Размер видео: 1280 X 720853 X 480640 X 360
Показать панель управления
Автовоспроизведение
Автоповтор
ちなみに、動画の後半で少しだけ出した1000番台とキハ58 003は続編で紹介致しますのでご期待ください😊
昔有田鉄道に乗りに行った時、運転士さんが「見学して行って下さい!」とキハ58003のエンジン掛けて車庫の外まで出してくれたのが良い思い出。
今、有田鉄道の003、エンジン故障してるらしいので貴重な体験ですね👍次回、続編として紹介するのでご期待ください😊
↑001&002も003も乗ったオッサン😁
それは嘗て富士急行で使われていた気動車です。大月から中央本線の急行「アルプス」に併結し、新宿へ乗り入れていました。
私の大好きな国鉄DCネタなので飛びつきました。ワクワクしますね。富士急→有田鉄道の両運型キハ58003は改造車ではない最初から両運型でエンジンも1基撤去後も58型を名乗っています。本家キハ53形である0代100代₍近郊型23・45系列₎の事も言及するのかと期待してましたがが、無いので入れた方が良いと思います。キハ53形0代100代はキハ23形キハ45形一派の最初から近郊型キハ53形200代500代1000代はキハ58形やキハ56型からの改造車一派で元急行型キハ56形を改造したキハ53形500代はデッキもあったように思いますが、キハ58形改のキハ53形200代1000代にはデッキが存知だったのか撤去だったのかは私も気になる部分です。実物が紛らわしいのでその点も解説に入れると更に良くなると思います。
あくまで200番台の解説ですので、詳しい所は省略したのと、情報が極端に少ない形式ですので中々詳しい所まで踏み込めないのが現実ですね。有田鉄道のキハ58はいずれ解説したいなとは思っています。
富士急自社発注(1963年製)のキハ58003はトイレなしでした。新宿乗入れの為にわざわざ急行形気動車を3台(他の2台は片運転台)所有していましたね。両運キハ58は富士急が元祖と云えますね。
まさかの新製当初から両運転台だったという珍形式ですよねwwwちなみに、次回は続編としてそのキハ58 003も解説します✨
一部は後に和歌山県の有田鉄道(現廃止)に譲渡されました。
冒頭の鉄道唱歌チャイムがVery Good。見ただけでアルプスの牧場が聞こえてきます。懐かしき国鉄気動車。懐かしき国鉄車両。僕は秋田県に住んでますのでキハ58 急行よねしろです。
◯小牛田
キハ58形気動車を両運転化して単行運転にも対応することにしたのは、平成・令和のJRでは、JR東日本のキハ110形0番代が該当しています。
子供のころ陸羽東線で良くのりました。
なんだかんだ北海道の500番台より長生きしたんですね。
改造されてからも十数年活躍してるので、元々の車齢も考えると長生きですよね。
こ言うキハ53番列車加古川線加古川から谷川駅までと北条鉄道にも走らせると元気になると思います人気出ます
有田鉄道は紀勢本線にも乗り入れていましたね。一駅区間だけど
湯浅まで乗り入れていましたが、晩年は廃止になりました。
謎なのはキハ52 の極寒地仕様が存在しない事と、盛岡にはが52 が大量に配置されていたコト。ある程度小牛田に2エンジン両運転台車が配置されていれば登場しなかった形式かも。
盛岡のキハ58達もいずれは紹介しようかなと思ってるんですが、確かに小牛田にキハ52がいないのは不可解ですね…
確か北海道にて、キハ58の酷寒地版のキハ56も両運改造して、廃線間近の名寄本線で活躍した話も聞いた様な。
仙台駅で快速南三陸号を見た時、気仙沼行きに連結されていたな?
実物を見ることが出来たなんて、ラッキーですね😳見てみたかったですw
小学6年の時、快速仙山号を待っていたら止まっていたんです。でも、何番台かはわかりません?😖💦
国鉄色ではなく、東北地域本社色のキハ53を見たことがありまして、気仙沼線や石巻線、陸羽東線で運用されていたかな?。小牛田運輸区所属で。
快速南三陸が盛まで運転されていたときに、気仙沼で切り離され、気仙沼~盛間をキハ52と共通運用で単行運転されていた時期がありましたね!
キハ58003は改造では無く新製された私鉄車両なので一緒に語るのはいかがなものか? 当時の富士急が中央線乗り入れの為最小限の両数で製造され003のみ両運転台成っただけ。 勉強不足
説明不足なのは申し訳ありませんでした🙇♀️ちゃんと続編として003も、1000番台も解説する予定ですので、ご期待ください😊
全然実車知らんヤツがテキトーな知ったか解説して、どうせ見てるヤツらも全然知識あらへんアホばっかりやんこんなヤツらに何言うてもムダやわ
「気動車」といえば、嘗て小田急の特準に使われていた気動車があり、当時非電化だった御殿場線に乗り入れていました。電化後、一部の車輌は関東鉄道に譲渡されました。
うぽつ!捻出された頭の車両の番号が気になる所…
種車はキハ58の741・742というのは判明してるんですが、片っぽの顔の種車は不明でしたw何せ情報の少ない車両ですので、これくらいしか解説出来ないのが悔しいところです…
どこでしたっけ?キハ58改造の両運転台車で冷房付き(但し、単行だと冷房が使えない)のがあったのは?
JR西日本区間の高山本線で見かけたような…
キハ58とキハ28の標準型のタイフォンカバーは、中折れ式か、スリット式ですが、後に改造された、新潟式のタイフォンカバーは、電子式や、一軸開閉式などがありましたが、被せる向きも違っていたので興味が尽きませんでした。キハ53 200の場合きっと種車により、前後でタイフォンカバーが違っていた車両も見られたと思われます。
やはり、長期に渡って大量に生産されると少しづつ違いも出てくるんですねぇ…本当に面白い気動車です☺️
遠田郡(×えんだぐん→○とおだぐん)こごた→小牛田ね。
確認不足でした…補足ありがとうございます!
有田は、「ありだ」ではないですか?和歌山ですよね?佐賀県の有田は「ありた」ですよね………
小牛田?ねごた?ねごたは寝てからいえ!😡
キハ45の2エンジン車が、基本のキハ53 0,100番代。(11両の小世帯)それ以降の番代がキハ58系統からの改造車動画後半の説明ではキハ53は全てキハ58系統の改造車と誤解されそう
ちなみに、動画の後半で少しだけ出した1000番台とキハ58 003は続編で紹介致しますのでご期待ください😊
昔有田鉄道に乗りに行った時、運転士さんが「見学して行って下さい!」とキハ58003のエンジン掛けて車庫の外まで出してくれたのが良い思い出。
今、有田鉄道の003、エンジン故障してるらしいので貴重な体験ですね👍
次回、続編として紹介するのでご期待ください😊
↑001&002も003も乗ったオッサン😁
それは嘗て富士急行で使われていた気動車です。
大月から中央本線の急行「アルプス」に併結し、新宿へ乗り入れていました。
私の大好きな国鉄DCネタなので飛びつきました。ワクワクしますね。
富士急→有田鉄道の両運型キハ58003は改造車ではない最初から両運型でエンジンも1基撤去後も58型を名乗っています。
本家キハ53形である0代100代₍近郊型23・45系列₎の事も言及するのかと期待してましたがが、無いので入れた方が良いと思います。
キハ53形0代100代はキハ23形キハ45形一派の最初から近郊型
キハ53形200代500代1000代はキハ58形やキハ56型からの改造車一派で元急行型
キハ56形を改造したキハ53形500代はデッキもあったように思いますが、キハ58形改のキハ53形200代1000代にはデッキが存知だったのか撤去だったのかは私も気になる部分です。
実物が紛らわしいのでその点も解説に入れると更に良くなると思います。
あくまで200番台の解説ですので、詳しい所は省略したのと、情報が極端に少ない形式ですので中々詳しい所まで踏み込めないのが現実ですね。
有田鉄道のキハ58はいずれ解説したいなとは思っています。
富士急自社発注(1963年製)のキハ58003はトイレなしでした。
新宿乗入れの為にわざわざ急行形気動車を3台(他の2台は片運転台)所有していましたね。
両運キハ58は富士急が元祖と云えますね。
まさかの新製当初から両運転台だったという珍形式ですよねwww
ちなみに、次回は続編としてそのキハ58 003も解説します✨
一部は後に和歌山県の有田鉄道(現廃止)に譲渡されました。
冒頭の鉄道唱歌チャイムがVery Good。
見ただけでアルプスの牧場が聞こえてきます。
懐かしき国鉄気動車。懐かしき国鉄車両。
僕は秋田県に住んでますのでキハ58 急行よねしろです。
◯小牛田
キハ58形気動車を両運転化して単行運転にも対応することにしたのは、平成・令和のJRでは、JR東日本のキハ110形0番代が該当しています。
子供のころ陸羽東線で良くのりました。
なんだかんだ北海道の500番台より長生きしたんですね。
改造されてからも十数年活躍してるので、元々の車齢も考えると長生きですよね。
こ言うキハ53番列車加古川線加古川から谷川駅までと北条鉄道にも走らせると元気になると思います人気出ます
有田鉄道は紀勢本線にも乗り入れていましたね。一駅区間だけど
湯浅まで乗り入れていましたが、晩年は廃止になりました。
謎なのはキハ52 の極寒地仕様が存在しない事と、盛岡にはが52 が大量に配置されていたコト。ある程度小牛田に2エンジン両運転台車が配置されていれば登場しなかった形式かも。
盛岡のキハ58達もいずれは紹介しようかなと思ってるんですが、確かに小牛田にキハ52がいないのは不可解ですね…
確か北海道にて、キハ58の酷寒地版のキハ56も両運改造して、廃線間近の名寄本線で活躍した話も聞いた様な。
仙台駅で快速南三陸号を見た時、気仙沼行きに連結されていたな?
実物を見ることが出来たなんて、ラッキーですね😳
見てみたかったですw
小学6年の時、快速仙山号を待っていたら止まっていたんです。
でも、何番台かはわかりません?😖💦
国鉄色ではなく、東北地域本社色のキハ53を見たことがありまして、気仙沼線や石巻線、陸羽東線で運用されていたかな?。小牛田運輸区所属で。
快速南三陸が盛まで運転されていたときに、気仙沼で切り離され、気仙沼~盛間をキハ52と共通運用で単行運転されていた時期がありましたね!
キハ58003は改造では無く新製された私鉄車両なので一緒に語るのはいかがなものか? 当時の富士急が中央線乗り入れの為最小限の両数で製造され003のみ両運転台成っただけ。 勉強不足
説明不足なのは申し訳ありませんでした🙇♀️
ちゃんと続編として003も、1000番台も解説する予定ですので、ご期待ください😊
全然実車知らんヤツがテキトーな知ったか解説して、どうせ見てるヤツらも全然知識あらへんアホばっかりやん
こんなヤツらに何言うてもムダやわ
「気動車」といえば、嘗て小田急の特準に使われていた気動車があり、当時非電化だった御殿場線に乗り入れていました。
電化後、一部の車輌は関東鉄道に譲渡されました。
うぽつ!捻出された頭の車両の番号が気になる所…
種車はキハ58の741・742というのは判明してるんですが、片っぽの顔の種車は不明でしたw
何せ情報の少ない車両ですので、これくらいしか解説出来ないのが悔しいところです…
どこでしたっけ?キハ58改造の両運転台車で冷房付き(但し、単行だと冷房が使えない)のがあったのは?
JR西日本区間の高山本線で見かけたような…
キハ58とキハ28の標準型のタイフォンカバーは、中折れ式か、スリット式ですが、後に改造された、新潟式のタイフォンカバーは、
電子式や、一軸開閉式などがありましたが、被せる向きも違っていたので興味が尽きませんでした。
キハ53 200の場合きっと種車により、前後でタイフォンカバーが違っていた車両も見られたと思われます。
やはり、長期に渡って大量に生産されると少しづつ違いも出てくるんですねぇ…
本当に面白い気動車です☺️
遠田郡(×えんだぐん→○とおだぐん)こごた→小牛田ね。
確認不足でした…補足ありがとうございます!
有田は、「ありだ」ではないですか?和歌山ですよね?佐賀県の有田は「ありた」ですよね………
小牛田?
ねごた?
ねごたは寝てからいえ!😡
キハ45の2エンジン車が、基本のキハ53 0,100番代。(11両の小世帯)
それ以降の番代がキハ58系統からの改造車
動画後半の説明ではキハ53は全てキハ58系統の改造車と誤解されそう