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不正の件はわからないがシューマッハが台頭してきて感じたことは、セナとプロストはオールドタイプの最高傑作、シューマッハはニュータイプドライバーって感じたかな。
94年、ミハエルはシーズン8勝ですよ。95年は9勝ですが。
94年の開幕の時点で他チームのドライバーが「ベネトンがとにかく速い。なんであんなに速いのかはわからない」みたいな反応だったんだよね不正はわからんが一つだけ別のマシンって感じではあったな
当時は不正とか考えず単純にシューマッハすごって見てました😊
9勝ではなく8勝。それとベネトンは真っ黒だと思うが、フェラーリもしれっとTCS使ってなかったか?
2000年シーズンに積んでたねオプションワンって呼んでたシステムFIA公認だったからそのまま使ってたねマクラーレンからクレーム出たけどスルーされると言う
TCSのみでなく、ローンチコントロールもあったようでけど。正直ルールの抜け道を探すのがF1には必要だと思うけど、94年のベネトンは明らかにやりすぎだったと思う。ハイテク技術についてはいっぺんに禁止にするべきではなかったと思う。アクティブサスについて2022年も採用されていたら、バウンシングの問題も解決しただろう。
F1ではよく解釈の仕方でグレーゾーンに侵入することが多いですがこの年のベネトンは証拠が無ければ罪ではない系の思想ですがね😎
94年ベネトンが躍進出来た最大の理由は不正デバイスなどではなく、93年シーズン後半からB194の開発に先駆けて移行した点です。それに加え、上位2チームにエースドライバー交代や搭載エンジン変更が起き、ソレに伴う体制変更に追われマシン開発に手間取る一方、シューマッハを残留させたベネトンは開幕戦までに熟成させたB194を投入出来、シーズンを支配したのです。コレは同様に021に見切りをつけ、022にリソース回してシーズン序盤目覚ましい活躍したティレルも同様です。残念ながらティレルは信頼性が低く成績が伴いませんでしたが、もしも好成績上げていたら022にも疑惑の目が向けられたのでしょうか?
シューマッハのステアリングと、チームメイトの3人だったJJ・レート、ヨス・フェルスタッペン、ジョニー・ハーバードのステアリングに違いが有ったのでは?シューマッハのステアリングにだけ特別ボタンが付いていた?真相はともかく、ベネトンと言うチームは完全にシューマッハがNo.1エースドライバーで、3人のチームメイトはNo.2サポートでセカンドドライバー扱いだった。新興チームのベネトンは、マクラーレンやウィリアムズやフェラーリの名門トップチームみたいに2人のドライバーをマネジメントコントロール(チームオーダー)出来るだけの力量は無かった。フラビオ・ブリアトーレの采配にも疑問?他のベネトン首脳人達ロス・ブラウン、トム・ウォーキンショウも皆、シューマッハ贔屓?設計?デザイナーのロリー・バーンは分からない?
不正していたとしても何故シューマッハの方だけなんでしょうか?2台ともすればいいのではと考えてしまいます😅
@@f1-sc 様シューマッハがチームの絶対エースNo.1だったからと言う考え方(シューマッハ車だけ特別専用?)ベネトンの首脳陣がチームメイト3人から不正の事実が流出する事を恐れていた?そもそもシューマッハのチームメイトが3人もコロコロ入れ替わったのが疑問?最後の2戦(日本GPとオーストラリアGP)で急遽ベネトンのセカンドドライバーに抜擢されたジョニー・ハーバードは、ベネトンチームから冷遇扱いを受けていた(ハーバードのマシンセッティングデータをシューマッハが見る事が出来たが、シューマッハのマシンセッティングデータをハーバードが見せて貰え無かった)翌1995年からハーバードは、ベネトンのフルタイムレギュラードライバーとして引き続きシューマッハをサポートする(強制的にサポートさせられる?)事になりましたが?シューマッハは自分よりも速い所を見せるハーバードを大変恐れていましたね。
シューマッハは不正と認識していたのかも興味あります
@@f1-sc 様シューマッハだけでなくフラビオ・ブリアトーレやロス・ブラウン、トム・ウォーキンショウ達ベネトン首脳陣も一生胸の中に真相を忍ばせて墓場まで持って行くか?ブリアトーレは、後に「シンガポールクラッシュゲート事件」で同じ過ちを繰り返して?F1界から永久追放されましたね?
@@f1-sc 様どのチームのエースドライバーでもセカンドドライバーにテスト走行であってもタイムを上回れると急に御機嫌が悪くなる話は多く聞きますね?笑あのセナでも1993年マクラーレンでチームメイトのミカ・ハッキネンに予選タイムを上回れた時は途端に不機嫌になったとか(ハッキネンの前にチームメイトだったマイケル・アンドレッティーには脅威を感じていなかった理由も有りましたが)特にシューマッハには神経質なくらいにエースドライバー待遇を過度に要求する傾向が有りましたね。フェラーリ時代のチームメイトだったセカンドドライバーのアーバインやバリチェロには多くのサポートを要求したり、フェラーリにもチームオーダー要求する。そんな絶対王様シューマッハが君臨するベネトンに、元ベネトンドライバーだった(1989年デビューで4位入賞の)ハーバードがロータスからリジェ経由して(1戦だけ)古巣ベネトンに帰って来た?ハーバードにとっては厳しい環境でしたがベネトンに旧知のスタッフもいたので少しは良かったか知れない。
このベネトンが勝ち始めた辺りからF1はつまらなくなった。セナの死が原因でつまらなくなったと思っていたが、実はそうではなく、ベネトンが卑怯な戦法で勝つことが原因だと分かり、スッキリした。
ミハエルが2戦欠場しても勝てなかったヒルはその程度の実力という見方もある
真っ黒なマシン
カラーリングも黒にしてほしい😅
ブリアトーレが永久追放になったのが答えでは?!
あの人は他にもいろいろやってるしね
それはまた違う話。
シューマッハは、嘘つきシューミと言うあだ名があった程中身は汚い奴だったと聞いたことがあります。
実際どうかはわからないですがどの時代にもアンチはいるのものですね😆
不正の件はわからないがシューマッハが台頭してきて感じたことは、セナとプロストはオールドタイプの最高傑作、シューマッハはニュータイプドライバーって感じたかな。
94年、ミハエルはシーズン8勝ですよ。95年は9勝ですが。
94年の開幕の時点で他チームのドライバーが
「ベネトンがとにかく速い。なんであんなに速いのかはわからない」
みたいな反応だったんだよね
不正はわからんが一つだけ別のマシンって感じではあったな
当時は不正とか考えず単純にシューマッハすごって見てました😊
9勝ではなく8勝。
それとベネトンは真っ黒だと思うが、フェラーリもしれっとTCS使ってなかったか?
2000年シーズンに積んでたねオプションワンって呼んでたシステム
FIA公認だったからそのまま使ってたね
マクラーレンからクレーム出たけどスルーされると言う
TCSのみでなく、ローンチコントロールもあったようでけど。正直ルールの抜け道を探すのがF1には必要だと思うけど、94年のベネトンは明らかにやりすぎだったと思う。ハイテク技術についてはいっぺんに禁止にするべきではなかったと思う。アクティブサスについて2022年も採用されていたら、バウンシングの問題も解決しただろう。
F1ではよく解釈の仕方でグレーゾーンに侵入することが多いですがこの年のベネトンは証拠が無ければ罪ではない系の思想ですがね😎
94年ベネトンが躍進出来た最大の理由は不正デバイスなどではなく、93年シーズン後半からB194の開発に先駆けて移行した点です。それに加え、上位2チームにエースドライバー交代や搭載エンジン変更が起き、ソレに伴う体制変更に追われマシン開発に手間取る一方、シューマッハを残留させたベネトンは開幕戦までに熟成させたB194を投入出来、シーズンを支配したのです。コレは同様に021に見切りをつけ、022にリソース回してシーズン序盤目覚ましい活躍したティレルも同様です。残念ながらティレルは信頼性が低く成績が伴いませんでしたが、もしも好成績上げていたら022にも疑惑の目が向けられたのでしょうか?
シューマッハのステアリングと、チームメイトの3人だったJJ・レート、ヨス・フェルスタッペン、ジョニー・ハーバードのステアリングに違いが有ったのでは?
シューマッハのステアリングにだけ特別ボタンが付いていた?
真相はともかく、ベネトンと言うチームは完全にシューマッハがNo.1エースドライバーで、3人のチームメイトはNo.2サポートでセカンドドライバー扱いだった。
新興チームのベネトンは、マクラーレンやウィリアムズやフェラーリの名門トップチームみたいに2人のドライバーをマネジメントコントロール(チームオーダー)出来るだけの力量は無かった。
フラビオ・ブリアトーレの采配にも疑問?
他のベネトン首脳人達ロス・ブラウン、トム・ウォーキンショウも皆、シューマッハ贔屓?
設計?デザイナーのロリー・バーンは分からない?
不正していたとしても何故シューマッハの方だけなんでしょうか?2台ともすればいいのではと考えてしまいます😅
@@f1-sc 様
シューマッハがチームの絶対エースNo.1だったからと言う考え方(シューマッハ車だけ特別専用?)ベネトンの首脳陣がチームメイト3人から不正の事実が流出する事を恐れていた?
そもそもシューマッハのチームメイトが3人もコロコロ入れ替わったのが疑問?
最後の2戦(日本GPとオーストラリアGP)で急遽ベネトンのセカンドドライバーに抜擢されたジョニー・ハーバードは、ベネトンチームから冷遇扱いを受けていた(ハーバードのマシンセッティングデータをシューマッハが見る事が出来たが、シューマッハのマシンセッティングデータをハーバードが見せて貰え無かった)
翌1995年からハーバードは、ベネトンのフルタイムレギュラードライバーとして引き続きシューマッハをサポートする(強制的にサポートさせられる?)事になりましたが?
シューマッハは自分よりも速い所を見せるハーバードを大変恐れていましたね。
シューマッハは不正と認識していたのかも興味あります
@@f1-sc 様
シューマッハだけでなくフラビオ・ブリアトーレやロス・ブラウン、トム・ウォーキンショウ達ベネトン首脳陣も一生胸の中に真相を忍ばせて墓場まで持って行くか?
ブリアトーレは、後に「シンガポールクラッシュゲート事件」で同じ過ちを繰り返して?F1界から永久追放されましたね?
@@f1-sc 様
どのチームのエースドライバーでもセカンドドライバーにテスト走行であってもタイムを上回れると急に御機嫌が悪くなる話は多く聞きますね?笑
あのセナでも1993年マクラーレンでチームメイトのミカ・ハッキネンに予選タイムを上回れた時は途端に不機嫌になったとか(ハッキネンの前にチームメイトだったマイケル・アンドレッティーには脅威を感じていなかった理由も有りましたが)
特にシューマッハには神経質なくらいにエースドライバー待遇を過度に要求する傾向が有りましたね。
フェラーリ時代のチームメイトだったセカンドドライバーのアーバインやバリチェロには多くのサポートを要求したり、フェラーリにもチームオーダー要求する。
そんな絶対王様シューマッハが君臨するベネトンに、元ベネトンドライバーだった(1989年デビューで4位入賞の)ハーバードがロータスからリジェ経由して(1戦だけ)古巣ベネトンに帰って来た?
ハーバードにとっては厳しい環境でしたがベネトンに旧知のスタッフもいたので少しは良かったか知れない。
このベネトンが勝ち始めた辺りからF1はつまらなくなった。
セナの死が原因でつまらなくなったと思っていたが、実はそうではなく、ベネトンが卑怯な戦法で勝つことが原因だと分かり、スッキリした。
ミハエルが2戦欠場しても勝てなかったヒルはその程度の実力という見方もある
真っ黒なマシン
カラーリングも黒にしてほしい😅
ブリアトーレが永久追放になったのが答えでは?!
あの人は他にもいろいろやってるしね
それはまた違う話。
シューマッハは、嘘つきシューミと言うあだ名があった程中身は汚い奴だったと聞いたことがあります。
実際どうかはわからないですがどの時代にもアンチはいるのものですね😆