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旧主要地方道桜井田原本王寺線でした
補足ありがとうございます。昔の県道ルートってどの道が確実にその県道として指定されていた時期があったのか分かりづらいですね…。
@@LedoMatsunami 1966年2月の主要地方道追加認定当時のルートです。奈良県に関する改正は上野丹波市線の廃止、奈良丹波市線→奈良天理線へ改称、奈良郡山斑鳩線→奈良大和郡山斑鳩線へ改称、丹波市桜井線→天理桜井線へ改称、長野五条線→河内長野五条線へ改称、田原本王寺線→桜井田原本王寺線へ改称、笠置榛原線→新設認定、月瀬針線→新規認定がありました。その次の1972年3月改正では大阪枚岡奈良線の一般県道へ降格、富田林大淀線の廃止、河内長野五条線の廃止、大淀上北山線の廃止、奈良名張線の認定、奈良乾谷線の認定、大淀中龍門小川線を廃止し吉野室生寺針線を認定、尾鷲上池原線を認定、御所香芝線を認定、橋本高野山龍神線を認定がありました。※笠置榛原線→1977年廃止(京都府側の旧番号は)。奈良名張線→1994年にへ改番(三重県側はでした)。奈良乾谷線→1994年に京都府側の番号へ合わせへ改番。尾鷲上池原線→1981年に国道425号へ昇格(三重県側の旧番号は)。橋本高野山龍神線→1974年に国道371号へ昇格(和歌山県側の旧番号は)。
@jojiajordan5942 よくご存じですね……勉強になります。ただ、県道路線認定って起点と終点、そして経由する主な地点名が分かるだけで、起点から終点までを結ぶ細かい正確なルートって把握しづらいのがもどかしいんですよね。今回の動画で言えば、箸尾の町中の経路がどのように県道が通ってたのかははっきりと確実にこれと言える証拠的なものがないので……。強いて言えば実際の道路上に設置されてる道標の石碑とかは有力な手がかりになるにはなるのでしょうけど……,
@@LedoMatsunami 1954年(昭和29年)3月1日時点の奈良県主要地方道一覧は、奈良津線(三重)、田原本上野線(三重)、名張柿野線(三重)、榛原家城久居線(三重)、枚方大和高田線(大阪)、大阪枚岡奈良線(大阪)、奈良丹波市線、大和高田富田林線(大阪)、奈良郡山斑鳩線、丹波市桜井線、大和高田王寺線、富田林大淀線(大阪)、長野五条線(大阪)、田原本王寺線、桜井吉野山公園線、五条国栖榛原線、榛原松山国栖線、大淀中龍門小川線、大淀池原線、下市宗檜線、大峯山公園線、堺大和高田線(大阪)、奈良笠置線(京都)の23路線でした。和歌山県とを結ぶ路線は国道24号と国道168号を除き県道のままだが主要地方道に指定されず(1954年当時の和歌山県の主要地方道で越境路線は大阪府と跨がる泉佐野岩出線、泉佐野粉河線、泉大津粉河線、長野橋本線の4路線のみ。現在はそれぞれr63、r62、R480、R371)、和歌山県は1959年(昭和34年)9月1日、奈良県は1961年(昭和36年)2月1日にそれぞれ一般県道に認定されました。
旧主要地方道桜井田原本王寺線でした
補足ありがとうございます。昔の県道ルートってどの道が確実にその県道として指定されていた時期があったのか分かりづらいですね…。
@@LedoMatsunami
1966年2月の主要地方道追加認定当時のルートです。
奈良県に関する改正は
上野丹波市線の廃止、
奈良丹波市線→奈良天理線へ改称、
奈良郡山斑鳩線→奈良大和郡山斑鳩線へ改称、
丹波市桜井線→天理桜井線へ改称、
長野五条線→河内長野五条線へ改称、
田原本王寺線→桜井田原本王寺線へ改称、
笠置榛原線→新設認定、
月瀬針線→新規認定
がありました。
その次の1972年3月改正では
大阪枚岡奈良線の一般県道へ降格、
富田林大淀線の廃止、
河内長野五条線の廃止、
大淀上北山線の廃止、
奈良名張線の認定、
奈良乾谷線の認定、
大淀中龍門小川線を廃止し吉野室生寺針線を認定、
尾鷲上池原線を認定、
御所香芝線を認定、
橋本高野山龍神線を認定
がありました。
※
笠置榛原線→1977年廃止
(京都府側の旧番号は)。
奈良名張線→1994年にへ改番
(三重県側はでした)。
奈良乾谷線→1994年に京都府側の番号へ合わせへ改番。
尾鷲上池原線→1981年に国道425号へ昇格
(三重県側の旧番号は)。
橋本高野山龍神線→1974年に国道371号へ昇格
(和歌山県側の旧番号は)。
@jojiajordan5942
よくご存じですね……勉強になります。
ただ、県道路線認定って起点と終点、そして経由する主な地点名が分かるだけで、起点から終点までを結ぶ細かい正確なルートって把握しづらいのがもどかしいんですよね。今回の動画で言えば、箸尾の町中の経路がどのように県道が通ってたのかははっきりと確実にこれと言える証拠的なものがないので……。
強いて言えば実際の道路上に設置されてる道標の石碑とかは有力な手がかりになるにはなるのでしょうけど……,
@@LedoMatsunami
1954年(昭和29年)3月1日時点の奈良県主要地方道一覧は、
奈良津線(三重)、
田原本上野線(三重)、
名張柿野線(三重)、
榛原家城久居線(三重)、
枚方大和高田線(大阪)、
大阪枚岡奈良線(大阪)、
奈良丹波市線、
大和高田富田林線(大阪)、
奈良郡山斑鳩線、
丹波市桜井線、
大和高田王寺線、
富田林大淀線(大阪)、
長野五条線(大阪)、
田原本王寺線、
桜井吉野山公園線、
五条国栖榛原線、
榛原松山国栖線、
大淀中龍門小川線、
大淀池原線、
下市宗檜線、
大峯山公園線、
堺大和高田線(大阪)、
奈良笠置線(京都)
の23路線でした。
和歌山県とを結ぶ路線は
国道24号と国道168号を除き県道のままだが主要地方道に指定されず
(1954年当時の和歌山県の主要地方道で越境路線は大阪府と跨がる
泉佐野岩出線、
泉佐野粉河線、
泉大津粉河線、
長野橋本線
の4路線のみ。
現在はそれぞれr63、r62、R480、R371)、
和歌山県は1959年(昭和34年)9月1日、
奈良県は1961年(昭和36年)2月1日
にそれぞれ一般県道に認定されました。