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人生賭けた仕事で、一時期だけでも全国に「旋風」を巻き起こすことができたなんて幸せだ
素晴らしいコメントだ!✨
今日(初場所初日)国技館行ってきた阿武松親方(元関脇益荒雄)が切符キリやっていた「お寒い中、ご苦労様です 昭和62年の旋風は忘れられませんよ」と話しかけたら照れていた
見た目には大きな身体、筋肉と言うわけではない益荒雄。豪に対する戦い方、などという理屈ではなく、持てる技術を全力で出して、そして気持ちで勝っていく姿。こんな力士を、日本人が応援しない訳がない。力士の大型化の時代。勝ち難い時代かも知れないけど、こんな力士が出てきて欲しい。
3:01〜お母さんが武者震いしてる。益荒雄の立ち合いのキレイさ、鋭さ。現代の立ち合いとはまるで違う素晴らしい相撲。
差し身の良さと攻めの速さでは大関クラスの力士でしたね。若嶋津関に4連勝、双羽黒関と朝潮関に3連勝、千代の富士関に2連勝と、正に「旋風」でした。残念だったのは、重量級の大乃国関と小錦関相手にけたぐりで勝った事により、再度両力士にけたぐりや立ち会い変化を試みたのが仇になり、膝に力士としては致命的な傷を負ってしまった事です。これで力士寿命も縮まってしまいました。それでも、昭和61年九州場所からの4場所連続三賞獲得は見事ですし、記憶に残る力士です。
当時観てて、このまま大関になるんじゃないかと思いました。上位陣に対して正々堂々と立ち向かう姿勢と取り口は最高でした。怪我さえなければと思うと… 結果的に残念には思いましたがよく頑張ったと思います。
当時生中継で見ていたけど、本当に凄かった。千代の富士の全盛時に連勝するなんて信じられなかったよ。
10:27なんか、小錦の、益荒男に対する優しさに目頭が熱くなってしまいました、、、
普通は起こして終わりなんだけど東方まで誘導するのは凄いですね。北天祐も小錦との取り組みで大怪我しましたが終始小錦が心配そうな表情してたのが印象的でした。
益荒雄旋風、懐かしいですね◎◎今では、すっかり江守徹さんの様な風貌になられておられますが…(笑)
懐かしくて涙が出そうです!千代の富士をうっちゃりで破った相撲は今見てもどきどきします。小錦にけたぐりで勝った相撲は、このビデオではカットされていますが、益荒雄は2度つっかけているんですよね。このあたりの駆け引きの面白さも味あわせてくれた力士でした。アップしてくださった方、ほんとうにありがとうございます。
ほんと神憑り的だったよなぁ~ケガせんけりゃ人気の名大関になれただけに惜しかった
活躍した期間は短かったけど、鋭い動きが目に焼き付いてる。
今まで見たなかでも本当に感動した取組でしたね。
中学生の頃、益荒男ブームで盛り上がりました🎉懐かしい😂
やっぱり怪我で運命変わっちゃう この時見てたけど凄い勢いでした相撲の醍醐味を見せてくれましたね
双羽黒関に3連勝とはすごい
5:15~の千代の富士戦はすばらしい!!これですよ、これこれ!これぞ大相撲の醍醐味。当時リアルタイムで見てましたが、改めていま見ても思わず気合が入ってしまったし、感動しました。(2015.5.17 18:43 JST)
今はみんな大きくなって、体への負担も大きいからか、うっちゃりはめっきり減りましたよね…。しぶとさもないから昔よりしょっぱい相撲が多くなりましたよね。
昭和62年の突然変異。白いウルフ、のネーミングがぴったりだった。白いウルフが本家ウルフに連勝したのも見事だった。
いや、この時の益荒雄凄かったね。ガチ過ぎてケガも多かったんだろう。現役生活縮めたかもしれないが、見てて清々しかった。
彗星のように現れ、彗星のように消えた
6:09力士は無表情な人が多いから、こういう感じは珍しいよね。千代の富士に勝ったの嬉しかったんだろうね。
益荒雄、見ててワクワクします!こんなキリっとした、小さいけどキップのいいお相撲さん、最近ホントいないなぁ。でかさはお相撲さんのアイデンティティだけど、そればかりじゃやっぱ面白くないですよね。こういう力士の再来希望!
あの千代の富士最強の時代に連勝し、アンチ千代の富士だったので益荒雄が勝つと大いにうれしかったものです。
横綱大関を破ったあとのインタビューが終わると、いつも「おめでとうございました」の声に「ありがとうございました」と答えるだけでなく、いつもカメラさん(とかその向こうにいるスタッフ?)にも一礼するような、折り目正しい力士でした。
mikimaruii あ
覚えてます😊凄い旋風でした
この頃の益荒雄の小気味よい取り口が好きだったなぁ。
向坂アナ、山田アナ、若瀬川さんなど鬼籍に入られた方々の声をきいてとてもなつかしかったです。
面構えが良かった益荒男!
長い間表舞台では名前を聞かなかったんだけど、貴乃花への投票の件で益荒雄の名前を聞いたときは鳥肌が立つほど嬉しかった。
当時中学生だったけど、本当に旋風だった。当時の横綱、大関が全然勝てないんだから。
当時、益荒雄関に興奮しながら声援していました。それにしても、行司さんの捌きの立ち位置は、良いですね。
取り方に隙がない完成された相撲だったが、怪我をしてからは・・・しかし、明らかに相撲界最強の時があったから本人としては良かったのでは?
こうみるとやはり益荒雄イケメンや
相撲が面白かった時代の象徴かもなぁ下位への取りこぼしはあっても上位に何かやってくれそうで目が離せなかった
記憶に残る力士のひとり。
大関になって欲しかった。
この益荒男って、後に阿武松親方になった人かな?
何度見てもすばらしい益荒雄旋風ですが、5:58 横綱として格下力士にまけても、潔く一礼してさっと土俵をあとにする千代の富士の所作がすばらしい。
突然の白いウルフ益荒男旋風、思い出すなぁ。確実に大関には行けそうな勢いだったね
益荒男はこの後出稽古でいたぶられただろうな 横綱3人がかりで
今現役だったらウエイトトレや食事管理でもっと身体をデカくできただろうから、もっと上を狙えた逸材でしょうね。若島津もですが
益荒雄旋風、なんとなくおぼえていましたが、「白いウルフ」にたがわぬハンサム!ご本人いわく、琴ヶ梅と寺尾に勝てなかったのを思い出すと、今もくやしくて眠れなくなるとか(笑)
小錦(KONISHIKI)に負けて連勝がストップした後、ズルズル連敗し、最終的にはクンロクで終わってしまった・・・。😭😫😢
千代の富士に2連勝したんだよね。うっちゃりの1番が印象に強かったけど、色々な技を駆使してますね。楽しませてもらったな。
5月場所で千代の富士が強引に頭抑えて叩こうとしてるのが何が何でも勝ちたいんだなって思った。八百に応じないから実力で何としてでも勝たないといけないんだろうな。
この旋風の陰で益荒雄が3戦全敗した力士が1名いた。それは・・花乃湖。この力士も好きだったなあ。
当時上位陣のほとんどが苦手としたガチンコ力士だったね。
花乃湖も素質はあったし大成する雰囲気はありましたよね。技能力士で上位も食ってましたけど怪我には勝てなかった・・
派手さは無いけど上位戦は期待して観戦していたな
確か寺尾も彼を苦手としていましたね。
全盛期全ての取り組みをリアタイで観てた少年時代。インパクトは凄まじかったなぁ。当時の千代の富士を一気に持っていくんだもんな。しかし双羽黒は初回2回目とも小手に巻いて強引に投げようとしたとこを付け込まれて逆転されて学習してないというか力任せにいきすぎというか、だから大成できなかったんだろなあ。あと小錦の優しさが凄く伝わってくる
若島津関は晩年で体調も良くないけど、千代の富士、北天佑、朝潮はまだバリバリで双羽黒、大乃国、北勝海、旭富士、小錦は20代半ばの伸び代のある興隆期だからこれだけ強い上位と総当りして勝ち越せただけでも凄い時代。益荒雄以外の上位総当りの刺客達は皆、討死(大敗)して跳ね返されてる時代。
確かにこの頃三役を連続で維持出来てた人はいなかったんじゃないですかね。しかし今見返しても豪華なラインナップだw
@@gorotaki 後の安定関脇、逆鉾関がモブ(その他大勢)の時代ですから。旭富士関も好成績を挙げても関脇が詰まって小結止まりにされて史上最強の小結、なんて称えられた時代でもあります。それにしても益荒男旋風は鮮烈でした。初日から小錦に負けるまで連日、スポーツ紙の一面を飾っていた記憶があります。
@@猿飛佐助-m3s その逆鉾は長い間関脇にいましたけど維持するために別の手を使ってましたからねぇ(笑)旭富士はとにかく色々不遇で苦労人のイメージですね。大関で直近5場所が過去最高勝率だったのに綱に上がれなかったり色々いちゃもんつけられて可哀想でした。
相撲人生を疾風のように駆け抜けた力士だったが、親方人生も押尾川部屋から実質的な破門を受けてまで独立するなどまさに波乱万丈、現在は理事選に立候補した貴乃花親方を支援し当選させた功労者。
4勝11敗の場所も朝潮若島津には勝っているらしい
小錦優しい
小錦のなんと優しいことか
勝負根性の執念がすごかったな。膝のケガさえなければ、膝は致命傷だからな。今は幸せにしてるからいいね。
大横綱千代の富士を二場所連続で勝った益荒雄旋風その端正なマスクは白いウルフと呼ばれイケメン力士だった記録より記憶に残る角界のジャイアントキリング
ガチンコで旋風を起こし、ガチンコに泣かされた唯一無二の男
7:23 小錦の悔しがり方が当時の大相撲の状況がわかる
一瞬の輝き。この体の小ささでは、大型力士陣との力戦連続だと、ケガが宿命になってしまう。でも、昭和62年夏場所、横綱に先に上手取られて初日、3日目、共に勝利とは、まさに 鬼神。彼をいじめたと噂された超有望力士より実績を残したのは素晴らしいが、その人物も又、伸び悩んだのはケガ。力士って本当に大変、つくづく 、、、。
その超有望力士って誰やったんです?
幕内在位も思いの外短いんですよね。益荒雄旋風が終わった後はあっという間に幕内から滑り落ちてしまい、十両と幕内を何度か往復して1度だけ幕内上位に戻っただけで、全く活躍は出来ませんでした。小錦戦で足に大怪我を負ったことも大きかったのかな。
一応知らない人のために ちっちゃく見えても188センチ127キロ(ウィキより)だからねw色白なぶん 千代の富士より筋肉の分け目?が見えにくいのかな
今は こーゆー相撲がないですね 力士もいないです… この頃の横綱大関は 強かったですからね‼️
意外に幕内在位は少なく持たなかったよね。怪我のせいかな。
小錦悔しがってるww
小錦、優しい
いろんなコメントを読ませていただくと、相撲っぷり同様男気あふれる方だったのですね。現在は協会退職されて元気にされていることを願います。阿武咲のこと心残りだとは思いますが。
ガチンコゆえに短命でしたね、
今の土俵に「小気味よく華のある相撲」と形容される力士が存在するのか?差し身の良さ、うっちゃり、投げ、足技、どれをとっても現在の小柄な力士に欠けていると思う。
双羽黒に勝った時は、歌のトップテンでネタになりました。
小錦さん優しいな
横綱大関には勝ってるのになぜ5敗6敗してるんだ・・・
阿武松親方の若き日の姿現役時代は大関候補と言われケガが理由で大関昇進を逃す。現役は体調不良で角界から退職
男前だなぁ…
少し江守徹に似てますね😁
益荒雄横綱大関キラーやな
昭和62年1月から5月の3場所は神った存在でしたが、当時から「左攻めの強化を」と課題を指摘されていながら結局克服できなかったですね。ケガが力士生命を縮めたのは確かですが、元々右を差さないと力が出ない力士で、大乃国や小錦のような重量級にはけたぐり以外に勝つ手段がなかった(実際大乃国にも小錦にもけたぐりで1勝したのみ)ですから、ケガがなかったとしても関脇が限界だったでしょう。審判部長をやってなかったら今も協会に残っていたでしょうに…。協会退職に至るまでの経緯は気の毒だったと思います。
2場所続けて物言いすらつかなかった朝潮可哀想
北尾に決められない様に右半身で行くのは上手いね。北尾は脇があまいからこの勝ち方は鉄板。
3:00
強い強い
ケガがなければ
この時代の相撲と今の相撲比較して観たら、益荒男の相撲内容は大関又は横綱相撲。
近年は「場内説明が下手な親方」として有名になってしまった
旗臭い親方
小さい頃抱っこしてもらった事ある
ガチの相撲取りだったからね、だから、怪我をさかいに、つぶされたんだよね、でもいまだ十両優勝5回は最多記録だからね、これぞ太く短い相撲人生でしたね
燃えろ 益荒雄白いウルフ燃えて 燃えて 大物喰らえジャイアントキリング
地元田川なので応援してたな2つ上のほぼ同じ年だったので覚えてる今のバカリズムの先輩に当たるんでしょ飯塚高校でしょ?
小錦はケガした相手には本当に優しいなあ😢
1発屋力士だったよね
部屋が違えば 大関ぐらいあり得た
退職しちゃったね。
若島津に引導を渡した益荒雄。
現在のカミカミ審判部長
日馬富士っぽいね
こういう相撲内容ならば、大関まで昇進してもおかしくなかった。
世間からチヤホヤされだした頃から少し色気が出てきたような。もう少し厳しい目で見られ続けたら横綱になっていたような気もする。
はたくさい
たまたま😁弱いから👍
巡業で俺が小学生の時握手求めたら足踏まれた!わざと!今でも腹立つ😡⚡親方の器はないよ😵
お父さん、そっくり(笑)!!当時、リアルタイムで見てたが・・・。いや~、今見ても痛快!!
人生賭けた仕事で、一時期だけでも全国に「旋風」を巻き起こすことができたなんて幸せだ
素晴らしいコメントだ!✨
今日(初場所初日)国技館行ってきた
阿武松親方(元関脇益荒雄)が切符キリやっていた
「お寒い中、ご苦労様です 昭和62年の旋風は忘れられませんよ」と話しかけたら照れていた
見た目には大きな身体、筋肉と言うわけではない益荒雄。
豪に対する戦い方、などという理屈ではなく、持てる技術を全力で出して、そして気持ちで勝っていく姿。
こんな力士を、日本人が応援しない訳がない。
力士の大型化の時代。
勝ち難い時代かも知れないけど、こんな力士が出てきて欲しい。
3:01〜
お母さんが武者震いしてる。
益荒雄の立ち合いのキレイさ、鋭さ。
現代の立ち合いとはまるで違う素晴らしい相撲。
差し身の良さと攻めの速さでは大関クラスの力士でしたね。若嶋津関に4連勝、双羽黒関と朝潮関に3連勝、千代の富士関に2連勝と、正に「旋風」でした。
残念だったのは、重量級の大乃国関と小錦関相手にけたぐりで勝った事により、再度両力士にけたぐりや立ち会い変化を試みたのが仇になり、膝に力士としては致命的な傷を負ってしまった事です。これで力士寿命も縮まってしまいました。
それでも、昭和61年九州場所からの4場所連続三賞獲得は見事ですし、記憶に残る力士です。
当時観てて、このまま大関になるんじゃないかと思いました。上位陣に対して正々堂々と立ち向かう姿勢と取り口は最高でした。
怪我さえなければと思うと… 結果的に残念には思いましたがよく頑張ったと思います。
当時生中継で見ていたけど、本当に凄かった。
千代の富士の全盛時に連勝するなんて信じられなかったよ。
10:27なんか、小錦の、益荒男に対する優しさに目頭が熱くなってしまいました、、、
普通は起こして終わりなんだけど東方まで誘導するのは凄いですね。
北天祐も小錦との取り組みで大怪我しましたが終始小錦が心配そうな表情してたのが印象的でした。
益荒雄旋風、懐かしいですね◎◎
今では、すっかり江守徹さんの様な風貌になられておられますが…(笑)
懐かしくて涙が出そうです!
千代の富士をうっちゃりで破った相撲は
今見てもどきどきします。
小錦にけたぐりで勝った相撲は、この
ビデオではカットされていますが、益荒雄は2度つっかけているんですよね。このあ
たりの駆け引きの面白さも味あわせて
くれた力士でした。
アップしてくださった方、ほんとうに
ありがとうございます。
ほんと神憑り的だったよなぁ~ケガせんけりゃ人気の名大関になれただけに惜しかった
活躍した期間は短かったけど、鋭い動きが目に焼き付いてる。
今まで見たなかでも本当に感動した取組でしたね。
中学生の頃、益荒男ブームで盛り上がりました🎉
懐かしい😂
やっぱり怪我で運命変わっちゃう この時見てたけど凄い勢いでした
相撲の醍醐味を見せてくれましたね
双羽黒関に3連勝とはすごい
5:15~の千代の富士戦はすばらしい!!
これですよ、これこれ!これぞ大相撲の醍醐味。
当時リアルタイムで見てましたが、改めていま見ても
思わず気合が入ってしまったし、感動しました。
(2015.5.17 18:43 JST)
今はみんな大きくなって、体への負担も大きいからか、うっちゃりはめっきり減りましたよね…。しぶとさもないから昔よりしょっぱい相撲が多くなりましたよね。
昭和62年の突然変異。
白いウルフ、のネーミングがぴったりだった。白いウルフが本家ウルフに連勝したのも見事だった。
いや、この時の益荒雄凄かったね。ガチ過ぎてケガも多かったんだろう。現役生活縮めたかもしれないが、見てて清々しかった。
彗星のように現れ、彗星のように消えた
6:09
力士は無表情な人が多いから、こういう感じは珍しいよね。千代の富士に勝ったの嬉しかったんだろうね。
益荒雄、見ててワクワクします!こんなキリっとした、小さいけどキップのいいお相撲さん、最近ホントいないなぁ。でかさはお相撲さんのアイデンティティだけど、そればかりじゃやっぱ面白くないですよね。こういう力士の再来希望!
あの千代の富士最強の時代に連勝し、アンチ千代の富士だったので
益荒雄が勝つと大いにうれしかったものです。
横綱大関を破ったあとのインタビューが終わると、いつも「おめでとうございました」の声に「ありがとうございました」と答えるだけでなく、いつもカメラさん(とかその向こうにいるスタッフ?)にも一礼するような、折り目正しい力士でした。
mikimaruii あ
覚えてます😊
凄い旋風でした
この頃の益荒雄の小気味よい取り口が好きだったなぁ。
向坂アナ、山田アナ、若瀬川さんなど
鬼籍に入られた方々の声をきいて
とてもなつかしかったです。
面構えが良かった益荒男!
長い間表舞台では名前を聞かなかったんだけど、
貴乃花への投票の件で益荒雄の名前を聞いたときは鳥肌が立つほど嬉しかった。
当時中学生だったけど、本当に旋風だった。
当時の横綱、大関が全然勝てないんだから。
当時、益荒雄関に興奮しながら声援していました。それにしても、行司さんの捌きの立ち位置は、良いですね。
取り方に隙がない完成された相撲だったが、怪我をしてからは・・・しかし、明らかに相撲界最強の時があったから本人としては良かったのでは?
こうみるとやはり益荒雄イケメンや
相撲が面白かった時代の象徴かもなぁ
下位への取りこぼしはあっても上位に何かやってくれそうで目が離せなかった
記憶に残る力士のひとり。
大関になって欲しかった。
この益荒男って、後に阿武松親方になった人かな?
何度見てもすばらしい益荒雄旋風ですが、5:58 横綱として格下力士にまけても、潔く一礼してさっと土俵をあとにする千代の富士の所作がすばらしい。
突然の白いウルフ益荒男旋風、思い出すなぁ。確実に大関には行けそうな勢いだったね
益荒男はこの後出稽古でいたぶられただろうな 横綱3人がかりで
今現役だったらウエイトトレや食事管理でもっと身体をデカくできただろうから、もっと上を狙えた逸材でしょうね。若島津もですが
益荒雄旋風、なんとなくおぼえていましたが、「白いウルフ」にたがわぬハンサム!
ご本人いわく、琴ヶ梅と寺尾に勝てなかったのを思い出すと、今もくやしくて眠れなくなるとか(笑)
小錦(KONISHIKI)に負けて連勝がストップした後、ズルズル連敗し、最終的にはクンロクで終わってしまった・・・。😭😫😢
千代の富士に2連勝したんだよね。
うっちゃりの1番が印象に強かったけど、
色々な技を駆使してますね。
楽しませてもらったな。
5月場所で千代の富士が強引に頭抑えて叩こうとしてるのが
何が何でも勝ちたいんだなって思った。
八百に応じないから実力で何としてでも勝たないといけないんだろうな。
この旋風の陰で益荒雄が3戦全敗した力士が1名いた。それは・・
花乃湖。この力士も好きだったなあ。
当時上位陣のほとんどが苦手としたガチンコ力士だったね。
花乃湖も素質はあったし大成する雰囲気はありましたよね。
技能力士で上位も食ってましたけど怪我には勝てなかった・・
派手さは無いけど上位戦は期待して観戦していたな
確か寺尾も彼を苦手としていましたね。
全盛期全ての取り組みをリアタイで観てた少年時代。インパクトは凄まじかったなぁ。
当時の千代の富士を一気に持っていくんだもんな。
しかし双羽黒は初回2回目とも小手に巻いて強引に投げようとしたとこを付け込まれて逆転されて
学習してないというか力任せにいきすぎというか、だから大成できなかったんだろなあ。
あと小錦の優しさが凄く伝わってくる
若島津関は晩年で体調も良くないけど、
千代の富士、北天佑、朝潮はまだバリバリで
双羽黒、大乃国、北勝海、旭富士、小錦は20代半ばの伸び代のある興隆期だから
これだけ強い上位と総当りして勝ち越せただけでも凄い時代。
益荒雄以外の上位総当りの刺客達は皆、討死(大敗)して跳ね返されてる時代。
確かにこの頃三役を連続で維持出来てた人はいなかったんじゃないですかね。
しかし今見返しても豪華なラインナップだw
@@gorotaki
後の安定関脇、逆鉾関がモブ(その他大勢)の時代ですから。
旭富士関も好成績を挙げても関脇が詰まって小結止まりにされて
史上最強の小結、なんて称えられた時代でもあります。
それにしても益荒男旋風は鮮烈でした。初日から小錦に負けるまで連日、
スポーツ紙の一面を飾っていた記憶があります。
@@猿飛佐助-m3s その逆鉾は長い間関脇にいましたけど維持するために別の手を使ってましたからねぇ(笑)
旭富士はとにかく色々不遇で苦労人のイメージですね。
大関で直近5場所が過去最高勝率だったのに綱に上がれなかったり色々いちゃもんつけられて可哀想でした。
相撲人生を疾風のように駆け抜けた力士だったが、親方人生も押尾川部屋から実質的な破門を受けてまで独立するなどまさに波乱万丈、現在は理事選に立候補した貴乃花親方を支援し当選させた功労者。
4勝11敗の場所も朝潮若島津には勝っているらしい
小錦優しい
小錦のなんと優しいことか
勝負根性の執念がすごかったな。膝のケガさえなければ、膝は致命傷だからな。今は幸せにしてるからいいね。
大横綱千代の富士を二場所連続で勝った益荒雄旋風
その端正なマスクは白いウルフと呼ばれイケメン力士だった
記録より記憶に残る角界のジャイアントキリング
ガチンコで旋風を起こし、ガチンコに泣かされた唯一無二の男
7:23 小錦の悔しがり方が当時の大相撲の状況がわかる
一瞬の輝き。
この体の小ささでは、大型力士陣との力戦連続だと、ケガが宿命になってしまう。
でも、昭和62年夏場所、横綱に先に上手取られて初日、3日目、共に勝利とは、
まさに 鬼神。
彼をいじめたと噂された超有望力士より実績を残したのは素晴らしいが、その人物も又、伸び悩んだのはケガ。
力士って本当に大変、つくづく 、、、。
その超有望力士って誰やったんです?
幕内在位も思いの外短いんですよね。
益荒雄旋風が終わった後はあっという間に幕内から滑り落ちてしまい、
十両と幕内を何度か往復して1度だけ幕内上位に戻っただけで、全く活躍は
出来ませんでした。
小錦戦で足に大怪我を負ったことも大きかったのかな。
一応知らない人のために ちっちゃく見えても188センチ127キロ(ウィキより)だからねw
色白なぶん 千代の富士より筋肉の分け目?が見えにくいのかな
今は こーゆー相撲がないですね 力士もいないです…
この頃の横綱大関は 強かったですからね‼️
意外に幕内在位は少なく持たなかったよね。
怪我のせいかな。
小錦悔しがってるww
小錦、優しい
いろんなコメントを読ませていただくと、相撲っぷり同様男気あふれる方だったのですね。現在は協会退職されて元気にされていることを願います。阿武咲のこと心残りだとは思いますが。
ガチンコゆえに短命でしたね、
今の土俵に「小気味よく華のある相撲」と形容される力士が存在するのか?
差し身の良さ、うっちゃり、投げ、足技、どれをとっても現在の小柄な力士に欠けていると思う。
双羽黒に勝った時は、歌のトップテンでネタになりました。
小錦さん優しいな
横綱大関には勝ってるのになぜ5敗6敗してるんだ・・・
阿武松親方の若き日の姿
現役時代は大関候補と言われケガが理由で
大関昇進を逃す。
現役は体調不良で角界から退職
男前だなぁ…
少し江守徹に似てますね😁
益荒雄横綱大関キラーやな
昭和62年1月から5月の3場所は神った存在でしたが、当時から「左攻めの強化を」と課題を指摘されていながら結局克服できなかったですね。ケガが力士生命を縮めたのは確かですが、元々右を差さないと力が出ない力士で、大乃国や小錦のような重量級にはけたぐり以外に勝つ手段がなかった(実際大乃国にも小錦にもけたぐりで1勝したのみ)ですから、ケガがなかったとしても関脇が限界だったでしょう。
審判部長をやってなかったら今も協会に残っていたでしょうに…。協会退職に至るまでの経緯は気の毒だったと思います。
2場所続けて物言いすらつかなかった朝潮可哀想
北尾に決められない様に右半身で行くのは上手いね。
北尾は脇があまいからこの勝ち方は鉄板。
3:00
強い強い
ケガがなければ
この時代の相撲と今の相撲比較して観たら、益荒男の相撲内容は大関又は横綱相撲。
近年は「場内説明が下手な親方」として有名になってしまった
旗臭い親方
小さい頃抱っこしてもらった事ある
ガチの相撲取りだったからね、
だから、怪我をさかいに、
つぶされたんだよね、
でもいまだ十両優勝5回は
最多記録だからね、
これぞ太く短い相撲人生でしたね
燃えろ 益荒雄
白いウルフ
燃えて 燃えて 大物喰らえ
ジャイアントキリング
地元田川なので応援してたな2つ上のほぼ同じ年だったので覚えてる今のバカリズムの先輩に当たるんでしょ飯塚高校でしょ?
小錦はケガした相手には本当に優しいなあ😢
1発屋力士だったよね
部屋が違えば 大関ぐらいあり得た
退職しちゃったね。
若島津に引導を渡した益荒雄。
現在のカミカミ審判部長
日馬富士っぽいね
こういう相撲内容ならば、大関まで昇進してもおかしくなかった。
世間からチヤホヤされだした頃から少し色気が出てきたような。
もう少し厳しい目で見られ続けたら横綱になっていたような気もする。
はたくさい
たまたま😁弱いから👍
巡業で俺が小学生の時握手求めたら足踏まれた!わざと!今でも腹立つ😡⚡親方の器はないよ😵
お父さん、そっくり(笑)!!
当時、リアルタイムで見てたが・・・。
いや~、今見ても痛快!!