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記紀の辻褄の合わなさと神話のぶっ飛び具合に何度も挫折し古墳期や飛鳥時代に興味はあるけどなぁと思ってましたが73世武内宿禰の竹内睦泰さんの古事記の暗号や動画を観て歴史熱が復活し楽しく拝見しています。久那都の大神と宰姫の御子神と言われている猿田彦大神は出雲の御祭神。出雲がインドから来たのならガネーシャもありですよね。今までの歴史感が吹っ飛び妙に納得してしまう出雲口伝。役小角がサイノカミを三宝荒神として祀ったのですよね。役小角も出雲族の血をひいていらっしゃる。これからも楽しみです。ありがとうございます。
流石は神旅様の考察!と唸りながら拝聴させていただきました。まだ自分の中で咀嚼できていないので、もう一度拝聴させていただこうと思います!とにかく興味深く、面白いです✨
出雲口伝の核心はやはり、徐福でしょうね😅あとは呉や越の人が北九州でどれほど関わっていたかですね😅各地に中国の地名を模した名残りがあるのも興味深い🤔
とても素晴らしい考察をお聞かせくださり、ありがとうございます。私は秋田県人ですが、猿田彦、才ノ神とガネーシャが繋がる経緯に胸が躍りました。これが神旅さんの真実探求の一枝の道なんですね。辻に立てられた藁人形は非常に巨大で、初めて見る者は度肝を抜かれます。その大きさは猿田彦大明神の力の強さ・大きさを表しています。私もこれからは違った視点で見るようになるかもしれませんね。皆様も機会がありましたら、どうぞ見に来てくださいね。
考察おつかれさまです。前回と今回のお話も、大変興味深く、拝見いたしました。中学の頃、世界史の先生に、世界史は、一国の歴史だけでは語りきることはできず、必ずその国の周辺国との交易や戦争で、文化や思想が交わり影響を受けている、と教わりました。人間の寿命にまつわる、バナナ神話、これと似た話が世界各地にあるように、人類共通の神話が、各地での衣食住などの環境の変化、時間を経て、趣旨は同じだけども表現方法が違う話が、世界各地に残っています。これからも、次の考察を楽しみにお待ちしてます。猿田彦命さまを祀る神社は、椿大神社、阿射加神社、猿田彦神社、白髭神社、佐太神社など、神社名がたくさんありますね。私の住むところ、以前、神旅さんがおいでになられた出雲大神宮のそばにも祀られてます。塞の神がそのまま地名になっていたり、道祖神が細々と残っていたりしています。猿田彦命、以前から、その風貌も不思議に思ってましたが、私にとっては、天狗さまのお顔と導きの神様が馴染み深いです。今回のガネーシャとの共通点もなかなかに好奇心をかきたてられますね。今回も、長文の感想になり、申し訳ございません。今回のお話も、勉強になりました。おつかれさまです。
今日も楽しく学びの機会を だんだん、島根半島 加賀出身。潜戸と云う景勝地が有ります。そこが猿田彦が生まれたと聞いて育ちました。母がキサカイヒメ。何だか興味が有ります。太陽を拝む習慣は小さな頃には聞き、体験していました。 だんだん、
こんにちははじめまして。出雲口伝の深い考察ありがとうございます♪【サイノカミ三神】父と母から子が生まれるという結びの信仰です。これは命の誕生のシステムであり、宇宙のことはりです。陰陽☯️が重なり、新しい命が生まれるということであり、宇宙は全てこのことはりに則ってトキを刻んでいます。神さまの名が変わろうとその本質は同じなのです。神漏岐・神漏美伊弉諾・伊奘冉伏羲・女媧アダム・イヴ世界は☯️で命を生み出します。正史が編纂され、神さまの再編成が行われます。サイノカミ三神の創造の原理は【造化三神】として、古事記の冒頭にデンと登場します。こちらは【天之御中主神】という宇宙全体の中に、【高皇産霊神】→陽【神産巣日神】→陰という☯️がある‥という意味で、サイノカミと反対ですが同じことです。そして、天照大神 ☀陽 左目月読尊 🌙陰 右目素戔嗚命 🌍️ 鼻(中央)も同じです。猿田彦にあたる素戔嗚は【鼻】から生まれます。🐘生命誕生は、【三】で表されるのです。☯️の重なりを➕️や✖️で表します。出雲王家の印ですね。それが重なると❇️になります。【八】とは❇️四方八方にエネルギーが放出される様子で、その循環こそが永遠の命となります。永遠の命とは【死と再生】【黄泉がえり=蘇り】であり、出雲神話は【八】のオンパレードですね。八千矛王☸️は第8代大名持八重波津身は第8代の少名彦です。この2人の八八コンビの時代に、大転換期が訪れるのも、ことはり通りなのでしょう。初代出雲国王は【八耳王】八三三 です。八衢を表す❇️はシュメールではディンギルと言い神を表す印であり、八千矛王の紋☸️は仏教で言う法輪です。八と八が重なると十六菊花紋となり、世界中で残されているあのマークとなります。世界の信仰は神さまの名が違っても、同じ本質を示しています。日本列島でも、出雲族がやって来る以前から縄文人がお祀りしていた磐座や陰陽石、ストーンサークルや石神信仰はサイノカミ三神と同じ本質であり、融合は難しくなかったろうと思います。そして、後にやって来る徐福の道教思想も同じです。更に、空海の密教も正に正にですね。歓喜仏とはガネーシャの重なりです。✖️名前はその時代ごとにアップデートされ、新しいものを常に受け入れながら、変わらぬ本質をずっと受け継いで来ています。出雲の信仰は全国各地の民間信仰に今でも色濃く残され、日本人の心の奥深く大切に包まれていると思います。❤
ガネーシャとサイノカミ信仰合うんですね。インド象がマンモスやナウマン象から別れたのか、それとも別種なのか、それが分かればドラビダ人とサイノカミ信仰も、もう少し見えて来そうです。
神名とは良くも悪くも、その宗教の影響を受けてしまうという流れがあるのでしょうね。※旧約聖書の無い時代と、旧約聖書が発生した時代と、旧約聖書+α の時代とに別れてる事が見えてきます。※「+α 」とは…、更なる分岐の事です。①旧約聖書+タルムード=ユダヤ教結界②旧約聖書+新約聖書=キリスト教結界③旧約聖書+コーラン=イスラム教結界※メソポタミア周辺のアヌンナキ物語とは…①イラン→祀る「アヌ王」→イラ「アヌ」。エラム(ヱラム)、陽の祀り。②イラク→祀る「キ妃」→イラ「キ」。シュメール(ヱラキ)、陰の祀り。…へと繋がり、これらは海部・忌部族と繋がっています。そしてその波及は、インドやエジプトにも渡っています。宗教的には地球全体に影響を及ぼしています。因みに、海部・忌部族(エラム・シュメール)とは縄文人からの分岐です。※エラム・シュメール(海部・忌部族)からの分岐は、エジプトへと繋がり、ユダヤ人の誕生へと繋がっています。※モーセ物語(旧約聖書)は、エジプト敵視の負の念から発生した物語です。この負の念からユダヤ人は分離(分岐)しています。しかしながらこれは、片方だけの主張なのです。エジプト(祖先、親側)にだって物語はあるのです。分離する為の一方的な理由書が旧約聖書の構成なのです。「完璧では無いはずの様々な人間の意図」が編み込まれている構造なのです。この因縁から、ユダヤ人には「苦の学び」の道に突入してる流れがあります。バビロン捕囚ではタルムードを追加しています。それに感化された概念は、更なる因縁を深めている構造です。更にそれが三大宗教へと分岐してる構造です。そしてそれぞれが、「我さえ…、我らさえ良ければ…」の結界を形成するに至っています。ポイントは、宗教理屈よりも「霊性」の変化です。「+α 」以降に、より低次元化へと導かれてる構造があります。※因縁とは、本人が解消しない限り、何度生まれ変わっても着いて回る「うれし恐ろし」の仕組みの事です。そしてこれは、ワンネス宇宙の構造でもあり、因縁因果法則(タカミムスヒ神法則: お天道様は見ている)の事でもあります。この因縁因果法則が、宗教誕生以降には、消されている構造があるのです。※縄文世界の中に大きな転換点が出現しました。黄河中間に夏・殷国があらわれてから、詰まり、エラム・シュメール(海部・忌部族)が帰還の途についてから、縄文人の活動範囲は大変化しました。そして海部・忌部族は、後に移動して、一時的に箕子朝鮮となり、倭国となって流入し、大国主となった流れがあります。大海神信仰です。それ以降は…①徐福(大山神:エルシャダイ)物部、北ユダヤ、タルムード完成前の勢力。神道始める。宗教問題化。②南ユダヤ(アマテラス女神)タルムード完成後の勢力。宗教問題深刻化。アマテル男神お隠れになる。③白村江の敗戦による百済避難民勢力。後にこれが仏教勢力の核となる。④戦勝国(唐・新羅)の勢力。様々な上書きを主導したと推測される勢力。※流れ的には、縄文の天(アマ)信仰→海(アマ)信仰となって帰り、山(ヤマ)宗教が始まり、宗教が問題化し、そしてINRIとも繋がる◯マ宗教となって、アマテル男神がお隠れになっている構造です。※大国主(蘇我氏: 海部・忌部)王統の流れの中で、突然に「皇統」が立ち上げられた物語が見えて来ます。これは蘇我入鹿(聖徳太子)もビックリの流れです。出雲口伝では、事代主と大国主が天穂日に◯害されています。父親である蘇我蝦夷も亡くなっています。※蘇我氏は外国勢力を呼び込んだ事として教育されていますが、そもそも①②③④が外国勢力です。詰まり、新興宗教である神道に対処する為に、仏教勢力と手を握った構図なのでしょう。※マコトからズレた概念(詰まり、嘘)は、因縁となって現れて来ます。宇宙がワンネス法則(因縁因果法則)である事の理由が、人類にも急速に伝わる事になるのだと思います。※現在では、多くの日本人には、何らかの形でユダヤとの深い結びつきがあります。しかしながら、因縁因果法則から見れば、それは解消されていない因縁が、個々に取り憑いている構造でもあります。もう改心の時期なのだと思います。※猿田彦神とは、トート神であり、叡智神であり、酉神であり、象神であり、大光り神の働きである事が見えて来ます。正に「裁の神」(因縁因果の働き)が見えて来ます。
ところで、日本神話に登場する天孫族を導いたサルタヒコですが、これのモデルになった史実は出雲の伝承ですら分からず、欠けたピースの一つだったんです。でも最近だいたい見当が付きました。それはリアル神社チャネルさんの考察と別チャネルの秦氏末裔の土御門さんの発言のヒントで「そういうことか」と気付けました。ありがとうございます。ほんとはこの話はリアル神社チャネルさんの方に書き込むつもりだったのですが、また偶然にもこちらに書くことになりました。なんか導かれます。天孫族を導いたサルタヒコは、出雲族6代目大国主八束水臣津野(オミズヌ)の息子の”吾田片隅(アタカタス)”と私は考えています。おそらく出雲族を裏切った内通者です。オミズヌは西の王家こと神門家に養子で入りましたよね。神門家のYハプロはここでD1a2aからC1a1に変わったのではないかと思います。この辺りから神門家の動きがどうも怪しくなっていくんですよ。時系列的には徐福が出雲に来る前の話ですが。「徐福と最初に接触してたのは秦氏だった。」土御門さんが爆弾発言をしています。秦氏とは?については詳しくは後述しますが、土御門さんの話を聞いてるかぎり間違いなく、秦氏=宇佐族の一派です。土御門さんは出雲の伝承を読んで内容を知ってると思われます。秦氏が持ってる伝承の内容もほぼ同じようです。それで秦氏側から出雲の東の王家には分からなかった、欠けてるエピソードと反論したい部分をそれとなく教えてくれています。で、土御門さんは「初代スサノオ(徐福のことでしょう)の后は秦から出した」と発言されております。それは出雲の伝承では出雲族の姫さんの高照姫となってるはずですが・・・。つまり出雲の姫であり宇佐の姫でもあったわけです!徐福が来る前後で、宇佐族は既に出雲族を潰すか乗っ取るか内部崩壊させる画策をしてたと想像されます。徐福と共謀してたんです。吾田片隅の后の名前は出雲の伝承では判明しません。これが恐らく宇佐族から送られたスパイでその名は記紀から推定されるに玉依姫(タマヨリヒメ)。二人の間に生まれたのが宗像三女神(市杵島姫イチキシマヒメ. 多岐津姫タギツヒメ. 田心姫タゴリヒメ )ですね。そしてイチキシマヒメ及びタギツヒメの子の高照姫が徐福と政略結婚します。私は、なぜか宗像三女神(市杵島姫イチキシマヒメ. 多岐津姫タギツヒメ. 田心姫タゴリヒメ )は出雲の姫さんでありながら 宇佐系の神社で盛大に奉られてるのが前々から訝しげに思ってたのですがこれですっきりしました。宗像は地理的にも宇佐のすぐ北です。そして海の民。秘密主義な風習とか古墳とかおかしいんですね。明らかに出雲系ではなく宇佐系。天孫族が出雲族の王子を利用して足がかりにして日本列島に植民地作りが成し遂げられた。その功績でアタカタスは神扱いというわけなんです。徐福一味も宇佐族も古代中国王族系ですよ。なので目的を遂げるための敵への工作は常套手段です。
秦氏について土御門氏も世間からいろいろ言われてるようですが、まず安倍氏とは全然家系が違いますんでね。胡散臭いのは確かですけど、それは宇佐族の性格ゆえのもので仕方がないでしょう。あの人の話を聞いてるかぎりは私は本物の秦氏と判断します。「第2次物部東征のとき宇佐族は武力で物部に従わされた」のであって出雲の伝承にあるように我々はそこまで主導はしてないという反論が言いたかったようですね。秦氏とは、徐福の孫の村雲が大和に移住する前に最初に政略結婚した相手が宇佐の姫さん(おそらく伊加里姫)で、その辺りから派生した家系じゃないかと推測されます。土御門さんの話を聞いてるとそう解釈できます。その後もいかにも宇佐族な”豊”の字が付く姫さんが村雲家(海部家)と政略結婚してるのが出雲の伝承でも分かりますね。海部族がユダヤチックになったのはその関係からでしょう。噂のユダヤと関係がある一族は宇佐族ですから。宇佐族はクナト族より更にもう少し前(縄文時代後期)に日本列島に移民してきた一族で所謂”東アジア系西の縄文人”なわけですが。夏王朝が始まる直前くらいの中国神話の月に帰った嫦娥伝説があれが宇佐族でしょう。このタイミングで九州に来たと推定します。この人たちもプライドの高い種族で敗走しないといけなくなったら「月に帰る」と言うんです。中国の前はシュメールかもしれませんね。その前はエジプトでしょうか。その前は鬼界カルデラ噴火前の九州だったかもしれません。流石にそれは分かりません。原初のルーツは台湾原住民のタオ族とアミ族が近縁のフィリピン辺りの海の民ではないかと私は考えております。タオ族はフンドシで船を神輿のように担ぐ人たちです。宇佐族(月の民、ツクヨミ)の生き方は、似た例を挙げるならイギリスです。女王を抱き海の民で世界中を移動して、対立する部族の片方に加担して革命なりクーデーターなり侵略なり建国なりを手伝い支配層に恩を売り、更に宗教と恐怖と労働を巧みに利用した民のコントロールの仕方と搾取を指南し、后を出し外戚になり利権を得ます。だから宇佐族が関わった可能性のある文明エジプトから日本まで支配に一定の法則が見られるんですね。王が天から降ってきた神とか嘘に嘘を重ねまくったてんこ盛りの神話や奴隷の生き埋めとか無駄な労働をさせ続けて民同士競わせ支配層に歯向かわないように仕向けて、あとは自然権を収奪して再分配することを正当化するという現代にも通じる民の支配の仕方です。 これを美化して括弧よく言うと竹内文書の世界に文明を起こした、となるわけです。
月氏と秦氏の関係は深そうですね。また月氏が宇佐氏と繋がるのは日向族との関係も深そうですね。月神信仰の日向族は大陸シナからの渡来と思われますが、元は滅びの際にインダス文明に後から入ったインドアーリア人系だった気がします。
宇佐族のウサって月に居るウサギのことですよ。出雲の伝承だけでなく、宇佐神宮の宇佐家の伝承の方でも自分達はかつて月信仰だったとはっきり言ってます。中国でも月にはウサギが居て、ウサギがなんか妙薬を作ってる神話があります。
@@ピュアプロトタイプ01 さん、そうですね。月の象徴がウサギ🐇なのでしょう。正当竹内文書のむっちゃん先生もウサギさんは12匹いた。様な事を話しておられた様です。
@nihontaro9さんへぇ、ウサギが12匹ですか。何でしょうね。正当竹内文書は殆どまだ手をつけてなくて私知らないんですけど、宇佐族から出雲族に向けて送られた潜入工作員の姫さんの数でしょうか???・・・何代目かの大国主と政略結婚した因幡のウサギのモデルの八上姫ってのも何者なんでしょう??因幡(鳥取)は神門家の養子になったオミズヌの出身地でもあります。八上姫はユダヤの姫さんという話しもあったり、正当竹内文書では大国主は中東人でユダヤ人(その血が入ってる)と言われてたり。神話内で豊玉姫(宇佐族の女王です)がワニの姿で子を産むというシーンがあります。ワニ信仰は出雲族です。宇佐の姫さんが素性を隠して出雲族に潜入して出雲王家の子を産んだことを暗示してるんじゃないかって思うんですね。正直者の出雲の東の王家でさえこれだけはどうしても隠したいってことがあるような気がしますね。残念ながら。
お早う御座います〜初コメじゃ無いと思ったなぁ〰?? 出雲の伝承を有り難う御座います。出雲の伝承が始まったばかりですが、宇佐の伝承と併せて考察すると間違い無いですよ。色んな部分で一致するようです。長髄彦さん 勿論真実が書かれていますよ~🎉 ヤマタイコクやヒミコさんも当然出てきます。俺つ、普通に日本人なんで中の國みたいに見下した呼び方(邪馬台国や卑弥呼、倭國)しません。そして縄文の神々もイザナギやイザナミも本当の呼び方クナトの王とサイ姫と言うふうにしています。別名で呼ばれるのって嫌ですよね🎉 出雲の伝承のお友達の皆さんもコチラのチャンネルに来ていましたァ〰皆凄く詳しいすごい方々ですよ。mayumi先生やnihontaroさん
健次さま先生は大げさです。♡(> ਊ
大元出版さんの出雲口伝では塞の神も猿田彦も出雲族がインドから持ち込んだ信仰だと称してますが、どちらも出雲との関連性は見られず、記紀の神話では猿田彦は国津神ではなく、ニニギ命を案内した天津神の側の一員なので、出雲族とは無関係じゃないかと思います
記紀の辻褄の合わなさと神話のぶっ飛び具合に何度も挫折し古墳期や飛鳥時代に興味はあるけどなぁと思ってましたが73世武内宿禰の竹内睦泰さんの古事記の暗号や動画を観て歴史熱が復活し楽しく拝見しています。久那都の大神と宰姫の御子神と言われている猿田彦大神は出雲の御祭神。出雲がインドから来たのならガネーシャもありですよね。今までの歴史感が吹っ飛び妙に納得してしまう出雲口伝。役小角がサイノカミを三宝荒神として祀ったのですよね。役小角も出雲族の血をひいていらっしゃる。これからも楽しみです。ありがとうございます。
流石は神旅様の考察!と唸りながら拝聴させていただきました。まだ自分の中で咀嚼できていないので、もう一度拝聴させていただこうと思います!とにかく興味深く、面白いです✨
出雲口伝の核心はやはり、徐福でしょうね😅あとは呉や越の人が北九州でどれほど関わっていたかですね😅各地に中国の地名を模した名残りがあるのも興味深い🤔
とても素晴らしい考察をお聞かせくださり、ありがとうございます。
私は秋田県人ですが、猿田彦、才ノ神とガネーシャが繋がる経緯に胸が躍りました。これが神旅さんの真実探求の一枝の道なんですね。
辻に立てられた藁人形は非常に巨大で、初めて見る者は度肝を抜かれます。その大きさは猿田彦大明神の力の強さ・大きさを表しています。
私もこれからは違った視点で見るようになるかもしれませんね。皆様も機会がありましたら、どうぞ見に来てくださいね。
考察おつかれさまです。
前回と今回のお話も、大変興味深く、拝見いたしました。
中学の頃、世界史の先生に、世界史は、一国の歴史だけでは語りきることはできず、必ずその国の周辺国との交易や戦争で、文化や思想が交わり影響を受けている、と教わりました。
人間の寿命にまつわる、バナナ神話、これと似た話が世界各地にあるように、人類共通の神話が、各地での衣食住などの環境の変化、時間を経て、趣旨は同じだけども表現方法が違う話が、世界各地に残っています。
これからも、次の考察を楽しみにお待ちしてます。
猿田彦命さまを祀る神社は、椿大神社、阿射加神社、猿田彦神社、白髭神社、佐太神社など、神社名がたくさんありますね。
私の住むところ、以前、神旅さんがおいでになられた出雲大神宮のそばにも祀られてます。塞の神がそのまま地名になっていたり、道祖神が細々と残っていたりしています。
猿田彦命、以前から、その風貌も不思議に思ってましたが、私にとっては、天狗さまのお顔と導きの神様が馴染み深いです。
今回のガネーシャとの共通点もなかなかに好奇心をかきたてられますね。
今回も、長文の感想になり、申し訳ございません。
今回のお話も、勉強になりました。
おつかれさまです。
今日も楽しく学びの機会を だんだん、島根半島 加賀出身。潜戸と云う景勝地が有ります。そこが猿田彦が生まれたと聞いて育ちました。母がキサカイヒメ。何だか興味が有ります。太陽を拝む習慣は小さな頃には聞き、体験していました。 だんだん、
こんにちは
はじめまして。
出雲口伝の深い考察
ありがとうございます♪
【サイノカミ三神】
父と母から
子が生まれるという
結びの信仰です。
これは命の誕生のシステムであり、
宇宙のことはりです。
陰陽☯️が重なり、
新しい命が生まれる
ということであり、
宇宙は全て
このことはりに則って
トキを刻んでいます。
神さまの名が変わろうと
その本質は同じなのです。
神漏岐・神漏美
伊弉諾・伊奘冉
伏羲・女媧
アダム・イヴ
世界は☯️で命を生み出します。
正史が編纂され、
神さまの再編成が行われます。
サイノカミ三神の創造の原理は
【造化三神】として、
古事記の冒頭に
デンと登場します。
こちらは
【天之御中主神】という
宇宙全体の中に、
【高皇産霊神】→陽
【神産巣日神】→陰
という☯️がある‥
という意味で、
サイノカミと反対ですが
同じことです。
そして、
天照大神 ☀陽 左目
月読尊 🌙陰 右目
素戔嗚命 🌍️ 鼻(中央)
も同じです。
猿田彦にあたる素戔嗚は
【鼻】から生まれます。🐘
生命誕生は、
【三】で表されるのです。
☯️の重なりを➕️や✖️で
表します。
出雲王家の印ですね。
それが重なると❇️になります。
【八】とは❇️
四方八方にエネルギーが
放出される様子で、
その循環こそが
永遠の命となります。
永遠の命とは
【死と再生】
【黄泉がえり=蘇り】であり、
出雲神話は
【八】のオンパレードですね。
八千矛王☸️は
第8代大名持
八重波津身は
第8代の少名彦です。
この2人の八八コンビの時代に、
大転換期が訪れるのも、
ことはり通りなのでしょう。
初代出雲国王は
【八耳王】八三三 です。
八衢を表す❇️は
シュメールではディンギルと言い
神を表す印であり、
八千矛王の紋☸️は
仏教で言う法輪です。
八と八が重なると
十六菊花紋となり、
世界中で残されている
あのマークとなります。
世界の信仰は
神さまの名が違っても、
同じ本質を示しています。
日本列島でも、
出雲族がやって来る以前から
縄文人がお祀りしていた
磐座や陰陽石、
ストーンサークルや
石神信仰は
サイノカミ三神と同じ本質であり、
融合は難しくなかったろうと思います。
そして、
後にやって来る徐福の
道教思想も同じです。
更に、空海の密教も
正に正にですね。
歓喜仏とは
ガネーシャの重なりです。✖️
名前はその時代ごとに
アップデートされ、
新しいものを常に受け入れながら、
変わらぬ本質を
ずっと受け継いで来ています。
出雲の信仰は
全国各地の民間信仰に
今でも色濃く残され、
日本人の心の奥深く
大切に包まれていると思います。❤
ガネーシャとサイノカミ信仰
合うんですね。
インド象がマンモスやナウマン象から
別れたのか、それとも別種なのか、
それが分かればドラビダ人と
サイノカミ信仰も、もう少し見えて
来そうです。
神名とは良くも悪くも、その宗教の影響を受けてしまうという流れがあるのでしょうね。
※旧約聖書の無い時代と、旧約聖書が発生した時代と、旧約聖書+α の時代とに別れてる事が見えてきます。
※「+α 」とは…、更なる分岐の事です。
①旧約聖書+タルムード=ユダヤ教結界
②旧約聖書+新約聖書=キリスト教結界
③旧約聖書+コーラン=イスラム教結界
※メソポタミア周辺のアヌンナキ物語とは…
①イラン→祀る「アヌ王」→イラ「アヌ」。エラム(ヱラム)、陽の祀り。
②イラク→祀る「キ妃」→イラ「キ」。シュメール(ヱラキ)、陰の祀り。
…へと繋がり、これらは海部・忌部族と繋がっています。そしてその波及は、インドやエジプトにも渡っています。宗教的には地球全体に影響を及ぼしています。因みに、海部・忌部族(エラム・シュメール)とは縄文人からの分岐です。
※エラム・シュメール(海部・忌部族)からの分岐は、エジプトへと繋がり、ユダヤ人の誕生へと繋がっています。
※モーセ物語(旧約聖書)は、エジプト敵視の負の念から発生した物語です。この負の念からユダヤ人は分離(分岐)しています。しかしながらこれは、片方だけの主張なのです。エジプト(祖先、親側)にだって物語はあるのです。分離する為の一方的な理由書が旧約聖書の構成なのです。「完璧では無いはずの様々な人間の意図」が編み込まれている構造なのです。この因縁から、ユダヤ人には「苦の学び」の道に突入してる流れがあります。バビロン捕囚ではタルムードを追加しています。それに感化された概念は、更なる因縁を深めている構造です。更にそれが三大宗教へと分岐してる構造です。そしてそれぞれが、「我さえ…、我らさえ良ければ…」の結界を形成するに至っています。ポイントは、宗教理屈よりも「霊性」の変化です。「+α 」以降に、より低次元化へと導かれてる構造があります。
※因縁とは、本人が解消しない限り、何度生まれ変わっても着いて回る「うれし恐ろし」の仕組みの事です。そしてこれは、ワンネス宇宙の構造でもあり、因縁因果法則(タカミムスヒ神法則: お天道様は見ている)の事でもあります。この因縁因果法則が、宗教誕生以降には、消されている構造があるのです。
※縄文世界の中に大きな転換点が出現しました。黄河中間に夏・殷国があらわれてから、詰まり、エラム・シュメール(海部・忌部族)が帰還の途についてから、縄文人の活動範囲は大変化しました。そして海部・忌部族は、後に移動して、一時的に箕子朝鮮となり、倭国となって流入し、大国主となった流れがあります。大海神信仰です。それ以降は…
①徐福(大山神:エルシャダイ)物部、北ユダヤ、タルムード完成前の勢力。神道始める。宗教問題化。
②南ユダヤ(アマテラス女神)タルムード完成後の勢力。宗教問題深刻化。アマテル男神お隠れになる。
③白村江の敗戦による百済避難民勢力。後にこれが仏教勢力の核となる。
④戦勝国(唐・新羅)の勢力。様々な上書きを主導したと推測される勢力。
※流れ的には、縄文の天(アマ)信仰→海(アマ)信仰となって帰り、山(ヤマ)宗教が始まり、宗教が問題化し、そしてINRIとも繋がる◯マ宗教となって、アマテル男神がお隠れになっている構造です。
※大国主(蘇我氏: 海部・忌部)王統の流れの中で、突然に「皇統」が立ち上げられた物語が見えて来ます。これは蘇我入鹿(聖徳太子)もビックリの流れです。出雲口伝では、事代主と大国主が天穂日に◯害されています。父親である蘇我蝦夷も亡くなっています。
※蘇我氏は外国勢力を呼び込んだ事として教育されていますが、そもそも①②③④が外国勢力です。詰まり、新興宗教である神道に対処する為に、仏教勢力と手を握った構図なのでしょう。
※マコトからズレた概念(詰まり、嘘)は、因縁となって現れて来ます。宇宙がワンネス法則(因縁因果法則)である事の理由が、人類にも急速に伝わる事になるのだと思います。
※現在では、多くの日本人には、何らかの形でユダヤとの深い結びつきがあります。しかしながら、因縁因果法則から見れば、それは解消されていない因縁が、個々に取り憑いている構造でもあります。もう改心の時期なのだと思います。
※猿田彦神とは、トート神であり、叡智神であり、酉神であり、象神であり、大光り神の働きである事が見えて来ます。正に「裁の神」(因縁因果の働き)が見えて来ます。
ところで、日本神話に登場する天孫族を導いたサルタヒコですが、これのモデルになった史実は出雲の伝承ですら分からず、欠けたピースの一つだったんです。でも最近だいたい見当が付きました。
それはリアル神社チャネルさんの考察と別チャネルの秦氏末裔の土御門さんの発言のヒントで「そういうことか」と気付けました。ありがとうございます。
ほんとはこの話はリアル神社チャネルさんの方に書き込むつもりだったのですが、また偶然にもこちらに書くことになりました。なんか導かれます。
天孫族を導いたサルタヒコは、出雲族6代目大国主八束水臣津野(オミズヌ)の息子の”吾田片隅(アタカタス)”と私は考えています。おそらく出雲族を裏切った内通者です。
オミズヌは西の王家こと神門家に養子で入りましたよね。神門家のYハプロはここでD1a2aからC1a1に変わったのではないかと思います。この辺りから神門家の動きがどうも怪しくなっていくんですよ。
時系列的には徐福が出雲に来る前の話ですが。「徐福と最初に接触してたのは秦氏だった。」土御門さんが爆弾発言をしています。
秦氏とは?については詳しくは後述しますが、土御門さんの話を聞いてるかぎり間違いなく、秦氏=宇佐族の一派です。
土御門さんは出雲の伝承を読んで内容を知ってると思われます。秦氏が持ってる伝承の内容もほぼ同じようです。それで秦氏側から出雲の東の王家には分からなかった、欠けてるエピソードと反論したい部分をそれとなく教えてくれています。
で、土御門さんは「初代スサノオ(徐福のことでしょう)の后は秦から出した」と発言されております。それは出雲の伝承では出雲族の姫さんの高照姫となってるはずですが・・・。つまり出雲の姫であり宇佐の姫でもあったわけです!
徐福が来る前後で、宇佐族は既に出雲族を潰すか乗っ取るか内部崩壊させる画策をしてたと想像されます。徐福と共謀してたんです。
吾田片隅の后の名前は出雲の伝承では判明しません。これが恐らく宇佐族から送られたスパイでその名は記紀から推定されるに玉依姫(タマヨリヒメ)。二人の間に生まれたのが宗像三女神(市杵島姫イチキシマヒメ. 多岐津姫タギツヒメ. 田心姫タゴリヒメ )ですね。
そしてイチキシマヒメ及びタギツヒメの子の高照姫が徐福と政略結婚します。
私は、なぜか宗像三女神(市杵島姫イチキシマヒメ. 多岐津姫タギツヒメ. 田心姫タゴリヒメ )は出雲の姫さんでありながら 宇佐系の神社で盛大に奉られてるのが前々から訝しげに思ってたのですがこれですっきりしました。
宗像は地理的にも宇佐のすぐ北です。そして海の民。秘密主義な風習とか古墳とかおかしいんですね。明らかに出雲系ではなく宇佐系。
天孫族が出雲族の王子を利用して足がかりにして日本列島に植民地作りが成し遂げられた。その功績でアタカタスは神扱いというわけなんです。徐福一味も宇佐族も古代中国王族系ですよ。なので目的を遂げるための敵への工作は常套手段です。
秦氏について
土御門氏も世間からいろいろ言われてるようですが、まず安倍氏とは全然家系が違いますんでね。胡散臭いのは確かですけど、それは宇佐族の性格ゆえのもので仕方がないでしょう。あの人の話を聞いてるかぎりは私は本物の秦氏と判断します。
「第2次物部東征のとき宇佐族は武力で物部に従わされた」のであって出雲の伝承にあるように我々はそこまで主導はしてないという反論が言いたかったようですね。
秦氏とは、徐福の孫の村雲が大和に移住する前に最初に政略結婚した相手が宇佐の姫さん(おそらく伊加里姫)で、その辺りから派生した家系じゃないかと推測されます。土御門さんの話を聞いてるとそう解釈できます。
その後もいかにも宇佐族な”豊”の字が付く姫さんが村雲家(海部家)と政略結婚してるのが出雲の伝承でも分かりますね。海部族がユダヤチックになったのはその関係からでしょう。噂のユダヤと関係がある一族は宇佐族ですから。
宇佐族はクナト族より更にもう少し前(縄文時代後期)に日本列島に移民してきた一族で所謂”東アジア系西の縄文人”なわけですが。夏王朝が始まる直前くらいの中国神話の月に帰った嫦娥伝説があれが宇佐族でしょう。このタイミングで九州に来たと推定します。
この人たちもプライドの高い種族で敗走しないといけなくなったら「月に帰る」と言うんです。
中国の前はシュメールかもしれませんね。その前はエジプトでしょうか。その前は鬼界カルデラ噴火前の九州だったかもしれません。流石にそれは分かりません。
原初のルーツは台湾原住民のタオ族とアミ族が近縁のフィリピン辺りの海の民ではないかと私は考えております。タオ族はフンドシで船を神輿のように担ぐ人たちです。
宇佐族(月の民、ツクヨミ)の生き方は、似た例を挙げるならイギリスです。女王を抱き海の民で世界中を移動して、対立する部族の片方に加担して革命なりクーデーターなり侵略なり建国なりを手伝い支配層に恩を売り、更に宗教と恐怖と労働を巧みに利用した民のコントロールの仕方と搾取を指南し、后を出し外戚になり利権を得ます。
だから宇佐族が関わった可能性のある文明エジプトから日本まで支配に一定の法則が見られるんですね。王が天から降ってきた神とか嘘に嘘を重ねまくったてんこ盛りの神話や奴隷の生き埋めとか無駄な労働をさせ続けて民同士競わせ支配層に歯向かわないように仕向けて、あとは自然権を収奪して再分配することを正当化するという現代にも通じる民の支配の仕方です。
これを美化して括弧よく言うと竹内文書の世界に文明を起こした、となるわけです。
月氏と秦氏の関係は深そうですね。
また月氏が宇佐氏と繋がるのは
日向族との関係も深そうですね。
月神信仰の日向族は大陸シナからの
渡来と思われますが、
元は滅びの際にインダス文明に後から入った
インドアーリア人系だった気がします。
宇佐族のウサって月に居るウサギのことですよ。出雲の伝承だけでなく、宇佐神宮の宇佐家の伝承の方でも自分達はかつて月信仰だったとはっきり言ってます。
中国でも月にはウサギが居て、ウサギがなんか妙薬を作ってる神話があります。
@@ピュアプロトタイプ01 さん、
そうですね。月の象徴がウサギ🐇なのでしょう。
正当竹内文書のむっちゃん先生もウサギさんは12匹いた。
様な事を話しておられた様です。
@nihontaro9さん
へぇ、ウサギが12匹ですか。何でしょうね。正当竹内文書は殆どまだ手をつけてなくて私知らないんですけど、宇佐族から出雲族に向けて送られた潜入工作員の姫さんの数でしょうか???・・・
何代目かの大国主と政略結婚した因幡のウサギのモデルの八上姫ってのも何者なんでしょう??因幡(鳥取)は神門家の養子になったオミズヌの出身地でもあります。八上姫はユダヤの姫さんという話しもあったり、正当竹内文書では大国主は中東人でユダヤ人(その血が入ってる)と言われてたり。
神話内で豊玉姫(宇佐族の女王です)がワニの姿で子を産むというシーンがあります。ワニ信仰は出雲族です。宇佐の姫さんが素性を隠して出雲族に潜入して出雲王家の子を産んだことを暗示してるんじゃないかって思うんですね。
正直者の出雲の東の王家でさえこれだけはどうしても隠したいってことがあるような気がしますね。残念ながら。
お早う御座います〜初コメじゃ無いと思ったなぁ〰?? 出雲の伝承を有り難う御座います。出雲の伝承が始まったばかりですが、宇佐の伝承と併せて考察すると間違い無いですよ。色んな部分で一致するようです。長髄彦さん 勿論真実が書かれていますよ~🎉 ヤマタイコクやヒミコさんも当然出てきます。俺つ、普通に日本人なんで中の國みたいに見下した呼び方(邪馬台国や卑弥呼、倭國)しません。そして縄文の神々もイザナギやイザナミも本当の呼び方クナトの王とサイ姫と言うふうにしています。別名で呼ばれるのって嫌ですよね🎉 出雲の伝承のお友達の皆さんもコチラのチャンネルに来ていましたァ〰皆凄く詳しいすごい方々ですよ。mayumi先生やnihontaroさん
健次さま
先生は大げさです。♡(> ਊ
大元出版さんの出雲口伝では塞の神も猿田彦も出雲族がインドから持ち込んだ信仰だと称してますが、どちらも出雲との関連性は見られず、記紀の神話では猿田彦は国津神ではなく、ニニギ命を案内した天津神の側の一員なので、出雲族とは無関係じゃないかと思います