Why Didn't the Japanese Use Shields? Or Did They?
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- Опубликовано: 18 окт 2024
- This time, I will explain the reason why Japanese samurai don't use shields!
When you think of samurai equipment, the image of a beautiful Japanese sword and armor comes to mind!
Exactly Bushido! That's what it feels like, but in the first place, is it "without a shield"? Have you ever thought about it?
Warriors such as knights represented in the West use shields and swords for tactics, but why did Japanese samurai not use shields?
日本の侍は重装弓騎兵という世界でも希有な存在だったようですね。様は一人で無双出来る、無双したい、となると重装備で馬に乗って弓も使って長刀も振るう、手が3本か4本ないと盾は無理だしいらねーとなる。だからモンゴル軍をも退けた鎌倉武士団はスーパーサイヤ人並に強かったわけです。単騎または数騎で矢弾を物ともしないお侍様が高速で突っ込んできて近距離弓射でバンバン射倒して突き抜けていく、それで大混乱したところへ長刀徒兵が殺到する。結構強力な防御態勢を整えてないと簡単に破られますね。戦車戦と同じで突っ込んでくる騎乗のお侍をなんとかしないと負けちゃいますよ。
当たらなければどうと言う事は無い!
モンゴルをもっていうが、モンゴル帝国ではなく、元だしなあ。
@@DnPBancho
まあ平野が大好きなモンゴル兵はいなくても、当時世界最先端の技術を持っていた中国にも負けはしなかったんだからすごいっちゃすごいでしょ。
@@DnPBancho 元は人類史上最大の国とも言われてるし普通に凄いけどなw
鎌倉武士団は上陸した元軍に対してボロボロにやられていたそうだが...
あせらずに、まず、古代の時代からの盾や鎧の変遷を説明するとは・・・。すごく丁寧な解説ですね。日本の武士にとっては、弓も基本装備だったので、盾を持つ余裕はなかったという理屈は単純明快でわかりやすい。
ただもうひとつ、日本刀の切れ味を最大限に活かすには、手の内をしっかりと決める必要がある(これが難しい!)ので「日本刀は両手でしっかりと持つ」という概念が武士にはあったというのも大きいと思います。
中世ヨーロッパの刀(?)は「切る」というより「ぶっ叩く」様な使い方をしていた....と聞いた事があります。(アーマードバトルのドキュメンタリーだったかなぁ?)
そう考えるとヨーロッパと日本の「刀」「盾」の用途の違いが明確に分かりますね☺️
@@microtachivich8733
合戦での近接戦の主力は槍だった。刀は個人戦や日常に持ち運ぶ携帯装備としては有効でも、合戦の装備としての価値は低かった。
欧州では槍と盾をもった戦闘スタイルがあったが
日本ではそれもなかったわけではないようだが、あまり観ないな
弓矢のような飛び道具に対応して盾を用いる場合はあったようだが
近接戦では盾のない戦闘のようだ
やはり片手で槍を操るのであれば、威力が劣るからその辺が敬遠されたのかも知れない
@@microtachivich8733 西洋剣は別にぶっ叩いてる訳じゃなかったような気がするんだが気の所為?
@@御神誉黎 さん
そうです。盾で槍や刀を防ぐより、槍で相手を先に殺す方が手っ取り早くて盾より有効なのは明らかです。
現代の長距離ミサイルで攻撃するのが最も有効なのと同じ戦争の原理です。
現状の都市を盾で防衛することは不可能です。
防衛を主力にするなら、地下都市にして防御力を最大化するしかないでしょう。
@@バベル煮込み さん
刺したり、斬ったりもしますが、片手で使う場合は盾も併用する剣術法の様です。
ぶっ叩いてる印象なのは盾を使って防いでいる姿がその様に観えるからだと思います。
戦法の違いは日本人と毛唐との体格差が大きいのでしょう。
体格の大きい毛唐の盾と刀の戦法は二刀流の様に刀と盾を両方使って戦う方法で、日本刀の高速攻撃戦法とは全く異なる戦法です。
どちらが強いかは実際に体力差のある者同士で戦わさないと分からないでしょう。
日本の場合、盾の代わりに肩の"大袖"を使ってました。
鎌倉殿の13人でも、大袖で矢を防ぎながら馬でかけるシーンがありましたね。
左の大袖は、盾の様に使うために右の大袖よりも頑丈に作られているようです。
@@小烏丸岩融
それは知らんかったです😲
確かに、右利きなら左肩で防ぎますもんね。
貴重な情報、ありがとうございます!
大鎧の胴の小札の鉄混ぜも左手側に集中してますよね。(なお胴丸や腹巻は知らん)
弓を引いた時に左手側を敵に向ける事になる事がその理由です。騎射戦が主流であった平安から鎌倉にかけての大鎧は胴が末広がりになっているため、腰ではなく肩で鎧の重さを支えなければならず徒戦には不向きですが、肩の動きに合わせて鎧が回転するため馬上で弓を使う戦い方に非常に適しています。
前方に騎射をしながら敵に突撃する際、大袖を前方に向けて敵の矢を防いでいたようです。重装甲の武士でも弓で攻撃するのは、モンゴルの騎兵と同じです。もし、鎌倉武士がヨーロッパの平原に現れたら、西洋の騎士はモンゴル兵と思うでしょうね。たしかにジンギスカンのモンゴル騎兵と鎌倉武士の突撃姿はよく似ています。しかし、応仁の乱あたりから騎射をする武士の姿は減り、したがって鎧の大袖もやがて姿を消していきます。
右手に刀、左手に盾と分けるより、両手で攻撃も防御も一緒にこなしたほうが楽で効率が良いんですよね。
多分、日本の古武術をやってる人はみんな考えてみんな納得してる気がします。
んなことない。左手に盾があったとしたらそれでぶん殴ってもいいし、体当たりしたっていい。
もっといえば、投げて攻撃したっていい。
盾=防御専門ってわけじゃない。
なんか盾を使わないってことにロマンを感じている人が多いようだが、それがあるにこしたことはない。
ただ、日本の場合は使いたかったけど、戦闘方法や専用の弓兵というものがいなくて、剣も槍も弓も使えるように
していたから少なくとも手に持つ専用の盾をわざわざ持って移動するだけのキャパがなかったというだけ。
追伸:実際の戦いでは兜や、足軽がかぶってたもの(名前忘れた)を左手に持って簡易盾として、右手に武器(刀でもこん棒でもその辺の棒でもいい)
という戦闘をしていたようですよ。
盾が100%ないっていうのは、ロマンからきた妄信。
@@tubekobe9917
日本の刀は鉄も切れる斬鉄剣だよ。だから、戦車の前面装甲レベルじゃないと盾に成らずに横に成る。 車付の盾でも引っ張って戦うのか? (笑)
@@yasudan7690
ペラペラの鉄なら切れるかもしれないけどね。そんなもの戦争に持ち込んでどうするって。
日本すばらしい、番組を鵜吞みにした日本万歳。日本刀万歳の妄信だよ。
ルパン三世じゃないんだから。戦場という過酷なところで振り回してれば折れるときは折れる。刃こぼれだってする。
それにだ、実際の戦いでは相手は動き回っているんだ。さらに必ずしも刀を装備しているわけない。さらに、戦場で使っていた
抱え売りの刀なんて粗悪品もいいところ。
@@tubekobe9917
ペラペラじゃない鉄板の盾なんて片手で持って戦えないよ。
古墳時代頃までは日本も盾が有った。
でも、平安末期に日本刀が開発されて、
片手で持って戦える盾は刀に有効じゃ無かったから廃れたんだよ。
戦国時代に成ったら鉄砲が使われて盾が役立たずに成ったので廃れたのは、欧州も同じだよ。 (笑)
平地が多ければ盾を並べて前進なんてことが事が出来たんでしょうけど、日本は狭い道や阪や山岳や峠、森林、湿地が多いですから重い鎧を着て盾を持つとか「こけたら」終わりですものね
乱戦になると石、小石、砂や土だって武器になるわけですが、接近戦で意味をなすはずの盾は邪魔にしかならない(宮本武蔵も数人にこれやられた無理とか言ってたような)
ルールがあった平安時代あたりまではよかったのでしょうね。その後は奇襲上等になりましたけど。
私も似たようなこと説いてるんですけどね、盾+剣より両手で持つ日本刀の方が優れているってきかない御仁がいて私をバカ扱いしてきますね。
@@yujikawakami808 そもそも合戦を描いた当時の絵巻でも太刀なり打刀なりを両手持ちして戦っている人は少ないですから、つまりそういう事ですよね。「刀で盾ごとバッサリだわ(笑)」みたいな頭の中に五ェ門飼ってそうな日本刀信者の考えには呆れてしまいます。
@@KANIKAMA5353 賛同頂いて感謝❗でも他のところで貴殿を貶してるかも、すまん。
私、居合をやっているんですが、西洋剣術をやっている人に刀剣を持たせてもらったことあるっす。
日本刀と重心が違っていて、すんんんげぇ扱いにくかった。
……と思ったら、向こうも同じこと考えてるんですよw
お互いに「この時どうするんすか!?」「足の置き方ってこうでOKっすか!?」ってなってましたw
日本では、手持ちの盾は、鎧の大袖となって手で持つのではなく、鎧の一部として装着するようになったはずですが…❓
鎧の大袖は、胴体部分とは違ってかなり自由に動き、矢を射る時は、大袖と胴体のの間から手を出して使います。
盾として使う時は、腕の上腕でコントロールして、矢の来る方向に少し傾けて体の前面に構えて矢を弾いてそらし、文字通り盾として使います。
そのため、胴丸、腹巻きのような鎧の袖は体にフィットした曲面に変化してゆきましたが、大鎧では大袖は真っ平らの大きな平面で、形状もまさに盾になってます。
戦国時代には、鉄砲対策で、竹を沢山束ねたものを先頭の兵士に持たせて盾に使ってます。
この書き込みだけでどんな動画か分かったので見なくて済んだ。
大袖鎧の事に言及しないのは片手落ちだなと思ってたところ。とは言ってもあまり詳しくは知らなかったので詳細な説明感謝。
なんとなくフルアーマーガンダム(サンダーボルト版)を思い出す
あの海苔みたいなのはやっぱりそういう風に使う物なんだね?
あれ動かなかったら邪魔くせーとか思ってた。
ザク2はそもそも対艦用兵器だから右手側を向けて防御としてたんだろなぁ
マジでこれだよなあ…。
「後の先」の戦闘思想が発達した結果、防御自体が攻撃行動の中に組み込まれてしまった結果なのでしょうね。
ガンダムはシールド持ってるのにザクが肩にシールド付けてるから、「ああ、両手が使えるようにか」ってなってたから侍も同じ理由と思ってる
盾の後ろに武装持ってること多いけどね
盾にもミサイルとか付けたら良いかもと思い付いた!
逆に侍の弓矢封じの鎧を真似たのがザクの肩シールドですけどね。
@@jyosimo2656 ギャンやん笑
お侍さんはな……
ザクとは違うのだよ
珍しい名字のようですが近所に大楯さんが住んでいます。在東京。
そもそも歩兵のメイン武器は槍(薙刀、矛含む)で片手で扱える物では無かったから盾の必要が無かった
「侍が盾を使わない理由」にたどり着くまでが長すぎて途中で挫折した。
いま2倍速で15分まで見てる
ありがとう!15分は飛ばすわ
ですね。
「日本鎧の歴史」の方が副題としては正しいですね
「サムライが盾を使わない本当の理由」はほぼオマケ
こういう詐欺みたいな構成はあかん
諦めるな!
お前はそんなところで挫折するような男じゃないはずだ!
日本が盾を使用することになったのは、主に第二次世界大戦後のことで、しかも使用したのは警察の機動隊でした。
1967年まではまな板より若干大きめの盾を使用していましたが、デモ隊側が長い角材や投石や火炎瓶を使用するようになったため、1967年からはシールド付きのヘルメットと共に体全体を覆うジェラルミン製の盾を使用するようになりました。
ちなみに現在の機動隊は、ポリカーボネート製の盾を使用しています。
そして欧米では環境に悪いからとポリカーボネートを廃止する方向にあるとか。
むしろ、剣を片手で扱える腕力が凄いよね。
むしろ、槍と弓の矢の対策だけどな。
明軍が日本刀よりも短刀だから、日本刀にバンバンやられてるよ。
いえ、世界的に見ると、片手剣ってかなりポピュラーです。
一振りの刀剣を両手で扱うというスタイルの日本が海外から見るとわりと珍しいんですよ。
@@ソーソー-d1k
片手使いの剣は日本の脇差くらいの長さで接近戦で使われたが、実際の戦争では盾と槍を構えて行進して兵士の数で勝敗を決めた。
兵士がバラバラに散って戦った時は剣を使ったがそれが主戦法ではなかった。
元寇でも集団戦法と爆薬攻撃で攻めてきた。
日本の武士は大型の弓矢と大型の太刀や槍で戦ったので、一対一では負けなかった。
旧日本軍のサーベルなんか軽そうですけどね~
むしろ諸外国はなぜ肩に二重の装甲を施さなかったのか気になる。
@レノ それはレイピアやろ西洋の剣は斬るより撲殺やなw
@@user-dr4es4tf2d 剣先の方を持って柄でぶん殴るアホな使い方するくらいですし
両刃の剣は切る以外に特化して言ったって感じかな?
飛び道具が貧弱だったからだよ。
@@浅井優也 クロスボウさんの存在を忘れないであげて。
戦国時代後期の盾というと竹束の印象。鉄砲の普及とともに矢を防ぐ一枚盾では防げなくなり、簡易に調達できる竹束が使われるようになった。
大半の研究者が見落としていますが、合戦跡の大量の遺体を埋めた墓地を調べてみると、投石によって死亡した人が多かったことが判明しています。弓部隊と同じように投石部隊も存在しました。
直径9センチ程度の円盤型の石による攻撃にはスリングが用いられますが、コレは手拭いなどの布などでも代用可能です。布に石を引っ掛けて投げる部隊同士が近接戦闘を行うとどうなるか。
盾を構えていても、それを回り込むように打撃を受けるのです。その攻撃は甲冑でしか防げません。
馬を捕獲する猟具としてボーラが存在しますが、分銅鎖の和製のボーラを微塵と言います。頭蓋骨が木っ端微塵に砕けることから付いた名ですが、盾を持っていても回り込んで打撃が加えられるため、防げません。
昔の宮中の女性は領巾=和製のストールを身に付けていましたが、コレは装飾と護身を兼ねたアイテムとされます。
御手玉という遊びがあり、古くは領巾に砂袋を引っ掛けて投げ付けたり、暴漢を遠隔捕縛する護身具を用いる訓練用のアイテムでした。
スリングや微塵や領巾などと石礫を組み合わせて用いられると、同様に盾では攻撃を有効に防げません。
また、銃弾なども、重ね合わせたシルクで止めることが可能です。防弾チョッキはもともとシルク製でした。アメリカのギャングが弾除けとしてシルクの衣類を使っていたことは有名です。
攻撃を防ぐモノは鎧とは限らず、何枚もの布を重ね着する方法もあるのです。
中国大陸でも、金属製の鎧よりも錆びず劣化し難い紙の鎧は珍重されていたので、金属を装着して身を守る物だけが防具と考えるのは間違いです。
斎皇が用いる剛装束の鎧は、矢も銃弾も余裕で防ぐことが可能ですが、和紙とシルクを張り合わせてカーボン化するまで釜で焼いてから、漆を塗って補強した、カーボン強化樹脂のパネルを中心に、シルクの綿で刃を止める構造になっています。
日本刀で容易に斬れない物の代表が綿なので、褞袍(どてら)も十分防具として機能します。硬い木や金属の盾や鎧だけが防具と考える発想も改めるべきです。
兜がなくても防空頭巾のような物があれば石礫は確実に防げますが、木や金属の板はまるで役に立たないのです。金属製のアウターの鎧の中に、シルクの綿を詰めた衣類を着込むことで、矢を受けて針鼠のようになってもまったく無事、というケースも出てきます。金属製の鎧だけでは実現できないし、着心地が悪くて着ていられません。
持つ盾は使わなかったけど、戸板みたいな盾置いて陣地みたいにしてる絵があったように思う。
西洋の戦い方は肉体的な筋力といったステータスに圧倒的な優位性があると思える
西洋で使われていた剣というのは振り下ろすか、横に薙ぐかのすごく単調なもので技術や知識はそこまで必要なく扱えるが
それは逆を返せば威力といったものは武器の重さで大体決まることになり、当然これを扱うならば筋力が必要になる
だから肉体的に恵まれない、まともな食事がとれず筋肉が発達できなければその時点でかなり不利なわけである
一方で日本の戦い方は身体的ステータスは当然必要だが、それを活かす技術力を重視してると考えられる
盾を用いれば、攻撃は防げるがこの状態から攻撃に転じるのは余程でなければ難しい。それこそ筋力で押し切るぐらいでしか手はない
しかし、日本刀は戦況に合わせた戦い方が出来る。しかし、これを切り替えるには相当な修練が必要である
武器や鎧、盾といったものは所詮道具であり、いかにそれを活かすかとなれば技術や知識が問われるわけである
力押しではなく戦術や戦法といったものを駆使する日本では、西洋式の戦い方が単純に合わなかったとも考えられる
その証拠に名のある武将は必ずしも肉体的に恵まれてるわけでもなければ、女性でも有名な者もおり、年齢だって少年と呼ばれる者すらいる
こういった事からも盾が活用できる環境ではなかったと考えれないだろうか
理由も何も侍が活躍する時代には、ほとんどの文明が盾なんか使ってないじゃない…
弓が主武器、両手持ち武器の使用全く同意見ですが、戦場が狭くてファランクスなどの集団密集陣形が発展しなかった事もあるんじゃないかなと思います。
俺もそれ言ってるんだけど、頭でっかちのアホ連中は盾+剣の進化系が両手で日本刀持って防御も攻撃もこなす戦い方って言って譲らないね。製造とか運搬とかの問題も有るのだと思うのだけれど、、、
@@yujikawakami808 武家の誉れは弓の上手。歩兵は薙刀、槍などが主な武器、刀はといえば馬上刀(片手剣)として太刀。
打刀って割と新しい武器ですからね。
@busi senngoku 盾の代わりにだんだん長くなった感じですかね。
構えたまま走って行って集団ごとぶつかるってのが一番簡単な戦術ですからね。
訓練もいらないし。
@@コーチマン-o9h 出来れば誉れだロマンだってのは無しにして欲しいのね、軍事的に戦略的にどうなのかを検証したいのよ、そうでないと一発で話が終わってしまうから、「気分で使わなかった」でね。
それ踏まえた上で西洋で主に使われてた盾が何故に日本では使われなかったを論じる訳だから、「これらの武器が主流だったから」じゃ説明にならない訳よ。そんなんゆーなら西洋でも槍だ弓だ薙刀だで戦えばいいじゃないかって話になるでしょ、盾なんか使わずに。
ruclips.net/video/HcWJMudcIxo/видео.html
これ見ても言い張る?
攻城戦では盾は使う。
合戦というぐらいで、お互いの暗黙の了解で決戦は開けた場所で行うが、それでも日本の地形は見通しの悪い錯綜地で近距離からの矢の打ち合いのあと白兵戦で両手武器に片手盾じゃ防げないから。
盾突きに強いですが、両手剣の斬撃を食って壊れることも多かったそうですし、乱戦となると盾が死角になって敵の身を守り、自分が不意の攻撃を受けることもありましたからね
欧州で盗賊に身をやつした傭兵が農村を襲うことがあったようですが、傭兵が剣を振り上げると農夫たちは盾を前上に構えるので、その瞬間、がら空きの膝を切って虐殺したとの記録もあります
自分が操っている盾が何で自分の死角になるのか意味不明(剣が襲ってくる前に構えてるのか?そんなアホいるか?)、敵の身を守るのかも意味不明、農夫がビビって盾構えたときにもう片方の手はどうしていたのかも不明。仮に剣を持っていたなら相手に打ち込むなり(膝狙うどころではなくなる)、受けて自分の膝守ればいいんじゃないの?
@@yujikawakami808 盾は矢を防ぐには便利だが、格闘戦では重量が負担になり、両手で武器を使えないからリーチが長い武器を使えないので攻撃面で不利になる。現代の警官隊が大きな盾を持つのは、敵を殺すことが目的ではないから。なので警察でも犯人を射殺する前提の突入部隊は盾装備しないか持っていても小型。
@@vfr7419 んじゃ何故盾を使う時代があったのだ?君はパカなんじゃないか?
@@yujikawakami808 そもそも盾は特別扱いやすい部類ではないし、緊急時に両手を別々に動かすのはそれなりに訓練が必要だぞ。
死角も普通に出来るのは常識だろ、形状に工夫して死角を無くすものもあるし、乱戦や少人数だと隙を突かれるのも珍しくもなかった。
定番の「鍋のフタ」が、登場しなかったことが寂しい。
なんか防人の時代の兵士は剣も腰から吊って丸い盾持ってるイラストを見た事がある。😊
タイトルを見た瞬間に「重装備弓騎兵だからだろ?」と思ったらその通りだった。
攻撃は最大の防御なり。これが1番の理由。防具が良くなった分攻撃は切るではなく刺すに変わった為、盾が邪魔になった。と、武士の末裔が申しておりました。
戦国時代の攻撃は刀は突き、槍は叩くという使い方をしていたと聞いたことあります。
詳しすぎる高速早口ゆっくり解説動画なんだぜ。
まずメインが重装弓騎兵だからね・・・弓使うから盾は肩につけた
中世の時点で守りは鎧にまかせて攻撃は槍や弓や長刀の両手持ち武器をもたせた兵のほうが強かったのです。現代歩兵が守りはボディアーマーにまかせて両手で武器を操ってるのを見ればだいたい分かりますね。
22:34 本編
たすかる
ゲーム等で勘違いしますが西洋のフルプレートといった甲冑も盾は紋章を表すためのファッションとして小型化したり使わなくなってます。結局のところ鎧の防御力が高まると武器は両手持ちじゃないと打ち倒せないので盾が廃れていくのでしょう。
君はフルプレートアーマーが実戦的に使われたと思っているのかね?実戦で効果的な武器の進化系がフルプレートアーマーと思っているなら大間違いだよ。全然盾不要論には結びつかない。フルプレートアーマーが10万人も集まって戦ってるの見た事無いだろう?
@@yujikawakami808
そもそも騎士が戦ってるところ自体今生きてる人間の誰も見たことないだろ笑
@@雲霧仁左衛門-k5r その「そもそも論」はコメ主に言いなさい!
騎乗する侍はそれで説明がつくが、徒歩の農民兵については説明がつかない。
日本はどこへ行っても樹木が豊富だったので、盾はその場で木を切り倒して即席で作るものだったから、個人が携帯するものではなかったのだと思える。
印地と同じで支配階層たる武士に好まれなかったから歴史上で注目されることもなかった。
結論までが長くて15分頃で断念した
ダラダラ説明いらんから、最初に結論理由を話せば最後まで見たのに
ヨロイの袖などが小さな盾の役割をしていたと聞いたことがあります。
大航海時代に日本が植民地にならなかった理由の1つに
鉄砲の大量保有があったとも言われてますからね
欧米が土産に持ってって次売りまくるぞーって思ってたら
大量生産してやがったってやつかw
西洋の剣は斬るのではなく、圧し折る・叩き潰すものなので、盾や金属板で作ったフルプレートが有効ですが、日本刀は文字通り斬るに特化しており、鉄も切ってしまうから、意味がない。だから、両手持ちの太刀で先に一刀両断するのが有効。
いえ、西洋の刀剣は、斬るに特化、叩くに特化、突くに特化などなど、それぞれに特化した種類の刀剣がありまして、それぞれを別に使います。
よくその国の文化、風習にも例えられたりします。
「日本人は箸で全部食べ(←フォークやスプーン、ナイフみたいに使い分けない)、ケータイで何でも出来るようにする(←これはガラケー)」みたいに。
片手にサーベル、もう片手にレイピアというスタイルもかなり普通にありますから。
@@ソーソー-d1k 実戦で使用されたのは『叩き潰す刀剣のみ』だよ。
斬撃特化はほぼ儀典用で、刺突特化は普段の携帯用。両方ともに『対鎧兜装備者用では無い。』よ。
@@浅井優也
それをいったら、日本もそうだよ。
切れる、折れない、曲がらない。なんていうのは、特注で手間暇かけて作ったものだけで、戦争が長期化した
時代は「抱え売り」といって、粗悪品の日本刀を手っ取り早く大量に作って売って、その辺の農閑期で暇な
人とかに持たせたり末端の足軽とかに配って戦争に参加させたりしてたようですよ。
戦争が終わればそんなの大事にされないから、さっさと廃棄処分して再利用だったんだろうけどね。釘とかカンナとか。
@@浅井優也 あとメイスも使ってたらしいですね。フルプレートには非常に有効だったとか。
ヨーロッパのフルプレートアーマーを着けていた期間は短くて、鉄砲が出て直ぐに廃れた。
プレートアーマーであっても、鉄砲の弾は止められない。
乱戦・個人戦 陣形・集団戦 市街戦・屋内
弓取こそ最強! 甲冑最強! 鉄砲最強!
長巻薙刀最強! 槍衾最強! 脇差最強!
実質ラメラーアーマー着てる侍が斬られてるのに木製に金属エッジ程度の盾じゃ意味ない 矢よけ目的の盾だけで接近戦用なんて古代すぎる しかも戦国時代には銃がもう流行ってたし
ヨーロッパ中世の甲冑重装騎兵と日本の侍達の重装騎兵との大きな違いは、日本の重装騎兵は
弓兵だったということですね。重装騎兵が弓で攻撃する。日本のみでしょう。
日本でも西洋でも基本合戦の主役は長物だから盾はいらない。
西洋の槍やハルバード、大剣の刃側を杖術のように扱う方法など、軽装のランツクネヒトたちの戦い方は日本人とほぼ同じで盾も使わなかったよ
ローマ劫掠(凄惨な略奪・虐殺・破壊・強姦)を行った悪名と恐怖の象徴の話と日本人をいっしょにならべるのは勘弁な。
武士の起源は重装弓騎兵。盾を持ったら弓は引けないし、合戦は弓矢でちくちくやり合うだけだったから鎧だけで十分だった。槍や刀での白兵戦は足軽雑兵の仕事
フェンシングが直線で攻撃するのに対して、刀は円で攻撃するのも関係するのかもね。
フェンスングはツキを繰り出すと自身の体の重要な臓器部分が相手の剣の間合い内に入ってしまい、無防備になる。対して両手持ちでも斜めに構える日本刀は
攻撃と防御を同時に行える利点がある。と何かで読んだ気がする。
フェンシングっていうのは競技化したものだから実際の戦闘でそんな戦いするわけではないですよ。
@@tubekobe9917
Wikipediaには
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フェンシングの原形は、中世の騎士たちによる剣術にあるとされている。これらは実戦的な剣術であったが、鎧や盾などの防具、そして火器の発達によって剣(特に長い剣)が戦場で使われることは少なくなっていった。
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とあります。剣術、特に西洋では両刃の剣が主であり、片刃である日本の刀とは扱いが異なる。
つまり西欧では切れ味がわるいので、頑丈さと強度に特化して進化しました。
なので西洋(フェンシングの元、中世の騎士たちの原型も)基本的にはX軸、y軸方向への動きであることに変わりはなく、日本刀(剣道)のような円を基本とした足さばきにはならず、突いた攻撃終わりには自分の内臓が相手の間合いの中に入らざるを得ません。
叩き切り、あるいは突くといった西欧剣攻撃と相手を:切る:ことに特化した日本刀の攻撃では、当然体裁きに違いが出ます。そういう意味です。
日本刀は両手持ちでも刀は左手を軽く添えることで体を相手から斜めにできます。自分の内臓は刀の影に入り、防御と攻撃を同時に行える利点があります。
フェンシングを例えにしたのは、そんな意味です。少しわかりずらかったらごめんなさい。
フェンシングでも重量級のサーブルは幅広の段平で相手の脛を撫で斬りでポイントになりますよ。
射撃のスタイルにも両方がある。
敵に身体の中心線を見せない為のスタンスと、防弾プレートが発達したから身体の中心線を見せても、引き換えに視野が広がり仲間が死角をカバーする割合を減らせる両方がある。
日本の剣術は突きも多用しますよ。
特に介者剣術などの古い流派ほどその傾向があります。
身分のある武士は鎧という(鍛冶屋・皮皮職人等)盾を使っていた!
歩兵は自分達なりに自分の身体を守る工夫をしていたのかな(ムシロや縄を身体に巻いたり)?
日本は森・川・山が多く盾を持っての行軍・戦闘するには動きにくい地形が多すぎる
代わりに鎧の袖が発達した
西洋と日本どちらが優れてるかと言うより、その地域に適した装備・戦闘技術が発達しただけの話
投石機が発達しなかった理由と同じやね?
あんな場所取る物を連れていけないや
地震も多かった事も一つの理由
げ〜おんなじような事自分もゆーてた~ですよね~激しく同意
これに尽きる
盾を使わない日本刀だけでの戦闘が進化系なんて古武術か古武道か知らんけど、コイツらの思い上がりですよ。
そもそもヨーロッパでも鎧と兵種や編成の発達とともに手持ちの盾を使わなくなってる訳で、別に日本だけが特別じゃなくね?
徒士の足軽でなく重騎兵が盾など持てると思うか?
騎乗しない場合には盾はある
そもそも弓矢がメインウエポンで羽布背負っていただろ!あと大鎧には大袖ついてある
森とか沼とか地形的にも盾とか持ってられないもんな。あと陣の存在も置き型の盾の発展や最高の防御には盾より砦や城がその役割になるんじゃないか?
手持ちの盾の役割は、鎌倉武士の大鎧の大袖に形を変えて担った、との考察もありますね😃
長柄に刀身が付いた長巻という武器なら盾も両断されてしまいそう。
剣は「諸刃」、刀は「片刃(かたは)」
刀の峰は刃こぼれの心配もなく、盾のように使え、反っているので相手の刃を刃滑りせずに受けられる、刃の反りは45度でなぎ斬ることで鉄さえ斬れる
ただし日本刀は叩き斬ることは不向き
日本刀では鉄の盾は切れないというが
そもそも日本刀では甲冑も切れないから
鎧を盾の代わりにするという考えが主流になってしまったから
刀で盾を切れないことが盾の優位性にはつながらなかったのよね
いや日本にだって太古から盾というものは合ったよ。ただ単に、盾では殺せない、無駄に戦いが長引くのは食料的にも、治療的にも、美学的にも、良くない。
生き延びる事が良いという文化じゃないからね日本は。
山がちの地形と植物が繁茂する気候とが盾を陣立て用具に特化して行き奇襲や突撃には用いないメリハリの効いた運用に繋がって行ったのでしょう。
示現流を正面から防御したら防御した刀の鍔が額にめり込んだなんて話があるからな。
大業物の太刀なんて受けようものなら反って大怪我した奴等が多かったかもな
後、日本の弓は独特な形状でかなり強力な部類らしい。
防御に特化して置き盾使うしか有効な防御は無かったんだろう
鍔が額にめり込んだのは、示現流じゃなくて薬丸自顕流ですね。
@@雲霧仁左衛門-k5r
詳しい情報ありがとー😉👍️🎶
和弓は物理的には効率が悪いらしい。
大型化したのは技術の進歩と効率化だけど騎射する為には真ん中を持てなかったのが理由とか。
蒙古の弓が一番効率的でとても小さく洗練された強力な物らしい。
ただし、力がないと引けないくらいに重いw
世界中の昔の歩兵の中だと、
侍は防御は比較的薄く攻撃と回避にステータス極振りしてるイメージある
あと山や斜面など足場の悪い所を機敏に動かなければならないから、一人だけ全身プレートアーマー着て大盾持ってガシャンコガシャンコやってたら仲間とはぐれて置いて行かれそう・・・
正式な合戦であれば平地にてということも多かったですが、それまでの長い歴史の中、山の多い日本にてのはやりすたれを考えるに良い視点の一つだと思います。
実際のところ、おっしゃるように金属と加工技術が余るようにあったところで一部を馬の背や足軽持ちにさせても他の荷物もあるわけで大変ですし歩いていけませんね。
あれだ、一年戦争の時は盾で防ぐけどグリプス戦役の時は回避する方が当たらないと進化したあれだ!
日本の甲冑は同時代の他国と比べても見劣りしない発展具合だから防御が薄いなんて事は全然ないでしょう。特に武士階級にあるような人は袖も兜も小具足もついたような甲冑を着れますから防御力としては十二分ですよ。比較的平和で合戦がほぼない江戸時代の武士のイメージと混じってるのではないでしょうか?
木の板に鉄板張った手盾もありましたよ。他に取り外し式の大袖を持って盾として使う武士もいましたね。
以前「ヒストリーチャンネル」で日本刀は攻防のバランスが取れて適度な射程距離の「最強武器」と放送もしていましたよ。1対1での話ですけどね。集団戦だと槍衾や弓の弾幕射撃の方が有効ですからね。
実はそうとも限らない。
倭寇や文禄・慶長の役の後に明や朝鮮で記された記録(武藝図譜通志や紀効新書、広東新語など)には、「我が軍は槍で応戦するが悉く倭人の太刀で切り伏せられ防ぐことが出来ない」という記録がある。
つまり、一対一どころか集団戦でもめちゃくちゃ猛威を奮っていたのが日本刀。もっとも上記の資料で言われているのは今でいう大太刀で、四尺五尺が当たり前だったが。
室町時代あたりまで近接戦の代名詞と言えるほど普及していて一対一でもメチャクチャ強いのに「なんか女の武器っぽいじゃん」の一言で過小評価される薙刀さんカワイソス
少し話はづれますが、蒙古襲来絵詞に騎馬武者が3、4騎の小集団で弓を持って戦う姿が描かれています。
こうした戦い方は、対蒙古兵用にカスタマイズされた戦い方なのではないでしょうか。
日本の武士は数多くの戦いを得て、その場その場で戦に勝つための最適な戦闘方法を瞬時に考察して実行することで戦闘に勝ってきたと思われます。
蒙古兵相手には小集団の重装弓騎兵が一番有利と判断し実行したのだと思います。
武士は常に戦に勝つことを考え、その結果が両手剣+甲冑になったと思います。
盾を使った方が有利な戦であれば躊躇なく盾を使用したと思います。
鎌倉時代の武士の場合、「両手剣+鎧」ではなく「弓or薙刀+太刀(馬上で片手で使用)+鎧+馬+軽装歩兵(薙刀+太刀+胴丸)数名」です。
@@KANIKAMA5353様
ご指摘ありがとうございます。
鎌倉時代の刀は反りが大きいので片手剣ですね。
逆に西洋のあれだけごっつい甲冑で盾を装備する意味がわからん
西洋の武器は斬るというより叩き折るというイメージなのでむしろ両手の方がダメージ出ると思うのだけど
西洋貴族の紋章(日本で言う家紋)は盾に個人識別のための彩色を施したことから来ているほどに「盾」を重要視していて騎士の象徴、その証となるものでもありました。
騎士には必ず盾持ちの従者が付き従ったほどですが、逆に言えば常時片手に盾を持っているというわけでもないとなりますw
盾よりも全金属製の甲冑の方が後から出てきたからでは?
甲冑を装備しても、それは盾を持つことが前提だった、と考えられていたのかも。
剣は、確かに両手持ちの方が威力は大きくなるけど、自分に当てられた場合のダメージも大きい。だから、打撃を避けることが優先されて、盾を手放すことは考えられない、ということでは?
逆です。鎧は弓や剣といった突きや斬撃への防御には有効ですが、強力な打撃の衝撃はそのまま体に伝わってしまう。だからメイスなどの武器への防御手段として盾を持たざるを得なかったのです。
@@menomosso7432 更に言うと、1コメの方が書いているように『盾に識別用のマークがしてある』関係上、『盾を持って無い=貴族では無い。』となり、扱いやすくが悪くなる(当時は身柄確保して身代金を要求するのが普通)からという理由もあります。
@@menomosso7432 成る程、勉強に成りました!
内容見てないが、槍使うからだろ。
ほとんど槍が主流ですよね。
弓と槍が主武装で槍とかでそらして攻撃が多いし防御させない攻撃が上
本題までが長すぎる上に一瞬で終わる。
この内容だとタイトルは「日本の防具の歴史」が適当ですね。
24:48
聴き飛ばしたい人用、回答。
武家の棟梁としては藤原秀郷や坂東平氏も関東で武士になったので必ずしも武家の棟梁が伊勢平氏や清和源氏のように近畿から移った訳ではないかと
一言で言えば『攻撃ハ最大ノ防御ナリ』に尽きろ。
なかなか低評価が目立ちますねえ。
私はこの動画好きですよ。
日本のヤリに対して
映画ブレイブハートの歩兵は
盾と手斧か金鎚で戦っていた
日本の武士のような正確射撃の重い矢ではない数だけの矢なので盾で充分と言うことだろう
それにもし盾と剣で刀を持った武士と戦えば
死角の出来る盾と片手で振り回す動きの遅い剣では
両手で持った動きの早い刀を防ぐことは出来ない
ヨーロッパでも鎧が発達するとともに手持ちの盾は使われなくなり
プレートメイルの登場する15世紀ごろからの騎士は盾を持っていなかったりするので
戦士階級の中でも武士だけが盾を持たなかったと言う訳ではありませんよ
鉄砲が登場してフルプレートアーマーは廃れましたけどね。
平野が少ない日本では、歩兵を並べて戦闘できないから、盾が使われなかったのではないか。
ローマ兵の様な戦いをできる場所がない。
分かりやすい例えとしては機動戦士ガンダムのザクみたいなもんか
倭人の太刀が長いので青龍刀より有利、倭人はとても踏込みが早いのでチビでも遠くから一気に切り込める。明兵が槍を用いると重くてスピードで劣るので槍の突きをかわして太刀で槍を切断する。倭人はチビのくせに弓も刀もいちばん長いのは武芸に長け、武器も洗練されてるから。
おもろーい。甲冑と聞いて思い浮かべる物が戦国時代に既にオブジェになっていたとは驚き
中東やモンゴル・トゥルクだと両手剣すらほとんど存在してないけどそこそこの長さの両手剣は大抵槍騎兵か鎌倉の弓騎兵やペルシャのカタフラクトのように狭い距離しか移動しない騎兵のサブウェポンとして(日本、西欧、遼金)発生する。
盾は片手刀剣と最も相性がよく矢やいろんなものの投擲も防げるし騎兵同士の際も槍を防げる。
それに集団での歩兵での近距離戦闘だと隊列を組んでシールドウォールで滅茶苦茶強い。
船や室内だと海賊みたいにもっと短い片手刀剣が強い。
狭すぎず広すぎない個人間の距離で、重い装甲を持ち、近い距離しか移動しない馬にしか乗らないならそこそこの長さの両手刀剣は最高だけど、状況が限定されすぎてるから朝鮮や中国からアフリカの広い地域において世界のほとんどではあまり使われなかった。
個人距離が広すぎるとポールウェポンばかりになる
長い両手剣だと、対騎兵か対槍とかでもっと状況が増えるから使ってる国が多くなる。
盾はこの世のほとんどの文明と人口が使用してたから、弱いわけではない。
それに盾剣が近接戦闘でロングソードや日本刀より弱いかと言うとそうでもない。
盾によっては長方形で、足首から頭まで防御する、槍や弓矢殺しの持ち盾もあれば、火縄銃を防ぐ持ち盾もある。ヴァイキングの盾にきりこめばもう刀は抜けない。
リーチの問題で両手刀剣に対すれば足や胴は切られやすいが、足や胴は防具がある。しかも盾でも防御できる以上相討ち率が圧倒的に下がるので、フェイントで足を安心して狙うこともできる。
剣であれば打撃力が下がるので、盾とメイスや手斧などのが打撃力は高い。鎧と両手刀剣は必ず最高と言うわけでもないが、流行りや好みも関係ある。
ポールウェポン/弓/銃と鎧と両手刀剣は相性がいい
日本だから盾は不都合って聞いたな。
不純物たっぷりの鉱石しかとれない日本では盾を作るのは勿体無い。
仮に盾を作っても150センチしかない日本人体型では突撃槍は防ぎきれない。
とかほかのことは忘れたけど色々な仮説を聞いた。
武士が両腕で薙刀や金砕棒を持ってガンガン、フルスイングして攻めて来たなら重たい鎧を着た騎士は片手だけで盾を掲げて防御してもそのうちスタミナが尽きて手がぶるぶる震えだして盾を下げた所をやられますね。
題材は大変興味深いのですが音声が聞きにくく途中でスキップしてしまいます。もう少し聞きやすくお願いします。
そりゃ日本の刀の切れ味はとんでもないから竹や木の盾じゃ不安だし、そもそも刀は並みの剣より重いから金属の盾なんか持ってたらそれだけで特大デバフだしな
武家の棟梁としては藤原秀郷や坂東平氏も関東で武士になったので必ずしも武家の棟梁が伊勢平氏や清和源氏のよう全て畿内で始まった訳ではないようです
いや、日本の合戦の主力は少数精鋭による騎馬兵なので、歩兵戦力を主力としていた装備とは異なると言うことですよ。
歩兵戦力が主力となっていったのは戦国時代後期で鉄砲の普及もあって盾が用いられる事はなかった。
野戦では構陣して馬防柵などが敷かれて騎馬突撃に備えます。
歩兵同士が衝突する時には大抵大勢が決した後になるので盾が発達する事は無かったかと。
マンガ『ファイブスターストーリーズ』の巻末でも、作者が『日本は盾に頼らなかった云々…剣道習えば判る事』
と書かれてました。
ちょっと剣道かじった事があるけど、あんなに小さい鍔がいかに有能か思い知った。なんか知らんけど防御率が妙に高いの。とは言え、いざ「合戦行ってください」って言われたら俺は迷わず盾を持っていくけど。流石に怖いから。
これ、この喋りはどーにかならんの? 大好きな話しやのに、 テンポわるいし 何言うてるかわからん…
そもそも、刀を使用する場合で邪魔。
片手で相手を斬り殺す等出来ない。
ローマのころのグラデイウス剣は集団での刺殺攻撃が主だから盾を使うのが当たり前だけど、日本で刺殺を主とする刀の備前刀なんかは山賊改造みたいな接近戦用だからむしろ盾は邪魔だわな
あと、山岳地帯では使いにくい。
スターウォーズのライトセーバーに影響を与えた「サムライと剣」。。。日本が世界に誇る「クール!」ですよね〜。
死体を盾代わり・・・ガードベントじゃねぇか。
中華や欧州の戦では、無数の矢雨攻撃や切れない刀でなぎ倒すのが基本で
盾の防御が有効だったから使っていた。でも、鉄砲には役立たずで廃れた。
日本は刀が切れない古墳時代頃までは盾も有効で使われた。
でも、平安末期から鎌倉時代前頃に日本刀の革新的な進化が有って、
鋼鉄以外は切れる斬鉄剣に成ってしまったから、
片手で持って使える盾は役立たずになったので廃れた。
なお、矢を防ぐには地面に立てる盾板を使っていた。
源平合戦の船上の盾が絵にも描かれているでしょ。 (笑)
ここでも言ってんな、日本刀で鉄製の盾を真っ二つに出来る訳がない。
鉄製じゃないにしろ盾を日本刀でぶった斬る事が出来たから盾が廃れたのか、9イイネしてるバカ連中もその辺考えてんのかねww
普通に考えても盾なんか弱そう
身軽にして刀で受け流した方が圧倒的に強そう
対銃•弓矢みたいな接近戦ではない飛び道具対策くらいにしか使えないんじゃない?
鉄砲の伝来は、15世紀ではなく16世紀ですよー
肩と腰につけてるもんが楯だよ
普通に構えれば正面からの攻撃は受動防御できる
重装弓騎兵という兵種がまず変態
戦いでの戦いやすさという理由だけではありません。切腹なんて責任の取り方があったように自身の命より自身の名や家の名誉を重んじる文化があった。刃や鏃に毒を塗って僅かな傷が致命傷になる戦い方が是とされるようなら盾はもっと戦闘で重視されていたでしょう。そもそも戦の死因で刀傷なんて全体の5%でしかなく、多くの人がチャンバラしてると錯覚してるだけなんですがね。
やっぱり弓の存在が大きいですよね。とにかく固くとフルプレートに行く西洋と矢が刺さってもいいから重ねて貫通しないようにする大鎧の違いもありますが、
西洋は貴族は弓なんてものは使わず弓は従者が使うもので馬上の突撃も槍を脇に構えて突進するのが常識だったという話を聞いたことあります。
揺れて足場を踏ん張れない馬に乗りながら弓を打つのは相当な技術がいることでモンゴルと日本くらいしかやってないとも聞きました。更に侍は鎧が頑強になり弓は大型化して日本らしい変態的な進歩をしてるそうですが…
武芸として現存するものに限らなければ、古くから中央アジアの広い地域で遊牧民が騎射を戦術に取り入れており、特に古代ローマ帝国と歴史上何度も渡り合ったパルティア(拠点はイランのあたり)の弓騎兵による戦術はヨーロッパでも後世まで語り伝えられ、中国にも知られていました。しかし、徹底して接近戦を避け、背を見せて逃げながらも弓を射るというスタイルをヨーロッパ人は真似しようとは思わなかったようですね。
@@menomosso7432 出来なかっただけだよ。
フルプレートはそんな防御力は無いよ。
モンゴル騎兵の短弓が普通に抜いてるからな。
フルプレートは『打撃武器に対する中空装甲』だよ。
@@浅井優也 フルプレートは打撃に耐えられないので盾も必要だと過去に何かで読んだのですが、バンパーのようにひしゃげることで中身を守る的なものだったということでしょうかね?
また、弓騎兵は時代によっては傭兵として重宝されてもいたので、遊牧民のクオリティが再現できなかったから取り入れなかったというのも確かだと思います。ただ古代ギリシャの研究家が「ギリシャ人も普通に弓は使っていたが、武器としては使わなかった。普通は狩人、人に対して撃つのは暗殺者的なイメージ」と言い、日本とは価値観が違うことを説明していたので、それに近い価値観が導入を妨げた側面も多分にあったと思います。ホメロスにも主人公が誰にも引けなかった強弓を引く話はあり使いこなすことに一定のステータスはあった様子ですが、武器としてではないと。それに、ヨーロッパにポロはあるけど流鏑馬がないのは単に流鏑馬の方が難しいからだとするのはちょっと乱暴だと思います。
日本は山や崖、沢や渓谷など足場の悪い場所が多いから転倒した際に手をつくなりバランスを取りやすくするためなのかなと感じる。(山育ちだからなんとなく)」
レプリカですが盾を持ったことがありますが盾ってくっそ重い。そんなものをアップダウンの激しい日本で運搬するなり兵装として実装するのがかなり負担になると思いました。だったら刀、槍、弓矢、爆弾、暗器などで攻撃力上げて視界も足場も悪くなりがちな場所でも戦では器用に立ち回れるようにって感じになったのかな
盾程度では刀に両断されて意味がないからなんて
プロ棋士が素人と将棋をするとたまに負ける時がある。
これは玄人同士だと棋筋が読めるが素人では全く読めないという意味合いから言われている。
侍はある程度の型を幼少期から会得してるので、その道にいるものなら防御も当然分かるということ。
だから盾を使用してゴッコな奴等とは次元が異なるんですよ。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるという考え方が海外勢なんです。
こう考えてみてください。ゲームでスナイパーライフルを使用して敵を屠るのに1発で仕留められたらウッヒョ~ってなりますけど数発撃たないと当てられないのって砂使う以前の問題ですよね?
海外の刀剣がモロいわけではなく、使ってる原始人たちが力任せで振り回しているだけのこと。
侍は刀を抜く時、生死を覚悟してるから🥷日本魂
日本は平原や砂漠が広大なわけでもないから簡単に木製の盾が現地調達できるので、普段行軍の邪魔になる盾は携帯しなくなったのかも。西洋のように盾が骨董として残ってる話も聞かないし。木が多い日本では盾は割り箸のように使い捨てられる防具だったのかも…
有り得る。
投石から弓矢にトレンドがうつったからだと思ってました。
早い話攻撃は最大の防御ってことやね。
日本刀は斬る。西洋剣は叩き潰すってイメージがあるし実際そうやと思ってる。
まあ鎧着てたら斬れないから、槍で突いて殺した後に刀で首を取るんですがね。
24:50
↑忙しい人用
ってかこれだけ知りたい