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00:01 この動画の説明 (特殊なソフトウェアによりサターンの画面を色分けしている)00:54 ① はじめに ② セガサターン誕生まで02:21 ・ SYSTEM32~MODEL106:04 ・ サターンのCPU SH-206:37 ・ SH-2採用 日立側目線14:25 ・ SH-2採用 セガ側目線18:13 ・ サターン開発環境とサポート23:01 ③ CPU能力概要24:00 ④ サターン描画能力27:54 ⑤ サターンの3D性能はどうだったのか?36:17 ⑥ 2D性能37:03 ⑦ サウンド42:40 ⑧ 動画再生技術44:00 ⑨ セガサターンの熱い短い青春の日々50:05 ⑩ 僕たちにとってセガサターンとはどんな存在だったか
ありがとうございますサターンインデックスいれてなかったですねお手数おかけしました
本当にスバラシイ動画で胸が熱くなりました。この動画を観て自分はやっぱりSEGAが大好きだったんだと再認識しました。感謝しかありません。ありがとう。
コメントありがとうございます父親が何考えてどう生きていたか残したかったんですよ東京を目指した多くの同世代が同じような環境だったと思います今日から頂けて嬉しいです
見ていて懐かしい!最後の説明(コメント)は心打たれました。すごく楽しめました。
コメントありがとうございます作った甲斐がありましたまた次回も頑張ります!
いつもながら、動画の締めに向けての文章の組み方が好きです
コメントありがとうございます気に入って頂けてよかったですまた次回も頑張ります
ありがとう。この動画を作ってくれてありがとう。涙が止まらない。全てを代弁してくれた。ありがとう。
コメントありがとうございます共感頂けてよかったですセガサターンは青春の輝きなんですよ
サウンド方面から言うと、音源がYMF292でFM音源としても使えたことがまたポイント高いです。
あの頃のセガが大好きだったからむちゃくちゃ泣けた素敵な動画をありがとう😊
コメントありがとうございます当時同じような若者いっぱいいたんですよTwitterとかも無かったから、横のつながりはリアルしかなくてサターンは青春時代の象徴でしたね
@@kinako-oi3fh この動画を通して知らなかったサターン凄さを知れましたし本当に青春時代でメガドラの時はバイト代の全てをサターンの時は給料の殆どをつぎ込んでました。正に青春!!懐かしい思いがこみ上げセガの無念の思いを想像すると泣けてきます。一度でいいからハードメーカーのセガに天下を掴んで欲しかった。素敵なハードをありがとうと心から叫びたいですね♪そんな想いに浸れたこの動画にも改めてありがとうございました♥️
ドンピシャの年代です。動画で触れられていないことで、サターンにはいくつかの側面があると思います。特に海外での販売がうまく行かなったことと、国内においてはスクウェアの取り込みができなかったこと、エニックスの取り込みが遅れたこと。つまるところソフトメーカーへの営業の遅れなど。次はこの点も含めてもらえると資料の一つになるのではと思います。
コメントありがとうございます指摘事項次回に活かしたいと思います!
32Xにリソース割かなかったセガの世界線はどうなってたのか気になるところ。
セガサターンマガジンか何かだったと思いますが、ゲーム開発者座談会みたいな記事で、「普通のゲームを作るならサターンの方がやりやすい。サターンだと普通にやれる事をプレステだと面倒な作業を経なければならない。だから本当はサターンでやりたいんだけど、結局売れないといけないので、会社としては台数が出てるプレステを選択しちゃうんですよね。」という話がありました。本動画でこの話がよく理解できた気がします。
コメントありがとうございますプレステは全てをポリゴンでやるのて大変だったらしい、SH-2を2個稼働は相当大変らしいのですがSH-2を1個ならまだいける、とも軽いゲームなら十分なのかもしれないですね
いつも素晴らしい動画をありがとう!プレステとサターンとファミコンな日々だったのを思い出しました。
0:00 0:56 1.はじめに2:22 2.セガサターン誕生まで23:02 3.CPU能力概要24:01 4.サターン描画能力27:55 5.サターンの3D性能はどうだったのか?36:19 6.2D性能比較37:04 7.サウンド42:40 8.動画再生技術44:03 9.セガサターンの熱い短い青春の日々50:06 10.僕たちにとってセガサターンとはどんな存在だったか
ソニーの方が宣伝が上手だったプレイステーションって名前もリアル世代からするとスーファミのCD - ROMってのが記憶に残ってるしドラクエ、FF を任天堂から引き抜いたのも痛かった
軽い気持ちで観始めたけど最後のメッセージでいたく心打たれたよありがとう、自分もMark3からずっとセガのファンだったセガのゲームハードはもう無いけれど、今もセガのゲームが大好きです
共感頂いてありがとうございます青春のハードだったんですよアーケードの完全移植実現した夢のハードでしたね
サターンとゲーセンな日々だったのを思い出しました。90年代はアツい時代でしたね…。
格ゲーやシューティング、麻雀当時は推しだった。4Mカセットで、性能上げたのは凄いと思った。結構無茶の効くゲーム機だった。
コメントありがとうございます!拡張カートリッジ、こんな事もあろうかと精神は大事ですね!
サターン時代のセガがアーケードで使用のFM音源は、YM2151ではなくメガドラで使用のYM2612のCMOS版のYM3438が主流だったな。システム18・32、システムC/C2、プライズゲーム機などで使われてたっけ。サターン発売時の90年代半ばのアーケード市場はPCM音源が主流になってたし、サターンにFM音源の要素は無くてもそんなに影響無かったと思う。
コメントありがとうございます!ご指摘のとおりで当時はアーケードそのままのCD-DAがもてはやされた時代でもありますしねたすうのプレイヤーはその音がCDなのかPCMなのかFM音源なのか関係なくアーケードそのままのサウンドが聴きたかった時代でしたね
@@kinako-oi3fh 当時はゲームハードの群雄割拠で面白い時代でしたね。思い返せばあの時代は、ポリゴンの性能よりもマルチメディア対応とかそちらの流れが強くて、フォトCD、ビデオCD、電子ブック対応など発売初期はそういうのも売りにしてましたっけ。
すごくおもしろかったです。渾身の大作動画ですね!最後ジーンとしました。
コメントありがとうございます!サターンは青春の輝きなんですよ
知り合いの会社(弱小)がサターン用のゲームを作って販売したときに、セガの営業からサードパーティーで3Dゲームを作るのは珍しいと言われたとか。当時は3Dライブラリが充実してなかったので苦労したそうです。
ハード構成が複雑で作りにくく、コストダウンしづらい特性がある以上、PSとの競合はどうしても不利だった。初期のうちはマニアを対象に売るからむしろ有利だが、コストに厳しいライトユーザー相手になると失速するのは目に見えていた。サターンがPSに勝てるシナリオはPSが初期に大コケするもの以外になかったが、この時点で肉薄されているようでは先はない。スクウェアがPS陣営に参入したのは当然のことだった。勝てないなら勝てないで、マニア向けのハードとして無理せず細々と運営という道もあったはずだったのだが。
細々と運営するという道はニンテンドー64が早々に値下げに踏み切った時点でない。まあ64は海外売上が高かったから無理な値下げも決断できたんだろうが一方のサターンは海外売上が弱くハード設計もコストダウンに不向き。仮にPSやFF7がなくても64に全世界売上で負けてたまあ複雑なハード設計と前世代のスーパー32Xで海外を手放した時点で詰んでいた気がするな
設計が行きあたりばったりでコスト無視した結果ね格ゲーは見比べたらPSはパターン抜いてたりと劣るが大多数は完全移籍じゃないとってほどは望んでなかったのよコスト意識はマイナーチェンジ何代もやったけど裏面底面以外は変わってないサターンは無駄な高級感でスイッチ周りをピアノブラックにしたりしてた白サターン時に背面のツインオペレータスロット廃止してもよかったけど日立やビクターが許さなかったのかな
アーケードからの完全移植がロマンだった自分は、セガサターンは夢のハードでしたよ。セガの体感ゲーム、グラディウスII、ダライアスII、レイヤーセクション、ダライアス外伝、サンダーフォースVなど夢中になって遊んだ思い出。今では実写に迫るような作品がバンバン出てますが、この頃がゲームを遊んでいて一番楽しかったかなぁ。。。
コメントありがとうございますちょうど時代と重なって青春のハードでしたね
うわ、私のメガドラガレッガが使われてる!kinako様に見つけて頂けてたとは、とても嬉しいです。ありがとうございます。(youtubeの概要欄は、ハイフンを使うと打ち消し線になるようですよ)久夛良木氏側の視点では、サターンはCPUが多すぎてコストダウンが難しいから、プレステがコストダウンを繰り返せばセガは付いてこれないと見込んでたみたいですね。そしてそれは現実に...でもプレステよりもセガサターンのほうが断然好きです。
メガドラ版のバトルガレッカがとにかく好きで使わせて頂きました事後報告で恐縮ですハイフン謎だったんですがありがとうございます修正します動画でも触れた通り、youtubeでも対立動画ありますが、セガ野郎である僕達にはスペック差なんてどうでもよくて、セガ体感シリーズが遊べない初代プレステに興味がなかったんですよなのでプレイステーションの世界って動画は作れないんです
当時、最初の発表ではSSは「秒間3万ポリゴン」だったんだよねぇ。PSのスペック(秒間36万ポリゴン=VF2のAC基板と同じ値)が発表されるやいなや、SSのポリゴン能力は「秒間96万(計算値)」と更新された。計算値とは何ぞや?と思いつつもセガ頑張ってるなぁ…と思った当時の思い出。
コメントありがとうございます!ポリゴンは実際はプレステの半分程度ただ、ソフトウェア処理の割には頑張ってましたねポリゴン枠付けると頑張ってる感が出てまたいいんですよ
2Dゲーム機としてサターンはかなりのレベルなので、シューティングは良移植でしたね。 PSがヴァンパイア、SSがヴァンパイアハンターだったのを覚えています。
某ソフトの開発にちらっと関わったことがあってセガサターンは他のゲーム機よりは印象深いんですよね。まさかゲーム機のコード書くことになるとは思ってなかったので。一般には販売されていない開発機も間近で見られましたし(/ω・\)チラッ
開発に携わったことがあるなんて羨ましいですね!
すごくいい動画でした。感謝です
コメントありがとうございます励みになりますまた頑張ります!
サターンの内臓音源だけでバーチャファイターのbgmを鳴らせるって裏技があって当時感心した記憶があったんだけど…そうか。開発側での評判は良くなかったんだ。でも内臓音源使ったゲームもっとやりたかったな。
コメントありがとうございます今は内蔵音源の方が評価される傾向ありますからね当時はアーケードそのままが重宝された時代でしたからね
内臓は怖い
エヴァンゲリオンのCMでガンガン流れてましたー
修正、お疲れ様でした (^-^)例のドリーム、ACと同様、書換確認しました!が、手を抜いたのか、スプライトを回転させた?オブジェも㈲りましたね、新しい?発見です。さぁ、一緒に叫びましょう! 「せぇーがぁー♪」
ご期待に添えてみました!
任天堂vs ソニーの闘いの中でセガが大健闘した物語決して負けたわけではなく、寧ろ彼らと対等に渡り合った栄光の歴史
当時PSとサターン両方買ってたので同じタイトルは発売日早い方買ってたりしました。比べるとビデオ出力回路のせいか解らないですがサターンの方がくっきりした絵が出てた気がします。PSは2D格闘移植がとにかく地雷でしたね。
10章は心にしみました😢
コメントありがとうございます共感頂いて良かったですセガサターンは青春のシンボルなんですよ
現役高校生だけどセガサターンが家で一番古いゲーム兄貴の大学の学祭でデイトナを買ってSwitchがあるのに狂ったようにやったなぁ
コメントありがとうございます!若い世代に楽しんで頂いて嬉しい限りです!
胸が熱くなりますな
動画再生に関して言うと、ハードの再生能力の差より、ソースとなる元ムービーにかけられた手間と予算の差が大きかったような。秒15コマのFF7がすごく見えたのは、元のCGムービーに金がかかってるからでしょう。PC-FXのアニメムービーとかはハードの再生能力が高くて秒30コマ出力出来てるのに、元動画に金がかかってないから、誰も驚かなかった。プレステ陣営って、そういったビジネス全体の規模で他を圧倒したところもあるんだよね。
最後の文が凄く共感してウルっとしてしまった。思い出補正かも知れないけど、何にも代えられない素敵な思い出。サターンとプレステは両方持ってたけど、同タイトルの格ゲーは段違いにサターンだった。
コメントありがとうございますセガサターンは青春のきらめきなんですよ
PS/SS全盛期は、PCで3Dゲームが急速にメジャー化した時期でもありますね。ゲーセンでもコンシューマ機の互換基板が台頭してきた頃で、プラットフォームごとの技術的な境目がなくなってしまい、結局「やりたいゲームに合わせてハードを買う(足を運ぶ)」時代になったなあ…と感じていました。 ちなみに、私はハイサターン(日立製、ビデオ拡張カードが最初から付属していたモデル)を所持していたのですが、こちらは起動音が違うので、いまだにセガサターンのそれには違和感がありますw
コメントありがとうございます!アーケードが10年先を行ってた時代ではなくなりましたねそれが今でも続くアーケードはたとえば立体視や、動く筐体とか、家庭では再現できない刺激を与えて欲しいものですハイサターンは貴重ですね!大切にされてください!
PS/SSの頃は家庭用ゲーム機よりアーケードの方がずっと上でしたよ。ただしアタリ、タイトー、コナミ等自社で3Dハード開発していていた会社が3dfx社のVoodooに打ちのめされてこぞってそちらに乗り換えたってのとVoodooはPC向けのボードの発売されたため……。
一発芸として、セガサターンの歌を動画にて作ってもらいたい🤣♪ゼカタ三四郎セガタ三四郎ゼガ・サターンしろ〜
私もサターンのゲームは大好きだったのでとても楽しかったですハードとしてのサターンは 3D がショボくて嫌いでしたが。。。wSH-2 のデュアルプロセッサ構成は今の CPU と違って主従関係があったとか聞きますけど当時としては苦肉の策だったのでしょうねあと、四角ポリゴンって法線ベクトルを算出するときどの2辺を使うのか、など謎なんですよねまぁ、バーチャ2とかリアルタイムシェーディングせずにベイクで乗り切ってるように見えるので不問なのかもしれませんがw(あるいはのっぺりしてるからベイクもしてない?)テクスチャ乗った状態でランバートシェーディング入れるだけでだいぶキレイになったんじゃないかなとか妄想していますファイターズメガミックスは解像度が下がったものの、シェーディングは頑張ってるように見えるんですよねなので解像度を除けばバーチャ2よりきれいだと感じているのですがバーチャ2のリングが BG ってのは面白いですねリングサイドだけポリゴンとか痺れました結論で仰ってる通りで、サターンのゲームは愛情に溢れた作品が多かったですよね素人目にもハード性能が足りてないのにそれをプログラミングでねじ伏せた感が好きでしたなんだかんだ言って一番好きなハードはサターンだったと思います
コメントありがとうございます思い入れの深いハードなんですよスプライト枠つけるとサターン頑張ってるなと思うんです
スペックも大事ですが、サターンはゲームパッドが持ちやすかったです。
コメントありがとうございますサターンパッド良かったですねやはり色は黒で
3:13 ラッド「モービル」じゃなくてラッド「モビール」ですね
コメントありがとうございます!失礼しました。。
👏
一応、CPU性能ではプレステに勝っていたんですね
コメントありがとうございますCPU2つで頑張ったんです使いこなすのは大変だったようで一つ稼働も多かったようです
(※要優秀エンジニア)という注釈がつきますけどセガ以外でデュアルCPUを活かせたソフトはあったのかな?
@@橋本ゆぅ助 全部ではないですがあったと思いますライブラリやマニュアルあったので3D格闘ゲームやレースゲームはかなり使っていたシンプルなゲームは一つで足りたのかなと
ポリゴンに枠を表示する特殊なソフトウエアが面白いですねこれでラストブロンクスの地下鉄と駐車場の天井がどういう処理されてるのか見てみたいですやっぱり背景なのだろうか
コメントありがとうございます回転拡大縮小は一枚だけなので天井壁はポリゴンと思われますね
@@kinako-oi3fh 天井までポリゴンなんですね後期の作品だけあってすごいですね
サターンは強力な3D演算を後から追加可能な手段を用意しておけば良かったのになとは思う。ムービーカードを追加できる場所に演算ユニットでも追加できなかったのかな。
回路図見る感じだとBバス伸びてないから32X方式ならSH-2連携で行けそう感上に伸びた方が、かっこいいし!
@@kinako-oi3fh CDの出し入れが本体の真ん中にあるから、上に積んで伸ばすよりか下に入れて、サターン本体が上に登っていくのも良いかも?ファミリーコンピュータ ディスクシステム式
ただでさえ赤字なのに追加機能なら5万円で見向きもされない
初期のPSはテクスチャが歪んでたな。レースゲーなんかで顕著だったが、GTからそれが無くなった
サターンは日本で観るとPSと互角に渡り合って居たけど、ジェネシスが売れたアメリカではサターンがサッパリ売れ無かったから、撤退もやむ無しかと。
ずんだもんだったので「本でも読みながらゆるゆる見れる内容だろう」と開いたが、始まって1分もしないうちに「あれ!? ずいぶん話のレベルが高いな」ってなりました。
コメントありがとうございます!励みになりますまた頑張ります!
36:21 流石にサターンはAC基板SYSTEM32を基準に設計されただけあって当時としては無限とも思えるスプライト表示が可能だったんだなぁ。
コメントありがとうございます!メモリーが許す限り置けたらしいですこの辺りはサターンが強かった点でしたね
内容はとても面白いがBGMの音量が大きすぎて、何を言っているのか聞き取りにくいです
コメントありがとうございます次回以降もう少しBGM絞ってみます
体感上は結構長く感じたけど、たった4年でドリキャスの様に一気にゲームレベルが飛躍したのが凄い。
コメントありがとうございます今では四年は一瞬ですが当時は楽しませてもらいましたね
セガは急いでだしてやらかすイメージ
コメントありがとうございますその不器用さがセガらしいと言いますか、、愛してやまない所であります
ソニーがソフトメーカーにPS参入してもらうべくどさ周りをしていた当初は「3Dなんて今の家庭用ゲーム機じゃ無理」「300万台売ってからまた来てください」等まったく相手にされなかったのに、93年にバーチャファイターがアーケードで登場して3Dゲームの時代の到来を予感させると一気に流れが変わって「ぜひ参入したい」とメーカーの態度が豹変したそうで、久夛良木さんはセガに対してとても感謝しているとインタビューで答えていましたね。
コメントありがとうございます!当時ソニーも必死だったと思いますゲーム離れを防いだ功績は大きいですね
今の10万ぐらいの価値かな?親の財布から金抜いて並んで買った😂バーチャのためと買ったけどガングリフォンパンツァーラグーン?この二つは凄かった!今でもこの勝てるゲームに勝てるのあるのかな?
昔はお金を払わないとゲームができなくて、払ったお金がもったいないから鬼畜ゲーでも遊び続けた。だから昔は鬼畜の難易度のものが多かった。
グランディアもスパロボも街もソウルハッカーズも結局そのあとPSでも出たのがすごくがっかりした思い出。。。いや、PSも持ってたよ?でもさ、やっぱり何とも言えない気持ちになるやん?
なりますねぇ両ハードとも良い機材でした
CDドライブに付けたSH-1は結局何のためだった?
コメントありがとうございますブロック図見るとオプションのmpegボードとも繋がっていることから、その周りかなと想像します。単純にCD制御では無さそうです
CDの先行読み込みができるらしいので、CDアクセスのコントロール用のSH1だと思ってた
SCEがPS2か3の時に日立からSHシリーズを買い上げてしまえば国内IPで固めた家庭用コンピュータが出来たのに
サターンの頃は一番熱心にゲーム遊んでたな良質なSHTにギャルゲー(エロゲー)と楽しかったよこの頃のゲーム愛はサターン以降、俺の中では起きなかったわw
サターンて、終盤、エロゲに走った印象。でも敗退。という、醜態を展開したイメージ
エロはむしろ初期に出てて、中期以降は出なくなったのじゃなかったかと。このあたり迷走してた感はあります。
セガ家庭用に復帰しろ、俺らは待っている😂
サターンってこんな高かったんだ・・・2万くらいのイメージだったw
コメントありがとうございます最初は高かったんですよでもその黒いサターンが好きでしたねぇ
@@kinako-oi3fh よく買ったな、子供の頃の俺w 今じゃゲーム機にこんな金額出せないよw
当時、周りの人達はSEGAサターンSEGAサターン言ってました、が私はマークIIだーマスターシステムだーと、次々と新規ハードを発売するSEGAに不信感を持っていました、メガドライブにだけは少し心が揺らぎましたが(笑)しかしサターン無視してプレステ購入、周りの人達はサターン購入していました、結果サターンは早期に終了やはりねー高いハードを購入したユーザーをすぐに裏切るような商売しちゃー駄目なのよー
コメントありがとうございます!商売があまり上手で無い所がセガらしい、と言いますか、だからハードか、撤退する事になりました
過去(スプライト)より未来(ポリゴン)が見たかったのでサターンには心底ガッカリしました
00:01 この動画の説明 (特殊なソフトウェアによりサターンの画面を色分けしている)
00:54 ① はじめに
② セガサターン誕生まで
02:21 ・ SYSTEM32~MODEL1
06:04 ・ サターンのCPU SH-2
06:37 ・ SH-2採用 日立側目線
14:25 ・ SH-2採用 セガ側目線
18:13 ・ サターン開発環境とサポート
23:01 ③ CPU能力概要
24:00 ④ サターン描画能力
27:54 ⑤ サターンの3D性能はどうだったのか?
36:17 ⑥ 2D性能
37:03 ⑦ サウンド
42:40 ⑧ 動画再生技術
44:00 ⑨ セガサターンの熱い短い青春の日々
50:05 ⑩ 僕たちにとってセガサターンとはどんな存在だったか
ありがとうございます
サターンインデックスいれてなかったですね
お手数おかけしました
本当にスバラシイ動画で胸が熱くなりました。
この動画を観て自分はやっぱりSEGAが大好きだったんだと再認識しました。
感謝しかありません。
ありがとう。
コメントありがとうございます
父親が何考えてどう生きていたか残したかったんですよ
東京を目指した多くの同世代が同じような環境だったと思います
今日から頂けて嬉しいです
見ていて懐かしい!最後の説明(コメント)は心打たれました。すごく楽しめました。
コメントありがとうございます
作った甲斐がありました
また次回も頑張ります!
いつもながら、動画の締めに向けての文章の組み方が好きです
コメントありがとうございます
気に入って頂けてよかったです
また次回も頑張ります
ありがとう。この動画を作ってくれてありがとう。
涙が止まらない。全てを代弁してくれた。ありがとう。
コメントありがとうございます
共感頂けてよかったです
セガサターンは青春の輝きなんですよ
サウンド方面から言うと、音源がYMF292でFM音源としても使えたことがまたポイント高いです。
あの頃のセガが大好きだったからむちゃくちゃ泣けた
素敵な動画をありがとう😊
コメントありがとうございます
当時同じような若者いっぱいいたんですよ
Twitterとかも無かったから、横のつながりはリアルしかなくて
サターンは青春時代の象徴でしたね
@@kinako-oi3fh この動画を通して知らなかったサターン凄さを知れましたし
本当に青春時代でメガドラの時はバイト代の全てをサターンの時は給料の殆どをつぎ込んでました。正に青春!!懐かしい思いがこみ上げセガの無念の思いを想像すると泣けてきます。一度でいいからハードメーカーのセガに天下を掴んで欲しかった。素敵なハードをありがとうと心から叫びたいですね♪そんな想いに浸れたこの動画にも改めてありがとうございました♥️
ドンピシャの年代です。
動画で触れられていないことで、サターンにはいくつかの側面があると思います。特に海外での販売がうまく行かなったことと、国内においてはスクウェアの取り込みができなかったこと、エニックスの取り込みが遅れたこと。つまるところソフトメーカーへの営業の遅れなど。
次はこの点も含めてもらえると資料の一つになるのではと思います。
コメントありがとうございます
指摘事項次回に活かしたいと思います!
32Xにリソース割かなかったセガの世界線はどうなってたのか気になるところ。
セガサターンマガジンか何かだったと思いますが、ゲーム開発者座談会みたいな記事で、
「普通のゲームを作るならサターンの方がやりやすい。サターンだと普通にやれる事をプレステだと面倒な作業を経なければならない。だから本当はサターンでやりたいんだけど、結局売れないといけないので、会社としては台数が出てるプレステを選択しちゃうんですよね。」
という話がありました。
本動画でこの話がよく理解できた気がします。
コメントありがとうございます
プレステは全てをポリゴンでやるのて大変だったらしい、
SH-2を2個稼働は相当大変らしいのですが
SH-2を1個ならまだいける、とも
軽いゲームなら十分なのかもしれないですね
いつも素晴らしい動画をありがとう!プレステとサターンとファミコンな日々だったのを思い出しました。
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0:56 1.はじめに
2:22 2.セガサターン誕生まで
23:02 3.CPU能力概要
24:01 4.サターン描画能力
27:55 5.サターンの3D性能はどうだったのか?
36:19 6.2D性能比較
37:04 7.サウンド
42:40 8.動画再生技術
44:03 9.セガサターンの熱い短い青春の日々
50:06 10.僕たちにとってセガサターンとはどんな存在だったか
ソニーの方が宣伝が上手だった
プレイステーションって名前もリアル世代からするとスーファミのCD - ROMってのが記憶に残ってるしドラクエ、FF を任天堂から引き抜いたのも痛かった
軽い気持ちで観始めたけど最後のメッセージでいたく心打たれたよ
ありがとう、自分もMark3からずっとセガのファンだった
セガのゲームハードはもう無いけれど、今もセガのゲームが大好きです
共感頂いてありがとうございます
青春のハードだったんですよ
アーケードの完全移植実現した夢のハードでしたね
サターンとゲーセンな日々だったのを思い出しました。
90年代はアツい時代でしたね…。
格ゲーやシューティング、麻雀当時は推しだった。4Mカセットで、性能上げたのは凄いと思った。結構無茶の効くゲーム機だった。
コメントありがとうございます!
拡張カートリッジ、こんな事もあろうかと精神は大事ですね!
サターン時代のセガがアーケードで使用のFM音源は、YM2151ではなくメガドラで使用のYM2612のCMOS版のYM3438が主流だったな。システム18・32、システムC/C2、プライズゲーム機などで使われてたっけ。サターン発売時の90年代半ばのアーケード市場はPCM音源が主流になってたし、サターンにFM音源の要素は無くてもそんなに影響無かったと思う。
コメントありがとうございます!
ご指摘のとおりで
当時はアーケードそのままのCD-DAがもてはやされた時代でもありますしね
たすうのプレイヤーはその音がCDなのかPCMなのかFM音源なのか
関係なくアーケードそのままのサウンドが聴きたかった時代でしたね
@@kinako-oi3fh 当時はゲームハードの群雄割拠で面白い時代でしたね。思い返せばあの時代は、ポリゴンの性能よりもマルチメディア対応とかそちらの流れが強くて、フォトCD、ビデオCD、電子ブック対応など発売初期はそういうのも売りにしてましたっけ。
すごくおもしろかったです。
渾身の大作動画ですね!最後ジーンとしました。
コメントありがとうございます!
サターンは青春の輝きなんですよ
知り合いの会社(弱小)がサターン用のゲームを作って販売したときに、セガの営業からサードパーティーで3Dゲームを作るのは珍しいと言われたとか。
当時は3Dライブラリが充実してなかったので苦労したそうです。
ハード構成が複雑で作りにくく、コストダウンしづらい特性がある以上、PSとの競合はどうしても不利だった。
初期のうちはマニアを対象に売るからむしろ有利だが、コストに厳しいライトユーザー相手になると失速するのは目に見えていた。
サターンがPSに勝てるシナリオはPSが初期に大コケするもの以外になかったが、この時点で肉薄されているようでは先はない。
スクウェアがPS陣営に参入したのは当然のことだった。
勝てないなら勝てないで、マニア向けのハードとして無理せず細々と運営という道もあったはずだったのだが。
細々と運営するという道はニンテンドー64が早々に値下げに踏み切った時点でない。まあ64は海外売上が高かったから無理な値下げも決断できたんだろうが
一方のサターンは海外売上が弱くハード設計もコストダウンに不向き。仮にPSやFF7がなくても64に全世界売上で負けてた
まあ複雑なハード設計と前世代のスーパー32Xで海外を手放した時点で詰んでいた気がするな
設計が行きあたりばったりでコスト無視した結果ね
格ゲーは見比べたらPSはパターン抜いてたりと劣るが
大多数は完全移籍じゃないとってほどは望んでなかったのよ
コスト意識はマイナーチェンジ何代もやったけど裏面底面以外は変わってない
サターンは無駄な高級感でスイッチ周りをピアノブラックにしたりしてた
白サターン時に背面のツインオペレータスロット廃止してもよかったけど
日立やビクターが許さなかったのかな
アーケードからの完全移植がロマンだった自分は、セガサターンは夢のハードでしたよ。
セガの体感ゲーム、グラディウスII、ダライアスII、レイヤーセクション、ダライアス外伝、サンダーフォースVなど夢中になって遊んだ思い出。
今では実写に迫るような作品がバンバン出てますが、この頃がゲームを遊んでいて一番楽しかったかなぁ。。。
コメントありがとうございます
ちょうど時代と重なって青春のハードでしたね
うわ、私のメガドラガレッガが使われてる!
kinako様に見つけて頂けてたとは、とても嬉しいです。
ありがとうございます。
(youtubeの概要欄は、ハイフンを使うと打ち消し線になるようですよ)
久夛良木氏側の視点では、サターンはCPUが多すぎてコストダウンが難しいから、
プレステがコストダウンを繰り返せばセガは付いてこれないと見込んでたみたいですね。
そしてそれは現実に...
でもプレステよりもセガサターンのほうが断然好きです。
メガドラ版のバトルガレッカがとにかく好きで
使わせて頂きました
事後報告で恐縮です
ハイフン謎だったんですがありがとうございます
修正します
動画でも触れた通り、youtubeでも対立動画ありますが、セガ野郎である僕達にはスペック差なんてどうでもよくて、セガ体感シリーズが遊べない初代プレステに興味がなかったんですよ
なのでプレイステーションの世界って動画は作れないんです
当時、最初の発表ではSSは「秒間3万ポリゴン」だったんだよねぇ。
PSのスペック(秒間36万ポリゴン=VF2のAC基板と同じ値)が発表されるやいなや、SSのポリゴン能力は「秒間96万(計算値)」と更新された。
計算値とは何ぞや?と思いつつもセガ頑張ってるなぁ…と思った当時の思い出。
コメントありがとうございます!
ポリゴンは実際はプレステの半分程度
ただ、ソフトウェア処理の割には頑張ってましたね
ポリゴン枠付けると頑張ってる感が出てまたいいんですよ
2Dゲーム機としてサターンはかなりのレベルなので、シューティングは良移植でしたね。
PSがヴァンパイア、SSがヴァンパイアハンターだったのを覚えています。
某ソフトの開発にちらっと関わったことがあってセガサターンは他のゲーム機よりは印象深いんですよね。まさかゲーム機のコード書くことになるとは思ってなかったので。一般には販売されていない開発機も間近で見られましたし(/ω・\)チラッ
開発に携わったことがあるなんて羨ましいですね!
すごくいい動画でした。感謝です
コメントありがとうございます
励みになります
また頑張ります!
サターンの内臓音源だけでバーチャファイターのbgmを鳴らせるって裏技があって当時感心した記憶があったんだけど…
そうか。開発側での評判は良くなかったんだ。
でも内臓音源使ったゲームもっとやりたかったな。
コメントありがとうございます
今は内蔵音源の方が評価される傾向ありますからね
当時はアーケードそのままが重宝された時代でしたからね
内臓は怖い
エヴァンゲリオンのCMでガンガン流れてましたー
修正、お疲れ様でした (^-^)
例のドリーム、ACと同様、書換確認しました!
が、
手を抜いたのか、スプライトを回転させた?オブジェも㈲りましたね、新しい?発見です。
さぁ、一緒に叫びましょう!
「せぇーがぁー♪」
ご期待に添えてみました!
任天堂vs ソニーの闘いの中でセガが大健闘した物語
決して負けたわけではなく、寧ろ彼らと対等に渡り合った栄光の歴史
当時PSとサターン両方買ってたので同じタイトルは発売日早い方買ってたりしました。比べるとビデオ出力回路のせいか解らないですがサターンの方がくっきりした絵が出てた気がします。PSは2D格闘移植がとにかく地雷でしたね。
10章は心にしみました😢
コメントありがとうございます
共感頂いて良かったです
セガサターンは青春のシンボルなんですよ
現役高校生だけどセガサターンが家で一番古いゲーム
兄貴の大学の学祭でデイトナを買ってSwitchがあるのに狂ったようにやったなぁ
コメントありがとうございます!
若い世代に楽しんで頂いて嬉しい限りです!
胸が熱くなりますな
動画再生に関して言うと、ハードの再生能力の差より、ソースとなる元ムービーにかけられた手間と予算の差が大きかったような。
秒15コマのFF7がすごく見えたのは、元のCGムービーに金がかかってるからでしょう。
PC-FXのアニメムービーとかはハードの再生能力が高くて秒30コマ出力出来てるのに、元動画に金がかかってないから、誰も驚かなかった。
プレステ陣営って、そういったビジネス全体の規模で他を圧倒したところもあるんだよね。
最後の文が凄く共感してウルっとしてしまった。
思い出補正かも知れないけど、何にも代えられない素敵な思い出。
サターンとプレステは両方持ってたけど、
同タイトルの格ゲーは段違いにサターンだった。
コメントありがとうございます
セガサターンは青春のきらめきなんですよ
PS/SS全盛期は、PCで3Dゲームが急速にメジャー化した時期でもありますね。
ゲーセンでもコンシューマ機の互換基板が台頭してきた頃で、
プラットフォームごとの技術的な境目がなくなってしまい、
結局「やりたいゲームに合わせてハードを買う(足を運ぶ)」時代になったなあ…と感じていました。
ちなみに、私はハイサターン(日立製、ビデオ拡張カードが最初から付属していたモデル)を所持していたのですが、
こちらは起動音が違うので、いまだにセガサターンのそれには違和感がありますw
コメントありがとうございます!
アーケードが10年先を行ってた時代ではなくなりましたね
それが今でも続く
アーケードはたとえば立体視や、動く筐体とか、家庭では再現できない刺激を与えて欲しいものです
ハイサターンは貴重ですね!
大切にされてください!
PS/SSの頃は家庭用ゲーム機よりアーケードの方がずっと上でしたよ。ただしアタリ、タイトー、コナミ等自社で3Dハード開発していていた会社が3dfx社のVoodooに打ちのめされてこぞってそちらに乗り換えたってのとVoodooはPC向けのボードの発売されたため……。
一発芸として、セガサターンの歌を動画にて作ってもらいたい🤣
♪
ゼカタ三四郎
セガタ三四郎
ゼガ・サターンしろ〜
私もサターンのゲームは大好きだったのでとても楽しかったです
ハードとしてのサターンは 3D がショボくて嫌いでしたが。。。w
SH-2 のデュアルプロセッサ構成は今の CPU と違って主従関係があったとか聞きますけど当時としては苦肉の策だったのでしょうね
あと、四角ポリゴンって法線ベクトルを算出するときどの2辺を使うのか、など謎なんですよね
まぁ、バーチャ2とかリアルタイムシェーディングせずにベイクで乗り切ってるように見えるので不問なのかもしれませんがw
(あるいはのっぺりしてるからベイクもしてない?)
テクスチャ乗った状態でランバートシェーディング入れるだけでだいぶキレイになったんじゃないかなとか妄想しています
ファイターズメガミックスは解像度が下がったものの、シェーディングは頑張ってるように見えるんですよね
なので解像度を除けばバーチャ2よりきれいだと感じているのですが
バーチャ2のリングが BG ってのは面白いですね
リングサイドだけポリゴンとか痺れました
結論で仰ってる通りで、サターンのゲームは愛情に溢れた作品が多かったですよね
素人目にもハード性能が足りてないのにそれをプログラミングでねじ伏せた感が好きでした
なんだかんだ言って一番好きなハードはサターンだったと思います
コメントありがとうございます
思い入れの深いハードなんですよ
スプライト枠つけるとサターン頑張ってるな
と思うんです
スペックも大事ですが、サターンはゲームパッドが持ちやすかったです。
コメントありがとうございます
サターンパッド良かったですね
やはり色は黒で
3:13 ラッド「モービル」じゃなくてラッド「モビール」ですね
コメントありがとうございます!
失礼しました。。
👏
一応、CPU性能ではプレステに勝っていたんですね
コメントありがとうございます
CPU2つで頑張ったんです
使いこなすのは大変だったようで一つ稼働も多かったようです
(※要優秀エンジニア)という注釈がつきますけど
セガ以外でデュアルCPUを活かせたソフトはあったのかな?
@@橋本ゆぅ助
全部ではないですがあったと思います
ライブラリやマニュアルあったので
3D格闘ゲームやレースゲームはかなり使っていた
シンプルなゲームは一つで足りたのかなと
ポリゴンに枠を表示する特殊なソフトウエアが面白いですね
これでラストブロンクスの地下鉄と駐車場の天井がどういう処理されてるのか見てみたいです
やっぱり背景なのだろうか
コメントありがとうございます
回転拡大縮小は一枚だけなので
天井壁はポリゴンと思われますね
@@kinako-oi3fh
天井までポリゴンなんですね
後期の作品だけあってすごいですね
サターンは強力な3D演算を後から追加可能な手段を用意しておけば良かったのになとは思う。
ムービーカードを追加できる場所に演算ユニットでも追加できなかったのかな。
回路図見る感じだとBバス伸びてないから32X方式ならSH-2連携で行けそう感
上に伸びた方が、かっこいいし!
@@kinako-oi3fh CDの出し入れが本体の真ん中にあるから、上に積んで伸ばすよりか下に入れて、サターン本体が上に登っていくのも良いかも?
ファミリーコンピュータ ディスクシステム式
ただでさえ赤字なのに追加機能なら5万円で見向きもされない
初期のPSはテクスチャが歪んでたな。レースゲーなんかで顕著だったが、GTからそれが無くなった
サターンは日本で観るとPSと互角に渡り合って居たけど、ジェネシスが売れたアメリカではサターンがサッパリ売れ無かったから、撤退もやむ無しかと。
ずんだもんだったので「本でも読みながらゆるゆる見れる内容だろう」と開いたが、始まって1分もしないうちに「あれ!? ずいぶん話のレベルが高いな」ってなりました。
コメントありがとうございます!
励みになります
また頑張ります!
36:21 流石にサターンはAC基板SYSTEM32を基準に設計されただけあって当時としては無限とも思えるスプライト表示が可能だったんだなぁ。
コメントありがとうございます!
メモリーが許す限り置けたらしいです
この辺りはサターンが強かった点でしたね
内容はとても面白いがBGMの音量が大きすぎて、何を言っているのか聞き取りにくいです
コメントありがとうございます
次回以降もう少しBGM絞ってみます
体感上は結構長く感じたけど、たった4年でドリキャスの様に一気にゲームレベルが飛躍したのが凄い。
コメントありがとうございます
今では四年は一瞬ですが
当時は楽しませてもらいましたね
セガは急いでだしてやらかすイメージ
コメントありがとうございます
その不器用さがセガらしいと言いますか、、愛してやまない所であります
ソニーがソフトメーカーにPS参入してもらうべくどさ周りをしていた当初は
「3Dなんて今の家庭用ゲーム機じゃ無理」「300万台売ってからまた来てください」等
まったく相手にされなかったのに、93年にバーチャファイターがアーケードで登場して
3Dゲームの時代の到来を予感させると一気に流れが変わって「ぜひ参入したい」と
メーカーの態度が豹変したそうで、久夛良木さんはセガに対してとても感謝していると
インタビューで答えていましたね。
コメントありがとうございます!
当時ソニーも必死だったと思います
ゲーム離れを防いだ功績は大きいですね
今の10万ぐらいの価値かな?
親の財布から金抜いて並んで買った😂
バーチャのためと買ったけど
ガングリフォン
パンツァーラグーン?
この二つは凄かった!
今でもこの勝てるゲームに勝てるのあるのかな?
昔はお金を払わないとゲームができなくて、払ったお金がもったいないから鬼畜ゲーでも遊び続けた。だから昔は鬼畜の難易度のものが多かった。
グランディアもスパロボも街もソウルハッカーズも結局そのあとPSでも出たのがすごくがっかりした思い出。。。
いや、PSも持ってたよ?でもさ、やっぱり何とも言えない気持ちになるやん?
なりますねぇ
両ハードとも良い機材でした
CDドライブに付けたSH-1は結局何のためだった?
コメントありがとうございます
ブロック図見るとオプションのmpegボードとも繋がっていることから、その周りかなと想像します。単純にCD制御では無さそうです
CDの先行読み込みができるらしいので、
CDアクセスのコントロール用の
SH1だと思ってた
SCEがPS2か3の時に日立からSHシリーズを買い上げてしまえば
国内IPで固めた家庭用コンピュータが出来たのに
サターンの頃は一番熱心にゲーム遊んでたな
良質なSHTにギャルゲー(エロゲー)と楽しかったよ
この頃のゲーム愛はサターン以降、俺の中では起きなかったわw
サターンて、終盤、エロゲに走った印象。でも敗退。という、醜態を展開したイメージ
エロはむしろ初期に出てて、中期以降は出なくなったのじゃなかったかと。
このあたり迷走してた感はあります。
セガ家庭用に復帰しろ、俺らは待っている😂
サターンってこんな高かったんだ・・・2万くらいのイメージだったw
コメントありがとうございます
最初は高かったんですよ
でもその黒いサターンが好きでしたねぇ
@@kinako-oi3fh よく買ったな、子供の頃の俺w 今じゃゲーム機にこんな金額出せないよw
当時、周りの人達はSEGAサターンSEGAサターン言ってました、が私はマークIIだーマスターシステムだーと、次々と新規ハードを発売するSEGAに不信感を持っていました、メガドライブにだけは少し心が揺らぎましたが(笑)
しかしサターン無視してプレステ購入、周りの人達はサターン購入していました、結果サターンは早期に終了
やはりねー高いハードを購入したユーザーをすぐに裏切るような商売しちゃー駄目なのよー
コメントありがとうございます!
商売があまり上手で無い所がセガらしい、と言いますか、
だからハードか、撤退する事になりました
過去(スプライト)より未来(ポリゴン)が見たかったのでサターンには心底ガッカリしました