品川のチカラ「変わりゆく品川の風景を訪ねて」

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  • Опубликовано: 8 янв 2025
  • (1)プロローグ 
    変わりゆく品川の風景。それは品川の発展と成長の歩みを示す景観の記憶です。
    昭和60年開館の品川歴史館。開館後は2度にわたる常設展示のリニューアル、展示、講座などの事業を展開し現在の内装にて37年の月日が流れました。
    令和4年7月より大規模改修に入りました。
    *富川学芸員「大きく変わるのは内装です。常設展示を一から作り直し、建物は変わらないが、内部は大きく変わるイメージです。」
    今回は品川歴史館の特別展の歩みを辿りながら、変わりゆく品川の風景を訪ねてまいります。
    「変わりゆく品川の風景を訪ねて~品川歴史館大改修~」
    (2)歴史館の歩み 
    品川歴史館は昭和初期安田財閥の安田善助の邸宅、その後電通社長吉田秀雄記念館を経て、昭和60年開館しました。
    「品川歴史館をふりかえる」      
    改修前の歴史館を訪ねると、開館前や開館当時の資料や写真、これまでの特別展のポスターなど、37年間の軌跡を辿り紹介されています。
    「歴史館の存在とともに品川の歴史・文化は多くの区民に周知できていると思う。」
    (3)特別展を辿る 
    歴史館で毎年一番の注目が、大規模展示の特別展です。
    品川所蔵資料に全国の博物館などから取り寄せた文献を加え研究成果の発表の場となっています。
    印象に残る特別展を冨川さんに披露していただきました。
    「過去に例がない博物館連携の先駆的な事業として語り継がれている。」
    それは、新宿、板橋、足立、そして品川の4つの博物館が協力して開催した『江戸四宿』展です。
    *当時の学芸員 坂本道夫さん
    「準備に2年以上かかった。江戸日本橋を出て最初の宿場という共通のテーマで、4つ集まることにより大きな展示ができる。初めての試みとしては出来上がって嬉しい。」
    また冨川さんが個人的に印象深いと語るのが、こちらの特別展です。
    冨川「将軍という名前が入っただけで、会期中常に展示室が賑わった
    特別展です。」
    そして詩集「智恵子抄」のレモン哀歌で知られている高村智恵子の特別展の映像が残されています。高村智恵子は南品川のジェームス坂病院で52歳の生涯を終えました。亡くなるまでの3年間、入院中に制作した紙絵は千数百点にのぼります。夫の光太郎以外には決して見せることはなかったといわれています。
    *高村光太郎記念館
     北川太一さん「ある日突然紙を使って絵を作り始めます。智恵子さんの紙絵を見ると分かります。非常にデリケートで不思議な素材を使っています。例えば贈り物でもらった包み紙の裏とか、非常に鋭い感覚で自分で色を選んで作り始める。」
    この特別展では高村智恵子の紙絵作品を中心に、一人の女性の生涯と作品を紹介しました。
    (4)改修前の最後の特別展「変わりゆく品川の風景」
    歴史館改修前の最後の特別展では、変わりゆく品川の風景に視点をあてました。
    この展示で注目を集めたのが、大正時代の風俗をスケッチで残し、水彩画に仕上げた郷土画家の竹内重雄です。水彩画に仕上げた郷土画家の歴史館で撮影された写真が残されています。
    冨川「子どもの頃からスケッチを描くことが得意で、大正時代の身のまわりの風景、人々の暮らしを描きとめていた。昭和40年代になって水彩画で仕上げたものが約200点になった。現在では風景として失われた大正時代の品川の景観を知る貴重な資料になっている。」
    竹内重雄は現在の東大井2丁目で生まれました。中学時代からスケッチブックを手放すことはなかったのですが、画家になる夢は断念。当時珍しいハーレーダビッドソンに乗るなどモダンボーイの青春を過ごします。
    戦後は航空写真をもとに地図を描く仕事につきますが病気で退社。病が癒えた昭和28年頃から10代で描きとめたスケッチをもとに水彩画に仕上げていきます。そして発表の場を探し自らいくつもの出版社を訪ね歩きます。
    ようやく出版にこぎつけたのが昭和62年のこと。
    佐藤今朝夫さん「竹内さんはハーレーでやって来ました。小柄な人だがとてもお洒落なハイカラな爺さんという感じだった。即決で『やりましょう』と言ったら喜んでいた。」
    (朗読)「幸いにもとび入り客を応対してくれた佐藤社長は、『これは残さねばならない大正の証言集ですね』と言われた。私の数年間にわたる苦悩に近い想いは果たされたのであった。」
    生涯名もない郷土画家として、大正時代の記憶を描きためた想いが叶った4年後、82歳の生涯を閉じます。
    原画は今、品川歴史館に保存されています。
    (5)写真集「品川区の昭和」・大井町風景の変遷 
    最後の特別展と同時期に発行されたのが、写真集「品川区の昭和」。写真集の監修を担当した野口さんに歴史館に近い大井町駅周辺の変遷を伺いました。
    *野口健夫さん「阪急百貨店の敷地は戦前旧後藤毛織の紡績工場、戦後は鐘紡のビルになった。」
    昭和28年鐘紡ビルをリフォームして阪急百貨店が開店します。
    野口「この地域初めての百貨店で大変話題になり、関西系だから関西から越した人も阪急に行けば関西のものが買えるということで賑わった。」
    新館完成後は屋上にできた遊園地に多くの家族連れが訪れました。
    昭和29年阪急百貨店の主催で始まったのが大井どんたく。ミスコンテストが行なわれ、入賞者のパレード 風景も見られました。
    阪急百貨店は平成23年に食品館に模様替えされ、現在ホテルなどが入る複合商業施設阪急大井町ガーデンになっています。
    こちらは大井町ガーデンの裏にある商店街です。
    *大井三ツ又商店街(昭和20年代) 終戦直後、人通りの多い通りを進駐軍から払い下げられたバスが走っていました。
    昭和30年代に入るとネオンアーチがまぶしい商店街に変わります。
    そしてこの商店街を最も有名にしたのが、小説「時代屋の女房」のモデルになった時代屋です。
    しかし時代屋は移転のため、平成に入った数年後に商店街からその姿を消していきました。
    (6)エピローグ 
              
    令和4年7月より約1年半休館して、大規模改修を行っている品川歴史館。改修後の歴史館にどのような役割が期待されているのかを伺いました。
    *冨川武史学芸員「観光の一拠点としての役割は期待されている。あと
    は子どもたちの学びの場であってほしいので、今よりやさしい展示、コーナーなどを作っていきたい。」
    最後に冨川さんに開催してみたいと考えている特別展示を披露していただきました。
    冨川「家光を取り上げて終わっていますので、八代将軍吉宗と品川の関わりとか、品川台場をもう一度やるとか、皆さんの声を聞きながら展示を組んでいきたい。」
    大改修後の品川歴史館に大きな期待がかかっています。
                  (2022年7月26日)

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