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こんなに楽しい歴史講座をしていただいてありがとうございます😊今後も楽しみにしております。
今でも日本には、1才になった喜びでお祝いをするところがあります。そういうことではないでしょうか?子供を大事にしたついこの前まで日本人は子供を愛しんでいましたね
1万7000年戦争しない国なんて人類史上最初で最後だろうな。そう考えると縄文時代には文明なんて言葉では表現しきれないとてつもないものがある。
確かに、昨年茅野市にある縄文博物館を見て、びっくりしました。縄文式と言えばもっともっと素朴なものと思っていた所、全く違って立派な発掘作品が並んでいました。
子どもの足型…グッときてしまいました。足型は立体なので小さかった子どもの愛しさがずっと残りますね。いいなあ、縄文!
縄文主義という言い方いいねえ!
「平和」というのは「戦争」と「戦争」の間の束の間の休息なんだ、という話を自慢げにされる方を見て違和感を感じていましたが、生成し発展させることを基礎とする日本文化であれば長い平和は有り得るんだと実感しました。お話を聞けてよかったです。
楽しかった❣️縄文文明ってなんてロマンチックなんだろう❣️
この頃のお二人は特に、楽しそうにお話しされていますね。笑
目からウロコが落ちました。ありがとうございました。
縄文時代は縄文人しかいなくて島国だし、豊かでまもられてるから平和だった。縄文人は優しくて穏やかな人々で独創性があり芸術的センスありますよね。でも国という概念がないし国境もない。戦争する必要がないし、貧しくないから奪い合わず高度な文化を発展出来他のは縄文人の特徴的な優しいDNAなのでしょう。だからといって世界の人たち好きで殺し合いしてるわけなく、日本だって鎌倉時代から戦国然り江戸時代まで武家政権だし、昭和まで戦争してた。戦後70年アメリカの敗戦国が戦争出来るわけないでしょ?したくても出来ないよ。その時の時代背景や為政者、独裁者により戦争はおこるの。縄文時代、縄文人が特別であって日本人は縄文人のDNAを受け継いでいるけど日本人はとくに平和を愛するとかではなく、世界の人たちも愛してるわけで戦争や殺し合いは好きとか愛するとかじゃないよ!都市とか文字とか無いから文明では無いよ。間違い多いし、ヘラヘラ笑いすぎ
難しいところだな。世界の歴史を見ると農耕が発達したことにより、貧富の差が始まり戦争につながったと見ることは確かにできる。こいつを正しいとしよう。それで、縄文も農耕が発達したのに、戦争が起きなかった、となれば縄文人は平和的な民族と断言できる。このチャンネルではそう発言してるようだが、しかし実際のところは小規模程度でやっていたという意見もある。こっちが正しいとすれば、基本は狩猟採集生活だったから戦争は起きなかった。つまり、環境ゆえに戦争にならないだけで民族的に平和思考とは限らないという訳だな。環境か、高度な精神文明かこれではわからん。が、どうやら女性を大切にしていたようだな。綺麗な装束をつけてると話はあった。これが本当ならば、身体能力的に劣る女性の身分が上となり、リスペクトしていることがわかるだろう。環境的に戦争しないだけの連中ならば、身体能力的に劣る女性を大切にするのか疑問だな。ってわけでこれはおそらく、高度な精神文明を持っていたのでは?と俺は思うぜ。いや、縄文にも戦争はあった、矢尻に刺され死んでる死体などは出てる、という意見もある。しかし、それは世界の同じ時間帯の狩猟採集生活の地域と比べれば人口あたりの死体の数が極めて少ないようだな。いくら平和的な精神を持っていたとはいえ今のように、警察や治安がしっかりしていたわけではない。中には人間殺して食べ物を奪う派の奴だっていたって不思議でもなんでもない。とにかく、武器による死亡率が低すぎることからして、その時代では他の地域と比べてめちゃ平和だった事は間違いないはずだと俺は思うぜ。人を殺す大型の武器は毒とかあったから小型の弓矢や道具だけあれば十分人を殺害できるので必要なかっただけってのは、さすがにないな。そこまで紛争があったなら大きな槍などの武器などもっとたくさん全国で出ていいはずだしな。別に毒だけで戦うわけでもあるまいしな。まぁいくら言ったところでとにかく武器による死亡率が極端に低いという事実があるしな。よって俺的にはこう思う……農耕は戦争の原因と知っていて、そこらに食べ物あるから小規模にしていた。縄文人は一部危険な奴らはいたが、基本は女性を大切にする優れた精神文明の持ち主だったと、俺は結論付けるぜ。さて後は今の文明と縄文文明どっちが優れているかって問題か……科学の発展は戦争のおかげで、その証拠に平和だった縄文時代に科学は生まれなかった、という意見が今のところは主流ぽいな。だが、もし、この縄文人しかこの世に人はおらず世界中どこに行っても駆逐されずに他のヨーロッパとかに行ける状況だったら、いろんな環境のところに住み着いてそこの環境に対応するため様々なものを開発した可能性もあってそこから発展していく可能性もなくはないと思うな。いやでもそもそも農耕を本当に拒んだほどの連中ならば野生動物もいないそんな不便なところに定住したりはしないか…何かの拍子に知の探求が始まればその精神文明と合わさって、文明のレベルが今以上のスピードで一気に加速的に発達していたと個人的には思うけど、どうだが……文字すらなかったぽいしな。病気が治り長生きできる現代と平均寿命わずかだが平和な縄文時代……俺ならば、縄文時代すげー持ち上げたけど、やっぱ今の日本は充分すぎるほど平和だし現代の方がいいな。
面白い!
国民が国というものを想うあり方にについて考えさせられる。その国にこういった長い歴史があり、高度な文明や文化があり、客観的証拠があれば、素直にそういった事実に深い敬意や誇りといったものが生まれてくるもの。こういうことを言うとすぐに某K国や某C国やLWの連中からは愛国ポルノなどという声が聞こえてきそう。誇るべき文明を持たない民族や歪んだ自画像を投影することしかできない連中には哀れみさえ覚える。
最古の新人は20万年前のものが発見されてるので辻褄はあう。
たしかnhkでは肺を持って始めて陸に上がった両棲類をイクチオステガと言っていたけど、それとは異なるのですか。日本の神話では海の神が八尋鰐に化して一尋鰐を生む。それがうば(呼吸)やフキアエズの尊とされるが
縄文イナンナですね。
興味深く拝見しました。が、日本人はDNAレベルで平和を愛してる云々の話は、とても学術的な姿勢ではなくオカルティストのそれです。まるで某国人のようで見ていられません。
平和主義、とか言っている人たちは、言葉遊びか、偽善者、理想主義、現実逃避だと思います。特に団体で活動していて、利益を追求している人たちは。
未開な狩猟採集部族社会が長期間続いて戦争らしい戦争も出来なかっただけのことやろ
ホントは戦争嫌いだから日本は第二次大戦に負けたんだよね。
ハート型土器ってなんだよ、土偶の間違いだろ。
そんな足形生きてる内に粘土板の上に立たないとできないと思うわ。おもいっきり足の指に力入ってるやん。発掘物になんの証拠もない仰々しい想像の話を付けすぎだわ・・・絶対ただの子供の落書きとか、おもしろがって作っただけとか、張形とか、その程度のが多いって。今から1万年後に子供が夏休みの工作で作った粘土の像を発掘して「これは神として崇められていた。」とか言ってるの想像したら笑える。
Konoe Fumimero 自分の子供が死んでしまい生きていた証を大切にするのがそれほど仰々しい想像なんでしょうかね?例え生きている間の落書きであったとしても、です。
zu ka 遊びで作るのと比べたら仰々しいでしょう。私はそもそも死んだ子供の足から採ったと言うこと自体否定してるんですが、なんでも良いように受け取るのが日本人のいいとこかもねぇ。
Konoe Fumimero ねずさんは思い付きでしゃべっているわけではなく学術的にもっとも有力な説を紹介しているだけですよ。「もっとも有力な」と言うのは、あくまで考古学の世界ですから断定はできないという意味ですけど、少なくとも子供の遊び程度のものではないと思います。<足形付き土器の特徴>・北海道から東北地方で出土・2~3歳児の足形・かかと部分に穴が開いている・成人の遺骨とともに副葬されている上記の特徴から推測されるのは、・子供が2~3歳になると足形をとる風習があった。・足形をひもで吊るして飾っていた。・子供の死亡率が高かったが、亡くなった後も足形を飾り続け、子を偲んだ。・親が亡くなると、子供の足形とともに埋葬した。www.hakobura.jp/deep/2011/09/post-182.htmlwww.emuseum.jp/detail/100611/002?word=&d_lang=ja&s_lang=ja&class=&title=&c_e=®ion=&era=&cptype=&owner=&pos=793&num=7&mode=detail¢ury=ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9E%A3%E3%83%8E%E5%B3%B6%E9%81%BA%E8%B7%A1
man temgu 私は「権威がある人が言ったからといって、自分で考える前に信用するのはやめよう」と常々思っているわけです。ねずさんの思いつきじゃないのはわかってます。私が考古学者の一部分を信用していないというだけです。一部分とは、「掘り出したものが何なのか」という推測の部分です。客観視するのが仕事の学者も人間で、考古学を専攻する人たちはロマンを求めているでしょうから、きれいな話を付けたい願望が多分にあると思われます。私も遺物を見ているときはそんな感じですので。掘り出した物だけで推測するのですから自由度はかなりあるわけです。ようするに私もあなたもこれがどういうものか考えるのも自由なわけです。考古学は状況の要素が少ないだけに他の専門分野より一般人に近いでしょう。年代を特定する当たりは専門的ですね。あなたが挙げた特徴から私が推測すると、「大人が死んでそれを弔うために孫や子らの足形をおさめた。」という方が順当だと思います。学者は「穴が開いている」ことを深く考えすぎだと。粘土板がいくつかあったら穴にヒモか棒かを通して墓の中に降ろしたんじゃないですかね。足形に関してではないですが、学者がたいそうな推測してるけど実はくだらない成り立ちのものもあったりするんだろうな。と想像しておもしろがってるわけです。「これどう見ても張形やん」とかw
Konoe Fumimero そういうことだったら、最初の様なコメントすべきではない。
こんなに楽しい歴史講座をしていただいてありがとうございます😊
今後も楽しみにしております。
今でも日本には、1才になった喜びでお祝いをするところがあります。
そういうことではないでしょうか?
子供を大事にした
ついこの前まで日本人は子供を愛しんでいましたね
1万7000年戦争しない国なんて人類史上最初で最後だろうな。そう考えると縄文時代には文明なんて言葉では表現しきれないとてつもないものがある。
確かに、昨年茅野市にある縄文博物館を見て、びっくりしました。縄文式と言えばもっともっと素朴なものと思っていた所、全く違って立派な発掘作品が並んでいました。
子どもの足型…グッときてしまいました。足型は立体なので小さかった子どもの愛しさがずっと残りますね。いいなあ、縄文!
縄文主義という言い方いいねえ!
「平和」というのは「戦争」と「戦争」の間の束の間の休息なんだ、という話を自慢げにされる方を見て違和感を感じていましたが、生成し発展させることを基礎とする日本文化であれば長い平和は有り得るんだと実感しました。お話を聞けてよかったです。
楽しかった❣️
縄文文明ってなんてロマンチックなんだろう❣️
この頃のお二人は特に、楽しそうにお話しされていますね。笑
目からウロコが落ちました。ありがとうございました。
縄文時代は縄文人しかいなくて島国だし、豊かでまもられてるから平和だった。縄文人は優しくて穏やかな人々で独創性があり芸術的センスありますよね。でも国という概念がないし国境もない。戦争する必要がないし、貧しくないから奪い合わず高度な文化を発展出来他のは縄文人の特徴的な優しいDNAなのでしょう。だからといって世界の人たち好きで殺し合いしてるわけなく、日本だって鎌倉時代から戦国然り江戸時代まで武家政権だし、昭和まで戦争してた。戦後70年アメリカの敗戦国が戦争出来るわけないでしょ?したくても出来ないよ。その時の
時代背景や為政者、独裁者により戦争はおこるの。縄文時代、縄文人が特別であって日本人は縄文人のDNAを受け継いでいるけど日本人はとくに平和を愛するとかではなく、世界の人たちも愛してるわけで戦争や殺し合いは好きとか愛するとかじゃないよ!都市とか文字とか無いから文明では無いよ。間違い多いし、ヘラヘラ笑いすぎ
難しいところだな。世界の歴史を見ると農耕が発達したことにより、貧富の差が始まり戦争につながったと見ることは確かにできる。こいつを正しいとしよう。それで、縄文も農耕が発達したのに、戦争が起きなかった、となれば縄文人は平和的な民族と断言できる。
このチャンネルではそう発言してるようだが、しかし実際のところは小規模程度でやっていたという意見もある。こっちが正しいとすれば、基本は狩猟採集生活だったから戦争は起きなかった。つまり、環境ゆえに戦争にならないだけで民族的に平和思考とは限らないという訳だな。
環境か、高度な精神文明かこれではわからん。
が、どうやら女性を大切にしていたようだな。綺麗な装束をつけてると話はあった。これが本当ならば、身体能力的に劣る女性の身分が上となり、リスペクトしていることがわかるだろう。
環境的に戦争しないだけの連中ならば、身体能力的に劣る女性を大切にするのか疑問だな。
ってわけでこれはおそらく、高度な精神文明を持っていたのでは?と俺は思うぜ。
いや、縄文にも戦争はあった、矢尻に刺され死んでる死体などは出てる、という意見もある。しかし、それは世界の同じ時間帯の狩猟採集生活の地域と比べれば人口あたりの死体の数が極めて少ないようだな。
いくら平和的な精神を持っていたとはいえ今のように、警察や治安がしっかりしていたわけではない。中には人間殺して食べ物を奪う派の奴だっていたって不思議でもなんでもない。
とにかく、武器による死亡率が低すぎることからして、その時代では他の地域と比べてめちゃ平和だった事は間違いないはずだと俺は思うぜ。
人を殺す大型の武器は毒とかあったから小型の弓矢や道具だけあれば十分人を殺害できるので必要なかっただけってのは、さすがにないな。そこまで紛争があったなら大きな槍などの武器などもっとたくさん全国で出ていいはずだしな。別に毒だけで戦うわけでもあるまいしな。
まぁいくら言ったところでとにかく武器による死亡率が極端に低いという事実があるしな。
よって俺的にはこう思う……農耕は戦争の原因と知っていて、そこらに食べ物あるから小規模にしていた。縄文人は一部危険な奴らはいたが、基本は女性を大切にする優れた精神文明の持ち主だったと、俺は結論付けるぜ。
さて後は今の文明と縄文文明どっちが優れているかって問題か……
科学の発展は戦争のおかげで、その証拠に平和だった縄文時代に科学は生まれなかった、という意見が今のところは主流ぽいな。
だが、もし、この縄文人しかこの世に人はおらず世界中どこに行っても駆逐されずに他のヨーロッパとかに行ける状況だったら、いろんな環境のところに住み着いてそこの環境に対応するため様々なものを開発した可能性もあってそこから発展していく可能性もなくはないと思うな。いやでもそもそも農耕を本当に拒んだほどの連中ならば野生動物もいないそんな不便なところに定住したりはしないか…何かの拍子に知の探求が始まればその精神文明と合わさって、文明のレベルが今以上のスピードで一気に加速的に発達していたと個人的には思うけど、どうだが……文字すらなかったぽいしな。
病気が治り長生きできる現代と平均寿命わずかだが平和な縄文時代……
俺ならば、縄文時代すげー持ち上げたけど、やっぱ今の日本は充分すぎるほど平和だし現代の方がいいな。
面白い!
国民が国というものを想うあり方にについて考えさせられる。
その国にこういった長い歴史があり、高度な文明や文化があり、客観的証拠があれば、素直にそういった事実に深い敬意や誇りといったものが生まれてくるもの。
こういうことを言うとすぐに某K国や某C国やLWの連中からは愛国ポルノなどという声が聞こえてきそう。
誇るべき文明を持たない民族や歪んだ自画像を投影することしかできない連中には哀れみさえ覚える。
最古の新人は20万年前のものが発見されてるので辻褄はあう。
たしかnhkでは肺を持って始めて陸に上がった両棲類をイクチオステガと言っていたけど、
それとは異なるのですか。日本の神話では海の神が八尋鰐に化して一尋鰐を生む。それが
うば(呼吸)やフキアエズの尊とされるが
縄文イナンナですね。
興味深く拝見しました。が、日本人はDNAレベルで平和を愛してる云々の話は、とても学術的な姿勢ではなくオカルティストのそれです。まるで某国人のようで見ていられません。
平和主義、とか言っている人たちは、言葉遊びか、偽善者、理想主義、現実逃避だと思います。特に団体で活動していて、利益を追求している人たちは。
未開な狩猟採集部族社会が長期間続いて
戦争らしい戦争も出来なかっただけのことやろ
ホントは戦争嫌いだから日本は第二次大戦に負けたんだよね。
ハート型土器ってなんだよ、土偶の間違いだろ。
そんな足形生きてる内に粘土板の上に立たないとできないと思うわ。
おもいっきり足の指に力入ってるやん。
発掘物になんの証拠もない仰々しい想像の話を付けすぎだわ・・・
絶対ただの子供の落書きとか、おもしろがって作っただけとか、張形とか、
その程度のが多いって。
今から1万年後に子供が夏休みの工作で作った粘土の像を発掘して「これは神として崇められていた。」とか言ってるの想像したら笑える。
Konoe Fumimero 自分の子供が死んでしまい生きていた証を大切にするのがそれほど仰々しい想像なんでしょうかね?例え生きている間の落書きであったとしても、です。
zu ka 遊びで作るのと比べたら仰々しいでしょう。
私はそもそも死んだ子供の足から採ったと言うこと自体否定してるんですが、なんでも良いように受け取るのが日本人のいいとこかもねぇ。
Konoe Fumimero
ねずさんは思い付きでしゃべっているわけではなく学術的にもっとも有力な説を紹介しているだけですよ。
「もっとも有力な」と言うのは、あくまで考古学の世界ですから断定はできないという意味ですけど、
少なくとも子供の遊び程度のものではないと思います。
<足形付き土器の特徴>
・北海道から東北地方で出土
・2~3歳児の足形
・かかと部分に穴が開いている
・成人の遺骨とともに副葬されている
上記の特徴から推測されるのは、
・子供が2~3歳になると足形をとる風習があった。
・足形をひもで吊るして飾っていた。
・子供の死亡率が高かったが、亡くなった後も足形を飾り続け、子を偲んだ。
・親が亡くなると、子供の足形とともに埋葬した。
www.hakobura.jp/deep/2011/09/post-182.html
www.emuseum.jp/detail/100611/002?word=&d_lang=ja&s_lang=ja&class=&title=&c_e=®ion=&era=&cptype=&owner=&pos=793&num=7&mode=detail¢ury=
ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9E%A3%E3%83%8E%E5%B3%B6%E9%81%BA%E8%B7%A1
man temgu
私は「権威がある人が言ったからといって、自分で考える前に信用するのはやめよう」と常々思っているわけです。
ねずさんの思いつきじゃないのはわかってます。
私が考古学者の一部分を信用していないというだけです。
一部分とは、「掘り出したものが何なのか」という推測の部分です。
客観視するのが仕事の学者も人間で、考古学を専攻する人たちはロマンを求めているでしょうから、きれいな話を付けたい願望が多分にあると思われます。
私も遺物を見ているときはそんな感じですので。
掘り出した物だけで推測するのですから自由度はかなりあるわけです。
ようするに私もあなたもこれがどういうものか考えるのも自由なわけです。
考古学は状況の要素が少ないだけに他の専門分野より一般人に近いでしょう。
年代を特定する当たりは専門的ですね。
あなたが挙げた特徴から私が推測すると、「大人が死んでそれを弔うために孫や子らの足形をおさめた。」という方が順当だと思います。
学者は「穴が開いている」ことを深く考えすぎだと。
粘土板がいくつかあったら穴にヒモか棒かを通して墓の中に降ろしたんじゃないですかね。
足形に関してではないですが、学者がたいそうな推測してるけど実はくだらない成り立ちのものもあったりするんだろうな。と想像しておもしろがってるわけです。「これどう見ても張形やん」とかw
Konoe Fumimero そういうことだったら、最初の様なコメントすべきではない。