【泣き虫将軍:本間雅晴の最期】帝国陸軍の数少ない名将。文人的才能豊かな人物。戦犯として軍事法廷に立った。妻である富士子の証言。
HTML-код
- Опубликовано: 19 сен 2024
- こんにちは。『祖国日本』です。
主に日清戦争、大東亜戦争でどのような出来事が起こっていたのかという戦争史、昭和史を漫画によって配信していきます。週に2本ほど上げていく予定です。
昭和を知るための推薦本
amzn.to/3e2t1Ij
チャンネル登録よろしくお願いいたします。
/ @user-xz1es1mk4z
作画 kagura
メール;nozaki57000@gmail.com
使用BGMサイト
甘茶の音楽工房 amachamusic.ch...
効果音ラボ soundeffect-la...
VOICEVOX:青山龍星(CV:ガロ) voicevox.hiros...
Amazon Kindle にて 「これだけ読めば対英米戦争は分かる」 が発売中です! 是非お求めください! Kindle Unlimited にて読むこともできます!→amzn.asia/d/0bV7iLMx
RUclipsメンバーシップを開始致しました!皆様のご参加を心よりお待ちしております!→ruclips.net/channel/UCyN_wWTYaNN69nCOigyPgzwjoin
本間将軍の苦悩は如何ばかりであったろう。高潔な人格者ほど早々と世を去ってしまう不幸にやるせない思いである。
また、法廷の証言の中で妻である富士子さんは「また生まれ変わっても本間の妻になるでしょう」と述べられた。
圧巻だ。このご夫婦にはただただ敬服させられる。
この話を鑑みても、何で辻政信の銅像が建立してあるのかどうにも納得いかない
絞首刑ではなく銃殺刑だったのは連合国も本間を名将と見ていたのだろう
温厚理性派英語もペラペラだった本間中将、なんでマニラで、、。
黒田中将は収容所のアメリカ人婦女子の嘆願で短い刑で済んだんですよね。
最後はご立派でした。「さあ来い」と米兵に、、。
卑怯の権化とも言える辻政信と潔さの象徴とも言える本間中将はあまりに対照的過ぎるのでこの二人の生き方をテーマに描いた映画を観てみたい。
マッカーサーの復讐劇
本間も本当に立派な人物ですね。
今村が親友になった理由がよく分かります。
ただやっぱり辻は本当に許せない😡
本間は南方作戦を担当する今村、山下と共に軍司令官拝命にあたり参謀総長杉山と会合した。今村と山下は何も発言しなかったが、
本間は予定されるフィリピン攻略期間の根拠を尋ねた。杉山は不機嫌そうに「参謀本部の研究の結果である」とだけ返答した。
杉山から見れば「名誉ある軍司令官拝命ではないか、ただ謹んで拝命すれば良いのに、作戦に不服があるかの如き態度は何事か」と思ったのだろう。
しまいには「軍司令官拝命が嫌なのか」と言ったともされる。
本間の質問は軍司令官としては当然の疑問であった事であろう。彼の真面目さが伺える一面だった。本当に不運に軍人だったと思う。
最近本間中将と遠い血縁があるとわかり、興味が出ていた所なのでこのタイミングで解説を見れて嬉しいです。
こんな所にも辻の黒い影が⁉
呆れて、溜息しか出ません。
マッカーサーの個人的な恨みもありますぬ。
米国が関与しなくても、フィリピン国民でも極刑です。
バタンは、フィリピン兵士が沢山でてますから。
一参謀の指揮権介入とも言える暴挙で指揮官達が責任を取らされ、介入した参謀は戦犯指定解除まで雲隠れ。
逃げ回ったり責任転嫁したり嘘をついたり。そういう人が長く生きれるんですね。
ベストセラー作家様。国会議員様。
この人は可哀想な人だった。
陸軍ではまともな人は枢要な地位に付けない。
死の行進の責任を擦りつけられた。
責任は有りますよ。だから、予備にしてるのですから。
辻が逃げたら。
@@user-xn8xl4xx4e
仰る通り。しかし首魁は辻だったと思う。
@@負け犬-k8d
辻は板垣陸相、石原部長に可愛がれているし。服部課長からも。永田局長からも。
やたらと清廉潔白だったり。
@@user-xn8xl4xx4e さん
確かに結果責任は取らざるを得ないでしょう。しかしながら予備役編入は作戦完了に大幅に遅延したからですよ。辻はマレーでも華僑殺害を命令してますから、大本営は敵勢力の殺害は黙認ですね。
本人には罪が無いのに死なねばならなかったのは悲しいですね
本間雅晴中将は新潟佐渡ヶ島の旧畑野町出身です。残念ながら地元では私のような若い世代をはじめ30歳以上離れた世代でも本間中将を知っている人が少なく残念に思いました。戦後の軍事裁判は事後法による不当な裁判であります。だからと言って戦争を正当化するつもりはありませんが、戦争勃発当時の国際法を見ても罪に問うような法律がないように裁判にかけられた本間中将をはじめその他の人々が無実であることは明白です。
山下将軍と共にマッカーサーの復讐の犠牲者ではないでしょうか。
それにしても辻󠄀は💢
フィリピン国民の怒りを理解してない。
@@user-xn8xl4xx4e 日本軍政下の事でしょうか?マニラ虐殺の事でしょうか?申し訳ありませんが何れも本間将軍との関係は考え難いと思います。山下将軍についてもマニラ戦は海軍と大本営の責任の方が大ではないでしょうか?
@@フロムフロム
住民にとっては、日本軍がやった事には変わりない。
マニラの戦闘にしても、海軍が問題でも(参謀本部もマニラ決戦)、住民には関係ない事。
辻が独断的にやった事でも、日本軍が。に、成から。
@@user-xn8xl4xx4e それでは本当に罰しなければならない者が野放し無罪放免になってしまうのですが
@@user-xn8xl4xx4e 悪い事をした者勝ちになってしまうと思います
こんな事がマッカーサーの人気を下げる原因になった。本間将軍は一度目の結婚で、奥さんに駆け落ちされて、ショックのあまり、ロンドン駐日大使館の窓から飛び降り自殺しようとしたが、同期の今村将軍に、君には子供がまだいるだろうと言われて、思いとどまったというエピソードがあります。富士子さんは後妻ですが、立派な奥さんだったようですね。バターン死の行軍の後、本間将軍は予備役に編入されているのは、この責任をまぬかれるためでした。参謀総長の杉山が彼の性格の軟弱ととらえて、司令官更迭、予備役にしたという訳ではありません。
参謀本部も重大な事件と認識が有ったから。予備に。
本間の予備役編入は昭和17年、比島からの帰国直後。
敗戦の3年も前だから、責任を免れさせる為でもなんでもない。
シンガポール攻略や蘭印攻略と、緒戦の派手な戦果を大々的に宣伝していた折に、バターン攻防戦で手間取りを敵側から逆宣伝に利用された為、中将止まりで予備役にされたもの。
(バターンよりもマニラを優先、との大本営方針に従った結果の「不手際」だから、お気の毒ではある)
「バターン死の行軍」とも(アナタの言う→)「バターン市の行軍」とも関係ない。
バターン行軍の件では当時はむしろ辻政信らの「私物命令」「統帥紊乱」(大本営命令と称して死刑を命じて回った。14軍では打ち消しに大わらわだったという)が問題視された一方、日本側では「死の行軍」なんぞとの意識なんぞは当初ほぼなかった。
現場の将兵の「カラ身で後退していく捕虜が楽そうで羨ましかった」「どっちが勝ったのかわからんな、と思った」との感想は多く、終戦後の比島捕虜収容所では「バターン死の行軍」なる敵性宣伝を知った日本兵捕虜が
「あれで戦犯になるなら、日本軍の歩兵の隊長なんぞ、味方の虐待として全員死刑になっちまうだろう」
と笑っていたともいわれる。
砲兵力を大増強してのバターン攻撃再興では、大本営のリキの分だけ「床の間の置物だった」とする14軍参謀の証言もあり、本人も帰国の折には
「これで大将は無いネ」
と言っていたと言うから、緒戦の司令官として不手際だったとの自覚と覚悟はあったのだろう。
現場での勤務が少ない本間の経歴も、この場合は不利に働いたのかもしれぬ。
「バターンの責任」を免れさせようとしたのは、むしろ敗戦後の「中将礼遇停止」の方。
進駐軍の親玉が「バターンの敗将」たるを知った陸軍側が、こちらでワビの形を付けてしまえばよろしかろうと中将礼遇を停止した所、
「罪の自覚はあるのやな」
と追求が厳しくなったというもの。
(海外で自動車事故を起こしたら日本流にすぐゴメンというのは絶対不可、という話と少し似ている)
マニラ放棄したのは都市を戦場にするのを避けたことや
フィリピンからの脱出も大統領命令(一回は拒否)だったことをオミットするのはちょっと不公平かなぁ
5:43ホンマに感謝してます
参考文献ありがとうございます。以前は大学や雑誌に人が集まったように、RUclipsを通して知が形成されそれが新しい動きや運動になれば面白いですよね。
英陸軍駐日武官だった友人ピゴット少将の渾身の弁護にも拘らず銃殺に処せられ残念です。
部下を見捨てて逃げたマザコンマッカーサーの復讐裁判
奥様も素晴らしい方だっのですね。
本間閣下はイギリス駐在武官の経験から流暢なイギリス英語が話せたからアメリカ人看守は驚いたそう。
私は60過ぎです。
いわゆる7人のA級戦犯のことは、中3(S53)時に意味も分からないまま社会科の授業で知ってはいました。
でも、何故この7人?この7人はどれだけ悪党だったの?というのが授業での説明だけでは説明してもらえず、
高校になってから(S54~)、近代史を調べるために図書館通いをしました(インターネットがなかったので)。
その過程で、先の7人が死刑に値するのか?と調べましたが、7人が理不尽な死刑宣告を受けたのには
連合軍のエゴに対し、本当に腹が立ちました(東條だけは微妙ですが)。
前置きが長くなりましたが、その7人を調べているうちに、本間さんや山下さんといった立派で模範的な将軍の存在を知りました。
また、その裁判と刑の執行が近代的な裁判の手続きを得ないまま、連合軍によって弁護人もつかない野蛮な裁判方法で
裁決され刑の執行が行われたことをを知りました。
本間さんと山下さん、東京で弁護人つきの裁判を受ける選択もあっただろうに、理不尽な裁判と刑の執行を受け入れました。
日本軍の統率が物理的に無理だった点、無用な一般市民に犠牲が出た点、を悔いたのでしょう。
米軍なら攻められるところじゃないのに。。。
この人たちの気持ちを、昔のことでなく、この人たちのおかげ、と考えなければバチが当たると改めて考えなおしました。
226も弁護人付いてませんが。
弁護人は付いてますよ。証人も。
バターンはフィリピン国民兵士が沢山出ているのです。
裁いたのは米国ですが、フィリピン国民感情は最悪。
極東裁判でフィリピン判事は被告に全員極刑。
部下の責任は上司の責任だから仕方がない。日本軍は彼我ともに捕虜の扱いについて考えなさすぎた。
自国の兵士にも虐待してるのに、敵兵士をどう扱うかは。
shall に池乃めだかの「今日はこれくらいにしといたるわ」のニュアンスを感じる
職業 間違えたな、、、
なぜ辻は裁かれなかったのでしょう…。裁かれる相手が違うのでは…。
参謀本部作戦課参謀は、霊験あらたか。石原、板垣、東條などに可愛がられてます。
参考文献は読みましたけど、「運が悪かった」です。
徒歩で強行軍させたのはバターン半島で頑強に抵抗したから懲罰的な意味合いもあると思う。確かバターン半島を攻撃したのは日本軍の中でも二線級の部隊だったからそこまで強くなかったと思うしそれ故にかなりの日本兵があそこで死んでる。 そんな部隊で攻撃したからいつまで経ってもバターン半島を落とすのに時間がかかりすぎて本間中将は予備役になりました😵
予備は、バターンの問題。参謀本部は、重大な事件と認識が有ったから。
予備にすれば責任回避できると。
優秀な参謀送るが辻。
まず7万も降伏するんじゃねー
銃殺で何より……
ハーグも指揮官の管理責任は問われる。事後法ではない。
親友の親父にそっくり
バターンの行進が問題になるのは終戦後の話。
彼はフィリピン攻略後に南方軍司令官の中では珍しい予備役編入となった。
戦中の日本において本間の評価は非常に低かった。
バターン半島死の行進
山下大将、武藤中将らと共に
頑張りましたよ!
マッカーサーについて「そそくさと首都マニラを放棄」なんて言っているが、戦争後半に日本軍は首都マニラを放棄せずに戦場とすることを選んだ。
彼の放棄は日本には出来なかった英断であり、日本人が揶揄するような表現を使うべきではないな。
山下大将はマニラ無防備都市宣言を主張しましたね。
海軍のマニラ守備隊岩淵少将が頑なに拒否して、南方総軍の寺内元帥もそれを支持した。
典型的な近視眼的な優秀な日本軍の将軍。ロンドン留学しているのなら、捕虜虐待の戦争犯罪について学んでいなければならない。優秀である文人といのは、単に与えられた課題を適正にこなす能力が高いことから来ているのであろう。将軍に求められる視野の広さがなかったのです。実際、死の行進で犠牲になった方多いのです。この奥様も恥ずかしい。夫の過失(捕虜虐待)で亡くなった家族のことを考えたことがあるのだろうか?捕虜の辱めを受けずとの教育を受けていたので近視眼的になり、法廷で感情的に同情を請うなど日本軍の将軍の妻としては恥ずかしい限りである。
二等兵の妻であるならば適切な証言である。将軍というのは、軍人として最高位の立場で戦いを指揮する立場にあります。
有名な連合軍の将軍たちの日本陸軍を評価する言葉「歩兵は世界一優秀、将校はまずまず優秀、将軍はバカだ、だから我々は勝つことができた」
いや、単純に辻󠄀が裁かれるべきだった。その後の辻󠄀も更にみっともない。
なお歩兵も実際は…
ホントそう思う‼️@@eg6kenchan
「歩兵は世界一優秀」なんて言っているのは日本人だけであって、実際の外国の将校は言っていないでしょう。
後方支援が無いのが日本陸軍ですから。編成も戦闘しかないし。
裁判ですから。不利な動言はしなくても。
バターンの詳細が何処まで司令官に届いていたかも。
捕虜の取扱いが支那事変なみなら。拙い。