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チーム一筋の現役生活に幕――夏侯惇「監督と一緒だからここまで来れた」許昌新聞web版10月30日(日)15: 50配信 勝負強いバッティングと堅実な外野守備からファンに愛された夏侯惇元譲外野手が、今季限りでユニフォームを脱ぐ。 29日に許昌市内の球団事務所で会見を行い、冒頭「幸せな時間を過ごす事ができました。夢のような日々でした」と笑顔で語った夏侯惇。 「曹操監督と一緒だったからここまでやって来れたんだと思います」と、同じく今季限りでの退任が決まっている曹操監督への思いを語った夏侯惇の目には光るものがあった。 曹操監督の退任報道から一ヶ月。後を追うような引退表明に、「何かこう、自分を支えていた何かが切れてしまったような。燃え尽きてしまったような感覚。老け込んだというか……だからきっと、これが一つの区切りなのかな」と複雑な心境を明らかにした。 夏侯惇は184年、“乱世の奸雄”と称されたゴールデンルーキー曹操と共にドラフト3位で入団。巧打と堅守を売りに早くから頭角を表す。 試合中に受けた死球によって左目の視力を失う大怪我を負いながらも、ハンデを感じさせないプレーで多くのファンを魅了した夏侯惇は、曹操が監督に就任した後も第一線で“盟友”を支え続けた。 球団からは引退後にコーチへの就任が打診され一度は受諾したものの、改めてこれを辞退した。 今後について、「まずは監督……いや孟徳と(夏侯)淵を誘って温泉旅行でもしようかな」とおどけて集まった記者団を笑わせた夏侯惇。 会見場を後にする際、球団旗に深々と一礼するその背中には、“常勝軍団”魏の歴史にひとつの幕が降りたのだと確かに感じさせる物悲しさがあった。
イメージとしては西武の栗山だなぁ…球団への忠誠心とか、球数稼いだり四球選んだり、目立たないとこで貢献してるとことか。
蒼天航路のイメージが強すぎる。暖かだな惇
「兵卒の夏侯惇です。よろしく。」
脳筋猛将のイメージがあるけど、実際には滅茶苦茶人望があって内政抜群の知勇兼備の名将。あれだけの猛将達を束ねていたのに悪口全く言われないのも凄い。
蒼天航路だとメインヒロインを通り越して曹操のオカン状態だったようなwそれはともかく桃園の誓いにあった「同年同月同日に死せん事を願わん」、この願いを叶えたのが劉備の宿敵である曹操と夏候惇というのは皮肉としか言いようがないですね。
内政できる、部下・将からの信頼も厚い(嫉妬されない)、負け戦で死なない、絶対に裏切らないこんなの曹操じゃなくても喉から手が出るほど欲しいよね
蒼天航路では曹操に何度か軍才の無さをいじられていたような。個人的に一番好きなシーンは「迷子の夏侯惇陽平関を落とす」です。劉備陣営では関羽がこういう立場にならないといけないんですけどね。というか関羽自身は自分も夏侯惇的なポジションの存在と自認していたのでは。ところが黄忠や馬超と同格に扱われた事に怒り、この二人とは格が違うことを証明しないといけないと焦った。これが樊城の戦いの関羽の異常な言動の心理的背景だと考えています。
今まで見てきたRUclipsの三国志系のコメント欄の中で、もっとも「たしかに」と思いました。貴方のコメント。勉強になります。
馬超は言わずもがな馬援の子孫で名門、黄忠も元劉表配下の将軍で荊州武人にとっては十分過ぎるほど求心力の高い人間で後漢の名士・黄香の子孫とも伝わるこれまた名門、それに比べりゃ関羽は確かに名門嫌いでコンプレックス持ちそうだ
夏侯惇がメインヒロイン…? 何も可笑しい所はないな!
副葬品が剣一振りだったという話もあるね。夏侯惇大好きです。
荀彧が多くの人材を発掘してるのと同じように、夏侯惇も韓浩や典韋といった優秀な人材を発掘してるという共通点がありますよね。
関羽を曹操が好きなのを分かって心の中でずっと曹操のことを想っているのは可愛いです
関羽の背後を孫権が攻めたのも、夏侯惇が26軍の総司令官として呉を降伏させていたからなので、夏侯惇の功績は大きいんですよねえ。なによりこの時代において、「絶対に」裏切らないということの大切さ。
曹操「惇は俺の臣なんかじゃないからな!(キラリ)」夏侯惇(惇は孟徳の一番の臣でいたいのに…)
夏侯惇って、戦に勝てはしなかったけど、捕虜になったり片目を失ったりしても戦死することは無かったんだよね。負け戦になってもしぶとく生き残ることも大将の勤めだ。大将がいなくなれば、将兵には全滅しか無くなるもんね。
この点は定軍山で戦死した族弟の夏侯淵と対照的。しかし彼らの子孫の出来不出来も対照的w
鏡を割ったエピソードは、儒教における"孝"を夏侯惇が重視していたからだと思います。当時は後天的であっても治らない障害を残すのはかなりの親不孝とされたとか。師匠を侮辱した者を斬ったのも、師匠の名誉を守る為と考えると夏侯惇の人柄はやはり真面目なんですね。
人柄・忠誠心と能力が信用できるNo.2がいる事は大きいですね。
将の将というのはしっくりくる表現ですね。確かに戦の勝った負けたは分かりやすくて記録に残りやすいですが、軍隊も将と兵だけで成り立ってる訳ではないので、夏侯惇はどちらかというとそういう裏方面で能力を発揮していたんだろうなと思います。曹仁、程昱と並んで魏国建国の最たる功臣に選ばれてるわけですし。そういう意味では軍人でありながら政治力の高い人物だったのかなと個人的には思っています。若い頃のエピソードから考えると、大きくなっていく組織の中で単なる軍人ではなく、自身の役割を自覚して成長していった人物のように感じました笑
後漢末〜三国時代だけでも夏侯惇と同じ様な立場の人物で超絶ヘマこいたり裏切ったりが少なくない中普通に有能だと思う軍事政治問わずに大過なく職務を全うして尚且つ物凄い権限与えても何の不安も問題も無い曹操はめちゃくちゃ助かったと思う
他勢力からの将を吸収した曹操軍には管理職が必要だけど、夏候惇が引き受けたことになんだか左目だけでなく、胃も痛かったかもしれない
夏侯惇の嫁もよくできた人だったんじゃないかと思いますねぇ。しょっちゅう上司に呼び出されてるし、部下のために使いきって、財産もほとんど残さなかったという話もあるし、度々鏡も壊されてたんでは。夏侯惇のために胃薬煎じてる奥様を想像しちゃうww
ヒロインアンケートで夏侯惇がダントツ!笑った!
親友にも裏切られた経験のある曹操からしたら人望もある上に絶対に裏切らない将軍ってそれだけでも貴重でしょう
夏侯惇は曹操個人にとっても曹操軍全体にとっても「外付け制御回路」と思ってます
まさしくそれ
夏侯惇は男の娘ハッキリわかんだね
軍事よりも内政、人事に功績の有った人なのに、猛将、豪傑のイメージがついたのは、晩年に大将軍に就任した事と、ずっと後の時代の猛将李克用が隻眼だったから、夏侯停にも猛将のイメージがついたんですかね?
ある意味夏侯惇は曹操の半身とも言える立ち位置の人なのかもしれませんね〜曹操を支える事に特化した人材(人財とも言えそう)、曹操のやりたい事を大小様々な歯車が綺麗に回るように対応している様な関係ですね。
夏侯惇が伏波将軍やってた時の権限を知ると曹操がいかに彼を信頼してたかわかるね
自ら兵の中に入っていく将という点ではロンメルも思い浮かびます。多種多様な将や賢者、様々な地域の兵や民などをまとめ上げるためにも欠かせない人物で忠誠心も比類無いなら、そりゃあ人気も出ますね。猛将や知将、戦上手な将は何人も挙がるかと思いますが、夏侯惇は「仁者」であり「忠臣」でもあり、曹操にとっては特別な信頼がおける人物だったのでしょう。
何だ、ツンデレ惇兄とは蒼天航路か?
夏侯惇大好きです❣️
群雄の1人の如く振る舞っていた劉備配下の関羽とは雲泥の差だそして夏侯惇のような重臣がいたことからも改めて曹操の偉大さが伺える。惜しむらくは当時の大衆の愚劣さか。燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんやとはよく言ったもの……
いつも楽しく拝見しています^ ^今までゴツいイメージだったのが、急に可愛く見えてしまいました笑笑
惇兄ぃ…😭
逆に辛い時代から華々しい活躍はないけど堅実な仕事は任せられるっていう感じだからこそ、曹操から脅威を感じられず粛清という考えにはならなかったのかもね
格ゲーの三國無双の夏侯惇EDでは、夏侯惇が自分の目ん玉を食べるシーンが使われてた想い出。
夏侯惇大好きなので、嬉しいです!ありがとうございます(^▽^)
つまり夏侯惇は谷垣ニシパであったと
吉川三国志や横山三国志なら「かこうじゅん」、それ以降なら「かこうとん」で呼べばいいと思ってます。でも孫乾を「けん」で呼ぶのだけは納得いかない…堅と権の親子だけでややこしいのに、「かん」で読める物を何でわざわざ「けん」で読むのか…
「いえ、なんでもない、です」
不臣の礼のエピソードいいですねえ。めっちゃ好きです😘ただちょっと思うことは夏侯惇の抗議で魏の将軍位を与えるとき、満を持して曹操が与えたのが『前将軍』で(別に低くはないんだけど)一瞬「あれ🙃?」って思うんですよねまあこれは九品中正による魏の官位整理前の話でかつ曹丕が皇帝即位する前ということで三国志後半で我々がよく聞く『征ナントカ将軍』とか『ホニャララ大将軍』が大量生産される以前つまりほぼ後漢の将軍位を踏襲している時期の任官であったのでむしろ『四方将軍の筆頭としての前将軍(←まあまあ偉い✨)』なのかなと勝手に納得しています( ´艸`)(そういえば関羽も漢中王旗下で前将軍を拝命していましたしね)
HELLSINGのペンウッド卿みたいな感じかな?もちろん戦闘力のある
曹操好きの私には、間違いなくヒロインですよ。戦下手と言われようと、信頼できる右腕です。
トニーやったら淵ジェルお願いします。
明帝(曹叡)の時代になると夏侯惇は魏の功臣の中で功勲が顕著な者として曹仁、程昱と共に曹操の廟庭に最初に祀られた。
兵卒の夏侯惇です。よろしく
男なのにメインヒロインといえば、遊戯王の双六じいちゃんもw
夏侯惇は思うに勝ってた戦はあまり記載されず、逆に負け戦のみがクローズアップされてったんじゃないかな?そして夏侯惇は負け戦から多くを学んでより大きい人間に成長していったから曹操からも信頼厚く遇されたんじゃないですかね。。。・・・でもまとめ役・仲裁役という立場でいえば夏侯惇より趙ゲンの方が個人的には好きです^^;(震え声)趙ゲンのことあんま詳しく知らないんですけどね・・・(小声)
この時代、鏡は青銅に錫めっき?へし折るのかな。
メインヒロインwまぁ確かに曹操の正妻ですもんね
北方三國志の描き方が一番イメージ近いように感じます。
曹操の配下を自称する曹操のズッ友
夏侯惇を女体化させてガチのヒロインにした作品がございましてな…
とんでも三国志という本で両手を上に縛り上げられ、上半身を裸にされた夏候惇のイラストありました。💦蒼天航路の夏候惇、ブチ切れ間違いなしです。こおいう人物が、組織には、必要ですね。本人、いやでしょうが。
三国志、そして、魏を代表するヒロイン❤
鏡を見るたびに地面に投げつけたのは、夏侯淵と区別するために「盲夏侯」と呼ばれたのが愛称ではなく蔑称・揶揄に感じたからであろう。しかし、この負傷よりも人質になったことの方が武人として何より屈辱だったのではないか。それでも、これらの失態を乗り越えて活躍したのは、本人の尽力はもちろん、彼を用いた曹操の君主としての器の大きさがあってのことだろう。なお、夏侯惇は性格は清潔にして慎まやかで、余分な財貨をいつも分け与えて財産作りをしなかったという。こういう所も主君や部下たちに愛されたのかもしれない。
曹操と夏侯惇には血縁関係が無かった可能性があるというのを読んだ事があります。というのも曹操と夏侯惇が従兄弟というのは曹瞞伝(呉人が書いた曹操ネガキャン本)しかなく、一次資料の裏付けが全く無いという。そもそも夏侯家というのは曹操の地元沛国を根拠に構える大豪族(地元の最有力者)であり、夏侯惇はその家長だった。地元の力関係で言えば夏侯惇>>曹操という訳ですね。いわば夏侯惇は曹操の創業時からの最大のスポンサーであり、曹操が夏侯惇を家臣にしなかったのも当然…というより"力関係上、家臣に出来る筈がなかった"というのが正しいのでしょうね。しかし夏侯惇と曹操の関係を「血縁関係も主従関係も無い『地元のエライ人』が創業時から一度も裏切る事なく身を粉にして支えてくれた」と表現すると、その貴重っぷりがよく分かります。偏に夏侯惇の家柄と人柄の奇跡のマッチングが生んだ幸運と呼ぶべきでしょう。
ちなみに付け加えると夏侯惇は家柄ゆえに士丈夫・名士層の高慢チキ連中にバカにされず対等に話をすることが出来、人柄ゆえに叩き上げの武人や部下達にも慕われる。関羽と張飛の良い所を煮詰めて悪い所を取り払ったような人間力をしてますよね。それこそ本当に家柄と人柄の奇跡のマッチングで、組織の相談役をするために生まれてきたような男。夏侯惇の紹介で曹操に仕えた人材も数多く、人脈のパイプも上にも下にも横にも相当に広かったみたいですね。田疇みたいなガチの世捨て人の変人とも親交を結んでたみたいですしwww
韓浩は演技で割食った印象
夏侯惇が魅力的に描かれているという蒼天航路読んでみるかな…でも三国志はこういう解説動画とか三国志13PKくらいでしか触れたことないんだよな
夏候惇の声の人ってカブタックやトランクスと同じ人なんだよな
桜木花道もお忘れなく。
サムネずるいww
僕は悪くない。アンケートで夏侯惇を一位にしてしまったみんなが(
曹仁より無茶振りされてる演技被害者かなぁそれだけ優秀だから人材コレクターが、重用するんだろうねぇ〜😇曹操陣営が不利の別働隊率いてるイメージしか無い、、、
カコウジュン?だれ?
オーベルシュタイン荀彧「ふむ、無能なナンバー2なら排除は無用だな、生かし活かすか」
チーム一筋の現役生活に幕――夏侯惇「監督と一緒だからここまで来れた」
許昌新聞web版
10月30日(日)15: 50配信
勝負強いバッティングと堅実な外野守備からファンに愛された夏侯惇元譲外野手が、今季限りでユニフォームを脱ぐ。
29日に許昌市内の球団事務所で会見を行い、冒頭「幸せな時間を過ごす事ができました。夢のような日々でした」と笑顔で語った夏侯惇。
「曹操監督と一緒だったからここまでやって来れたんだと思います」と、同じく今季限りでの退任が決まっている曹操監督への思いを語った夏侯惇の目には光るものがあった。
曹操監督の退任報道から一ヶ月。後を追うような引退表明に、「何かこう、自分を支えていた何かが切れてしまったような。燃え尽きてしまったような感覚。老け込んだというか……だからきっと、これが一つの区切りなのかな」と複雑な心境を明らかにした。
夏侯惇は184年、“乱世の奸雄”と称されたゴールデンルーキー曹操と共にドラフト3位で入団。巧打と堅守を売りに早くから頭角を表す。
試合中に受けた死球によって左目の視力を失う大怪我を負いながらも、ハンデを感じさせないプレーで多くのファンを魅了した夏侯惇は、曹操が監督に就任した後も第一線で“盟友”を支え続けた。
球団からは引退後にコーチへの就任が打診され一度は受諾したものの、改めてこれを辞退した。
今後について、「まずは監督……いや孟徳と(夏侯)淵を誘って温泉旅行でもしようかな」とおどけて集まった記者団を笑わせた夏侯惇。
会見場を後にする際、球団旗に深々と一礼するその背中には、“常勝軍団”魏の歴史にひとつの幕が降りたのだと確かに感じさせる物悲しさがあった。
イメージとしては西武の栗山だなぁ…
球団への忠誠心とか、球数稼いだり四球選んだり、目立たないとこで貢献してるとことか。
蒼天航路のイメージが強すぎる。暖かだな惇
「兵卒の夏侯惇です。よろしく。」
脳筋猛将のイメージがあるけど、実際には滅茶苦茶人望があって内政抜群の知勇兼備の名将。あれだけの猛将達を束ねていたのに悪口全く言われないのも凄い。
蒼天航路だとメインヒロインを通り越して曹操のオカン状態だったようなw
それはともかく桃園の誓いにあった「同年同月同日に死せん事を願わん」、この願いを叶えたのが劉備の宿敵である曹操と夏候惇というのは皮肉としか言いようがないですね。
内政できる、部下・将からの信頼も厚い(嫉妬されない)、負け戦で死なない、絶対に裏切らない
こんなの曹操じゃなくても喉から手が出るほど欲しいよね
蒼天航路では曹操に何度か軍才の無さをいじられていたような。個人的に一番好きなシーンは「迷子の夏侯惇陽平関を落とす」です。
劉備陣営では関羽がこういう立場にならないといけないんですけどね。というか関羽自身は自分も夏侯惇的なポジションの存在と自認していたのでは。ところが黄忠や馬超と同格に扱われた事に怒り、この二人とは格が違うことを証明しないといけないと焦った。これが樊城の戦いの関羽の異常な言動の心理的背景だと考えています。
今まで見てきたRUclipsの三国志系のコメント欄の中で、もっとも「たしかに」と思いました。
貴方のコメント。
勉強になります。
馬超は言わずもがな馬援の子孫で名門、黄忠も元劉表配下の将軍で荊州武人にとっては十分過ぎるほど求心力の高い人間で後漢の名士・黄香の子孫とも伝わるこれまた名門、それに比べりゃ関羽は確かに名門嫌いでコンプレックス持ちそうだ
夏侯惇がメインヒロイン…? 何も可笑しい所はないな!
副葬品が剣一振りだったという話もあるね。
夏侯惇大好きです。
荀彧が多くの人材を発掘してるのと同じように、夏侯惇も韓浩や典韋といった優秀な人材を発掘してるという共通点がありますよね。
関羽を曹操が好きなのを分かって心の中でずっと曹操のことを想っているのは可愛いです
関羽の背後を孫権が攻めたのも、夏侯惇が26軍の総司令官として呉を降伏させていたからなので、夏侯惇の功績は大きいんですよねえ。なによりこの時代において、「絶対に」裏切らないということの大切さ。
曹操「惇は俺の臣なんかじゃないからな!(キラリ)」
夏侯惇(惇は孟徳の一番の臣でいたいのに…)
夏侯惇って、戦に勝てはしなかったけど、捕虜になったり片目を失ったりしても戦死することは無かったんだよね。
負け戦になってもしぶとく生き残ることも大将の勤めだ。大将がいなくなれば、将兵には全滅しか無くなるもんね。
この点は定軍山で戦死した族弟の夏侯淵と対照的。しかし彼らの子孫の出来不出来も対照的w
鏡を割ったエピソードは、儒教における"孝"を夏侯惇が重視していたからだと思います。当時は後天的であっても治らない障害を残すのはかなりの親不孝とされたとか。
師匠を侮辱した者を斬ったのも、師匠の名誉を守る為と考えると夏侯惇の人柄はやはり真面目なんですね。
人柄・忠誠心と能力が信用できるNo.2がいる事は大きいですね。
将の将というのはしっくりくる表現ですね。確かに戦の勝った負けたは分かりやすくて記録に残りやすいですが、軍隊も将と兵だけで成り立ってる訳ではないので、夏侯惇はどちらかというとそういう裏方面で能力を発揮していたんだろうなと思います。曹仁、程昱と並んで魏国建国の最たる功臣に選ばれてるわけですし。そういう意味では軍人でありながら政治力の高い人物だったのかなと個人的には思っています。
若い頃のエピソードから考えると、大きくなっていく組織の中で単なる軍人ではなく、自身の役割を自覚して成長していった人物のように感じました笑
後漢末〜三国時代だけでも夏侯惇と同じ様な立場の人物で超絶ヘマこいたり裏切ったりが少なくない中普通に有能だと思う
軍事政治問わずに大過なく職務を全うして尚且つ物凄い権限与えても何の不安も問題も無い
曹操はめちゃくちゃ助かったと思う
他勢力からの将を吸収した曹操軍には管理職が必要だけど、夏候惇が引き受けたことに
なんだか左目だけでなく、胃も痛かったかもしれない
夏侯惇の嫁もよくできた人だったんじゃないかと思いますねぇ。
しょっちゅう上司に呼び出されてるし、部下のために使いきって、財産もほとんど残さなかったという話もあるし、度々鏡も壊されてたんでは。
夏侯惇のために胃薬煎じてる奥様を想像しちゃうww
ヒロインアンケートで夏侯惇がダントツ!笑った!
親友にも裏切られた経験のある曹操からしたら
人望もある上に絶対に裏切らない将軍ってそれだけでも貴重でしょう
夏侯惇は曹操個人にとっても曹操軍全体にとっても「外付け制御回路」と思ってます
まさしくそれ
夏侯惇は男の娘ハッキリわかんだね
軍事よりも内政、人事に功績の有った人なのに、猛将、豪傑のイメージがついたのは、晩年に大将軍に就任した事と、ずっと後の時代の猛将李克用が隻眼だったから、夏侯停にも猛将のイメージがついたんですかね?
ある意味夏侯惇は曹操の半身とも言える立ち位置の人なのかもしれませんね〜
曹操を支える事に特化した人材(人財とも言えそう)、曹操のやりたい事を大小様々な歯車が綺麗に回るように対応している様な関係ですね。
夏侯惇が伏波将軍やってた時の権限を知ると曹操がいかに彼を信頼してたかわかるね
自ら兵の中に入っていく将という点ではロンメルも思い浮かびます。
多種多様な将や賢者、様々な地域の兵や民などをまとめ上げるためにも欠かせない人物で忠誠心も比類無いなら、そりゃあ人気も出ますね。
猛将や知将、戦上手な将は何人も挙がるかと思いますが、夏侯惇は「仁者」であり「忠臣」でもあり、曹操にとっては特別な信頼がおける人物だったのでしょう。
何だ、ツンデレ惇兄とは蒼天航路か?
夏侯惇大好きです❣️
群雄の1人の如く振る舞っていた劉備配下の関羽とは雲泥の差だ
そして夏侯惇のような重臣がいたことからも改めて曹操の偉大さが伺える。惜しむらくは当時の大衆の愚劣さか。燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんやとはよく言ったもの……
いつも楽しく拝見しています^ ^
今までゴツいイメージだったのが、急に可愛く見えてしまいました笑笑
惇兄ぃ…😭
逆に辛い時代から華々しい活躍はないけど堅実な仕事は任せられるっていう感じだからこそ、曹操から脅威を感じられず粛清という考えにはならなかったのかもね
格ゲーの三國無双の夏侯惇EDでは、夏侯惇が自分の目ん玉を食べるシーンが使われてた想い出。
夏侯惇大好きなので、嬉しいです!
ありがとうございます(^▽^)
つまり夏侯惇は谷垣ニシパであったと
吉川三国志や横山三国志なら「かこうじゅん」、それ以降なら「かこうとん」で呼べばいいと思ってます。
でも孫乾を「けん」で呼ぶのだけは納得いかない…
堅と権の親子だけでややこしいのに、「かん」で読める物を何でわざわざ「けん」で読むのか…
「いえ、なんでもない、です」
不臣の礼のエピソードいいですねえ。めっちゃ好きです😘
ただちょっと思うことは夏侯惇の抗議で魏の将軍位を与えるとき、満を持して曹操が与えたのが『前将軍』で(別に低くはないんだけど)一瞬「あれ🙃?」って思うんですよね
まあこれは九品中正による魏の官位整理前の話でかつ曹丕が皇帝即位する前ということで三国志後半で我々がよく聞く『征ナントカ将軍』とか『ホニャララ大将軍』が大量生産される以前つまりほぼ後漢の将軍位を踏襲している時期の任官であったのでむしろ『四方将軍の筆頭としての前将軍(←まあまあ偉い✨)』なのかなと勝手に納得しています( ´艸`)(そういえば関羽も漢中王旗下で前将軍を拝命していましたしね)
HELLSINGのペンウッド卿
みたいな感じかな?
もちろん戦闘力のある
曹操好きの私には、間違いなくヒロインですよ。
戦下手と言われようと、信頼できる右腕です。
トニーやったら淵ジェルお願いします。
明帝(曹叡)の時代になると夏侯惇は魏の功臣の中で功勲が顕著な者として曹仁、程昱と共に曹操の廟庭に最初に祀られた。
兵卒の夏侯惇です。よろしく
男なのにメインヒロインといえば、遊戯王の双六じいちゃんもw
夏侯惇は思うに勝ってた戦はあまり記載されず、逆に負け戦のみがクローズアップされてったんじゃないかな?
そして夏侯惇は負け戦から多くを学んでより大きい人間に成長していったから曹操からも信頼厚く遇されたんじゃないですかね。。。
・・・でもまとめ役・仲裁役という立場でいえば夏侯惇より趙ゲンの方が個人的には好きです^^;(震え声)
趙ゲンのことあんま詳しく知らないんですけどね・・・(小声)
この時代、鏡は青銅に錫めっき?へし折るのかな。
メインヒロインwまぁ確かに曹操の正妻ですもんね
北方三國志の描き方が一番イメージ近いように感じます。
曹操の配下を自称する曹操のズッ友
夏侯惇を女体化させてガチのヒロインにした作品がございましてな…
とんでも三国志という本で両手を上に縛り上げられ、上半身を裸にされた夏候惇のイラストありました。💦蒼天航路の夏候惇、ブチ切れ間違いなしです。こおいう人物が、組織には、必要ですね。本人、いやでしょうが。
三国志、そして、魏を代表するヒロイン❤
鏡を見るたびに地面に投げつけたのは、夏侯淵と区別するために「盲夏侯」と呼ばれたのが愛称ではなく蔑称・揶揄に感じたからであろう。しかし、この負傷よりも人質になったことの方が武人として何より屈辱だったのではないか。それでも、これらの失態を乗り越えて活躍したのは、本人の尽力はもちろん、彼を用いた曹操の君主としての器の大きさがあってのことだろう。なお、夏侯惇は性格は清潔にして慎まやかで、余分な財貨をいつも分け与えて財産作りをしなかったという。こういう所も主君や部下たちに愛されたのかもしれない。
曹操と夏侯惇には血縁関係が無かった可能性があるというのを読んだ事があります。というのも曹操と夏侯惇が従兄弟というのは曹瞞伝(呉人が書いた曹操ネガキャン本)しかなく、一次資料の裏付けが全く無いという。
そもそも夏侯家というのは曹操の地元沛国を根拠に構える大豪族(地元の最有力者)であり、夏侯惇はその家長だった。地元の力関係で言えば夏侯惇>>曹操という訳ですね。
いわば夏侯惇は曹操の創業時からの最大のスポンサーであり、曹操が夏侯惇を家臣にしなかったのも当然…というより"力関係上、家臣に出来る筈がなかった"というのが正しいのでしょうね。
しかし夏侯惇と曹操の関係を「血縁関係も主従関係も無い『地元のエライ人』が創業時から一度も裏切る事なく身を粉にして支えてくれた」と表現すると、その貴重っぷりがよく分かります。偏に夏侯惇の家柄と人柄の奇跡のマッチングが生んだ幸運と呼ぶべきでしょう。
ちなみに付け加えると夏侯惇は家柄ゆえに士丈夫・名士層の高慢チキ連中にバカにされず対等に話をすることが出来、人柄ゆえに叩き上げの武人や部下達にも慕われる。関羽と張飛の良い所を煮詰めて悪い所を取り払ったような人間力をしてますよね。それこそ本当に家柄と人柄の奇跡のマッチングで、組織の相談役をするために生まれてきたような男。
夏侯惇の紹介で曹操に仕えた人材も数多く、人脈のパイプも上にも下にも横にも相当に広かったみたいですね。田疇みたいなガチの世捨て人の変人とも親交を結んでたみたいですしwww
韓浩は演技で割食った印象
夏侯惇が魅力的に描かれているという蒼天航路読んでみるかな…
でも三国志はこういう解説動画とか三国志13PKくらいでしか触れたことないんだよな
夏候惇の声の人ってカブタックやトランクスと同じ人なんだよな
桜木花道もお忘れなく。
サムネずるいww
僕は悪くない。アンケートで夏侯惇を一位にしてしまったみんなが(
曹仁より無茶振りされてる
演技被害者かなぁ
それだけ優秀だから人材コレクターが、
重用するんだろうねぇ〜😇
曹操陣営が不利の別働隊率いてる
イメージしか無い、、、
カコウジュン?だれ?
オーベルシュタイン荀彧「ふむ、無能なナンバー2なら排除は無用だな、生かし活かすか」
曹操の配下を自称する曹操のズッ友