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歴史書の改ざんは、その歴史書を書く時にも行われていましたが… 高名な研究者たちが歴史書を読み解く時にも行われています。邪馬台国 って表記もその一つです、実は『魏志倭人伝』には「邪馬台国」の表記は一つもありませんでした。それを後の高名な研究者たち…確か本居宣長さんとかが、「誤り」との注釈も全く付けずに「やまと」とつなげたい為にその語感の近い「邪馬台国」と勝手に変えてしまったのです。その偽装は、既に古田武彦さん著『「邪馬台国」はなかった』という本で50以上前に明らかにされていたのですが…当時、古田武彦さんが素人の歴史家だったせいか?何が何でも学会が「邪馬台国」を「やまと」に繋げたかったのか?今でもあまり知られていません。魏志倭人伝に書かれていた本当の表記は「邪馬壱(ほんとうはもっと難しい漢字のいち)国」です。なので、魏志倭人伝が正しいとするなら「やまいちこく」か「やまいこく」と呼ぶのが正解だと思われます。その本『「邪馬台国」はなかった』の中で書かれていた根拠の一つを書きます。動画の中でも 当時の中国は、日本を野蛮な国と見ていたため貶めた漢字を使っていたと解説されていましたが…「邪馬台国」の「台」は、野蛮な貶めた漢字ではなく尊い人にのみ使われる漢字です。たしか、王が居る場所を示した漢字だったと思います。なので、徹底的に魏志倭人伝に従った考察を進めるのであれば…高名な歴史家たちが、注釈も付けずに勝手に訂正し他の人々も疑問なく従った「邪馬台国」を信じては駄目です。丁寧に作られた動画なのに、そこが勿体ないなと思いました。まあ、そんな名前なんて根幹の知識が偽装されてるなんて普通は思いもしないですから仕方ないのですけどね。そして、RUclipsで「やまいこく」もしくは「やまいちこく」を語る動画のほとんどはそんなことも知らずに疑問なく「邪馬台国」を使っている人たちばかりですけどね(汗)なので仕方ないことなのでしょうけど… つい 書いてしまいました。
卑弥呼って呼び方が蔑んでいる呼び方で中華文化的考え方が良く出てる
蔑んでいたら金印なんか送らないのでは
@@ソーソー-d1k 金印でも下賜された物だから身分が上の者から下の者に送る物だから身分の上下が有る
親魏倭王の金印はかなり高ランクやで。当時、このランクは魏の周辺国で邪馬台国と大月氏国の2カ国しか貰ってない。他の国はもっと低ランクの位置付け。魏は邪馬台国や卑弥呼を決して軽んじてたわけじゃない。
面白かったですよ~。
「卑」弥呼と「邪」馬台の漢字は、必ずしも中華思想というわけではありません。同じ時代の中国にも、地名には「卑梁」「卑耳山」「琅邪(ろうや、諸葛亮または王導の出自)」「邪谷」があり、姓には「卑諶」(『漢書』に中上、すなわち九品の中の第四位)とその子孫卑整(議郎という官位にいる)のような人もあり、単なる音訳だと思います。例えば同じ時代に中国(漢または魏)と時々揉めて戦争になる「高」句驪(後の朝鮮と違って高句驪は北アジア風の民族であった)、烏桓(桓は武の意味)もわざと悪い漢字を使うことはありませんでした。またその時のクシャーナも漢字で「貴」霜と書いており、もし司馬懿が自分の功績を誇るなら、わざと悪い漢字を使う理由もありませんでした。ちなみに、漢と時々戦争になった羌の名前の当て字も、無弋爰劍、滇良、號良、盧璴、封良があり、部落名の当て字も吾良、鞏唐などがあり、必ずしも悪い漢字を使うことはありませんでした。 中華思想は確かに歴史上にありました。そしてその中国の生意気さも事実でした。しかし、音訳における漢字の使用において、歴史上必ずしもわざと変な文字を使っていたわけではありません。漢朝の時代はおそらくそんなことには意識的ではなかったと思います。
神武天皇の実在自体が証明されていないのに卑弥呼当時に大和王権が存在していたという決めつけが最悪学問じゃなくて宗教じゃん
卑弥呼自体誰か解って無いからねぇ😅卑弥呼って呼び名は魏の国の王が呼んだあだ名みたいな物だから、ぶっちゃけ何も分かってないんよね😅
こういう話が出てくるとき思うのが、以前の説がまた復活する可能性もゼロではないというとこかな・・・。本当にどうしようもなく疑いようのない史料が出てきたら、それを信じるべきとは思うけど、可能性なら、完全な否定も難しいのでないかとも思います。つまりデータも資料も沢山残しておかないと駄目だという事です。
志賀島で発掘されたという金印。 この金印、福岡市博物館で実物が常設展示されています。2000年前の本物なのか、それとも後世の偽物なのか、みなさん自身の目で確かめてみてはいかがでしょう、という記述があるほど、その真偽のほどは今だに不明なのですよ。
卑弥呼は鬼道を使うと書いてあるから、神獣鏡が沢山出土する場所が最有力な候補だよ、何故か九州説の方は無視しますが。そもそも三国志には鬼道とは初期の道教という記述がある。三世紀以降神獣や前方後円墳に水銀朱が集中して出土する畿内周辺という事になるはず。
旧来は耶麻台と書いて「ヤマト」と読んでいたのを新井白石が改めさせて定着したのが「ヤマタイ」読み。個人的には音韻の変化などからヤマタイ読みには若干の疑義がある。他の人も言ってるが卑や邪の字を相手を卑しめるための当て字であるという発想自体に無理があるのは正史三国志の地名や人名に照らしても明らかだし、そもそも「中華思想」なる概念自体が20世紀の日本の学界筋で提唱されたものであり、今日その再検討が叫ばれてるのをご存じかな。
教科書に載らなくなった卑弥呼や坂本龍馬を知らない子供が増えてくると思うと寂しいですね。
「高校日本史」からは消えても「小中学校社会」からは消えませんよ。特に卑弥呼は、小学生が学ぶべき人物例40数名の先頭として現役の学習指導要領に明記されています。
そもそも卑弥呼の卑はいやしいです、女王様に卑しい名前を付けるのか常識で解ります。解らないセンコウもいるんですW
そろそろ金印も科学的に年代測定したほうがいいな
いや日本書記にはしっかり、日本と書いて耶麻騰と読むって、明らかに邪馬台と読める音を解説してるんだが。これあんまり知られてないの何故
商売上の都合w 邪馬台をヤマトと読むというのはちょくちょく指摘されてる(作家の明石散人なども著書で言ってる)が、それで納得してしまえば以後のコンテンツ制作ができなくなるという大人の事情が働いてるからね。写楽なんかも未だにあーだこーだ言ってるのは同じ構図。
耶麻騰は漢文だと「イェマテン」で「ヤマタイ」より「ヤマト」の方が近い。
耶麻騰はやまたいじゃなくてやまと。日本=大和だったんだから何もおかしくない。これに邪馬台国云々は何も関係ない。そして「日本書記」じゃなくて「日本書紀」
@@tg-rf2wi 邪馬台=耶麻騰 って読むって考える層に向けてのレスだから。「読まない」って考える君は無視してて良いよ。で君の脳内では日本=大和と同じ読みが抵抗無く受け入れてるんだもんな(笑)
元々やまとと呼んでた国の字を日本とした後もそのままやまとと呼んでただけ。そして「日本書記」じゃなくて「日本書紀」
んー、良いねは押したけどなんか食い足りないな…
卑弥呼は馬超と同世代だったのかな?
蜀には使者を送ってないのかな 劉禅と謁見いたしました
内陸国である蜀とどうやって日本が使者が行き来するのか疑問。つーか蜀に送っているなら地理的に呉にも送っていそうな気がするが。
魏書東夷伝ではなく魏志倭人伝等と奇妙な通称が定着したのは、後漢書東夷伝と混同しない為なのでしょうね。魏志は本国でも別の魏書との混同を避ける為の略称ですが。
いや、実際に魏志の中の『夏侯惇伝』、『荀彧伝』などの武将・宰相・官僚などの列伝の末尾に『倭人伝』があるんだよ。だから『魏志』『倭人伝』で間違いない。割と簡素な記述だけど、それでも蜀書の黄忠伝とか趙雲伝より長かった気がする。
@@山田文汰 邪馬台国に関しては三国志魏書の東夷伝の中の倭人の条にある記載ですから通常表記なら「魏書(魏志)東夷伝に記載されている」と省略される筈なので、そうならず魏志倭人伝という奇妙な通称が定着しているのは後漢書との混同を避ける為であろうという意味です。魏志倭人伝という通称が明確に間違っているとまでは言いません、便宜を図った通称になっているという事です。
邪馬台はヤマトと読み、ヤマト王権と同じものではないのですか?
卑弥呼が教科書から消される以前に、近畿に大和朝廷が出現して以降、特に大化の改新以降から江戸時代まで隠されて来たんですよね。大和朝廷と邪馬台国と卑弥呼の繋がりを意図的に切ったのは、邪馬台国の卑弥呼が魏に朝貢してたから別の国としたのでしょう。現在の徳島に邪馬台国政権中枢があった説が出ているけど、その説が一番辻褄が合うので有望だと思うし、徳島に来る以前の大和朝廷が何処から来たのかは不明ですが、畿内に移る前の大和朝廷が徳島から来たとすれば、邪馬台国とは畿内に移る前の大和朝廷そのものだったと思う。
意図的に切ったんじゃなくて繋がってる証拠が何一つ無いだけ。何の証拠もないのに繋がってた前提で語るのがおかしいだけ。
@@tg-rf2wi 推古天皇で終る古事記と持統天皇で終る日本書記から皇統を見ても「意図的」ですよ。それは近代の江戸幕府も加担しました。そもそも神武天皇から「2600年強の皇統」と嘔う割には、紀元前から四世紀の仁徳天皇までの系譜は所々辻褄合わせで間延びしたように異常に長生きにされてます。成務天皇・仁徳天皇ですら何処にいて何をしていたのかすら「神話」にされ、他は明確にされていない。更に、宮内庁の系譜を再度良く見ると卑弥呼がいたとされる仲哀天皇から応神天皇の間が実際切れてます。魏史倭人伝でも、「従来は男性が王だったが国内争乱がどうにもならないので能力のある女性を王にし、弟が補佐した」とありますね。これが天照大御神と須佐之男の話しの元でしょう。家系が中大兄皇子系だったので、こんなこと言いたくないですが・・・確かに、大和朝廷の古代史を明らかにするためには、仁徳天皇陵を始め封鎖されている古墳を片っ端から調査するべきですね。尤も、大和朝廷の古代史や邪馬台国よりも、東日本側にあったとされる「日高見国」の方が更に謎で、過去にも現代にも教科書に載ったことすらありませんので、本当に教科書どころか日本の歴史から消されてるのは、こちらの方でしょうけど。
多くの人が魏志の東夷の倭人の条しか見ずにあれこれ言っているけど、同じ東夷伝の中の朝鮮にあった三国については分量も少なく、非常にあっさりと触れているだけである。倭人の条だけ異常に長く細かい。魏から見て朝鮮のほうが近いのでよく分かるはずなのに、記述は短い。なぜなのだろうか。また、邪馬台国のほかに連合している国々の場所がさっぱり分からず、日本語の音に基づいた「カナサナ国」なんてすぐ分かりそうなのに全然分からない。もはや創作なのではないだろうか。
女帝だったこと。神通力者だったこと。コレが気に入らない連中が消すんだろな。歴史だけは自分で探しに行かないとウソまみれやからね。
卑や邪という字が使われていることや中国に臣従しようとしていた記述を愛国者の方々が憎んでいるんですよ。それに当時の日本には今に残る文字がないということもコンプレックスだしね。縄文時代にも象形文字や土器に記号があったんだから弥生時代にも何かしらあって良さそうなものなんだけどね。
ヤマタノオロチ…
そもそも「卑しい」だの「よこしま」だのと言った字を日本人が自分につける訳がないよ。卑弥呼がいたとしても、当然日本の書物では別の名、別の字が使われているに決まってるでしょ。
古事記や日本書紀に記載がないと日本歴史と認めないなら、あんたたちも記事がないから日本人じゃないな
卑弥呼もいないし、金印も偽物でしょ!
歴史書の改ざんは、その歴史書を書く時にも行われていましたが…
高名な研究者たちが歴史書を読み解く時にも行われています。
邪馬台国 って表記もその一つです、実は『魏志倭人伝』には「邪馬台国」の表記は一つもありませんでした。
それを後の高名な研究者たち…確か本居宣長さんとかが、「誤り」との注釈も全く付けずに「やまと」とつなげたい為に
その語感の近い「邪馬台国」と勝手に変えてしまったのです。
その偽装は、既に古田武彦さん著『「邪馬台国」はなかった』という本で50以上前に明らかにされていたのですが…
当時、古田武彦さんが素人の歴史家だったせいか?
何が何でも学会が「邪馬台国」を「やまと」に繋げたかったのか?
今でもあまり知られていません。
魏志倭人伝に書かれていた本当の表記は
「邪馬壱(ほんとうはもっと難しい漢字のいち)国」です。
なので、魏志倭人伝が正しいとするなら
「やまいちこく」か「やまいこく」と呼ぶのが正解だと思われます。
その本『「邪馬台国」はなかった』の中で書かれていた根拠の一つを書きます。
動画の中でも 当時の中国は、日本を野蛮な国と見ていたため
貶めた漢字を使っていたと解説されていましたが…
「邪馬台国」の「台」は、野蛮な貶めた漢字ではなく
尊い人にのみ使われる漢字です。
たしか、王が居る場所を示した漢字だったと思います。
なので、徹底的に魏志倭人伝に従った考察を進めるのであれば…
高名な歴史家たちが、注釈も付けずに勝手に訂正し
他の人々も疑問なく従った「邪馬台国」を信じては駄目です。
丁寧に作られた動画なのに、そこが勿体ないなと思いました。
まあ、そんな名前なんて根幹の知識が偽装されてるなんて
普通は思いもしないですから仕方ないのですけどね。
そして、RUclipsで「やまいこく」もしくは「やまいちこく」を語る動画のほとんどは
そんなことも知らずに疑問なく「邪馬台国」を使っている人たちばかりですけどね(汗)
なので仕方ないことなのでしょうけど… つい 書いてしまいました。
卑弥呼って呼び方が蔑んでいる呼び方で中華文化的考え方が良く出てる
蔑んでいたら金印なんか送らないのでは
@@ソーソー-d1k
金印でも下賜された物だから
身分が上の者から下の者に送る物だから身分の上下が有る
親魏倭王の金印はかなり高ランクやで。当時、このランクは魏の周辺国で邪馬台国と大月氏国の2カ国しか貰ってない。他の国はもっと低ランクの位置付け。魏は邪馬台国や卑弥呼を決して軽んじてたわけじゃない。
面白かったですよ~。
「卑」弥呼と「邪」馬台の漢字は、必ずしも中華思想というわけではありません。同じ時代の中国にも、地名には「卑梁」「卑耳山」「琅邪(ろうや、諸葛亮または王導の出自)」「邪谷」があり、姓には「卑諶」(『漢書』に中上、すなわち九品の中の第四位)とその子孫卑整(議郎という官位にいる)のような人もあり、単なる音訳だと思います。例えば同じ時代に中国(漢または魏)と時々揉めて戦争になる「高」句驪(後の朝鮮と違って高句驪は北アジア風の民族であった)、烏桓(桓は武の意味)もわざと悪い漢字を使うことはありませんでした。またその時のクシャーナも漢字で「貴」霜と書いており、もし司馬懿が自分の功績を誇るなら、わざと悪い漢字を使う理由もありませんでした。ちなみに、漢と時々戦争になった羌の名前の当て字も、無弋爰劍、滇良、號良、盧璴、封良があり、部落名の当て字も吾良、鞏唐などがあり、必ずしも悪い漢字を使うことはありませんでした。 中華思想は確かに歴史上にありました。そしてその中国の生意気さも事実でした。しかし、音訳における漢字の使用において、歴史上必ずしもわざと変な文字を使っていたわけではありません。漢朝の時代はおそらくそんなことには意識的ではなかったと思います。
神武天皇の実在自体が証明されていないのに
卑弥呼当時に大和王権が存在していたという決めつけが最悪
学問じゃなくて宗教じゃん
卑弥呼自体誰か解って無いからねぇ😅
卑弥呼って呼び名は魏の国の王が呼んだあだ名みたいな物だから、ぶっちゃけ何も分かってないんよね😅
こういう話が出てくるとき思うのが、以前の説がまた復活する可能性もゼロではないというとこかな・・・。
本当にどうしようもなく疑いようのない史料が出てきたら、それを信じるべきとは思うけど、可能性なら、完全な否定も難しいのでないかとも思います。
つまりデータも資料も沢山残しておかないと駄目だという事です。
志賀島で発掘されたという金印。 この金印、福岡市博物館で実物が常設展示されています。2000年前の本物なのか、それとも後世の偽物なのか、みなさん自身の目で確かめてみてはいかがでしょう、という記述があるほど、その真偽のほどは今だに不明なのですよ。
卑弥呼は鬼道を使うと書いてあるから、神獣鏡が沢山出土する場所が最有力な候補だよ、何故か九州説の方は無視しますが。
そもそも三国志には鬼道とは初期の道教という記述がある。三世紀以降神獣や前方後円墳に水銀朱が集中して出土する畿内周辺という事になるはず。
旧来は耶麻台と書いて「ヤマト」と読んでいたのを新井白石が改めさせて定着したのが「ヤマタイ」読み。個人的には音韻の変化などからヤマタイ読みには若干の疑義がある。
他の人も言ってるが卑や邪の字を相手を卑しめるための当て字であるという発想自体に無理があるのは正史三国志の地名や人名に照らしても明らかだし、そもそも「中華思想」なる概念自体が20世紀の日本の学界筋で提唱されたものであり、今日その再検討が叫ばれてるのをご存じかな。
教科書に載らなくなった卑弥呼や坂本龍馬を知らない子供が増えてくると思うと寂しいですね。
「高校日本史」からは消えても
「小中学校社会」からは消えませんよ。
特に卑弥呼は、小学生が学ぶべき人物例40数名の先頭として現役の学習指導要領に明記されています。
そもそも卑弥呼の卑はいやしいです、女王様に卑しい名前を付けるのか常識で解ります。
解らないセンコウもいるんですW
そろそろ金印も科学的に年代測定したほうがいいな
いや日本書記にはしっかり、日本と書いて耶麻騰と読むって、明らかに邪馬台と読める音を解説してるんだが。
これあんまり知られてないの何故
商売上の都合w 邪馬台をヤマトと読むというのはちょくちょく指摘されてる(作家の明石散人なども著書で言ってる)が、それで納得してしまえば以後のコンテンツ制作ができなくなるという大人の事情が働いてるからね。写楽なんかも未だにあーだこーだ言ってるのは同じ構図。
耶麻騰は漢文だと「イェマテン」で「ヤマタイ」より「ヤマト」の方が近い。
耶麻騰はやまたいじゃなくてやまと。日本=大和だったんだから何もおかしくない。
これに邪馬台国云々は何も関係ない。
そして「日本書記」じゃなくて「日本書紀」
@@tg-rf2wi 邪馬台=耶麻騰 って読むって考える層に向けてのレスだから。「読まない」って考える君は無視してて良いよ。
で君の脳内では日本=大和と同じ読みが抵抗無く受け入れてるんだもんな(笑)
元々やまとと呼んでた国の字を
日本とした後もそのままやまとと呼んでただけ。
そして「日本書記」じゃなくて「日本書紀」
んー、良いねは押したけどなんか食い足りないな…
卑弥呼は馬超と同世代だったのかな?
蜀には使者を送ってないのかな 劉禅と謁見いたしました
内陸国である蜀とどうやって日本が使者が行き来するのか疑問。
つーか蜀に送っているなら地理的に呉にも送っていそうな気がするが。
魏書東夷伝ではなく魏志倭人伝等と奇妙な通称が定着したのは、後漢書東夷伝と混同しない為なのでしょうね。魏志は本国でも別の魏書との混同を避ける為の略称ですが。
いや、実際に魏志の中の『夏侯惇伝』、『荀彧伝』などの武将・宰相・官僚などの列伝の末尾に『倭人伝』があるんだよ。だから『魏志』『倭人伝』で間違いない。
割と簡素な記述だけど、それでも蜀書の黄忠伝とか趙雲伝より長かった気がする。
@@山田文汰 邪馬台国に関しては三国志魏書の東夷伝の中の倭人の条にある記載ですから通常表記なら「魏書(魏志)東夷伝に記載されている」と省略される筈なので、そうならず魏志倭人伝という奇妙な通称が定着しているのは後漢書との混同を避ける為であろうという意味です。魏志倭人伝という通称が明確に間違っているとまでは言いません、便宜を図った通称になっているという事です。
邪馬台はヤマトと読み、ヤマト王権と同じものではないのですか?
卑弥呼が教科書から消される以前に、近畿に大和朝廷が出現して以降、特に大化の改新以降から江戸時代まで隠されて来たんですよね。大和朝廷と邪馬台国と卑弥呼の繋がりを意図的に切ったのは、邪馬台国の卑弥呼が魏に朝貢してたから別の国としたのでしょう。現在の徳島に邪馬台国政権中枢があった説が出ているけど、その説が一番辻褄が合うので有望だと思うし、徳島に来る以前の大和朝廷が何処から来たのかは不明ですが、畿内に移る前の大和朝廷が徳島から来たとすれば、邪馬台国とは畿内に移る前の大和朝廷そのものだったと思う。
意図的に切ったんじゃなくて繋がってる証拠が何一つ無いだけ。
何の証拠もないのに繋がってた前提で語るのがおかしいだけ。
@@tg-rf2wi
推古天皇で終る古事記と持統天皇で終る日本書記から皇統を見ても「意図的」ですよ。それは近代の江戸幕府も加担しました。
そもそも神武天皇から「2600年強の皇統」と嘔う割には、紀元前から四世紀の仁徳天皇までの系譜は所々辻褄合わせで間延びしたように異常に長生きにされてます。成務天皇・仁徳天皇ですら何処にいて何をしていたのかすら「神話」にされ、他は明確にされていない。
更に、宮内庁の系譜を再度良く見ると卑弥呼がいたとされる仲哀天皇から応神天皇の間が実際切れてます。
魏史倭人伝でも、「従来は男性が王だったが国内争乱がどうにもならないので能力のある女性を王にし、弟が補佐した」とありますね。
これが天照大御神と須佐之男の話しの元でしょう。家系が中大兄皇子系だったので、こんなこと言いたくないですが・・・
確かに、大和朝廷の古代史を明らかにするためには、仁徳天皇陵を始め封鎖されている古墳を片っ端から調査するべきですね。
尤も、大和朝廷の古代史や邪馬台国よりも、東日本側にあったとされる「日高見国」の方が更に謎で、過去にも現代にも教科書に載ったことすらありませんので、本当に教科書どころか日本の歴史から消されてるのは、こちらの方でしょうけど。
多くの人が魏志の東夷の倭人の条しか見ずにあれこれ言っているけど、同じ東夷伝の中の朝鮮にあった三国については分量も少なく、非常にあっさりと触れているだけである。倭人の条だけ異常に長く細かい。魏から見て朝鮮のほうが近いのでよく分かるはずなのに、記述は短い。なぜなのだろうか。また、邪馬台国のほかに連合している国々の場所がさっぱり分からず、日本語の音に基づいた「カナサナ国」なんてすぐ分かりそうなのに全然分からない。もはや創作なのではないだろうか。
女帝だったこと。
神通力者だったこと。
コレが気に入らない連中が
消すんだろな。
歴史だけは自分で探しに行かないとウソまみれやからね。
卑や邪という字が使われていることや中国に臣従しようとしていた記述を愛国者の方々が憎んでいるんですよ。
それに当時の日本には今に残る文字がないということもコンプレックスだしね。
縄文時代にも象形文字や土器に記号があったんだから弥生時代にも何かしらあって良さそうなものなんだけどね。
ヤマタノオロチ…
そもそも「卑しい」だの「よこしま」だのと言った字を日本人が自分につける訳がないよ。卑弥呼がいたとしても、当然日本の書物では別の名、別の字が使われているに決まってるでしょ。
古事記や日本書紀に記載がないと日本歴史と認めないなら、あんたたちも記事がないから日本人じゃないな
卑弥呼もいないし、金印も偽物でしょ!