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ソース無しの「上司によるイジメが原因」という説で無数の劇が作られたことが興味深いしかも江戸から昭和まで300年くらい大衆的人気を保ったんだから凄い普遍性「職場での上司からの酷い扱い」が日本人の多くが共有するキレポイントだったことがよく分かる
パワハラじゃなくてただの思い込み説もあるからな……部下に注意してたら殺傷沙汰とか怖すぎる
映像作品の描写を信じると、「料理や屏風に難癖をつける」みたいなのは本当に善意でそうアドバイスしたのかも知れないけど、「畳替えの必要性を教えない」とか「服装を誤って伝える」みたいな、言い逃れのできないいじめもちゃんとやってますね。
「吉良が浅野への嫌がらせとして饗応が失敗するように仕向けた」説は「饗応が失敗したら指南役の責任が問われる」事態になりますから理論として破綻していますね浅野が「前回はこれで良かったのになぜ今回はそれでは駄目なのか」に対して吉良が納得のいく回答を出せなかったor浅野の理解力が足らなかったのではないのかと愚考しますその根本として、元禄バブルによる物価高騰に対して浅野が詳しくなかったという説もありますね
丁度この時期小判の改鋳してるんですよ、小判の品位落としたんですから前の100両と今の100両の金の含有量が違う訳で。丁度今起きてるウクライナ戦争でのインフレみたいな物で物凄いインフレ起きてたみたい。でも自分で買い物とかした経験無い大名がそれ理解してたかというとね。17年前に仮に100両で出来た事をするのに、300両いるとか言われたら普通怒り始めます。でも、それだけインフレ起きてた可能性あるんですよね、この時期吉良からすれば当然の要求ですが、世間知らずの殿さまは17年前はこれですんだという認識で納得できなかったんかも。
昭和の頃はほとんど毎年討ち入っていたのに赤穂浪士も大人しくなったなあ…、などと世間的な話題にならなくなって久しく、こうしてじっくり解説してもらえると感慨深いです。
「う~、寒いねえ。討ち入りどうしようか?」「辞めちゃえば?今年は」「今年はー!!?」
@user-qz1ev6kx9e 上野介「今年は助かった あいつら 毎年のように人の家を荒らしていくよな」
忠臣蔵かー。実は昔からほとんど興味を持てなかった題材なので、こういう考察勢が史実を色々と語ってくれるのはありがたいです。後編も楽しみにしています。
浅野内匠頭の失敗は指南役の吉良上野介の失敗になるんだから、嘘教えるわけ無いじゃないかと
忠臣蔵をネタとした「人とは組織内でどうあるべきか」を考えさせられる動画でした。この動画見を見て自分の至らなさを見せつけられた気がします。ものすごく学ばされました。ありがとうございます。あとキレッキレッの茶番も良いですね!
久々の動画お疲れ様です。私が忠臣蔵初めて知ったのは大河ドラマだったと思います。小学校低学年でもわかりやすい勧善懲悪と武士として仇を取って潔く切腹するみたいな受け入れやすいヒロイックなところが歌舞伎と相性が良くてそれで庶民人気が高いんでしょうね。
去年かおととしくらい、赤穂事件についてNHKで放送してました。それによれば、浅野家には、初回の接待の際の資料が残っていて「前例踏襲」でやっていたら、物価が違っていて、予算の立てからして現状にあわなかったというものだったような。浅野、吉良の事務方との齟齬が、やがてトップ同士の確執につながっていったような話だった?(記憶曖昧)。浅野さんが勝手に切れた、というより、「前例踏襲で何が悪い」みたいな認識だったような・・・。 また、刃傷沙汰のあと、幕府の事情聴取に、吉良さんは「浅野殿、ご乱心」と述べ、「浅野殿は心の病で突発的に刃傷におよんだ」ので、吉良さんは浅野さんを断罪するつもりはなかったんじゃないか、と放送していたと記憶しています。あと、磯田道史さんが登場した番組で、討ち入りに参加した浪士のひとりが残した手紙が発見されて、討ち入り後、主君の墓前で浪士たちが行ったこと、「主君の無念をはらす」とはどういった意味か、についても考察していたような。 たしかに、忠臣蔵は、「公方様のおひざ元、国家の首都で、政府の高級官僚を47人の浪人が徒党を組んで襲撃して殺害するというテロ事件。忠義を貫き、不当判決を強いた権力に一矢報いるという、感情的にはヤンヤヤンヤの物語だけでは、歴史の考察としては片手落ち。 さらに、今回の動画では、紛糾する会議を収めた大石さんの手際のよさに光を当てた、うぷ主さんの鋭い考察は恐れ入り谷の鬼子母神。スゴイ。動画、何編でも使って、鋭い考察を期待してますよ。こりゃ、楽しみだ!
浅野は吉良にケチンボと言われたんだと思います。本当のことだから一旦は辛抱していたが、やっぱり武士として許せんと言うことになったんだと思います。
「処す!?処しちゃう!?」って表現好き。
本誌連載終わったけど「磯部磯兵衛物語」面白かったよな
規制に引っかからないこの表現好きですw
母上(クソババア)殿 好き
赤穂事件の事実関係が見ていてわかりやすいです。刃傷の理由について以前面白い意見があったのですが、このとき接待されていたのは勅使(天皇の使者)だけではなく院使(上皇?の使者)もいたらしい。そっちは伊達家が接待していたが伊達家はこれでもかと豪勢に接待していたためこれでは浅野側は天皇をないがしろにしていることになる。吉良は親切心から伊達家に合わせてやり直すように浅野家に指導したら,浅野内匠頭としては「前にやったときこれでOKだったじゃないか!」と嫌がらせされたと受け取って斬りかかった。という物です。吉良に悪気はないが浅野に恨まれる理由が納得できるかなと。後、浅野が不幸だったのはこのとき吉良を手当てした医者が藪だったらしく出血が止まらなくて「吉良重篤」と情報が出た事が状況を悪くしたらしい。この後別の医者が手当てしたらすぐ出血は止まったそうな。
ただ、そうだとしても解せぬのは何故白昼堂々浅野内匠頭が刃傷に及んだかは謎ですよね。そういう逆恨みなら普通は闇討ちにするはずですよね。何しろ白昼堂々刃傷に及ぶというのは明らかな衝動的犯行であるので、そうであればその場で吉良上野介が浅野内匠頭を立腹させる言動をしないと可笑しい。だから結局「この間の遺恨」が何であれ白昼堂々そんな蛮行に及ぶというのは常識ではあり得ない。常識であり得ない言動をするということはやはり浅野内匠頭精神疾患(当時「乱心」と言った)説がしっくりくると考えます。
@@haruum7264 精神疾患自体は否定しません。要するにきっかけがなんだったかという点です。動画でも言っていましたが3日目でストレスが溜まって、こういうふうに嫌がらせされたと思い込んでキレちゃったのではないかと。内匠頭のおじさんも同じように刃傷沙汰やらかして切腹になってます。ただ、こちらは乱心だったとされて家は取りつぶしになっていないんですよね。内匠頭が乱心ならこの前例に基づき赤穂藩は存続になりますが、綱吉が乱心と認めなかったので(老中は乱心の可能性が高いと主張していた)お家取りつぶしになった。この後の大石の行動もこれによると思います。内匠頭が乱心ならお家存続のはずなので、お家再興が優先。それが認められず正常だったとするならこれは喧嘩なので両成敗でないとおかしいので仇討ちと言う順番でしょう。気の毒なことに家臣達は「うちの殿様は乱心だったのでお家再興を認めてください」とはストレートに主張できないのが可哀想。
嘘を教えたとか嫌がらせしたとか言うけど接待に不手際があれば指南役の吉良にも責任が及ぶんだよなあ
教育係の責任だもんな
ウィル・スミスの例の一件で日本ではウィル・スミスに同情的な人が多いのは、事件の構造が松の廊下のそれと同じという考察があることをTogetterのまとめで読んだ。
あ、なるほど。「大切な人を侮辱された」のなら「一人前の男なら侮辱された人に代わって報復せねばならない」という構図か
原惣右衛門 → 原了郭 → 黒七味 → 黒 → 闇 → ルーミアなんて的確で冷静な判断力なんだ…!
浅野内匠頭長矩の母方の叔父の内藤和忠勝が刃傷事件をやっています。しかも、その時の将軍は徳川綱吉でした。なので、乱心説が出ました。 また、吉良の虐めの話は、采女事件の前田利昌に対する織田秀親の虐めが原因で、この話が忠臣蔵に組み込まれたそうです。まあこの事件は忠臣蔵の少し前ですが…。
テレビ番組の検証で、「内匠頭の医療記録(胃の調子を診てもらっていた)からストレス性の胃潰瘍か胃腸炎で睡眠不足と痛みで限界になって斬りかかったのでは・・・」というのを見たことがあります。
忠臣蔵に興味を持った方には、清水義範氏の「上野介の忠臣蔵」を読んで欲しい。様々な資料と愛知県民という立場から忠臣蔵を書いた名作だと思ってます!
かなり多くの本を出版されている方ですね。私が引用している「上杉藩にたかりまくっていた」事なども書かれていますでしょうか?当時の賄賂は正当な収入とはいえ、他藩に恨まれるほど仕送りさせていた人の善行となると、恩恵を受けた側と搾取された側で、正反対な見方になると思います。まぁ吉良は吉良で「高家ゆえに所領が少ないが、体面を維持する義務がある」という立場で、恒常的に金を工面する必要がある=他藩に嫌われる、という宿命がありました。
復興が目的という話は初めて聴きました。後編が待ちきれない!
浅野長矩は武道を好み、文道を疎んでいた。+ちょっとしたことで怒鳴り散らしていた。吉良上野介は朝廷の礼儀作法に通じている高家で、こまごまとしたことに次々とツッコミと訂正が飛んでくる。なおかつ1回目(18年前)の饗応と同じ規模で予算を組もうとしたら、吉良にもっと金掛けろと突っ込まれる。(米と金の交換レートが微減していた+緩やかな物価高で同予算だと格式にふさわしいのが出来ない)うん・・・・起こるべくして起きたとしか・・・
殿中での抜刀自体がそれ単体で切腹相当の罪状ですからね。加えて動画内で触れられている通り勅使しかも将軍綱吉に取って特に重要な接待だった訳ですから浅野の切腹は確定事項、藩取り潰しも同様。流動性が多少でもあったのは吉良にも処分が下るかどうかと、赤穂藩再興の可能性ですね藩士は主君個人の家臣ではなく御家の臣ですから、内匠頭の為には死ねない、御家に尽くすというのも道理であり、実際譜代の臣はそういう考えで穏健派、一方急進派は新参勢が中心でしたね
同じ意見なのに、内蔵助の意見が通ったのは単に九郎兵衛が嫌われてたからではと思ったのは自分だけだろうか。
30代が60代に脇差で背後から切りかかって仕損じてるってのは、計画的ではなく衝動的(キレてやらかした)だった状況証拠と思える。江戸城での刃傷事件て他にもあって、比べるのもまた面白い。
本気で56そうとするなら、切りつけるのではく、突かないとダメですからね。
実際、上司を「○したい」と思った私なら分かる。○すのは第一目的ではなく「恥をかかすのが第一目的」です。恥をかかせる相手は吉良と幕府。吉良は直接的な恨み。幕府は「こんな奴を放置した」恨み。
@@great-words-life 計画的なら脇差じゃなくて打刀使うべきだし、それが使える場面でやるべきだし、止める人がいるところでやるのもダメ。もっと言えば独力じゃなくて大名としての武力を振るえば、上級とは言え旗本一人仕留めるなんて簡単なわけで。
で、不意打ち食らわせて仕留めそこなった浅野ザコw って意見は当時からあったそうな。
浅野藩と伊達藩って戦国時代からずっと親交があったんだなと感じた事件。ちなみに吉良上野介の出身地では悪役ではなく、不幸な事件に巻き込まれた偉人として扱われてるみたい。
三国志演義と同じく、事実を基に想像と脚色で面白くなったって事件だね。昔は年末の定番だったけどドラマは金かかるし、もう時代劇を演じられる俳優も少ないんじゃないかな。
冷静に考えて、嘘を教えて接待が失敗したら吉良の経歴に傷がつく可能性が大きい。嫌がらせ的なことをした可能性はあるけど、創作にあるようなハードなものは難しいのじゃないかな。
磯田先生が浅野内匠頭が吉良を仕留めていたらここまでデカい事件にならなかったって言ってたの思い出した。
そもそも江戸時代って戦国よりマシなだけで結構ヤバいしね…
会議の運営能力は、いつの時代も必要なんですね。。
「ラスト5秒の逆転ファイター」はおっさんの私に刺さりますw
お疲れ様です大石内蔵助の会議戦術は、「日本のいちばん長い日」の鈴木貫太郎首相と阿南惟幾陸軍大臣の二役を一人でこなしたような印象を受けました急進派を抑える為に過激な主張を突きつけ、逃げ場を用意し誘導し、絶妙なタイミングで裁定して有無を言わせず、最終的な責任は自分が持つお見事な政治術です
再興できませんでした→今更就職活動をしても遅い→ヤッて忠義の士の称号を貰ってワンチャン→全員切腹になって終わり。こんな感じかな。最終的に共倒れで浪士は浮かばれてるのでは。後編が楽しみですね
いや、再興できませんでした→今更就職活動をしても遅い→どうせ仕官できないなら最期に一暴れして死にたいという可能性無きにしも非ず
何の本で読んだのか忘れてしまったのですが、物価の違いによって浅野吉良間の感情が拗れていた説を読んだ記憶があります。赤穂藩は以前にも接待役をやっておりその時にかかった費用よりもかなり高額になった為吉良上野介が嫌がらせをしていると思い込み賄賂(とされている指南料)を払わなかったとかそんな話だったような気がします。
お爺ちゃんの悪評は他大名からも書かれちゃってるのでおそらく事実なんだよなぁ…ただ綱吉の黒さを知ると裏が色々有りそうでちょっと怪しいですね
やっぱり赤穂藩の江戸家老の責任が重いんだよねぇ…何やってたのよ感が
江戸詰めの上層部が殿様に含むところがあったとしか。堀部不破の耳には入らない何かが。
じいちゃんが赤穂浪士の討ち入りが誕生日で(明治ですが)、赤穂浪士の話をどどいつで聞かされて育った幼少期。
この頃テレビでやらなくなったのは赤穂側のやらかしが出てきたからだと思う。
忠臣蔵の大河ドラマで一番新しいのは元禄繚乱ですね。後編が楽しみです。
どっかで見た時は浅野内匠頭は幼少の頃から癇癪もちで基地気味だったような事が書かれてたかな?このような方なのでなかなか作法とかも覚えてもらえず作法を教える吉良上野介が苦労してるとか当時の時代背景でテロした方の赤穂の方々が正義の方になってしまってるとも言及されてましたね
なぜか襲撃犯より宗教の方が悪いとかいう風潮になっている事件が今もありますね…(白目)
100年後に日本が存在するなら、美談として創作されるかもな。あるいは、ハリウッドや韓国辺りがこれを元ネタにした映画を作るかもしれない。
し、宗教の方も悪だったから・・・(小声)
いや宗教のやつらは総理大臣にさぎの宣伝マンやらせて多くの人生むきゅむきゅにしたドワルやで。。
あれは、こちらよりも遥かに露骨な印象操作の結果ですけどね。
誰が 何と言おうと 殺人は最悪の手段、統一 教会を駆逐すべきは 賛成だがそれによって殺人事件を矮小化するのは違う 5.15や2.26を賛美して 戦争に突き進んだ 日本人と何が違うんだ
29:30 3000石の吉良氏に金のかかる接待を任せた皺寄せ説あったね
高家は格が高いので装備に金がかかるのですが、金が無い(苦笑)。よってこーゆー機会に稼ぐしかない(当時の賄賂は正当報酬)。吉良「さっさと出せ」 浅野「前回も無理して出したのに」 吉良「これだから貧乏藩は(自分は棚上げ)」 浅野「てめぇ!」 という流れかと。吉良は自分の息子(上杉藩へ養子入り)にも高額の仕送りをさせていて、赤穂事件後に。他の方の論文から引用ですが。>吉良上野介は上杉家米沢藩(前述した通り日本でも貧しい藩の筆頭!)と縁戚(4代藩主綱憲が上野介の息子)なのでたかりまくり、綱憲の衣食住による江戸での支出が毎年2000両、吉良家への支出が毎年1000両にも及んだ。「物語藩史1巻」の376ページでは「米沢雑事記」を引用し、赤穂浪士によって殺害されたときの状況を「面々が内心では上野介殿をうらんでいた最中の出来事だったからその知らせをきくや悲しむ心はなくむしろいい気味と口に出していいたい」と記している。
吉良家は当時の高家筆頭だったので、大事な接待だからこそ上野介に任せたのだと思います。
この時代って経費の概念がないから賄賂要求するの当然なんですよね、4200石の吉良家の収入で満足な事出来る訳ないんですから只、問題はこういうのは不文律なんで建前としては浅野は極限までケチれるんですよね。技術指導料じゃなくて、単なるお礼って事なんで幾らでも良い沢山トラブルが起きてたのでしょう
@@リックドム-d8q 後に上杉家の財政を立て直した上杉鷹山は手始めに藩主の江戸での仕切り料(生活費)を1500両→209両にまで下げている。吉良親子が上杉家の財政へ与えたダメージは計り知れない。ただし、吉良の息子である上杉綱憲が養子として上杉家を相続(末期養子だった為ペナルティで30万石→15万石にされる)していなければ問答無用で改易・お家断絶の憂き目にあっていたのもまた事実である。
わたしは吉良氏贔屓なので、とても赤穂の連中が憎らしく思えてくるのですが、今回の考察で冷静に考えられそうです。後編も期待してます。
他の方の論文より引用ですが吉良上野介は上杉家米沢藩(前述した通り日本でも貧しい藩の筆頭!)と縁戚(4代藩主綱憲が上野介の息子)なのでたかりまくり、綱憲の衣食住による江戸での支出が毎年2000両、吉良家への支出が毎年1000両にも及んだ。「物語藩史1巻」の376ページでは「米沢雑事記」を引用し、赤穂浪士によって殺害されたときの状況を「面々が内心では上野介殿をうらんでいた最中の出来事だったからその知らせをきくや悲しむ心はなくむしろいい気味と口に出していいたい」と記している。奪う側は「当然の権利」と思っていて「当然の事をしない者を、劣悪に扱っても当然」と思っているんですよねぇ。家族や地元民には優しかったようですが、やられた側がそれで許すはずもなく。
あと、討ち入りは実は「就職活動」だったりします。吉良はお役目を果たすべく体面を整えるため、上杉藩と指導相手に「正当な報酬」を要求。赤穂浪士は再就職を果たすために「忠義ものという名声を得るために」吉良に討ち入り。お金の構図が透けて見える名劇ですよ。
@@リックドム-d8q いきなり「他の方」とか「前述」とか何いってんだこの人
上杉家が嫡男がいなくてお取り潰しになるところだったのを吉良家の嫡男を養子に出すことによって石高を半分になる処罰だけで救われたという事情があったはずです。つまり、当時の上杉家の殿様は吉良の跡取を奪ったので断りきれなかったのだと思います。
@@肉巻きインゲン 吉良上野介の正室は上杉家から嫁いでるので、その子を上杉家に養子に出すというのは無理筋でもないと思う。どちらかと言うと、旗本の吉良から大名の跡目を出すのは名誉なんじゃ?
「浅野は以前にも饗応を受け持ち吉良に対しすでに相場相応の賄賂を渡しているので二度払いを渋った」説もあれば「饗応において浅野の不始末を見逃せば指南役たる吉良の面目丸潰れになるので史実の吉良が浅野に対して創作レベルの嫌がらせを実行するのは不可能」説もあったり
待ってました
赤穂事件に関してはあまり知見がなかったので助かります。
浅野・脇坂・亀井の三家は三回饗応役を果たしているみたいですね。亀井茲親による三回目の饗応役の際には、かの有名な「山吹色の菓子」が吉良義央へ賄賂として渡されるのが忠臣蔵の定番のようです。
威勢のいい強硬派に流されてズルズルと対中、対米戦争に進んだのが大本営ですから、今回の解説の大石内蔵助のグッジョブぶりがよくわかります
日中戦争泥沼化は近衛のせい。太平洋戦争開戦は東條のせい。
「偽史日本伝」では吉良方が老化による健忘症ではないかと解釈されてましたかね。プラス、文系の吉良と体育会系の浅野で致命的に反りが合わなかった説も好き。現代でも御茶の先生にお礼の贈り物をする文化が残っているらしいけど、そういう類のお返しを賄賂としか理解出来なかった、という。
乱心を自ら認めれば「改易」という最悪事態を回避出来るかと内匠頭に確認したが、本人は否定した。
正確には、乱心でも改易は免れないが、親族による再興がやり易くなる。実際、浅野の親戚は乱心でやらかして本人は切腹、改易だが、後にお家再興された。
だいたい、小刀で斬りかかるってホントに侍なのか?ヤるなら突くべきなんだよね。
浅野内匠頭の御乱心(癇癪持ち?)→吉良義央の幕府取り調べお咎め無し→綱吉立腹で即切腹(遺恨を残してまずかった)→吉良義央には罪が無い それにしても仮名手本忠臣蔵の創作で300年以上悪者扱いされて来た隣町の吉良町は可哀想もちろん今でも忠臣蔵の話はご法度です😢
>ストレスMAX昔NHKの番組で浅野内匠頭は偏頭痛持ちで、日々の気圧の変化とかで偏頭痛が発症、それで普通の人なら流せる些細なことにもイライラしてたとか考察してたな。偏頭痛の根拠は忘れたけど😅
2回目の接待だったんだ…今回も前回と同じ感じでいいんじゃね?いや、今回の接待は重要案件が絡んでるんだから困るんだよ…な感じで揉めた流れだ感じだったのかな?
メドヴェージェフが閣議中に原爆被害者に謝罪と切腹しろって発言したけど現実って平気でフィクションを超えてくるな……
浅野内匠頭自身、頭の中が戦国時代の人がこの時代に大名やってた様にも見えますね
浅野内匠頭については、現在でいう「総合失調症」の家系だったのではという研究者がいます。吉良義央刃傷の場だけをとって分析しても、抜かりが多すぎる。この時この場に居合わせた梶川頼照という人物が、刃傷の場を日誌に書き残している。その記録によると、浅野は背後からいきなり吉良義央に斬りかかり、合計四太刀浴びせているが、浅野は梶川に取り押さえられている。脇差で斬り付けても致命傷を負わせることは難しい。相手を仕留めたいなら刺すべきだが、それをしていない。浅野は明確な殺意で吉良義央に斬り付けたのでなく、発作的な癇癪で暴れたと言うべきでしょう。仮名手本忠臣蔵はこのことを揶揄して「浅き匠の塩谷殿」と浅野内匠頭を暗にバカ殿と言っています。
昔の大河ドラマの「元禄繚乱」で急進派の暴走と御家再興の両天秤を天秤にかけて大石内蔵助が奔走する話を一年かけて流したのを今でも覚えている。ああいうのを毎年放送するだけでもNHK人気は回復するのだが・・・時代劇・歴史ドラマ絶滅の危機なので何とかして欲しい。
赤穂浪士をやると刃傷松の廊下以降は出演者が減る事が殆どないので予算がかなり嵩むのも事実である。
1701年といえば「徳川光圀(水戸黄門)」の没年なんですよね。彼がもう少しだけ長生きをしてくれたら……赤穂事件もここまで拗れることはなかったかもしれません。というか「忠臣蔵」と「水戸黄門」のコラボなんて……時代劇ファンなら見たいはず!
水戸黄門28部の赤穂の回でラストのナレーションでそこの部分に言及されてましたね。
浅野家と伊達家は宗家が絶縁状態だったので、吉良さんが管理する当時の職場の空気が最悪だったということを聞いたことがあります。幕府は勅使御饗応役と院使御饗応役をなぜこの組み合わせにしたのだろう。
浅野内匠頭が預けられたのは、一ノ関藩田村家‥ここも伊達の分家です。取り調べで一言も発しなかったのもそrwで期限を損ねたからかも。
関ケ原の少し前に伊達政宗が浅野長政に突然因縁付けた手紙を送って絶縁・没交渉になったとか・・・
吉良にしても直前までに自分が朝廷工作をしていた成果が台無しになったかもしれないからね。
赤穂城は築城時に幕府の批判本書いて江戸所払い→赤穂藩預かりになっていた山鹿素行の監修でガッチガチの要塞になってたんですが海岸に近いため井戸を掘っても塩分が濃いので水源は上水道頼りでした 赤穂の上水道は日本の三大上水道の一つともいわれてます籠城案が取り下げられたのは上水道を止められたら早々に詰むし、城下町も干上がってしまうというのが大きかったようです
本件で下記の疑問があります。・幕府の重要行事なので浅野内匠頭が失態を犯せば指南役の吉良上野介も指導不行き届きとなるのではないか?・動画中にある通り接待役が二度目なので指南が無いと全く判らない訳ではありませんが?
当初の城の前でみんなで切腹ってのは現代での街頭で焼身自殺でのアピールに似たものを感じる。当時の日本人も同じようなメンタリティを持ってたのかな。
古代中国の古典の影響で、主君を諫めるのに自害するという向こうの思想が蔓延ってしまったんでしょうね。
発端のそれは計画的犯行では絶対ないよね。カッとなってやったの恥ずかしくて理由言えなくなったんじゃないのかな。そのダンマリが後の討ち入りの一因にも繋がるわけだが、吉良が浅野に何かした証拠はないけど尊敬されるような接し方をしていた証拠もない。永遠の謎だよね。
今回は三部くらいになるのかな?
赤穂浪士の話って公正世界仮説の思い込みの典型例だと思うんですよね「この世界は公正、公平でなくてはいけない」という思い込みで物事を判断してしまう吉良上野介は浅野内匠頭に襲われたのだから相当悪いことをしたに違いない、吉良上野介は赤穂浪士達に襲われたのだから相当悪いことをしたに違いない、そんなふうな勝手な思い込みで悪人に仕立て上げられたのでしょう。まぁ多少賄賂は貰っていたのでしょうが当時としては普通のことですし…現代でもSNSとか匿名掲示板とかヤフコメとかで何か事件が起きた時に被害者を叩いているような人にありがちなものですね。最近になってようやく誹謗中傷に対する罪が重くなったわけですが、公正世界仮説の思い込みのせいでこれまで理不尽に貶められていた人がたくさんいるのでしょうね
当時は、生類憐れみの令等への不満が溜まっていたが、幕府を批判する訳にはいかなかった民衆の鬱憤が吉良家に対して爆発した という考察も有ります。
関口宏の堀部安兵衛もあった。それはともかく、討入り後の吉良家にたいする将軍家の仕打ち...
まだ少年だった跡取りに対しての処罰は胸糞悪いですよね!しかも自分の家が賊に襲われたのに対して応戦したことにもお叱りがあったとか…
おいらは北野武と陣内孝則がやったやつが印象残ってる。 ちなみにうぷ主の文治政治に挙げてるのは仮名手本忠臣蔵として現代まで演じられていることに由来しているものと思われます。
※忠臣蔵の真相は人形浄瑠璃「仮名手本忠臣蔵」に暗号として隠されている。その暗号を解いてみよう。 「仮名手本忠臣蔵」というのは寛延元年大阪道頓堀の竹本座で上演された人形浄瑠璃で幕府の目を誤魔化す為に人物名を太平記に登場する人物に替えている。作者は霊感にたけた人で忠臣蔵の事件は怨霊が起こした事件だと看破している。赤穂浪士は南北朝時代の後醍醐天皇方であり、吉良側は足利尊氏方である。犬を溺愛した北条高時は犬公方徳川綱吉に生まれ変わり、天皇に忠誠を尽くした楠木正成は、主君に忠誠を尽くし敵討ちをなしとげた大石内蔵助に、後醍醐天皇の最大の敵となった足利尊氏は朝廷工作して野心を燃やした吉良上野介に生まれ変わっていると分かります。後醍醐天皇方と足利尊氏が北条高時を滅ぼした事が仇となって今度は反対に綱吉によって仇を取られ、赤穂浪士と先祖が足利氏の吉良上野介殺される事になったのです。 大石内蔵助をを大星由良之介で示しているのだが名前が暗号になっている。大星は天皇の暗示であり、大石内蔵助は明智光秀の血筋を受けた家綱の嫡男と解釈できるのです。 大石内蔵助は大星由良之介、吉良方梶川与惣兵衛は加古川本蔵で表現されている。両名の由良は由良川、加古川は加古川で京都の福知山を挟んで両方の川が綱引きしている形に見える。由良川の源には春日局の生誕地春日町があり、加古川の源には足利の飛び領地丹波篠村がある。将軍の継承争いを春日局側と足利側柳沢吉保が行い、権謀術数で足利側が勝ち、足利系の綱吉を家光の四男と偽って5代将軍にすえた。吉保は浅野家に家綱の嫡男が隠れていることを突き止め、浅野家を取り潰してから家綱の嫡男を暗殺し、合わせて邪魔な吉良上野介を消す陰謀を企てて、上野介に内匠頭を挑発して喧嘩するよう命じた。内匠頭と上野介は口喧嘩していただけで刃傷には及んでいないのである。内匠頭は刃傷事件を起こすと重罪になることをわきまえていた。それが上野介の演技で刃傷事件にでっち上げられたのである。
お芝居だと吉良を悪役にして赤穂浪士側を美化してるけど、やったことは御上の裁決に逆らって襲撃してるテロ事件だからいまの時代じゃイマイチ受けが悪いのがドラマが減った理由の一つだと思います
それに、やたら「喧嘩両成敗」と言うけれども『甲州法度之次第』には「喧嘩之事不及是非可加成敗但雖取懸於令堪忍之輩者者不可處罪科」とあり、吉良上野介はこの「堪忍之輩」であり、罪に問われる謂れなく、したがって幕府の裁定は正しいのにそれを逆恨みした赤穂浪士の蛮行というのが私の認識です。
まだ、幕府に反逆した方が今なら受けるだろ。辞任して隠居したじいさんを集団で不意打ちなんて、今の人には関ドキュン行動にしか見られないわ。
19:45 「ラスト5秒の逆転ファイター」wwwwおもろすぎるw
襲うにしても矛先は改易を決定した幕府に向けるべきだよな
江戸時代もこの辺りまではまだ自力救済色が強く、法を適用した上での刑死も相手の加害行為であると言う認識が強い。実際にこれで敵討ちが起きた例もある。江戸時代も後半になると幕府の裁定がおかしいのなら幕府に抗議すべきだったと言う声もあがる様になり、この辺にも社会秩序の停滞による幕府の脆弱化を見出すことが出来る。
殺す気なら刺せや!という突っ込みな話もあったとか聞いたwwww
当時の人間からも不意打ちしたくせに老人1人殺し損なったクソザコ呼ばわりされてたらしい
@@遠埜 しかも50過ぎた当時では老人な梶川に押さえつけれているという…卑怯にも背後から不意打ちかましたくせに初太刀で仕留め損ねて刀も抜いてない老人にさらに襲い掛かって2撃目でもとどめを刺せず挙句にジジイにおさえつけれるという雑魚っぷりですからな勇猛で知られてたはずの浅野家の名誉も武士としての面目も丸つぶれですわ
内匠頭の母方の叔父が芝の増上寺で刃傷事件を起こしたときは刺して相手を仕留めたそうです。親戚に成功者がいたのになァ……
どう考えても浅野が悪いだろ。(拳どころか刀を抜いたし、場所も時間も悪すぎる。改易で妥当だな)(吉良は反撃してないから、喧嘩どころか片殺しでしょ)
浅野がきらを切りつけた時の勅使饗応役ですが、実は浅野内匠頭はこれ、人生で2回目だったそうですよ。普通は人生に一回まわってくるかこないかの役なのに浅野内匠頭は2回もまわってきた、しかも一回目も吉良が指南役だったけど、特にお咎めなしだったんだから浅野が吉良を切りつけたのは道理にあわない。あと、浅野内匠頭の血筋には統合失調症のお殿様もいたそうです。
40:48 切腹の前に幕府の授城使に、お家再興を嘆願する使者を出したが、行き違いになって会えなかった。途方にくれた使者は浅野大学はじめ関係者に話してしまった。それでは大学が一同切腹という過激な抗議活動を知っていて止めなかったことになり、赤穂浅野家の印象をさらに損ねて再興がならないので止めにした・・・とモノの本にはありますが、まどろっこしいので、事実だとしたら大石が仕組んだ狂言かもしれませんね。
刀じゃなくて素手で殴ってても切腹するはめになるのかなってたまに思うときがある
カミーユ、掘られとるwww
そもそも理由はどうあれ、武士が相手を殺害しようとする時短刀を使うなら、切るではなく心臓なりを思いっきり突くのは常識だろ?そんなことも出来なかった浅野は、かなり武士としては恥ずかしいと思われたはず
なんか家系の遺伝として癇癪を起こす事があったと聞いた事がある浅野くん😊
浅野匠の乱心の理由は何百回考えても不明だったけどこの動画を見て腑に落ちた幕府のやりがい搾取が乱心の原因じゃねーかw
裏テーマ四谷怪談
「腕におぼえあり」
ナウなヤングがバブルでフィーバーする元禄時代か。これめちゃウケた😊
デラーズはガトーに逃げ道を示したわけか
まず法的な前提理解として、敵討ち自体は合法どころか武士の義務であること。ただし条件があり①直系尊属が被害者であること②一対一(徒党は禁止)であること③士分であることを満たす必要がある。このうち③は寺坂を除いて満たす。①は鍵屋の辻(1634年)で弟が本懐を成し遂げており②は浄瑠璃坂(1672年)で緩和されていたことを考慮する必要がある。なお、現代ではよく言われる「幕府の裁断で死亡したのに被害者を殺すのはおかしい」だが、これは芥川の決闘を見ても当時の感覚では刑死させられることも相手による加害の一つなのでなので逆恨みとはされない点は考慮しないといけない。実際に問題になったのは①で、大石も無理があることを承知しており最初は弟で養子だった大学を盟主として担ぐことを希望したが失敗、仕方がなく「君父と言う言葉だってあるのだから」と言う理論を展開して一蹴された(これも前述の鍵屋の辻では緩められており全くの無理筋ではなかったのだが)。いずれにせよ、大石は出来る限り合法に寄せようとしており、当時では無理筋ではなかったと言う認識がないとこの事件の当事者の考えを理解するのは難しい。
創作とかだと『色子にしたかった小姓に手向かわれ逃げられた事を嘲笑された』とか『物価高無視して前例通りにやったらダメ出しされた』やら色々言われてますねぇ。浅野さんちょっと短気な逸話あるしこら教育やろなあ
色んな説がある=決定的な証拠、理由がないw
浅野内匠頭役がフランはヤバいwww
梶川日記(写本)は2冊あり、1冊には「この間の遺恨覚えたるか!」と記述があるが、もう1冊には訳の分からない事を言って斬りつけたとある。いずれにしても状況や浅野の精神的に乱心の方が有力だと思う。吉良側に浅野内匠頭の失態するように指図するはずもない。賄賂とは現在の指南料で、浅野側が不況理由に減らしたのは事実。だからと言って指南に手を抜いた訳でも無くやはり精神病の方が有力。吉良氏は三河足利支族だし家康公の祖父清康の妹が嫁いだ家柄で姻戚関係。浅野家は秀吉の正妻の妹の旦那の家の分家。そもそも身分も違う。乱心でしょうね。by岡崎人
異端かも知れないけど木村拓哉主演Ver.の忠臣蔵が好き堤真一の浅野内匠頭がハマっていたどこか狂気的なものをはらんだ「綺麗な武士」で融通が利かない真っ直ぐさがよく表現されていた
吉良=マナー講師と聞くと、罪一等を減じて欲しくなる自分…。こう考えると、座敷牢あるいは蔵住まいって必要悪なんですね。
「乱心」を否定したから報復に繋がったんじゃないの。乱心なら喧嘩両成敗で終わったでしょ遺族同士の報復合戦や取りつぶしを防ぐ為に用意されてる乱心という動機を使わなかった
テレビを観なくなって久しいですが、テレ東は年末年始時代劇やんないんですかね。昔は長時間やってたりしてたから。最近の人は知らないでしょうね。試験にも殆ど出ないだろうし。この事件、日本人の琴線に触れるんでしょうかね? 理解できない部分多いんですよ。多分、吉良ってそんな悪い事してないんだよね。嫌がらせぐらいはしてるだろうけど。浅野が余りにも、ね。
軍人の価値観から文民の価値観への転換期に、武士に加えて庶民の中にも古い価値観を支持する層が多かったので討ち入り事件が人気になったのかな。浅野内匠頭を即切腹に決める幕府もあまり文治主義とは言えず軍人丸出しだし。
動画見た感想。なんというか、小規模大名に2回も全額自腹で大規模接待させた(幕府は金出してない)ことがそもそもの原因では…。
饗応役は比較的小規模な外様大名に任命するのが決まっていました。参勤交代などと一緒で外様大名の保有する財産を散財させるのが目的ですね。成功すればあの饗応役を無事に果たしたという大きな名誉が得られるので、当時の価値観からしたら全くの無駄という訳でもありません。
@@nekono_mimikon 武士の世では名誉は大事ですし、負担はでかくても得るものも相応にあったのですね。名誉に固執して支出減らせず財政破綻した例も聞きますし、それくらい重要だったと言うことなんですね。
接待の指導責任者が、接待を失敗させるような嫌がらせ・妨害はしないよなぁと(接待の失敗は自分に返ってくる)。まぁ、その辺の盛られた部分は差し引いて、礼金・賄賂に不満を持ってたとしても江戸城内、しかも大一番の時に襲いかかるとかやっぱり浅野内匠頭が悪いよなぁ(正気失ってたんだろうなぁ)と改めて実感。
土芥寇讎記という資料では、内匠頭のキレやすい女好きとの評価を幕府からされてますね。
よく言われる、吉良がウソを教えたとかはない話、そんなことして失敗したら吉良も責任者として責めを負うことになる。賄賂の件もいわばロイヤリティーなので教えをこう度に払わないといけないのに前回教えてもらった時にはらったから良いだろ?の考えで払わずに吉良を怒らせた。朝廷勅旨は挨拶と確か将軍の母親の任官?だったかそれの内示もありその大事な日を台無しにした。城内では刀のつかに手をかけただけでも罪に問われる。ましてや鯉口を切っただけでも切腹だったはず。城内で刃傷等したらお家断絶となっても不思議ではない。浅野は正直バカ殿様に近かったと思うし精神状態もおかしかった。巻き込まれた家臣達がかわいそう。
前回の接待を立派にこなしたからこそ、大事な機会に抜擢されたのにそれをネガティブに捉えた暗君だったのでしょう。ちゃんとこなせば将軍の覚えも目出度くなったかもしれないのにねぇ
@@肉巻きインゲン 役目が大事な機会というが、当時の価値観で役目をこなす出費が自腹(自分の俸禄から)というのも考えるべき。浅野内匠頭がキレてた理由として、赤穂藩の赤字というのもある。赤穂浅野家は広島浅野家の分家の小大名でしかなく、たびたび大役を命じられてもイジメとしか感じない。
@@tetsupa これに関しては浅野側が大名火消で派手に着飾って目立っていた=それに使う金があるなら使わせねばという判定を幕府から受けた可能性が高いんですよね、実際は火の車であっても目に見える形で「うちの藩は金持ちなんだ」ってやったらそりゃ幕府に目をつけられるのは当然だろうに、という
吉良は浅野に色々教える役だったのに、浅野が仕事ちゃんと出来なかったら吉良まで恥をかくし罰せられると思うんやけどなあ。
嘘を教えて饗応が失敗した場合、指南役の上野介もただじゃすまないんじゃない?お前がついていながらどうしてこうなったんだ!!ってなるでしょ嘘教えちゃいましたサーセンwwwwwじゃ一緒に切腹ものですわ
吉良さん地元では名君らしいのでなんとも赤穂は塩で儲けてて、徳川家が欲しかったてとんでも話しあったような
塩の製法がどうとかというのは俗説で、赤穂家が特殊な製法で塩を生産してたわけではないし、吉良家が塩を生産していたわけでもない。
いきなり無職で大変だと言いますが、赤穂藩は無くなるけど赤穂の土地は無くならない。ここがポイント。誰が来るか分からないけど赤穂の経済事情や実務に長けた物は召し抱えられる可能が高い。塩田開発の実績がある大野九郎兵衛はまず安泰でしょう。武闘派はそれが分かっているから気に入らなかったんだろう。
その土地に残って新しい主君に仕えるのは厳しいでしょうね…。一旦、帰農と言う形になるしまわりの目もある訳で(実際に大野は逃げるしかなくなった)。大石は公家と縁戚であり京で暮らすことが出来、急進派は江戸詰めで特に堀部は浪人生活には慣れていたので、赤穂の地から離れても問題のない人たちが主導したのは偶然ではないと思います。
世代によって時代劇の吉良の最後が違う辺り、世の中の悪党も見苦しく醜悪になった事を描写してる様で感慨深く感じます。上杉の御家取り潰しを画策し、更に民の不満のガス抜きに幕府が利用した茶番劇とも云えなくもないが…!
浅野内匠頭が勅使をもてなす役をやったのは、2度目と判明してます。なので、ミスなどを起こす可能性は低く、吉良上野介のいじめも無かった、という説もありますね。
ソース無しの「上司によるイジメが原因」という説で無数の劇が作られたことが興味深い
しかも江戸から昭和まで300年くらい大衆的人気を保ったんだから凄い普遍性
「職場での上司からの酷い扱い」が日本人の多くが共有するキレポイントだったことがよく分かる
パワハラじゃなくてただの思い込み説もあるからな……
部下に注意してたら殺傷沙汰とか怖すぎる
映像作品の描写を信じると、「料理や屏風に難癖をつける」みたいなのは本当に善意でそうアドバイスしたのかも知れないけど、
「畳替えの必要性を教えない」とか「服装を誤って伝える」みたいな、言い逃れのできないいじめもちゃんとやってますね。
「吉良が浅野への嫌がらせとして饗応が失敗するように仕向けた」説は「饗応が失敗したら指南役の責任が問われる」事態になりますから理論として破綻していますね
浅野が「前回はこれで良かったのになぜ今回はそれでは駄目なのか」に対して吉良が納得のいく回答を出せなかったor浅野の理解力が足らなかったのではないのかと愚考します
その根本として、元禄バブルによる物価高騰に対して浅野が詳しくなかったという説もありますね
丁度この時期小判の改鋳してるんですよ、小判の品位落としたんですから前の100両と
今の100両の金の含有量が違う訳で。
丁度今起きてるウクライナ戦争でのインフレみたいな物で物凄いインフレ起きてたみたい。
でも自分で買い物とかした経験無い大名がそれ理解してたかというとね。
17年前に仮に100両で出来た事をするのに、300両いるとか言われたら普通怒り始めます。
でも、それだけインフレ起きてた可能性あるんですよね、この時期
吉良からすれば当然の要求ですが、世間知らずの殿さまは17年前はこれですんだという
認識で納得できなかったんかも。
昭和の頃はほとんど毎年討ち入っていたのに赤穂浪士も大人しくなったなあ…、などと世間的な話題にならなくなって久しく、こうしてじっくり解説してもらえると感慨深いです。
「う~、寒いねえ。討ち入りどうしようか?」
「辞めちゃえば?今年は」
「今年はー!!?」
@user-qz1ev6kx9e 上野介「今年は助かった あいつら 毎年のように人の家を荒らしていくよな」
忠臣蔵かー。実は昔からほとんど興味を持てなかった題材なので、こういう考察勢が史実を色々と語ってくれるのはありがたいです。
後編も楽しみにしています。
浅野内匠頭の失敗は指南役の吉良上野介の失敗になるんだから、
嘘教えるわけ無いじゃないかと
忠臣蔵をネタとした「人とは組織内でどうあるべきか」を考えさせられる動画でした。この動画見を見て自分の至らなさを見せつけられた気がします。ものすごく学ばされました。ありがとうございます。あとキレッキレッの茶番も良いですね!
久々の動画お疲れ様です。私が忠臣蔵初めて知ったのは大河ドラマだったと思います。小学校低学年でもわかりやすい勧善懲悪と武士として仇を取って潔く切腹するみたいな受け入れやすいヒロイックなところが歌舞伎と相性が良くてそれで庶民人気が高いんでしょうね。
去年かおととしくらい、赤穂事件についてNHKで放送してました。それによれば、浅野家には、初回の接待の際の資料が残っていて「前例踏襲」でやっていたら、物価が違っていて、予算の立てからして現状にあわなかったというものだったような。浅野、吉良の事務方との齟齬が、やがてトップ同士の確執につながっていったような話だった?(記憶曖昧)。浅野さんが勝手に切れた、というより、「前例踏襲で何が悪い」みたいな認識だったような・・・。
また、刃傷沙汰のあと、幕府の事情聴取に、吉良さんは「浅野殿、ご乱心」と述べ、「浅野殿は心の病で突発的に刃傷におよんだ」ので、吉良さんは浅野さんを断罪するつもりはなかったんじゃないか、と放送していたと記憶しています。あと、磯田道史さんが登場した番組で、討ち入りに参加した浪士のひとりが残した手紙が発見されて、討ち入り後、主君の墓前で浪士たちが行ったこと、「主君の無念をはらす」とはどういった意味か、についても考察していたような。
たしかに、忠臣蔵は、「公方様のおひざ元、国家の首都で、政府の高級官僚を47人の浪人が徒党を組んで襲撃して殺害するというテロ事件。忠義を貫き、不当判決を強いた権力に一矢報いるという、感情的にはヤンヤヤンヤの物語だけでは、歴史の考察としては片手落ち。
さらに、今回の動画では、紛糾する会議を収めた大石さんの手際のよさに光を当てた、うぷ主さんの鋭い考察は恐れ入り谷の鬼子母神。スゴイ。動画、何編でも使って、鋭い考察を期待してますよ。こりゃ、楽しみだ!
浅野は吉良にケチンボと言われたんだと思います。本当のことだから一旦は辛抱していたが、やっぱり武士として許せんと言うことになったんだと思います。
「処す!?処しちゃう!?」って表現好き。
本誌連載終わったけど「磯部磯兵衛物語」面白かったよな
規制に引っかからないこの表現
好きですw
母上(クソババア)殿 好き
赤穂事件の事実関係が見ていてわかりやすいです。刃傷の理由について以前面白い意見があったのですが、このとき接待されていたのは勅使(天皇の使者)だけではなく院使(上皇?の使者)もいたらしい。そっちは伊達家が接待していたが伊達家はこれでもかと豪勢に接待していたためこれでは浅野側は天皇をないがしろにしていることになる。吉良は親切心から伊達家に合わせてやり直すように浅野家に指導したら,浅野内匠頭としては「前にやったときこれでOKだったじゃないか!」と嫌がらせされたと受け取って斬りかかった。という物です。吉良に悪気はないが浅野に恨まれる理由が納得できるかなと。後、浅野が不幸だったのはこのとき吉良を手当てした医者が藪だったらしく出血が止まらなくて「吉良重篤」と情報が出た事が状況を悪くしたらしい。この後別の医者が手当てしたらすぐ出血は止まったそうな。
ただ、そうだとしても解せぬのは何故白昼堂々浅野内匠頭が刃傷に及んだかは謎ですよね。
そういう逆恨みなら普通は闇討ちにするはずですよね。
何しろ白昼堂々刃傷に及ぶというのは明らかな衝動的犯行であるので、そうであればその場で吉良上野介が浅野内匠頭を立腹させる言動をしないと可笑しい。
だから結局「この間の遺恨」が何であれ白昼堂々そんな蛮行に及ぶというのは常識ではあり得ない。
常識であり得ない言動をするということはやはり浅野内匠頭精神疾患(当時「乱心」と言った)説がしっくりくると考えます。
@@haruum7264 精神疾患自体は否定しません。要するにきっかけがなんだったかという点です。動画でも言っていましたが3日目でストレスが溜まって、こういうふうに嫌がらせされたと思い込んでキレちゃったのではないかと。内匠頭のおじさんも同じように刃傷沙汰やらかして切腹になってます。ただ、こちらは乱心だったとされて家は取りつぶしになっていないんですよね。内匠頭が乱心ならこの前例に基づき赤穂藩は存続になりますが、綱吉が乱心と認めなかったので(老中は乱心の可能性が高いと主張していた)お家取りつぶしになった。この後の大石の行動もこれによると思います。内匠頭が乱心ならお家存続のはずなので、お家再興が優先。それが認められず正常だったとするならこれは喧嘩なので両成敗でないとおかしいので仇討ちと言う順番でしょう。気の毒なことに家臣達は「うちの殿様は乱心だったのでお家再興を認めてください」とはストレートに主張できないのが可哀想。
嘘を教えたとか嫌がらせしたとか言うけど接待に不手際があれば指南役の吉良にも責任が及ぶんだよなあ
教育係の責任だもんな
ウィル・スミスの例の一件で日本ではウィル・スミスに同情的な人が多いのは、事件の構造が松の廊下のそれと同じという考察があることをTogetterのまとめで読んだ。
あ、なるほど。
「大切な人を侮辱された」のなら「一人前の男なら侮辱された人に代わって報復せねばならない」という構図か
原惣右衛門 → 原了郭 → 黒七味 → 黒 → 闇 → ルーミア
なんて的確で冷静な判断力なんだ…!
浅野内匠頭長矩の母方の叔父の内藤和忠勝が刃傷事件をやっています。
しかも、その時の将軍は徳川綱吉でした。なので、乱心説が出ました。
また、吉良の虐めの話は、采女事件の前田利昌に対する織田秀親の虐めが原因で、この話が忠臣蔵に組み込まれたそうです。まあこの事件は忠臣蔵の少し前ですが…。
テレビ番組の検証で、「内匠頭の医療記録(胃の調子を診てもらっていた)からストレス性の胃潰瘍か胃腸炎で睡眠不足と痛みで限界になって斬りかかったのでは・・・」というのを見たことがあります。
忠臣蔵に興味を持った方には、清水義範氏の「上野介の忠臣蔵」を読んで欲しい。
様々な資料と愛知県民という立場から忠臣蔵を書いた名作だと思ってます!
かなり多くの本を出版されている方ですね。
私が引用している「上杉藩にたかりまくっていた」事なども書かれていますでしょうか?
当時の賄賂は正当な収入とはいえ、他藩に恨まれるほど仕送りさせていた人の善行となると、恩恵を受けた側と搾取された側で、正反対な見方になると思います。
まぁ吉良は吉良で「高家ゆえに所領が少ないが、体面を維持する義務がある」という立場で、恒常的に金を工面する必要がある=他藩に嫌われる、という宿命がありました。
復興が目的という話は初めて聴きました。後編が待ちきれない!
浅野長矩は武道を好み、文道を疎んでいた。+ちょっとしたことで怒鳴り散らしていた。
吉良上野介は朝廷の礼儀作法に通じている高家で、こまごまとしたことに次々とツッコミと訂正が飛んでくる。
なおかつ1回目(18年前)の饗応と同じ規模で予算を組もうとしたら、吉良にもっと金掛けろと突っ込まれる。(米と金の交換レートが微減していた+緩やかな物価高で同予算だと格式にふさわしいのが出来ない)
うん・・・・起こるべくして起きたとしか・・・
殿中での抜刀自体がそれ単体で切腹相当の罪状ですからね。加えて動画内で触れられている通り勅使しかも将軍綱吉に取って特に重要な接待だった訳ですから浅野の切腹は確定事項、藩取り潰しも同様。
流動性が多少でもあったのは吉良にも処分が下るかどうかと、赤穂藩再興の可能性ですね
藩士は主君個人の家臣ではなく御家の臣ですから、内匠頭の為には死ねない、御家に尽くすというのも道理であり、実際譜代の臣はそういう考えで穏健派、一方急進派は新参勢が中心でしたね
同じ意見なのに、内蔵助の意見が通ったのは単に九郎兵衛が嫌われてたからではと思ったのは自分だけだろうか。
30代が60代に脇差で背後から切りかかって仕損じてるってのは、計画的ではなく衝動的(キレてやらかした)だった状況証拠と思える。
江戸城での刃傷事件て他にもあって、比べるのもまた面白い。
本気で56そうとするなら、切りつけるのではく、突かないとダメですからね。
実際、上司を「○したい」と思った私なら分かる。
○すのは第一目的ではなく「恥をかかすのが第一目的」です。
恥をかかせる相手は吉良と幕府。
吉良は直接的な恨み。幕府は「こんな奴を放置した」恨み。
@@great-words-life 計画的なら脇差じゃなくて打刀使うべきだし、それが使える場面でやるべきだし、止める人がいるところでやるのもダメ。
もっと言えば独力じゃなくて大名としての武力を振るえば、上級とは言え旗本一人仕留めるなんて簡単なわけで。
で、不意打ち食らわせて仕留めそこなった浅野ザコw って意見は当時からあったそうな。
浅野藩と伊達藩って戦国時代からずっと親交があったんだなと感じた事件。
ちなみに吉良上野介の出身地では悪役ではなく、不幸な事件に巻き込まれた偉人として扱われてるみたい。
三国志演義と同じく、事実を基に想像と脚色で面白くなったって事件だね。
昔は年末の定番だったけどドラマは金かかるし、もう時代劇を演じられる俳優も少ないんじゃないかな。
冷静に考えて、嘘を教えて接待が失敗したら吉良の経歴に傷がつく可能性が大きい。嫌がらせ的なことをした可能性はあるけど、創作にあるようなハードなものは難しいのじゃないかな。
磯田先生が浅野内匠頭が吉良を仕留めていたらここまでデカい事件にならなかったって言ってたの思い出した。
そもそも江戸時代って戦国よりマシなだけで結構ヤバいしね…
会議の運営能力は、いつの時代も必要なんですね。。
「ラスト5秒の逆転ファイター」はおっさんの私に刺さりますw
お疲れ様です
大石内蔵助の会議戦術は、「日本のいちばん長い日」の鈴木貫太郎首相と阿南惟幾陸軍大臣の二役を一人でこなしたような印象を受けました
急進派を抑える為に過激な主張を突きつけ、逃げ場を用意し誘導し、絶妙なタイミングで裁定して有無を言わせず、最終的な責任は自分が持つ
お見事な政治術です
再興できませんでした→今更就職活動をしても遅い→ヤッて忠義の士の称号を貰ってワンチャン→全員切腹になって終わり。こんな感じかな。最終的に共倒れで浪士は浮かばれてるのでは。後編が楽しみですね
いや、
再興できませんでした→今更就職活動をしても遅い→どうせ仕官できないなら最期に一暴れして死にたい
という可能性無きにしも非ず
何の本で読んだのか忘れてしまったのですが、
物価の違いによって浅野吉良間の感情が拗れていた説を
読んだ記憶があります。
赤穂藩は以前にも接待役をやっており
その時にかかった費用よりも
かなり高額になった為
吉良上野介が嫌がらせをしていると思い込み
賄賂(とされている指南料)を払わなかったとか
そんな話だったような気がします。
お爺ちゃんの悪評は他大名からも書かれちゃってるのでおそらく事実なんだよなぁ…
ただ綱吉の黒さを知ると裏が色々有りそうでちょっと怪しいですね
やっぱり赤穂藩の江戸家老の責任が重いんだよねぇ…何やってたのよ感が
江戸詰めの上層部が殿様に含むところがあったとしか。堀部不破の耳には入らない何かが。
じいちゃんが赤穂浪士の討ち入りが誕生日で(明治ですが)、赤穂浪士の話をどどいつで聞かされて育った幼少期。
この頃テレビでやらなくなったのは赤穂側のやらかしが出てきたからだと思う。
忠臣蔵の大河ドラマで一番新しいのは元禄繚乱ですね。後編が楽しみです。
どっかで見た時は浅野内匠頭は幼少の頃から癇癪もちで基地気味だったような事が書かれてたかな?
このような方なのでなかなか作法とかも覚えてもらえず作法を教える吉良上野介が苦労してるとか
当時の時代背景でテロした方の赤穂の方々が正義の方になってしまってるとも言及されてましたね
なぜか襲撃犯より宗教の方が悪いとかいう風潮になっている事件が今もありますね…(白目)
100年後に日本が存在するなら、美談として創作されるかもな。
あるいは、ハリウッドや韓国辺りがこれを元ネタにした映画を作るかもしれない。
し、宗教の方も悪だったから・・・(小声)
いや宗教のやつらは総理大臣にさぎの宣伝マンやらせて多くの人生むきゅむきゅにしたドワルやで。。
あれは、こちらよりも遥かに露骨な印象操作の結果ですけどね。
誰が 何と言おうと 殺人は最悪の手段、
統一 教会を駆逐すべきは 賛成だが
それによって殺人事件を矮小化するのは違う 5.15や2.26を賛美して 戦争に突き進んだ
日本人と何が違うんだ
29:30 3000石の吉良氏に金のかかる接待を任せた皺寄せ説あったね
高家は格が高いので装備に金がかかるのですが、金が無い(苦笑)。よってこーゆー機会に稼ぐしかない(当時の賄賂は正当報酬)。吉良「さっさと出せ」 浅野「前回も無理して出したのに」 吉良「これだから貧乏藩は(自分は棚上げ)」 浅野「てめぇ!」 という流れかと。吉良は自分の息子(上杉藩へ養子入り)にも高額の仕送りをさせていて、赤穂事件後に。
他の方の論文から引用ですが。
>吉良上野介は上杉家米沢藩(前述した通り日本でも貧しい藩の筆頭!)と縁戚(4代藩主綱憲が上野介の息子)なのでたかりまくり、綱憲の衣食住による江戸での支出が毎年2000両、吉良家への支出が毎年1000両にも及んだ。
「物語藩史1巻」の376ページでは「米沢雑事記」を引用し、赤穂浪士によって殺害されたときの状況を「面々が内心では上野介殿をうらんでいた最中の出来事だったからその知らせをきくや悲しむ心はなくむしろいい気味と口に出していいたい」と記している。
吉良家は当時の高家筆頭だったので、大事な接待だからこそ上野介に任せたのだと思います。
この時代って経費の概念がないから賄賂要求するの当然なんですよね、4200石の吉良家の
収入で満足な事出来る訳ないんですから
只、問題はこういうのは不文律なんで建前としては浅野は極限までケチれるんですよね。
技術指導料じゃなくて、単なるお礼って事なんで幾らでも良い
沢山トラブルが起きてたのでしょう
@@リックドム-d8q 後に上杉家の財政を立て直した上杉鷹山は手始めに藩主の江戸での仕切り料(生活費)を
1500両→209両にまで下げている。吉良親子が上杉家の財政へ与えたダメージは計り知れない。
ただし、吉良の息子である上杉綱憲が養子として上杉家を相続(末期養子だった為ペナルティで30万石→15万石にされる)していなければ問答無用で改易・お家断絶の憂き目にあっていたのもまた事実である。
わたしは吉良氏贔屓なので、とても赤穂の連中が憎らしく思えてくるのですが、今回の考察で冷静に考えられそうです。後編も期待してます。
他の方の論文より引用ですが
吉良上野介は上杉家米沢藩(前述した通り日本でも貧しい藩の筆頭!)と縁戚(4代藩主綱憲が上野介の息子)なのでたかりまくり、綱憲の衣食住による江戸での支出が毎年2000両、吉良家への支出が毎年1000両にも及んだ。
「物語藩史1巻」の376ページでは「米沢雑事記」を引用し、赤穂浪士によって殺害されたときの状況を「面々が内心では上野介殿をうらんでいた最中の出来事だったからその知らせをきくや悲しむ心はなくむしろいい気味と口に出していいたい」と記している。
奪う側は「当然の権利」と思っていて「当然の事をしない者を、劣悪に扱っても当然」と思っているんですよねぇ。
家族や地元民には優しかったようですが、やられた側がそれで許すはずもなく。
あと、討ち入りは実は「就職活動」だったりします。
吉良はお役目を果たすべく体面を整えるため、上杉藩と指導相手に「正当な報酬」を要求。
赤穂浪士は再就職を果たすために「忠義ものという名声を得るために」吉良に討ち入り。
お金の構図が透けて見える名劇ですよ。
@@リックドム-d8q いきなり「他の方」とか「前述」とか何いってんだこの人
上杉家が嫡男がいなくてお取り潰しになるところだったのを吉良家の嫡男を養子に出すことによって石高を半分になる処罰だけで救われたという事情があったはずです。
つまり、当時の上杉家の殿様は吉良の跡取を奪ったので断りきれなかったのだと思います。
@@肉巻きインゲン 吉良上野介の正室は上杉家から嫁いでるので、その子を上杉家に養子に出すというのは無理筋でもないと思う。
どちらかと言うと、旗本の吉良から大名の跡目を出すのは名誉なんじゃ?
「浅野は以前にも饗応を受け持ち吉良に対しすでに相場相応の賄賂を渡しているので二度払いを渋った」説もあれば
「饗応において浅野の不始末を見逃せば指南役たる吉良の面目丸潰れになるので史実の吉良が浅野に対して創作レベルの嫌がらせを実行するのは不可能」説もあったり
待ってました
赤穂事件に関してはあまり知見がなかったので助かります。
浅野・脇坂・亀井の三家は三回饗応役を果たしているみたいですね。
亀井茲親による三回目の饗応役の際には、かの有名な「山吹色の菓子」が吉良義央へ賄賂として渡されるのが忠臣蔵の定番のようです。
威勢のいい強硬派に流されてズルズルと対中、対米戦争に進んだのが大本営ですから、今回の解説の大石内蔵助のグッジョブぶりがよくわかります
日中戦争泥沼化は近衛のせい。
太平洋戦争開戦は東條のせい。
「偽史日本伝」では吉良方が老化による健忘症ではないかと解釈されてましたかね。
プラス、文系の吉良と体育会系の浅野で致命的に反りが合わなかった説も好き。
現代でも御茶の先生にお礼の贈り物をする文化が残っているらしいけど、そういう類のお返しを賄賂としか理解出来なかった、という。
乱心を自ら認めれば「改易」という最悪事態を回避出来るかと内匠頭に確認したが、本人は否定した。
正確には、乱心でも改易は免れないが、親族による再興がやり易くなる。実際、浅野の親戚は乱心でやらかして本人は切腹、改易だが、後にお家再興された。
だいたい、小刀で斬りかかるってホントに侍なのか?ヤるなら突くべきなんだよね。
浅野内匠頭の御乱心(癇癪持ち?)→吉良義央の幕府取り調べお咎め無し→綱吉立腹で即切腹(遺恨を残してまずかった)→吉良義央には罪が無い それにしても仮名手本忠臣蔵の創作で300年以上悪者扱いされて来た隣町の吉良町は可哀想もちろん今でも忠臣蔵の話はご法度です😢
>ストレスMAX
昔NHKの番組で浅野内匠頭は偏頭痛持ちで、日々の気圧の変化とかで偏頭痛が発症、それで普通の人なら流せる些細なことにもイライラしてたとか考察してたな。
偏頭痛の根拠は忘れたけど😅
2回目の接待だったんだ…今回も前回と同じ感じでいいんじゃね?いや、今回の接待は重要案件が絡んでるんだから困るんだよ…な感じで揉めた流れだ感じだったのかな?
メドヴェージェフが閣議中に原爆被害者に謝罪と切腹しろって発言したけど現実って平気でフィクションを超えてくるな……
浅野内匠頭自身、頭の中が戦国時代の人がこの時代に大名やってた様にも見えますね
浅野内匠頭については、現在でいう「総合失調症」の家系だったのではという研究者がいます。吉良義央刃傷の場だけをとって分析しても、抜かりが多すぎる。この時この場に居合わせた梶川頼照という人物が、刃傷の場を日誌に書き残している。その記録によると、浅野は背後からいきなり吉良義央に斬りかかり、合計四太刀浴びせているが、浅野は梶川に取り押さえられている。脇差で斬り付けても致命傷を負わせることは難しい。相手を仕留めたいなら刺すべきだが、それをしていない。浅野は明確な殺意で吉良義央に斬り付けたのでなく、発作的な癇癪で暴れたと言うべきでしょう。仮名手本忠臣蔵はこのことを揶揄して「浅き匠の塩谷殿」と浅野内匠頭を暗にバカ殿と言っています。
昔の大河ドラマの「元禄繚乱」で急進派の暴走と御家再興の両天秤を天秤にかけて大石内蔵助が奔走する話を一年かけて流したのを今でも覚えている。ああいうのを毎年放送するだけでもNHK人気は回復するのだが・・・時代劇・歴史ドラマ絶滅の危機なので何とかして欲しい。
赤穂浪士をやると刃傷松の廊下以降は出演者が減る事が殆どないので予算がかなり嵩むのも事実である。
1701年といえば「徳川光圀(水戸黄門)」の没年なんですよね。
彼がもう少しだけ長生きをしてくれたら……赤穂事件もここまで拗れることはなかったかもしれません。
というか「忠臣蔵」と「水戸黄門」のコラボなんて……時代劇ファンなら見たいはず!
水戸黄門28部の赤穂の回でラストのナレーションでそこの部分に言及されてましたね。
浅野家と伊達家は宗家が絶縁状態だったので、吉良さんが管理する当時の職場の空気が最悪だったということを聞いたことがあります。幕府は勅使御饗応役と院使御饗応役をなぜこの組み合わせにしたのだろう。
浅野内匠頭が預けられたのは、一ノ関藩田村家‥ここも伊達の分家です。取り調べで一言も発しなかったのもそrwで期限を損ねたからかも。
関ケ原の少し前に伊達政宗が浅野長政に突然因縁付けた手紙を送って絶縁・没交渉になったとか・・・
吉良にしても直前までに自分が朝廷工作をしていた成果が台無しになったかもしれないからね。
赤穂城は築城時に幕府の批判本書いて江戸所払い→赤穂藩預かりになっていた山鹿素行の監修でガッチガチの要塞になってたんですが
海岸に近いため井戸を掘っても塩分が濃いので水源は上水道頼りでした 赤穂の上水道は日本の三大上水道の一つともいわれてます
籠城案が取り下げられたのは上水道を止められたら早々に詰むし、城下町も干上がってしまうというのが大きかったようです
本件で下記の疑問があります。
・幕府の重要行事なので浅野内匠頭が失態を犯せば指南役の吉良上野介も指導不行き届きとなるのではないか?
・動画中にある通り接待役が二度目なので指南が無いと全く判らない訳ではありませんが?
当初の城の前でみんなで切腹ってのは現代での街頭で焼身自殺でのアピールに似たものを感じる。
当時の日本人も同じようなメンタリティを持ってたのかな。
古代中国の古典の影響で、主君を諫めるのに自害するという向こうの思想が蔓延ってしまったんでしょうね。
発端のそれは計画的犯行では絶対ないよね。
カッとなってやったの恥ずかしくて理由言えなくなったんじゃないのかな。
そのダンマリが後の討ち入りの一因にも繋がるわけだが、吉良が浅野に何かした証拠はないけど尊敬されるような接し方をしていた証拠もない。
永遠の謎だよね。
今回は三部くらいになるのかな?
赤穂浪士の話って公正世界仮説の思い込みの典型例だと思うんですよね
「この世界は公正、公平でなくてはいけない」という思い込みで物事を判断してしまう
吉良上野介は浅野内匠頭に襲われたのだから相当悪いことをしたに違いない、
吉良上野介は赤穂浪士達に襲われたのだから相当悪いことをしたに違いない、
そんなふうな勝手な思い込みで悪人に仕立て上げられたのでしょう。
まぁ多少賄賂は貰っていたのでしょうが当時としては普通のことですし…
現代でもSNSとか匿名掲示板とかヤフコメとかで何か事件が起きた時に被害者を叩いているような人にありがちなものですね。
最近になってようやく誹謗中傷に対する罪が重くなったわけですが、公正世界仮説の思い込みのせいで
これまで理不尽に貶められていた人がたくさんいるのでしょうね
当時は、生類憐れみの令等への不満が溜まっていたが、幕府を批判する訳にはいかなかった民衆の鬱憤が吉良家に対して爆発した という考察も有ります。
関口宏の堀部安兵衛もあった。それはともかく、討入り後の吉良家にたいする将軍家の仕打ち...
まだ少年だった跡取りに対しての処罰は胸糞悪いですよね!しかも自分の家が賊に襲われたのに対して応戦したことにもお叱りがあったとか…
おいらは北野武と陣内孝則がやったやつが印象残ってる。 ちなみにうぷ主の文治政治に挙げてるのは仮名手本忠臣蔵として現代まで演じられていることに由来しているものと思われます。
※忠臣蔵の真相は人形浄瑠璃「仮名手本忠臣蔵」に暗号として隠されている。その暗号を解いてみよう。
「仮名手本忠臣蔵」というのは寛延元年大阪道頓堀の竹本座で上演された人形浄瑠璃で幕府の目を誤魔化す為に人物名を太平記に登場する人物に替えている。作者は霊感にたけた人で忠臣蔵の事件は怨霊が起こした事件だと看破している。赤穂浪士は南北朝時代の後醍醐天皇方であり、吉良側は足利尊氏方である。犬を溺愛した北条高時は犬公方徳川綱吉に生まれ変わり、天皇に忠誠を尽くした楠木正成は、主君に忠誠を尽くし敵討ちをなしとげた大石内蔵助に、後醍醐天皇の最大の敵となった足利尊氏は朝廷工作して野心を燃やした吉良上野介に生まれ変わっていると分かります。後醍醐天皇方と足利尊氏が北条高時を滅ぼした事が仇となって今度は反対に綱吉によって仇を取られ、赤穂浪士と先祖が足利氏の吉良上野介殺される事になったのです。
大石内蔵助をを大星由良之介で示しているのだが名前が暗号になっている。大星は天皇の暗示であり、大石内蔵助は明智光秀の血筋を受けた家綱の嫡男と解釈できるのです。
大石内蔵助は大星由良之介、吉良方梶川与惣兵衛は加古川本蔵で表現されている。両名の由良は由良川、加古川は加古川で京都の福知山を挟んで両方の川が綱引きしている形に見える。由良川の源には春日局の生誕地春日町があり、加古川の源には足利の飛び領地丹波篠村がある。将軍の継承争いを春日局側と足利側柳沢吉保が行い、権謀術数で足利側が勝ち、足利系の綱吉を家光の四男と偽って5代将軍にすえた。吉保は浅野家に家綱の嫡男が隠れていることを突き止め、浅野家を取り潰してから家綱の嫡男を暗殺し、合わせて邪魔な吉良上野介を消す陰謀を企てて、上野介に内匠頭を挑発して喧嘩するよう命じた。内匠頭と上野介は口喧嘩していただけで刃傷には及んでいないのである。内匠頭は刃傷事件を起こすと重罪になることをわきまえていた。それが上野介の演技で刃傷事件にでっち上げられたのである。
お芝居だと吉良を悪役にして赤穂浪士側を美化してるけど、やったことは御上の裁決に逆らって襲撃してるテロ事件だから
いまの時代じゃイマイチ受けが悪いのがドラマが減った理由の一つだと思います
それに、やたら「喧嘩両成敗」と言うけれども『甲州法度之次第』には「喧嘩之事不及是非可加成敗但雖取懸於令堪忍之輩者者不可處罪科」とあり、吉良上野介はこの「堪忍之輩」であり、罪に問われる謂れなく、したがって幕府の裁定は正しいのにそれを逆恨みした赤穂浪士の蛮行というのが私の認識です。
まだ、幕府に反逆した方が今なら受けるだろ。辞任して隠居したじいさんを集団で不意打ちなんて、今の人には関ドキュン行動にしか見られないわ。
19:45 「ラスト5秒の逆転ファイター」wwww
おもろすぎるw
襲うにしても矛先は改易を決定した幕府に向けるべきだよな
江戸時代もこの辺りまではまだ自力救済色が強く、法を適用した上での刑死も相手の加害行為であると言う認識が強い。実際にこれで敵討ちが起きた例もある。江戸時代も後半になると幕府の裁定がおかしいのなら幕府に抗議すべきだったと言う声もあがる様になり、この辺にも社会秩序の停滞による幕府の脆弱化を見出すことが出来る。
殺す気なら刺せや!
という突っ込みな話もあったとか聞いたwwww
当時の人間からも
不意打ちしたくせに老人1人殺し損なったクソザコ呼ばわりされてたらしい
@@遠埜 しかも50過ぎた当時では老人な梶川に押さえつけれているという…
卑怯にも背後から不意打ちかましたくせに初太刀で仕留め損ねて
刀も抜いてない老人にさらに襲い掛かって2撃目でもとどめを刺せず
挙句にジジイにおさえつけれるという雑魚っぷりですからな
勇猛で知られてたはずの浅野家の名誉も武士としての面目も丸つぶれですわ
内匠頭の母方の叔父が芝の増上寺で刃傷事件を起こしたときは刺して相手を仕留めたそうです。
親戚に成功者がいたのになァ……
どう考えても浅野が悪いだろ。
(拳どころか刀を抜いたし、場所も時間も悪すぎる。改易で妥当だな)(吉良は反撃してないから、喧嘩どころか片殺しでしょ)
浅野がきらを切りつけた時の勅使饗応役ですが、実は浅野内匠頭はこれ、人生で2回目だったそうですよ。普通は人生に一回まわってくるかこないかの役なのに浅野内匠頭は2回もまわってきた、しかも一回目も吉良が指南役だったけど、特にお咎めなしだったんだから浅野が吉良を切りつけたのは道理にあわない。あと、浅野内匠頭の血筋には統合失調症のお殿様もいたそうです。
40:48 切腹の前に幕府の授城使に、お家再興を嘆願する使者を出したが、行き違いになって会えなかった。途方にくれた使者は浅野大学はじめ関係者に話してしまった。それでは大学が一同切腹という過激な抗議活動を知っていて止めなかったことになり、赤穂浅野家の印象をさらに損ねて再興がならないので止めにした・・・とモノの本にはありますが、まどろっこしいので、事実だとしたら大石が仕組んだ狂言かもしれませんね。
刀じゃなくて素手で殴ってても切腹するはめになるのかなってたまに思うときがある
カミーユ、掘られとるwww
そもそも理由はどうあれ、武士が相手を殺害しようとする時短刀を使うなら、切るではなく心臓なりを思いっきり突くのは常識だろ?
そんなことも出来なかった浅野は、かなり武士としては恥ずかしいと思われたはず
なんか家系の遺伝として癇癪を起こす事があったと聞いた事がある浅野くん😊
浅野匠の乱心の理由は何百回考えても不明だったけど
この動画を見て腑に落ちた
幕府のやりがい搾取が乱心の原因じゃねーかw
裏テーマ四谷怪談
「腕におぼえあり」
ナウなヤングがバブルでフィーバーする元禄時代か。これめちゃウケた😊
デラーズはガトーに逃げ道を示したわけか
まず法的な前提理解として、敵討ち自体は合法どころか武士の義務であること。ただし条件があり
①直系尊属が被害者であること
②一対一(徒党は禁止)であること
③士分であること
を満たす必要がある。
このうち③は寺坂を除いて満たす。①は鍵屋の辻(1634年)で弟が本懐を成し遂げており②は浄瑠璃坂(1672年)で緩和されていたことを考慮する必要がある。なお、現代ではよく言われる「幕府の裁断で死亡したのに被害者を殺すのはおかしい」だが、これは芥川の決闘を見ても当時の感覚では刑死させられることも相手による加害の一つなのでなので逆恨みとはされない点は考慮しないといけない。
実際に問題になったのは①で、大石も無理があることを承知しており最初は弟で養子だった大学を盟主として担ぐことを希望したが失敗、仕方がなく「君父と言う言葉だってあるのだから」と言う理論を展開して一蹴された(これも前述の鍵屋の辻では緩められており全くの無理筋ではなかったのだが)。
いずれにせよ、大石は出来る限り合法に寄せようとしており、当時では無理筋ではなかったと言う認識がないとこの事件の当事者の考えを理解するのは難しい。
創作とかだと『色子にしたかった小姓に手向かわれ逃げられた事を嘲笑された』とか『物価高無視して前例通りにやったらダメ出しされた』やら色々言われてますねぇ。浅野さんちょっと短気な逸話あるしこら教育やろなあ
色んな説がある=決定的な証拠、理由がないw
浅野内匠頭役がフランはヤバいwww
梶川日記(写本)は2冊あり、1冊には「この間の遺恨覚えたるか!」と記述があるが、もう1冊には訳の分からない事を言って斬りつけたとある。
いずれにしても状況や浅野の精神的に乱心の方が有力だと思う。
吉良側に浅野内匠頭の失態するように指図するはずもない。賄賂とは現在の指南料で、浅野側が不況理由に減らしたのは事実。だからと言って指南に手を抜いた訳でも無くやはり精神病の方が有力。吉良氏は三河足利支族だし家康公の祖父清康の妹が嫁いだ家柄で姻戚関係。浅野家は秀吉の正妻の妹の旦那の家の分家。そもそも身分も違う。乱心でしょうね。
by岡崎人
異端かも知れないけど木村拓哉主演Ver.の忠臣蔵が好き
堤真一の浅野内匠頭がハマっていた
どこか狂気的なものをはらんだ「綺麗な武士」で
融通が利かない真っ直ぐさがよく表現されていた
吉良=マナー講師と聞くと、罪一等を減じて欲しくなる自分…。
こう考えると、座敷牢あるいは蔵住まいって必要悪なんですね。
「乱心」を否定したから報復に繋がったんじゃないの。乱心なら喧嘩両成敗で終わったでしょ
遺族同士の報復合戦や取りつぶしを防ぐ為に用意されてる乱心という動機を使わなかった
テレビを観なくなって久しいですが、テレ東は年末年始時代劇やんないんですかね。
昔は長時間やってたりしてたから。最近の人は知らないでしょうね。試験にも殆ど出ないだろうし。
この事件、日本人の琴線に触れるんでしょうかね? 理解できない部分多いんですよ。
多分、吉良ってそんな悪い事してないんだよね。嫌がらせぐらいはしてるだろうけど。浅野が余りにも、ね。
軍人の価値観から文民の価値観への転換期に、武士に加えて庶民の中にも古い価値観を支持する層が多かったので討ち入り事件が人気になったのかな。浅野内匠頭を即切腹に決める幕府もあまり文治主義とは言えず軍人丸出しだし。
動画見た感想。なんというか、小規模大名に2回も全額自腹で大規模接待させた(幕府は金出してない)ことがそもそもの原因では…。
饗応役は比較的小規模な外様大名に任命するのが決まっていました。
参勤交代などと一緒で外様大名の保有する財産を散財させるのが目的ですね。
成功すればあの饗応役を無事に果たしたという大きな名誉が得られるので、当時の価値観からしたら全くの無駄という訳でもありません。
@@nekono_mimikon 武士の世では名誉は大事ですし、負担はでかくても得るものも相応にあったのですね。名誉に固執して支出減らせず財政破綻した例も聞きますし、それくらい重要だったと言うことなんですね。
接待の指導責任者が、接待を失敗させるような嫌がらせ・妨害はしないよなぁと(接待の失敗は自分に返ってくる)。まぁ、その辺の盛られた部分は差し引いて、礼金・賄賂に不満を持ってたとしても江戸城内、しかも大一番の時に襲いかかるとかやっぱり浅野内匠頭が悪いよなぁ(正気失ってたんだろうなぁ)と改めて実感。
土芥寇讎記という資料では、内匠頭のキレやすい女好きとの評価を幕府からされてますね。
よく言われる、吉良がウソを教えたとかはない話、そんなことして失敗したら吉良も責任者として責めを負うことになる。
賄賂の件もいわばロイヤリティーなので教えをこう度に払わないといけないのに前回教えてもらった時にはらったから良いだろ?の考えで払わずに吉良を怒らせた。
朝廷勅旨は挨拶と確か将軍の母親の任官?だったかそれの内示もありその大事な日を台無しにした。
城内では刀のつかに手をかけただけでも罪に問われる。
ましてや鯉口を切っただけでも切腹だったはず。
城内で刃傷等したらお家断絶となっても不思議ではない。
浅野は正直バカ殿様に近かったと思うし精神状態もおかしかった。
巻き込まれた家臣達がかわいそう。
前回の接待を立派にこなしたからこそ、大事な機会に抜擢されたのにそれをネガティブに捉えた暗君だったのでしょう。ちゃんとこなせば将軍の覚えも目出度くなったかもしれないのにねぇ
@@肉巻きインゲン 役目が大事な機会というが、当時の価値観で役目をこなす出費が自腹(自分の俸禄から)というのも考えるべき。
浅野内匠頭がキレてた理由として、赤穂藩の赤字というのもある。赤穂浅野家は広島浅野家の分家の小大名でしかなく、たびたび大役を命じられてもイジメとしか感じない。
@@tetsupa これに関しては浅野側が大名火消で派手に着飾って目立っていた=それに使う金があるなら使わせねば
という判定を幕府から受けた可能性が高いんですよね、実際は火の車であっても目に見える形で「うちの藩は金持ちなんだ」って
やったらそりゃ幕府に目をつけられるのは当然だろうに、という
吉良は浅野に色々教える役だったのに、浅野が仕事ちゃんと出来なかったら吉良まで恥をかくし罰せられると思うんやけどなあ。
嘘を教えて饗応が失敗した場合、指南役の上野介もただじゃすまないんじゃない?
お前がついていながらどうしてこうなったんだ!!ってなるでしょ
嘘教えちゃいましたサーセンwwwwwじゃ一緒に切腹ものですわ
吉良さん地元では名君らしいのでなんとも
赤穂は塩で儲けてて、徳川家が欲しかったて
とんでも話しあったような
塩の製法がどうとかというのは俗説で、赤穂家が特殊な製法で塩を生産してたわけではないし、吉良家が塩を生産していたわけでもない。
いきなり無職で大変だと言いますが、赤穂藩は無くなるけど赤穂の土地は無くならない。ここがポイント。誰が来るか分からないけど赤穂の経済事情や実務に長けた物は召し抱えられる可能が高い。塩田開発の実績がある大野九郎兵衛はまず安泰でしょう。武闘派はそれが分かっているから気に入らなかったんだろう。
その土地に残って新しい主君に仕えるのは厳しいでしょうね…。一旦、帰農と言う形になるしまわりの目もある訳で(実際に大野は逃げるしかなくなった)。
大石は公家と縁戚であり京で暮らすことが出来、急進派は江戸詰めで特に堀部は浪人生活には慣れていたので、赤穂の地から離れても問題のない人たちが主導したのは偶然ではないと思います。
世代によって時代劇の吉良の最後が違う辺り、世の中の悪党も見苦しく醜悪になった事を描写してる様で感慨深く感じます。
上杉の御家取り潰しを画策し、更に民の不満のガス抜きに幕府が利用した茶番劇とも云えなくもないが…!
浅野内匠頭が勅使をもてなす役をやったのは、2度目と判明してます。
なので、ミスなどを起こす可能性は低く、吉良上野介のいじめも無かった、という説もありますね。