【ゆっくり解説】なぜ卑弥呼は『日本書紀』に登場しないのか??
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- Опубликовано: 5 сен 2024
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卑弥呼やばい
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歴史は何のために学ぶのか。この疑問を持ったことがある方は少なくないでしょう。仕事では直接使うことはほとんどないですよね。
過去を学ぶことで未来に活かせると私は考えています。教養という意味でも社会で必要な知識でしょう。
先人たちはどのような暮らしでなぜそのような文化が形成されたのか。面白いことばかりです。
こういった考えから、このチャンネルでは社会人の方が、ゆっくり楽しく歴史上の偉人のことを学べ、更に、そこから日常でも役立てられるような動画を作っています。
このチャンネルを通して学び、役立てられる人が1人でも多くなるようにチャンネル運営を頑張っていきます。応援してもらえると嬉しいです。
ほぼ毎日17時に動画を配信中 にっぽんぽん 運営 山本陽太
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#ゆっくり #ゆっくり日本史 #ゆっくり解説
山門の田油津姫の可能性もあるかと。
いわゆる偽潛説ですね
古事記では名前しか載っていなかったモモソ姫に書紀ではエピソードを盛りまくってせっかく卑弥呼っぽく仕立て上げたのに、なんで結局は神功皇后の方に魏志倭人伝ネタをぶっこんだのか・・・
乙巳の変で燃えたとする、天皇紀が臭いよな。
なか国の文献、それも
卑しく弥く呼ぶ
の漢字を当てられた名前が
一人歩きしていると感じませんか?
女性の祈祷師を指す言葉として巫女(ミコ)があり、皇女(王女)様を指す言葉として姫(ヒメ)と言う言葉が残ってる。だから巫女さんのトップを姫巫女(ヒメミコ)と呼んだと言う役職説が一番スッキリと理解できる。
卑弥呼と呼ばれた人物が一人だったと限らない説が私の中に浮上致しましたわ! イエスが何人かいたかも説を信じる者より。
今の時代の日本じゃ無くて当時の日本では無くて違う種類の倭国だったから書かなかっ(´・ω・`)かも。
磐井の乱【継体九州討伐 】まで九州は別の政権だったのかも知んない。
九州王朝とまで言わないまでも違う勢力ね。
継体の変(笑)まではそこそこ仲良くしてたかもね。
アマタリシヒコも磐井の国の人かも。
2つの倭国が朝貢してきたって話しも有るし。
卑弥呼は磐井の国の祖先と考えるとなんか納得いきます。
誰かが卑弥呼じゃないんだっけか?
うん。この動画は観なくても(´・ω・`)
良いかも。
元から存在しないとか
天皇の 勝手ちゃう
卑弥呼なんていない…
21:30 今の岸田たちに耳が腐るほど強く言い聞かせたい言葉だね
3世紀〜5世紀頃の話を7世紀末の稗田阿礼が記憶を頼りに書いたのが古事記で、8世紀頃に天智天皇の命令で書かれたのが日本書紀でしょう。忘れたんじゃないの?www😂
日本書紀も古事記も天武天皇の時代に編纂が始まっています。あと、古事記は稗田阿礼が記憶を頼りに、というのは現実にありえず、帝紀や旧辞といった書物を見ながら、編纂されたと考えるのが妥当です。
飛騨の語り部とオオノヤスマロ、意冨、出雲の語り部が編纂に参加したエモい史書、日本書紀は渡来人が書いたっぽいよねー
別の国だから。関東にあって、後に平定されたので記紀には載っていない。ちなみにヒミコって、日本語読みやし。畿内にはない。
へー
卑弥呼何いないのさ!中国歴史書信じているなんて笑えるだろ‼️