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現在の装備を纏っている自衛隊員の方々ですらとても寒くて辛そうな感じなのに、遭難事件の時の装備を聞くとどれだけ寒かっただろう、辛かっただろうって胸が詰まる
ホント、自衛隊の方々には頭が下がる思いだし感謝しかない。
こういった地道な訓練が日本の安全保障の礎です。ありがとうございます
何故だろうか。涙が溢れてきた・・・。
もちろん、明治時代と比べて自衛隊は装備も充実していますし当然、事前の準備もしっかり行った上での訓練なのでしょうが、それでも冬の八甲田山は過酷な環境である事に変わりは無いですよね…参加された隊員の皆様お疲れ様でした。
❤
数日前にBSで八甲田山を視聴し涙😢しました。
あれは指揮官の在り方の戒めでもありますね
😊@@タナマユ-n8d
20年ほど前の話ですが、仕事で弘前に行った帰りに田代平へ抜けようとしたら冬季閉鎖。おまけに猛烈な吹雪で視界ゼロの状態で、なんとか銅像の茶屋までたどり着いたものの進退窮まり、車の中で朝まで過ごしました。車のヒーターをつけていても凍えるような寒さに加えて、マフラーが埋まらないように1時間おきに車の後ろを踏み固め、残り少ない燃料も相まって一睡もできませんでした。以来、車にはカセットコンロと水、食料、予備の燃料、寝袋は常備品となりました。まさか震災で役に立つとは思いませんでしたが・・・・。
すごい体験ですね 小説では100年に一度の暴風雪となってましたけど 今の皆様の体験談や映像を見ても 冬の八甲田山は毎年、荒れるんじゃないかと思ってしまいます いつか夏に訪れてみたいです
自衛隊の方には感謝してもしきれない🌸🌸🌸国防の要を担ってくれてありがとう。
歯?綺麗ごと言い過ぎちゃう?宅急便は時間通りに届けて当たり前と思ってるんじゃない?ネット通販で荷物運んでるドライバーにありがとうと思ったことあるか?自衛隊は仕事してるだけです。彼らが雪中遠足のんびりできてるのは😂日本に攻め込んでもメリットないと諸外国は思ってるからですよ🤣🤣😁
ホントに自衛隊の方達には感謝しかない。そんな中、自民党の河野太郎。こいつのせいで国防が邪魔された。
ある意味、レンジャー訓練よりも厳しいですよね。いくら最新の装備を身にまとっているといっても。冬山は本当に怖いですから。自衛隊の皆さんには、本当にご苦労様です。ちなみに、子供の頃に劇場でリアルタイムで八甲田山の映画を観ました。はっきり言ってトラウマ映画です。母が秋田出身なので冬に訪れた時など。一発で雪目になりましたね。
ちゃんと天候が悪くなるのが凄い。
動けなくなるまで頑張るとかじゃないんだ、、、動けなくなると救助も大変なんだ。勉強になりす。
弔い行軍を続けておられて立派
現代装備でも遭難したら悲惨な事態になる危険地帯を行軍する勇気に敬礼。
特殊作戦群、空挺、水陸機動団は有名やけど、この部隊は危険な雪山のプロでリスペクトです。
東北訛りの喋り方に力強さとホッコリさを感じる。私が入隊したら青森や岩手の師団に入りたいです。
青森も岩手も同じ第9師団ですよ。あと秋田も第9師団で、宮城・福島・山形が第6師団です。
スキーは平らな所を歩くのは大変ですからね...それで重い荷物を持って行軍とか凄すぎますね。
毎年、この訓練前の12月、1月頃になると隊員の方々がアウトドアショップに冬季用の寝袋を買いにこられます。補助とかでてるんでしょうかね?本来であれば官品で十分な性能のものが支給されるべきはず...
官品は管理とか点検がめんどくさいから演習でも極力使わないってなるんですよ。私物なら壊しても無くしても大丈夫ですから…米軍みたい個人装備品はカネ渡して指定の物品個々人に買わせるやり方の方が合理的だと思う
補助はないですよ。官給品は必要最小限のものしか与えられません。例えば寝袋。これはー10度に耐えられるものですが、東北の山の気温なんて深夜になるとー10度を下回ることなんてザラです。つまり寒い。昔から言われてるのは、楽したければ金かけろです。寒い環境、辛い環境で少しでも楽をしたければお金をかける。そういう人はそれなりにいます。
陸上自衛隊の悪いところは各人で金をかけろというところ。
@@軍事研究 >昔から言われてるのは、楽したければ金かけろです。そういえば、八甲田山の雪中行軍遭難事故の時も、凍傷で手足を切断せずに済んだ数少ない兵員の1人は、雪中行軍の前に海外へ視察旅行に行き、当時は高価だったゴム長靴を購入、雪中行軍の際にも履いていたので凍傷にならずに済んだ、という。
平時だからこそ高性能な市販品を購入できるので有事はもちろんその前段階でおそらく調達自体が危うくなるでしょうね十分な性能を備えた装備品を調達・備蓄しなければその"官品"のみを用いて「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」を合言葉に耐えざるを得なくなりそう
自分もスキーを最後に扱ったのが中1の冬。体育の授業の時でしたね。今スキーやスノーボードやれと言われても無理でしょう。股関節どころか翌日は全身筋肉痛になってるでしょうね。でもまだスキー学習が残ってるのには半分嬉しいし半分驚いた。
やっぱナレーターは重要な仕事なんだなって
どなたの声なんですか?
これは機械音声です。有料のソフトで完成度は高いですが、やはりまだ肉声には一歩敵わないということですね。@@greatest_material
10年くらい前に娘が修学旅行で北海道へスキーに行きました。九州民なので、スキーが初めての子も多く、あっという間にスキー場内のあちらこちらで立つことも出来ない死屍累々の女子高生。そんな時に訓練で来られていた自衛隊の方々が、すっと現れ、助け起こして廻ってくださったそうです。帰宅した娘がとってもかっこよかった!と話してくれました。訓練のお邪魔になったと思いますが、本人達にはよい思い出になったようです。ありがとうございました。非常時に備え、日々鍛錬されていらっしゃると思います。お怪我がないことを祈っています。
一昨日BSトゥエルビで映画八甲田山を観て、昨日八甲田山雪中行軍資料館-幸畑陸軍墓地、映画のロケにも使われた森林博物館を訪れました。
高倉健さんの八甲田山 当時の雪の進軍歌で 装備を再現を致しました。マイナス気温―20℃でした。
幹部候補生学校で、幹部候補生にこの映画見せて感想を言わされるみたいですね。
去年の10月末、家内と約30年ぶりに十和田湖から八甲田ロープウェイ、田代平、そして後藤伍長銅像の丘に行って黙礼してきました、亡父は神代と言われる警察予備隊に入り、青森の第5連隊に勤務、、除隊前に受けた幹部候補生試験に合格しながら家の事情で除隊、小高い畑から天気の良いは八甲田の山々がはるか遠くに見え、子どもの頃、雪中行軍で多くの兵隊が亡くなった話を聞きました。遠い昔の思い出です。第5連隊ご苦労様でした。今後も頑張ってください。
敵に付け入るスキを一分も与えない為、ご苦労様です。有難い。銅像の前での敬礼の姿を見て先人の犠牲を無駄にしない決意を感じました。目頭が熱くなりました。
自衛隊の皆さんの不断の努力に感謝します!
お疲れ様でした今後の発展をお祈り申し上げます
欧米ロシア等でも、当然冬季の野外演習は行われていますが、日本、自衛隊が少し特殊なのは、積もる雪の量です。第5普通科連隊の駐屯地青森は海外の旅行サイトなどでも世界で一番の降雪する都市として有名です。北欧ロシアでの厳冬期はその気温は相当なものがありますが、こと雪の量に関しては日本は特殊です。冬の厳しいアメリカ北部に駐留する米陸軍でも、日本に雪中行軍などの演習に訪れ、自衛隊員の指導のもとスキー演習等を行っています。
武若先生が解説してる傍から猛吹雪八甲田山こわい・・・(涙目
自衛隊には本当に感謝しています😌だからこそ、本当に変わってほしいことがあります💦防衛省も財務省や政治家は、自衛官と自衛隊の装備、給与、待遇、本当に自衛官がやるべき任務について改善すべきです💦冷えて固まったご飯、水、こんな吹雪く極寒地で食べれますか…❔サプリメント、カイロ、予備の着替えも全てが実費、こんな過酷な任務を与え、訓練させている環境に実費なんてブラック企業以上より悪です💦給与や装備にケチることで隊員は、過酷な環境を乗り越えるのに自費が発生している状況なのに、何も変わらず黙り続ける頑張る自衛官の方々が可哀想過ぎます😢政治、行政がお金を使いたくない、民間はお金掛かるからと…鳥インフル、ワクチン、物資の輸送等の行政がすべき仕事等、労働基準法の適用もない、人件費の発生しない自衛隊を悪利用している🔥自衛官もといっても、一人の人間で家族もいます🔥
恥ずかしながら初めて訓練の事を知りました。日本人なら知っておくべきですね。
私は北海道上富良野駐屯地に勤務していました!第4特科群です、畳8畳分ほどの砲陣地を作ります、土は凍土になっていて約10cm凍っていてツルハシで砕き、陣地構築します、アメリカさんがくれた重砲が水平開脚なのですから、大規模な陣地構築します、現代戦では丸半日かかり陣地構築していたら、間に合わない、旧態依然の火砲です、防衛省になるまで、存在しました😂、今は牽引砲から自走砲になっています、防衛庁時代は大変でした、
八甲田山‼️映画を観て!八甲田山に興味を持ち現地を 訪れました。唯一の生存者、後藤伍長の銅像を見て感動しました🙇♀️
新人隊員にしっかり声を掛けて状況を把握。体調不良の気配があればすぐに自力歩行を止めさせ、なんとロープで繋いで引っ張り、これも訓練と。古参隊員の体力と判断力の凄さはまさに古強者の言葉そのものですね。
到着した際の茶屋の一階部分が雪で埋まってる様子。昔は開かれた道路も無く、隊員らは黙々と雪の中を行軍していたとのこと。事故が発生する前に弘前歩兵第31連隊が岩木山行軍で成功の実績を考えればもっと寒さ対策の情報が行き渡っていればと思う。実際の遺体回収は川に流された隊員も海まで到達して当時春の五月までかかったと言う。先輩たちの歴史の功績があるを大切に伝えるべき話。
いくら装備が良くなっても扱うのは隊員さんの連度。積み重ねられた先人の方々の経験。犠牲になられた方々は無駄にはなってなかったと思います
「雪中行軍訓練」って現代でもやってたんですか。てっきり、映画にもなった明治に起きた大事故で無くなったと思ってました。
昭和期で撮影を、致しました♡ 高倉健 主演 八甲田山 ありがとう御座います。
紅軍を含め、機動は陸上戦力の要の技術。事故があるからできませんは通用しない。こちらができないことを敵がやられたら終わり。特に普通科連隊は車両、重機、航空機が入れない、いかなる地形、気象も克服しなければならない職種。
次起こらないように教訓を生かして前に進む、事故が起こったからと言ってやめてしまったら死んでしまった人が浮かばない、ちなみに、120年前の事故のとき、一番最初に発見された人は、他の仲間が倒れていく中最後まで立ち続け、「この先にまだ人がいる」という事を伝え亡くなったそうです。まさに武士、その人をたたえる石像が丁度発見された場所に建っているそうですよ。
そういう事情で出来ません。は通用すると思います?
@@keit6528小さい事ですが紅軍ではなく行軍です。紅軍だと共産党の軍隊になってしまいます。
何日か前にテレビで映画を放送してましたね。久しぶりに観ましたが、観ているだけで体が冷えてくるようで、よくもまあ、撮ったもんだと。事前の調査が如何に大切か、根拠なき楽観が如何に危険か、とても大きな、忘れてはならない教訓を残した事故だと思います。
カメラマン、凄い。
2:27 数多の訓練も裏にはこういった素人では考えられない目的があるわけだから、良く知らずに「遊んでる、税金泥棒」なんて言う輩には「黙って見てろ」と言いたい
今は89式小銃ですね。僕は現役は滋賀県の湖北の部隊で、同じようにスキー板履いて演習場歩きました。日本海から比良山系や箱館山からの吹き下ろしの風と琵琶湖を挟む伊吹山、鈴鹿山系からの風がぶち当たって寒かったです、僕の頃は64小銃でした。スキー教練懐かしい。
すごいですね。こういう訓練もするんですね。素晴らしいです。
他のRUclipsでは全く違う角度でこの事故を取り上げていましたね。それを聞くと事故ではなく、人の楽観や欲が招いた人災の悲劇だなと感じています。実際はどうなのでしょうか?それによると前日は宴会で酒などを飲み当日も楽観して軽装で出かける。地元民の天候心配の忠告も無視。手伝いますという言葉も突っぱねる。その後遭難しかけたところで引き返そうと思うも忠告無視をしたことへの恥ずかしさや、失敗を恐れ出世できなくなるという一部隊員の声から前進していったとあります。
こんな中で戦闘までするなんて大変
行って帰って来ることが供養になる
甘やかすわけでもなく、かと言って無理させるわけでもなく、きちんと対応していて安心しました😢雪国で自衛隊だった父にもっと色々聞けば良かった…
素晴らしいお仕事をされたお父様ですね😢
本当に頭が下がります。隊員の皆様ありがとうございます。
過去の悲劇が教訓になっているのは本当にありがたいというか、犠牲者が浮かばれると思う
まさか連隊長まで同行していたとは・・皆さんご苦労さまです、ありがとうございます(`・ω・´)ゞ
私も雪国・新潟に住んでおり約3km山奥にある小さな社の雪下ろしに数回行ったことがあります。竹と縄でできた「かんじき」という道具を履いて歩きます。それでも膝上まで埋まることがあり5人くらいで先頭を交代しながら山を登ります。足跡が一直線に近い形となるように歩くのが省力的な歩き方。汗をかかないように無理に急がないことも重要で、汗をかくと体温低下を招き風邪をひくからだと父から教えられました。当日の天候が悪ければ社が雪で倒壊するより人命が大切なので延期となります。
明治の八甲田山遭難事件から装備が遙かに上回る自衛隊でも厳しい行軍演習…頭が下がります
転んだり倒れた後平地で起き上がるのってすごい難しいんだよね無理に起き上がろうとすると脚痛めちゃうから板外した方がいいんだけど、趣味のスキーでもパニくっちゃう人多いからなぁ
官品スキーに慣れすぎて普通のスキー履けなくなった
寒冷地自衛隊あるある…
そうなんですか笑どんな違いがあるのか気になります
普通科 越冬行軍訓練 お疲れさまでした。南極越冬隊の訓練と映画撮影 高倉健さん主演 八甲田山、南極物語、1ヶ月の極寒の地訓練を致しました。日本山岳会を選て、大雪山連峰へ越冬隊訓練でした。八甲田山では1部の場所で有毒ガスが発生する地系が有ります。当時の軍人が多数の凍死は腐蝕樹木や圧雪した枯れ葉の窒素ガス発生での事故では、ご注意を下さい。 第22期 南極気象観測越冬隊 宗谷
今の俳優では 八甲田山の 映画できる俳優は ちょっと いないと思うね。流石 高倉健さん だね。
@@山崎伊津雄-v8d ありがとう御座います、八甲田山が南極大陸越冬隊の訓練場所、訓練を兼ねて南極物語の撮影を南極昭和基地にてタロー、ジローの撮影に成功しました。🌹🐕🦺🦮現代の装備品は完璧ですので、安心かと、
すごい、プロフェッショナルですね。
実際の現地の映像これで始めて見ましたが。同じ日本とは思えない🥶
冬の89式も中々映えるな
地元の方は、冬スポーツやらないですよねw意外とw 大変ですね
小学生の頃、映画八甲田山話題になってました。親父が、北日本に出張に行った時に八甲田山に関する写真撮って来ました。今、鮮明に思い出しました。
まず 墓地のラッパで涙が出ました現在私55歳現在の駐屯地近くにある(祖父の生家)明治時代(親戚が言うには江戸時代から)の農民として所在しており 大日本帝国の魂がこもった土地を売却せずアパートに建替え守り続けております祖父からは戦争の話を何度も聞かされ育ちましたスナイパーさん・レンジャーさん・警務官さんに守られ元気をいただき楽しく生活しております🫡
天は我を見放した…八甲田遭難事件真冬の八甲田は訓練に最適
後藤伍長は暖かいとこに置いてあげれんかね。ずっと寒いのは可哀想
後藤伍長(映画では緒形拳)は数少ない生存者ですね。像は彼が発見された場所に立っていますので、動かすのはどうでしょうか。
約百年前の雪中行軍で青森の連隊は大遭難したが、逆方向から概ね同じルートを同じ日に行軍した弘前の連隊は1名の落伍者も無く成功した。陸上自衛隊は双方の『失敗の原因』と『成功の原因』を研究し尽くし、最善の方策を完成した。しかし数年前、米陸軍特殊部隊が小隊の参加を打診したが陸上自衛隊は厳寒期に於ける八甲田の危険を理由に断ったらしい。当然だと思う。
やはり、長年のノウハウ、研究がないと危険ですもんね。まあアメリカ特殊部隊の体力とガッツなら耐え切るかもですが、もし万が一死者や凍傷者でもでれば責任問題とかややこしいことになりますから…。自衛隊からしたらそこまで世話は焼けませんな。
最新の装備でも不屈の精神と肉体がなければ乗り越えられない訓練ですよね。できるだけ最新の装備で行ってもらいたいです。国民の税金はこういうとこに使ってもらいたいです。
当時はスキー板でなく藁の雪靴だったし、積雪も今より多かったろうね。もちろんGPSもないし無線もない。
命懸けの訓練を有り難う御座いました‼️ご冥福をお祈りします🙏
陰陽師の橋本京明さんのチャンネルで、京明さんが八甲田山に慰霊に来たとき、「イッチ、ニー」とハッキリ聞こえる行軍の掛け声が入っていた。(自分は霊感ゼロ)京明さんが話かけると、来たるロシアとの戦争に向けて行軍している。とのこと。まだ先人達はここで行軍している。
あれ信じてる人いるんだ
自衛隊員の方々は本土防衛以外にも、外国に於ける邦人保護も行なわれていますから、寒冷地での邦人保護作戦の為にもやはり、このような訓練は必要なのでしょう。何時、何処の国でも日本人が助けを求めれば、それに応えられるように、どのような条件下でも活動できるように日々訓練に励んでいただきたいです。それと、民間人の素人の私が言うことでもありませんが、誰でも新人の未熟な時期はありますので、新隊員の皆様は失敗しても余り気を落とさずに頑張ってください。ベテランの隊員の皆様は、新隊員の皆様が一人前になれるようにしっかりと面倒をみてあげてください。
今は道歩いてるだけに見えるけど、当時は道もなくこんな吹雪になったら簡単に遭難するよな~
戦車・軽空母・戦闘機が注目されがちですが、最後は陸兵なんですよね !!
環境下で戦える組織があるとないでは雲泥の差だと一般人でも理解できる…
天は我々を見放した
いつまでも、英霊として御霊をともらってもらいたいですね。
班長、息災かなぁ...^^慰霊雪中行軍、ご苦労さまでした...:敬礼。
後から救助用の雪上車やスノーモービルが付いてきてはいると思うが大変だなあ中学生のころ映画館で観ました、ああ八甲田山普段は真冬でもバイク通勤していますが極寒の時は吹雪のシーンが頭の中を走馬灯のように駆け巡ります
北海道の部隊もここまで過酷な雪中行軍はするんだろうか?😮
5:28 雪上車アリなのか~
107mm重迫撃砲を分解してアキオに乗せて5人で牽引しながの30㌔行軍が地獄だったなぁ
苦労するのはいつも現場。
そういえば、当時「スキー」はなかったんですね。
青森産まれの私は恐山よりも「八甲田山」の話の方が印象に残ってました。
撮影者もすごいな…隊員が歩いてない深雪の中から撮ったりしてる…
昔から、変わらずのカンダハースキーですね。裏側の溝は、アイデアが凄いですね。昔は動物の毛皮を貼っていましたね。
雪山のレンジャーたち、よく頑張りました!!
吹雪の中の移動は現代でも危険だし、主たる遭難原因。
70無線機の工夫で無線機本体から有線状にそれをストックに繋ぐ工夫に対していいね👍(アース)
冬山とかで若い人は辞めたくなるんですよねー
数年前八甲田の冬山で硫黄の臭いで数名隊員が倒れましたねそれほど過酷な訓練何ですね改めて景をしようします
東北出身でスキー板を扱えないとか、どれだけ高度な歩き方なんだろ。自分も体験してみたい
これは管理職の人たちがみてほしい。ずさんな管理の元たくさんの部下が無駄死にするって事。こう言う地味に見える訓練を現代のユーチューバー達で集ってやって欲しい。一体何人が残れるんだろう。
現代の軍用スキーの締め具は、やはりカンダハーなのでせうか?ご教示ください。
カンダハーです。まだ国内にショップもありますよ。
自衛隊員「「このカメラマンやべぇ」」
転んだりして全身の筋肉使うから最後体バキバキなってた記憶ある
後藤伍長にはよく肝試しに行きました。
とんでもない猛将だ!
スキーを使った陸軍の部隊は、スキーの接地面にはアザラシの毛皮を使った。頑丈だし後ろに下がりにくいから。値段を考えなきゃ未だに性能は高い部類に入るのかな?売れる売れないの関係で当時の装備やご飯の方が良いなんてケースもある。
なんと第五連隊!
カメラマンがすげぇな
普通科の訓練ですね。青森は、−10度と言いますが、冬戦教(冬季レンジャー)の有る北海道は、−20度です。そして樺太島・千島列島は、−30度です。ちなみに、シベリアの内陸地は、−50〜70度です。まだまだ、徹底した兵器や装備の見直しが必要だと思います。
雪の中で快適に戦闘が可能となるから、これらの装備は軍事研究!とかアッチ系の方々が言いそうですね。
官品の個人装備で、有事の際にどれだけ耐えられるか。
課金で快適性買うのはマスト
@@sunami808 この短文すら理解できないとは。
@@bosminjp理解した上で言ってんのが理解できないの草
@@mrs.cleanapple7838 理解しているのなら、私の意図する事から外れた、的はずれなレスポンスなのだが。それすら理解できないのだな。まぁ「草」遣う奴はその程度。
有事の際のことを考えると、個人の装備よりも兵站の方が心配。
自衛隊員の皆様。 いつもありがとうございます。
現在の装備を纏っている自衛隊員の方々ですらとても寒くて辛そうな感じなのに、遭難事件の時の装備を聞くとどれだけ寒かっただろう、辛かっただろうって胸が詰まる
ホント、自衛隊の方々には頭が下がる思いだし感謝しかない。
こういった地道な訓練が日本の安全保障の礎です。
ありがとうございます
何故だろうか。涙が溢れてきた・・・。
もちろん、明治時代と比べて自衛隊は装備も充実していますし当然、事前の準備もしっかり行った上での訓練なのでしょうが、それでも冬の八甲田山は過酷な環境である事に変わりは無いですよね…
参加された隊員の皆様お疲れ様でした。
❤
数日前にBSで八甲田山を視聴し涙😢しました。
あれは指揮官の在り方の戒めでもありますね
😊@@タナマユ-n8d
20年ほど前の話ですが、仕事で弘前に行った帰りに田代平へ抜けようとしたら冬季閉鎖。
おまけに猛烈な吹雪で視界ゼロの状態で、なんとか銅像の茶屋までたどり着いたものの進退窮まり、車の中で朝まで過ごしました。
車のヒーターをつけていても凍えるような寒さに加えて、マフラーが埋まらないように1時間おきに車の後ろを踏み固め、残り少ない燃料も相まって一睡もできませんでした。
以来、車にはカセットコンロと水、食料、予備の燃料、寝袋は常備品となりました。
まさか震災で役に立つとは思いませんでしたが・・・・。
すごい体験ですね 小説では100年に一度の暴風雪となってましたけど 今の皆様の体験談や映像を見ても 冬の八甲田山は毎年、荒れるんじゃないかと思ってしまいます いつか夏に訪れてみたいです
自衛隊の方には感謝してもしきれない🌸🌸🌸国防の要を担ってくれてありがとう。
歯?綺麗ごと言い過ぎちゃう?
宅急便は時間通りに届けて当たり前と思ってるんじゃない?ネット通販で荷物運んでるドライバーにありがとうと思ったことあるか?
自衛隊は仕事してるだけです。彼らが雪中遠足のんびりできてるのは😂日本に攻め込んでもメリットないと諸外国は思ってるからですよ🤣🤣😁
ホントに自衛隊の方達には感謝しかない。
そんな中、自民党の河野太郎。
こいつのせいで国防が邪魔された。
ある意味、レンジャー訓練よりも厳しいですよね。いくら最新の装備を身にまとっているといっても。
冬山は本当に怖いですから。自衛隊の皆さんには、本当にご苦労様です。
ちなみに、子供の頃に劇場でリアルタイムで八甲田山の映画を観ました。はっきり言ってトラウマ映画です。
母が秋田出身なので冬に訪れた時など。一発で雪目になりましたね。
ちゃんと天候が悪くなるのが凄い。
動けなくなるまで頑張るとかじゃないんだ、、、動けなくなると救助も大変なんだ。勉強になりす。
弔い行軍を続けておられて立派
現代装備でも遭難したら悲惨な事態になる危険地帯を行軍する勇気に敬礼。
特殊作戦群、空挺、水陸機動団は有名やけど、この部隊は危険な雪山のプロでリスペクトです。
東北訛りの喋り方に力強さとホッコリさを感じる。私が入隊したら青森や岩手の師団に入りたいです。
青森も岩手も同じ第9師団ですよ。あと秋田も第9師団で、宮城・福島・山形が第6師団です。
スキーは平らな所を歩くのは大変ですからね...
それで重い荷物を持って行軍とか凄すぎますね。
毎年、この訓練前の12月、1月頃になると隊員の方々がアウトドアショップに冬季用の寝袋を買いにこられます。補助とかでてるんでしょうかね?本来であれば官品で十分な性能のものが支給されるべきはず...
官品は管理とか点検がめんどくさいから演習でも極力使わないってなるんですよ。私物なら壊しても無くしても大丈夫ですから…米軍みたい個人装備品はカネ渡して指定の物品個々人に買わせるやり方の方が合理的だと思う
補助はないですよ。
官給品は必要最小限のものしか与えられません。
例えば寝袋。
これはー10度に耐えられるものですが、東北の山の気温なんて深夜になるとー10度を下回ることなんてザラです。
つまり寒い。
昔から言われてるのは、
楽したければ金かけろ
です。
寒い環境、辛い環境で少しでも楽をしたければお金をかける。
そういう人はそれなりにいます。
陸上自衛隊の悪いところは各人で金をかけろというところ。
@@軍事研究 >昔から言われてるのは、楽したければ金かけろです。
そういえば、
八甲田山の雪中行軍遭難事故の時も、凍傷で手足を切断せずに済んだ数少ない兵員の1人は、
雪中行軍の前に海外へ視察旅行に行き、当時は高価だったゴム長靴を購入、雪中行軍の
際にも履いていたので凍傷にならずに済んだ、という。
平時だからこそ高性能な市販品を購入できるので有事はもちろんその前段階でおそらく調達自体が危うくなるでしょうね
十分な性能を備えた装備品を調達・備蓄しなければその"官品"のみを用いて「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」を合言葉に耐えざるを得なくなりそう
自分もスキーを最後に扱ったのが中1の冬。体育の授業の時でしたね。
今スキーやスノーボードやれと言われても無理でしょう。
股関節どころか翌日は全身筋肉痛になってるでしょうね。
でもまだスキー学習が残ってるのには半分嬉しいし半分驚いた。
やっぱナレーターは重要な仕事なんだなって
どなたの声なんですか?
これは機械音声です。有料のソフトで完成度は高いですが、やはりまだ肉声には一歩敵わないということですね。@@greatest_material
10年くらい前に娘が修学旅行で北海道へスキーに行きました。
九州民なので、スキーが初めての子も多く、あっという間にスキー場内のあちらこちらで立つことも出来ない死屍累々の女子高生。
そんな時に訓練で来られていた自衛隊の方々が、すっと現れ、助け起こして廻ってくださったそうです。
帰宅した娘が
とってもかっこよかった!
と話してくれました。
訓練のお邪魔になったと思いますが、本人達にはよい思い出になったようです。
ありがとうございました。
非常時に備え、日々鍛錬されていらっしゃると思います。
お怪我がないことを祈っています。
一昨日BSトゥエルビで映画八甲田山を観て、昨日八甲田山雪中行軍資料館-幸畑陸軍墓地、映画のロケにも使われた森林博物館を訪れました。
高倉健さんの八甲田山 当時の雪の進軍歌で 装備を再現を致しました。マイナス気温―20℃でした。
幹部候補生学校で、幹部候補生にこの映画見せて感想を言わされるみたいですね。
去年の10月末、家内と約30年ぶりに十和田湖から八甲田ロープウェイ、田代平、そして後藤伍長銅像の丘に行って黙礼してきました、亡父は神代と言われる警察予備隊に入り、青森の第5連隊に勤務、、除隊前に受けた幹部候補生試験に合格しながら家の事情で除隊、小高い畑から天気の良いは八甲田の山々がはるか遠くに見え、子どもの頃、雪中行軍で多くの兵隊が亡くなった話を聞きました。遠い昔の思い出です。第5連隊ご苦労様でした。今後も頑張ってください。
敵に付け入るスキを一分も与えない為、ご苦労様です。有難い。銅像の前での敬礼の姿を見て先人の犠牲を無駄にしない決意を感じました。目頭が熱くなりました。
自衛隊の皆さんの不断の努力に感謝します!
お疲れ様でした
今後の発展をお祈り申し上げます
欧米ロシア等でも、当然冬季の野外演習は行われていますが、日本、自衛隊が少し特殊なのは、積もる雪の量です。第5普通科連隊の駐屯地青森は海外の旅行サイトなどでも世界で一番の降雪する都市として有名です。北欧ロシアでの厳冬期はその気温は相当なものがありますが、こと雪の量に関しては日本は特殊です。冬の厳しいアメリカ北部に駐留する米陸軍でも、日本に雪中行軍などの演習に訪れ、自衛隊員の指導のもとスキー演習等を行っています。
武若先生が解説してる傍から猛吹雪八甲田山こわい・・・(涙目
自衛隊には本当に感謝しています😌
だからこそ、本当に変わってほしいことがあります💦
防衛省も財務省や政治家は、自衛官と自衛隊の装備、給与、待遇、本当に自衛官がやるべき任務について改善すべきです💦
冷えて固まったご飯、水、こんな吹雪く極寒地で食べれますか…❔サプリメント、カイロ、予備の着替えも全てが実費、こんな過酷な任務を与え、訓練させている環境に実費なんてブラック企業以上より悪です💦
給与や装備にケチることで隊員は、過酷な環境を乗り越えるのに自費が発生している状況なのに、何も変わらず黙り続ける頑張る自衛官の方々が可哀想過ぎます😢
政治、行政がお金を使いたくない、民間はお金掛かるからと…鳥インフル、ワクチン、物資の輸送等の行政がすべき仕事等、労働基準法の適用もない、人件費の発生しない自衛隊を悪利用している🔥
自衛官もといっても、一人の人間で家族もいます🔥
恥ずかしながら初めて訓練の事を知りました。日本人なら知っておくべきですね。
私は北海道上富良野駐屯地に勤務していました!第4特科群です、畳8畳分ほどの砲陣地を作ります、土は凍土になっていて約10cm凍っていてツルハシで砕き、陣地構築します、アメリカさんがくれた重砲が水平開脚なのですから、大規模な陣地構築します、現代戦では丸半日かかり陣地構築していたら、間に合わない、旧態依然の火砲です、防衛省になるまで、存在しました😂、今は牽引砲から自走砲になっています、防衛庁時代は大変でした、
八甲田山‼️映画を観て!八甲田山に興味を持ち現地を 訪れました。唯一の生存者、後藤伍長の銅像を見て感動しました🙇♀️
新人隊員にしっかり声を掛けて状況を把握。
体調不良の気配があればすぐに自力歩行を止めさせ、
なんとロープで繋いで引っ張り、これも訓練と。
古参隊員の体力と判断力の凄さは
まさに古強者の言葉そのものですね。
到着した際の茶屋の一階部分が雪で埋まってる様子。昔は開かれた道路も無く、隊員らは黙々と雪の中を行軍していたとのこと。事故が発生する前に弘前歩兵第31連隊が岩木山行軍で成功の実績を考えればもっと寒さ対策の情報が行き渡っていればと思う。実際の遺体回収は川に流された隊員も海まで到達して当時春の五月までかかったと言う。先輩たちの歴史の功績があるを大切に伝えるべき話。
いくら装備が良くなっても扱うのは隊員さんの連度。積み重ねられた先人の方々の経験。犠牲になられた方々は無駄にはなってなかったと思います
「雪中行軍訓練」って現代でもやってたんですか。てっきり、映画にもなった明治に起きた大事故で無くなったと思ってました。
昭和期で撮影を、致しました♡ 高倉健 主演 八甲田山 ありがとう御座います。
紅軍を含め、機動は陸上戦力の要の技術。事故があるからできませんは通用しない。
こちらができないことを敵がやられたら終わり。
特に普通科連隊は車両、重機、航空機が入れない、いかなる地形、気象も克服しなければならない職種。
次起こらないように教訓を生かして前に進む、事故が起こったからと言ってやめてしまったら死んでしまった人が浮かばない、ちなみに、120年前の事故のとき、一番最初に発見された人は、他の仲間が倒れていく中最後まで立ち続け、「この先にまだ人がいる」という事を伝え亡くなったそうです。まさに武士、その人をたたえる石像が丁度発見された場所に建っているそうですよ。
そういう事情で出来ません。は通用すると思います?
@@keit6528
小さい事ですが紅軍ではなく行軍です。紅軍だと共産党の軍隊になってしまいます。
何日か前にテレビで映画を放送してましたね。
久しぶりに観ましたが、観ているだけで体が冷えてくるようで、よくもまあ、撮ったもんだと。
事前の調査が如何に大切か、根拠なき楽観が如何に危険か、とても大きな、忘れてはならない教訓を残した事故だと思います。
カメラマン、凄い。
2:27 数多の訓練も裏にはこういった素人では考えられない目的があるわけだから、良く知らずに「遊んでる、税金泥棒」なんて言う輩には「黙って見てろ」と言いたい
今は89式小銃ですね。僕は現役は滋賀県の湖北の部隊で、同じようにスキー板履いて演習場歩きました。日本海から比良山系や箱館山からの吹き下ろしの風と琵琶湖を挟む伊吹山、鈴鹿山系からの風がぶち当たって寒かったです、僕の頃は64小銃でした。スキー教練懐かしい。
すごいですね。こういう訓練もするんですね。素晴らしいです。
他のRUclipsでは全く違う角度でこの事故を取り上げていましたね。
それを聞くと事故ではなく、人の楽観や欲が招いた人災の悲劇だなと感じています。
実際はどうなのでしょうか?
それによると前日は宴会で酒などを飲み当日も楽観して軽装で出かける。
地元民の天候心配の忠告も無視。
手伝いますという言葉も突っぱねる。
その後遭難しかけたところで引き返そうと思うも忠告無視をしたことへの恥ずかしさや、失敗を恐れ出世できなくなるという一部隊員の声から前進していったとあります。
こんな中で戦闘までするなんて大変
行って帰って来ることが供養になる
甘やかすわけでもなく、かと言って無理させるわけでもなく、きちんと対応していて安心しました😢雪国で自衛隊だった父にもっと色々聞けば良かった…
素晴らしいお仕事をされたお父様ですね😢
本当に頭が下がります。隊員の皆様ありがとうございます。
過去の悲劇が教訓になっているのは本当にありがたいというか、犠牲者が浮かばれると思う
まさか連隊長まで同行していたとは・・
皆さんご苦労さまです、ありがとうございます(`・ω・´)ゞ
私も雪国・新潟に住んでおり約3km山奥にある小さな社の雪下ろしに数回行ったことがあります。竹と縄でできた「かんじき」という道具を履いて歩きます。それでも膝上まで埋まることがあり5人くらいで先頭を交代しながら山を登ります。足跡が一直線に近い形となるように歩くのが省力的な歩き方。汗をかかないように無理に急がないことも重要で、汗をかくと体温低下を招き風邪をひくからだと父から教えられました。当日の天候が悪ければ社が雪で倒壊するより人命が大切なので延期となります。
明治の八甲田山遭難事件から装備が遙かに上回る自衛隊でも厳しい行軍演習…頭が下がります
転んだり倒れた後平地で起き上がるのってすごい難しいんだよね
無理に起き上がろうとすると脚痛めちゃうから板外した方がいいんだけど、趣味のスキーでもパニくっちゃう人多いからなぁ
官品スキーに慣れすぎて普通のスキー履けなくなった
寒冷地自衛隊あるある…
そうなんですか笑
どんな違いがあるのか気になります
普通科 越冬行軍訓練 お疲れさまでした。
南極越冬隊の訓練と映画撮影 高倉健さん主演 八甲田山、南極物語、1ヶ月の極寒の地訓練を致しました。日本山岳会を選て、大雪山連峰へ越冬隊訓練でした。八甲田山では1部の場所で有毒ガスが発生する地系が有ります。当時の軍人が多数の凍死は腐蝕樹木や圧雪した枯れ葉の窒素ガス発生での事故では、ご注意を下さい。 第22期 南極気象観測越冬隊 宗谷
今の俳優では 八甲田山の 映画できる俳優は ちょっと いないと思うね。流石 高倉健さん だね。
@@山崎伊津雄-v8d ありがとう御座います、八甲田山が南極大陸越冬隊の訓練場所、訓練を兼ねて南極物語の撮影を南極昭和基地にてタロー、ジローの撮影に成功しました。🌹🐕🦺🦮現代の装備品は完璧ですので、安心かと、
すごい、プロフェッショナルですね。
実際の現地の映像これで始めて見ましたが。同じ日本とは思えない🥶
冬の89式も中々映えるな
地元の方は、冬スポーツやらないですよねw
意外とw 大変ですね
小学生の頃、映画八甲田山話題になってました。親父が、北日本に出張に行った時に八甲田山に関する写真撮って来ました。今、鮮明に思い出しました。
まず 墓地のラッパで涙が出ました
現在私55歳
現在の駐屯地近くにある(祖父の生家)明治時代(親戚が言うには江戸時代から)の農民として所在しており 大日本帝国の魂がこもった土地を売却せずアパートに建替え守り続けております
祖父からは戦争の話を何度も聞かされ育ちました
スナイパーさん・レンジャーさん・警務官さんに守られ元気をいただき楽しく生活しております🫡
天は我を見放した…
八甲田遭難事件
真冬の八甲田は
訓練に最適
後藤伍長は暖かいとこに置いてあげれんかね。
ずっと寒いのは可哀想
後藤伍長(映画では緒形拳)は数少ない生存者ですね。像は彼が発見された場所に立っていますので、動かすのはどうでしょうか。
約百年前の雪中行軍で青森の連隊は大遭難したが、逆方向から概ね同じルートを同じ日に行軍した弘前の連隊は1名の落伍者も無く成功した。
陸上自衛隊は双方の『失敗の原因』と『成功の原因』を研究し尽くし、最善の方策を完成した。
しかし数年前、米陸軍特殊部隊が小隊の参加を打診したが陸上自衛隊は厳寒期に於ける八甲田の危険を理由に断ったらしい。
当然だと思う。
やはり、長年のノウハウ、研究がないと危険ですもんね。
まあアメリカ特殊部隊の体力とガッツなら耐え切るかもですが、もし万が一死者や凍傷者でもでれば責任問題とかややこしいことになりますから…。自衛隊からしたらそこまで世話は焼けませんな。
最新の装備でも不屈の精神と肉体がなければ乗り越えられない訓練ですよね。できるだけ最新の装備で行ってもらいたいです。国民の税金はこういうとこに使ってもらいたいです。
当時はスキー板でなく藁の雪靴だったし、積雪も今より多かったろうね。もちろんGPSもないし無線もない。
命懸けの訓練を有り難う御座いました‼️
ご冥福をお祈りします🙏
陰陽師の橋本京明さんのチャンネルで、京明さんが八甲田山に慰霊に来たとき、「イッチ、ニー」とハッキリ聞こえる行軍の掛け声が入っていた。(自分は霊感ゼロ)
京明さんが話かけると、来たるロシアとの戦争に向けて行軍している。とのこと。
まだ先人達はここで行軍している。
あれ信じてる人いるんだ
自衛隊員の方々は本土防衛以外にも、外国に於ける邦人保護も行なわれていますから、寒冷地での邦人保護作戦の為にもやはり、このような訓練は必要なのでしょう。何時、何処の国でも日本人が助けを求めれば、それに応えられるように、どのような条件下でも活動できるように日々訓練に励んでいただきたいです。
それと、民間人の素人の私が言うことでもありませんが、誰でも新人の未熟な時期はありますので、新隊員の皆様は失敗しても余り気を落とさずに頑張ってください。
ベテランの隊員の皆様は、新隊員の皆様が一人前になれるようにしっかりと面倒をみてあげてください。
今は道歩いてるだけに見えるけど、当時は道もなくこんな吹雪になったら簡単に遭難するよな~
戦車・軽空母・戦闘機が注目されがちですが、最後は陸兵なんですよね !!
環境下で戦える組織があるとないでは雲泥の差だと一般人でも理解できる…
天は我々を見放した
いつまでも、英霊として御霊をともらってもらいたいですね。
班長、息災かなぁ...^^
慰霊雪中行軍、ご苦労さまでした...:敬礼。
後から救助用の雪上車やスノーモービルが付いてきてはいると思うが大変だなあ
中学生のころ映画館で観ました、ああ八甲田山
普段は真冬でもバイク通勤していますが極寒の時は吹雪のシーンが頭の中を走馬灯のように駆け巡ります
北海道の部隊もここまで過酷な雪中行軍はするんだろうか?😮
5:28 雪上車アリなのか~
107mm重迫撃砲を分解してアキオに乗せて5人で牽引しながの30㌔行軍が地獄だったなぁ
苦労するのはいつも現場。
そういえば、当時「スキー」はなかったんですね。
青森産まれの私は恐山よりも「八甲田山」の話の方が
印象に残ってました。
撮影者もすごいな…隊員が歩いてない深雪の中から撮ったりしてる…
昔から、変わらずのカンダハースキーですね。
裏側の溝は、アイデアが凄いですね。昔は動物の毛皮を貼っていましたね。
雪山のレンジャーたち、よく頑張りました!!
吹雪の中の移動は現代でも危険だし、主たる遭難原因。
70無線機の工夫で
無線機本体から有線状にそれを
ストックに繋ぐ工夫に対して
いいね👍(アース)
冬山とかで若い人は辞めたくなるんですよねー
数年前八甲田の冬山で硫黄の臭いで数名隊員が倒れましたねそれほど過酷な訓練何ですね改めて景をしようします
東北出身でスキー板を扱えないとか、どれだけ高度な歩き方なんだろ。自分も体験してみたい
これは管理職の人たちがみてほしい。
ずさんな管理の元たくさんの部下が無駄死にするって事。
こう言う地味に見える訓練を現代のユーチューバー達で集ってやって欲しい。
一体何人が残れるんだろう。
現代の軍用スキーの締め具は、やはりカンダハーなのでせうか?ご教示ください。
カンダハーです。
まだ国内にショップもありますよ。
自衛隊員「「このカメラマンやべぇ」」
転んだりして全身の筋肉使うから最後体バキバキなってた記憶ある
後藤伍長にはよく肝試しに行きました。
とんでもない猛将だ!
スキーを使った陸軍の部隊は、スキーの接地面にはアザラシの毛皮を使った。頑丈だし後ろに下がりにくいから。値段を考えなきゃ未だに性能は高い部類に入るのかな?売れる売れないの関係で当時の装備やご飯の方が良いなんてケースもある。
なんと第五連隊!
カメラマンがすげぇな
普通科の訓練ですね。
青森は、−10度と言いますが、
冬戦教(冬季レンジャー)の有る北海道は、−20度です。
そして樺太島・千島列島は、−30度です。
ちなみに、シベリアの内陸地は、−50〜70度です。
まだまだ、徹底した兵器や装備の見直しが必要だと思います。
雪の中で快適に戦闘が可能となるから、これらの装備は軍事研究!
とかアッチ系の方々が言いそうですね。
官品の個人装備で、有事の際にどれだけ耐えられるか。
課金で快適性買うのはマスト
@@sunami808
この短文すら理解できないとは。
@@bosminjp
理解した上で言ってんのが理解できないの草
@@mrs.cleanapple7838
理解しているのなら、私の意図する事から外れた、的はずれなレスポンスなのだが。それすら理解できないのだな。
まぁ「草」遣う奴はその程度。
有事の際のことを考えると、個人の装備よりも兵站の方が心配。
自衛隊員の皆様。 いつもありがとうございます。