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動画本編終了後の真っ暗な画面が1分程度続く現象が続いていますが、、編集ソフト側のバグなのかRUclips側のバグなのかわかりません、、次作から再検討いたします。
推進軸の不具合だよ、きっと....😊
『棒高跳び』するよりはマシです。
ミッションの不具合かもです。でもBGMも相まってこちらはいい感じなのです。
DD54が不調で C57が代走すると「やった!今日は赤ブタじゃなかった!」と当時SLを撮りに来た撮り鉄さん達は喜んだとか。
やっぱり当時の蒸気機関車マニアたちはdd51たちを肉の缶詰などと言う不名誉なあだ名を名付けて嫌っていたんだね。
鉄道ファンだけでなく国鉄の乗務員も一緒かもしれませんね。煙が出て投炭の苦労はあるもののC57の方が壊れる心配をしなくて良いですから😂修理もしやすかったでしょうし。
DD54は動力関係で散々な結果となりましたが、車体デザインは秀逸でした。特にサッシ状の全面窓を持つグループはきれいでした。そのためか今まで各社から模型化されましたね、中間台車の処理がネックにもかかわらず。
デザインはかっこいい
DD54開発から4年後に、国産技術で1エンジン2000馬力のDE50が開発されたけど、既にDD51が普及していて量産されなかったのは残念ですね。
播但線周辺に住んでいましたので、DD54の運行は、何となく記憶のかなたに残っています。生野峠付近では河川に近く線路があるので、小学校の遠足で河原を歩きながら下っていた時にDD54牽引列車を見たり、DD54牽引の貨物列車をみました。思い出のある機関車です。
エンジン1基で2000馬力を目指したが当時の技術力ではいかんともしがたかったってことですね。発電用ディーゼル機関のメンテナンスやってた友達の話じゃドイツのエンジンの加工精度は日本に比べ一ケタ違うくらい精密だし自動車メーカーもドイツのエンジンに追いつき追い越せが合言葉みたいなとこありましたよ。
富士と彗星がDF50のトラブルでの代行でC57牽引がありましたが、出雲においてもあったとは・・・ちなみに梅小路のDD54は国労が解体処分に対してメチャクチャゴネたお陰で残ったものなんです(国労の数少ない功績のひとつ)。
何でも上から押し付けられた欠陥機関車の現物として、国労が解体を阻止したそうです。
C54・・・EF54・・・DD54・・・国鉄にとっては54は呪いの車番。
c54とef54、dd54は呪いの54機関車…
キハ54は無事に天寿を全うしそうで何よりですが、他は…。
スロ54と言う、冷房化もされてナロ10より長生きした客車もあったな。
モハ54には 戦前型電車には珍しくスタイリッシュな『ノーシルノーヘッダー』仕様のタイプもありました。(54003〜54005)
同じこと考えとる人おってちょっと嬉しい☺️
駆逐したはずの車両に駆逐されてる…ドイツがドイツの環境に合わせて作ったようなもんだから故障が頻発するのもなんとなくわかるかも
幼少期(すでにDD54が全廃されて10年)に「新しい機関車なのになんで廃車になったのだろう。格好いいのに」と思ったものでした
弁天町に博物館あった頃かなり奥に隠されてたのがよくわかる
メギトロではなく『メキドロ』ですからね。ネギトロじゃないんだから😂京急2100形や新1000形のシーメンスもそうですが こと鉄道に関して ドイツ🇩🇪さんはアフターフォローに難がありますね。
機関車で「54」は駄目番号
54は呪いの機関車…
流麗なデザインは良いデザインは仮に安定稼働していたとしても分割民営化直前に機関車牽引による客貨列車が激減しDD51ですら大量廃車が出たので民営化で命運は尽きただろう
汎用性とか実用化とかいうのではなく技術の勉強を行ったと思います。3式戦飛燕のDBエンジンのライセンス生産もそうでしたが当時の工業力では無理を承知で行ったと思います。根拠は5式に変えられるように主翼の位置を変更出来る設計やD D51が平行して開発したことなどです。
「ネギトロ」式変速機って聞こえて美味しそうな名前だなwと思ったら「メギトロ」式だった・・・DD54といい広電5000形といいドイツ製と日本は相性悪いよね
何それ?おいしいの?
私も ネギトロ って思った
大阪発福知山行きの客レの牽引はDD54。いやな予感しかなかったけど、完走してくれました!
初代の電車でGOの山陰本線のキハ58の運転で、停止位置と到着時間が上手く行った時に出雲の牽引で出て来た
格好は良いんだよ。ペラシャフトで機関車が射出される事案がありましたね。70トンが飛んだそうな。
真横から見るとED73に似てる。
DD12の使用成績が良かったのを余程認めたく無かったのか、素直に電気系はGEやWH、エンジンはキャタピラーやカミンズに任せれば良かったものを…個人的にはデトロイトディーゼル搭載だったら胸熱だったけれども
電気式は重いですからね。インドネシアや南アフリカに軸重13トンほど1,190 kW (1,600 馬力)から1,340 kW (1,800 馬力)のGE機がありますがなんと重量は95トン前後と国鉄機より20から30トン重い!国鉄の入線条件は軸重以外に線路への横圧などもクリアする必要があるので、軸重は平気だが重すぎてNGを喰らいそうです
「54」はDLのDD54だけでなくSLのC54,ELのEF54も目立たない存在でしたね。。。
ドイツ人に完全に足下見られましたね😃
駄菓子菓子!肝心なエンジンと変速機がライセンス生産で修正も改良も出来なかったのが痛い。日独の合作機関車で整備性に難ありで見切られたのでしょう。国鉄本社も無煙化の為に焦っていたとは思いますが純国産DD51が軌道に乗ってしまったし。それにしてもベースの試作機DD91では致命的不具合は出てないんですよね。単に試用期間が短くて分からなかった?
電気式DF50よりはスタイルがいいなぁー😁
DD91は足回り他も全部ドイツ製で固めていたから、らしいドイツ製より(当時の技術力では)精度が劣ったライセンス生産品+国産品で置き換えたDD54とはそこが違った
…失敗を教訓として残す事は、同じ失敗を繰り返さない為にも、日航機墜落事故同様大切ですね…
ご視聴ありがとうございます!この機関車は功績はそこまで残せませんでしたが大きな教訓は後の技術に残してくれましたね。。
DD54作ったのはいいけど……ドイツの部品を使ったから日本の気候に合わずさらに契約で改造もできないこれじゃ故障が頻繁するよc54も評判が悪いのはc51を1割軽くしただけで機関士から「足が軽い」と言われるしまつただこのc54から大スコップを使って火室に石炭を入れることが、できたのが唯一評判された余談だが、青森機関区ではこのc54の煙突を真っ赤にさせた機関士さんがいた(乗務手当を満額もらうためだけに)
ドイツは標準軌で、高速でプッシュプル運転も出来るような安定した軌道。方や日本は狭軌で、バラストと木製枕木で振動も多い。精密機械のようなメキドロ式機関は、その振動に耐えられなかったのだろう。
EF66に似てるね!
EF66もDD54も 新幹線の『911ディーゼル機関車』が 参考になっているように思います。
911を狭軌対応で、運用、量産して欲しかった😊
技術提携の盲点暗転デ終了
国会でも無駄遣いだと追及された不遇の機関車、、、
ドイツ製の機械って意外とポンコツだったりする?ICEは夏場に空調が故障するのは風物詩らしい。
ジョイント音がターミネーター😱
ダダンダンダダン。
DD54に引導を渡したDD51は新製増備というわけでもなく電化でお役御免になった奥羽線・長崎線からの出向組というのも情けないが古巣から見れば山陰の窮地を救った英雄ではあるんだよね。
DD51の500番代最終増備ロットは、山陰・福知山線機関車形式統一用名目、すなわちDD54淘汰用の車両だが。
ごめんなさいね。転属歴しか調べてませんでした。お手間を取らせて済みません。
三菱重工業がライセンス生産し、メンテも担当したが上手くいかなかった。西独で設計された変速機の保守を担うだけの技術力が三菱重工業になかった。当時、輸入車ディーラーだったヤナセにはドイツ車修理の神業職人がいたと言われているので、ヤナセとの共同プロジェクトを立ち上げるならば、この機関車を再生できたかもしれないね。
箱型
何で西ドイツ?参考で国産で賄える様にすれば良かったのにね。
無煙化と無縁化?
日本におけるマイバッハ社と言えばこいつ。
動画本編終了後の真っ暗な画面が1分程度続く現象が続いていますが、、編集ソフト側のバグなのかRUclips側のバグなのかわかりません、、次作から再検討いたします。
推進軸の不具合だよ、きっと....😊
『棒高跳び』するよりはマシです。
ミッションの不具合かもです。
でもBGMも相まってこちらはいい感じなのです。
DD54が不調で C57が代走すると「やった!今日は赤ブタじゃなかった!」と当時SLを撮りに来た撮り鉄さん達は喜んだとか。
やっぱり当時の蒸気機関車マニアたちはdd51たちを肉の缶詰などと言う不名誉なあだ名を名付けて嫌っていたんだね。
鉄道ファンだけでなく国鉄の乗務員も一緒かもしれませんね。煙が出て投炭の苦労はあるもののC57の方が壊れる心配をしなくて良いですから😂修理もしやすかったでしょうし。
DD54は動力関係で散々な結果となりましたが、車体デザインは秀逸でした。特にサッシ状の全面窓を持つグループはきれいでした。
そのためか今まで各社から模型化されましたね、中間台車の処理がネックにもかかわらず。
デザインはかっこいい
DD54開発から4年後に、国産技術で1エンジン2000馬力のDE50が開発されたけど、既にDD51が普及していて量産されなかったのは残念ですね。
播但線周辺に住んでいましたので、DD54の運行は、何となく記憶のかなたに残っています。生野峠付近では河川に近く線路があるので、小学校の遠足で河原を歩きながら下っていた時にDD54牽引列車を見たり、DD54牽引の貨物列車をみました。思い出のある機関車です。
エンジン1基で2000馬力を目指したが当時の技術力ではいかんともしがたかったってことですね。発電用ディーゼル機関のメンテナンスやってた友達の話じゃドイツのエンジンの加工精度は日本に比べ一ケタ違うくらい精密だし自動車メーカーもドイツのエンジンに追いつき追い越せが合言葉みたいなとこありましたよ。
富士と彗星がDF50のトラブルでの代行でC57牽引がありましたが、出雲においてもあったとは・・・ちなみに梅小路のDD54は国労が解体処分に対してメチャクチャゴネたお陰で残ったものなんです(国労の数少ない功績のひとつ)。
何でも上から押し付けられた欠陥機関車の現物として、国労が解体を阻止したそうです。
C54・・・EF54・・・DD54・・・
国鉄にとっては54は呪いの車番。
c54とef54、dd54は呪いの54機関車…
キハ54は無事に天寿を全うしそうで何よりですが、他は…。
スロ54と言う、冷房化もされてナロ10より長生きした客車もあったな。
モハ54には 戦前型電車には珍しくスタイリッシュな『ノーシルノーヘッダー』仕様のタイプもありました。(54003〜54005)
同じこと考えとる人おってちょっと嬉しい☺️
駆逐したはずの車両に駆逐されてる…
ドイツがドイツの環境に合わせて作ったようなもんだから故障が頻発するのもなんとなくわかるかも
幼少期(すでにDD54が全廃されて10年)に「新しい機関車なのになんで廃車になったのだろう。格好いいのに」と思ったものでした
弁天町に博物館あった頃かなり奥に隠されてたのがよくわかる
メギトロではなく『メキドロ』ですからね。ネギトロじゃないんだから😂
京急2100形や新1000形のシーメンスもそうですが こと鉄道に関して ドイツ🇩🇪さんはアフターフォローに難がありますね。
機関車で「54」は駄目番号
54は呪いの機関車…
流麗なデザインは良い
デザインは
仮に安定稼働していたとしても分割民営化直前に機関車牽引による客貨列車が激減しDD51ですら大量廃車が出たので民営化で命運は尽きただろう
汎用性とか実用化とかいうのではなく技術の勉強を行ったと思います。3式戦飛燕のDBエンジンのライセンス生産もそうでしたが当時の工業力では無理を承知で行ったと思います。根拠は5式に変えられるように主翼の位置を変更出来る設計やD D51が平行して開発したことなどです。
「ネギトロ」式変速機って聞こえて美味しそうな名前だなwと思ったら「メギトロ」式だった・・・
DD54といい広電5000形といいドイツ製と日本は相性悪いよね
何それ?おいしいの?
私も ネギトロ って思った
大阪発福知山行きの客レの牽引はDD54。いやな予感しかなかったけど、完走してくれました!
初代の電車でGOの山陰本線の
キハ58の運転で、停止位置と到着時間
が上手く行った時に出雲の牽引で
出て来た
格好は良いんだよ。ペラシャフトで機関車が射出される事案がありましたね。70トンが飛んだそうな。
真横から見るとED73に似てる。
DD12の使用成績が良かったのを余程認めたく無かったのか、素直に電気系はGEやWH、エンジンはキャタピラーやカミンズに任せれば良かったものを…個人的にはデトロイトディーゼル搭載だったら胸熱だったけれども
電気式は重いですからね。
インドネシアや南アフリカに軸重13トンほど1,190 kW (1,600 馬力)から1,340 kW (1,800 馬力)のGE機がありますが
なんと重量は95トン前後と国鉄機より20から30トン重い!
国鉄の入線条件は軸重以外に線路への横圧などもクリアする必要があるので、軸重は平気だが重すぎてNGを喰らいそうです
「54」はDLのDD54だけでなくSLのC54,ELのEF54も目立たない存在でしたね。。。
ドイツ人に完全に足下見られましたね😃
駄菓子菓子!
肝心なエンジンと変速機がライセンス生産で修正も改良も出来なかったのが痛い。
日独の合作機関車で整備性に難ありで見切られたのでしょう。
国鉄本社も無煙化の為に焦っていたとは思いますが純国産DD51が軌道に乗ってしまったし。
それにしてもベースの試作機DD91では致命的不具合は出てないんですよね。
単に試用期間が短くて分からなかった?
電気式DF50よりはスタイルがいいなぁー😁
DD91は足回り他も全部ドイツ製で固めていたから、らしい
ドイツ製より(当時の技術力では)精度が劣ったライセンス生産品+国産品で置き換えたDD54とはそこが違った
…失敗を教訓として残す事は、同じ失敗を繰り返さない為にも、日航機墜落事故同様大切ですね…
ご視聴ありがとうございます!この機関車は功績はそこまで残せませんでしたが大きな教訓は後の技術に残してくれましたね。。
DD54作ったのはいいけど……
ドイツの部品を使ったから
日本の気候に合わず
さらに契約で
改造もできない
これじゃ故障が頻繁するよ
c54も評判が悪いのは
c51を1割軽くしただけで
機関士から「足が軽い」と言われるしまつ
ただこのc54から
大スコップを使って火室に石炭を入れる
ことが、できたのが
唯一評判された
余談だが、青森機関区では
このc54の煙突を真っ赤にさせた
機関士さんがいた
(乗務手当を満額もらうためだけに)
ドイツは標準軌で、高速でプッシュプル運転も出来るような安定した軌道。
方や日本は狭軌で、バラストと木製枕木で振動も多い。
精密機械のようなメキドロ式機関は、その振動に耐えられなかったのだろう。
EF66に似てるね!
EF66もDD54も 新幹線の『911ディーゼル機関車』が 参考になっているように思います。
911を狭軌対応で、運用、量産して欲しかった😊
技術提携の盲点
暗転デ終了
国会でも無駄遣いだと追及された不遇の機関車、、、
ドイツ製の機械って意外とポンコツだったりする?
ICEは夏場に空調が故障するのは風物詩らしい。
ジョイント音がターミネーター😱
ダダンダンダダン。
DD54に引導を渡したDD51は新製増備というわけでもなく
電化でお役御免になった奥羽線・長崎線からの出向組というのも情けないが
古巣から見れば山陰の窮地を救った英雄ではあるんだよね。
DD51の500番代最終増備ロットは、山陰・福知山線機関車形式統一用名目、すなわちDD54淘汰用の車両だが。
ごめんなさいね。転属歴しか調べてませんでした。お手間を取らせて済みません。
三菱重工業がライセンス生産し、メンテも担当したが上手くいかなかった。
西独で設計された変速機の保守を担うだけの技術力が三菱重工業になかった。
当時、輸入車ディーラーだったヤナセにはドイツ車修理の神業職人がいたと言われているので、
ヤナセとの共同プロジェクトを立ち上げるならば、この機関車を再生できたかもしれないね。
箱型
何で西ドイツ?
参考で国産で賄える様にすれば良かったのにね。
無煙化と無縁化?
日本におけるマイバッハ社と言えばこいつ。