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これだけ胸に刺さる答辞があるだろうか。10年たって見ても涙が溢れて止まらない。「天を恨まず、運命に耐える」は私の座右の銘だ。
本当に初めて聞いた時もそして今も、泣けます。天を恨まず運命に耐えて助け合う、素晴らしい言葉ですね。
「苦境にあっても天を恨まず、運命に耐え、助け合って生きていく」すごいよ。必ず強く生きていける。
すごいねこういう時の若い力が周りを勇気づける力になる
@@ハートエリー消防士になったって
最後の校長先生の「頑張るんだぞ。」が本当に泣ける。
業務的な言葉じゃなくて、本当に、頑張るんだぞって言ってますね。
クソワロタwww
@@スエズ運河チャンネル登録者200 黙れ
@@スエズ運河チャンネル登録者200 お年頃だねー笑
校長の上から目線腹立つな
天を恨まずきっと天国の方達に届いてますね。こんな言葉、言えないな凄いなこの子
絶対に良い大人になる。こういう人が日本の宝です。
答辞の全文本日は未曽有の大震災の傷も癒えないさなか,私たちのために卒業式を挙行していただき,ありがとうございます。 ちょうど十日前の三月十二日。春を思わせる暖かな日でした。 私たちは,そのキラキラ光る日差しの中を,希望に胸を膨らませ,通い慣れたこの学舎を,五十七名揃って巣立つはずでした。 前日の十一日。一足早く渡された思い出のたくさん詰まったアルバムを開き,十数時間後の卒業式に思いを馳せた友もいたことでしょう。「東日本大震災」と名付けられる 天変地異が起こるとも知らずに...。階上中学校といえば「防災教育」といわれ,内外から高く評価され,十分な訓練もし ていた私たちでした。しかし,自然の猛威の前には,人間の力はあまりにも無力で,私 たちから大切なものを容赦なく奪っていきました。天が与えた試練というには,むごす ぎるものでした。つらくて,悔しくてたまりません。時計の針は十四時四十六分を指したままです。でも時は確実に流れています。生かさ れた者として,顔を上げ,常に思いやりの心を持ち,強く,正しく,たくましく生きて いかなければなりません。 命の重さを知るには大きすぎる代償でした。しかし,苦境にあっても,天を恨まず,運命に耐え,助け合って生きていくことが,これからの私たちの使命です。私たちは今,それぞれの新しい人生の一歩を踏み出します。どこにいても,何をして いようとも,この地で,仲間と共有した時を忘れず,宝物として生きていきます。後輩の皆さん,階上中学校で過ごす「あたりまえ」に思える日々や友達が,いかに貴 重なものかを考え,いとおしんで過ごしてください。先生方,親身のご指導,ありがと うございました。先生方が,いかに私たちを思ってくださっていたか,今になってよく 分かります。地域の皆さん,これまで様々なご支援をいただき,ありがとうございまし た。これからもよろしくお願いいたします。お父さん,お母さん,家族の皆さん,これから私たちが歩んでいく姿を見守っていて ください。必ず,よき社会人になります。 私は,この階上中学校の生徒でいられたことを誇りに思います。 最後に,本当に,本当に,ありがとうございました。
繰り返し視聴しましたが、何度見ても涙を禁じえません。15歳の少年がこれだけのことが言える教育を実現した学校やコミュニティーはなんとしても再建しなければなりません。 被災以外の地域もこの教育を範とすべきです。頑張れ東北の中学生!
〃
10年前のコメント…。
こいつら馬鹿だ
@@スエズ運河チャンネル登録者200 何故
禁じます❗️天津木村です‼️
中学生の時にこれを見せられて衝撃受けたな。自分と同じ歳の子が震災に遭って、天を恨まず運命に耐える。って言葉をこんなにもしっかりと言える事がすごい。多くのものを失って行き場のない怒りを虚しさを悔しさを全部全部背負ってるだろうに。今幸せでいてくれる事を願う。
涙を流した分だけ沢山幸せになって欲しい。
校長の最後の「頑張るんだぞ」の一言が凄く深い感じがする。素晴らしい校長だ。
糞
忘れません。あなたの言葉。言霊として語り継ぐ大切さ。
今生きて好きなものを食べて友達と笑っていられるこの幸せは当たり前なんかじゃなくて、心から感謝するべきなんだと思いました。この答辞はこれから先もずっと誰かに届いて人の心を動かして欲しい。
数年前に初めて見てそれからこの時期になると見に来てしまう今幸せだったらいいな俺も頑張んなきゃな
今、日本人全員が見るべき動画だと思います。アップありがとうございました。想像を絶する経験をし、未だに悲惨な状況下にあって、「天を恨まず」こんな高潔な言葉を人間、それも15歳の少年が言えることに感服しております。今、頑張るのは被災しなかった私達です。彼らは頑張りすぎるくらい頑張っています。
梶原さんの答辞を忘れてない日本の将来を考えると不安でいっぱいしかし、梶原さんの言葉を胸に刻み助け合いの心を忘れずに生きていきます
校長先生も泣いていたのかも…心を打たれました。
まだたった15歳の男の子が、こんな答辞を読み上げないといけないという現実が辛すぎる
『原発を推し進めた自民党のせいで、明治三陸沖津波が過小評価され、気仙沼市民がたくさん死にました。僕は自民党支持者を許せません。』
@@豚丼太郎 様 では、どこの政党なら良いのですか?
@@豚丼太郎 お、そうだな
@@ShimaJiro2205 悪魔の共産党が良いでしょう!!
@@ShimaJiro2205 当事者の気持ちもわからんのか?そこじゃないねんどこなら良いとかの話しちゃうやろ?察しろゆとり
これだけ、恨みや憎しみや非難が渦巻く世の中で育ち、これほどの災害にもあったにもかかわらず「天を恨まず」こんな尊い言葉が、うちの子供と変わらないくらいの少年の口から出てくるとは・・・ここ少年は本当にすばらしい大人になるでしょう
毎年これを見ると決めている。死ぬまでこの日はこれを見る。
@@カバオくん-s5h なにが無理なんだろう。頭逝ってて草
@@カバオくん-s5h たくさんあるよ。やろうと思えば出来ることなんてたくさんある。なのに決めつけんなよ。タコ
@@カバオくん-s5h 俺はオナ○ニー
@@カバオくん-s5h 諦めなければ何でもできる
@@カバオくん-s5h やったことない奴が他人に口出しをするな。やって初めてモノを言え。
この人の言葉で何人が心救われただろう…私もその中の1人で毎年この答辞を観にきてるあの日の絶望も目に映る景色も昨日のことのように鮮明に覚えてる思い出す度に悔しくて涙が出てしまうけどこの答辞を見ていつまでも立ち止まってはいられないなって勇気が出る全ての時代の苦しんでいる人たちにこの言葉が届いてほしいなって思う
本来なら晴れの卒業式答辞であるはずの、15歳の少年のメッセージに身も心も涙でとけた。日本の原風景と日本人の心がここに息づいている。苦労が少しでも和らぐように地道にできる何かをしなければ、心動いた。
当時このニュースを観た時、衝撃だった。暫く動けずただ涙が溢れ出て仕方なかった。今も涙を流している自分が居る。一生忘れない。梶原くん立派な大人になってるだろう。
天を恨まず…涙が溢れないよう天を仰ぐ15歳か。きっと強い大人になってるだろうな。
これだけの意識を子供達にもたせる教育をしてきた家族、地域、学校、素晴らしいと思う。感情が揺さぶられ過ぎて号泣した。
以下が「卒業式答辞」の全文です。これほどの素晴らしい「答辞」はみたことがない。特に、あれ程の悲惨な災害を受けても「「天を恨まず」、運命に耐え助け合って生きていくことがこれからの私たちの使命です」と言い切った言葉である。人間の使命を自覚し助(扶)け合うことで、それは悲しみを乗り越えることになる。いつかそれは「運命」を変える力となり得ると信じている。気仙沼市階上中学校 卒業式答辞 全文 今日は未曾有の大震災の傷も癒えないさなか私たちのために卒業を挙行して頂き有難うございます。 ちょうど十日前の三月十二日。春を思わせる暖かな日でした。私たちはそのキラキラ光る日差しの中を希望に胸を膨らませ通いなれたこの学舎を五十七名揃って巣立つはずでした。 前日の十一日一足早く渡された。思い出の詰まったアルバムを開き十数時間後の卒業式に思い出をはせた友もいたことでしょう。「東日本大震災」と名付けられる天変地異が起こるとも知らず・・・ 階上(はしかみ)中学といえば「防災教育」といわれ内外から高く評価され十分な訓練もしていた私たちでした。しかし自然の猛威の前には人間の力はあまりにも無力で私たちから大切な物を容赦なく奪っていきました。天が与えた試練というにはむご過ぎるものでした。辛くて悔しくてたまりません。時計の針は十四時四十六分を指したままです。でも時は確実に流れています。 生かされた者として顔を上げ常に思いやりの心を持ち強く正しくたくましく生きて行かなければなりません。命の重さを知るには大き過ぎる代償でした。しかし苦境にあっても「天を恨まず」運命に耐え助け合って生きていくことがこれからの私たちの使命です。 私たちは今それぞれの新しい人生の一歩を踏み出します。どこにいても何をしていようともこの地で仲間と共有した時を忘れず宝物として生きていきます。 後輩の皆さん階上(はしかみ)中学校で過ごす「あたりまえ」に思える日々や友達が如何に貴重なものかを考えいとおしんで過ごしてください。 先生方親身のご指導有難うございました。先生方が如何に私たちを思って下さっていたか今になって良く分かります。 地域の皆さんこれまで様々なご支援を頂き有難うございました。これからも宜しくお願いいたします。 お父さん、お母さん、家族の皆さん。これから私たちが歩んでいく姿を見守っていてください。必ず良き社会人になります。私はこの階上中学校の生徒でいられたことを誇りに思います。 最後に本当に、本当に有難うございました。平成二十三年 三月二十二日 第六十四回卒業生代表 梶原 裕太
自己陶酔
@@徒-c9o あなたは かわいそうな心だね
@@ともたか-l8l 🪃
人の言葉って、こんなにも伝わるんだと初めて感じました。この動画は是非ずっと残していただきたい。そして、毎年3月11日に観たいと思いました。
負けないでくれ。多くの人々があなた方を応援している。
敬語使えよガキ
@@スエズ運河チャンネル登録者200 敬語使えよガキって言われて気分いいか?
@@DarisuZ 最高で〜すwww
これほど、心に刻まれる答辞が在るだろうか…。天が与えた試練というのには、強過ぎるものでした。辛くて、苦しくてたまりません。体験者の、言葉は胸を打つ。そして、苦境にあっても天を恨まず、運命に耐え助け合って生きて行く。その場になると簡単では無いと思うが、いつ大変な事が起こり人の寿命も 判らない。だからこそ、悔いの無いように精一杯やるしか無いんだ!と逆に私が勇気を貰えた答辞です。
無責任な優しい言葉ではなく頑張るんだぞっていう激励が心にくるね
あれから10年この動画を見る度に涙止まらん
この生徒さんは本当素晴らしい。なんて強いんだろう
石川県能登半島の方々に13年前に被災した卒業生、梶原裕太先輩の答辞を聴いてどんな困難に立ち向かって欲しい!!そして何よりも梶原先輩の様なかっこいい卒業生となってこれから石川県で助け合う人になって欲しい!石川県能登半島復興する日を願っている!!
天を恨まず 本当に涙が出ますね。校長先生も 頑張るんだぞって 本当に素晴らしい答辞です。心ばかりなのですが ふるさと納税で気仙沼に納税しています。
天を恨まず運命に耐える…なんと強く、美しき言葉か
素晴らしい「答辞」拝見できてありがたい限り。「天を恨まず 運命に耐える」私も座右の銘にしたいと思います。ありがとうございます。
短いけれど私の知ってる答辞よりも、はるかに伝わるものが多い答辞。
忘れてはならない。梶原君の涙は日本中の人間の心を動かす。必ず幸せになれると!!
9年前に見たけど、今見ても号泣「苦境にあっても天を恨まず、懸命に生きていくことが私達の使命」今も胸に刻んでいます。
素晴らしい、実に素晴らしい答辞だ。
この1分ですぐ泣ける😢
彼の 一つひとつの 言葉が 身に染みて 忘れない~天があたえた試練😢この言葉の重さに 胸がいっぱい これからの一度の人生を 邁進して下さいネ🎉❗
何度見ても涙が止まりません
避難所にいる方たちにも見守られながらって中々ないし、全員辛い思いをしてるだろうから、この言葉が胸に突き刺さっただろうな。
この動画を見ると、平凡な毎日がどれだけ大切か。その事に気がつき、毎日を大切にしようと思う。今、自分の側にいる人を大切にして、時間を無駄にしないように平和に感謝したい。
自然に涙が溢れました。upありがとうございます。あの災害にあって「天を恨まず」なんて、言えるものではありません。あなた達の思いは、必ず天に届きます。
「天を恨まず 運命に耐える」こんな力強い言葉が15歳の少年から出てくるとは・・・あれから13年 この子はもう28歳なのか… 立派な大人になっているのだろうな
時は経過したが、あの時の事は忘れていないし、この先も決して忘れない。この言葉の決意、力強さを時々、自分を励ます為に聞きに来る。
天を恨まず、運命に耐えるって名言だと思う😢感動しました。
涙が止まらないです彼だからなし得た事だと思います頑張るだぞって言葉はきっと先生自身に言い聞かせていたのだろうなと感じました10年になるのですね…
11年経った今日まで、毎年ちゃんと見ています。当時まだ15歳だった1人の青年が、傷ついた心と誰を責めることもできない悔しさを抱えながら一生懸命に述べた答辞を。当時まだ6歳だった私がこの映像を観て受けた衝撃を、忘れたことはありません。きっとこの先も忘れることはないでしょう。
毎年、追悼式では、用意された言葉が読み上げられる。彼の様に自分の心から出て来た言葉を紡いだ(繋いだ)覚悟ある答辞を聞くと、口先の追悼の言葉と真実の言葉の大きな違いを感じると共に、私達が日本人であることを今一度確認し直し、誇りに思います。東日本大震災の被災者の方々に心よりお見舞い申し上げます。動画をあげてくださりありがとうございます。
感動しました。力強く頑張って欲しい。
天を恨まず...15才がそう言うのか。 厳しい自然に生きてきた東北の人だから?
涙呑み 育つ新芽の 凛々しさに 国背負い立つ 大樹が見ゆる
本当てすね、この方々が大樹となって国を支えていってくれるでしょう、頼もしいかぎりてす。
災害。いつ、襲ってくるかわからない、大切な人と過ごせてる自分を当たり前に思わず、生きていかないと。みんなが、幸せな日々ばっかりだったりいいのに
たくさん泣きながら 何度も見て生きていく。
神に裏切られても人間は強い証明をしてくれた。
はぁ?
@らーり ガキは黙ってろ
またkidsが増えた
これ見て涙止まらないと言って済ませるのではなくて、現代社会に生かして頂けている人間の1人でも多くの方が、生きたくても生きられなかった犠牲者の方々のぶんまで、めいっぱい命を使いきる生き方をしてほしいと切に望みます
泣けた・・・がんばれ!!!!!がんばろう!!!
すごくこらえて話したんだろうな…頑張ったね。本当にありがとうございました。私も一歩づつ頑張ります。あなたの姿を見て、勇気をもらいました。
強い心が伝わってきます。がんばろう日本乗り越えよう!
今年もこれを見に来ました。
こんな答辞、30になった私でも読めない。すごい子ですね。
あなたの言葉が今も遠くでも防災減災の意識に繋がっています。ありがとう。
いろいろ問題は起きてるが、こんな子を育てられる日本の教育機関は素晴らしい。
あれから10年…絶対に風化させてはいけないと改めて思いました。
心から拍手。この気持ちは永遠に変わることはない。
だめです・・・涙があふれて胸がつかえます。本当に試練は厳しいけど、どうか折れないで未来を信じて下さい。東北頑張れ!!!!
学校の授業で見ました。まだ当時は幼く、状況をよく理解していなかったけど、改めてこういう物を見ると、たくさんの物、ひとの命が奪われたんだなって思った。二度とこんな被害を起こらないこと、被災地の復興を願います
自分がどれだけ甘えているのか改めて思い知れるいい機会でした。今までに色んな動画を見ても自分とは別で考えていましたが、この歳になり人生を歩んでいく者同士として、みんな苦しんでいることに違いはないとやっと気付けました。きっかけをくれてありがとう!素晴らしい答辞でした。
強いな立派な若者になってるんやろな
気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館の映像展示で彼の答辞を見ました。何の気なしにホールに座って見始めた映像。でも彼の涙があふれた瞬間、私も涙をこらえることができませんでした。周りにいた地元の人らしいおばあさんも、渋い顔したお父さんも、きっとまだ10代であろう青年も、みんな涙が止まらない様子で、あちこちからすすり泣く声が聞こえてきました。映像が終わっても、私も周りの人もすぐには立ち上がれず、呆然としていた事を覚えています。私たちには理解できないくらい辛い思いをしてきただろう彼の、強く誇り高い言葉。悲しみと同時に人間の強さを感じさせてくれました。彼の言う通り、重すぎる試練だと思う、でも彼ならきっと乗り越えていけるのではないか。そんな風に感じました。
人間は天災の前には無力しかしこの体験を自分の力に変えることは出来る。15才にしてこの話しが出来る君は素晴らしいです。
もう涙無しでは見れない…この男の子。。今どうしてるんかな?
短い動画だけどここ数年で一番泣けた忘れちゃいけない
繰り返し毎年、拝見させて戴いてます。どうか皆様、お身体に気をつけて本当の笑顔が見られる日を祈ってます
毎年3.11で梶原君の答辞を見て、その時のことを胸に刻み危機感を持って生きています。
いちいち報告せんでいいよアホ
先輩の卒業式の校長式辞のときにこのビデオを見ました 。 在校生は動くなと言われていたので泣きすぎてマスクが透明になりました 。 命の大切さがとても分かりました 。
悲しみ辛さ絶望。とても前向きになれない状況でした。そんな中彼のこの言葉は多くの人を支え生きる希望になりました。本当にありがとう。
この子らの同い年だ…関東だからあまり直接的被害もなく無事に卒業進学できたけど、同じ時にこんな風に過ごしていたのだと思うとどれだけ幸せなんだと思う。
何回見ても泣いてしまう。
これを見るたびに涙がこぼれます
東日本大震災から10年。"もう"という人もいれば、"まだ"という人もいるでしょう。当時私は高校2年生で、英語の授業中に被災しました。私の地域は震度6強を観測し、大きな揺れが2回襲い、とても立っていられず机にしがみつくのがやっとでした。いつもはチャリで通っていたんですが、その日はたまたま放課後早く帰らなきゃならず電車で登校したこともあり、 別校舎に避難した後は学校から動けずにいました。夜の9時くらいになり、友人のご家族に迎えに来てもらい自宅に帰れたのは10時過ぎでした。家の中は物や割れた窓ガラスが散乱しており足の踏み場もなく、その日は外にテントを張って寝ました。翌日の午後になり停電が解消し、家の中もある程度整理がついたので、何とか家で過ごせましたが、何度も来る余震に怯えながらの生活が2、3ヵ月続いたのを覚えています。今を生きる私たちにできることは防災・減災もそうですが、後世にあの日あったことを「伝えること」が大切だと私は思います。改めてご遺族にお見舞い申し上げると共に、亡くなられた多くの方々にお悔やみ申し上げます。
強いな。強い。若者は強い。がんばろうニッポン
天を恨まず、言葉に出ません。忘れてはならない日本人ならば。
素晴らしいです
彼の涙を無駄にすることなく復興してほしいです。どなたか英語のテロップを付けてアップしてほしいです。世界にむけて発信してほしい、感服しております。
こんな答辞あるか?まじで歴史に残ると思う
石川能登地震で失ったものもあるだろうな。3月での卒業生。前を向いていってくれと思います。自分もいつ起きるかわからない南海トラフの危機に日々戦っています。自分もいつでも前を向けるように頑張ります。
感情死んでる俺ですらこの答辞には泣かされた。
本当に悔しかった想いを胸に、グッとこらえて答辞の大役を努めてるあなたのその姿に感動しました。勇気、強さ、前に進むんたという想いを日本のみんなでつなげていきましょう!福岡からも、東北のみなさんにエールを!がんばれ!ではなく、一緒にがんばるばい!
天を恨まず……まさしくそのとおりこれから先沢山笑える日が来ることお祈りします
よく頑張ったと思う、これを見て泣いてしまった
裕太、一緒にがんばろう。ただ、それだけだ。
あの日から今日で11年…涙が止まりません。亡くなられた多くの方々のご冥福をお祈りします。合掌。
何年たっても、忘れません。いつも、いつまでも子どもたちの幸せを、当たり前の生活を願います。
この男の答弁は、一生残しておくべき
15歳、子供というにはもう幼くないが大人と言うにはまだ未熟。そんな彼が目の当たりにした現実はあまりに残酷で強すぎる脅威だった。あれから11年。少年だった彼はこれからの世代に教訓を教えてあげられる大人になってくれていることを願っています。
今どうしてるのかなぁこの動画見るたび思います生きてこそ生き抜いてこそ明日が見えるのかと思い毎日を必死で生きてます
頑張れとは言いたくない。励ましは言いたくない。裕太くんは頑張らざるを得ない世代になるのだろうから・・裕太くんやその仲間たちの成長した姿が日本の光になることを願う日本は一致団結する時・・ともに最善を尽くそう
今回の能登半島地震で被災された方々にも、梶原くんのこの答辞の言葉が届くことを願っています。
今年もこの動画見させていただきました。
これだけ胸に刺さる答辞があるだろうか。10年たって見ても涙が溢れて止まらない。「天を恨まず、運命に耐える」は私の座右の銘だ。
本当に初めて聞いた時もそして今も、泣けます。天を恨まず運命に耐えて助け合う、素晴らしい言葉ですね。
「苦境にあっても天を恨まず、運命に耐え、助け合って生きていく」
すごいよ。必ず強く生きていける。
すごいね
こういう時の若い力が周りを勇気づける力になる
@@ハートエリー消防士になったって
最後の校長先生の「頑張るんだぞ。」が本当に泣ける。
業務的な言葉じゃなくて、本当に、頑張るんだぞって言ってますね。
クソワロタwww
@@スエズ運河チャンネル登録者200
黙れ
@@スエズ運河チャンネル登録者200 お年頃だねー笑
校長の上から目線腹立つな
天を恨まず
きっと天国の方達に届いてますね。
こんな言葉、言えないな
凄いなこの子
絶対に良い大人になる。
こういう人が日本の宝です。
答辞の全文
本日は未曽有の大震災の傷も癒えないさなか,私たちのために卒業式を挙行していた
だき,ありがとうございます。 ちょうど十日前の三月十二日。春を思わせる暖かな日でした。 私たちは,そのキラキラ光る日差しの中を,希望に胸を膨らませ,通い慣れたこの学
舎を,五十七名揃って巣立つはずでした。 前日の十一日。一足早く渡された思い出のたくさん詰まったアルバムを開き,十数時
間後の卒業式に思いを馳せた友もいたことでしょう。「東日本大震災」と名付けられる 天変地異が起こるとも知らずに...。
階上中学校といえば「防災教育」といわれ,内外から高く評価され,十分な訓練もし ていた私たちでした。しかし,自然の猛威の前には,人間の力はあまりにも無力で,私 たちから大切なものを容赦なく奪っていきました。天が与えた試練というには,むごす ぎるものでした。つらくて,悔しくてたまりません。
時計の針は十四時四十六分を指したままです。でも時は確実に流れています。生かさ れた者として,顔を上げ,常に思いやりの心を持ち,強く,正しく,たくましく生きて いかなければなりません。
命の重さを知るには大きすぎる代償でした。しかし,苦境にあっても,天を恨まず,
運命に耐え,助け合って生きていくことが,これからの私たちの使命です。
私たちは今,それぞれの新しい人生の一歩を踏み出します。どこにいても,何をして いようとも,この地で,仲間と共有した時を忘れず,宝物として生きていきます。
後輩の皆さん,階上中学校で過ごす「あたりまえ」に思える日々や友達が,いかに貴 重なものかを考え,いとおしんで過ごしてください。先生方,親身のご指導,ありがと うございました。先生方が,いかに私たちを思ってくださっていたか,今になってよく 分かります。地域の皆さん,これまで様々なご支援をいただき,ありがとうございまし た。これからもよろしくお願いいたします。
お父さん,お母さん,家族の皆さん,これから私たちが歩んでいく姿を見守っていて ください。必ず,よき社会人になります。
私は,この階上中学校の生徒でいられたことを誇りに思います。
最後に,本当に,本当に,ありがとうございました。
繰り返し視聴しましたが、何度見ても涙を禁じえません。
15歳の少年がこれだけのことが言える教育を実現した学校やコミュニティーはなんとしても再建しなければなりません。 被災以外の地域もこの教育を範とすべきです。
頑張れ東北の中学生!
〃
10年前のコメント…。
こいつら馬鹿だ
@@スエズ運河チャンネル登録者200 何故
禁じます❗️天津木村です‼️
中学生の時にこれを見せられて衝撃受けたな。自分と同じ歳の子が震災に遭って、天を恨まず運命に耐える。って言葉をこんなにもしっかりと言える事がすごい。多くのものを失って行き場のない怒りを虚しさを悔しさを全部全部背負ってるだろうに。
今幸せでいてくれる事を願う。
涙を流した分だけ沢山幸せになって欲しい。
校長の最後の「頑張るんだぞ」の一言が凄く深い感じがする。素晴らしい校長だ。
糞
忘れません。あなたの言葉。言霊として語り継ぐ大切さ。
今生きて好きなものを食べて友達と笑っていられるこの幸せは当たり前なんかじゃなくて、心から感謝するべきなんだと思いました。
この答辞はこれから先もずっと誰かに届いて人の心を動かして欲しい。
数年前に初めて見てそれからこの時期になると見に来てしまう
今幸せだったらいいな
俺も頑張んなきゃな
今、日本人全員が見るべき動画だと思います。アップありがとうございました。
想像を絶する経験をし、未だに悲惨な状況下にあって、「天を恨まず」
こんな高潔な言葉を人間、それも15歳の少年が言えることに感服しております。
今、頑張るのは被災しなかった私達です。彼らは頑張りすぎるくらい頑張っています。
梶原さんの答辞を忘れてない
日本の将来を考えると不安でいっぱい
しかし、梶原さんの言葉を胸に刻み
助け合いの心を忘れずに生きていきます
校長先生も泣いていたのかも…心を打たれました。
まだたった15歳の男の子が、こんな答辞を読み上げないといけないという現実が辛すぎる
『原発を推し進めた自民党のせいで、明治三陸沖津波が過小評価され、気仙沼市民がたくさん死にました。僕は自民党支持者を許せません。』
@@豚丼太郎 様 では、どこの政党なら良いのですか?
@@豚丼太郎 お、そうだな
@@ShimaJiro2205 悪魔の共産党が良いでしょう!!
@@ShimaJiro2205
当事者の気持ちもわからんのか?
そこじゃないねん
どこなら良いとかの話しちゃうやろ?察しろゆとり
これだけ、恨みや憎しみや非難が渦巻く世の中で育ち、これほどの災害にもあったにもかかわらず
「天を恨まず」
こんな尊い言葉が、うちの子供と変わらないくらいの少年の口から出てくるとは・・・
ここ少年は本当にすばらしい大人になるでしょう
毎年これを見ると決めている。死ぬまでこの日はこれを見る。
@@カバオくん-s5h なにが無理なんだろう。頭逝ってて草
@@カバオくん-s5h たくさんあるよ。やろうと思えば出来ることなんてたくさんある。なのに決めつけんなよ。タコ
@@カバオくん-s5h 俺はオナ○ニー
@@カバオくん-s5h 諦めなければ何でもできる
@@カバオくん-s5h
やったことない奴が他人に口出しをするな。やって初めてモノを言え。
この人の言葉で何人が心救われただろう…
私もその中の1人で毎年この答辞を観にきてる
あの日の絶望も目に映る景色も昨日のことのように鮮明に覚えてる
思い出す度に悔しくて涙が出てしまうけどこの答辞を見ていつまでも立ち止まってはいられないなって勇気が出る
全ての時代の苦しんでいる人たちにこの言葉が届いてほしいなって思う
本来なら晴れの卒業式答辞であるはずの、15歳の少年のメッセージに身も心も涙でとけた。日本の原風景と日本人の心がここに息づいている。苦労が少しでも和らぐように地道にできる何かをしなければ、心動いた。
当時このニュースを観た時、衝撃だった。暫く動けずただ涙が溢れ出て仕方なかった。今も涙を流している自分が居る。一生忘れない。梶原くん立派な大人になってるだろう。
天を恨まず…涙が溢れないよう天を仰ぐ15歳か。きっと強い大人になってるだろうな。
これだけの意識を子供達にもたせる教育をしてきた家族、地域、学校、素晴らしいと思う。
感情が揺さぶられ過ぎて号泣した。
以下が「卒業式答辞」の全文です。これほどの素晴らしい「答辞」はみたことがない。特に、あれ程の悲惨な災害を受けても「「天を恨まず」、運命に耐え助け合って生きていくことがこれからの私たちの使命です」と言い切った言葉である。人間の使命を自覚し助(扶)け合うことで、それは悲しみを乗り越えることになる。いつかそれは「運命」を変える力となり得ると信じている。
気仙沼市階上中学校 卒業式答辞 全文
今日は未曾有の大震災の傷も癒えないさなか私たちのために卒業を挙行して頂き有難うございます。
ちょうど十日前の三月十二日。春を思わせる暖かな日でした。私たちはそのキラキラ光る日差しの中を希望に胸を膨らませ通いなれたこの学舎を五十七名揃って巣立つはずでした。
前日の十一日一足早く渡された。思い出の詰まったアルバムを開き十数時間後の卒業式に思い出をはせた友もいたことでしょう。「東日本大震災」と名付けられる天変地異が起こるとも知らず・・・
階上(はしかみ)中学といえば「防災教育」といわれ内外から高く評価され十分な訓練もしていた私たちでした。しかし自然の猛威の前には人間の力はあまりにも無力で私たちから大切な物を容赦なく奪っていきました。天が与えた試練というにはむご過ぎるものでした。辛くて悔しくてたまりません。時計の針は十四時四十六分を指したままです。でも時は確実に流れています。
生かされた者として顔を上げ常に思いやりの心を持ち強く正しくたくましく生きて行かなければなりません。命の重さを知るには大き過ぎる代償でした。しかし苦境にあっても
「天を恨まず」運命に耐え助け合って生きていくことがこれからの私たちの使命です。
私たちは今それぞれの新しい人生の一歩を踏み出します。どこにいても何をしていようともこの地で仲間と共有した時を忘れず宝物として生きていきます。
後輩の皆さん階上(はしかみ)中学校で過ごす「あたりまえ」に思える日々や友達が
如何に貴重なものかを考えいとおしんで過ごしてください。
先生方親身のご指導有難うございました。先生方が如何に私たちを思って下さっていたか今になって良く分かります。
地域の皆さんこれまで様々なご支援を頂き有難うございました。これからも宜しくお願いいたします。
お父さん、お母さん、家族の皆さん。これから私たちが歩んでいく姿を見守っていてください。必ず良き社会人になります。私はこの階上中学校の生徒でいられたことを誇りに思います。
最後に本当に、本当に有難うございました。
平成二十三年 三月二十二日 第六十四回卒業生代表 梶原 裕太
自己陶酔
@@徒-c9o あなたは かわいそうな心だね
@@ともたか-l8l 🪃
人の言葉って、こんなにも伝わるんだと初めて感じました。
この動画は是非ずっと残していただきたい。
そして、毎年3月11日に観たいと思いました。
負けないでくれ。
多くの人々があなた方を応援している。
敬語使えよガキ
@@スエズ運河チャンネル登録者200 敬語使えよガキ
って言われて気分いいか?
@@DarisuZ 最高で〜すwww
これほど、心に刻まれる答辞が在るだろうか…。天が与えた試練というのには、強過ぎるものでした。辛くて、苦しくてたまりません。体験者の、言葉は胸を打つ。そして、苦境にあっても天を恨まず、運命に耐え助け合って生きて行く。その場になると簡単では無いと思うが、いつ大変な事が起こり人の寿命も 判らない。だからこそ、悔いの無いように精一杯やるしか無いんだ!と逆に私が勇気を貰えた答辞です。
無責任な優しい言葉ではなく頑張るんだぞっていう激励が心にくるね
あれから10年
この動画を見る度に涙止まらん
この生徒さんは本当素晴らしい。なんて強いんだろう
石川県能登半島の方々に13年前に被災した卒業生、梶原裕太先輩の答辞を聴いてどんな困難に立ち向かって欲しい!!そして何よりも梶原先輩の様なかっこいい卒業生となってこれから石川県で助け合う人になって欲しい!石川県能登半島復興する日を願っている!!
天を恨まず 本当に涙が出ますね。
校長先生も 頑張るんだぞって 本当に素晴らしい答辞です。
心ばかりなのですが ふるさと納税で気仙沼に納税しています。
天を恨まず運命に耐える…
なんと強く、美しき言葉か
素晴らしい「答辞」
拝見できてありがたい限り。
「天を恨まず 運命に耐える」
私も座右の銘にしたいと思います。ありがとうございます。
短いけれど私の知ってる答辞よりも、はるかに伝わるものが多い答辞。
忘れてはならない。
梶原君の涙は
日本中の人間の心を動かす。
必ず幸せになれると!!
9年前に見たけど、今見ても号泣
「苦境にあっても天を恨まず、懸命に生きていくことが私達の使命」
今も胸に刻んでいます。
素晴らしい、実に素晴らしい答辞だ。
この1分ですぐ泣ける😢
彼の 一つひとつの 言葉が 身に染みて 忘れない~天があたえた試練😢この言葉の重さに 胸がいっぱい これからの一度の人生を 邁進して下さいネ🎉❗
何度見ても涙が止まりません
避難所にいる方たちにも見守られながらって中々ないし、全員辛い思いをしてるだろうから、この言葉が胸に突き刺さっただろうな。
この動画を見ると、平凡な毎日がどれだけ大切か。
その事に気がつき、毎日を大切にしようと思う。
今、自分の側にいる人を大切にして、時間を無駄にしないように
平和に感謝したい。
自然に涙が溢れました。
upありがとうございます。
あの災害にあって「天を恨まず」なんて、言えるものではありません。
あなた達の思いは、必ず天に届きます。
「天を恨まず 運命に耐える」こんな力強い言葉が15歳の少年から出てくるとは・・・
あれから13年 この子はもう28歳なのか… 立派な大人になっているのだろうな
時は経過したが、あの時の事は忘れていないし、この先も決して忘れない。
この言葉の決意、力強さを時々、自分を励ます為に聞きに来る。
天を恨まず、運命に耐えるって名言だと思う😢感動しました。
涙が止まらないです
彼だからなし得た事だと思います
頑張るだぞって言葉はきっと先生自身に言い聞かせていたのだろうなと感じました
10年になるのですね…
11年経った今日まで、毎年ちゃんと見ています。当時まだ15歳だった1人の青年が、傷ついた心と誰を責めることもできない悔しさを抱えながら一生懸命に述べた答辞を。
当時まだ6歳だった私がこの映像を観て受けた衝撃を、忘れたことはありません。
きっとこの先も忘れることはないでしょう。
毎年、追悼式では、用意された言葉が読み上げられる。
彼の様に自分の心から出て来た言葉を紡いだ(繋いだ)覚悟ある答辞を聞くと、口先の追悼の言葉と真実の言葉の大きな違いを感じると共に、
私達が日本人であることを今一度確認し直し、誇りに思います。
東日本大震災の被災者の方々に心よりお見舞い申し上げます。
動画をあげてくださりありがとうございます。
感動しました。力強く頑張って欲しい。
天を恨まず...15才がそう言うのか。 厳しい自然に生きてきた東北の人だから?
涙呑み 育つ新芽の 凛々しさに 国背負い立つ 大樹が見ゆる
本当てすね、この方々が大樹となって国を支えていってくれるでしょう、頼もしいかぎりてす。
災害。
いつ、襲ってくるかわからない、
大切な人と過ごせてる自分を当たり前に思わず、生きていかないと。
みんなが、幸せな日々ばっかりだったりいいのに
たくさん泣きながら 何度も見て
生きていく。
神に裏切られても人間は強い証明をしてくれた。
はぁ?
@らーり ガキは黙ってろ
@@スエズ運河チャンネル登録者200 お年頃だねー笑
またkidsが増えた
@@スエズ運河チャンネル登録者200 お年頃だねー笑
これ見て涙止まらないと言って済ませるのではなくて、現代社会に生かして頂けている人間の1人でも多くの方が、生きたくても生きられなかった犠牲者の方々のぶんまで、めいっぱい命を使いきる生き方をしてほしいと切に望みます
泣けた・・・がんばれ!!!!!がんばろう!!!
すごくこらえて話したんだろうな…
頑張ったね。
本当にありがとうございました。
私も一歩づつ頑張ります。あなたの姿を見て、勇気をもらいました。
強い心が伝わってきます。
がんばろう日本
乗り越えよう!
今年もこれを見に来ました。
こんな答辞、30になった私でも読めない。すごい子ですね。
あなたの言葉が今も遠くでも防災減災の意識に繋がっています。
ありがとう。
いろいろ問題は起きてるが、こんな子を育てられる日本の教育機関は素晴らしい。
あれから10年…
絶対に風化させてはいけない
と改めて思いました。
心から拍手。
この気持ちは永遠に変わることはない。
だめです・・・涙があふれて胸がつかえます。
本当に試練は厳しいけど、どうか折れないで未来を信じて下さい。
東北頑張れ!!!!
学校の授業で見ました。まだ当時は幼く、状況をよく理解していなかったけど、改めてこういう物を見ると、たくさんの物、ひとの命が奪われたんだなって思った。二度とこんな被害を起こらないこと、被災地の復興を願います
自分がどれだけ甘えているのか改めて思い知れるいい機会でした。
今までに色んな動画を見ても自分とは別で考えていましたが、この歳になり人生を歩んでいく者同士として、みんな苦しんでいることに違いはないとやっと気付けました。
きっかけをくれてありがとう!
素晴らしい答辞でした。
強いな
立派な若者になってるんやろな
気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館の映像展示で彼の答辞を見ました。
何の気なしにホールに座って見始めた映像。でも彼の涙があふれた瞬間、私も涙をこらえることができませんでした。周りにいた地元の人らしいおばあさんも、渋い顔したお父さんも、きっとまだ10代であろう青年も、みんな涙が止まらない様子で、あちこちからすすり泣く声が聞こえてきました。映像が終わっても、私も周りの人もすぐには立ち上がれず、呆然としていた事を覚えています。
私たちには理解できないくらい辛い思いをしてきただろう彼の、強く誇り高い言葉。悲しみと同時に人間の強さを感じさせてくれました。彼の言う通り、重すぎる試練だと思う、でも彼ならきっと乗り越えていけるのではないか。そんな風に感じました。
人間は天災の前には無力しかしこの体験を自分の力に変えることは出来る。15才にしてこの話しが出来る君は素晴らしいです。
もう涙無しでは見れない…この男の子。。今どうしてるんかな?
短い動画だけどここ数年で一番泣けた
忘れちゃいけない
繰り返し毎年、拝見させて戴いてます。どうか皆様、お身体に気をつけて本当の笑顔が見られる日を祈ってます
毎年3.11で梶原君の答辞を見て、その時のことを胸に刻み危機感を持って生きています。
いちいち報告せんでいいよアホ
先輩の卒業式の校長式辞のときにこのビデオを見ました 。
在校生は動くなと言われていたので泣きすぎてマスクが透明になりました 。 命の大切さがとても分かりました 。
悲しみ辛さ絶望。とても前向きになれない状況でした。そんな中彼のこの言葉は多くの人を支え生きる希望になりました。本当にありがとう。
この子らの同い年だ…
関東だからあまり直接的被害もなく無事に卒業進学できたけど、同じ時にこんな風に過ごしていたのだと思うとどれだけ幸せなんだと思う。
何回見ても泣いてしまう。
これを見るたびに涙がこぼれます
東日本大震災から10年。
"もう"という人もいれば、"まだ"という人もいるでしょう。
当時私は高校2年生で、英語の授業中に被災しました。
私の地域は震度6強を観測し、大きな揺れが2回襲い、とても立っていられず机にしがみつくのがやっとでした。
いつもはチャリで通っていたんですが、その日はたまたま放課後早く帰らなきゃならず電車で登校したこともあり、 別校舎に避難した後は学校から動けずにいました。
夜の9時くらいになり、友人のご家族に迎えに来てもらい自宅に帰れたのは10時過ぎでした。
家の中は物や割れた窓ガラスが散乱しており足の踏み場もなく、その日は外にテントを張って寝ました。
翌日の午後になり停電が解消し、家の中もある程度整理がついたので、何とか家で過ごせましたが、何度も来る余震に怯えながらの生活が2、3ヵ月続いたのを覚えています。
今を生きる私たちにできることは防災・減災もそうですが、後世にあの日あったことを「伝えること」が大切だと私は思います。
改めてご遺族にお見舞い申し上げると共に、亡くなられた多くの方々にお悔やみ申し上げます。
強いな。強い。若者は強い。がんばろうニッポン
天を恨まず、言葉に出ません。忘れてはならない日本人ならば。
素晴らしいです
彼の涙を無駄にすることなく復興してほしいです。
どなたか英語のテロップを付けてアップしてほしいです。
世界にむけて発信してほしい、感服しております。
こんな答辞あるか?まじで歴史に残ると思う
石川能登地震で失ったものもあるだろうな。3月での卒業生。前を向いていってくれと思います。自分もいつ起きるかわからない南海トラフの危機に日々戦っています。自分もいつでも前を向けるように頑張ります。
感情死んでる俺ですらこの答辞には泣かされた。
本当に悔しかった想いを胸に、グッとこらえて答辞の大役を努めてるあなたのその姿に感動しました。
勇気、強さ、前に進むんたという想いを日本のみんなでつなげていきましょう!
福岡からも、東北のみなさんにエールを!
がんばれ!ではなく、一緒にがんばるばい!
天を恨まず……まさしくそのとおり
これから先沢山笑える日が来ることお祈りします
よく頑張ったと思う、これを見て泣いてしまった
裕太、一緒にがんばろう。
ただ、それだけだ。
あの日から今日で11年…涙が止まりません。亡くなられた多くの方々のご冥福をお祈りします。合掌。
何年たっても、忘れません。
いつも、いつまでも子どもたちの幸せを、当たり前の生活を願います。
この男の答弁は、一生残しておくべき
15歳、子供というにはもう幼くないが大人と言うにはまだ未熟。そんな彼が目の当たりにした現実はあまりに残酷で強すぎる脅威だった。あれから11年。少年だった彼はこれからの世代に教訓を教えてあげられる大人になってくれていることを願っています。
今どうしてるのかなぁこの動画見るたび思います
生きてこそ生き抜いてこそ
明日が見えるのかと思い毎日を必死で生きてます
頑張れとは言いたくない。励ましは言いたくない。
裕太くんは頑張らざるを得ない世代になるのだろうから・・
裕太くんやその仲間たちの成長した姿が日本の光になることを願う
日本は一致団結する時・・ともに最善を尽くそう
今回の能登半島地震で被災された方々にも、梶原くんのこの答辞の言葉が届くことを願っています。
今年もこの動画見させていただきました。