大和時代、宮中に天照大御神と共に祀られていた大和大国魂大神が御祭神の大和神社

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  • Опубликовано: 24 янв 2025

Комментарии • 15

  • @淳子土屋-z9j
    @淳子土屋-z9j 2 месяца назад +1

    山の辺の道には見どころがいっぱいですね😊懐かしいです。自称、歴女・古墳女子ですので崇神天皇陵もみさせて頂け嬉しいです😊景行天皇陵は前方後方墳でやはり大好きです😊檜原神社の神聖感がめちゃくちゃ好きです⛩️私が石上神宮を二度目に訪れたら、鳥インフルエンザで、神の使いの鶏が柵で隔離されていて辛い気持ちになりました。箸墓古墳の趣もいいですね😊欠史八代の話を信じたら、崇神天皇が初の天皇とされますから いまき と繋げれば、箸墓古墳が卑弥呼の墓だとしても頷けますね。大和神社の神聖な境内がよく映されていて素晴らしいです😊この辺りは王陵の谷だからよくうかがいました😊ゆっくり見て歩くと何度行っても発見がありました😊久しぶりに訪問した気分になり大満足です😊ありがとうございます😊

    • @なんとch
      @なんとch  2 месяца назад +1

      おー やはり歴女でしたか
      かなりお詳しいので、そうではないかなと思っていました
      そして古墳もお好きなんですね
      ロマンがありますね〜 😊

    • @淳子土屋-z9j
      @淳子土屋-z9j 2 месяца назад +1

      @@なんとch 様
      仰る通り‼️ロマンなんです。この感覚が素晴らしい動画をお作りになる基本になってらっしゃるのですぬ!!これからも順に動画をみさせて頂きます。宜しくお願いいたします😊

  • @monjiro-x3v
    @monjiro-x3v 6 месяцев назад +3

    徳島県にも倭大國玉神社があります。どっちの方がオリジナルなんでしょうか?

    • @なんとch
      @なんとch  6 месяцев назад

      徳島には表には出てこない封印された歴代もあるので、もしかしたら……
      また勉強させていただきます
      ありがとうございました

    • @yunyun9886
      @yunyun9886 6 месяцев назад

      徳島の倭大国魂神社の祭神は倭大国魂神ですが伝承では天津国玉神の御子神であり天日鷲のこと。
      その御霊を倭大国魂神という。
      妃は天石門別豊玉姫でその子は御間都比古。またの名を大若子命。大幡主命とあります。
      その子孫が椎根津彦で大倭国造の祖。
      だから大和大国魂神社は椎根津彦の子孫の長尾市でなければならなかったのです。
      大若子命は伊勢神宮外宮禰宜の度会氏の祖でありますし。
      天日別と天日鷲も何らかの関係はありますよね。

    • @monjiro-x3v
      @monjiro-x3v 6 месяцев назад

      @@yunyun9886
      お詳しいですね。驚きました😅
      ただ詳しい者同士ならともかく、まだ知識浅い一般人にとっては話が濃すぎてドン引きされてしまうかもしれませんので
      youtubeでコメントする時はもう少し内容をマイルドにした方が良いと思います。

    • @yunyun9886
      @yunyun9886 6 месяцев назад +2

      @@monjiro-x3v
      天照大神は皇族の豊鍬入姫
      大物主は子孫の大田田根子
      つまり倭大国魂神は椎根津彦、大倭国造の祖ということになります。

    • @なんとch
      @なんとch  6 месяцев назад

      詳しい説明 ありがとうございます

  • @siraki77
    @siraki77 6 месяцев назад

    新羅王

  • @かっちん-l3g
    @かっちん-l3g 6 месяцев назад

    日本書紀は海外向けに作成されたものでかなり虚飾されていますよ。
    国内むけは古事記で虚飾されていません。
    古事記に記載されている多数の神社がどこにあるのか、しっかり調べてないですね。
    最古の墳墓(古墳)がどこにあるのか知らないんですね。
    浅い!

    • @なんとch
      @なんとch  6 месяцев назад

      ご指摘、ありがとうございます