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尾西線津島~一宮間は津島~森上間は複線で森上~一宮間は単線で昼間は津島~森上の複線が30分に1本で森上~一宮間の単線が15分に1本運転しています。一宮~玉ノ井間ほ交換できずにピストン運転です。35年前に平日朝津島~玉ノ井間通し運転がありました。
知多新線の内海駅から内海海水浴場微妙に距離あるんよな…めっちゃ広くて砂浜もきれいだけど車で来る人がやっぱ多いんだろうね…
国府の鉄板ネタは国府高校kō kō kōちなみに春日井には上条城Jō Jō Jō
名鉄の奇妙な駅 ちなみに吉良吉田もあります。 もしかして名鉄の駅にジョジョ要素があったりして。
春日井の上条城の城跡石碑がなぜか岐阜県大野町の民家で発見されたそうな。(盗難ではなく城主家系が1985年頃債務整理で売却したため)
@@monoeye4x489 様吉良吉田は吉良吉影ではなく忠臣蔵の悪役「吉良殿」とされた吉良上野介義央(実は名君)が領主を務めたのが由来です。
豊川稲荷発の快速特急ですが、本来停まらないはずの国府、本宿、美合には特別停車するのに新安城は見事に通過する面白い列車でもあります
国府~東岡崎で実質的な急行運転を行うのは、豊橋発の急行が不足しているのを補う為です
尾西線の弥富~津島間は名鉄の中でも一番古い路線で尾西鉄道が1898年に開業している。
次に歴史の古い名鉄線は瀬戸線で、1905年に瀬戸自動鉄道として瀬戸(尾張瀬戸)~矢田(現 名古屋市内)で開通、客車に燃料と動力機関を搭載したセルポレー式蒸気動車(フランスから購入)が投入去れ、日本初の気動車運転が実施されましたしかし、緩いながら勾配のある瀬戸線に合わなくて故障が多発したので、1906年に瀬戸電気鉄道に社名が変わり、1907年から電化運転が始まりました その為、今でもせとでんと呼ばれています1940年、名鉄に吸収合併されて、名鉄瀬戸線となりました1976年まで、土居下~堀川では名古屋城の外堀を走行してました1978年3月の1500V昇圧を経て、同年8月に清水~栄町の地下新線が開通しまして、土居下~堀川の外堀区間は全面廃止されました
名鉄本線有松駅には絞りがありまつ❤
尾西線一宮方面から津島線に直通するということは津島でスイッチバックか
現在は朝時間に津島駅でスイッチバックし佐屋方面からの列車と併結し運行されている。
短い路線とは違うけど、かつての名鉄常滑線には、途中の古見(こみ)駅と大野町駅に折り返し設備がありました。本数はほぼ無いですが、古見行き、大野町行きがあった記憶があります。何故この二駅に折り返し設備があったかは不明ですが、今では考えられませんね。
国府駅のローマ字表記の短さも面白い。
一昨日豊川稲荷駅行ったからめっちゃタイムリーだなぁ(^-^)/ いつか瀬戸線も取り上げて欲しいなぁ❤
尾西線のうち、玉ノ井-名鉄一宮間にある奥町駅は1日の平均乗降客数は4,000人超で、尾西線内では名鉄一宮、津島に次ぐ3番目になる。事実上、最も無名なで存在感が薄い盲腸線なのに、名鉄はここを廃止にしようとしない。
広見線新可児〜御嵩も大概だろうたった4駅で終点で往復30分をワンマンたった1編成でひたすら行き来する
広見線新可児~御嵩間とJR太多線多治見~可児間は実は生き別れの兄弟路線でもあります。(東濃鉄道(初代)として新多治見~広見(現在の新可児)~御嵩が開業、新多治見~可児間が国有化され新可児~御嵩間は東美鉄道として再スタートし、犬山~新可児間を開業した名岐鉄道に合併)
明智駅の交換設備が撤去されたから正真正銘1両しか入れなくなっちゃった。
以前は明智で待ち合わせしてやっていた車両交換を、どのタイミングでやってるのか謎すぎる
築港線の運用が4両編成から、2両編成ワンマン運転に変わり、混雑が激化した。
でも通勤ラッシュ時に市バスも死ぬ程出てるからまだ良いじゃん2両編成でも鉄道有るだけ有りがたいと思った方が良いよ!鉄道どころかバスしか通って無い所もあるんだから!
名鉄は日本最大の私鉄だが、色々な路線が合併してできた。支線が多いがみな吸収合併したものだ。
最大の私鉄?路線延長なら近鉄東武に次いで三番目ですよ
知多新線、内海延伸時に海水浴客輸送の為、神宮前〜富貴は通常、内海、河和発着が毎時1本ずつが、内海3本、河和2本という臨時ダイヤで、圧巻は当時地平ホームの太田川を内海行の臨時2本は通過、ポイントは分岐する河和線が優先だった。当然通過で先述の区間はノンストップ。特急の名称は「とびうお」だった。更に夕方の名古屋方面への帰りの特急には、行先が新広見(現 新可児)、明治村口(現 羽黒)で特急の名称は「日本ライン、明治村」というのもあった気がする。今では考えられないが。
羽島線を取り上げるなら空港線も。
3:43 国府はこうと読みます。
奥町(最寄り駅)の物です昔は玉ノ井~津島までの運用がありました。(まだ起線の路面電車が走ってた時代です)通称:玉ノ井線って読んでます
ミニ路線かぁ!これはたのしみゆつくりみます!
10:23利用客は通勤通学含めて一定数いるんだけど。
奥町駅は乗降客4000人超えてるし、行き違い設備無いから仕方なく1h2本。ただ、日中1h4本にまではするほどでは無いという微妙さ。
昔は朝だけ玉ノ井への直通もあったし、森上始発のパノラマカーがあったんやで。
名鉄の路線は大動脈と毛細血管に分類されるくらいに思ってます(笑)
現在は名鉄瀬戸線以外は全部名鉄名古屋本線とのネットワークを形成してるけど、かつては周辺都市だけで完結する中小私鉄が愛知県内に乱立してたんだもんなあ。結果的に合併を繰り返して名古屋鉄道という一つの会社になったけど、名鉄ネットワークから弾かれてたら経営が成り立たず詰んだ会社がほとんどなんだろうなあ。
名鉄って家の近所を通ってるし毎日通勤で使ってるからなんとも思わないけど、何回も名鉄を話のネタにしてくれるって事はよっぽどカオスな鉄道会社なんだなって思ってしまった😂ちなみに国府駅って「こくふ」じゃなくて「こう」なんだけどね😅
名鉄は初見泣かせですからね。紹介されたミニ路線に乗り入れる電車に間違って乗ってえらい目に遭うことも。
豊川線はかつて元旦〜節分の初詣シーズンで、臨時特急が設定され、線内は毎時特急3本、急行1本、普通2本というカオスなダイヤだった。因みに豊川稲荷から折り返しの行き先と名称は「なりた」(新鵜沼)「あつた」(新名古屋)「お千代保」(津島)「谷汲」(新岐阜)。下りは神宮前〜国府、上りは豊川稲荷〜東岡崎はノンストップという設定もあった。満席で途中駅での乗降扱い不可の為。
尾西線…あれで名鉄の現有路線では一番長い歴史を持っているんですよね。
開業は1898年ですから確かに最も古いですね、明治村の12号蒸気機関車も尾西鉄道開業で鉄道作業局から払い下げられました。玉ノ井から先は木曽川港までが1951年までありました。
国府→こう内海→うつみです。
築港線は新車や海外輸送で臨海線からやって来るのが面白いです。また豊川線や知多新線は全ての列車が各駅に停車しているのでやっぱり迷鉄です。本当に名鉄は面白くてとても好きです。
また、築港線は役目を終えて廃車回送された電車が沿線の解体業者でスクラップにされる場所でもあり築港線は名鉄電車の生涯の始まりと終焉の路線といえます。[ !!!!警告!!!! ]解体業者に無断で忍び込み解体部品を盗む不届き者共のせいで、迂闊に築港線沿線をぶらついたり撮り鉄をしていると巡回中のお巡りさんから職務質問を受ける危険性が高いのでご注意を。
優等種別の各駅停車なんて探せばいくらでも出てくるし言う程迷要素か?ってなる。お隣の東海道線も岐阜~豊橋以外は快速系が各駅停車化するし、どこぞの赤いのも特定路線で快特を全駅停めたりしてるし。
@@ネオファリア 瀬戸線急行も尾張旭~尾張瀬戸は、各駅停車ですね特に瀬戸市内は、愛知環状鉄道線と合わせて、優等列車通過駅が一切ありません
@@光宏日比野瀬戸線は末端まで行くと急行すら各停になりますもんね…
豊川線の豊川稲荷駅は開業時は「新豊川」だった
元々、伊奈から現JR飯田線小坂井を経由して豊川へ行く支線の代替でした。
5:28 真価を発揮するのは東岡崎から先で、元々急行だったのを 特急に置き換えてるから本宿と美合にも特別停車する
名鉄は先頭車両に貫通扉の無い車両が多い印象があるけど、併結が少ないのか、多いけど併結の手間を減らす目的で無くしているのかどちらだろう。
おそらく後者。ちなみに増解結が日常的に多い京急も確か貫通扉ない車両が多めだったはず
@@ネオファリア ありがとうございます。関西は貫通扉を付ける鉄道会社が多いです。幌の無い非常時貫通(JR西日本、京阪)にしている所も。
そして、しーめーきりが誕生石する
ミニ路線といえば、関東では京王と東武、関西では阪急と近鉄のイメージ。ただ、阪急や近鉄は1駅の支線がないのか?関西ではJRや能勢電鉄くらいか?
豊川線快速特急は豊川線内各駅と国府、本宿、美合、東岡崎、そっから通常通りと特別停車が多いんですよね。しかも、国府で2両繋ぐけど国府は8両に対応していないから特別車はドアが開かないっていうカオスな電車ですよ。
(実は豊川線は昨年に全駅快特停車駅に昇格しとるんですよ…)
@@ネオファリア そうなんですね。でも停車駅に変わりはないしカオスということにも変わりないと思います。
ネタが細かいですな1:54 常滑線の旅客輸送が段々増えてきて、貨物輸送が逼迫してきたのも名古屋臨海鉄道の線路敷設に至る理由の1つ3:39 「国府」は「こう」です6:19 「内海」は「うつみ」です10:28 列車本数が少ないのは一宮〜玉ノ井間で1列車しか入れないが行き違い設備の余地が全く無く、これ以上列車本数を増やせない為
@@tomo8776 国府は「こう」、国府宮は「こうのみや」です
※一応東大研究チームの名鉄コレクションで再確認してみようかとは思います、ね!そして豊川鉄道や豊橋鉄道についても、解説動画の投稿をご検討願えますと有難いですよねぇ!
多分、常滑ー中部国際空港間は、常滑線だと思われてるのかも。同じように、江吉良ー新羽島間は竹鼻線、津島ー弥富間は津島線だと思われてるかもしれない。また逆に、新可児ー御嵩間は広見線で無く、御嵩線かと思われてるのかもね。
名鉄の種別変更や特別停車や切り離し他の地域行くと名鉄は異常と感じる種別変更は名鉄以外でもあるけど多くは他社直通特別停車は他の会社だと種別名鉄より多いことが多い JRの特急は列車によって停車駅違うけど特別停車じゃなくて停車駅案内で対処してる感じ切り離しは切り離される側の行き先でJR西日本やJR東日本で見たら切り離される駅の行き先になってるのにびっくり 名鉄もそれをやればいいのにと思った(JR東海でもやってないけど)
特別停車や種別変更は00年代に比べたら大幅に減ったというね。何なら今年の改正でセントレア準急か新鵜沼始発に変わって更に減った。支線→本線→支線な直通が多いから下手に種別を細分化すると余計にこんがらがる気がする
昔、1995年頃、名鉄のトレインシミュレータで、築港線のHSSTが運転できた様な?
6分30秒の表現がうつみではなく、ないかいになっていますね…尾西線の紹介画像が、仮称小野裏駅になっていますね…
高山線への連絡線は道路になっちゃったな。
知多新線の話で内海をうちうみならまだしもないかいと読んでるの笑ってしまった…ちなみに日本福祉大学は何年か後に現在は美浜キャンパスにある学部が一部半田に移動し美浜キャンパスの敷地内に美浜町の小学校が統合される予定があるのでこの先知多新線の利用者はさらに減るであろう…
絶望やね
@@user-stationery-mania 原則としてワンマン運転に変わり、野間 上野間の名古屋方面ホームと行き違い交換機能が廃止になり、途中の列車行き違いが知多奥田と別曽池信号場のみに限られ、列車増発機能が半減しましたそれだけ乗降客が少なくなったという事ですね
貨物に関してはこれから廃止廃線ではなく 活用すべきと思うがな日本政府は もし地球温暖化が本当なら 24年問題も起きてるし 大荷物や人間も大量かつ早く届けれるメリットあるはずだし電気自動車なんかよりよっぽど効果ある 何度も言うけど地球温暖化が本当ならね
ヒント:2024年問題は鉄道も無関係ではない
周りが海の日本ではトラックだけでなく船とも競合するんだよ。
知多新線は、加算運賃で建設費回収を進めていますが、未だに回収率30%未満です
空港線より20年早く開業して回収率が既に抜かれてるんよな…
@@ネオファリア 内海駅まで延伸した時点で、沿線が市街化調整区域に指定されて宅地化がほぼ不可能になり、美浜緑苑で少々住宅街が形成されるに留まった事内海駅が本来の海岸付近から、現在の内海中学校前に変わって、駅から海岸までの移動客を相手にした商売を地元が目論んでいたこと等が災いしました
@@光宏日比野宅地開発は別曽池のトンネル工事が難航したのが大分響いた感じよね。内海開業も遺跡出土で遅れたけど、これ自体はそれ程影響なかったか
羽島線
竹鼻線の江吉良以遠が廃止されてから、羽島線はすっかり埋もれてしまいましたね。
羽島線は、用地買収に手こずって、開業が大幅に遅れた。
ちなみに竹鼻線の終着駅の近くには今は名古屋の大須観音が元々ありました。以前はここから小千保稲荷までのバスの乗り換え駅でもありました
@@blackstone7454 おちょぼ稲荷まで路線があったら、もうちょっと歴史は違っていたかも。橋をかける金がなかったのかな。
埋もれた、存在感がなくなったというか、どこからどこまでなのかという正確な路線実態が把握されてないだけだと思う竹鼻線との区別がつかないだけで一応は新幹線連絡の路線まあ竹鼻線はおちょぼさん/正確には千代保稲荷まであってもどのみち廃線は免れなかっただろう
名鉄、迷鉄ともいうだけあって、本線系統だけでなく支線系統も迷要素がたくさんですね。さらに高山本線や富山地鉄に直通していた時代もあったのだから凄いわ。(戦前は近鉄とも乗り入れていましたっけ?)
戦後の一時期ですね。
@@vx1192 さん戦後でしたか!これまた、失礼しました。
平成2年まで、特急北アルプスはJR西日本富山駅に乗り入れしてました
内海は「うちうみ」ちゃう「うつみ」や!
6:29のシーン,「内海」は「ないかい」ではなくて「うつみ」と呼ぶ!
内科医は名井🈚️😮
この曲を聞きながらの名鉄の動画、嬉しすぎて何度も見てしまいます😊実は私、名鉄のファンなんです。
「実は」って・・・この手のチャンネル見てて、しかもそのアイコンで実はも何もないでしょ
其れが迷鉄QUALITY
うちうみ→うつみ
ないかいって言ってた気がするんだが
内海(うちうみ)はJR日南線の駅名。
名鉄は、ローカル線も迷鉄噺。知多新線の内海駅は、もう少し海側に駅を置く予定であった。2面2線のローカル線の終点だが、当初は、2面4線の予定だった。
今、高架の2面4線ですよ
知多新線は延伸を重ねた結果、未だに「知多線」になれない。
知多新線のまま廃線になりそう
近鉄、東武の単路線もよろしくお願いします。
愛知電気鉄道って、今の愛工大とも関係あるのかな。築港線といえばダイヤモンドクロス。
知多新線 小野浦駅
西暦2005年、名鉄美濃町線と岐阜市内線は廃止された。名鉄の軌道線は姿を消したかのように見えた。・・・だが、名鉄の軌道線はシ滅していなかった!!豊川線の前身である豊川市内線は現在の諏訪町にあった豊川海軍工廠への工員輸送という軍需路線として1945年2月に国府~市役所前(現在の諏訪町)が開業、戦時中の資材不足でも線路や橋梁は休止していた西尾線や三河線からひっぺがしたものを、車両は谷汲線の中古車と100%リサイクルで作られました。軌道線として建設開業したのは開業を急務として建設工程を簡略化するのが目的と考えられます。戦後は豊川稲荷参拝客に舵を切り直し、1954年4月に稲荷口、同年12月に新豊川(現在の豊川稲荷)へと延伸して現在の路線となりました、もちろん軌道線のままで。ちなみに鉄道線(名古屋本線)と軌道線(豊川線)では運転免許が異なるため、豊川線に出入りするすべての列車は国府で運転士が交代します。
瀬戸線と同じ会社とは思えない位カオスだ
もう少し調べて投稿してください。間違えだらけ。
読み方についてはゆっくり音声の都合で仕方がない面もある
デルタ線面白すぎゆっくり各駅停車最高
1コメ!
尾西線津島~一宮間は津島~森上間は複線で森上~一宮間は単線で昼間は津島~森上の複線が30分に1本で森上~一宮間の単線が15分に1本運転しています。
一宮~玉ノ井間ほ交換できずにピストン運転です。
35年前に平日朝津島~玉ノ井間通し運転がありました。
知多新線の内海駅から内海海水浴場微妙に距離あるんよな…めっちゃ広くて砂浜もきれいだけど車で来る人がやっぱ多いんだろうね…
国府の鉄板ネタは国府高校kō kō kō
ちなみに春日井には上条城Jō Jō Jō
名鉄の奇妙な駅 ちなみに吉良吉田もあります。 もしかして名鉄の駅にジョジョ要素があったりして。
春日井の上条城の城跡石碑がなぜか岐阜県大野町の民家で発見されたそうな。
(盗難ではなく城主家系が1985年頃債務整理で売却したため)
@@monoeye4x489 様
吉良吉田は吉良吉影ではなく忠臣蔵の悪役「吉良殿」とされた吉良上野介義央(実は名君)が
領主を務めたのが由来です。
豊川稲荷発の快速特急ですが、本来停まらないはずの国府、本宿、美合には特別停車するのに新安城は見事に通過する面白い列車でもあります
国府~東岡崎で実質的な急行運転を行うのは、豊橋発の急行が不足しているのを補う為です
尾西線の弥富~津島間は名鉄の中でも一番古い路線で尾西鉄道が1898年に開業している。
次に歴史の古い名鉄線は瀬戸線で、1905年に瀬戸自動鉄道として瀬戸(尾張瀬戸)~矢田(現 名古屋市内)で開通、客車に燃料と動力機関を搭載したセルポレー式蒸気動車(フランスから購入)が投入去れ、日本初の気動車運転が実施されました
しかし、緩いながら勾配のある瀬戸線に合わなくて故障が多発したので、1906年に瀬戸電気鉄道に社名が変わり、1907年から電化運転が始まりました
その為、今でもせとでんと呼ばれています
1940年、名鉄に吸収合併されて、名鉄瀬戸線となりました
1976年まで、土居下~堀川では名古屋城の外堀を走行してました
1978年3月の1500V昇圧を経て、同年8月に清水~栄町の地下新線が開通しまして、土居下~堀川の外堀区間は全面廃止されました
名鉄本線有松駅には絞りがありまつ❤
尾西線一宮方面から津島線に直通するということは津島でスイッチバックか
現在は朝時間に津島駅でスイッチバックし佐屋方面からの列車と併結し運行されている。
短い路線とは違うけど、かつての名鉄常滑線には、途中の古見(こみ)駅と大野町駅に折り返し設備がありました。
本数はほぼ無いですが、古見行き、大野町行きがあった記憶があります。
何故この二駅に折り返し設備があったかは不明ですが、今では考えられませんね。
国府駅のローマ字表記の短さも面白い。
一昨日豊川稲荷駅行ったからめっちゃタイムリーだなぁ(^-^)/ いつか瀬戸線も取り上げて欲しいなぁ❤
尾西線のうち、玉ノ井-名鉄一宮間にある奥町駅は1日の平均乗降客数は4,000人超で、尾西線内では名鉄一宮、津島に次ぐ3番目になる。事実上、最も無名なで存在感が薄い盲腸線なのに、名鉄はここを廃止にしようとしない。
広見線新可児〜御嵩も大概だろう
たった4駅で終点で往復30分をワンマンたった1編成でひたすら行き来する
広見線新可児~御嵩間とJR太多線多治見~可児間は実は生き別れの兄弟路線でもあります。
(東濃鉄道(初代)として新多治見~広見(現在の新可児)~御嵩が開業、新多治見~可児間が国有化され
新可児~御嵩間は東美鉄道として再スタートし、犬山~新可児間を開業した名岐鉄道に合併)
明智駅の交換設備が撤去されたから正真正銘1両しか入れなくなっちゃった。
以前は明智で待ち合わせしてやっていた車両交換を、どのタイミングでやってるのか謎すぎる
築港線の運用が4両編成から、2両編成ワンマン運転に変わり、混雑が激化した。
でも通勤ラッシュ時に市バスも死ぬ程出てるからまだ良いじゃん2両編成でも鉄道有るだけ有りがたいと思った方が良いよ!鉄道どころかバスしか通って無い所もあるんだから!
名鉄は日本最大の私鉄だが、色々な路線が合併してできた。支線が多いがみな吸収合併したものだ。
最大の私鉄?
路線延長なら近鉄東武に次いで三番目ですよ
知多新線、内海延伸時に海水浴客輸送の為、神宮前〜富貴は通常、内海、河和発着が毎時1本ずつが、内海3本、河和2本という臨時ダイヤで、圧巻は当時地平ホームの太田川を内海行の臨時2本は通過、ポイントは分岐する河和線が優先だった。当然通過で先述の区間はノンストップ。特急の名称は「とびうお」だった。更に夕方の名古屋方面への帰りの特急には、行先が新広見(現 新可児)、明治村口(現 羽黒)で特急の名称は「日本ライン、明治村」というのもあった気がする。今では考えられないが。
羽島線を取り上げるなら空港線も。
3:43 国府はこうと読みます。
奥町(最寄り駅)の物です
昔は玉ノ井~津島までの運用がありました。
(まだ起線の路面電車が走ってた時代です)
通称:玉ノ井線って読んでます
ミニ路線かぁ!これはたのしみゆつくりみます!
10:23利用客は通勤通学含めて一定数いるんだけど。
奥町駅は乗降客4000人超えてるし、行き違い設備無いから仕方なく1h2本。ただ、日中1h4本にまではするほどでは無いという微妙さ。
昔は朝だけ玉ノ井への直通もあったし、森上始発のパノラマカーがあったんやで。
名鉄の路線は大動脈と毛細血管に分類されるくらいに思ってます(笑)
現在は名鉄瀬戸線以外は全部名鉄名古屋本線とのネットワークを形成してるけど、かつては周辺都市だけで完結する中小私鉄が愛知県内に乱立してたんだもんなあ。結果的に合併を繰り返して名古屋鉄道という一つの会社になったけど、名鉄ネットワークから弾かれてたら経営が成り立たず詰んだ会社がほとんどなんだろうなあ。
名鉄って家の近所を通ってるし毎日通勤で使ってるからなんとも思わないけど、何回も名鉄を話のネタにしてくれるって事はよっぽどカオスな鉄道会社なんだなって思ってしまった😂
ちなみに国府駅って「こくふ」じゃなくて「こう」なんだけどね😅
名鉄は初見泣かせですからね。紹介されたミニ路線に乗り入れる電車に間違って乗ってえらい目に遭うことも。
豊川線はかつて元旦〜節分の初詣シーズンで、臨時特急が設定され、線内は毎時特急3本、急行1本、普通2本というカオスなダイヤだった。因みに豊川稲荷から折り返しの行き先と名称は「なりた」(新鵜沼)「あつた」(新名古屋)「お千代保」(津島)「谷汲」(新岐阜)。下りは神宮前〜国府、上りは豊川稲荷〜東岡崎はノンストップという設定もあった。満席で途中駅での乗降扱い不可の為。
尾西線…あれで名鉄の現有路線では一番長い歴史を持っているんですよね。
開業は1898年ですから確かに最も古いですね、
明治村の12号蒸気機関車も尾西鉄道開業で鉄道作業局から払い下げられました。
玉ノ井から先は木曽川港までが1951年までありました。
国府→こう
内海→うつみ
です。
築港線は新車や海外輸送で臨海線からやって来るのが面白いです。
また豊川線や知多新線は全ての列車が各駅に停車しているのでやっぱり迷鉄です。本当に名鉄は面白くてとても好きです。
また、築港線は役目を終えて廃車回送された電車が沿線の解体業者でスクラップにされる場所でもあり
築港線は名鉄電車の生涯の始まりと終焉の路線といえます。
[ !!!!警告!!!! ]
解体業者に無断で忍び込み解体部品を盗む不届き者共のせいで、迂闊に築港線沿線をぶらついたり
撮り鉄をしていると巡回中のお巡りさんから職務質問を受ける危険性が高いのでご注意を。
優等種別の各駅停車なんて探せばいくらでも出てくるし言う程迷要素か?ってなる。お隣の東海道線も岐阜~豊橋以外は快速系が各駅停車化するし、どこぞの赤いのも特定路線で快特を全駅停めたりしてるし。
@@ネオファリア 瀬戸線急行も尾張旭~尾張瀬戸は、各駅停車ですね
特に瀬戸市内は、愛知環状鉄道線と合わせて、優等列車通過駅が一切ありません
@@光宏日比野瀬戸線は末端まで行くと急行すら各停になりますもんね…
豊川線の豊川稲荷駅は開業時は「新豊川」だった
元々、伊奈から現JR飯田線小坂井を経由して豊川へ行く支線の代替でした。
5:28 真価を発揮するのは東岡崎から先で、元々急行だったのを
特急に置き換えてるから本宿と美合にも特別停車する
名鉄は先頭車両に貫通扉の無い車両が多い印象があるけど、併結が少ないのか、多いけど併結の手間を減らす目的で無くしているのかどちらだろう。
おそらく後者。ちなみに増解結が日常的に多い京急も確か貫通扉ない車両が多めだったはず
@@ネオファリア ありがとうございます。
関西は貫通扉を付ける鉄道会社が多いです。
幌の無い非常時貫通(JR西日本、京阪)にしている所も。
そして、しーめーきりが誕生石する
ミニ路線といえば、関東では京王と東武、関西では阪急と近鉄のイメージ。
ただ、阪急や近鉄は1駅の支線がないのか?関西ではJRや能勢電鉄くらいか?
豊川線快速特急は豊川線内各駅と国府、本宿、美合、東岡崎、そっから通常通りと特別停車が多いんですよね。しかも、国府で2両繋ぐけど国府は8両に対応していないから特別車はドアが開かないっていうカオスな電車ですよ。
(実は豊川線は昨年に全駅快特停車駅に昇格しとるんですよ…)
@@ネオファリア そうなんですね。でも停車駅に変わりはないしカオスということにも変わりないと思います。
ネタが細かいですな
1:54 常滑線の旅客輸送が段々増えてきて、貨物輸送が逼迫してきたのも名古屋臨海鉄道の線路敷設に至る理由の1つ
3:39 「国府」は「こう」です
6:19 「内海」は「うつみ」です
10:28 列車本数が少ないのは一宮〜玉ノ井間で1列車しか入れないが行き違い設備の余地が全く無く、これ以上列車本数を増やせない為
@@tomo8776 国府は「こう」、国府宮は「こうのみや」です
※一応東大研究チームの名鉄コレクションで再確認してみようかとは思います、ね!
そして豊川鉄道や豊橋鉄道についても、解説動画の投稿をご検討願えますと有難いですよねぇ!
多分、常滑ー中部国際空港間は、常滑線だと思われてるのかも。
同じように、江吉良ー新羽島間は竹鼻線、津島ー弥富間は津島線だと思われてるかもしれない。
また逆に、新可児ー御嵩間は広見線で無く、御嵩線かと思われてるのかもね。
名鉄の種別変更や特別停車や切り離し他の地域行くと名鉄は異常と感じる
種別変更は名鉄以外でもあるけど多くは他社直通
特別停車は他の会社だと種別名鉄より多いことが多い JRの特急は列車によって停車駅違うけど特別停車じゃなくて停車駅案内で対処してる感じ
切り離しは切り離される側の行き先でJR西日本やJR東日本で見たら切り離される駅の行き先になってるのにびっくり 名鉄もそれをやればいいのにと思った(JR東海でもやってないけど)
特別停車や種別変更は00年代に比べたら大幅に減ったというね。何なら今年の改正でセントレア準急か新鵜沼始発に変わって更に減った。
支線→本線→支線な直通が多いから下手に種別を細分化すると余計にこんがらがる気がする
昔、1995年頃、名鉄のトレインシミュレータで、築港線のHSSTが運転できた様な?
6分30秒の表現がうつみではなく、ないかいになっていますね…
尾西線の紹介画像が、仮称小野裏駅になっていますね…
高山線への連絡線は道路になっちゃったな。
知多新線の話で
内海をうちうみならまだしも
ないかいと読んでるの笑ってしまった…
ちなみに日本福祉大学は何年か後に
現在は美浜キャンパスにある学部が一部半田に移動し
美浜キャンパスの敷地内に美浜町の小学校が統合される予定があるので
この先知多新線の利用者はさらに減るであろう…
絶望やね
@@user-stationery-mania 原則としてワンマン運転に変わり、野間 上野間の名古屋方面ホームと行き違い交換機能が廃止になり、途中の列車行き違いが知多奥田と別曽池信号場のみに限られ、列車増発機能が半減しました
それだけ乗降客が少なくなったという事ですね
貨物に関してはこれから廃止廃線ではなく 活用すべきと思うがな日本政府は もし地球温暖化が本当なら 24年問題も起きてるし 大荷物や人間も大量かつ早く届けれるメリットあるはずだし
電気自動車なんかよりよっぽど効果ある 何度も言うけど地球温暖化が本当ならね
ヒント:2024年問題は鉄道も無関係ではない
周りが海の日本ではトラックだけでなく船とも競合するんだよ。
知多新線は、加算運賃で建設費回収を進めていますが、未だに回収率30%未満です
空港線より20年早く開業して回収率が既に抜かれてるんよな…
@@ネオファリア 内海駅まで延伸した時点で、沿線が市街化調整区域に指定されて宅地化がほぼ不可能になり、美浜緑苑で少々住宅街が形成されるに留まった事
内海駅が本来の海岸付近から、現在の内海中学校前に変わって、駅から海岸までの移動客を相手にした商売を地元が目論んでいたこと等が災いしました
@@光宏日比野宅地開発は別曽池のトンネル工事が難航したのが大分響いた感じよね。内海開業も遺跡出土で遅れたけど、これ自体はそれ程影響なかったか
羽島線
竹鼻線の江吉良以遠が廃止されてから、羽島線はすっかり埋もれてしまいましたね。
羽島線は、用地買収に手こずって、開業が大幅に遅れた。
ちなみに竹鼻線の終着駅の近くには今は名古屋の大須観音が元々ありました。以前はここから小千保稲荷までのバスの乗り換え駅でもありました
@@blackstone7454
おちょぼ稲荷まで路線があったら、もうちょっと歴史は違っていたかも。
橋をかける金がなかったのかな。
埋もれた、存在感がなくなったというか、どこからどこまでなのかという正確な路線実態が把握されてないだけだと思う
竹鼻線との区別がつかないだけで一応は新幹線連絡の路線
まあ竹鼻線はおちょぼさん/正確には千代保稲荷まであってもどのみち廃線は免れなかっただろう
名鉄、迷鉄ともいうだけあって、本線系統だけでなく支線系統も迷要素がたくさんですね。
さらに高山本線や富山地鉄に直通していた時代もあったのだから凄いわ。(戦前は近鉄とも乗り入れていましたっけ?)
戦後の一時期ですね。
@@vx1192 さん
戦後でしたか!これまた、失礼しました。
平成2年まで、特急北アルプスはJR西日本富山駅に乗り入れしてました
内海は「うちうみ」ちゃう「うつみ」や!
6:29のシーン,「内海」は「ないかい」ではなくて「うつみ」と呼ぶ!
内科医は名井🈚️😮
この曲を聞きながらの名鉄の動画、嬉しすぎて何度も見てしまいます😊
実は私、名鉄のファンなんです。
「実は」って・・・
この手のチャンネル見てて、しかもそのアイコンで実はも何もないでしょ
其れが迷鉄QUALITY
うちうみ→うつみ
ないかいって言ってた気がするんだが
内海(うちうみ)はJR日南線の駅名。
名鉄は、ローカル線も迷鉄噺。
知多新線の内海駅は、もう少し海側に駅を置く予定であった。
2面2線のローカル線の終点だが、当初は、2面4線の予定だった。
今、高架の2面4線ですよ
知多新線は延伸を重ねた結果、未だに「知多線」になれない。
知多新線のまま廃線になりそう
近鉄、東武の単路線もよろしくお願いします。
愛知電気鉄道って、今の愛工大とも関係あるのかな。築港線といえばダイヤモンドクロス。
知多新線 小野浦駅
西暦2005年、名鉄美濃町線と岐阜市内線は廃止された。
名鉄の軌道線は姿を消したかのように見えた。
・・・だが、名鉄の軌道線はシ滅していなかった!!
豊川線の前身である豊川市内線は現在の諏訪町にあった豊川海軍工廠への工員輸送という軍需路線として
1945年2月に国府~市役所前(現在の諏訪町)が開業、戦時中の資材不足でも線路や橋梁は休止していた
西尾線や三河線からひっぺがしたものを、車両は谷汲線の中古車と100%リサイクルで作られました。
軌道線として建設開業したのは開業を急務として建設工程を簡略化するのが目的と考えられます。
戦後は豊川稲荷参拝客に舵を切り直し、1954年4月に稲荷口、同年12月に新豊川(現在の豊川稲荷)へと延伸して
現在の路線となりました、もちろん軌道線のままで。
ちなみに鉄道線(名古屋本線)と軌道線(豊川線)では運転免許が異なるため、豊川線に出入りするすべての列車は
国府で運転士が交代します。
瀬戸線と同じ会社とは思えない位カオスだ
もう少し調べて投稿してください。間違えだらけ。
読み方についてはゆっくり音声の都合で仕方がない面もある
デルタ線面白すぎ
ゆっくり各駅停車最高
1コメ!