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巫女が魔法使いから、神道を解説されてるという複雑怪奇な動画w
それなw
確かにw
ちょっとワロタ
ゆっくり解説やってるからって原作の東方を知ってる訳じゃ無いからね。でも少しは調べろとは思うよね。単純に解説の道具手段と割り切るなら別に合成音声だけでいいんだからね。キャラの顔グラなんて要らない訳で。
霊夢は幻想郷の世界の巫女で、現実の日本の神道の知識はないと思うな。確かに言われてみればシュールだけど、違和感とかはないね。魔理沙が空を飛びたいとか発言するのと違って
神道の原型って感謝なんだと思う。自然の恵みに感謝して日々生きる。生かされていることに感謝する。
今は碌に自然の恵みに感謝なんてしてないけどねもし自然の恵みに感謝してたら、土地が欲しいからって湾の水を堰き止めて干上がらせたり、水源が止まっても平然と工事進めるなんて真似は出来ないでしょ
私は福岡県の出身で、一般家庭ですが、先祖代々神道の家系です。代々と有る事に宗像大社に参ります。夫は京都の出身ですが偶然にも代々神道の家系ですが、神道は俗に言う宗教では有りません。神々は自然とそして私達の周り有る自然由来な物には全てに神が宿り、其れらは全て神からの贈り物と教わって来ました。日本人の心底にはいつも神が有ります。
強いて言うなら「お天道様は見ている」辺りが教義らしいものになるのかも
あと「食べ物を粗末にするな」も?
「トイレには女神がいる」も現代に浸透した神道の形だなと
勿体ないお化けは?
お天道様は見ているだから天からの恵みである食べ物や命を粗末にしてはいけない➝まだ使えるものを捨てると神様が怒るぞ➝勿体無いお化け
私立リリアン女学園「マリア様がみてる」
神道は宗教というよりは、日本人の習慣や価値観そのもの…といった感じかな。八百万の神々も一神教の神のような雲の上の存在ではなく身近な存在だし、親しみやすさがある。
うーん、それなー。島地黙雷と明治政府が宗教要素排したからなよな。そうなったの。明治以前は、、ガチでやばい思想やったりする。。教義が共産主義者的な教義やら、ナチズム的な教義結構ある。
宗教には教典があるからねえ。
そもそも日本人は神道を信仰しているとも言えないですからねえ大半の人は日本神話ですらまともに覚えていないし別にアマテラスやスサノヲを敬っているわけでもない日本人の信仰心のカタチというのは確かにあって、それがなんとなく神道と仏教を内包したようなものになっているというだけに思える
付喪神が最たる例だろうね
コレが一番しっくりくる神道の影響かな?根底にはしっかりと深く根付いてる。
というか、日本の仏教も「仏教」じゃないよなぁ。かなり日本人にローカライズされてるよな。なんなんだよって思うよな。例えば「神宮寺」なんて、日本以外じゃぁあり得ないもんな。というか、仏教は「神道」の八百万の神に含まれちまったってことだよな。とは言っても、、、神道は「宗教」ではないんだよなぁ。本当に何なんだろうって思うわ。
いや、あれは「仏教」ではあるんですよ。チベット密教もチベットナイズかされまくってますし。後期タントラをぶち入れながら性行為の否定をしたツォンカパなどいますし。ただ「仏説」ではないけど。あと、神宮寺に関しては北魏も似たような寺作ってるし、なんなら、高麗は、神宮寺とほぼ一緒の寺を作って国家祭祀は僧侶がやることって定めた結果李成桂によって坊主はくそってなって八割坊主はぶっ殺されました。あと、「神道」としては宗教になってしまいます。なぜかと言うと、神道五部書やら先代旧事本紀大成経とかいう「神典」や「教学」があるため結構復古神道や儒家神道、教派十三派に関しては宗教やってなります。ただ神社の農協である「神社本庁」は教学すら禁止してまして、教学をする場合は教派十三派もしくはそれ以外に属する宗派に行ってからになります。結構神社本庁としてはシビアになってるんですよね
中国でも道教寺院の道観に孫悟空(斎天大聖)と並んで現状三蔵の像が祀られてたりする。モンゴルでも独自のシャーマニズムのテングリ信仰を保ちながらチベット仏教も信仰している。
@@昭和の老兵 玄奘三蔵。。
仏教は初期の頃は口伝だし誰も正確なオリジナルを知らないからな
信仰であり哲学である教義が無いので宗教ではない
ウチの父方が神道です。葬式なども神職が詔をあげてました。宗教というより、やはり生活様式だなと。
祝詞や詔は天皇が出すやつ
弘法大師空海が東寺再建の勅命を受けた際に、本堂建立の木材を伏見稲荷の山で伐採しました。この時に稲荷大神を東寺(教王護国寺に改名)の守神としました。この縁から現在でも、伏見稲荷の春の例大祭の還幸祭では、お稲荷さんの神輿をお迎えしています。伏見稲荷の神輿は五基あり、神輿に掛ける御絹は朱色が上になるのですが、東寺に向かう「四之神」だけ紫色が上になるように御絹を掛けます。神仏習合の祭祀が、現在でも残る珍しい事例です。
高度というか特殊なものだよね戒律宗教とか創唱宗教、とくに一神教の宗教観を持っている諸外国の人たちには、日本人がなぜこれほど無宗教を自称しながら強制もされないのに宗教的行事を律儀にこなし、戒律にも教義にも縛られていないのに高度な道徳観念や強固な行動規範を持っているのか理解しづらいだろうと思うこれは「教育・文化水準の高さ」や「経済的豊かさ」だけでは決して紐解けない日本人ですら良く分かってないまま強固に根付いている宗教観と信仰心があるこの宗教は神道と仏教がベースではあるけど、正確には神道ですらないと思う
うーん、島地黙雷も関わってくるんよな。まぁ、明治維新の金の出処であった真宗のトップだった島地黙雷が「弾圧するなら資金止める」事件あって国家神道に教義なくなったよね。
イザヤベンダサンの人間教ですかね?
ユダヤ人は神に選ばれた選民思想が有る様に言われますが、我々日本人は神を選ぶって感じで無くて土地神も居て国津神が居て、天津神も居る神の入れ子構造が有るので人が神を選ぶ感覚よりは神が人を選ぶ感じが日本神話を読むと感じます。
宗教ちゃんぽんいいとこ取りしてる文化ってほんとにないのかなハロウィン、クリスマス、新年の怒涛のレイアウト変更は毎年目を見張る
神道をアブラハムの宗教と比べるからおかしな話になる。日本人が無意識にやっていたり善悪を判断している根幹に神道や仏教がある。
アブラハムの宗教も意外と似通ってる点はあるんだけどねぇ神道におけるなんでも神様にして信仰するのはアッチで言えば天使信仰みたいな物だし
イスラムにもファティマ信仰とかあるから人類の宗教観は結構似てると思います
宗教ってそもそも人間が造ってきたものだって気づけよ。宗教って枠を越えられそうなキャパあるのは神道だけだと思うよ。
「秋葉神社」はそもそも「” あきは ” じんじゃ」と読みますけど、東京台東区にある神社(元は千代田区の秋葉原駅当たりに所在した)は「” あきば ” じんじゃ」なんですよね。紛らわしいんですけど、元々ここも「” あきは ” じんじゃ」でしたが、参拝者達から「” あきば ” さん」と呼ばれて居たので、そのまま濁点が付いてしまった様ですね。また、この神社が元々有った地域周辺も、「” あきば ” はら」と呼ばれる様になったので、鉄道駅が出来た時にそのまま駅名となったのですが、駅看板のフリガナを職員が濁点の位置を間違えて「 " あきは ” ばら」と記入してしまった為に「あきはばら」として広まってしまい、結局「あきはばら」に変わり、駅名・地名だけは元の「あきは」に戻って居ると言う不思議現象が起きています。
火災防止の神様が名前の間違いに怒ってそこは世界一"もえる"まちになってしまいました…
@@naosaaan0912 何もかもがゆるくて日本ぽくて好き
でもみんな「アキバ」って呼ぶんだ
8:56 牛頭は「ごず」と読みます
機械読み上げだしまぁ多少はね
@@tee-jq6ew 原稿を読み上げソフトに流し込むだけの手抜きって事だよ読み上げの修正なんてちゃんと完成動画の確認作業をしてればそんな手間でもない
@@akira2794 一理あります。ですがその手間を惜しむことで、動画の早期大量投稿が可能となり、利益と登録者数に反映されます。「兵は拙速を貴ぶ」というやつです。また修正作業をしない点からも、制作動画を見返していない可能性もあり、その動画の信頼性を測る目安にもなります。
初詣で神社を訪れ、花祭りでお寺に行き、クリスマスを祝う日本は宗教的にも平和な国でよかったよユダヤもキリストもイスラムも崇める神は同じなんだから仲良くすればいいのに
それな。道徳にかんしてうるさい宗教が争いばかり起こしている。地政的な複雑さが違うから全部あいつらが悪いとはいえないけど、この日本と日本人の宗教観のゆるさには本当に感謝している。
神社仏閣は、江戸時代までは一緒でしょう。明治で別離したから。元々、気にしない民族。
宗教由来のイベントを宗教として行わないのが日本人です。季節のイベントだろうが、冠婚葬祭だろうが、入学や卒業だろうが同列で、全て人生上でやってくるイベントでしかありません。
世界規模で解釈違い起こして殺し合うのがあの辺の一神教徒なんで…
神の解釈がまったく違うんだよ!こういうこと言う奴はどうせ宗教史についてもまったく無知な上にスピリチュアル信者だから対話不可能
自然を敬うって事だよね。
人もまたその一部でもあるって言う不思議な作りの神道。神を自然を敬うけど、人もまたその神であり自然である。矛盾してそうでしっかり成立しているから面白い。
とある宗派?の教会、沖縄での話し… お盆と、日曜の礼拝が重なった時、教会は家族や先祖を大切にするように、勧めている。どうぞお盆を、大切にしてください。という見解を出したそうです。その年のお盆に礼拝に来たのは、沖縄に出張で来ていた内地の人と、アメリカ人だけだったそうです😊 日本に来ると、キリスト教も日本ナイズされる?😊😊
ゆっくりの概念として独立したとは分かっていても、霊夢おまえ…と突っ込まざるをえない
神道の側から自らを言葉・文章で説明しようという動きが始まったのは鎌倉時代の伊勢神道辺りから
仏教からの独立を保つために教義化が進みましたね
吉田家「比叡山ふざけんな!!」
神道は、人知の及ばない畏れに対して、 最も 純粋な信仰 だと思う
神様というよりは精霊信仰に近いのかも?
神道ってのは生命を得た物語なのだと思う
とても面白く新たな知識が得られました。やはりそれぞれが素晴らしい融合を遂げていたのだなと再認識出来ました。ジャパネスク最高です👍
日本は自然環境が過酷だし、人間より森羅万象のおそろしいことを知ってる四季折々があるから八百万が生まれた、と思ってる毎年台風、大雨洪水、地震、高潮、大雪、寒暖差、高湿度神にすがるし神のせいにしたくもなるわな
全部を融合するのが神道
山崎闇斎「はぁ??何言ってるん??てめーら僧侶は殺す」土御門泰福(土御門神道創始者)「そうですね!先生!」↑一応まじで排他すぎるいっぱいやけど、門下生全員有能で渋川春海に至っては気象庁の前身である天文方を土御門家と作ってる
幸福の科学も融合できますか?
@@紙量 なんでもアリやで己が信じる何か、たとえそれが何であろうが神と思い、祀れば神それが神道やどんな神様でもアリやで
実質的に超融合のカード
貧乏や疫病も神だしな祀るから大人しくしろ、祀り上げて鎮めろ、みたいな扱いでも神は神だし
各地に残っている「不入斗(いりやまず)」という地名は、年貢を免除された「寺社領」という意味だ。近隣では、現在は地名が変わっているが旧富山町に浦賀水道を隔てた鶴岡八幡宮の不入斗があったとの事だ。富津市には現在も大字「不入斗」が存在する。
横須賀市にも不入斗町という地名がありますよ、因みに不入斗中学校の出身です、昔の柔道家 猪熊さん 山口百恵もそうだったかな。
稲作は縄文時代既にありますよ。古墳時代はかなり後の方なので。
インドの宗教観と似てますね、関連が無いのだとすれば人の本能から来るのかもしれません。多様な考え方や文化を受け入れられる民族性の基礎にはそういう素直さが生き続けているからかもしれません。
神道はヒンズー教を劣化させたような宗教でしかないし、日本人インド人を「人」の代表例にするのはどうなのだろう?(経典も布教活動もしていないから宗教とは厳密には定義できないけれども)、そもそも、日本人のことを多様な考え方や文化を受け入れているっていうのはいくらなんでも日本人を美化しすぎ。排他的だし、権威主義、拝金主義、寛容性が一切ない。自浄能力も無い。あなたはどこに住んで、なにを見聞きしているの?
ヒンドゥーと似てるよね。特に神仏習合で推移してたときなんかまさに。
@@beansworship5110ヒンドゥーの色んな事にもとりあえず神様がいたり、その神様が割と人間臭いのも似てるよねぇ
牛頭天王は、「ごずてんのう」と読むのだと思います。
なるほど、野球部の異常なまでに道具を大事にする文化は神道から来ているのか
否定したくてもできねぇや
といっても宗教法人という便法により存続している宗教という現実しかしヒンディーもまた同じ原理と語る学者もいることを知っておこう、宗教はどこから区別されるのか、それがその社会の有り様
神道の良さって、まぁ何となく形式を守ってたらOKだよ〜、みたいな緩さだと思ってる。
最低限のルールが緩いそれでも生存できた日本の環境に感謝イスラム教が厳しいのは「ここまでルールを決めてみんなで守らないと全滅する環境」でうまれたから、らしいしね
@@melon-3198 当時から人が多かったんだろうな‥‥。日本は人の多さ以前に、地震、噴火、津波、台風など、尋常じゃないレベルの災害が次から次へと起こる国だから、そっちへ関心が移ったのかもしれない。
@@面白くない人 ようこんな地で栄えましたわな
@@melon-3198 不自然なまでの自然災害の多さに加え、日本人の謎の技術力の高さ、日本語や日本人の祖先の謎さなど、思えば色々と不思議な国。まぁでも、自然災害なんて科学が発展する前の人々からすれば神の怒りなんて言われるんだろうけど、頻度が高すぎてとても1人の神の仕業とは思えないよなぁ。
神道は、卑弥呼が改組で、卑弥呼が祈祷をしてた奈良県の大神神社が日本最古の神社だと思うよ。でも、卑弥呼が日本の歴史から抹消されたので、起源がわからなくなってますね。卑弥呼が日本の歴史から抹消された理由は、魏に朝貢していたから(倭王よりも中国の皇帝のほうが偉いと認めていたから)と思われます。
大神神社は卑弥呼系統じゃないんよ。むしろ現在歴史編纂所からの公式的な部分でみると神功皇后ってある程度わかってるよな。神功皇后の主な行動範囲が軍事行動的に宇佐神宮あたりなんよ。
@@居合あん 神功皇后記には「魏志倭人伝」が引用されているので日本書記の作者が、神功皇后と卑弥呼が同一人物と思っていたのは明らかです。
@@あさまな-k4t まぁ、本郷先生がいってるからね。あと、宗像の考古遺物とかみるとこいつら強くないいわれてるのに金持ちなるよね
神道を宗教と捉える事は日本人には違和感が有るよね😅民間信仰と云うのがピッタリする😂
民間信仰も宗教の一種だから
究極の一神教が1300年前に中東で発生したイスラム教。究極のアミニズム的宗教が1300年前にユーラシアの東端に発生したのが日本神道。
同じ時期に全く逆の宗教、運命を感じる
伝統的な神道に課税して、外来の仏教は非課税って、今と同じような事をしてたんだと呆れる。新しい視点で面白かったです。
魔理沙じゃなくて、早苗の方が良かったのでは?
むしろ神道が本来の宗教の姿
神道の「コイツヤベェ・・・とりあえず祀ってご機嫌とっとこ・・・」からいつの間にか「この神○○の神様やな!もっと信仰せな!」ってなっていくのが面白い菅原道真とかヤバい祟りをする悪霊だったのに鎮める目的で祀ったらいつの間にか学問の神様になって、今や大人気の神様になってるし
個人が作った宗教、みんなが作った神道。そんな感じがする。
@@Falken0014ハマの大魔神社とかバレンタイン神社も建立されてましたね。
個人的な意見だが、仏教がもはや現代では金儲けのツールでしかないだろ。田舎じゃ檀家に税金みたいなの課してるし、法人やら葬式にいくら取るんだよ。その点、神社は祈願とか神道葬祭とか良識的な価格だし。どっちが優れてるとかいう気はないが、神職と坊主なら神職の方がまともに思える。
まったく同意見そもそも寺の坊主はデブばっかりじゃ
神道も同じだぞ。2023年には神社庁幹部による約3000万円の横領が発覚してるし割と内部は腐敗してる
@@2990117 神社庁と神社は別物でしょ。パッと調べた感じ、距離感相当離れてるし、神職って基本的に神社そのものに雇われる形やん。学校教員と教育委員会ぐらいの関係かと思ってたけど、警視庁と他県警の警官みたいな関係やん。警視庁内が腐ってるからって、地元の警官が腐ってるとはイコールにならんと思うんだが。
@@nyanco-sensei むしろ警視庁が腐敗してるのに地方の警察は腐敗してないって考える方が余計難しいと思うがトップが腐敗したら下も駄目になるなんてよくある話だし
@@2990117 ???例えが全く通じてなくて草警視庁の幹部は公安委員会管理の国家公務員でしょ。地元の警察官は、都道府県警の地方公務員でしょ。神社庁の幹部(警視庁の幹部)と、神社の神職(地元の警察官)は、所属も組織も別もんじゃんって話をしてるのになんで、「トップが腐ってたら〜」って話になるんや?社会構造の解像度が低いキッズかよ…。どうりで意味不明なコメントする訳やわ。
巫女さんを生み出した神道とその存続に力を貸した仏教に感謝(よくわかってない)
9:00 霊夢の「ギュウトウ天王って初めて聞いたわ」で思わず噴き出したw。機械読みだとしても原稿の手抜きが過ぎるわw。最近、この手の見直し無し動画が多いよなw。
そう言えば、長野県の諏訪大社(信濃国一宮)にも神仏習合の時代に神宮寺が置かれました。明治時代の神仏分離で神宮寺は廃寺となりました。
勉強になりました!ありがとうございます!
こちらこそありがとうございます。書籍などの購入費にさせていただきます。
本来人に害をもたらす事象(火山とか)も敬っている事から、(当時として)人知を超える力を敬うのが神道と習いました。
今となっては信仰というより哲学
哲学に失礼
流石にそれは哲学を馬鹿にし過ぎ
だから神さま仏さまお願いしますなのか
ウチ神道。子供の頃に茄子で馬作りたいと親に懇願した思い出。いろいろ説明されたけどさっぱり意味わからんかったなぁ
神道では生を全うすると神様(御霊)になる、仏教だと仏様になって現世に返ってくることもできる、みたいな考え方の違いだっけ(にわか)どっちも先祖が見守ってくれてる感ある気はするけど、作法が違うのかな
ナスの方は牛だって習ったな馬はキュウリじゃ?
興味深いです。仏教だと死者は輪廻するからお盆に帰ってくるはずがないから、精霊馬は祖霊信仰、つまり神道系の風習だと思ってました。宗派の違いかな。あるいは精霊馬は民間信仰であり、仏教でも神道でもないって事なのか?
イザナミ様『毎日100人殺す』イザナギ様『それなら1000人産み出す』今はどっちかな
イザナミ様「何もしてなくても死んでいく」イザナギ様「なにかしないと産まれない」
豪族が帰依云々のとこもっと深掘りほすい
なんかこれといった教典がある訳ではないけど、時代の当事者の都合で「これはこう」と解釈されいって現代まで残ってるの面白い。
一応、日本書紀や古事記が神道の教典今の天皇の権威もこれを元にしてるし
もし神道がなかったら、と思うと恐ろしいな。
神道って荒御魂鎮護、人でも自然でも荒ぶる超常の何者かを鎮めるのが役割では?
私もなんとなくそう思う鎮める・祀るがメインってイメージがある
神道の特異性、仏教との習合とそこからの分離があって、キリスト教も欧州やアメリカ大陸の現地宗教がそれぞれの地で習合したり(クリスマスとかハローウィンもそう)、イスラム教も東南アジアで現地で習合したりするんだけど、そこから分離できた神道が異質。あと、政教分離と宗教の自由からの神道非宗教説とか、敗戦後のGHQによる国家神道解体とそれでも残った神道信仰な話がないぞ!
自然宗教でアミニズムだから、長く続く
ぎゅうとう天王は草結構重要なところなんだからちゃんと修正しないと
ありがとうございました。
神道は 個人 各々の善悪基準に任せる教義なのだろうと考えてる。
生理中に鳥居を潜れないというのが印象的な宗教(?)だった
血が汚れだから。喪中もダメです。
アニミズム、アニメ・・・いやなんでもない
元々原義は一緒やで。人格みたいな意味やから。ラテン語で
魂という意味だね。男性形ならアニムス、女性形ならアニマ。アニミズムとアニメ(ーション)のつながりは面白いね。偶然だとしてもうまく日本を象徴している。
長続きした理由は何でもそうだけで紆余曲折あって最早偶然に近いとは想像してたけど、意外と政治によって神仏は中々穏やかには共存してたわけじゃないのに驚いたw神道の根幹に近いアニミズムはシステム化するには余りにも抽象的で間口が広過ぎたのかも。代わりに日本人の根本に深く根ざしやすかったとも言えるかな?
牛頭天皇→読み方は「ごずてんのう」では?
漢字が違うのだと思われます。自分の知っているものだと「牛頭天王(ごずてんおう)」天皇陛下と混同されないための読み方だと言う話で。
神宮寺の名残はあちこちにあるが、京都の清水寺の中には今でも神社(お稲荷さん?)がある。
中世神道説が面白い。第六天魔王が天照大神に国譲りした。やさかのみたまを第六天魔王が天照大神に渡した、と、神仏習合が進んでからの説です。
キリスト教以前の世界は、みんな「神道」やったんやろね!アフリカなんかイスラム教もキリスト教も浸透してない地域はアフリカ的な「神道」が残ってるみたいやし!ヒンズー教もインドの「神道」みたいなもんなんかな?
人為的なことをあまりされていない、最も原始的で最も身近な宗教形態
神道は古代ギリシアとか古代エジプトの宗教感に近い
神様や仏様は1人でも信じる人や祈る人がいれば存在出来るって聞いたことがある。その神様や仏様を代々信仰している人が一定数いる以上すぐに廃れにくいと思う。
内容はともかく,「牛頭天皇」を「ぎゅうとうてんのう」と読むのはさすがに黙視できず,コメントしました。「ごずてんのう」とよむのです。
機械に自動で読み上げさせているものなので、読み方を制御出来ないようです…
牛頭天王でしょ
宗教の自由を押し付けたらキリストまでも飲まれたか…
神は神の道を修める人は人の道を修める
「ある」の反対語は「ない」ではない。品詞も違う。教祖も教理もない、というのは「ある」のと次元が違う。一段も二段も違う。高級な思想。
私の実家も神道だけど、お葬式に神主さんが太鼓を叩きにきてくれることしかやってたことないと思う😂
祈念しそのとうり自身で行動する❗それが神道。
大手のキリスト教が入る隙がないのも日本独特?
信仰されてるって言うか、もはや日本人のDNAに刷り込まれているって感じだと思う。
神道の凄い所は、極楽への行き方のマニュアルが存在せん所やな。それは、お天道様の元、各自が考える。
日本語より遥か前神代文字
カグツチとかスサノオとか聞いたことある名前が結構出てくることを考えると、やっぱ神道って国教なんだなって他にもイザナミ、クシナダ、ヤマタケ、イザナギ、ツクヨミと挙げればキリがない
水害中の時は、神社に逃げるとよいって聞くね神社は立地条件最高かもしれない
体育すわりは瓶に入れるのに入らないからですよ。
家の庭に鳥居をたまに見るんでお手軽で庶民でもできる宗教だったからに一票_φ(・_・。おまじないみたいなポジションだったのでは
神道には結界が多いし、安らぎと避難場所みたいな意味もありそう
なるほど、わからん。(素人には用語がむずい)
今の感覚からすると理解し難い事やらかした存在が神として祀られてるし、人間臭いところが魅力的に感じる。けど、神社行くと清々しい気持ちになるんだよね。
「宗教」というコトバと、「キリスト教」というコトバと、「神道」というコトバと。できた「順」は? なんとなく「神道」っていうコトバが先なように思う。
もし飛鳥時代に仏教じゃなくてキリスト教の宣教師が日本に来てたらどうなってたんだろw
神道は八百萬の神がいる仏様もキリストもアッラーもガネーシャもみんな八百萬の神々の一柱として全てを受け入れることが出来た
神道には八百万以外にも複数の神がいるけど、恐らく主なる神というよりは精霊に近いものだと思います。
神道は宗教ではなく信仰もっと言うと慣習と礼節だ
超原子的宗教ですね
1300って長いのか。。?
ホント、宗教ってか文化みたいなもんだよね
神道は神様との付き合い方の道筋を示すものだから、教えを説く宗教じゃないんよ。
神道は宗教より高次元の「道」です
神道の創始者は強いて言えば親や祖父祖母、年寄りかな?その土地の風土やらナンやらの話を口伝で聞いて、子供がそういうのがあるのかぁ・・・って何となくフワフワした想像がだんだんと形を成していった的な
テンポ早すぎて全然ゆっくりできねぇよ…。あと聞き役の霊夢が優秀すぎてノータイムで「うんうん」とか「納得した」とか言って話を次に進めるせいで、一般人のワシらは所々意味不明なまま話が流れていっとるんじゃ。
カルトの定義が「教祖or二世が生きてる、影響力の大きい宗教」で全ての宗教が通った宗教の赤ちゃんみたいなもんだから、神道は現存する1番老化した宗教の最終形態なんだよね
キリスト教は教祖も二世(≒イエスの直弟子)も死んでいるし(あ、イエスが三日後に復活したとかいうのは無しね)、世界的に影響力が強く2000年は続いているから、神道はこれには負けるのでは?とりあえず、この動画の主張に従って神道の歴史はおよそ1300年と考えると。
@@n506higo老化と成長は時間じゃないのでは?はじまりがどうこうよりも歴史がどうこうで決まると思う
【道】ですから?剣道。柔道。香道。華道。ある種下世話な宗教信仰を超越すると【道】が残る?
逆やで。剣道、柔道は宗教的要素をある程度薄めてるし。合気道はバリバリに理念は大本なんなら、大本の懐刀として合気道っておったからな。植芝盛平が出口王仁三郎の狂信者で、神道無念流の中山博道先生に引かれたんよな
親の遺品整理中兄が購入していた剣道の本が有ったが処分前に一読してみました(苦笑)。父親が大正15年生まれ、母親が昭和9年生まれで母親のタヒ後3ヶ月後に兄がタヒ( -_・)?だので私独り孤独に遺品整理しております。古い本は今読むと中々戦後の事情が書いてあって面白いですね❗️GHQが日本の格闘技や剣道に関してスポーツ的側面を強調して振興を図った様な記述が有った❗️朝鮮戦争が無かったら日本人に格闘技や剣道をさせる気持ちも無かったが🇰🇵と🇰🇷が戦場になり🇺🇳軍(ほぼ🇺🇸軍)🇯🇵国内でスポーツとして再検討されているみたいな記述だった⁉️外国人力士が「アイムスモウチャンピオン…」とかインタビューで答えられた時📺️で見る違和感が私に有ったが、外国人力士にはプロスポーツの感覚で相撲に参加しているのかなぁと感じています。
他宗教の教義や戒律を知ると、非科学的なものもあるので胡散臭く感じるのだけど、他宗教から見た場合、神道にも胡散臭く感じるものがあるのだろうか。
慣用句で「親の祟りが子に報い」とか言いますからね。
うーん、やっぱりどんな時代でも政治家はその時強い影響持った宗教の力は政治に欲しかったんだね。現代でもな。宗教法人のカモにされんじゃなねえぞ、政治家の先生方は。
なんというか、もうどうにでもなれみたいな思想だな
神道を語る上で外せないのが、古神道と現神道の違いから話さないといけません。私は神道は宗教では無く、集団生活を行う上で必要な事であった為に、先祖からの教えが今なお語り紡がれていると思っていますね。縄文時代に形作られたとされる、古神道は自然信仰で建造物は一切無く、祭事の際、食物を捧げる事を行なって来た様なのですが、聖徳太子が儒教に詳しく、神仏融合を取り入れたとされている辺りから、現在の神道の形に少しずつなったと考えられていますね。現在では、道徳やしつけと言った形で、我々現代人は神道の教えを学び、守り続けられて来ている。
勘違いしないで欲しいのは神道が凄いからって他の宗教が劣ってるという事じゃないこと。宗教は文化でもあるしそれぞれの風土にあった形で適応していったもの。多様性がないから一神教は良くないって言ってた人もいるけどそうやって否定すること自体間違えてる。日本は日本の風土に適した形で神道というものが形成されていったからある意味日本人が凄いって思うのは当たり前かもしれない。だから宗教はどれも正しい。どんな形態であれ宗教は全て正しい。
古神道は自然のものに対して感謝するものだけど、朝廷が始まってからの神道は人間を神格化して祀っているから自分の名字の家の属する神社に行って先祖に守ってもらうって感じだと思う。だからいっぱい神になった人間がいるって事だね。因みに初詣では自分の氏神と近所の神社、あとはお気に入り神社に行くのが良いんだってさ。源氏平氏橘氏の人は八幡系の藤原氏は春日系が氏神さまだよ。天皇家は伊勢神宮だよね。日光東照宮なんて家康が神様だし。あと、神社で手を叩くのは御神体を下ろすんだって。だから御神体の数だけ柏手を打とう。物部氏(出雲)と中臣氏(春日系)は自分のところの神様がいるのに仏教なんて要らないと思ったんじゃないかな。。
巫女が魔法使いから、神道を解説されてるという複雑怪奇な動画w
それなw
確かにw
ちょっとワロタ
ゆっくり解説やってるからって原作の東方を知ってる訳じゃ無いからね。でも少しは調べろとは思うよね。単純に解説の道具手段と割り切るなら別に合成音声だけでいいんだからね。キャラの顔グラなんて要らない訳で。
霊夢は幻想郷の世界の巫女で、現実の日本の神道の知識はないと思うな。
確かに言われてみればシュールだけど、違和感とかはないね。
魔理沙が空を飛びたいとか発言するのと違って
神道の原型って感謝なんだと思う。
自然の恵みに感謝して日々生きる。
生かされていることに感謝する。
今は碌に自然の恵みに感謝なんてしてないけどね
もし自然の恵みに感謝してたら、土地が欲しいからって湾の水を堰き止めて干上がらせたり、水源が止まっても平然と工事進めるなんて真似は出来ないでしょ
私は福岡県の出身で、一般家庭ですが、先祖代々神道の家系です。代々と有る事に宗像大社に参ります。夫は京都の出身ですが偶然にも代々神道の家系ですが、神道は俗に言う宗教では有りません。神々は自然とそして私達の周り有る自然由来な物には全てに神が宿り、其れらは全て神からの贈り物と教わって来ました。日本人の心底にはいつも神が有ります。
強いて言うなら「お天道様は見ている」辺りが教義らしいものになるのかも
あと「食べ物を粗末にするな」も?
「トイレには女神がいる」も現代に浸透した神道の形だなと
勿体ないお化けは?
お天道様は見ている
だから天からの恵みである食べ物や命を粗末にしてはいけない
➝まだ使えるものを捨てると神様が怒るぞ
➝勿体無いお化け
私立リリアン女学園「マリア様がみてる」
神道は宗教というよりは、日本人の習慣や価値観そのもの…といった感じかな。
八百万の神々も一神教の神のような雲の上の存在ではなく身近な存在だし、親しみやすさがある。
うーん、それなー。
島地黙雷と明治政府が宗教要素排したからなよな。そうなったの。
明治以前は、、
ガチでやばい思想やったりする。。教義が共産主義者的な教義やら、ナチズム的な教義結構ある。
宗教には教典があるからねえ。
そもそも日本人は神道を信仰しているとも言えないですからねえ
大半の人は日本神話ですらまともに覚えていないし別にアマテラスやスサノヲを敬っているわけでもない
日本人の信仰心のカタチというのは確かにあって、それがなんとなく神道と仏教を内包したようなものになっているというだけに思える
付喪神が最たる例だろうね
コレが一番しっくりくる神道の影響かな?
根底にはしっかりと深く根付いてる。
というか、日本の仏教も「仏教」じゃないよなぁ。かなり日本人にローカライズされてるよな。
なんなんだよって思うよな。例えば「神宮寺」なんて、日本以外じゃぁあり得ないもんな。
というか、仏教は「神道」の八百万の神に含まれちまったってことだよな。
とは言っても、、、神道は「宗教」ではないんだよなぁ。本当に何なんだろうって思うわ。
いや、あれは「仏教」ではあるんですよ。チベット密教もチベットナイズかされまくってますし。後期タントラをぶち入れながら性行為の否定をしたツォンカパなどいますし。ただ「仏説」ではないけど。
あと、神宮寺に関しては北魏も似たような寺作ってるし、なんなら、高麗は、神宮寺とほぼ一緒の寺を作って国家祭祀は僧侶がやることって定めた結果李成桂によって坊主はくそってなって八割坊主はぶっ殺されました。
あと、「神道」としては宗教になってしまいます。なぜかと言うと、神道五部書やら先代旧事本紀大成経とかいう「神典」や「教学」があるため結構復古神道や儒家神道、教派十三派に関しては宗教やってなります。ただ神社の農協である「神社本庁」は教学すら禁止してまして、教学をする場合は教派十三派もしくはそれ以外に属する宗派に行ってからになります。結構神社本庁としてはシビアになってるんですよね
中国でも道教寺院の道観に孫悟空(斎天大聖)と並んで現状三蔵の像が祀られてたりする。モンゴルでも独自のシャーマニズムのテングリ信仰を保ちながらチベット仏教も信仰している。
@@昭和の老兵
玄奘三蔵。。
仏教は初期の頃は口伝だし誰も正確なオリジナルを知らないからな
信仰であり哲学である
教義が無いので宗教ではない
ウチの父方が神道です。葬式なども神職が詔をあげてました。宗教というより、やはり生活様式だなと。
祝詞や
詔は天皇が出すやつ
弘法大師空海が東寺再建の勅命を受けた際に、本堂建立の木材を伏見稲荷の山で伐採しました。
この時に稲荷大神を東寺(教王護国寺に改名)の守神としました。
この縁から現在でも、伏見稲荷の春の例大祭の還幸祭では、お稲荷さんの神輿をお迎えしています。
伏見稲荷の神輿は五基あり、神輿に掛ける御絹は朱色が上になるのですが、東寺に向かう「四之神」だけ紫色が上になるように御絹を掛けます。
神仏習合の祭祀が、現在でも残る珍しい事例です。
高度というか特殊なものだよね
戒律宗教とか創唱宗教、とくに一神教の宗教観を持っている諸外国の人たちには、
日本人がなぜこれほど無宗教を自称しながら強制もされないのに宗教的行事を律儀にこなし、
戒律にも教義にも縛られていないのに高度な道徳観念や強固な行動規範を持っているのか理解しづらいだろうと思う
これは「教育・文化水準の高さ」や「経済的豊かさ」だけでは決して紐解けない
日本人ですら良く分かってないまま強固に根付いている宗教観と信仰心がある
この宗教は神道と仏教がベースではあるけど、正確には神道ですらないと思う
うーん、島地黙雷も関わってくるんよな。まぁ、明治維新の金の出処であった真宗のトップだった島地黙雷が「弾圧するなら資金止める」事件あって国家神道に教義なくなったよね。
イザヤベンダサンの人間教ですかね?
ユダヤ人は神に選ばれた選民思想が有る様に言われますが、我々日本人は神を選ぶって感じで無くて土地神も居て国津神が居て、天津神も居る神の入れ子構造が有るので人が神を選ぶ感覚よりは神が人を選ぶ感じが日本神話を読むと感じます。
宗教ちゃんぽんいいとこ取りしてる文化ってほんとにないのかな
ハロウィン、クリスマス、新年の怒涛のレイアウト変更は毎年目を見張る
神道をアブラハムの宗教と比べるからおかしな話になる。
日本人が無意識にやっていたり善悪を判断している根幹に神道や仏教がある。
アブラハムの宗教も意外と似通ってる点はあるんだけどねぇ
神道におけるなんでも神様にして信仰するのはアッチで言えば天使信仰みたいな物だし
イスラムにもファティマ信仰とかあるから人類の宗教観は結構似てると思います
宗教ってそもそも人間が造ってきたものだって気づけよ。宗教って枠を越えられそうなキャパあるのは神道だけだと思うよ。
「秋葉神社」はそもそも「” あきは ” じんじゃ」と読みますけど、東京台東区にある神社(元は千代田区の秋葉原駅当たりに所在した)は「” あきば ” じんじゃ」なんですよね。
紛らわしいんですけど、元々ここも「” あきは ” じんじゃ」でしたが、参拝者達から「” あきば ” さん」と呼ばれて居たので、そのまま濁点が付いてしまった様ですね。
また、この神社が元々有った地域周辺も、「” あきば ” はら」と呼ばれる様になったので、鉄道駅が出来た時にそのまま駅名となったのですが、駅看板のフリガナを職員が濁点の位置を間違えて「 " あきは ” ばら」と記入してしまった為に「あきはばら」として広まってしまい、結局「あきはばら」に変わり、駅名・地名だけは元の「あきは」に戻って居ると言う不思議現象が起きています。
火災防止の神様が名前の間違いに怒ってそこは世界一"もえる"まちになってしまいました…
@@naosaaan0912 何もかもがゆるくて日本ぽくて好き
でもみんな「アキバ」って呼ぶんだ
8:56 牛頭は「ごず」と読みます
機械読み上げだしまぁ多少はね
@@tee-jq6ew 原稿を読み上げソフトに流し込むだけの手抜きって事だよ
読み上げの修正なんてちゃんと完成動画の確認作業をしてればそんな手間でもない
@@akira2794 一理あります。ですがその手間を惜しむことで、動画の早期大量投稿が可能となり、利益と登録者数に反映されます。「兵は拙速を貴ぶ」というやつです。
また修正作業をしない点からも、制作動画を見返していない可能性もあり、その動画の信頼性を測る目安にもなります。
初詣で神社を訪れ、花祭りでお寺に行き、クリスマスを祝う日本は宗教的にも平和な国でよかったよ
ユダヤもキリストもイスラムも崇める神は同じなんだから仲良くすればいいのに
それな。道徳にかんしてうるさい宗教が争いばかり起こしている。地政的な複雑さが違うから全部あいつらが悪いとはいえないけど、この日本と日本人の宗教観のゆるさには本当に感謝している。
神社仏閣は、江戸時代までは一緒でしょう。
明治で別離したから。
元々、気にしない民族。
宗教由来のイベントを宗教として行わないのが日本人です。季節のイベントだろうが、冠婚葬祭だろうが、入学や卒業だろうが同列で、全て人生上でやってくるイベントでしかありません。
世界規模で解釈違い起こして殺し合うのがあの辺の一神教徒なんで…
神の解釈がまったく違うんだよ!
こういうこと言う奴はどうせ宗教史についてもまったく無知な上にスピリチュアル信者だから対話不可能
自然を敬うって事だよね。
人もまたその一部でもあるって言う不思議な作りの神道。
神を自然を敬うけど、人もまたその神であり自然である。
矛盾してそうでしっかり成立しているから面白い。
とある宗派?の教会、沖縄での話し… お盆と、日曜の礼拝が重なった時、教会は家族や先祖を大切にするように、勧めている。どうぞお盆を、大切にしてください。という見解を出したそうです。その年のお盆に礼拝に来たのは、沖縄に出張で来ていた内地の人と、アメリカ人だけだったそうです😊
日本に来ると、キリスト教も日本ナイズされる?😊😊
ゆっくりの概念として独立したとは分かっていても、霊夢おまえ…と突っ込まざるをえない
神道の側から自らを言葉・文章で説明しようという動きが始まったのは鎌倉時代の伊勢神道辺りから
仏教からの独立を保つために教義化が進みましたね
吉田家「比叡山ふざけんな!!」
神道は、人知の及ばない畏れに対して、 最も 純粋な信仰 だと思う
神様というよりは精霊信仰に近いのかも?
神道ってのは生命を得た物語なのだと思う
とても面白く新たな知識が得られました。
やはりそれぞれが素晴らしい融合を遂げていたのだなと再認識出来ました。
ジャパネスク最高です👍
日本は自然環境が過酷だし、人間より森羅万象のおそろしいことを知ってる
四季折々があるから八百万が生まれた、と思ってる
毎年台風、大雨洪水、地震、高潮、大雪、寒暖差、高湿度
神にすがるし神のせいにしたくもなるわな
全部を融合するのが神道
山崎闇斎「はぁ??何言ってるん??てめーら僧侶は殺す」
土御門泰福(土御門神道創始者)「そうですね!先生!」
↑
一応まじで排他すぎるいっぱいやけど、門下生全員有能で渋川春海に至っては気象庁の前身である天文方を土御門家と作ってる
幸福の科学も融合できますか?
@@紙量
なんでもアリやで
己が信じる何か、たとえそれが何であろうが神と思い、祀れば神
それが神道や
どんな神様でもアリやで
実質的に超融合のカード
貧乏や疫病も神だしな
祀るから大人しくしろ、祀り上げて鎮めろ、みたいな扱いでも神は神だし
各地に残っている「不入斗(いりやまず)」という地名は、年貢を免除された「寺社領」という意味だ。
近隣では、現在は地名が変わっているが旧富山町に浦賀水道を隔てた鶴岡八幡宮の不入斗があったとの事だ。
富津市には現在も大字「不入斗」が存在する。
横須賀市にも不入斗町という地名がありますよ、因みに不入斗中学校の出身です、昔の柔道家 猪熊さん 山口百恵もそうだったかな。
稲作は縄文時代既にありますよ。
古墳時代はかなり後の方なので。
インドの宗教観と似てますね、関連が無いのだとすれば人の本能から来るのかもしれません。
多様な考え方や文化を受け入れられる民族性の基礎にはそういう素直さが生き続けているからかもしれません。
神道はヒンズー教を劣化させたような宗教でしかないし、日本人インド人を「人」の代表例にするのはどうなのだろう?
(経典も布教活動もしていないから宗教とは厳密には定義できないけれども)、
そもそも、日本人のことを多様な考え方や文化を受け入れているっていうのはいくらなんでも日本人を美化しすぎ。
排他的だし、権威主義、拝金主義、寛容性が一切ない。自浄能力も無い。
あなたはどこに住んで、なにを見聞きしているの?
ヒンドゥーと似てるよね。特に神仏習合で推移してたときなんかまさに。
@@beansworship5110
ヒンドゥーの色んな事にもとりあえず神様がいたり、その神様が割と人間臭いのも似てるよねぇ
牛頭天王は、「ごずてんのう」と読むのだと思います。
なるほど、野球部の異常なまでに道具を大事にする文化は神道から来ているのか
否定したくてもできねぇや
といっても宗教法人という便法により存続している宗教という現実
しかしヒンディーもまた同じ原理と語る学者もいることを知っておこう、宗教はどこから区別されるのか、それがその社会の有り様
神道の良さって、まぁ何となく形式を守ってたらOKだよ〜、みたいな緩さだと思ってる。
最低限のルールが緩い
それでも生存できた日本の環境に感謝
イスラム教が厳しいのは「ここまでルールを決めてみんなで守らないと全滅する環境」でうまれたから、らしいしね
@@melon-3198 当時から人が多かったんだろうな‥‥。
日本は人の多さ以前に、地震、噴火、津波、台風など、尋常じゃないレベルの災害が次から次へと起こる国だから、そっちへ関心が移ったのかもしれない。
@@面白くない人
ようこんな地で栄えましたわな
@@melon-3198 不自然なまでの自然災害の多さに加え、日本人の謎の技術力の高さ、日本語や日本人の祖先の謎さなど、思えば色々と不思議な国。
まぁでも、自然災害なんて科学が発展する前の人々からすれば神の怒りなんて言われるんだろうけど、頻度が高すぎてとても1人の神の仕業とは思えないよなぁ。
神道は、卑弥呼が改組で、卑弥呼が祈祷をしてた奈良県の大神神社が日本最古の神社だと思うよ。
でも、卑弥呼が日本の歴史から抹消されたので、起源がわからなくなってますね。
卑弥呼が日本の歴史から抹消された理由は、魏に朝貢していたから(倭王よりも中国の皇帝のほうが偉いと認めていたから)と思われます。
大神神社は卑弥呼系統じゃないんよ。むしろ現在歴史編纂所からの公式的な部分でみると神功皇后ってある程度わかってるよな。
神功皇后の主な行動範囲が軍事行動的に宇佐神宮あたりなんよ。
@@居合あん 神功皇后記には「魏志倭人伝」が引用されているので
日本書記の作者が、神功皇后と卑弥呼が同一人物と思っていたのは明らかです。
@@あさまな-k4t
まぁ、本郷先生がいってるからね。あと、宗像の考古遺物とかみるとこいつら強くないいわれてるのに金持ちなるよね
神道を宗教と捉える事は日本人には違和感が有るよね😅
民間信仰と云うのがピッタリする😂
民間信仰も宗教の一種だから
究極の一神教が1300年前に中東で発生したイスラム教。究極のアミニズム的宗教が1300年前にユーラシアの東端に発生したのが日本神道。
同じ時期に全く逆の宗教、運命を感じる
伝統的な神道に課税して、外来の仏教は非課税って、今と同じような事をしてたんだと呆れる。新しい視点で面白かったです。
魔理沙じゃなくて、早苗の方が良かったのでは?
むしろ神道が本来の宗教の姿
神道の「コイツヤベェ・・・とりあえず祀ってご機嫌とっとこ・・・」からいつの間にか「この神○○の神様やな!もっと信仰せな!」ってなっていくのが面白い
菅原道真とかヤバい祟りをする悪霊だったのに鎮める目的で祀ったらいつの間にか学問の神様になって、今や大人気の神様になってるし
個人が作った宗教、みんなが作った神道。
そんな感じがする。
@@Falken0014ハマの大魔神社とかバレンタイン神社も建立されてましたね。
個人的な意見だが、仏教がもはや現代では金儲けのツールでしかないだろ。
田舎じゃ檀家に税金みたいなの課してるし、法人やら葬式にいくら取るんだよ。
その点、神社は祈願とか神道葬祭とか良識的な価格だし。
どっちが優れてるとかいう気はないが、神職と坊主なら神職の方がまともに思える。
まったく同意見
そもそも寺の坊主はデブばっかりじゃ
神道も同じだぞ。2023年には神社庁幹部による約3000万円の横領が発覚してるし割と内部は腐敗してる
@@2990117 神社庁と神社は別物でしょ。パッと調べた感じ、距離感相当離れてるし、神職って基本的に神社そのものに雇われる形やん。
学校教員と教育委員会ぐらいの関係かと思ってたけど、警視庁と他県警の警官みたいな関係やん。
警視庁内が腐ってるからって、地元の警官が腐ってるとはイコールにならんと思うんだが。
@@nyanco-sensei むしろ警視庁が腐敗してるのに地方の警察は腐敗してないって考える方が余計難しいと思うが
トップが腐敗したら下も駄目になるなんてよくある話だし
@@2990117 ???
例えが全く通じてなくて草
警視庁の幹部は公安委員会管理の国家公務員でしょ。
地元の警察官は、都道府県警の地方公務員でしょ。
神社庁の幹部(警視庁の幹部)と、神社の神職(地元の警察官)は、所属も組織も別もんじゃんって話をしてるのに
なんで、「トップが腐ってたら〜」って話になるんや?
社会構造の解像度が低いキッズかよ…。
どうりで意味不明なコメントする訳やわ。
巫女さんを生み出した神道とその存続に力を貸した仏教に感謝(よくわかってない)
9:00 霊夢の「ギュウトウ天王って初めて聞いたわ」で思わず噴き出したw。機械読みだとしても原稿の手抜きが過ぎるわw。最近、この手の見直し無し動画が多いよなw。
そう言えば、長野県の諏訪大社(信濃国一宮)にも神仏習合の時代に神宮寺が置かれました。明治時代の神仏分離で神宮寺は廃寺となりました。
勉強になりました!ありがとうございます!
こちらこそありがとうございます。
書籍などの購入費にさせていただきます。
本来人に害をもたらす事象(火山とか)も敬っている事から、(当時として)人知を超える力を敬うのが神道と習いました。
今となっては信仰というより哲学
哲学に失礼
流石にそれは哲学を馬鹿にし過ぎ
だから神さま仏さまお願いしますなのか
ウチ神道。子供の頃に茄子で馬作りたいと親に懇願した思い出。いろいろ説明されたけどさっぱり意味わからんかったなぁ
神道では生を全うすると神様(御霊)になる、仏教だと仏様になって現世に返ってくることもできる、みたいな考え方の違いだっけ(にわか)
どっちも先祖が見守ってくれてる感ある気はするけど、作法が違うのかな
ナスの方は牛だって習ったな
馬はキュウリじゃ?
興味深いです。仏教だと死者は輪廻するからお盆に帰ってくるはずがないから、精霊馬は祖霊信仰、つまり神道系の風習だと思ってました。
宗派の違いかな。
あるいは精霊馬は民間信仰であり、仏教でも神道でもないって事なのか?
イザナミ様『毎日100人殺す』
イザナギ様『それなら1000人産み出す』
今はどっちかな
イザナミ様「何もしてなくても死んでいく」
イザナギ様「なにかしないと産まれない」
豪族が帰依云々のとこもっと深掘りほすい
なんかこれといった教典がある訳ではないけど、時代の当事者の都合で「これはこう」と解釈されいって現代まで残ってるの面白い。
一応、日本書紀や古事記が神道の教典
今の天皇の権威もこれを元にしてるし
もし神道がなかったら、と思うと恐ろしいな。
神道って荒御魂鎮護、人でも自然でも荒ぶる超常の何者かを鎮めるのが役割では?
私もなんとなくそう思う
鎮める・祀るがメインってイメージがある
神道の特異性、仏教との習合とそこからの分離があって、キリスト教も欧州やアメリカ大陸の現地宗教がそれぞれの地で習合したり(クリスマスとかハローウィンもそう)、イスラム教も東南アジアで現地で習合したりするんだけど、そこから分離できた神道が異質。あと、政教分離と宗教の自由からの神道非宗教説とか、敗戦後のGHQによる国家神道解体とそれでも残った神道信仰な話がないぞ!
自然宗教でアミニズムだから、長く続く
ぎゅうとう天王は草
結構重要なところなんだからちゃんと修正しないと
ありがとうございました。
神道は 個人 各々の善悪基準に任せる教義なのだろうと考えてる。
生理中に鳥居を潜れないというのが印象的な宗教(?)だった
血が汚れだから。
喪中もダメです。
アニミズム、アニメ・・・いやなんでもない
元々原義は一緒やで。
人格みたいな意味やから。ラテン語で
魂という意味だね。男性形ならアニムス、女性形ならアニマ。アニミズムとアニメ(ーション)のつながりは面白いね。偶然だとしてもうまく日本を象徴している。
長続きした理由は何でもそうだけで紆余曲折あって最早偶然に近いとは想像してたけど、意外と政治によって神仏は中々穏やかには共存してたわけじゃないのに驚いたw
神道の根幹に近いアニミズムはシステム化するには余りにも抽象的で間口が広過ぎたのかも。
代わりに日本人の根本に深く根ざしやすかったとも言えるかな?
牛頭天皇→読み方は「ごずてんのう」では?
漢字が違うのだと思われます。
自分の知っているものだと「牛頭天王(ごずてんおう)」天皇陛下と混同されないための読み方だと言う話で。
神宮寺の名残はあちこちにあるが、京都の清水寺の中には今でも神社(お稲荷さん?)がある。
中世神道説が面白い。第六天魔王が天照大神に国譲りした。やさかのみたまを第六天魔王が天照大神に渡した、と、神仏習合が進んでからの説です。
キリスト教以前の世界は、みんな「神道」やったんやろね!アフリカなんかイスラム教もキリスト教も浸透してない地域はアフリカ的な「神道」が残ってるみたいやし!ヒンズー教もインドの「神道」みたいなもんなんかな?
人為的なことをあまりされていない、最も原始的で最も身近な宗教形態
神道は古代ギリシアとか古代エジプトの宗教感に近い
神様や仏様は1人でも信じる人や祈る人がいれば存在出来るって聞いたことがある。
その神様や仏様を代々信仰している人が一定数いる以上すぐに廃れにくいと思う。
内容はともかく,「牛頭天皇」を「ぎゅうとうてんのう」と読むのはさすがに黙視できず,コメントしました。「ごずてんのう」とよむのです。
機械に自動で読み上げさせているものなので、読み方を制御出来ないようです…
牛頭天王でしょ
宗教の自由を押し付けたらキリストまでも飲まれたか…
神は神の道を修める
人は人の道を修める
「ある」の反対語は「ない」ではない。品詞も違う。教祖も教理もない、というのは「ある」のと次元が違う。一段も二段も違う。高級な思想。
私の実家も神道だけど、お葬式に神主さんが太鼓を叩きにきてくれることしかやってたことないと思う😂
祈念しそのとうり自身で行動する❗それが神道。
大手のキリスト教が入る隙がないのも日本独特?
信仰されてるって言うか、もはや日本人のDNAに刷り込まれているって感じだと思う。
神道の凄い所は、極楽への行き方のマニュアルが存在せん所やな。それは、お天道様の元、各自が考える。
日本語より遥か前神代文字
カグツチとかスサノオとか聞いたことある名前が結構出てくることを考えると、やっぱ神道って国教なんだなって
他にもイザナミ、クシナダ、ヤマタケ、イザナギ、ツクヨミと挙げればキリがない
水害中の時は、神社に逃げるとよいって聞くね
神社は立地条件最高かもしれない
体育すわりは瓶に入れるのに入らないからですよ。
家の庭に鳥居をたまに見るんでお手軽で庶民でもできる宗教だったからに一票_φ(・_・。おまじないみたいなポジションだったのでは
神道には結界が多いし、
安らぎと避難場所みたいな意味もありそう
なるほど、わからん。(素人には用語がむずい)
今の感覚からすると理解し難い事やらかした存在が神として祀られてるし、人間臭いところが魅力的に感じる。
けど、神社行くと清々しい気持ちになるんだよね。
「宗教」というコトバと、「キリスト教」というコトバと、「神道」というコトバと。
できた「順」は? なんとなく「神道」っていうコトバが先なように思う。
もし飛鳥時代に仏教じゃなくてキリスト教の宣教師が日本に来てたらどうなってたんだろw
神道は八百萬の神がいる
仏様もキリストもアッラーもガネーシャも
みんな八百萬の神々の一柱として
全てを受け入れることが出来た
神道には八百万以外にも複数の神がいるけど、恐らく主なる神というよりは精霊に近いものだと思います。
神道は宗教ではなく信仰
もっと言うと慣習と礼節だ
超原子的宗教ですね
1300って長いのか。。?
ホント、宗教ってか文化みたいなもんだよね
神道は神様との付き合い方の道筋を示すものだから、教えを説く宗教じゃないんよ。
神道は宗教より高次元の「道」です
神道の創始者は強いて言えば親や祖父祖母、年寄りかな?
その土地の風土やらナンやらの話を口伝で聞いて、子供がそういうのがあるのかぁ・・・って何となくフワフワした想像がだんだんと形を成していった的な
テンポ早すぎて全然ゆっくりできねぇよ…。
あと聞き役の霊夢が優秀すぎてノータイムで「うんうん」とか「納得した」とか言って話を次に進めるせいで、一般人のワシらは所々意味不明なまま話が流れていっとるんじゃ。
カルトの定義が「教祖or二世が生きてる、影響力の大きい宗教」で全ての宗教が通った宗教の赤ちゃんみたいなもんだから、神道は現存する1番老化した宗教の最終形態なんだよね
キリスト教は教祖も二世(≒イエスの直弟子)も死んでいるし(あ、イエスが三日後に復活したとかいうのは無しね)、世界的に影響力が強く2000年は続いているから、神道はこれには負けるのでは?とりあえず、この動画の主張に従って神道の歴史はおよそ1300年と考えると。
@@n506higo
老化と成長は時間じゃないのでは?
はじまりがどうこうよりも歴史がどうこうで決まると思う
【道】
ですから?
剣道。
柔道。
香道。
華道。
ある種下世話な
宗教信仰を超越すると
【道】が残る?
逆やで。剣道、柔道は宗教的要素をある程度薄めてるし。合気道はバリバリに理念は大本なんなら、大本の懐刀として合気道っておったからな。植芝盛平が出口王仁三郎の狂信者で、神道無念流の中山博道先生に引かれたんよな
親の遺品整理中兄が購入していた剣道の本が有ったが処分前に一読してみました(苦笑)。
父親が大正15年生まれ、母親が昭和9年生まれで母親のタヒ後3ヶ月後に兄がタヒ( -_・)?だので私独り孤独に遺品整理しております。
古い本は今読むと中々戦後の事情が書いてあって面白いですね❗️
GHQが日本の格闘技や剣道に関してスポーツ的側面を強調して振興を図った様な記述が有った❗️
朝鮮戦争が無かったら日本人に格闘技や剣道をさせる気持ちも無かったが🇰🇵と🇰🇷が戦場になり🇺🇳軍(ほぼ🇺🇸軍)🇯🇵国内でスポーツとして再検討されているみたいな記述だった⁉️
外国人力士が「アイムスモウチャンピオン…」とかインタビューで答えられた時📺️で見る違和感が私に有ったが、外国人力士にはプロスポーツの感覚で相撲に参加しているのかなぁと感じています。
他宗教の教義や戒律を知ると、非科学的なものもあるので胡散臭く感じるのだけど、
他宗教から見た場合、神道にも胡散臭く感じるものがあるのだろうか。
慣用句で「親の祟りが子に報い」とか言いますからね。
うーん、やっぱりどんな時代でも政治家はその時強い影響持った宗教の力は政治に欲しかったんだね。現代でもな。宗教法人のカモにされんじゃなねえぞ、政治家の先生方は。
なんというか、もうどうにでもなれみたいな思想だな
神道を語る上で外せないのが、古神道と現神道の違いから話さないといけません。
私は神道は宗教では無く、集団生活を行う上で必要な事であった為に、先祖からの教えが今なお語り紡がれていると思っていますね。
縄文時代に形作られたとされる、古神道は自然信仰で建造物は一切無く、祭事の際、食物を捧げる事を行なって来た様なのですが、
聖徳太子が儒教に詳しく、神仏融合を取り入れたとされている辺りから、現在の神道の形に少しずつなったと考えられていますね。
現在では、道徳やしつけと言った形で、我々現代人は神道の教えを学び、守り続けられて来ている。
勘違いしないで欲しいのは神道が凄いからって他の宗教が劣ってるという事じゃないこと。
宗教は文化でもあるしそれぞれの風土にあった形で適応していったもの。
多様性がないから一神教は良くないって言ってた人もいるけどそうやって否定すること自体間違えてる。日本は日本の風土に適した形で神道というものが形成されていったからある意味日本人が凄いって思うのは当たり前かもしれない。
だから宗教はどれも正しい。
どんな形態であれ宗教は全て正しい。
古神道は自然のものに対して感謝するものだけど、朝廷が始まってからの神道は人間を神格化して祀っているから自分の名字の家の属する神社に行って先祖に守ってもらうって感じだと思う。だからいっぱい神になった人間がいるって事だね。
因みに初詣では自分の氏神と近所の神社、あとはお気に入り神社に行くのが良いんだってさ。
源氏平氏橘氏の人は八幡系の藤原氏は春日系が氏神さまだよ。天皇家は伊勢神宮だよね。日光東照宮なんて家康が神様だし。
あと、神社で手を叩くのは御神体を下ろすんだって。だから御神体の数だけ柏手を打とう。物部氏(出雲)と中臣氏(春日系)は自分のところの神様がいるのに仏教なんて要らないと思ったんじゃないかな。。