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古楽器と呼ばれる類の弦楽器を主に製作している者です。先生の動画いつも楽しく拝聴しております。専門に製作する立場からすると、当時の楽器の完全再現は誰であれできないというのが正直な現実です。それでもその時々でできる限りの調査や研究をして、できるかぎりの再現を目指しているというのが実情です。そのため、古楽演奏でないとダメだという意見を聞くと、愛好するだけに逆に残念に感じます。本当に専門性があればそんなことは言いませんし、実際言えないのです。失われた文化や技術を探究し、古楽ならではの響きをできる限り再現することは楽しいことですが、弦ですら実は当時のものを完全再現できないという点からも、限界は常につきまといます。そういうわけで、今回のお話も共感できるところが多くありました。今後も楽しみに聴かせていただきます。
バロック時代にはピラストロ社製の規格化されたガット弦なんてなかったわけですしね。
フルートやリコーダーなんかの古楽器は比較的単純な構造で材料も木材だけだし(バスリコーダーなんかの大きなものは金属製のキーもつきますが)、博物館にあるステンズビーなんかの「名器」の寸法・内径等の形状を計測して再現してあるので、割とオリジナルの楽器に近い響きなんじゃないかと思います。
古楽器はシンプルな天然素材から出来ていると思われますが、それだけに湿度の影響も受け易いのでしょうか? 日本とヨーロッパでは、かなり湿度が違うので、同じ古楽器でも日本とヨーロッパでは音色や響きが違ってくるのてしようか?昔、私のピアノの先生が、頑張ってスタインウェイのピアノを買ったのですが、除湿に苦労していたことを思い出しました。……今日は梅雨☔️らしくジメジメして鬱陶しいし、暑いし💦……デリケートな楽器製作の現場にとっては、大変な季節ですね。健やかにお過ごしくださいませ😊
@@sH-cr5zc 民家を改造したような古楽器専用の小規模会場だと備え付けのチェンバロのために24時間365日エアコン入れっぱなし、雨の日は絶対傘を持ち込ませない、お茶菓子を提供しても食べるのは外で、という感じですね。
@@gambasuki様貴重な情報、ありがとうございます😊 まるで、美術館や博物館の様な感じですね。確かに、楽器は細かい手作業の積み重ね、しかも素材は天然の物、そして精密機器の様な性能……もう立派に美術工芸品ですものね。そう云う貴重な楽器の音色を、日本で楽しむことが出来るのは本当に有難いことです。楽器にとって、今は最も厳しい季節だと思うので、せめて停電にならないことを切に願います🍀
リコーダーは四の五の言わずにみんなに手に取ってもらって、多くはプラスティックで作られても、幸せな古楽器と言えるのかもしれません。
まったくおっしゃるとおりだと思いながら拝聴しました。古楽器ならではの魅力もある。でも、古楽器の演奏こそが作曲家の意図したもの、というのは論理的にもおかしいと思います。バッハやモーツァルトが、当時使われていた楽器に満足して、その楽器で演奏されることを前提に作曲していたとはとても考えにくい。もちろん、直接的には当時の楽器で演奏されたときの響きも想定はしたでしょうが、より伸びやかで、音量も豊かな、音程も安定した楽器が将来現れたとき、いっそう輝きを増す音楽を志向していた可能性もおおいにあると思います。少なくとも、そう思わなかった、と断定する根拠はなにもない。なぜなら、当時は今と異なって日々楽器が改良されていたのですから。現代のピアノで演奏されるバッハの鍵盤楽器作品は本当にすばらしい。グレングールドに代表されるように。きっとバッハが聴いたらおおいに喜んでくれるように思います。古楽器は古楽器の良さがある。でも、古楽器が「正解」で、現代の楽器で演奏されるバッハやモーツァルトは偽物?そんな考えはもう卒業したいものです。
面白いお話をしていただきありがとうございました。現代の楽器で出来ること、作曲家が生きた当時の楽器で出来ること、未来の楽器に託すこと、メーカーは常に時代に合った楽器をつくること、壮大なロマンを感じるとともに古楽器での演奏は聴衆として選択肢が増えるので喜ばしい事だと思いました。
クリストファー・ホグウッドが録音したヴィヴァイルディ協奏曲シリーズを見ると分かるのですが、彼はヴィヴァルディの協奏曲については一貫して(当時最も普及していた)「ル・セーヌ版」(ル・セーヌ社発行)の楽譜を使用している。これは、彼が「作曲家の意図」とは違う所に注目していることを示しています。つまり「当時の人々がどのように聴いたか」ということの資料の一つとして録音しているのです。(フルート協奏曲もル・セーヌ版使用のため有名なファゴットパートがない)バッハをはじめとするドイツの作曲家もおそらくこの楽譜を見て研究している。ちなみにイタリアの作曲家の協奏曲を鍵盤楽器用にアレンジする、というのは、数多くの作曲家が行っています。
ありがとうございます!
どうもありがとうございます😊😊😊
蛇足ですが、動画を拝見して1点少し気になったので…楽器の時代による変化は先生のご指摘されていたような「改良」(音程の安定、自由な音量など)と同時に、必ずしも改良とは言えないが時代の情勢(特に経済的需給層の変化)に合わせて変えざるを得なかったという2つの面が少なくともあったと思います。近代の進歩史観が音楽や楽器にも当てはめられ、すべてが改良の名のもとに忘れられてしまった反省から、現在の古楽の復興があるとは思うので、「改良」という言葉の使い方は時に難しいなと思いました。現在の生物学で進化という言葉が慎重に使われるのとほぼ同じ理由かもしれません。
楽器に限らず、衰退して無くなってしまったものは、「気がついたら無くなっていた」ことか殆どですよね。。。ですから、「特定の楽曲」に対しては、絶やさず守った、その時代の楽器で演奏する意味や魅力がある、といのは確かにそうですね。少しズレますが、幻の楽器ビオラ・アルタの真の音を追い求めた、平野真敏さんの書かれた本の中で、ドイツ、パッサウにあるルードヴィヒ2世のパイプオルガンに、現地ガイドですら存在を知らなかったその楽器のストップがあった、というお話しがありました。パイプオルガンは、その時代に存在した楽器の記録でもあるのですね。。
古楽器愛好家&奏者をしています😢私の分野では古典派〜ロマン派の楽器を…ロマンチックギターとか19cギターと呼んでいます😊
今回の内容はとてもよい内容でした。神回のひとつと思います。古楽器の話題は、専門家か素人かは関係なく、他の音楽のテーマと比べても特に、話者の音楽観のレベルが如実に出る話題と思っています。つまり、「どの水準から音楽というものを観ているか」という話し手のレベルが、自ずと語られてしまう。そして、各人の音楽観のレベルから決め打ちで、バッハがどうだとか、オペラがどうだとかと語られてしまうわけです。古楽器とモダン楽器が二者択一の対象で、一方を採り一方を排斥する問題のように見える人は、その水準以上にその音楽観のレベルを上げることはできないのではないかと。古楽器とモダン楽器とはまったく異なる別々の道具だとフラットに評価できてこそ、両者を高いレベルから観察でき、さまざまな選択肢を比較して味わう自由度が得られ、音楽観の幅も広い。少なくとも、優れた作曲家たちは、そうした立ち位置にいたわけですから。ゆめゆめ古楽器、古楽演奏の話を人前でしないように注意したいものです。「ミサ曲ロ短調 BWV232」の合唱部分をソリストに歌わせた古楽演奏のルネ・ヤーコプス指揮のものなどは、慎重に評価しないと自分のお里が知れてしまいますね。オペラの知識も必要ですし。
ピリオド楽器の音色・響きを生音で聴いてみたい!という夢が有ります。生演奏はもちろん、1つ1つをじっくりと。ナチュラル・ホルン、フラウト・トラヴェルソ、オフィクレイド、リュート、クラヴィコード、チェンバロ、ヨーロッパのパイプオルガン、ピッコロ・ヴァイオリン、ヴィオローネ、アルペジョーネ、ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ、ヴィオラ・ダ・ガンバ、バス・ドゥ・ヴィオロン、等々それはもうキリが無く……。普段聴いている音源では判らない事、伝わらない響き、言葉に出来ない語れない事も多々有りそうです。ピリオド楽器の存在を知ったキッカケは♪ブランデンブルグ協奏曲、また、日本にもピリオド楽器を作成している方々がいらっしゃるのだと意識したのは、10年程前に「ストラディバリウスの謎」というTV特番を観たのがキッカケ。ピリオド・モダン楽器共に、全国に色々な楽器工房が有り、(私の住む、隣の市にも有るんです♪)一つ一つ材料を吟味し仕入れし、時間・手間暇手間暇掛けての手造りだなんて、これまた奥深~い世界。それらを調律したり、修復する方々がいらっしゃって( 私もちょっと特殊な?調律師さんにお世話になっております♪)、その上に日々努力をして演奏される方がいらっしゃって、全てをひっくるめてその音楽を聴かせて頂ける聴衆側としては、本当に有難い事です。音色や響きの好みが有るのは当然でしょうけれど、楽器は奏でる方によって出る音が違うという事や、ピリオド・モダン楽器それぞれの利点や難しい点までをも理解した上で、楽器や演奏について語れたら素敵だなぁ~と思います。また、そうなりたいです。
古楽器はあまり詳しくはわからないですが、バロック音楽は、確かに良いですね。現在の楽器は、確かに、メカニック的に、演奏しやすいように、改良されてますね。しかし、一世紀ほど昔の楽器は、まだまだ、今みたいには、メカニックではないですね。昨日、ラモーのソナタを、クラブサンで聴いたのですが、なるほどと思いました。バッハコレギウムジャパンも古楽器を使っておられますね。やはり、この演奏の方が、しっくりくる感じがします。ヴィオラダガンバによる、バッハの無伴奏チェロ組曲もいいですね。
私はモダン、ピリオドそれぞれ「人の好み」だと思います。テンポ、装飾音を独自の解釈でその当時に忠実な演奏を心がけている個人や団体も素晴らしいし、モダンヴァイオリンで聴く力強いバッハの無伴奏作品も好きです。どちらも新しい解釈で進化した演奏をしていけば壁はなくなるのでは、と思いました。しかし、音楽学の分野で日々研究を重ね、私たちに知識を与えてくれる方々には感謝しかありません。次は古楽器を現代に復興するのに尽力した作曲家や演奏家(チェンバロのランドフスカとかどうでしょう)を特集していただきたいです。あっ、オルガンの特集もお願いします!
2022.10.8に配信された『演奏家紹介 古楽器演奏の先駆者 ニコラウス・アーノンクール』の視聴をお薦めします😃私は、今回の解説と併せて、昨日視聴したのですが、現代の古楽器演奏はアーノンクール無しには語れません‼︎……ということが分かりました。車田先生のアーノンクール愛に溢れる語りも魅力です。素晴らしき珠玉の解説✨‼︎
19世紀終わりごろから20世紀の前半ごろまでは、楽譜の音符が順に上がったり下がったりする場合、オーケストラの弦楽器は、ほとんどの場合、ポルタメントで演奏していたと聞いています。もしこういう演奏を「再現」するなら、これも「古楽奏法」になるわけですね。(ドボルザークの交響曲で再現してる録音があると聞いていますが、未聴)
古楽器に関して非常に説得力のあるお話でした。事実に基づいていて理路整然とした説明はとても明快かつ合理的でとても素晴らしいです。平均律1巻1番のフーガのコーダのオルガン演奏は聴き応えがありました。
このお話は、古楽器、音楽にとどまらず、個人の人生や日常生活に及ぶなーと思いました。壁を作らないためには、知識に貪欲であり、それ以前に自分がやってることに自信をもちつつ、中心に、他にオープンでないと、、、その境地にはならないのでしょうね😊もう一度どこのお話し聞いてみます
リュートもヴィオラ・ダ・ガンバも好き。リコーダーなんて小学生時代しかイメージなかったけど、クラシックでバロック音楽を聞いて、その美しさ、多彩さにびっくりしました。😅バッハも、モダンピアノとフォルテピアノ、チェンバロなんかで聴こえ方が全然違いますし。🤔
ベートーヴェンは「ラズモフスキー」を書いた時に「これは未来の人のための音楽なのだ」と言ったそうですが、そういうことはどの作曲家にもあることでしょう。バッハの頭の中では未来の楽器がなっていたかも知れません。例えば横フルートは、リコーダーと似た明るくつややかな当時のフルートよりも、音が暗いが深遠な後世のフルートのような響きを望み・想定していたのでは‥‥(ズバリ言いますと、将来のオレル・ニコレのために書いたのでは!と思いすらします)要は「当時の楽器だから正しい」こともないだろう、という次第です
今回の古楽器のテーマもとても面白かったです。バッハが当時の楽器の機能、音色に必ずしも満足していたわけではない!という例題を示された考察は大変衝撃的でした!今やバロック音楽は古楽器演奏での録音が主流かと思いますが、モダン楽器で録音されたカール・リヒター指揮のレコードやグレン・グールドのピアノ演奏でバッハの音楽に目覚め魅了されてきた私はその後次々現れたアーノンクールなど古楽器での軽快なテンポの録音は好きになれませんでした。楽器の響きは当時とは違うにせよ、音楽の魅力には古楽器に固執し拘らなくてもいいのだ、と改めて目の覚める思いです。かつて魅了されたリヒターは虚飾されたものだったのか、という思いを全て払拭してくれる有難い教えです。バッハもモダン楽器での演奏を気に入ったかも知れないと考えると何かとてもスッキリしました。ありがとうございました。
古楽器演奏の魅力・問題は、音楽が『時間芸術』ならではのものですね。楽器そのものの音色は再現出来ますが、当時の演奏者の表現や響き・演奏された環境・当時の聴衆の好みや反応・作曲家の意図や思い……文献で残されているものも多少はあるのかも知れませんが、基本的にこのようなものは実際にその時代に行かなければ分かりません。演奏された正にその時と場所は、再現することが出来ない。それ故に想像の余地が充分過ぎるほどあり、想像する楽しみがあります。今日の車田先生のお話も、教会のパイプオルガンを聴いた時の体験に基づく深い考察がありました。300年以上も昔の人々が奏でた音楽。古の世界に思いを馳せるのは、楽しいです。古楽器には、そういった想像力を掻き立てる力がある。でも、先生が最後に仰っていたように、偏った考えや嗜好になるのは良くありませんね。最も大切なのは、作曲家の意図や思いを素直に受け取ることだと思います😊❤
単純な好みという意味でバロックバイオリンの響きが好きです。今回挙げられていた古楽器の利点と全く異なりますが、ボロディンやクライスラーを古楽器演奏した逆ピリオド演奏も聞いてみたいなと思ったり。美しきロスマリンなんかは合うと思いますが、そんな変な演奏ないので自分で古楽器買って弾くしか。
現代楽器の最大の問題点は19世紀以降巨大化し続けたコンサートホールに合わせて、アンプやスピーカーを使わないでできる限界まで音量の出せるように改造していった結果、ピアノやフルートやトゥーバのように極端に大きな音量が出るようになった楽器と、オーボエやファゴットのようにあまり音量が変わらなかった楽器とのバランスが極端に崩れてしまったことです。私は楽器が進化したとか改良されたとかいう考え方にはもはや賛成できません。モダンピアノやモダンフルート、トゥーバのような楽器はオーケストラの音量のバランスをひどく壊していますが、そのことに気が付かない人がほとんどです。また、モダンピアノやフルートやトゥーバは音色も全く異質で、オーケストラの他の楽器とは混ざり合いません。それは他のモダン金管楽器も同じことです。しかし、オーディションで輝かしい音色で華麗なテクニックを披露した演奏家がトップオーケストラのソリストの座を占めてしまって、ああいう演奏や音色がまるで良いものかのように思い込まされている聴衆がほとんどなのです。なお、バロック時代のトランペットには指穴はありません。
古楽大好き。いくつか贔屓のグループも有るので演奏会も通いました。どちらかというと楽器の響きより、楽曲の魅力が第一ですね。演奏会はだいたい小ホールだし、録音なら音量関係ないし、音の小ささを欠点と感じたことは無いですね。弦楽器は張力の弱さが音色の幅の広さに繋がるので、表現力はよりドラマチックだと思います。管楽器もより刺激の強い音色のものがたくさん有りますね。エレキのディストーションかけたくらいビリビリ言うの。13~16世紀の音楽は演奏家による解釈の幅が広いのが面白味です。jazz に近い面白味。小編成が作曲家の意図ではないだろう、と言うのは同意(曲による)。それらの点で、50年ほど前の古楽演奏と今世紀以降のムーブはかなり異なっていると思います。インターネットでオリジナルの写本が簡単に見られるようになったのも大きいかな。
良いお話でした。タコツボ化による排他性や狭量化は、どうやらあらゆる学問分野に生じる危険ですね。その反動もまた極端に走りやすいです。私はアルノンクールもミケルッチも好きです。
作曲者が「意図」したのは、もしかすると現代のシンセでしか実現できない超正確で無機質なものだったかもしれない、とか考えると面白いですなー声楽の「正しい」発声法とかも時代と共に変わってそう
いつもながら、興味深いお話でした。拘りが壁を生んでいるということに、音楽への向き合い方について反省し、考えさせられました。古楽(器)を愛する者だからこそ、多様な時代の様々な価値観に触れ、柔軟であることは、大切だなと感じました。車田先生のお庭で採取されたお花が見られることも、お話と合わせてのささやかな楽しみです☺️
難問ですね。音楽そのものと音楽史・音楽考古・・・建築でも、構造・様式・意匠には相関がありますが、19世紀以降(例えばゴシック・リバイバル)では、意匠と構造・材料の相関は薄くなってきます。むしろ、建築の用途と記号としての「意匠」の相関が前に出る・・・一方ではモダニズム(音楽でいえばいわゆる「現代音楽」)の俗流の拡がりで「無装飾」化する・・・こういう現象は表現芸術一般にあるようで、絵であれば、フレスコ、テンペラ、油画・・・古い技術を今用いるとかなりマニアックな色彩を帯びてきます。古楽器もそういう印象がなくもなし。「現代的改良を施した古楽器」などというものもありますね(ランドフスカの鉄筋チェンバロなど)。
@@ktk2501 さん✨なるほど、勉強になります!返信ありがとうございます🙇
@@saorikudo7317 さまありがとうございます!全体の方にも再掲しました。
バッハの時代に今のピアノがあったら、バッハはどのように自分の曲を演奏しただろうか?とイメージして弾きなさい、と先生に言われました。古楽器が今の時代でも演奏されることはすごくよいですよね。。
モーツァルト好きの姉が言ってました。彼にモダンピアノを弾かせてあげたかった、ワクワクと面白がってどんな曲が生まれていただろう?と。私は職人バッハに。😊
いつも素晴らしいお話ありがとうございます.友人のホッホシューレの先生からバッハを知りたいならまずバッハのこよなく愛したクラビコードに触れて見ないと.まず弾いてみて音が出ないのでびっくり。クラビコードの先生の弾かれる音楽の素晴らしさ。まさにクラビコードの持っている可能性はまさにグランドピアノのそれと同じでびっくりしました。ここまで繊細に音楽が表現できるのか、と.バッハがなぜクラビコードが好きだったのか理解できました
拘りが強すぎると色々とややこしくなりますよね😅どんな楽器で演奏されても、心が動けば、それはその人にとって素晴らしい演奏なんだと思います😊
わたしの中でオルガンの評価がさらに高くなりました。振動まで感じることができるのは、さながら間近で見る打ち上げ花火の感動に通ずるようです。バラ。動画からよく確認できないですが、花弁の数が多いように感じられるので、原種ではなく品種改良されたものかも。
いつも動画投稿ありがとうございます。小生にとってバッハの曲ではシャコンヌが典型的な例ですね。ジョン・ウィリアムズさんのクラシックギターでのバロック音楽の演奏をよく聞いていまして...その後、ピアノやバイオリンでの演奏をも聞きましたが、まあいい感じでしたね。ちなみに小生は今、リュート奏者のヴァイスの曲を何曲かキーボードで弾いていますが、いい感じに聞こえていると思います。(上手いか下手かは別にして😂)
作曲家の冨田勲さんは自身の楽曲のイメージが楽器の音色によって制約される現状を開放してくれる物としてシンセサイザーの可能性を追求されていましたね。当時の作曲家もこの楽器が気に入ったからこの楽器の特性にあった曲を書いた場合もあったでしょうし、自分の頭の中のイメージとは異なるけどまあこれが近いかなと楽器をしてした場合もあったでしょう、自分は好きな楽曲はいろんなアレンジバージョンを楽しむタイプなので古楽器バージョンも好きだけどこだわりはないです。(バッハのBWV639なんかオルガン、ピアノ、トランペット、声楽、シンセサイザーとか色々な演奏を集めました)
冨田さんといえばシンセに歌わせるというのが思い浮かびます。この動画のテーマで言うなら、古楽器(当時の音を再現する)バージョンならモーグのIIIP、モダン楽器(作曲家の意図を再現する)バージョンならクリプトンの初音ミク、といったところでしょうか。
去年かな? バッハコレギウムさんが、シューベルトのミサ曲を当時の楽器を使って演奏会をしました。ところが、ホールのオルガンは、A=442Hz だったので、A=442の古楽器を特注。(笑)彼らの熱意に脱帽しました。
ヴァイオリンの場合、ガット弦を張るかモダンなスチール弦を張るかで調整や構造も大きく違って来ます!
とても興味深い内容でした。私も国外在住で、ピアノを教えています。バロック時代の曲を教える時、生徒にyoutubeでその曲のチェンバロバージョンとピアノバージョンを両方聞かせます。感想を聞くと、ほとんどの子がピアノの方が良いと言いますが、音色の違いに皆ビックリしてます。
1970年ごろ、古楽器演奏録音が悪し様に罵倒されていたころから、愛好していたものです。当時の日本のクラシック評論家連中の誹謗中傷は耳を疑うレベルでした。ただ、ここ10年ぐらいは、J.S.バッハのゴールドベルク変奏曲の弦楽トリオ編曲、平均律クラヴィーア曲集の中の声楽曲的要素などを知り、バッハの作品のなかに、より奥深いイデア(プラトンの意味で)のようなものを感じております。昔から「オーボエとヴァイオリンのための協奏曲(BWV1060r)」のような復元曲がずっと愛好されておりましたね。私も故ズッカーマンのライブで感動したものです。
私はヨーヨーの無伴奏組曲はやっぱり82年のやつが好きです。エンドピンもなくチューニングも緩めで股にこっぱさんで弾くより縦横無尽でいいです。でも最近の若いバイオリニストチャンネルとか見てるとガット弦が気軽に買える時代になったのですね。
モーツァルト以前の音楽に対して自分なりの思い入れを込めた理想の演奏を空想してみると、「作曲家はそこまで求めてはいなかっただろうな」と思うことがあります。でももし私が演奏や歌唱や指揮をするなら思うように表現したい。つまり作曲家の意図を表現するだけでは満足できないことに気付きます。私は別に音楽家ではありませんが、プロの方々はその辺の決着を付けるのが難しいでしょうね。
古楽器演奏とモダン楽器演奏の最大の違いは、通奏低音ではないでしょうか?モダン楽器では数字付き低音が演奏出来ないので、結局「数字は省略」ということになっています。バロックは「旋律と通奏低音」で出来ているのに、通奏低音の数字を省略するのは確実に「楽しさ半減」ですよ。古典派の曲でいえば、「第二バイオリンとヴィオラは省略」というのと同じですから。
いつも楽しみに聞かせていただいてます。マイクが新しくなって聞きやすくなりましたね(^^)関係ない話ですみません。
古楽器は、バロックピッチが苦手です。知らない曲だとまだ良いのですが、モダンピッチで聴き慣れた曲だとアタマが混乱してツラいです。あと昔ホルンを吹いていました。ナチュラルホルンは、問題が少ない曲と聴いていて無理な曲、ありますよ。
技術の進化のスピードは速くなる一方ですそろそろ50になりますが生きている間に私の愛用のヴィオラも進化するのでしょうかEarly musicを古楽器で聴くたびに思いを巡らせるところです
メントーズという海外ドラマで過去から呼び出されたベートーベンがエレクトロギターやキーボードを弾き、「この力強い楽器があればウィーンからモスクワまでの宮廷をアッと言わせるのに」と語ってました。作曲家をリスペクトさえしていればどの楽器でもいいと思います。
お久しぶりです。なぜか登録が解除になっていました。私も昔、古楽器にかぶれていた頃、しきりに古楽器演奏のCDを買い求めていました。その中でフラウトトラベルソやフォルテピアノ、ハープなどはがっかりしました。やはり響きが良くない。モーツァルトのクラリネット協奏曲に使われるバセットクラリネットなどは4度低音が出るように改造されていて意味があるのだと思いましたが比較して聴いたことはないです。ヴァイオリンなどは艶やかな音が印象的で古楽器の方が良いと思っています。ニコラウスがモーツァルトを指揮する時に18世紀の聴衆が書き残しているらしい、衝撃的だった、胸をかきむしられるようだという感想を意識していたそうです。私も上記ダメ古楽器を除き、18世紀の音を今でも追い求めています。モーツァルトだけですが。(^_^;)
トラベルソか今のフルートのどちらかをよいか?その時代の楽器で音質で聴きたい方もいるだろう、でと私はブランデンブルク5番は現代のフルートの音で聴きたい〜きっとバツハは頭のなかでそんな音色を「描いて」いたと思う。もちろんハーノンコールのようなやり方もいいけど、やっぱり私は女性のコーラスが入ったカンタータわ聴きたい。おっしゃるとおりで「豊かな響きて」をきっと作曲家はも停めていたと、私も確信しています。
い
その当時の楽器でその当時の楽曲を演奏する事こそが再現音楽だ!と言うのが一辺倒になって偏ってはいけない、と言うお言葉に感動しました。そういう偏りで音楽の見解ならびに楽しみ方を狭めてしまう、と言うのは非常に残念な気持ちになります。いつも分かりやすい解説、有難うございます。これからも応援してます‼️
バッハが楽器の特性にあまり拘らなかったことは、フーガの技法やカノン群などの作品において楽器指定をしなかったことからも窺えます。ただし、それはバッハが抽象性の高い音楽をいわば趣味的に指向した場合のみであって、現実的な仕事としての音楽の場合はやはり実際の楽器や歌手の特性や力量を踏まえつつも最大限に生かすべく格闘したと思います。なので、作曲家がその時代の制約の中で精一杯に表現しようとした作品は当時の楽器と技法で演奏してこそ当時の音楽世界が理解できますが、演奏の制約を超えて音楽の本質に迫ろうと指向した作品は現代楽器はもちろんのこと、民族楽器や電子楽器をはじめあらゆる音響技術を駆使してその可能性を追求すべきと思います。そこに、過去から未来までの広汎な時空に想いを馳せながらも、深い滋味に満ちた音楽世界が広がっていると思います。そういう意味で古楽器は音学表現方法の一分野に過ぎないと思います。ひょっとしたら、聴覚だけではない可聴域を超えた超低周波や超高周波の物理量による触覚や味覚、嗅覚を通して脳神経に作用するデバイスでの「音楽表現」も在り得るかもしれません。
ジルバーマンのオルガンてそんなに豊かな音がするんですね!本物を聴いてみたい😆
そういえば、浜松に楽器博物館があるらしいのですが、そこへ行けば古楽器さん達に会えるのでしょうか? 実際に手に取ったり、音色を聴いたり出来たら素敵ですね。いつか訪ねてみたいです🎻😊🥁
過去にも、また最近では4月にNHKの番組で見たのですが、展示されている楽器は約1500点、収蔵庫に保管されている物を含めると約3300点もの世界中の楽器が有るそうですよ、もちろん古楽器も沢山。開館日には1日に4回、ガイドタイムが有り、楽器の紹介をしてくれるそうです。番組ならではでしょうか、リポーターの方はオルガンを弾いたり楽器を鳴らしたり吹いたりしていますが、一般客がどこまで可能なのかはごめんなさい、わからないです🙏ネットで調べてみるのも1つかも知れませんね。小学校等への出張楽器博物館たるイベントも企画することが有るそうで、近場に住んでいらっしゃる方が何とも羨ましいです。私が最も行きたい夢の場所の1つなのですが、恐らくは…遠すぎて一生行けなそうで残念😢工場見学をしてみたい、王手ピアノメーカー3社も有る静岡、とってもとっても行きたいです、切望。ちなみに主人は某プラモデルの工場見学にとってもとっても行きたいそう。(最近、私の返信は表示されない事が多いのですが、理由が判らず…もしこの返信、無事読んで頂けたら嬉しいです♪)
人気順を選択したら表示されないけれど、新しい順を選択すると表示されるという時が有るようです…?
@@ぴあのと珈琲.n3c様大丈夫!無事、読めました😊詳しい情報、ありがとうございます。益々、行ってみたくなりました😊 私の住んでいる所からも、静岡は遠いのですが、私の場合、新幹線に乗れば取り敢えず、と言った感じで……でも、じっくり見るには泊まり覚悟ですね。返信が表示されない件、確かに時々あります。どうも、このスマホだかグーグルだか、プログラムの更新だか何だかする時に、こう云う謎なことが起きるようです。私の場合、1週間程その状態が続いて、それから元に戻りました。今やスマホ無しには生きてゆけない世の中、異変があると動揺しますよね。それより何より私が恐れているのは、停電です😅
😊~♪(停電⇒確かに‼️経験有ります、2度と経験したくないです😅)
ルネサンス音楽をモダン楽器で演奏するのはどうかと思うのですが、スカルラッティのソナタを世に知らしめたのはホロヴィッツですね。勿論スコット・ロスの全集も愛聴しています。バッハやモーツァルトはどうだか分かりませんが、ベートーヴェンの頭の中に響いていたのは古楽器のそれではなく、恐らくモダンの響きだったと思います。ベートーヴェンはピアノ(クラヴィーア)の機能の進歩に鋭く反応してピアノソナタを作曲していることからも私はそう考えています。私は何がなんでも古楽で‼️などと偏狭な考えは持っていません。古楽でもモダンでも作曲家のその曲に込めた「魂」を聴かせてくれる演奏を選びます。ただ古楽器の演奏は知的好奇心を駆り立ててくれます。これはモダンには求められないものだとは思っています。今回も貴重な問題点を提起して頂きありがとうございます。
車田さんが仰るように、未発達ゆえに、改良に改良を加えて現在の楽器になったような古楽器と、最初から完成されていた古楽器に区別すべきなのかなと思っています。私は殆ど古典派後期以降をよく聴いていますので、古楽器にこだわる様な場面は無いです。ただ、アンドレス・オロスコ・エストラーダ指揮のフランクフルト放送響(Hr響)のベートーベン交響曲で、トランペットとホルンは古楽器でした、ホルンは苦しそうな演奏に感じました、驚いたのは弦楽器がノン・ビブラートで演奏していたことです、これって古楽奏法なんですか? 音が直線的で尖って聞こえるのでちょっと私は抵抗がありました。RUclipsで見ることが出来ます。
いつも魅力的なお話ありがとうございます。ひとつ質問です。古楽器演奏では、楽譜通りリピートをしていますが、これは必要なのですか?モーツァルトの交響曲のソナタ形式の提示部はリピートしても、それ以降はしない方がすっきりしているし、聴きやすいし。リピートするしないは、指揮者の意向と思っていましたが、古楽器演奏では、ただ忠実なだけなのかな。当時は、録音して聴くことができないから、リピートも必要だったと思いますが、今は・・・ぜひ教えてください
リピートするかどうかは録音媒体の変化も関係あるかと思います。アナログのLP盤では録音時間が長くなるほど中心部に近い部分まで使用して音質が低下しますので、リピートを省略することが多かったのだと思います。ピリオド演奏でもLP時代のものはバロック組曲のフランス様式による序曲や舞曲のリピートを省略した録音が結構あります。逆にベートーヴェンの初期のピアノソナタなど短い曲はLP時代のモダン演奏でもソナタ形式の展開部~再現部までしっかりリピートしているものも多いです。
バロック時代の舞曲はリピートした時は奏者が即興的に変奏して(通奏低音はそのままで)演奏するのが当たり前のスタイルだったのでそれを踏襲しているのだと思います。最近はそのあたりの研究が進んだせいか、今ではモーツァルトのピアノソナタもリピートの時は変奏して演奏されることが多くなりました。
弦楽器は後から魂柱を入れて音量が出るようにされたんですよね
バロックバイオリンにも魂柱あります。
クリストファー・ホグウッド&エンシェント室内管弦楽団によるモーツァルトの交響曲は新鮮な音色で衝撃的でした。古楽器の出現(復活?)によって、それまでのような現代楽器によるバロック音楽演奏が急激に廃れて行ったように見えました。今では特に弦楽器などは古楽器の合奏でないと「これは違う」と思うようになった感があります。カラヤンによる「四季」や「ブランデンブルグ協奏曲」などは聴くと凄く面白いし感動もするのですが、同時に邪道とも思ってしまうのです。何かに導かれるようにそうなったのですが、それが正しい認識なのか正しく無いのかは正直わかりません。その点オルガンは今も昔も変わらないのでいいですね。
バロックトランペットの「穴」は見ないフリしてあげてください😂
バロックトランペットの穴は戦後の発明ですね。
「当時の音や響きを再現すること」と、「作曲家の意図を再現すること」は似て非なるものだと思います。仮にピリオド楽器とモダン楽器のどちらを使うか選択できる環境だったとしたら、偉大なるバッハはどちらを選択したでしょうか?目の前に性能の良いモダン楽器があってもなお頑なにピリオド楽器を使うだろうと考えるのは偉大なるバッハを過小評価することに繋がる可能性がありますね。もちろん、ピリオド楽器の音がほしい楽曲もあるでしょう。どちらかが正しい、どちらかが間違いと2極化するのではなく、双方の良さを尊重し合って楽しめたら良いと思っています。
Bachのオルガン燃やしちゃダメでしょう。そうなんです、楽器の音は体に伝わるんです。音楽の楽しさは響きの美しさ。いろんな楽器を聴けたら幸せ。ちなみに三味線の生も粋ですよ。
いろんな楽器、いいですね😊でも、最高の楽器は、人間の『歌唱』だと思います😊🎵
その通り。歌は身近な最高の楽器。
津軽三味線の音は凄いです。エレキギターみたいな歪みもあるし、弦楽器と打楽器をミックスして、なんとも迫力があって・・。わたしはクラシックギターを弾いてますが、インパクトでは絶対勝てん笑笑。
どんなジャンルの音楽でもプライドで聞いてるんだー、ていう人いますねー。音楽より小理屈が大事?
車田さんのカラヤン、ベームなどとアーノンクールのへの発言に対して、色々な意見が寄せられていた。当時は小編成だった、これはコスト削減の説得材料になり、音楽活動する側には好都合ですね。
最近の異世界ものアニメの劇伴では、ドリアンの曲でガンバがメロディみたいなのが定番なので古楽器ってわりとポピュラーだと思います。私も古楽器音源でなんちゃって古楽みたいなの作って遊んでます。
どちらか一方に偏ることなく公平な視点で話しておられ、最後まで楽しく見させていただきました。個人的にはイ・ムジチの四季からクラシックを聴くようになったので、初めてアーノンクールで四季を聴いた時は醜悪としか感じられなかったものです。その後古楽器演奏に対する見方が完全に変わったのはホグウッドのモーツァルトでした。今ではすっかり古楽器に慣れてしまい、当時嫌悪感しかなかったアーノンクールの四季も今となってはむしろ穏当に聞こえてしまうくらいです。
「ピリオド」演奏もホグウッドが活躍した1970~80年代と2020年代ではまた違いますね。アラ環世代の寺神戸亮さんはバロックヴァイオリンでもかなりヴィブラートを使いますが、寺神戸さんのお弟子の世代の方々はノンヴィブラートが基本でヴィブラートはトリルのような装飾音として扱っているようです。そういう演奏をモダンヴァイオリンを聞きなれた聴衆が聞くと下手糞に聞こえる場合があるかもしれません。
逆に昔の人が現代の音楽を素直に聞いたとき、なんでこんなにドラムを使いまくるんだ、って思うんじゃないかな。音楽に電気を使うようになって大きな音が身近になり、振動が体を巡る快感におぼれ、どんな音楽にもドラムとベースでずんずん鳴らすのが現代。バッハは豊かな響きを求めていた面もあるだろうけど、ソナタのように響きじゃなくて音型とか構成とかの音楽表現を目指している面もあると思う。
ピリオド演奏でも当時の記録とは楽器の配置や奏者の数が全然違うようですね。室内楽の通奏低音は実はチェンバロ1人の場合が多かったとか、大規模の合奏でも16フィートのバスは付いていない場合があったり逆に低音楽器がやたら大勢いたり。舞台の下手から上手に向かって高音楽器→低音楽器と並べるのも現代の習慣ですし。
バセットクラリネットもありますね、モーツァルトのクラリネット協奏曲や五重奏曲クラリネットで演奏されるのが普通ですが。クラヴィコードなんか。リヒターも好きですよ
楽器やってる人は音から指の運びとか認識出来て(技術的な)感動があると軽音楽部でベースやってる大学の先輩が言ってた。確かにピアノの難曲で映像化されると小生のような絵に描いたようなド素人でも解り易い。だからこそド素人が音域の狭いフルオベングラーとかのモノラル録音に感動できるかどうかは都市伝説レベルの話にしか思ってない、シネコンで計算され尽くされた音が受けてるのはド素人向けにエンタメ重視という事と近い話だと思う。カラヤンからBPOを率いだアバドがブレンデルがいたのに大阪で眠たい演奏をしてた(と個人的に感じてた)演奏に(今でも2万円だったかな、のチケット代返せと思ってる)高い評価を熱く語ってる御仁をCDショップで見かけたことがあるけど良い悪いではなくどの立ち位置かだけの違いなんでしょね。因みに小生は何度も公言してますがただのド素人、クラシックだろうとエンタメ要素が第一の立場ですね。
古楽器と呼ばれる類の弦楽器を主に製作している者です。
先生の動画いつも楽しく拝聴しております。
専門に製作する立場からすると、当時の楽器の完全再現は誰であれできないというのが正直な現実です。
それでもその時々でできる限りの調査や研究をして、できるかぎりの再現を目指しているというのが実情です。
そのため、古楽演奏でないとダメだという意見を聞くと、愛好するだけに逆に残念に感じます。本当に専門性があればそんなことは言いませんし、実際言えないのです。
失われた文化や技術を探究し、古楽ならではの響きをできる限り再現することは楽しいことですが、弦ですら実は当時のものを完全再現できないという点からも、限界は常につきまといます。
そういうわけで、今回のお話も共感できるところが多くありました。
今後も楽しみに聴かせていただきます。
バロック時代にはピラストロ社製の規格化されたガット弦なんてなかったわけですしね。
フルートやリコーダーなんかの古楽器は比較的単純な構造で材料も木材だけだし(バスリコーダーなんかの大きなものは金属製のキーもつきますが)、博物館にあるステンズビーなんかの「名器」の寸法・内径等の形状を計測して再現してあるので、割とオリジナルの楽器に近い響きなんじゃないかと思います。
古楽器はシンプルな天然素材から出来ていると思われますが、それだけに湿度の影響も受け易いのでしょうか? 日本とヨーロッパでは、かなり湿度が違うので、同じ古楽器でも日本とヨーロッパでは音色や響きが違ってくるのてしようか?
昔、私のピアノの先生が、頑張ってスタインウェイのピアノを買ったのですが、除湿に苦労していたことを思い出しました。……今日は梅雨☔️らしくジメジメして鬱陶しいし、暑いし💦……
デリケートな楽器製作の現場にとっては、大変な季節ですね。
健やかにお過ごしくださいませ😊
@@sH-cr5zc
民家を改造したような古楽器専用の小規模会場だと備え付けのチェンバロのために24時間365日エアコン入れっぱなし、雨の日は絶対傘を持ち込ませない、お茶菓子を提供しても食べるのは外で、という感じですね。
@@gambasuki様
貴重な情報、ありがとうございます😊 まるで、美術館や博物館の様な感じですね。確かに、楽器は細かい手作業の積み重ね、しかも素材は天然の物、そして精密機器の様な性能……もう立派に美術工芸品ですものね。
そう云う貴重な楽器の音色を、日本で楽しむことが出来るのは本当に有難いことです。楽器にとって、今は最も厳しい季節だと思うので、せめて停電にならないことを切に願います🍀
リコーダーは四の五の言わずにみんなに手に取ってもらって、多くはプラスティックで作られても、幸せな古楽器と言えるのかもしれません。
まったくおっしゃるとおりだと思いながら拝聴しました。古楽器ならではの魅力もある。でも、古楽器の演奏こそが作曲家の意図したもの、というのは論理的にもおかしいと思います。バッハやモーツァルトが、当時使われていた楽器に満足して、その楽器で演奏されることを前提に作曲していたとはとても考えにくい。もちろん、直接的には当時の楽器で演奏されたときの響きも想定はしたでしょうが、より伸びやかで、音量も豊かな、音程も安定した楽器が将来現れたとき、いっそう輝きを増す音楽を志向していた可能性もおおいにあると思います。少なくとも、そう思わなかった、と断定する根拠はなにもない。なぜなら、当時は今と異なって日々楽器が改良されていたのですから。
現代のピアノで演奏されるバッハの鍵盤楽器作品は本当にすばらしい。グレングールドに代表されるように。きっとバッハが聴いたらおおいに喜んでくれるように思います。
古楽器は古楽器の良さがある。でも、古楽器が「正解」で、現代の楽器で演奏されるバッハやモーツァルトは偽物?そんな考えはもう卒業したいものです。
面白いお話をしていただきありがとうございました。
現代の楽器で出来ること、作曲家が生きた当時の楽器で出来ること、未来の楽器に託すこと、メーカーは常に
時代に合った楽器をつくること、壮大なロマンを感じるとともに古楽器での演奏は聴衆として選択肢が増えるので
喜ばしい事だと思いました。
クリストファー・ホグウッドが録音したヴィヴァイルディ協奏曲シリーズを見ると分かるのですが、彼はヴィヴァルディの協奏曲については一貫して(当時最も普及していた)「ル・セーヌ版」(ル・セーヌ社発行)の楽譜を使用している。これは、彼が「作曲家の意図」とは違う所に注目していることを示しています。つまり「当時の人々がどのように聴いたか」ということの資料の一つとして録音しているのです。(フルート協奏曲もル・セーヌ版使用のため有名なファゴットパートがない)
バッハをはじめとするドイツの作曲家もおそらくこの楽譜を見て研究している。
ちなみにイタリアの作曲家の協奏曲を鍵盤楽器用にアレンジする、というのは、数多くの作曲家が行っています。
ありがとうございます!
どうもありがとうございます😊😊😊
蛇足ですが、動画を拝見して1点少し気になったので…楽器の時代による変化は先生のご指摘されていたような「改良」(音程の安定、自由な音量など)と同時に、必ずしも改良とは言えないが時代の情勢(特に経済的需給層の変化)に合わせて変えざるを得なかったという2つの面が少なくともあったと思います。
近代の進歩史観が音楽や楽器にも当てはめられ、すべてが改良の名のもとに忘れられてしまった反省から、現在の古楽の復興があるとは思うので、「改良」という言葉の使い方は時に難しいなと思いました。
現在の生物学で進化という言葉が慎重に使われるのとほぼ同じ理由かもしれません。
楽器に限らず、衰退して無くなってしまったものは、
「気がついたら無くなっていた」ことか殆どですよね。。。
ですから、「特定の楽曲」に対しては、絶やさず守った、その時代の楽器で演奏する意味や魅力がある、といのは確かにそうですね。
少しズレますが、幻の楽器ビオラ・アルタの真の音を追い求めた、平野真敏さんの書かれた本の中で、ドイツ、パッサウにあるルードヴィヒ2世のパイプオルガンに、現地ガイドですら存在を知らなかったその楽器のストップがあった、というお話しがありました。
パイプオルガンは、その時代に存在した楽器の記録でもあるのですね。。
古楽器愛好家&奏者をしています😢私の分野では古典派〜ロマン派の楽器を…ロマンチックギターとか19cギターと呼んでいます😊
今回の内容はとてもよい内容でした。神回のひとつと思います。
古楽器の話題は、専門家か素人かは関係なく、他の音楽のテーマと比べても特に、話者の音楽観のレベルが如実に出る話題と思っています。
つまり、「どの水準から音楽というものを観ているか」という話し手のレベルが、自ずと語られてしまう。
そして、各人の音楽観のレベルから決め打ちで、バッハがどうだとか、オペラがどうだとかと語られてしまうわけです。
古楽器とモダン楽器が二者択一の対象で、一方を採り一方を排斥する問題のように見える人は、その水準以上にその音楽観のレベルを上げることはできないのではないかと。
古楽器とモダン楽器とはまったく異なる別々の道具だとフラットに評価できてこそ、両者を高いレベルから観察でき、さまざまな選択肢を比較して味わう自由度が得られ、音楽観の幅も広い。
少なくとも、優れた作曲家たちは、そうした立ち位置にいたわけですから。
ゆめゆめ古楽器、古楽演奏の話を人前でしないように注意したいものです。
「ミサ曲ロ短調 BWV232」の合唱部分をソリストに歌わせた古楽演奏のルネ・ヤーコプス指揮のものなどは、慎重に評価しないと自分のお里が知れてしまいますね。オペラの知識も必要ですし。
ピリオド楽器の音色・響きを生音で聴いてみたい!という夢が有ります。
生演奏はもちろん、1つ1つをじっくりと。ナチュラル・ホルン、
フラウト・トラヴェルソ、
オフィクレイド、リュート、
クラヴィコード、チェンバロ、
ヨーロッパのパイプオルガン、
ピッコロ・ヴァイオリン、
ヴィオローネ、アルペジョーネ、
ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ、
ヴィオラ・ダ・ガンバ、
バス・ドゥ・ヴィオロン、
等々それはもうキリが無く……。
普段聴いている音源では判らない事、伝わらない響き、言葉に出来ない語れない事も多々有りそうです。
ピリオド楽器の存在を知ったキッカケは♪ブランデンブルグ協奏曲、また、日本にもピリオド楽器を作成している方々がいらっしゃるのだと意識したのは、10年程前に「ストラディバリウスの謎」というTV特番を観たのがキッカケ。
ピリオド・モダン楽器共に、全国に色々な楽器工房が有り、(私の住む、隣の市にも有るんです♪)
一つ一つ材料を吟味し仕入れし、時間・手間暇手間暇掛けての手造りだなんて、これまた奥深~い世界。
それらを調律したり、修復する方々がいらっしゃって( 私もちょっと特殊な?調律師さんにお世話になっております♪)、
その上に日々努力をして演奏される方がいらっしゃって、全てをひっくるめてその音楽を聴かせて頂ける聴衆側としては、本当に有難い事です。
音色や響きの好みが有るのは当然でしょうけれど、楽器は奏でる方によって出る音が違うという事や、ピリオド・モダン楽器それぞれの利点や難しい点までをも理解した上で、
楽器や演奏について語れたら素敵だなぁ~と思います。また、そうなりたいです。
古楽器はあまり詳しくはわからないですが、バロック音楽は、確かに良いですね。現在の楽器は、確かに、メカニック的に、演奏しやすいように、改良されてますね。しかし、一世紀ほど昔の楽器は、まだまだ、今みたいには、メカニックではないですね。昨日、ラモーのソナタを、クラブサンで聴いたのですが、なるほどと思いました。バッハコレギウムジャパンも古楽器を使っておられますね。やはり、この演奏の方が、しっくりくる感じがします。ヴィオラダガンバによる、バッハの無伴奏チェロ組曲もいいですね。
私はモダン、ピリオドそれぞれ「人の好み」だと思います。
テンポ、装飾音を独自の解釈でその当時に忠実な演奏を心がけている個人や団体も素晴らしいし、モダンヴァイオリンで聴く力強いバッハの無伴奏作品も好きです。
どちらも新しい解釈で進化した演奏をしていけば壁はなくなるのでは、と思いました。
しかし、音楽学の分野で日々研究を重ね、私たちに知識を与えてくれる方々には感謝しかありません。
次は古楽器を現代に復興するのに尽力した作曲家や演奏家(チェンバロのランドフスカとかどうでしょう)を特集していただきたいです。
あっ、オルガンの特集もお願いします!
2022.10.8に配信された
『演奏家紹介 古楽器演奏の先駆者 ニコラウス・アーノンクール』の視聴をお薦めします😃
私は、今回の解説と併せて、昨日視聴したのですが、現代の古楽器演奏はアーノンクール無しには語れません‼︎……ということが分かりました。車田先生のアーノンクール愛に溢れる語りも魅力です。
素晴らしき珠玉の解説✨‼︎
19世紀終わりごろから20世紀の前半ごろまでは、楽譜の音符が順に上がったり下がったりする場合、オーケストラの弦楽器は、ほとんどの場合、ポルタメントで演奏していたと聞いています。もしこういう演奏を「再現」するなら、これも「古楽奏法」になるわけですね。(ドボルザークの交響曲で再現してる録音があると聞いていますが、未聴)
古楽器に関して非常に説得力のあるお話でした。
事実に基づいていて理路整然とした説明はとても明快かつ合理的でとても素晴らしいです。
平均律1巻1番のフーガのコーダのオルガン演奏は聴き応えがありました。
このお話は、古楽器、音楽にとどまらず、個人の人生や日常生活に及ぶなーと思いました。
壁を作らないためには、知識に貪欲であり、それ以前に自分がやってることに自信をもちつつ、中心に、他にオープンでないと、、、その境地にはならないのでしょうね😊
もう一度どこのお話し聞いてみます
リュートもヴィオラ・ダ・ガンバも好き。リコーダーなんて小学生時代しかイメージなかったけど、クラシックでバロック音楽を聞いて、その美しさ、多彩さにびっくりしました。😅バッハも、モダンピアノとフォルテピアノ、チェンバロなんかで聴こえ方が全然違いますし。🤔
ベートーヴェンは「ラズモフスキー」を書いた時に「これは未来の人のための音楽なのだ」と言ったそうですが、そういうことはどの作曲家にもあることでしょう。バッハの頭の中では未来の楽器がなっていたかも知れません。例えば横フルートは、リコーダーと似た明るくつややかな当時のフルートよりも、音が暗いが深遠な後世のフルートのような響きを望み・想定していたのでは‥‥(ズバリ言いますと、将来のオレル・ニコレのために書いたのでは!と思いすらします)要は「当時の楽器だから正しい」こともないだろう、という次第です
今回の古楽器のテーマもとても面白かったです。バッハが当時の楽器の機能、音色に必ずしも満足していたわけではない!という例題を示された考察は大変衝撃的でした!今やバロック音楽は古楽器演奏での録音が主流かと思いますが、モダン楽器で録音されたカール・リヒター指揮のレコードやグレン・グールドのピアノ演奏でバッハの音楽に目覚め魅了されてきた私はその後次々現れたアーノンクールなど古楽器での軽快なテンポの録音は好きになれませんでした。楽器の響きは当時とは違うにせよ、音楽の魅力には古楽器に固執し拘らなくてもいいのだ、と改めて目の覚める思いです。かつて魅了されたリヒターは虚飾されたものだったのか、という思いを全て払拭してくれる有難い教えです。バッハもモダン楽器での演奏を気に入ったかも知れないと考えると何かとてもスッキリしました。ありがとうございました。
古楽器演奏の魅力・問題は、音楽が『時間芸術』ならではのものですね。楽器そのものの音色は再現出来ますが、当時の演奏者の表現や響き・演奏された環境・当時の聴衆の好みや反応・作曲家の意図や思い……文献で残されているものも多少はあるのかも知れませんが、基本的にこのようなものは実際にその時代に行かなければ分かりません。演奏された正にその時と場所は、再現することが出来ない。
それ故に想像の余地が充分過ぎるほどあり、想像する楽しみがあります。今日の車田先生のお話も、教会のパイプオルガンを聴いた時の体験に基づく深い考察がありました。
300年以上も昔の人々が奏でた音楽。古の世界に思いを馳せるのは、楽しいです。古楽器には、そういった想像力を掻き立てる力がある。
でも、先生が最後に仰っていたように、偏った考えや嗜好になるのは良くありませんね。最も大切なのは、作曲家の意図や思いを素直に受け取ることだと思います😊❤
単純な好みという意味でバロックバイオリンの響きが好きです。今回挙げられていた古楽器の利点と全く異なりますが、ボロディンやクライスラーを古楽器演奏した逆ピリオド演奏も聞いてみたいなと思ったり。美しきロスマリンなんかは合うと思いますが、そんな変な演奏ないので自分で古楽器買って弾くしか。
現代楽器の最大の問題点は19世紀以降巨大化し続けたコンサートホールに合わせて、アンプやスピーカーを使わないでできる限界まで音量の出せるように改造していった結果、ピアノやフルートやトゥーバのように極端に大きな音量が出るようになった楽器と、オーボエやファゴットのようにあまり音量が変わらなかった楽器とのバランスが極端に崩れてしまったことです。私は楽器が進化したとか改良されたとかいう考え方にはもはや賛成できません。モダンピアノやモダンフルート、トゥーバのような楽器はオーケストラの音量のバランスをひどく壊していますが、そのことに気が付かない人がほとんどです。また、モダンピアノやフルートやトゥーバは音色も全く異質で、オーケストラの他の楽器とは混ざり合いません。それは他のモダン金管楽器も同じことです。しかし、オーディションで輝かしい音色で華麗なテクニックを披露した演奏家がトップオーケストラのソリストの座を占めてしまって、ああいう演奏や音色がまるで良いものかのように思い込まされている聴衆がほとんどなのです。なお、バロック時代のトランペットには指穴はありません。
古楽大好き。いくつか贔屓のグループも有るので演奏会も通いました。どちらかというと楽器の響きより、楽曲の魅力が第一ですね。演奏会はだいたい小ホールだし、録音なら音量関係ないし、音の小ささを欠点と感じたことは無いですね。弦楽器は張力の弱さが音色の幅の広さに繋がるので、表現力はよりドラマチックだと思います。管楽器もより刺激の強い音色のものがたくさん有りますね。エレキのディストーションかけたくらいビリビリ言うの。13~16世紀の音楽は演奏家による解釈の幅が広いのが面白味です。jazz に近い面白味。小編成が作曲家の意図ではないだろう、と言うのは同意(曲による)。それらの点で、50年ほど前の古楽演奏と今世紀以降のムーブはかなり異なっていると思います。インターネットでオリジナルの写本が簡単に見られるようになったのも大きいかな。
良いお話でした。タコツボ化による排他性や狭量化は、どうやらあらゆる学問分野に生じる危険ですね。その反動もまた極端に走りやすいです。私はアルノンクールもミケルッチも好きです。
作曲者が「意図」したのは、もしかすると現代のシンセでしか実現できない超正確で無機質なものだったかもしれない、とか考えると面白いですなー
声楽の「正しい」発声法とかも時代と共に変わってそう
いつもながら、興味深いお話でした。
拘りが壁を生んでいるということに、
音楽への向き合い方について反省し、
考えさせられました。
古楽(器)を愛する者だからこそ、多様な
時代の様々な価値観に触れ、柔軟である
ことは、大切だなと感じました。
車田先生のお庭で採取されたお花が
見られることも、お話と合わせての
ささやかな楽しみです☺️
難問ですね。音楽そのものと音楽史・音楽考古・・・
建築でも、構造・様式・意匠には相関がありますが、19世紀以降(例えばゴシック・リバイバル)では、意匠と構造・材料の相関は薄くなってきます。むしろ、建築の用途と記号としての「意匠」の相関が前に出る・・・一方ではモダニズム(音楽でいえばいわゆる「現代音楽」)の俗流の拡がりで「無装飾」化する・・・
こういう現象は表現芸術一般にあるようで、絵であれば、フレスコ、テンペラ、油画・・・古い技術を今用いるとかなりマニアックな色彩を帯びてきます。
古楽器もそういう印象がなくもなし。「現代的改良を施した古楽器」などというものもありますね(ランドフスカの鉄筋チェンバロなど)。
@@ktk2501 さん✨
なるほど、勉強になります!
返信ありがとうございます🙇
@@saorikudo7317 さま
ありがとうございます!
全体の方にも再掲しました。
バッハの時代に今のピアノがあったら、バッハはどのように自分の曲を演奏しただろうか?とイメージして弾きなさい、と先生に言われました。
古楽器が今の時代でも演奏されることはすごくよいですよね。。
モーツァルト好きの姉が言ってました。彼にモダンピアノを弾かせてあげたかった、ワクワクと面白がってどんな曲が生まれていただろう?と。私は職人バッハに。😊
いつも素晴らしいお話ありがとうございます.友人のホッホシューレの先生からバッハを知りたいならまずバッハのこよなく愛したクラビコードに触れて見ないと.まず弾いてみて音が出ないのでびっくり。クラビコードの先生の弾かれる音楽の素晴らしさ。まさにクラビコードの持っている可能性はまさにグランドピアノのそれと同じでびっくりしました。ここまで繊細に音楽が表現できるのか、と.バッハがなぜクラビコードが好きだったのか理解できました
拘りが強すぎると色々とややこしくなりますよね😅
どんな楽器で演奏されても、心が動けば、それはその人にとって素晴らしい演奏なんだと思います😊
わたしの中でオルガンの評価がさらに高くなりました。
振動まで感じることができるのは、さながら間近で見る打ち上げ花火の感動に通ずるようです。
バラ。動画からよく確認できないですが、花弁の数が多いように感じられるので、原種ではなく品種改良されたものかも。
いつも動画投稿ありがとうございます。
小生にとってバッハの曲ではシャコンヌが典型的な例ですね。ジョン・ウィリアムズさんのクラシックギターでのバロック音楽の演奏をよく聞いていまして...
その後、ピアノやバイオリンでの演奏をも聞きましたが、まあいい感じでしたね。
ちなみに小生は今、リュート奏者のヴァイスの曲を何曲かキーボードで弾いていますが、いい感じに聞こえていると思います。(上手いか下手かは別にして😂)
作曲家の冨田勲さんは自身の楽曲のイメージが楽器の音色によって制約される現状を開放してくれる物としてシンセサイザーの可能性を追求されていましたね。
当時の作曲家もこの楽器が気に入ったからこの楽器の特性にあった曲を書いた場合もあったでしょうし、自分の頭の中のイメージとは異なるけどまあこれが近いかなと楽器をしてした場合もあったでしょう、自分は好きな楽曲はいろんなアレンジバージョンを楽しむタイプなので古楽器バージョンも好きだけどこだわりはないです。(バッハのBWV639なんかオルガン、ピアノ、トランペット、声楽、シンセサイザーとか色々な演奏を集めました)
冨田さんといえばシンセに歌わせるというのが思い浮かびます。
この動画のテーマで言うなら、
古楽器(当時の音を再現する)バージョンならモーグのIIIP、
モダン楽器(作曲家の意図を再現する)バージョンならクリプトンの初音ミク、
といったところでしょうか。
去年かな? バッハコレギウムさんが、シューベルトのミサ曲を当時の楽器を使って演奏会をしました。ところが、ホールのオルガンは、A=442Hz だったので、A=442の古楽器を特注。(笑)
彼らの熱意に脱帽しました。
ヴァイオリンの場合、ガット弦を張るかモダンなスチール弦を張るかで調整や構造も大きく違って来ます!
とても興味深い内容でした。私も国外在住で、ピアノを教えています。バロック時代の曲を教える時、生徒にyoutubeでその曲のチェンバロバージョンとピアノバージョンを両方聞かせます。感想を聞くと、ほとんどの子がピアノの方が良いと言いますが、音色の違いに皆ビックリしてます。
1970年ごろ、古楽器演奏録音が悪し様に罵倒されていたころから、愛好していたものです。当時の日本のクラシック評論家連中の誹謗中傷は耳を疑うレベルでした。ただ、ここ10年ぐらいは、J.S.バッハのゴールドベルク変奏曲の弦楽トリオ編曲、平均律クラヴィーア曲集の中の声楽曲的要素などを知り、バッハの作品のなかに、より奥深いイデア(プラトンの意味で)のようなものを感じております。昔から「オーボエとヴァイオリンのための協奏曲(BWV1060r)」のような復元曲がずっと愛好されておりましたね。私も故ズッカーマンのライブで感動したものです。
私はヨーヨーの無伴奏組曲はやっぱり82年のやつが好きです。エンドピンもなくチューニングも緩めで股にこっぱさんで弾くより縦横無尽でいいです。でも最近の若いバイオリニストチャンネルとか見てるとガット弦が気軽に買える時代になったのですね。
モーツァルト以前の音楽に対して自分なりの思い入れを込めた理想の演奏を空想してみると、「作曲家はそこまで求めてはいなかっただろうな」と思うことがあります。でももし私が演奏や歌唱や指揮をするなら思うように表現したい。つまり作曲家の意図を表現するだけでは満足できないことに気付きます。
私は別に音楽家ではありませんが、プロの方々はその辺の決着を付けるのが難しいでしょうね。
古楽器演奏とモダン楽器演奏の最大の違いは、通奏低音ではないでしょうか?モダン楽器では数字付き低音が演奏出来ないので、結局「数字は省略」ということになっています。バロックは「旋律と通奏低音」で出来ているのに、通奏低音の数字を省略するのは確実に「楽しさ半減」ですよ。古典派の曲でいえば、「第二バイオリンとヴィオラは省略」というのと同じですから。
いつも楽しみに聞かせていただいてます。
マイクが新しくなって聞きやすくなりましたね(^^)
関係ない話ですみません。
難問ですね。音楽そのものと音楽史・音楽考古・・・
建築でも、構造・様式・意匠には相関がありますが、19世紀以降(例えばゴシック・リバイバル)では、意匠と構造・材料の相関は薄くなってきます。むしろ、建築の用途と記号としての「意匠」の相関が前に出る・・・一方ではモダニズム(音楽でいえばいわゆる「現代音楽」)の俗流の拡がりで「無装飾」化する・・・
こういう現象は表現芸術一般にあるようで、絵であれば、フレスコ、テンペラ、油画・・・古い技術を今用いるとかなりマニアックな色彩を帯びてきます。
古楽器もそういう印象がなくもなし。「現代的改良を施した古楽器」などというものもありますね(ランドフスカの鉄筋チェンバロなど)。
古楽器は、バロックピッチが苦手です。知らない曲だとまだ良いのですが、モダンピッチで聴き慣れた曲だとアタマが混乱してツラいです。
あと昔ホルンを吹いていました。ナチュラルホルンは、問題が少ない曲と聴いていて無理な曲、ありますよ。
技術の進化のスピードは
速くなる一方です
そろそろ50になりますが
生きている間に
私の愛用のヴィオラも
進化するのでしょうか
Early musicを古楽器で聴くたびに
思いを巡らせるところです
メントーズという海外ドラマで過去から呼び出されたベートーベンがエレクトロギターやキーボードを弾き、「この力強い楽器があればウィーンからモスクワまでの宮廷をアッと言わせるのに」
と語ってました。
作曲家をリスペクトさえしていればどの楽器でもいいと思います。
お久しぶりです。なぜか登録が解除になっていました。私も昔、古楽器にかぶれていた頃、しきりに古楽器演奏のCDを買い求めていました。その中でフラウトトラベルソやフォルテピアノ、ハープなどはがっかりしました。やはり響きが良くない。モーツァルトのクラリネット協奏曲に使われるバセットクラリネットなどは4度低音が出るように改造されていて意味があるのだと思いましたが比較して聴いたことはないです。ヴァイオリンなどは艶やかな音が印象的で古楽器の方が良いと思っています。ニコラウスがモーツァルトを指揮する時に18世紀の聴衆が書き残しているらしい、衝撃的だった、胸をかきむしられるようだという感想を意識していたそうです。私も上記ダメ古楽器を除き、18世紀の音を今でも追い求めています。モーツァルトだけですが。(^_^;)
トラベルソか今のフルートのどちらかをよいか?
その時代の楽器で音質で聴きたい方もいるだろう、でと私はブランデンブルク5番は現代のフルートの音で聴きたい〜きっとバツハは頭のなかでそんな音色を「描いて」いたと思う。
もちろんハーノンコールのようなやり方もいいけど、やっぱり私は女性のコーラスが入ったカンタータわ聴きたい。
おっしゃるとおりで「豊かな響きて」をきっと作曲家はも停めていたと、私も確信しています。
い
その当時の楽器でその当時の楽曲を演奏する事こそが再現音楽だ!と言うのが一辺倒になって偏ってはいけない、と言うお言葉に感動しました。
そういう偏りで音楽の見解ならびに楽しみ方を狭めてしまう、と言うのは非常に残念な気持ちになります。
いつも分かりやすい解説、有難うございます。
これからも応援してます‼️
バッハが楽器の特性にあまり拘らなかったことは、フーガの技法やカノン群などの作品において楽器指定をしなかったことからも窺えます。ただし、それはバッハが抽象性の高い音楽をいわば趣味的に指向した場合のみであって、現実的な仕事としての音楽の場合はやはり実際の楽器や歌手の特性や力量を踏まえつつも最大限に生かすべく格闘したと思います。
なので、作曲家がその時代の制約の中で精一杯に表現しようとした作品は当時の楽器と技法で演奏してこそ当時の音楽世界が理解できますが、演奏の制約を超えて音楽の本質に迫ろうと指向した作品は現代楽器はもちろんのこと、民族楽器や電子楽器をはじめあらゆる音響技術を駆使してその可能性を追求すべきと思います。
そこに、過去から未来までの広汎な時空に想いを馳せながらも、深い滋味に満ちた音楽世界が広がっていると思います。そういう意味で古楽器は音学表現方法の一分野に過ぎないと思います。
ひょっとしたら、聴覚だけではない可聴域を超えた超低周波や超高周波の物理量による触覚や味覚、嗅覚を通して脳神経に作用するデバイスでの「音楽表現」も在り得るかもしれません。
ジルバーマンのオルガンてそんなに豊かな音がするんですね!本物を聴いてみたい😆
そういえば、浜松に楽器博物館があるらしいのですが、そこへ行けば古楽器さん達に会えるのでしょうか? 実際に手に取ったり、音色を聴いたり出来たら素敵ですね。
いつか訪ねてみたいです🎻😊🥁
過去にも、また最近では4月にNHKの番組で見たのですが、展示されている楽器は約1500点、収蔵庫に保管されている物を含めると約3300点もの世界中の楽器が有るそうですよ、もちろん古楽器も沢山。
開館日には1日に4回、ガイドタイムが有り、楽器の紹介をしてくれるそうです。
番組ならではでしょうか、リポーターの方はオルガンを弾いたり楽器を鳴らしたり吹いたりしていますが、一般客がどこまで可能なのかはごめんなさい、わからないです🙏
ネットで調べてみるのも1つかも知れませんね。
小学校等への出張楽器博物館たるイベントも企画することが有るそうで、近場に住んでいらっしゃる方が何とも羨ましいです。
私が最も行きたい夢の場所の1つなのですが、恐らくは…遠すぎて一生行けなそうで残念😢
工場見学をしてみたい、王手ピアノメーカー3社も有る静岡、とってもとっても行きたいです、切望。
ちなみに主人は某プラモデルの工場見学にとってもとっても行きたいそう。
(最近、私の返信は表示されない事が多いのですが、理由が判らず…
もしこの返信、無事読んで頂けたら嬉しいです♪)
人気順を選択したら表示されないけれど、新しい順を選択すると表示される
という時が有るようです…?
@@ぴあのと珈琲.n3c様
大丈夫!無事、読めました😊
詳しい情報、ありがとうございます。益々、行ってみたくなりました😊 私の住んでいる所からも、静岡は遠いのですが、私の場合、新幹線に乗れば取り敢えず、と言った感じで……でも、じっくり見るには泊まり覚悟ですね。
返信が表示されない件、確かに時々あります。どうも、このスマホだかグーグルだか、プログラムの更新だか何だかする時に、こう云う謎なことが起きるようです。私の場合、1週間程その状態が続いて、それから元に戻りました。
今やスマホ無しには生きてゆけない世の中、異変があると動揺しますよね。それより何より私が恐れているのは、停電です😅
😊~♪
(停電⇒確かに‼️経験有ります、2度と経験したくないです😅)
ルネサンス音楽をモダン楽器で演奏するのはどうかと思うのですが、スカルラッティのソナタを世に知らしめたのはホロヴィッツですね。勿論スコット・ロスの全集も愛聴しています。バッハやモーツァルトはどうだか分かりませんが、ベートーヴェンの頭の中に響いていたのは古楽器のそれではなく、恐らくモダンの響きだったと思います。ベートーヴェンはピアノ(クラヴィーア)の機能の進歩に鋭く反応してピアノソナタを作曲していることからも私はそう考えています。
私は何がなんでも古楽で‼️などと偏狭な考えは持っていません。古楽でもモダンでも作曲家のその曲に込めた「魂」を聴かせてくれる演奏を選びます。ただ古楽器の演奏は知的好奇心を駆り立ててくれます。これはモダンには求められないものだとは思っています。
今回も貴重な問題点を提起して頂きありがとうございます。
車田さんが仰るように、未発達ゆえに、改良に改良を加えて現在の楽器になったような古楽器と、最初から完成されていた古楽器に区別すべきなのかなと思っています。私は殆ど古典派後期以降をよく聴いていますので、古楽器にこだわる様な場面は無いです。ただ、アンドレス・オロスコ・エストラーダ指揮のフランクフルト放送響(Hr響)のベートーベン交響曲で、トランペットとホルンは古楽器でした、ホルンは苦しそうな演奏に感じました、驚いたのは弦楽器がノン・ビブラートで演奏していたことです、これって古楽奏法なんですか? 音が直線的で尖って聞こえるのでちょっと私は抵抗がありました。RUclipsで見ることが出来ます。
いつも魅力的なお話ありがとうございます。ひとつ質問です。
古楽器演奏では、楽譜通りリピートをしていますが、これは必要なのですか?
モーツァルトの交響曲のソナタ形式の提示部はリピートしても、それ以降はしない方がすっきりしているし、聴きやすいし。
リピートするしないは、指揮者の意向と思っていましたが、古楽器演奏では、ただ忠実なだけなのかな。
当時は、録音して聴くことができないから、リピートも必要だったと思いますが、今は・・・
ぜひ教えてください
リピートするかどうかは録音媒体の変化も関係あるかと思います。アナログのLP盤では録音時間が長くなるほど中心部に近い部分まで使用して音質が低下しますので、リピートを省略することが多かったのだと思います。ピリオド演奏でもLP時代のものはバロック組曲のフランス様式による序曲や舞曲のリピートを省略した録音が結構あります。逆にベートーヴェンの初期のピアノソナタなど短い曲はLP時代のモダン演奏でもソナタ形式の展開部~再現部までしっかりリピートしているものも多いです。
バロック時代の舞曲はリピートした時は奏者が即興的に変奏して(通奏低音はそのままで)演奏するのが当たり前のスタイルだったのでそれを踏襲しているのだと思います。最近はそのあたりの研究が進んだせいか、今ではモーツァルトのピアノソナタもリピートの時は変奏して演奏されることが多くなりました。
弦楽器は後から魂柱を入れて音量が出るようにされたんですよね
バロックバイオリンにも魂柱あります。
クリストファー・ホグウッド&エンシェント室内管弦楽団によるモーツァルトの
交響曲は新鮮な音色で衝撃的でした。古楽器の出現(復活?)によって、それまで
のような現代楽器によるバロック音楽演奏が急激に廃れて行ったように見え
ました。今では特に弦楽器などは古楽器の合奏でないと「これは違う」と思う
ようになった感があります。カラヤンによる「四季」や「ブランデンブルグ協
奏曲」などは聴くと凄く面白いし感動もするのですが、同時に邪道とも思って
しまうのです。何かに導かれるようにそうなったのですが、それが正しい認識
なのか正しく無いのかは正直わかりません。その点オルガンは今も昔も変わら
ないのでいいですね。
バロックトランペットの「穴」は見ないフリしてあげてください😂
バロックトランペットの穴は戦後の発明ですね。
「当時の音や響きを再現すること」と、「作曲家の意図を再現すること」は似て非なるものだと思います。
仮にピリオド楽器とモダン楽器のどちらを使うか選択できる環境だったとしたら、偉大なるバッハはどちらを選択したでしょうか?
目の前に性能の良いモダン楽器があってもなお頑なにピリオド楽器を使うだろうと考えるのは偉大なるバッハを過小評価することに繋がる可能性がありますね。
もちろん、ピリオド楽器の音がほしい楽曲もあるでしょう。
どちらかが正しい、どちらかが間違いと2極化するのではなく、双方の良さを尊重し合って楽しめたら良いと思っています。
Bachのオルガン燃やしちゃダメでしょう。そうなんです、楽器の音は体に伝わるんです。音楽の楽しさは響きの美しさ。いろんな楽器を聴けたら幸せ。ちなみに三味線の生も粋ですよ。
いろんな楽器、いいですね😊
でも、最高の楽器は、人間の
『歌唱』だと思います😊🎵
その通り。歌は身近な最高の楽器。
津軽三味線の音は凄いです。エレキギターみたいな歪みもあるし、弦楽器と打楽器をミックスして、なんとも迫力があって・・。
わたしはクラシックギターを弾いてますが、インパクトでは絶対勝てん笑笑。
どんなジャンルの音楽でもプライドで聞いてるんだー、ていう人いますねー。音楽より小理屈が大事?
車田さんのカラヤン、ベームなどとアーノンクールのへの発言に対して、色々な意見が寄せられていた。
当時は小編成だった、これはコスト削減の説得材料になり、音楽活動する側には好都合ですね。
最近の異世界ものアニメの劇伴では、ドリアンの曲でガンバがメロディみたいなのが定番なので古楽器ってわりとポピュラーだと思います。
私も古楽器音源でなんちゃって古楽みたいなの作って遊んでます。
どちらか一方に偏ることなく公平な視点で話しておられ、最後まで楽しく見させていただきました。
個人的にはイ・ムジチの四季からクラシックを聴くようになったので、初めてアーノンクールで四季を聴いた時は醜悪としか感じられなかったものです。その後古楽器演奏に対する見方が完全に変わったのはホグウッドのモーツァルトでした。
今ではすっかり古楽器に慣れてしまい、当時嫌悪感しかなかったアーノンクールの四季も今となってはむしろ穏当に聞こえてしまうくらいです。
「ピリオド」演奏もホグウッドが活躍した1970~80年代と2020年代ではまた違いますね。アラ環世代の寺神戸亮さんはバロックヴァイオリンでもかなりヴィブラートを使いますが、寺神戸さんのお弟子の世代の方々はノンヴィブラートが基本でヴィブラートはトリルのような装飾音として扱っているようです。そういう演奏をモダンヴァイオリンを聞きなれた聴衆が聞くと下手糞に聞こえる場合があるかもしれません。
逆に昔の人が現代の音楽を素直に聞いたとき、なんでこんなにドラムを使いまくるんだ、って思うんじゃないかな。音楽に電気を使うようになって大きな音が身近になり、振動が体を巡る快感におぼれ、どんな音楽にもドラムとベースでずんずん鳴らすのが現代。バッハは豊かな響きを求めていた面もあるだろうけど、ソナタのように響きじゃなくて音型とか構成とかの音楽表現を目指している面もあると思う。
ピリオド演奏でも当時の記録とは楽器の配置や奏者の数が全然違うようですね。室内楽の通奏低音は実はチェンバロ1人の場合が多かったとか、大規模の合奏でも16フィートのバスは付いていない場合があったり逆に低音楽器がやたら大勢いたり。舞台の下手から上手に向かって高音楽器→低音楽器と並べるのも現代の習慣ですし。
バセットクラリネットもありますね、モーツァルトのクラリネット協奏曲や五重奏曲クラリネットで演奏されるのが普通ですが。クラヴィコードなんか。リヒターも好きですよ
楽器やってる人は音から指の運びとか認識出来て(技術的な)感動があると軽音楽部でベースやってる大学の先輩が言ってた。
確かにピアノの難曲で映像化されると小生のような絵に描いたようなド素人でも解り易い。
だからこそド素人が音域の狭いフルオベングラーとかのモノラル録音に感動できるかどうかは都市伝説レベルの話にしか思ってない、シネコンで計算され尽くされた音が受けてるのはド素人向けにエンタメ重視という事と近い話だと思う。
カラヤンからBPOを率いだアバドがブレンデルがいたのに大阪で眠たい演奏をしてた(と個人的に感じてた)演奏に(今でも2万円だったかな、のチケット代返せと思ってる)高い評価を熱く語ってる御仁をCDショップで見かけたことがあるけど良い悪いではなくどの立ち位置かだけの違いなんでしょね。
因みに小生は何度も公言してますがただのド素人、クラシックだろうとエンタメ要素が第一の立場ですね。