りはなかったと後々の歴史を観ればわかりますね
大名にとっては城は権威の象徴ですが、維持費(固定資産)も相当だっただろうと拝察できます。参勤交代で費用はかさむし、藩の財政を思えば修繕もままならなかったことでしょう
大奥・・・ドラマで何度も演じられておりますが、将軍に気に入られること
いわゆる(お手つき)になることの戦い(女の執念)は相当だったと思います
下女であってもお手つきになり、男子を産めばそれだけで、2階級特進ともいうべき格があがり、その女性の家族も(〇〇様のご家族)となったそうです
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当時は薬もなくハラハラし、夭逝した子供もきっと多かったでしょう
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今も皇居周辺は国民にとっては憩いの場所であり畏怖の場所であり
特別な場所
家康の先見の明は生きていると思います
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色々比較と計算を盛り込んで手がかかったので、楽しんでいただけたのなら良かったです!
そうですね~
江戸幕府が長続きした理由は政を補佐する役人の頑張りがあったのが大きいですよね~
現代でも、社長も大事だが副社長の優秀さが社の反映を左右するといいますからね~
大名という権力階級が倹約に勤しむという図式は西洋の歴史とはかなり異なった雰囲気があって、面白いですよね~
まあ、当の本人たちは面白いなんて言えないような必死ぶりでしょうが・・・笑
非常に興味深い知識をいつもありがとうございます!
大奥は上様にとってはお世継ぎの緊張。女性にとっては自らの家とプライドを背負った戦い。
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そうなんですよね、歴史を見てみると、偉い人も大体は肺炎の悪化や、インフルエンザ、あるいは極度の胃炎など、現代医学を持ってすればかなりの確率で助かるようなものばかりで亡くなっていますね。
大体そういう病気は徐々に悪化するものではなく、突然やってきますから、志半ばで悔しいと思いながらこの世を去った人が現代より相当多かったでしょうね。
奥様の語源はそうだといいますね。武家の奥にいる人。なので、本来は客間とプライベート空間が分かれているほどの階級ではないとそうは呼ばなかったようですね。
それが庶民にも広まっていったということですね~
ちょうど、昔は皇室の方にしか懐妊という言葉を使わなかったのが、近年は芸能人にも使うようになったのと同じような感じかなと思いますね~
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