冨田勲だと月の光の前に銀河鉄道の夜とビートルズの"Let It Be" やレノンのイマジンなどロック作品をシンセサイザーで演奏したSwitched on rock という習作と言える作品がありました。 Switched on rockは日本だと手に入らなかったのですが今だとyoutubeで聴くことができました、習作とは言え後の作品でもよく登場するパピプペ親父とかパピプペおじさんと言われる音色も使われていて富田ファンにとっては貴重な作品です。
YMO結成直前にリリースされた細野晴臣&イエローマジックバンド「PARAISO」今でも聴いてます。 YMOのようなテクノ色はほとんどありませんがアジアンだったり沖縄風味だったりその後のYMOの方向性を 感じさせるテイストです。高橋幸宏さんがファム‣ファタールにドラムで参加してたりウォーリー・ビーズが偶然にも 坂本龍一さんのThe end of Asia とそっくりだったとかある意味YMOの原点とも言えるアルバムです。
ヒカシューやP-modelは、YMOのおまけ程度に「テクノ御三家」として片付けるにはあまりに惜しい音楽性の深さをもっている
YMOの海外ツアーで、渡辺香津美がギターを弾くのをテレビで見て、感動した覚えがある。異質なものが火花を散らすようでいて、しっかり溶け込んでいる感覚。今はとにかくご快復を祈るのみです。
Is This JAZZ ?
In This Jazz
P-MODELはテクノパンクとも表せるような音楽性でかっこいい
ゲームミュージックは日本の音楽史では語られることが少ないけどファミコン等の電子音楽も色々なアーティストに影響を与えてるんだよな
細野晴臣さんも何作もプロデュースしてるし、ドラクエ、mother、コナミ矩形波倶楽部、ZUNTATA等 素晴らしいアルバムが沢山ある
ゲームミュージックとしてKOEIからの菅野ようこが有名になったり
現代のボカロ系音楽やアニソン系の源流の一つとして東方projectが影響与えたり
オタサブカル系音楽の源流を辿る旅もまた面白そう。
あんまり邦楽界という観点から語られる事無いですし
YMOのライディーンは何度聴いても
飽きないです。大名曲だと思います。
80年頃、若者の間で深夜ラジオが流行っていて、タモリのオールナイトニッポンでYMOのロンドンライブが放送されました。ヤン車は爆音でライディーンを鳴らして走るし、放送部は校内放送で流しました。そんな勢いのブームでした。
80年代は技術革新が急速に進んだ時代で、個人で手軽に購入できるデジタルシンセサイザーは発売され、MIDIの登場で電子音楽はより身近になってゆきました。
その反面、TVの歌番組から生バンドが消えてゆきましたね。
冨田勲だと月の光の前に銀河鉄道の夜とビートルズの"Let It Be" やレノンのイマジンなどロック作品をシンセサイザーで演奏したSwitched on rock という習作と言える作品がありました。
Switched on rockは日本だと手に入らなかったのですが今だとyoutubeで聴くことができました、習作とは言え後の作品でもよく登場するパピプペ親父とかパピプペおじさんと言われる音色も使われていて富田ファンにとっては貴重な作品です。
国内版レコード持っています。ネットで中古レコードを見つけました。
日本版は「スイッチト・オン・ヒット&ロック」という表題です。
日本語解説も付いています。
そのレコード持っています。国内版です。国内版は「スイッチト・オン・ヒット&ロック」という表題です。
日本語解説も付いています。だいぶ前ですが、ネットで中古レコードを見つけました。
個人的にはやはりP-MODEL、プラスチックス、ヒカシューに影響されました。
近々だとポリシックスもハマりました。
nhkは今でも結構いい番組作ってるよね
受信料とか偏向報道とかいろいろ叩かれてはいるけど、視聴率とか収益性とかに囚われず、良質な番組を目指して制作費を投入できるからこそ実現できる良質な番組も多いよね。
YMO結成直前にリリースされた細野晴臣&イエローマジックバンド「PARAISO」今でも聴いてます。
YMOのようなテクノ色はほとんどありませんがアジアンだったり沖縄風味だったりその後のYMOの方向性を
感じさせるテイストです。高橋幸宏さんがファム‣ファタールにドラムで参加してたりウォーリー・ビーズが偶然にも
坂本龍一さんのThe end of Asia とそっくりだったとかある意味YMOの原点とも言えるアルバムです。
ネットが普及しRUclipsなるものが出てきた時に、
「コンピューターおばあちゃん」が坂本龍一絡みの曲だと知った時の衝撃
1981年当時、おらは高校生だったので、おなじみの歴史。
冨田勲に影響されて買ったシンセサイザーの本、冨田勲と矢野顕子の対談やシンセの仕組みや世界中のシンセの機材やレコードの紹介が載ってたがYMO誕生前なのでYMOの記載はないがライターとして坂本龍一の名前があった、付録のソノシートでシンセのデモ演奏してるバンドの名前がなんと「ミノタウロス」
今さっき平沢進のライブから帰ってきたところでコレはタイムリーすぎる……
いいなー!わたしは配信で見てました
むかし、タモリ倶楽部にも冨田勲と松武さんが(タンス)とともに出演して解説してましたねえ
矩形波→くけいは
自分もかつては読み間違えてました。
ゲームメーカーコナミのサウンドチームが「矩形波倶楽部(くけいはくらぶ)」って名前だったので、それでくけいの読み方覚えました🤨
@@SumalTonnura レトロゲーム音楽ファンなら、切っても切り離せない波形ですしね。
ギターのディストーション音も矩形波に近いですよね
矩形波倶楽部とタイトーのZUNTATAは特に有名だったイメージありますね
冨田勲センセイによる70年代のNHKのニュース解説のオープニングにはゾクゾクした。NHKは日本の電子音楽が生まれた場所。
わかります!ただの音楽ではなく、もう一段階高みに行ってる感じが子供心にしびれました。
その曲が大好きで、CDも買いました。
細野さんが言ってたYMOのコンセプトが「頭クラクラ、みぞおちワクワク、下半身モヤモヤ」でしたね。
子供の頃に聞いた「みんなのせかい」の主題曲は今なお自分のお気に入りです
あれはマジでいいですよね。この曲で70年代前半の時代のターニングポイントを子供ながらに感じていました。
あと電子音楽ではないけど野生の王国のテーマソングとかも。
ruclips.net/video/P_8pe2C7Ekg/видео.html
ruclips.net/video/ZlJID_RJRe4/видео.html
NHK電子音楽スタジオで作られた音楽は波形の単純な音を材料としてノイズや倍音、逆再生などの音響音楽の語法で構成されていてあまりにも不気味でおもしろいですね。ゆめにっきやMOTHER2のラスボス戦のBGMが好きな人はぜひ聞いてほしい。
一方で能の楽器を電子音で置き換えたような曲もあって、これがかなり個人的に痺れました。唱歌教育以降の日本の音楽で忘れられていった”さわり”や”ずれ”などの感覚を電子音が捉えているような感じがして
物心ついた頃、家のステレオラックのなかにYMOのソリッド・ステイト・サヴァイヴァーのレコードが入っていて何気なく聞いた時の衝撃は今でも忘れられません。
ビートルズの「Revolution9」はロック、ポップスしか知らないと“突然訳の分からないことをし始めた”という認識しか持てないけど、ちゃんと前衛音楽の文脈に沿ってやっていたことなんですね
出た黛敏郎
後年は音楽番組で審査員などでの出演が多かった印象があるけど、俺ら鉄ヲタ(みのさんは当然含まないですw)には通称「黛チャイム」という不気味な新幹線チャイム音で有名な方です
S48ぐらいまで使われていたのですがあまりに不気味だとクレームが多く国鉄も使用停止を判断しました
で、全く関係ないですけど自分は4人目のYMOこと松武秀樹さんの曲が大好きです
東芝EMIからのセカンドVenusはテクノポップの集大成のような、生音をとり入れつつのまさにポップな作品です
あの不協和音チャイムも黛敏郎作曲だったんですか!
わー、フレンチハウスがサンプリング使うのは具体音楽からの系譜があったんですね!!!
みの先生たすかる
Plasticsはめちゃくちゃ良い
Plasticsとパンクカルチャーの繋がりも魅力的
作家の安部公房もEMSのシンセで現代/電子音楽を作ってたな。
大阪万博の頃、冨田勲がテレビでムーグのモジュラーシンセを紹介しててショック受けた。
それからYMOブームまでは7〜8年空白があったな〜。
思春期にバチクソこの辺りの音楽聴きまくってたなあ。
服装と髪型もテクノ風にしてた。
モーグシンセサイザーをロック界で最初に導入したのは意外にもモンキーズのミッキー·ドレンツ、プロデューサーのチップ·ダグラスで、Star Collectorのアルバムの2曲で使っている。ビートルズはジョージが購入していて、ソロアルバム「電子音楽の世界」で使い、シングルOld Brown Shoe やAbbey Roadでも使っている(興味を示したポールが使用法もわからないまま手探りですぐ習得してMaxwell's Silver Hammerなどで披露)。
『ハイスクールララバイ』は私が初めて買ったシングルレコードだったので、自分の源流の一つを理解出来ましたよ😊
タモリ俱楽部に富田先生と松武さんが出てて、実際にタンスで音出してたのを思い出します。初音ミクとコラボしたり、いつまでも若い方でした。
同い年の戸川純は次回かな?イモ欽トリオが出たならジューシーフルーツも出るかと思ってた。
YMOの面白いところは、(あえて面白い。と言います)
3人ともプレイヤーとして一流だというとこ。
あと坂本さんの何が好きかって、ずっと音色の大切さを言ってたとこ。
逆にプレイヤーとして一流だから当時の不安定なシンセサイザーを担いで世界ツアーが出来たんだと思います。第一回ワールドツアーのボトムライン講演などが有名ですが、シンセサイザーが暴走して信号が出ない時に咄嗟にリズム取って演奏を開始する、なんて中々出来ませんし(それで細野さんは精神に傷を負いましたが)
この時代最高だよなー
YMOよりは数年遅いですがメロンが好きです。YMOのエキゾチカに影響を受けたのかどうなのか知りませんけど、彼らは「Quiet Village」というマーティン・デニーがよく演奏していた曲を換骨奪胎してヒップホップに仕立て上げています。この演奏かっこよくて30年以上好きで聴いています。
日本に電子音楽が根付いた1番の理由はローランド、ヤマハ、コルグ各社が競い合って
個性的なシンセサイザーが生まれたことが大きいと思います
一方フランスでは音大でオンドマルトノの演奏教えるなど電子音楽へのアプローチが違いますね
オンド・マルトノ!
…“音程がキチンと取れる(初期の)電子楽器“という認識でしたが、仏国では教育カリキュラムがあるのですね(驚
日本では池辺晋一郎氏が作曲した「独眼竜政宗」「八代将軍吉宗」のオープニング曲で効果的に用いられて…「独眼竜政宗」は自作自演をTV番組で見ました(微笑
@@bingosaru 不思議な楽器ですよね、昔に音楽雑誌で見た情報ですがフランス生まれの楽器だからなんでしょうね。イタリアではアコーディオン科があるそうですしヨーロッパでは自国の文化を大事にしてるんですね
NHKFMの現代の音楽でシュトックハウゼンのコンタクテを初めて聴いた時、フロイド・クリムゾンがPOPに聞こえる衝撃だった
コズミック・インベイジョン今でも大好き
YMOの登場はインベーダーゲーム、マイコンといった今までは電卓とさもなくば高さ数メートルあるようなSFの巨大コンピューターの
イメージをを超えてコンピューターがいよいよ日常に登場してきた時期と一致します。
YMOは当時の小学生の間でも大ヒットしたのですが、「すっげー!コンピューターを使って音鳴らしてる!」という反応でした。
私もそうだったのですが、当時の小学生はシンセサイザーの音を意識的に聴いたことがなかったのです。
今回もすごい分かりやすかったです👍😊
短波型? 矩形波(くけいは)って言いたかったのかな?
全盛期のマイケルジャクソンが富田勲のスタジオ訪問してましたね
冨田勲氏のシンセサイザー音楽、衝撃的でした。
当時電子音といえばAMラジオのピーピーガーガーのノイズしか聞いたこと無かったと思いますが、
その電子音が魔法にかかったように歌いだし、踊りだしたのです。冨田氏はまさに音の魔術師でした。
シンセサイザーはクラシック音楽の新しい表現手段として、冨田氏に続く多くのアーティストが作品を
発表する事を期待もしていましたが、なかなかそういう方は現れませんね。
テクノ、エレクトロニカ通のみなさんにお聞きしたいんですが、サカナクションはテクノのジャンルに一枚噛んでいると思いますか?
いわゆるオルタナティヴ・ロックですよね。自分は好きです。
YMOが後のブラックミュージックに大きな影響を残したのはグランドビートを発明したから
小学校時代、エレクトーンでキングギドラの音を出して遊んでました。
シュトックハウゼンは1970年大阪万博のドイツ館で聞いたけどイメージはノコギリだった。イギリス館ではビートルズのサージェントペッパーで震えた小学生だったか
エレクトーンを所有しているメルトモによると、最近のエレクトーンはシンセサイザーとそっくりみたいになっているそうで・
渋すぎるかもしれんが姫神に触れてほしかった。
YMO以降のテクノポップ御三家などの解説が駆け足だったので、もしニューウェーブ/ポストパンク(電子音楽とパンクの接点)みたいな回があればもう少し触れてくれたらうれしいです。
シンセ比重が増したB52sのようなスタイルでペラペラニューウェーブの神髄をつかんだPlastics
即興演奏、巻上公一の狂気のヴォーカル、大陸アジア民族音楽のもつ怪しさをごった煮にしたヒカシュー
不気味なテクノパンク路線から抽象的異世界のポストパンク、90年代のテクノ回帰や平沢ソロのコンピュータを中心とした活動へと続いていくP-MODEL
彼らの共通する感覚は電子音の感情の見えない独特な音色をそのまま軽妙さとして取り入れる考え方ですね。わからないものは古くなりにくい。
あと、細野晴臣(チャーハン細野)プロデュースのチャクラの名盤「さてこそ」についても触れてほしいです
そして大名曲、コンピュータおばあちゃんにつながるのである
70年代後半から80年にかけてのテクノブームは凄かったなあ
そこであるフォーク歌手の一言……
「停電になったら出来ねえじゃん」(笑)😂
それ言ったの泉谷さん❓️
言いそうだww
山田五郎が、みうらじゅんの学生時代に録音したフォークソングテープを聴いて、当時の時代背景と童貞について解説していくDTF(仮性フォーク)というネット番組で
「80年代になってある日突然(音楽もファッションも)四畳半フォークからテクノになっていた。ホントにある日突然くらいの感じで時代がひっくり返った」
と語ってました。
自分は76年生まれなので微妙な記憶しかないですが、物心ついた頃、ロン毛ともみあげが一時代前の産物なのは感じてました。
池田亮司はエレクトロニカのサブジャンルであるマイクロサウンドをかなり早い段階で取り組んでいた先駆者だったりなど日本の電子音楽は素晴らしいですね。
おろ?島倉千代子は次回かな
そしてそこにはTM NETWORKも?
今回もとても刺激的な内容でした!ありがとうごさいました🎶
初耳だった「テクノ御三家」を調べていたら、確固たる演奏技術に支えられた個性に惹かれ、ハマりそうになっています🎉
イモ欽トリオ「100%タオモリィ〜♪」
エキゾチカとクラウトロックと言えばダモ鈴木氏が在籍したCAN
CANは現代音楽の流れも組んでる
6:52 草
リアルタイムすぎて言いたいことがありすぎて言えないから80年について言うとあの頃 ツートーンのスカのデザインだけ流行って白黒の模様の T シャツとか結構あった
テクノ ニューウェーブ イギリスのスカがごっちゃだったの
テクノカットが実際 流行ったかどうかは分からないけどそれ以降もみあげが短くなったのは事実
バンドマンが長髪から変わったんだよね
電気グルーヴ辺りは触れないのかな
シュトックハウゼン一派→アナログシンセ
ミュージック・コンクレート→メロトロン
という形でロック御用達の電子楽器としてリリースされたのかな?
テルミンもいれてほしかった
ついでにトラウトニウムとオンドマルトノも
クラフトワークと同時期にディスコから電子音楽へのアプローチをしたジョルジオ・モロダーを忘れてはいけないとは思うものの彼はプロデューサーなので仕方ないのかな
こういう話でクラフトワーク、ジョルジオ・モロダー (ドナ・サマー) やDEVOはだいたいあがってくるけど、何故か忘れられるジャン・ミッシェル・ジャール…
P-MODEL取り上げてほしかった⸜( ᐛ )⸝
題名のない音楽会の司会者だった黛敏郎がそこまでのパイオニアだったとは。
坂本龍一が出演した回で黛さんに対して恐縮したような態度だったのが理解できました。
黛敏郎って家の高校の校歌作った人やん
空手バカボンばっかり聞いててYMOちゃんと聞いたことないな
テクノライディーンw
オーケンが幸宏さんと共演した時の話すこ
YMO程いろんなミュージシャンから尊敬されてるバンド知らない
ここら辺の音楽、間違いなく私の音楽は影響受けています。興味深く見せていただきました。
C-C-Bもこの系譜だよな
違うと思います。
松本隆作詞、筒美京平作曲の曲に当時流行っていた電子ドラムSIMMONSの音を塗しただけって印象しかありません。
1984〜86年当時の曲は、SIMMONSとDX7の音鳴らしておけば注目されて売れたって感じです。
平 沢 進
筒美京平の80年代のあり方はYMOに学んだといいます。
姫神は、また違うのかな。
ちょっと待って!ニューウェイヴに全然触れてないじゃん。パンク、ハードロック、バンドブーム回でマイナーなバンドに触れていたのに何故?多分みのさんって80年代に弱くないですか。
「あのアーティストが触れられていない」というやつは本書だと脚注で紹介されていますね。
ニューウェーブだと
一風堂、エキスポ、ゲルニカ、コスミック・インベンション、Shampoo、ジューシィ・フルーツ、SPY、チャクラ、戸川純、ザ・ノーコメンツ、野宮真貴、ハルメンズ、ビジネス、ピンナップス、FILMS、ポータブル・ロック、ヤプーズ
嫌いなんじゃ無いかな
次回触れるやろ
東海林修
同意
タンケイハじゃなくてクケイハな
モーグですか?ムーグですか?
アメリカの技術者ロバート·モーグの名から取られているので、モーグが正しい。
YMO 当時はクラフトワークのパクりだと思って大嫌いでした。
アフロ版吉沢亮
もうええてー