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少し浅いかもしれませんが、旧劇場版では葛藤に苦しみながらゲンドウに打たれたリツコさんが、シンでは目的遂行に関し躊躇がなくなってゲンドウに発砲しているというのも対比だと思っています。
髪を切っていたのも、自分の中の女を捨てたっていう伏線だったんですよね。
やってやったなリツコさん!って思いましたね
あれ号泣したッス。リッちゃんよかった。よかったね😢
アニメでのやり返しか…
アスカに「なんで殴りたかったかわかる?」って質問に「責任負いたくなかったから」てちゃんと答えられるようになっていたシンジくん見てあれいつものシンジくんじゃないぞ?ってなった
その直後イマジナリーカヲル君と話してるの見てやっぱりシンジ君だってなった
綾波(そっくりさん)消えたあとまたウジウジせずに進むことを決めた時に強くなったなって思った。(たくさん泣いたんだろうけどね)
シンジくんはシンジ君なんだろうけど、成長したんだな~って思う
旧の「ここから先はもうあなたひとり〜誰の助けもなく」とシンの「必ずサポートする」も対比になってるんですね…。
こうやって見ると、シンエヴァは本当にシリーズ完結作品として完璧だったんだなって思う
個人的にはミサトの送り出すシーンの違い、そしてシンジの「誰か僕に優しくして」と「何で皆こんな僕に優しいんだよ」という差は凄く良いな〜と思いました。
ミサトが『未だ彼の責任は全て私にある』と言って庇ってくれた時滅茶苦茶心強かった。子供が悪さをした時にしかり、庇い、認めてくれる。最高にお母さんしてた。
それをQの冒頭で言ってたらどうなってたんだろうな
@@rr8668 ヴィレの内紛が起きてたんじゃないかね身内への示しのためにも、冷たい態度を取らざるを得ない状況だった
さ
@@ks7706 DVD及びBlu-rayの、映像特典で立証されたと思います。サクラだけでなく、シンジは世界を救った存在でありながら、家族の そして自分の人生の仇ですからね。
こうやって見ると、サクラって旧劇シンジと同じ思いを持ったキャラなんだなぁって。散々ネタにされたサクラの例のシーンって、乗るしか選択肢がない、賭けるしかないってわかっていてもどうしても感情が受け付けない旧劇シンジと精神的に同じようなもんだと思うの。
ゲンドウの「すまなかったなシンジ」は直接シンジに対して行ったことに意味があると思う。旧劇はどっちかというとゲンドウの自己満足
そのとーり
目に槍を刺されて力尽きるアスカが、目から封印柱抜き出して莫大な力を解放する対比好き。ちなみにリアルに表現したら、かなりのグロシーンにもできたと思う
再現しようと思ったら目が見えなくなった…
@@meatvegetable1686 目から何を出そうとしたんや、、、
@@Tama7376 …多分、ロンギヌスのフォーク…
@@monarizaoverdrive もう片方の目にも突き刺しとけば擬似シン化出来そう()
@@Tama7376 ひどすwヒ、ヒトを超えてるっ!
シンジくんが精神的に凄い成長を遂げているんだよね。立ち直ってからは本当に強い子になった。
序盤チョーカー見てオエェ…ってなってたシンジ君が、最後には自分から着けるまでになってて感動した
シンエヴァは「相補性」の関わり方が随所に見られて本当に感動しました。比較して、旧エヴァはどうかというと、「(人間関係を含めた)壊れるときの表現」にこだわり、崩壊時に見えなかった部分を見せようって感じで終局に向かう。すごいものを見た衝撃があった。つまり、両方とも名作だなって。
新劇場版で安易に天使のテーゼを流さなかったのは最高
神話から人生へ話の方向が変わるからね、
あー、わかる。電通案件なら安易に飛び込むやろうな
流れたら流れたで泣くけどね
旧劇場版の、主よ人の望みの喜びよENDも好きだったのぜ
少年は神話じゃなくて大人になるものだからな…
旧劇だと最後まで乗りたくなかったのに対して新劇だと父親と向き合う覚悟を決めて自分から乗ると決めたのが対比になってるのが好きだわ
0:07「ここ、新世紀で見たところだ!!」ってところがくる度に嬉しかったけど、なんかほんとに終わりそうで悲しかったなぁ
こんな素晴らしいアニメに出会えてよかった自分の人生の片隅にずっとそばにいたアニメだったから終劇した時感動しましたエヴァ に関わった全ての方へありがとうございました
12:10神話じゃなくて大人になったって初めて聞いた時はほんとに鳥肌がたったなぁ
対比のテクニックをほぼ全く使わなかったのがこれまでのエヴァ。一気に対比のテクニックを使ってきたのがシンエヴァ。庵野監督は物語を魅力的にみせるテクニックを意図的に使わなかったと思う。5人組魅力的な法則とか、主人公が最初は弱い、人間は老いて死ぬというテーマにたどり着くなど。対比のテクニックもその一つ。庵野監督が世間から目を背けて背けて、最後に世間を受け止めたのかと思うと泣けてしかたない。
シンジが初期ロットに好きだからと言われて泣くシーンホンマもらい泣きしちゃう
LCLになってしまった後の…小さな十字架が胸に来ました。
シンエヴァみてミサトさんがミサトさんとして帰ってきたシーン心の底から安心したし何度見ても泣ける
1:10アスカが『ガキに必要なのは恋人じゃない母親よ』ってそゆことだったのか
アスカはシンジに言いながら、自分自身に言ったり、罰するところがあるからね。旧劇の『ママ!そこにいたのね!』→シン・エヴァンゲリオン『先に大人になっちゃった』シンジにガキガキ言うのも…本当は人形に語りかけて自分を慰めてる反動の部分があると思う。ちゃんと向き合って話してくれる、ケンスケの存在で救われてるけど本当はアスカも寂しい。Qなんて、猛烈なツンデレ劇だったしw
旧劇の一貫して重苦しい空気のゲンドウだけど、新劇の量子テレポートではしゃいでるのは可愛かった
「量子テレポートでいくらでも、どこにでも行ける!楽しい!!!」
こう見ると凄い成長したんだなぁシンジ君
結論 第三村の大人の対応が最も重要
映画館で見た時は、第三村のシーン長すぎだろ!と思ってましたけど、改めて見ると皆が見守ってくれてたあの時間がシンジくんにとって本当に重要だったんだなとまた泣いてしまいました。
第三村で大人になった鈴原たちが出てきて「あぁ…庵野は絶対にシンジを救うつもりなんだな」って感じてものすごく安心した。
旧エヴァからシンエヴァまでこの20なん年間あの嫌われてたシンジがそこまで成長できたとは本当に最高の物語の結末でした
シンジ君のあまりにも短時間の精神的成長ぶりには脱帽よ。めっちゃカッコいい。本物の大人になった。
初見時「大人になったな、シンジ」で涙腺が耐えられなかった…
シンジがヴンダーに乗るって意思表示をしたシーン、シンジの目元が赤く腫れている描写がされていて沢山泣いて黒波の死を受け入れ、自分の落とし前をつける決意をしたんだなぁと思った。
シンジくんがゲンドウに対して親に嫌われているかもしれないという思い込みで寂しくても近寄れなかった。嫌われているかもしれない事が真実になってしまうその日が来るのが恐かったあの感覚が気持ちが自分と重なって号泣しました。ゲンドウのように愛を知らない人間は強くはなれないんでしょうね。シンジくんのように私も親と向き合えるようになりたいです。
マジでシンジがゲンドウと親子喧嘩しにいくとき漢の顔になってんのめっちゃ泣いた
その後のユイ!ユイ!……ユイじゃないレイかとか神がどうのって散々言ってたのに急にシンジにビビってATフィールド張る辺りで不覚にも笑いそうになった
@ メイスウィンドゥ たぶん子供には分からんと思うよそれか心に闇がない大人にもな
@@ワリオの使者ニンニク香るくん第 いや散々人間やめた、神は何も拒まないみたいな言い回ししといて人間やめた方が人間臭いの普通に不意打ちだろ拒まないと言いながらシンジにATフィールド貼るの無様すぎる
肉弾戦でバチバチにやり合ってたのに、我々の決着は暴力ではないって言って話し合いに持ち込んだのにその話し合いで負けたゲンドウくん好き
@@イクきの 俺は好き
シンジくんとミサトさんのシーンは涙腺ぶっ壊れ状態で泣きまくった…映画館で嗚咽こらえるのが大変だったw
ミサトさんのところは劇場でも自宅でも号泣したな
同じく
これってシンが一方的に良いシーンなんじゃなくて、両方を見てこそ輝くんだよね。シンの人間関係って最終形というか完成形というか理想的なやり取りに見えるけど現実はそう上手く回らない、だから旧みたいにすれ違ってしまう時に「(双方の)伝え方が悪かっただけだ」って罪を憎んで人を憎まずの姿勢になり、他人の良心を掬い取る、自分の真意が伝わるよう推敲する、そういう意思と覚悟を持ってひたすら立ち上がっていくことが大事なんだよな。
沢山あるエヴァ考察でこれが1番わかりやすいし共感しやすい!
リツコ「旧劇ではよくも嘘つきで躊躇い無く撃ちやがったな~!ズキュン!ズキュン!ズキュン!」という感じがしましたw
シンジの大人への成長。それもに加えて自分の都合を押し付ける旧とは違い、責任を持つ大人としてのミサトさんの姿が良かった。そんなミサトを受け入れる大人のリツコ。大人になったと言いながら最後にシンジに会いに行くアスカ。トウジ、ケンスケ、委員長。キャラが大人になることによって考えや言葉が変わる部分もあるけど、キャラとしての根本は変わらない。そんな描かれ方が素晴らしかったです。
シンジくんがDSSチョーカーをつけるところ顔がアップになってて、まつ毛綺麗だなって思いながら見てた。そこからゆっくり目を開けた瞬間覚悟を決めた顔になってて、もうシンジくんは今までのシンジくんとは違うんだなって悟って鳥肌たったの覚えてる
「皆んな僕にもっと優しくしてよ‼︎」優しくした結果↓「なんでこんなに皆んな優しいんだよ………」
ワガママなやつだw
自分の犯した罪の重さを分かってしまった故優しさが痛かったんだろうね。過去に囚われ続け食事すらままならない人間らしくないシンジと新しい発見を繰り返し魂が宿り人間らしくなっていく黒波…この描写はすごい良かった。目の前でLCL化したことも受け入れてシンジくんの成長が見れた。なんかもうここで泣いたし昨日スーパーで思い出し泣きしたw
成長したシンジの表情はめちゃくちゃかっこよかった
シンは旧作の解説的役割も担ってたと思うシンを見たら旧劇場版が一気に解りやすくなって、旧劇場版の方が好きになったシンジ達は円環を抜け出したというのに視聴者は円環に囚われ続ける訳だ
シンエヴァを劇場で初めて見たときに旧劇場版のゲンドウの「すまなかったな、シンジ」の裏側が細かく書かれていることに感動というかこういうことだったんだとものすごく腑に落ちるものがあったよ旧劇場版から、というかTV版から知ってるからなおのこと心の底から震えるものがあるのは主さんと同じだった正直テレビ版から四半世紀かかって新劇場版での完結で、本当に終わったと思うのとすべてが完結した、というさみしさがありますね
なるほど残酷な天使のテーゼを使わなかったのはこういうことか
子供である時間というのは大人からすれば一瞬のように感じるほど成長は早く、短い。だが、子供からすれば未来を空想し不安を抱えそれを処理するというプロセスにより、体感は限りなく長く感じてしまう。あくまで年齢による処理能力の違いでしかないが、恐らく今までのシンジが子供であったエヴァンゲリオンはそういった「子供」としての長い時間の表れ…なのかもしれない
エヴァって本当にシンジ君の成長物語でもあり庵野監督の心の成長物語でもあるんよな〜
ゲンドウが「大人になったな、シンジ。」と言ったのは自分と同じように大事な人を失ったのにそれを受け入れることができるという点で対比され、ゲンドウから見ても大人に見えるという風に感じました
旧劇みたいになって甘き死よ来たれが流れるのを公開前は望んでいたけど、この対比を見るとシンエヴァで幸せになって良かったのかなって思った。
最後は制服じゃなくてちゃんとプラグスーツ着てるのも能動的に乗ったんやなって感じた
新劇の記憶持ちで旧作世界に行ったらどうなるかのストーリー見てみたい旧量産機とか余裕で殲滅しそう
漫画版がそれに近いよね。比較的安定してるって意味で
14歳の子供にこんな重荷を背負わせるなんて😭ありがとうシンジありがとう😭
トウジとケンスケが見守っていたから成長できたよなぁカオルじゃ対等になるだけで余計シンジを追い詰めた
ゲンドウが『すまなかった、シンジ』の後に『そこにいたのか、ユイ』っていうのはシンジがユイと同じゲンドウを支えてくれる存在だったってことなのかな?
アスカが3号機起動実験で使徒に襲われるまで、ポカ波の提案で計画通りだったお食事会。あれを提案した時にもユイが語りかけているように息子、シンジを大切にしない時はユイは無視するんですよねwちゃんとシンジと向き合おうとする、心のATフィールドを解いた優しい父親になった時のゲンドウにはユイは優しく微笑みかける。父親としての難しさ。それでも努力するなら、息子の母親の顔から夫を愛する妻に戻る。結構、現実世界でもある事なので深いですよねw師匠である宮崎駿さんは表向きのほっこりエピソード、雰囲気の名人ですが庵野監督は、気まずさやギスギスしちゃう暗部にクローズアップさせていたからシン・エヴァンゲリオンでやっと家族が1つになったのには、ジーンときますよね。
対比とかそういう話ではないんですけど シンジ君がエヴァに乗ってゲンドウ止めるって言った時、一連の騒動後にリツコさんが「艦長室に保管してあるプラグスーツを持ってきて(すごいうろ覚え)」って言ってて「ミサトさんやっぱりシンジ君の事大事だったんじゃん!!」って思ったし 艦長室にプラグスーツ保管してあるの知ってるリツコさんにもニヤニヤしてしまった。新劇のリツコさんは女を捨てた分 情に厚いイメージを受けてて旧劇リツコさんと比べてこちらの方が好き 艦長室でミサトさんと話すシーンでも途中から「仮称」抜きで「シンジくん」って呼んでるし 3号機の件で使徒に侵食されたアスカを見てる時もマヤから「処置(殺す?)なんてことは ないですよね?」って聞かれて「貴重なサンプル体よ ありえないわ(タバコグリグリ)」って答えててリツコさんなりにアスカを庇って助けようとしてんのかなとか思ったり
シンエヴァでシンジくんが周囲の優しさに気づくことができたの黒波もそうだけどケンスケとトウジの存在が大きいんだよな…旧版は途中から2人がいなくなってそのあとシンジくんをさらに追い詰めるようなことが立て続けに起きたからシンジくん潰れちゃったんだろうな。
テレビ版だとトウジは重症、ケンスケに「もう前みたいにはなれない」と言われていたのに対して、シンジを優しく受け入れるトウジと厳しくも見守るようなケンスケの友情はやっぱでかいですね
@@oldrider009二人とも父性を感じます
このエヴァンゲリオン(ヱヴァンゲリヲン)という作品は碇ゲンドウ(愛妻家)と碇シンジの親子の作品なんだと思う
狂愛妻家なんだよなぁ
普通の愛妻家だったら平和だったはずなのに…碇シンジ育成計画…
TVシリーズ~旧劇は女性目線、女性の立場をクローズアップした作品。(ラブ&ポップも、そう)ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、人類の歴史、宗教や信仰を見ても男性社会だったからその間違った部分、マグダラのマリアの問題点などにタブーを破って視点を向けています。だから人類がアダムに酷い扱いを受けたリリス側なんですよね。そしてゲンドウもアダム(カヲル君)も自分の考え方には忠実だけど、不器用で傲慢、身勝手だった。その謝罪と想い人への謝罪と仲直り、ゲンドウの場合はTVシリーズ~旧劇での行いを独白しての謝罪と対話。それの為に自分が人類の大罪人、悪役を買って出て贖罪にしているんですよね。だから『これも私に必要な儀式だ!』とセリフにまで出して分かり易く作られています。
対比じゃないけどあの反省の場(電車)にゲンドウが来たのが驚き
個人的には、対比という観点では無いかもしれませんが精神世界でゲンドウに「父さんは何を望むの?」の答えが、「『お前の望まなかった』ATフィールドのない世界」と言っていて、過去作と別作品では無いことがわかった他に、もはや過去作か新劇かと言うより、エヴァがひと続きの円環の話であるような裏付けになるということも、とても細かくて鳥肌がたちました。
初回観た時に感動した内容とこの考察が同じです。やはり皆さん同じこと想われたんですね。
マジでスッキリする映画だったエヴァだからなー謎残りそうだなーって映画館で友達と言ってたけど終わって最初に思ったのは本当にスッキリした気持ちだった
人って生きてたらシンジ君見たいにどこかで落し前をつけないといけない時が必ず来る、それまでは嫌な事から逃げてもいい、自分の不幸を人のせいにしてもいい、だけど落し前をつけずにずっと逃げてたら歳だけ取ってずっとガキのまま、シンジ君のように自分自身で落し前をつけ大人になる、シンエヴァンゲリオンは庵野監督のそう言うメッセージも含まれてると思う、シンジ君は大人になって新しい道を進んで行よ!君達はそのままでいいの?と言われてるように感じた
正直目の前で綾波が消えてまたシンジ閉じこもっちゃうんじゃないかと思ってた大人になったな…
やるべき時に集中投下してますね。とても賢いやり方で尊敬します
ほんま旧とシンは全くの対比になっててシンジ君の周りの人も成長してて感動したな…
そう考えると黒波ってかなり重要ポジだったんだな
リツコが言動の頭ぶっ飛ばしたのも旧劇の反省があったとおもっている
「親離れ」は確かにそうだなぁと思いました。個人的には、まごころを君にでアスカがATフィールドを真に理解した時の彼女もまだ親離れ出来てなかったんだろうなぁと思いました。違うかもしれないけど…
やっぱ考察見て「そういうことか!」って思うのも理解できてないけど「オモローww」って思うのも好きやな。
すっごく関係ないけど、旧劇では撃てなかったリッちゃんが新劇で躊躇なく撃ったところしかバカなわいには対比がわかりませんでしたまる
良いね、1回しか押せないんだった、、めっちゃ押してたwwとても腑に落ちたシンジも成長した。私たちもエヴァから卒業、、って訳じゃないけど、色んな解釈できていいし、これを一つの糧として成長できたら良いんじゃないかなって思いました。
エヴァの対比なんて、考察なんて考えれば考えるほど面白いし、それを共有できるのがエヴァだけの特権だと思っている。シンエヴァ見た時最初に気づいたのがリツコがゲンドウに向けて銃を発砲したシーン。ゲンドウがPVで頭貫かれてるシーンがあって、それが旧劇のシーンと重なって鳥肌立ちました
こう考えると宇多田ヒカルさんの歌凄いな。劇場版全て担当してるけど歌詞の内容がシンジに対してじゃなくて恐らくゲンドウの心境を表してんじゃないかって思えてもくる
自分の復讐のためにシンジを使って、それでも一緒に住んでたら情も移るわけで上司部下、親子、恋愛感情にも似た感情がぐちゃぐちゃになって、自分がいいと思った一方的な愛しか伝えられない未熟なミサトさんからシンの2人で大人になったからこそ言える行ってきますいってらっしゃいはすごく良かった
シンジを無理やり大人としてケリをつけさせようとした旧作とシンジを子供として成長を見守りながらケリをつけさせる新劇の対比スコ
この動画とは関係ないけど、個人的にはシンエヴァの、ヤマト作戦での戦闘シーンは、庵野が前に言っていた、エヴァをガンダムみたいにしたいのヒントだと思ってた。途中の2号機と8号機のプリキュアみたいなシーンとかまさに、原作者だから許されるシーンだし、もしあの合体技みたいのを他の人が作ったエヴァでやったら、原作への冒涜だ等言われると思うから庵野は最後の最後で創作の幅を広げたように感じる。
最後までうずくまったまま発狂するだけで終わった旧劇から24年後、ようやく立ち上がったシンジ。長かった分、感動もひとしおだった。
旧劇版は「乗れって言うから乗ったらとんでもないことになった」のに「自分で選んだ」とか「それは価値があること」だとか、果ては「乗らなかったら許さない」とか、結局エヴァに乗れとしか言ってなくて、もうミサトさん話通じなくて目も当てられませんよ。
考察って良いね
ミサトさんってシンジ君にとっては母親的なポジションなんだなと思う
まだ小中学生の時に見た旧劇場版や漫画は初号機かっこいい!や、身勝手な大人ばかりでシンジ可哀想と思っていましたが、大人になってから見るシンエヴァ、過去作を見返すと、全く違う作品のように登場キャラに対する捉え方が変わって、目には見えない人の心情や内面的なものが上手く表現されてる作品だと思いました。シンジが子供から大人に成長するように、自分も子供の考えから大人の考えに変化しているんだと実感出来て、グロさはあれど、子供の時に見ていてよかったと思いました。
この動画・ストーリーとは関係ないけど 今パッと思いついた対比や同じところ一覧・破のトウジ「料理なんて男のすることやない!」 ↔ 料理をするトウジ・戦略自衛隊によるミサトの爆死 ↔ ヴンダーの特攻による爆死・「いい、シンジ君。ここから先はもうあなた一人よ。全て一人で決めなさい。誰も助けもなく」 ↔ 「必ずサポートする」・2号機の目に刺さる模造ロンギヌスの槍 ↔ 目から封印柱を抜くアスカ・旧劇でリツコが持っていたリボルバー = 新劇でサクラが撃っていたリボルバー・ゲンドウを撃てず、ゲンドウに撃たれるリツコ ↔ 躊躇も無しにゲンドウを撃つリツコ・長髪リツコ ↔ 短髪リツコ・旧劇の巨大リリス ↔ 新劇のエヴァンゲリオンイマジナリー・量産機によるセフィロトの樹 = 海洋研究所のセフィロトの樹 = 加持Jrのいた野外ラボのセフィロトの樹・涙を流す綾波レイ・量産機による謎の模様 = シンエヴァで13号機が覚醒したときに出た模様・ここにいたのね、ママ!(母親を求める子供なアスカ) ↔ ガキに必要なのは恋人じゃない母親よ(認めてくれる人を求める大人のアスカ)・すまなかったなシンジ ↔ すまなかったシンジしっかり探してみると旧・旧劇の要素とか、対比が非常に多かった。他作品のオマージュもいっぱいあったけど。過去のインスパイアや対比したセリフを考えるだけなら簡単だけど、要所要所に散りばめられた要素をシン・エヴァンゲリオンという一つの映画として、新世紀エヴァンゲリオンという一つの作品として完結させた庵野は本当にすごい。
旧のシンジくんのあれこれは周りの大人が酷すぎた説がより一層濃厚になってく
シンエヴァを繰り返し観て結局この話は母ユイと父ゲンドウ=カヲルが成長した息子が生きて行く為の未来を作るために繰り返していた世界だと解釈しました。TVシリーズを納得行く形で完結出来ず旧劇場版を作り、その結末にも違和感を拭えなかった庵野監督自身の心の現れなのかもしれませんね。最大の対比は自身と自分を受け入れてくれた人だけに固執し続けたゲンドウと、成長して自分を取り巻く全ての人を受け入れて自分を犠牲にしても世界を守ろうとしたシンジの違いだと思います。シンジの意志を自らが引き受けてシンジを解放するユイの姿こそが旧シリーズとの最大の対比だったのではないでしょうか?
ミサトさんのシーンは何度見ても泣く
生きてるうちに完結して良かったまじで。ゲンドウがシンジの成長を受け入れたのもまじ泣けた。
動画のコメントも含めて解説動画になってて好き
シンジくんは、親離れ ゲンドウは、妻離れ しなければいけなかった!けどゲンドウは、妻離れできなかった。 それほどゲンドウは、ユイ愛してる!
シンエヴァ映画館で2回観たけどシンジが旧エヴァ、これまでの劇エヴァから成長しとるのがめっちゃ伝わって感動した。
考察が毎回おもろい!
普通に見ててはここまで自分では対比になってるとか気づけないからありがたい
これマジで泣いた精神的に大人になったシンジと自分の子供を傷付けてしまうことを恐れた不器用な親バカ、ここまで泣かせてくるとは正直思ってなかったわそして黒波が消えるシーンも泣く
新劇でミサトさんはマジでカッコいい大人になった
ミサトさんは子供を産んだことで女と言うより母親が強くなった、自分の子供のようにシンジを愛してリョウジ君も愛してたミサトさんの責任はまさに尊敬に値して最後シンジをサポートして爆死するミサトさんには敬礼しかないわ
ミサトのイントネーションが完全にポテトなんよなー笑
ミサトさんは旧劇でもシンエヴァでも死ぬ時に「加持リョウジ」のことを最後に思い死ぬってのも対比なのかな?
DSSチョーカー渡す意味わからんかったけど、なるほどペンダントねDSSチョーカーも贖罪=十字架やからな、よく出来てるわ
今までの作品では母親であるユイが全てを終わらせるパターンが多かったのに対し、シンエヴァでは最後に初号機と13号機二人で一緒に貫かれているのを見て、遂にゲンドウがユイの気持ちを理解して、シンジに向き合えたんだと思った。
聞いてると泣きそうになる
泣きながらこの動画見てます
過去作との対比描写やオマージュがこれだけあって、しかも同じ人が作っているのに全然違う作品に仕上がっているから、やっぱり庵野くんは恐ろしい
私はリツコがゲンドウに発砲できたのはマジで好きだった
やはりシンジがどう変化するかが、新劇の一番の見所だと思ってたので、しっかりケリを付けれたシンジ君に拍手です。今思えば彼は序から能動的ではあったんですよね、「ズルいですよ、ミサトさん達ばかり安全な所にいて!」と率直に思いを告げ、本音でミサトと語りあう事を破・Qと経てきたからこその着地点だったと思います。後、キスと言えば新劇は、旧であった他のキスシーンやベ○ドシーンは皆無でしたね。この辺りの対比も何かあるのでしょうね。
旧版は全編通じて、シンジ君の自我を崩壊させて、無理やり人類補完計画を遂行させようとしてましたね。シンジ君はギャーギャー吼えるだけで気の毒だったし、補完計画を否定しても、アスカと取り残されて・・・。シンエヴァでは、第3村でいろいろな人といろいろな経験ができて、救われた感じですね。あと、ゲンドウとユイがちゃんと親をやってくれていれば、ここまでインパクトだらけにはならなかったと思いました。
少し浅いかもしれませんが、旧劇場版では葛藤に苦しみながらゲンドウに打たれたリツコさんが、シンでは目的遂行に関し躊躇がなくなってゲンドウに発砲しているというのも対比だと思っています。
髪を切っていたのも、
自分の中の女を捨てたっていう伏線だったんですよね。
やってやったなリツコさん!って思いましたね
あれ号泣したッス。
リッちゃんよかった。よかったね😢
アニメでのやり返しか…
アスカに「なんで殴りたかったかわかる?」って質問に「責任負いたくなかったから」てちゃんと答えられるようになっていたシンジくん見てあれいつものシンジくんじゃないぞ?ってなった
その直後イマジナリーカヲル君と話してるの見てやっぱりシンジ君だってなった
綾波(そっくりさん)消えたあとまたウジウジせずに進むことを決めた時に強くなったなって思った。(たくさん泣いたんだろうけどね)
シンジくんはシンジ君なんだろうけど、成長したんだな~って思う
旧の「ここから先はもうあなたひとり〜誰の助けもなく」とシンの「必ずサポートする」も対比になってるんですね…。
こうやって見ると、シンエヴァは本当にシリーズ完結作品として完璧だったんだなって思う
個人的にはミサトの送り出すシーンの違い、そしてシンジの「誰か僕に優しくして」と「何で皆こんな僕に優しいんだよ」という差は凄く良いな〜と思いました。
ミサトが『未だ彼の責任は全て私にある』と言って庇ってくれた時滅茶苦茶心強かった。
子供が悪さをした時にしかり、庇い、認めてくれる。最高にお母さんしてた。
それをQの冒頭で言ってたらどうなってたんだろうな
@@rr8668 ヴィレの内紛が起きてたんじゃないかね
身内への示しのためにも、冷たい態度を取らざるを得ない状況だった
さ
@@ks7706
DVD及びBlu-rayの、映像特典で立証されたと思います。サクラだけでなく、シンジは世界を救った存在でありながら、家族の そして自分の人生の仇ですからね。
こうやって見ると、サクラって旧劇シンジと同じ思いを持ったキャラなんだなぁって。
散々ネタにされたサクラの例のシーンって、乗るしか選択肢がない、賭けるしかないってわかっていてもどうしても感情が受け付けない旧劇シンジと精神的に同じようなもんだと思うの。
ゲンドウの「すまなかったなシンジ」は直接シンジに対して行ったことに意味があると思う。旧劇はどっちかというとゲンドウの自己満足
そのとーり
目に槍を刺されて力尽きるアスカが、目から封印柱抜き出して莫大な力を解放する対比好き。ちなみにリアルに表現したら、かなりのグロシーンにもできたと思う
再現しようと思ったら目が見えなくなった…
@@meatvegetable1686 目から何を出そうとしたんや、、、
@@Tama7376 …多分、ロンギヌスのフォーク…
@@monarizaoverdrive もう片方の目にも突き刺しとけば擬似シン化出来そう()
@@Tama7376 ひどすw
ヒ、ヒトを超えてるっ!
シンジくんが精神的に凄い成長を遂げているんだよね。立ち直ってからは本当に強い子になった。
序盤チョーカー見てオエェ…ってなってたシンジ君が、最後には自分から着けるまでになってて感動した
シンエヴァは「相補性」の関わり方が随所に見られて本当に感動しました。比較して、旧エヴァはどうかというと、「(人間関係を含めた)壊れるときの表現」にこだわり、崩壊時に見えなかった部分を見せようって感じで終局に向かう。すごいものを見た衝撃があった。つまり、両方とも名作だなって。
新劇場版で安易に天使のテーゼを流さなかったのは最高
神話から人生へ話の方向が変わるからね、
あー、わかる。電通案件なら安易に飛び込むやろうな
流れたら流れたで泣くけどね
旧劇場版の、主よ人の望みの喜びよENDも好きだったのぜ
少年は神話じゃなくて大人になるものだからな…
旧劇だと最後まで乗りたくなかったのに対して新劇だと父親と向き合う覚悟を決めて自分から乗ると決めたのが対比になってるのが好きだわ
0:07「ここ、新世紀で見たところだ!!」ってところがくる度に嬉しかったけど、なんかほんとに終わりそうで悲しかったなぁ
こんな素晴らしいアニメに出会えてよかった
自分の人生の片隅にずっとそばにいたアニメだったから終劇した時感動しました
エヴァ に関わった全ての方へ
ありがとうございました
12:10神話じゃなくて大人になったって初めて聞いた時はほんとに鳥肌がたったなぁ
対比のテクニックをほぼ全く使わなかったのがこれまでのエヴァ。一気に対比のテクニックを使ってきたのがシンエヴァ。
庵野監督は物語を魅力的にみせるテクニックを意図的に使わなかったと思う。
5人組魅力的な法則とか、主人公が最初は弱い、人間は老いて死ぬというテーマにたどり着くなど。
対比のテクニックもその一つ。
庵野監督が世間から目を背けて背けて、最後に世間を受け止めたのかと思うと泣けてしかたない。
シンジが初期ロットに好きだからと言われて泣くシーンホンマもらい泣きしちゃう
LCLになってしまった後の…小さな十字架が胸に来ました。
シンエヴァみてミサトさんがミサトさんとして帰ってきたシーン心の底から安心したし何度見ても泣ける
1:10
アスカが『ガキに必要なのは恋人じゃない母親よ』
ってそゆことだったのか
アスカはシンジに言いながら、自分自身に言ったり、罰するところがあるからね。
旧劇の『ママ!そこにいたのね!』→シン・エヴァンゲリオン『先に大人になっちゃった』
シンジにガキガキ言うのも…本当は人形に語りかけて自分を慰めてる反動の部分があると思う。
ちゃんと向き合って話してくれる、ケンスケの存在で救われてるけど
本当はアスカも寂しい。
Qなんて、猛烈なツンデレ劇だったしw
旧劇の一貫して重苦しい空気のゲンドウだけど、新劇の量子テレポートではしゃいでるのは可愛かった
「量子テレポートでいくらでも、どこにでも行ける!楽しい!!!」
こう見ると凄い成長したんだなぁシンジ君
結論 第三村の大人の対応が最も重要
映画館で見た時は、第三村のシーン長すぎだろ!と思ってましたけど、改めて見ると皆が見守ってくれてたあの時間がシンジくんにとって本当に重要だったんだなとまた泣いてしまいました。
第三村で大人になった鈴原たちが出てきて「あぁ…庵野は絶対にシンジを救うつもりなんだな」って感じてものすごく安心した。
旧エヴァからシンエヴァまでこの20なん年間
あの嫌われてたシンジがそこまで成長できたとは
本当に最高の物語の結末でした
シンジ君のあまりにも短時間の精神的成長ぶりには脱帽よ。
めっちゃカッコいい。本物の大人になった。
初見時「大人になったな、シンジ」で涙腺が耐えられなかった…
シンジがヴンダーに乗るって意思表示をしたシーン、シンジの目元が赤く腫れている描写がされていて
沢山泣いて黒波の死を受け入れ、自分の落とし前をつける決意をしたんだなぁと思った。
シンジくんがゲンドウに対して
親に嫌われているかもしれないという思い込みで寂しくても近寄れなかった。
嫌われているかもしれない事が真実になってしまうその日が来るのが恐かったあの感覚が気持ちが自分と重なって号泣しました。
ゲンドウのように愛を知らない人間は強くはなれないんでしょうね。
シンジくんのように私も親と向き合えるようになりたいです。
マジでシンジがゲンドウと親子喧嘩しにいくとき漢の顔になってんのめっちゃ泣いた
その後のユイ!ユイ!……ユイじゃないレイか
とか神がどうのって散々言ってたのに急にシンジにビビってATフィールド張る辺りで不覚にも笑いそうになった
@ メイスウィンドゥ たぶん子供には分からんと思うよ
それか心に闇がない大人にもな
@@ワリオの使者ニンニク香るくん第
いや散々人間やめた、神は何も拒まないみたいな言い回ししといて人間やめた方が人間臭いの普通に不意打ちだろ
拒まないと言いながらシンジにATフィールド貼るの無様すぎる
肉弾戦でバチバチにやり合ってたのに、我々の決着は暴力ではないって言って話し合いに持ち込んだのにその話し合いで負けたゲンドウくん好き
@@イクきの 俺は好き
シンジくんとミサトさんのシーンは涙腺ぶっ壊れ状態で泣きまくった…
映画館で嗚咽こらえるのが大変だったw
ミサトさんのところは
劇場でも自宅でも号泣したな
同じく
これってシンが一方的に良いシーンなんじゃなくて、両方を見てこそ輝くんだよね。
シンの人間関係って最終形というか完成形というか理想的なやり取りに見えるけど現実はそう上手く回らない、
だから旧みたいにすれ違ってしまう時に「(双方の)伝え方が悪かっただけだ」って罪を憎んで人を憎まずの姿勢になり、
他人の良心を掬い取る、自分の真意が伝わるよう推敲する、そういう意思と覚悟を持ってひたすら立ち上がっていくことが大事なんだよな。
沢山あるエヴァ考察でこれが1番わかりやすいし共感しやすい!
リツコ「旧劇ではよくも嘘つきで躊躇い無く撃ちやがったな~!ズキュン!ズキュン!ズキュン!」
という感じがしましたw
シンジの大人への成長。
それもに加えて
自分の都合を押し付ける旧とは違い、責任を持つ大人としてのミサトさんの姿が良かった。そんなミサトを受け入れる大人のリツコ。
大人になったと言いながら最後にシンジに会いに行くアスカ。
トウジ、ケンスケ、委員長。
キャラが大人になることによって考えや言葉が変わる部分もあるけど、キャラとしての根本は変わらない。そんな描かれ方が素晴らしかったです。
シンジくんがDSSチョーカーをつけるところ顔がアップになってて、まつ毛綺麗だなって思いながら見てた。そこからゆっくり目を開けた瞬間覚悟を決めた顔になってて、もうシンジくんは今までのシンジくんとは違うんだなって悟って鳥肌たったの覚えてる
「皆んな僕にもっと優しくしてよ‼︎」
優しくした結果↓
「なんでこんなに皆んな優しいんだよ………」
ワガママなやつだw
自分の犯した罪の重さを分かってしまった故優しさが痛かったんだろうね。過去に囚われ続け食事すらままならない人間らしくないシンジと新しい発見を繰り返し魂が宿り人間らしくなっていく黒波…この描写はすごい良かった。目の前でLCL化したことも受け入れてシンジくんの成長が見れた。なんかもうここで泣いたし昨日スーパーで思い出し泣きしたw
成長したシンジの表情はめちゃくちゃかっこよかった
シンは旧作の解説的役割も担ってたと思う
シンを見たら旧劇場版が一気に解りやすくなって、旧劇場版の方が好きになった
シンジ達は円環を抜け出したというのに視聴者は円環に囚われ続ける訳だ
シンエヴァを劇場で初めて見たときに旧劇場版のゲンドウの「すまなかったな、シンジ」の裏側が細かく書かれていることに感動というかこういうことだったんだとものすごく腑に落ちるものがあったよ
旧劇場版から、というかTV版から知ってるからなおのこと心の底から震えるものがあるのは主さんと同じだった
正直テレビ版から四半世紀かかって新劇場版での完結で、本当に終わったと思うのとすべてが完結した、というさみしさがありますね
なるほど
残酷な天使のテーゼを使わなかったのはこういうことか
子供である時間というのは大人からすれば一瞬のように感じるほど成長は早く、短い。
だが、子供からすれば未来を空想し不安を抱えそれを処理するというプロセスにより、体感は限りなく長く感じてしまう。
あくまで年齢による処理能力の違いでしかないが、恐らく今までのシンジが子供であったエヴァンゲリオンはそういった「子供」としての長い時間の表れ…なのかもしれない
エヴァって本当にシンジ君の成長物語でもあり庵野監督の心の成長物語でもあるんよな〜
ゲンドウが「大人になったな、シンジ。」と言ったのは自分と同じように大事な人を失ったのにそれを受け入れることができるという点で対比され、ゲンドウから見ても大人に見えるという風に感じました
旧劇みたいになって甘き死よ来たれが流れるのを公開前は望んでいたけど、
この対比を見るとシンエヴァで幸せになって良かったのかなって思った。
最後は制服じゃなくてちゃんとプラグスーツ着てるのも能動的に乗ったんやなって感じた
新劇の記憶持ちで旧作世界に行ったらどうなるかのストーリー見てみたい
旧量産機とか余裕で殲滅しそう
漫画版がそれに近いよね。比較的安定してるって意味で
14歳の子供にこんな重荷を背負わせるなんて😭
ありがとうシンジありがとう😭
トウジとケンスケが見守っていたから成長できたよなぁ
カオルじゃ対等になるだけで余計シンジを追い詰めた
ゲンドウが『すまなかった、シンジ』の後に『そこにいたのか、ユイ』っていうのはシンジがユイと同じゲンドウを支えてくれる存在だったってことなのかな?
アスカが3号機起動実験で使徒に襲われるまで、ポカ波の提案で計画通りだったお食事会。
あれを提案した時にもユイが語りかけているように
息子、シンジを大切にしない時はユイは無視するんですよねw
ちゃんとシンジと向き合おうとする、心のATフィールドを解いた優しい父親になった時のゲンドウには
ユイは優しく微笑みかける。
父親としての難しさ。
それでも努力するなら、息子の母親の顔から夫を愛する妻に戻る。
結構、現実世界でもある事なので深いですよねw
師匠である宮崎駿さんは表向きのほっこりエピソード、雰囲気の名人ですが
庵野監督は、気まずさやギスギスしちゃう暗部にクローズアップさせていたから
シン・エヴァンゲリオンでやっと家族が1つになったのには、ジーンときますよね。
対比とかそういう話ではないんですけど シンジ君がエヴァに乗ってゲンドウ止めるって言った時、一連の騒動後にリツコさんが「艦長室に保管してあるプラグスーツを持ってきて(すごいうろ覚え)」って言ってて「ミサトさんやっぱりシンジ君の事大事だったんじゃん!!」って思ったし 艦長室にプラグスーツ保管してあるの知ってるリツコさんにもニヤニヤしてしまった。新劇のリツコさんは女を捨てた分 情に厚いイメージを受けてて旧劇リツコさんと比べてこちらの方が好き 艦長室でミサトさんと話すシーンでも途中から「仮称」抜きで「シンジくん」って呼んでるし 3号機の件で使徒に侵食されたアスカを見てる時もマヤから「処置(殺す?)なんてことは ないですよね?」って聞かれて「貴重なサンプル体よ ありえないわ(タバコグリグリ)」って答えててリツコさんなりにアスカを庇って助けようとしてんのかなとか思ったり
シンエヴァでシンジくんが周囲の優しさに気づくことができたの黒波もそうだけどケンスケとトウジの存在が大きいんだよな…旧版は途中から2人がいなくなってそのあとシンジくんをさらに追い詰めるようなことが立て続けに起きたからシンジくん潰れちゃったんだろうな。
テレビ版だとトウジは重症、ケンスケに「もう前みたいにはなれない」と言われていたのに対して、シンジを優しく受け入れるトウジと厳しくも見守るようなケンスケの友情はやっぱでかいですね
@@oldrider009二人とも父性を感じます
このエヴァンゲリオン(ヱヴァンゲリヲン)という作品は碇ゲンドウ(愛妻家)と碇シンジの親子の作品なんだと思う
狂愛妻家なんだよなぁ
普通の愛妻家だったら平和だったはずなのに…
碇シンジ育成計画…
TVシリーズ~旧劇は女性目線、女性の立場をクローズアップした作品。
(ラブ&ポップも、そう)
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、人類の歴史、宗教や信仰を見ても男性社会だったから
その間違った部分、マグダラのマリアの問題点などに
タブーを破って視点を向けています。
だから人類がアダムに酷い扱いを受けたリリス側なんですよね。
そしてゲンドウもアダム(カヲル君)も自分の考え方には忠実だけど、不器用で傲慢、身勝手だった。
その謝罪と想い人への謝罪と仲直り、
ゲンドウの場合はTVシリーズ~旧劇での行いを独白しての謝罪と対話。
それの為に自分が人類の大罪人、悪役を買って出て贖罪にしているんですよね。
だから『これも私に必要な儀式だ!』とセリフにまで出して分かり易く作られています。
対比じゃないけどあの反省の場(電車)にゲンドウが来たのが驚き
個人的には、対比という観点では無いかもしれませんが
精神世界でゲンドウに「父さんは何を望むの?」の答えが、「『お前の望まなかった』ATフィールドのない世界」と言っていて、過去作と別作品では無いことがわかった他に、もはや過去作か新劇かと言うより、エヴァがひと続きの円環の話であるような裏付けになるということも、とても細かくて鳥肌がたちました。
初回観た時に感動した内容とこの考察が同じです。やはり皆さん同じこと想われたんですね。
マジでスッキリする映画だった
エヴァだからなー謎残りそうだなーって映画館で友達と言ってたけど終わって最初に思ったのは本当にスッキリした気持ちだった
人って生きてたらシンジ君見たいにどこかで落し前をつけないといけない時が必ず来る、それまでは嫌な事から逃げてもいい、自分の不幸を人のせいにしてもいい、だけど落し前をつけずにずっと逃げてたら歳だけ取ってずっとガキのまま、シンジ君のように自分自身で落し前をつけ大人になる、シンエヴァンゲリオンは庵野監督のそう言うメッセージも含まれてると思う、シンジ君は大人になって新しい道を進んで行よ!君達はそのままでいいの?と言われてるように感じた
正直目の前で綾波が消えてまたシンジ閉じこもっちゃうんじゃないかと思ってた
大人になったな…
やるべき時に集中投下してますね。とても賢いやり方で尊敬します
ほんま旧とシンは全くの対比になっててシンジ君の周りの人も成長してて感動したな…
そう考えると黒波ってかなり重要ポジだったんだな
リツコが言動の頭ぶっ飛ばしたのも旧劇の反省があったとおもっている
「親離れ」は確かにそうだなぁと思いました。個人的には、まごころを君にでアスカがATフィールドを真に理解した時の彼女もまだ親離れ出来てなかったんだろうなぁと思いました。違うかもしれないけど…
やっぱ考察見て「そういうことか!」って思うのも理解できてないけど「オモローww」って思うのも好きやな。
すっごく関係ないけど、
旧劇では撃てなかったリッちゃんが新劇で躊躇なく撃ったところしかバカなわいには対比がわかりませんでしたまる
良いね、1回しか押せないんだった、、めっちゃ押してたww
とても腑に落ちた
シンジも成長した。私たちもエヴァから
卒業、、って訳じゃないけど、色んな解釈できていいし、これを一つの糧として成長できたら良いんじゃないかなって思いました。
エヴァの対比なんて、考察なんて考えれば考えるほど面白いし、それを共有できるのがエヴァだけの特権だと思っている。シンエヴァ見た時最初に気づいたのがリツコがゲンドウに向けて銃を発砲したシーン。ゲンドウがPVで頭貫かれてるシーンがあって、それが旧劇のシーンと重なって鳥肌立ちました
こう考えると宇多田ヒカルさんの歌凄いな。劇場版全て担当してるけど歌詞の内容がシンジに対してじゃなくて恐らくゲンドウの心境を表してんじゃないかって思えてもくる
自分の復讐のためにシンジを使って、それでも一緒に住んでたら情も移るわけで上司部下、親子、恋愛感情にも似た感情がぐちゃぐちゃになって、自分がいいと思った一方的な愛しか伝えられない未熟なミサトさんからシンの2人で大人になったからこそ言える行ってきますいってらっしゃいはすごく良かった
シンジを無理やり大人としてケリをつけさせようとした旧作とシンジを子供として成長を見守りながらケリをつけさせる新劇の対比スコ
この動画とは関係ないけど、個人的にはシンエヴァの、ヤマト作戦での戦闘シーンは、庵野が前に言っていた、エヴァをガンダムみたいにしたいのヒントだと思ってた。
途中の2号機と8号機のプリキュアみたいなシーンとかまさに、原作者だから許されるシーンだし、もしあの合体技みたいのを他の人が作ったエヴァでやったら、原作への冒涜だ等言われると思うから庵野は最後の最後で創作の幅を広げたように感じる。
最後までうずくまったまま発狂するだけで終わった旧劇から24年後、ようやく立ち上がったシンジ。長かった分、感動もひとしおだった。
旧劇版は「乗れって言うから乗ったらとんでもないことになった」のに「自分で選んだ」とか「それは価値があること」だとか、果ては「乗らなかったら許さない」とか、結局エヴァに乗れとしか言ってなくて、もうミサトさん話通じなくて目も当てられませんよ。
考察って良いね
ミサトさんってシンジ君にとっては母親的なポジションなんだなと思う
まだ小中学生の時に見た旧劇場版や漫画は初号機かっこいい!や、身勝手な大人ばかりでシンジ可哀想と思っていましたが、大人になってから見るシンエヴァ、過去作を見返すと、全く違う作品のように登場キャラに対する捉え方が変わって、目には見えない人の心情や内面的なものが上手く表現されてる作品だと思いました。
シンジが子供から大人に成長するように、自分も子供の考えから大人の考えに変化しているんだと実感出来て、グロさはあれど、子供の時に見ていてよかったと思いました。
この動画・ストーリーとは関係ないけど 今パッと思いついた対比や同じところ一覧
・破のトウジ「料理なんて男のすることやない!」 ↔ 料理をするトウジ
・戦略自衛隊によるミサトの爆死 ↔ ヴンダーの特攻による爆死
・「いい、シンジ君。ここから先はもうあなた一人よ。全て一人で決めなさい。誰も助けもなく」 ↔ 「必ずサポートする」
・2号機の目に刺さる模造ロンギヌスの槍 ↔ 目から封印柱を抜くアスカ
・旧劇でリツコが持っていたリボルバー = 新劇でサクラが撃っていたリボルバー
・ゲンドウを撃てず、ゲンドウに撃たれるリツコ ↔ 躊躇も無しにゲンドウを撃つリツコ
・長髪リツコ ↔ 短髪リツコ
・旧劇の巨大リリス ↔ 新劇のエヴァンゲリオンイマジナリー
・量産機によるセフィロトの樹 = 海洋研究所のセフィロトの樹 = 加持Jrのいた野外ラボのセフィロトの樹
・涙を流す綾波レイ
・量産機による謎の模様 = シンエヴァで13号機が覚醒したときに出た模様
・ここにいたのね、ママ!(母親を求める子供なアスカ) ↔ ガキに必要なのは恋人じゃない母親よ(認めてくれる人を求める大人のアスカ)
・すまなかったなシンジ ↔ すまなかったシンジ
しっかり探してみると旧・旧劇の要素とか、対比が非常に多かった。
他作品のオマージュもいっぱいあったけど。
過去のインスパイアや対比したセリフを考えるだけなら簡単だけど、
要所要所に散りばめられた要素をシン・エヴァンゲリオンという一つの映画として、
新世紀エヴァンゲリオンという一つの作品として完結させた庵野は本当にすごい。
旧のシンジくんのあれこれは周りの大人が酷すぎた説がより一層濃厚になってく
シンエヴァを繰り返し観て結局この話は母ユイと父ゲンドウ=カヲルが成長した息子が生きて行く為の未来を作るために繰り返していた世界だと解釈しました。
TVシリーズを納得行く形で完結出来ず旧劇場版を作り、その結末にも違和感を拭えなかった庵野監督自身の心の現れなのかもしれませんね。
最大の対比は自身と自分を受け入れてくれた人だけに固執し続けたゲンドウと、成長して自分を取り巻く全ての人を受け入れて自分を犠牲にしても世界を守ろうとしたシンジの違いだと思います。
シンジの意志を自らが引き受けてシンジを解放するユイの姿こそが旧シリーズとの最大の対比だったのではないでしょうか?
ミサトさんのシーンは何度見ても泣く
生きてるうちに完結して良かったまじで。
ゲンドウがシンジの成長を受け入れたのもまじ泣けた。
動画のコメントも含めて解説動画になってて好き
シンジくんは、親離れ ゲンドウは、妻離れ しなければいけなかった!けどゲンドウは、妻離れできなかった。 それほどゲンドウは、ユイ愛してる!
シンエヴァ映画館で2回観たけどシンジが旧エヴァ、これまでの劇エヴァから成長しとるのがめっちゃ伝わって感動した。
考察が毎回おもろい!
普通に見ててはここまで自分では対比になってるとか気づけないからありがたい
これマジで泣いた
精神的に大人になったシンジと自分の子供を傷付けてしまうことを恐れた不器用な親バカ、ここまで泣かせてくるとは正直思ってなかったわ
そして黒波が消えるシーンも泣く
新劇でミサトさんはマジでカッコいい大人になった
ミサトさんは子供を産んだことで女と言うより母親が強くなった、自分の子供のようにシンジを愛してリョウジ君も愛してたミサトさんの責任はまさに尊敬に値して最後シンジをサポートして爆死するミサトさんには敬礼しかないわ
ミサトのイントネーションが完全にポテトなんよなー笑
ミサトさんは旧劇でもシンエヴァでも死ぬ時に「加持リョウジ」のことを最後に思い死ぬってのも対比なのかな?
DSSチョーカー渡す意味わからんかったけど、なるほどペンダントね
DSSチョーカーも贖罪=十字架やからな、よく出来てるわ
今までの作品では母親であるユイが全てを終わらせるパターンが多かったのに対し、シンエヴァでは最後に初号機と13号機二人で一緒に貫かれているのを見て、遂にゲンドウがユイの気持ちを理解して、シンジに向き合えたんだと思った。
聞いてると泣きそうになる
泣きながらこの動画見てます
過去作との対比描写やオマージュがこれだけあって、しかも同じ人が作っているのに全然違う作品に仕上がっているから、やっぱり庵野くんは恐ろしい
私はリツコがゲンドウに発砲できたのはマジで好きだった
やはりシンジがどう変化するかが、新劇の一番の見所だと思ってたので、しっかりケリを付けれたシンジ君に拍手です。
今思えば彼は序から能動的ではあったんですよね、「ズルいですよ、ミサトさん達ばかり安全な所にいて!」と率直に思いを告げ、本音でミサトと語りあう事を破・Qと経てきたからこその着地点だったと思います。
後、キスと言えば新劇は、旧であった他のキスシーンやベ○ドシーンは皆無でしたね。この辺りの対比も何かあるのでしょうね。
旧版は全編通じて、シンジ君の自我を崩壊させて、無理やり人類補完計画を遂行させようとしてましたね。
シンジ君はギャーギャー吼えるだけで気の毒だったし、補完計画を否定しても、アスカと取り残されて・・・。
シンエヴァでは、第3村でいろいろな人といろいろな経験ができて、救われた感じですね。
あと、ゲンドウとユイがちゃんと親をやってくれていれば、ここまでインパクトだらけにはならなかったと思いました。