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前半部分のアートについての話を聞いて自分が自由になれる気がしました。後半部分はただただ茂木氏の誠実さが伝わってきました。
こういう話を真正面から指摘してくれる人は少ないだろうし、貴重な発信だと思う。アイドル文化はよくできた「ステージ」であり「エンタメ」ではあるけど、魂からの自己表現や「本物のアート」ではないように感じる。アイドルはアーティストとしては一流ではないと多くの人がみなすのは、本当は皆このような感性を持っているはずだからだ。その実態を「学芸会」と一言で表現したのは見事。世の中には学芸会よりレベルの高い世界がある。テレビ番組や映画だけでなく、東アジアの学歴社会や偏差値教育、さらに憲法学まで学芸会の概念を広げていて、一貫して「本物をやれ」というメッセージがある。
人が人である事を自分なりに、尊重度や創造力を向上させる為に成長を続ける事と定義してバスケットの指導をしてます。だから基準は勝つ事や代表に選ばれる事、プロになる事やNBA選手になる事ではなく、一人一人が成長してるか!という視点で物事を見るようにしてます。そんな視点だから結局、その人の中から湧いてくるモノにしか興味がなく、一般的にブランドと呼ばれる名前や組織も成長してるかどうかで見てるだけです。そんな考えになった今だから、先生が言わんとする事を言葉や表現ではなく、本質として理解しようとする自分がいるように思いました。
守破離を思い出しました。型を守ることは導入では大事なんだけど、そこを破って離れていってこそ、自分の光を放つことになる。最初から型に入らない人は型なし、型を破る人は型破り。今の日本はジャニーズに限らず型が強くて、型に自分を合わせるところで止まれ、という文化がそこかしこにありますよね。自らの光はだすなと。自らの光は、型に合わせて溶かしてしまえと。そして、型破りは賞賛されない。。。茂木先生は型破りですね。昔の日本人は型破りな人がたくさんいて、そういう人が尊敬されてたのに、いつのまにそういう型破りが出にくくなってしまったんでしょうね。先生にお膳立てされる学芸会を、そろそろ破りたいですね。今日もありがとうございます。
尾崎ゆたか…子供が中学生の頃に本当に共感しながらその世界観に浸っていました。あまりにも痛々しい赤裸々な表現に親の心も痛みました。
日本は如何にしてアメリカを怒らせないで独立するかを考え実行する政治家が出てきてほしいですねジャニーズに関して日頃感じてたことを言ってもらってスッキリしました
私もよく何故日本でジャニーズが人気なのか、よく考えます。きっと、日本ではテレビの力が他国に比べかなり強いのが関係してると思います。バラエティ等で見るジャニーズはグループでしかもコミュ力があって面白い方が多く、集団意識が強い日本人からすると心を奪われやすい環境が整っているのかもしれないと思います。別にダンスの上手さや歌のうまさがどうのでもなく、彼らの程よい親しみやすさがストレス社会の中の心の拠り所になり、自分の推しを応援する事に生き甲斐を感じる方が連鎖しているのかと。そして、それが日本にとって大きな商売とされ、側から見ると学芸会に見えてる状態なのかもと。。茂木さんの考え方は私もとても理解できますし、もっと世界に目を向ける方が増えれば日本もよりレベルが上がり変わっていくのにとも思います。でも最近はいわゆる学芸会多めの日本が日本らしくて、ある意味世界と比べられても揺らがない、意思が強くて良いのかもしれないと、一周回って思ったりもしますね。笑
前に文筆家の方が、すでにある「共感」を狙ったらクリエイターとして終わりだと言っていて、今回のお話と通じる部分を感じました。
とはいうものの、鑑賞者の度胸を試すかのような、品のない表現をアートと持て囃す風潮は嫌だw使い古したカノンコード使い回しで、すでにある「共感」を狙いまくってる数多くのJ-POPもいいじゃないか、多くの人を楽しませてくれるなら
@@servo6705 そうですね。ただこれはあくまで、作り手側のスタンスの話です。
何気なく生活してても、多くの日本人が崇高なモデルやロボットになれるように日々努力しているように感じる瞬間が年に数十回はありますね。事務処理能力向上など単純に良い面ももちろんありますが、それ以上に悲しさや退屈さの方が印象に残ってしまいます。モデルやロボットは少しの変化、ズレすら異物と見なす傾向があります。これらを模範にしている限り変わることは出来ないですね。ただ、最近は失われた30年と良く言われ、明確な何らかの失敗を大多数の日本人がようやく気づき始めたのかなと思います。あまりにも年月が経ちすぎて不満がないわけではないですが、どうせならいいきっかけと解釈して良い転機にしていけたらいいですね。
私の昨今、戦時中の当時の感じに勝手な想像が及ぶようになり、このような配信にかなり明るい気持ちになって、スマホを手のひら感覚で観れてしまう事にも変な感覚もあり、拙い精神年齢所でいるような長い時間を過ごしていたので面白い事なんかも考えたりしてメルトダウン状態を私は抜け出たいです。ありがとうございました。
インテリジェンサーを支持します❗
同感いたします。
ある方が「いい歳してアニメやアイドルなんて物を観るから品質が目に余るんだよ」といってた意見が私は一番腑に落ちてます。まるで知らない私は、そういう意味で「学芸会」とは、まさに的を得た表現なんだろうなぁと感じています。それはそうと、生前に罪を裁かれていない犯罪者を故人だからという理由で敬称で呼んだりする事の方が日本の未来の為に良くないのではないでしょうか?恐縮ではございますが、またお時間の許す時にでも先生の正直なご感想をお聞かせ下さい。
茂木先生も天才ですね!様々な事象に「類比analogy」を見出し、「カタ・ログ」にしていく。「学芸会的な」というのは、「目的と手段を取り違えている」ところに問題がある、と仰られているのですね。「手段」の巧妙さを評価している段階が「学芸会」なのですね。問題は「目的」を定めて、それに達するべきだと言われているのが、よく分かりました。「手段を目的と取り違える」ということが、確かに、様々に生じています。先生もご出身の東大などでも、『東大一直線』のように、入学が目的になって、合格して入学したら、目的を失った、という人も多くいます。企業でも社会貢献の目的を失うと、ただ利潤だけを追いかける。平和という目的を見失った「話し合いcommunication言葉の分ち合い(キリスト教の中心、言葉=キリストの体=パン、それを分ち合うミサ=主の平和)」は、「おしゃべり」が目的になってしまう。先生が言われるように、(AIのディープ・ラーニングと同じで)教師付き学習段階である学芸会の段階に留まらず、自律的に目的を見定め、「表現」生成をする段階に進める必要がある、ということですね!
今の世間について、人間関係でも、結局はお金や結局は自分ということになっていたらちょっと世知辛くないですか。そうではなく、結局は優しさや結局は利他性の方がずっと良いように思えます。例えば、人のために動ける人を見るとハッとしますね。多くの人がそう考えることで段々とその方向に向かうのではないでしょうか。デカルトはパスカルを見習いました。
この意見に対する反論を自分のチャンネルにあげてみました僕は音楽や芸術は良くも悪くも縛るべきで無いと思います
いわゆるアイドルという形を日本で作り上げて来たのがジャニーズ事務所であり売り上げの為にその形に寄せて楽曲やドラマが企画されアイドル自身は単にそれをこなして行くと言うルーティンワーク。〇〇48等他のアイドル達も同じ。そこから革新的な芸術、世界に通用するものが産まれる事は難しと思う。これも私自身、茂木先生のご意見を拝聴したから改めて気付いた事であり既存のファンの方達も改めて幅広い観点から推しているアイドルを見直してお互いにより素晴らしいエンターテインメントの楽しみを作って行ければと思います
若きウエイテルの悩み
世間に寄せて生きていることに気づいていない。自分は個性的だと思いたい。学芸会って幼稚という意味にもとれる。日本の社会はもう少しホントの勉強しないと、搾取されるしかないのでは!アーティストが自由に表現することを大事に思うファンになりたいですね。
前回の動画で個別の内容に少し触れましたが、実は、それらの批評はおおよそ木を見て森を見ずである組織(システム)固有の問題といったものとして考えないほうがいいのではないかという提案ですたとえば吉本さんの問題は一つの"現象"であって〈個別の問題に対する指摘としては理解しますが〉ユーカリの木ばかり植えた土地の土が硬くなる("現象")のと同義で問題解決に肥料の良し悪しを問うことに似ています。(善し悪しはアクセルとブレーキです)この問題を外に求めても善し悪しを問うならば同じことなのです。また、これは社会や国別の問題ですらないと思います。
ジャニーズでもBTSでもなく、ようやく自分のやっている業に茂木先生の言わんとしている内容が投影されました。神回でした。ありがとうございました!
いやぁーもぎりみが深くて。。。もぎってるね笑笑笑
茂木先生が興味を持たれている&Julietは、90年代のヒットポップミュージックをグループで歌って踊るミュージカルで、当然、演者は楽曲制作はしていません。とても楽しいミュージカルで、私は一緒になって歌って楽しかったですが、先生の好まれる、『楽曲制作をしてソロで内からの表現をするアーティスト』というのとは違うと思います。&Julietだけでは無く、Broadwayは演者は楽曲制作はしていません。何故Broadwayは認め、BTSは楽曲制作しているにも拘らず、学芸会という評価になるのでしょうか?BTSは好みではないという意見であれば、納得出来ます。ただ、人種差別が色濃く反映されている事で知られているグラミー賞に、アジア人で主要部門にノミネートされた事は快挙ではなく、受賞出来なかったのは目利きに評価されなかったからとのご意見が、どうも腑に落ちません。
日本は自由な国だと思われています。つまり裏を返せば人権問題とか労働問題や、格差社会の法律がないからだと思っています。教育費もかけられない人もいるわけで。韓国との差はそれです。
お話しを伺う限り、学芸会とは既に在る役割に如何に最適化していくか、という学び方に偏重しているのかなと思いました。これは典型的なコスパ指向だと思います。例外を捨象した単純化された世界観。既にある社会システムを円滑にする上では合理的ですが、クオリアを探求されている茂木さんからしてみたら退屈極まりないでしょう。クオリア、意識の誕生においてとても重要な要素である創発が、この世界観にはありませんから。僕の周りには、勉強が嫌いになってしまった大人たちがうようよいます。この人たちは受験戦争という学芸会経験者なのですが、受験勉強という学芸会は本質的に人間性を疎外していく問題行動なのではないか、と僕は思います。若く活き活きとした個人の質感・クオリアの時期に、自分の質感とは関係のない言葉を次々と叩き込むというのは、クオリアの死を目指しているとしか思えません。この学芸会思想に染まってしまった人たちは、何かを創造することは不可能なほど魂は瀕死なのだと、僕は周りの勉強嫌いになってしまった大人たちを見ていて感じました。
ジメジメ気候でコインランドリーはいっぱいでコインランドリー難民でしたが、ようやく洗濯物が入れられました。のでどうしても同じニオイがしたのでコメントします。私を、例に挙げると野球は好きですが、野球の好きな人と話をするときに致命的な問題のがあります。それは、単純ですが致命的です。私には贔屓のチームが無いのです。その理由は単純なもので「現在進行形で負けているチームが好きなのです」だから、芸人ではジム・キャリーとか好きです。つまり、映画に投影される意識のようなものが、あえて意識は投影といいますが、そのプロセスが私が生きる上でのヒントになるからです。日本社会では空気読めよ、とよく言われてこの話をするのですが、世界情勢に空気読めよと言われて武器の供与ができなくて、ゼレンスキーさんに「学芸会の児童の立場の日本に対してそれをいうのは大人げないと解っています」とフォローされたときには私は号泣したよという話をします。お値段異常に日本って普通ではないです、これは事実です。でも大国主の縄文時代は10000年以上、殺戮世界のない異常事態が続いたのも事実です。これは、今日の茂木先生の広義や抗議や講義で人生の単位がとれた事への感謝です。有難うございます。
もうテレビ出たくないんでしょうね。振り切れて見応えありました。
歌って踊る60年代のモータウンがジャニーズの源流かとおもいます。売れる商品として周りのプロが仕上げるという意味ならクラシックもミュージカルも演出家が演奏家や役者を本番にもっていくという点で学芸会と似たようなものだが一方は卓越した技があるが日本のメデイアにでる連中が革新性批評性がなく幼稚な感じがあることでしょうか。 既成の枠越えを達成した大谷は真のアーテイストかも。 音楽ではビートルズやマービンゲイやジェームズブラウンマイケル、プリンスら、ひばりや聖子は当時の既成を越えたからレジェンドかも。
現代日本に対する何ともやりきれない不満の根源を見事に分析されていたのを知って驚きました。アイドル文化解釈法学偏差値教育映像文化全てが幼稚であるという視点を貴方の他にこの国の幾人の人が認識しているでしょうか? 文化面からの日本人論の適切無比な概説動画に我が意を得た思いです
ハッキリ言って、ジャニーズのファンの人はルックス至上主義だと思います。推しが気に入らない髪型にしただけでSNSの捨てアカで不満をタラタラ書いたりなんて当たり前のようにあります。ある意味、学芸会より酷い。
忌野清志郎最高!
ジャニーズのアイドル、個人個人はおそらく努力家、スター性がある人もいるのでしょう。ただ歌となると、、音程が悪すぎて聴くにに堪えないと小さい頃から思っていました😂 アメリカやイギリスのオーディション番組ならブーイングが起こってもおかしくないレベル。その中に名曲があったとしても表現の仕方によって台無しになるのは残念です。日本では一大ビジネスとしてそれを良しとする環境が整ってしまっているのでしょうか。何故アメリカはアイドルでも最低限歌がとても上手なのか、その違いは何なのかいつも不思議に思っていました。子どもの学芸会を見るのは心から楽しいのですけどね😊
アーティストというかパフォーマーよりだとは思うAKBのアイドルがアーティストと自称したらモヤモヤするみたいなもんかな
『好みじゃない』一言で済む話と思う
茂木さんって、ジャニーズに何の恨みがあるのかな…。
シンプルに学芸会と言う言葉を使うことが問題。言葉は自分が思ってる通りに人に伝わるものではないのは当たり前のこと。それに学芸会など言ったらタレントだけでなく、優れた舞台演出をしてる裏方の人に対しても失礼なことくらい学者であれば想像できるはず。ちなみに最近人気のあるジャニーズグループは実力もありますよ。
本当にかなり前ですが、テレビで韓国の人気グループの後に、日本の某集団アイドルグループが出てきたら、明らかに後者は踊りの完成度は劣ると思ったことがありました。
BTSはともかくジャニーズのグラミー賞受賞は絶望的でしょう。
6:40 あなたのグラミーは絶対だと言うその表現はあまりにも傲慢で滑稽です。茂木先生は、グラミー賞を貰えたら良いよねと言ってるまでです。
@@tm6jlao4gmd7 結局は茂木先生はBTSがいくら世界的に売れようとグラミー賞が獲れないという点でしか批判してないと思いますが?BTSは防弾少年団という名前の略でグループ名にも視聴者側への意図があり、芯がありますよね、ジャニーズはSnowmanとか King & Princeなど意味のわからないグループが多いです、SexyZoneというジャニー喜多川の趣味を思わせるようなグループもあります、つまりジャニー喜多川やファンとの内輪での盛り上がりに終始しているようにしか思えません。
自分がブサイクに生まれたからってジャニーズに嫉妬するのは勝手だけど、彼らがそこに至るまでの努力を否定するなよ
AKBのことも批評してほしい
なぜ、これがあってもいいし、あれがあってもいいではダメなのか?もし日本の音楽がジャニーズ的なものしかなかったら、これだけじゃダメだとなるのはわかるが、日本の音楽は今も昔も多様でしょう。
ジャニーズはグラミー賞を目指してるでしょうか?日本のアイドルでグラミー賞をとりたいと思ってやってる人達いるのかな?村上春樹はノーベル賞をとりたいなんて思ってないのに、あの小説の内容じゃノーベル賞なんて取れない!って勝手にさわいでる人と一緒ですね。
前半部分のアートについての話を聞いて自分が自由になれる気がしました。
後半部分はただただ茂木氏の誠実さが伝わってきました。
こういう話を真正面から指摘してくれる人は少ないだろうし、貴重な発信だと思う。
アイドル文化はよくできた「ステージ」であり「エンタメ」ではあるけど、魂からの自己表現や「本物のアート」ではないように感じる。
アイドルはアーティストとしては一流ではないと多くの人がみなすのは、本当は皆このような感性を持っているはずだからだ。
その実態を「学芸会」と一言で表現したのは見事。世の中には学芸会よりレベルの高い世界がある。
テレビ番組や映画だけでなく、東アジアの学歴社会や偏差値教育、さらに憲法学まで学芸会の概念を広げていて、一貫して「本物をやれ」というメッセージがある。
人が人である事を自分なりに、尊重度や創造力を向上させる為に成長を続ける事と定義してバスケットの指導をしてます。だから基準は勝つ事や代表に選ばれる事、プロになる事やNBA選手になる事ではなく、一人一人が成長してるか!という視点で物事を見るようにしてます。そんな視点だから結局、その人の中から湧いてくるモノにしか興味がなく、一般的にブランドと呼ばれる名前や組織も成長してるかどうかで見てるだけです。そんな考えになった今だから、先生が言わんとする事を言葉や表現ではなく、本質として理解しようとする自分がいるように思いました。
守破離を思い出しました。型を守ることは導入では大事なんだけど、そこを破って離れていってこそ、自分の光を放つことになる。最初から型に入らない人は型なし、型を破る人は型破り。今の日本はジャニーズに限らず型が強くて、型に自分を合わせるところで止まれ、という文化がそこかしこにありますよね。自らの光はだすなと。自らの光は、型に合わせて溶かしてしまえと。そして、型破りは賞賛されない。。。茂木先生は型破りですね。昔の日本人は型破りな人がたくさんいて、そういう人が尊敬されてたのに、いつのまにそういう型破りが出にくくなってしまったんでしょうね。先生にお膳立てされる学芸会を、そろそろ破りたいですね。今日もありがとうございます。
尾崎ゆたか…子供が中学生の頃に本当に共感しながらその世界観に浸っていました。あまりにも痛々しい赤裸々な表現に親の心も痛みました。
日本は如何にしてアメリカを怒らせないで独立するかを考え実行する政治家が出てきてほしいですね
ジャニーズに関して日頃感じてたことを言ってもらってスッキリしました
私もよく何故日本でジャニーズが人気なのか、よく考えます。きっと、日本ではテレビの力が他国に比べかなり強いのが関係してると思います。バラエティ等で見るジャニーズはグループでしかもコミュ力があって面白い方が多く、集団意識が強い日本人からすると心を奪われやすい環境が整っているのかもしれないと思います。別にダンスの上手さや歌のうまさがどうのでもなく、彼らの程よい親しみやすさがストレス社会の中の心の拠り所になり、自分の推しを応援する事に生き甲斐を感じる方が連鎖しているのかと。そして、それが日本にとって大きな商売とされ、側から見ると学芸会に見えてる状態なのかもと。。
茂木さんの考え方は私もとても理解できますし、もっと世界に目を向ける方が増えれば日本もよりレベルが上がり変わっていくのにとも思います。でも最近はいわゆる学芸会多めの日本が日本らしくて、ある意味世界と比べられても揺らがない、意思が強くて良いのかもしれないと、一周回って思ったりもしますね。笑
前に文筆家の方が、すでにある「共感」を狙ったらクリエイターとして終わりだと言っていて、今回のお話と通じる部分を感じました。
とはいうものの、鑑賞者の度胸を試すかのような、品のない表現をアートと持て囃す風潮は嫌だw
使い古したカノンコード使い回しで、すでにある「共感」を狙いまくってる数多くのJ-POPもいいじゃないか、多くの人を楽しませてくれるなら
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何気なく生活してても、多くの日本人が崇高なモデルやロボットになれるように日々努力しているように感じる瞬間が年に数十回はありますね。
事務処理能力向上など単純に良い面ももちろんありますが、それ以上に悲しさや退屈さの方が印象に残ってしまいます。
モデルやロボットは少しの変化、ズレすら異物と見なす傾向があります。これらを模範にしている限り変わることは出来ないですね。
ただ、最近は失われた30年と良く言われ、明確な何らかの失敗を大多数の日本人がようやく気づき始めたのかなと思います。
あまりにも年月が経ちすぎて不満がないわけではないですが、どうせならいいきっかけと解釈して良い転機にしていけたらいいですね。
私の昨今、戦時中の当時の感じに勝手な想像が及ぶようになり、このような配信にかなり明るい気持ちになって、スマホを手のひら感覚で観れてしまう事にも変な感覚もあり、拙い精神年齢所でいるような長い時間を過ごしていたので面白い事なんかも考えたりしてメルトダウン状態を私は抜け出たいです。ありがとうございました。
インテリジェンサーを支持します❗
同感いたします。
ある方が「いい歳してアニメやアイドルなんて物を観るから品質が目に余るんだよ」といってた意見が私は一番腑に落ちてます。
まるで知らない私は、そういう意味で「学芸会」とは、まさに的を得た表現なんだろうなぁと感じています。
それはそうと、生前に罪を裁かれていない犯罪者を故人だからという理由で敬称で呼んだりする事の方が日本の未来の為に良くないのではないでしょうか?恐縮ではございますが、またお時間の許す時にでも先生の正直なご感想をお聞かせ下さい。
茂木先生も天才ですね!
様々な事象に「類比analogy」を見出し、「カタ・ログ」にしていく。
「学芸会的な」というのは、「目的と手段を取り違えている」ところに問題がある、と仰られているのですね。「手段」の巧妙さを評価している段階が「学芸会」なのですね。
問題は「目的」を定めて、それに達するべきだと言われているのが、よく分かりました。
「手段を目的と取り違える」ということが、確かに、様々に生じています。先生もご出身の東大などでも、『東大一直線』のように、入学が目的になって、合格して入学したら、目的を失った、という人も多くいます。企業でも社会貢献の目的を失うと、ただ利潤だけを追いかける。平和という目的を見失った「話し合いcommunication言葉の分ち合い(キリスト教の中心、言葉=キリストの体=パン、それを分ち合うミサ=主の平和)」は、「おしゃべり」が目的になってしまう。
先生が言われるように、(AIのディープ・ラーニングと同じで)教師付き学習段階である学芸会の段階に留まらず、自律的に目的を見定め、「表現」生成をする段階に進める必要がある、ということですね!
今の世間について、人間関係でも、結局はお金や結局は自分ということになっていたらちょっと世知辛くないですか。そうではなく、結局は優しさや結局は利他性の方がずっと良いように思えます。例えば、人のために動ける人を見るとハッとしますね。多くの人がそう考えることで段々とその方向に向かうのではないでしょうか。デカルトはパスカルを見習いました。
この意見に対する反論を自分のチャンネルにあげてみました
僕は音楽や芸術は良くも悪くも縛るべきで無いと思います
いわゆるアイドルという形を日本で作り上げて来たのがジャニーズ事務所であり売り上げの為にその形に寄せて楽曲やドラマが企画されアイドル自身は単にそれをこなして行くと言うルーティンワーク。〇〇48等他のアイドル達も同じ。
そこから革新的な芸術、世界に通用するものが産まれる事は難しと思う。
これも私自身、茂木先生のご意見を拝聴したから改めて気付いた事であり既存のファンの方達も改めて幅広い観点から推しているアイドルを見直してお互いにより素晴らしいエンターテインメントの楽しみを作って行ければと思います
若きウエイテルの悩み
世間に寄せて生きていることに気づいていない。
自分は個性的だと思いたい。
学芸会って幼稚という意味にもとれる。
日本の社会はもう少しホントの勉強しないと、搾取されるしかないのでは!
アーティストが自由に表現することを大事に思うファンになりたいですね。
前回の動画で個別の内容に少し触れましたが、
実は、それらの批評はおおよそ木を見て森を見ずで
ある組織(システム)固有の問題といったものとして考えないほうが
いいのではないかという提案です
たとえば吉本さんの問題は一つの"現象"であって
〈個別の問題に対する指摘としては理解しますが〉
ユーカリの木ばかり植えた土地の土が硬くなる("現象")のと同義で
問題解決に肥料の良し悪しを問うことに似ています。
(善し悪しはアクセルとブレーキです)
この問題を外に求めても善し悪しを問うならば同じことなのです。
また、これは社会や国別の問題ですらないと思います。
ジャニーズでもBTSでもなく、ようやく自分のやっている業に茂木先生の言わんとしている内容が投影されました。神回でした。ありがとうございました!
いやぁーもぎりみが深くて。。。
もぎってるね笑笑笑
茂木先生が興味を持たれている&Julietは、90年代のヒットポップミュージックをグループで歌って踊るミュージカルで、当然、演者は楽曲制作はしていません。
とても楽しいミュージカルで、私は一緒になって歌って楽しかったですが、先生の好まれる、『楽曲制作をしてソロで内からの表現をするアーティスト』というのとは違うと思います。
&Julietだけでは無く、Broadwayは演者は楽曲制作はしていません。
何故Broadwayは認め、BTSは楽曲制作しているにも拘らず、学芸会という評価になるのでしょうか?
BTSは好みではないという意見であれば、納得出来ます。
ただ、人種差別が色濃く反映されている事で知られているグラミー賞に、アジア人で主要部門にノミネートされた事は快挙ではなく、受賞出来なかったのは目利きに評価されなかったからとのご意見が、どうも腑に落ちません。
日本は自由な国だと思われています。つまり裏を返せば人権問題とか労働問題や、格差社会の法律がないからだと思っています。教育費もかけられない人もいるわけで。韓国との差はそれです。
お話しを伺う限り、学芸会とは既に在る役割に如何に最適化していくか、という学び方に偏重しているのかなと思いました。これは典型的なコスパ指向だと思います。例外を捨象した単純化された世界観。既にある社会システムを円滑にする上では合理的ですが、クオリアを探求されている茂木さんからしてみたら退屈極まりないでしょう。クオリア、意識の誕生においてとても重要な要素である創発が、この世界観にはありませんから。僕の周りには、勉強が嫌いになってしまった大人たちがうようよいます。この人たちは受験戦争という学芸会経験者なのですが、受験勉強という学芸会は本質的に人間性を疎外していく問題行動なのではないか、と僕は思います。若く活き活きとした個人の質感・クオリアの時期に、自分の質感とは関係のない言葉を次々と叩き込むというのは、クオリアの死を目指しているとしか思えません。この学芸会思想に染まってしまった人たちは、何かを創造することは不可能なほど魂は瀕死なのだと、僕は周りの勉強嫌いになってしまった大人たちを見ていて感じました。
ジメジメ気候でコインランドリーはいっぱいでコインランドリー難民でしたが、ようやく洗濯物が入れられました。のでどうしても同じニオイがしたのでコメントします。
私を、例に挙げると野球は好きですが、野球の好きな人と話をするときに致命的な問題のがあります。
それは、単純ですが致命的です。
私には贔屓のチームが無いのです。その理由は単純なもので「現在進行形で負けているチームが好きなのです」だから、芸人ではジム・キャリーとか好きです。つまり、映画に投影される意識のようなものが、あえて意識は投影といいますが、そのプロセスが私が生きる上でのヒントになるからです。
日本社会では空気読めよ、とよく言われてこの話をするのですが、世界情勢に空気読めよと言われて武器の供与ができなくて、ゼレンスキーさんに「学芸会の児童の立場の日本に対してそれをいうのは大人げないと解っています」とフォローされたときには私は号泣したよという話をします。
お値段異常に日本って普通ではないです、これは事実です。でも大国主の縄文時代は10000年以上、殺戮世界のない異常事態が続いたのも事実です。
これは、今日の茂木先生の広義や抗議や講義で人生の単位がとれた事への感謝です。有難うございます。
もうテレビ出たくないんでしょうね。振り切れて見応えありました。
歌って踊る60年代のモータウンがジャニーズの源流かとおもいます。売れる商品として周りのプロが仕上げるという意味ならクラシックもミュージカルも演出家が演奏家や役者を本番にもっていくという点で学芸会と似たようなものだが一方は卓越した技があるが日本のメデイアにでる連中が革新性批評性がなく幼稚な感じがあることでしょうか。 既成の枠越えを達成した大谷は真のアーテイストかも。 音楽ではビートルズやマービンゲイやジェームズブラウンマイケル、プリンスら、ひばりや聖子は当時の既成を越えたからレジェンドかも。
現代日本に対する何ともやりきれない不満の根源を見事に分析されていたのを知って驚きました。アイドル文化解釈法学偏差値教育映像文化全てが幼稚であるという視点を貴方の他にこの国の幾人の人が認識しているでしょうか? 文化面からの日本人論の適切無比な概説動画に我が意を得た思いです
ハッキリ言って、ジャニーズのファンの人はルックス至上主義だと思います。推しが気に入らない髪型にしただけでSNSの捨てアカで不満をタラタラ書いたりなんて当たり前のようにあります。ある意味、学芸会より酷い。
忌野清志郎最高!
ジャニーズのアイドル、個人個人はおそらく努力家、スター性がある人もいるのでしょう。ただ歌となると、、音程が悪すぎて聴くにに堪えないと小さい頃から思っていました😂 アメリカやイギリスのオーディション番組ならブーイングが起こってもおかしくないレベル。その中に名曲があったとしても表現の仕方によって台無しになるのは残念です。日本では一大ビジネスとしてそれを良しとする環境が整ってしまっているのでしょうか。
何故アメリカはアイドルでも最低限歌がとても上手なのか、その違いは何なのかいつも不思議に思っていました。
子どもの学芸会を見るのは心から楽しいのですけどね😊
アーティストというかパフォーマーよりだとは思う
AKBのアイドルがアーティストと自称したらモヤモヤするみたいなもんかな
『好みじゃない』一言で済む話と思う
茂木さんって、ジャニーズに何の恨みがあるのかな…。
シンプルに学芸会と言う言葉を使うことが問題。言葉は自分が思ってる通りに人に伝わるものではないのは当たり前のこと。
それに学芸会など言ったらタレントだけでなく、優れた舞台演出をしてる裏方の人に対しても失礼なことくらい学者であれば想像できるはず。
ちなみに最近人気のあるジャニーズグループは実力もありますよ。
本当にかなり前ですが、テレビで韓国の人気グループの後に、日本の某集団アイドルグループが出てきたら、明らかに後者は踊りの完成度は劣ると思ったことがありました。
BTSはともかくジャニーズのグラミー賞受賞は絶望的でしょう。
6:40 あなたのグラミーは絶対だと言うその表現はあまりにも傲慢で滑稽です。茂木先生は、グラミー賞を貰えたら良いよねと言ってるまでです。
@@tm6jlao4gmd7 結局は茂木先生はBTSがいくら世界的に売れようとグラミー賞が獲れないという点でしか批判してないと思いますが?BTSは防弾少年団という名前の略でグループ名にも視聴者側への意図があり、芯がありますよね、ジャニーズはSnowmanとか King & Princeなど意味のわからないグループが多いです、SexyZoneというジャニー喜多川の趣味を思わせるようなグループもあります、つまりジャニー喜多川やファンとの内輪での盛り上がりに終始しているようにしか思えません。
自分がブサイクに生まれたからってジャニーズに嫉妬するのは勝手だけど、彼らがそこに至るまでの努力を否定するなよ
AKBのことも批評してほしい
なぜ、これがあってもいいし、あれがあってもいいではダメなのか?もし日本の音楽がジャニーズ的なものしかなかったら、これだけじゃダメだとなるのはわかるが、日本の音楽は今も昔も多様でしょう。
ジャニーズはグラミー賞を目指してるでしょうか?日本のアイドルでグラミー賞をとりたいと思ってやってる人達いるのかな?村上春樹はノーベル賞をとりたいなんて思ってないのに、あの小説の内容じゃノーベル賞なんて取れない!って勝手にさわいでる人と一緒ですね。