函館本線43レ 旧型客車列車 ノーカット版後編
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- Опубликовано: 16 сен 2024
- ※分割無しのリニューアル版をアップしました。
1986年9月撮影
マスターテープからほぼノーカットでアップしました。
後編 長万部→ニセコ
二股駅は交換設備と側線と貨物ホームがあり駅員もいる立派な駅舎がありました。
2017年に廃止になった蕨岱駅(国鉄駅で50音順で最後の駅名でした。現在JRで最後の駅名は蕨駅)の到着映像があります。
当時はまだ交換駅でタブレットの通過授受設備がありました。
この撮影の2ケ月後に交換設備を廃止して無人駅になりました。
倶知安発札幌行き快速3559Dの小樽築港~張碓を付けました。
快速3559Dは南小樽ー札幌間ノンストップの列車でした。
1990年から臨時駅、1998年から休止駅、2006年に
廃止になった現役時代の張碓駅の通過映像(22:28)があります。
この時代、牽引型普通列車は、完全手動タイプ、懐かしい。
ありがとうございます。走行中も開きっぱなしの扉が爽快で好きでした。
末期の北海道の旧客はどれも混んでいて、唯一空いてそうだったのが、この43列車でしたが、夜行の46列車で森で降りるとかなりの待ち時間があるので、眠くてあきらめてしまいました
函館駅で荷43レが止まっているのを見て、乗っても分からんだろうと思いましたが乗れませんでした。
途中の銀山からは乗ったことがありますが、その時点ではボロボロに混んでいました
そうなんですよね。上野から18きっぷで函館まで
行きましたが、43レの客扱いが森からなので
函館ー森は別料金で北斗に乗りました。どうせ乗るならキハ82の北海に乗りたかったのですが北海は長万部まで
止まらないのでキハ183の北斗になりました。
空いていた43レもニセコからは大分混んできたので
撮影を止めて余市で下車しニッカへ行くことにしました。
azaz31415 ありがとうございます。
この返信コメントを見て、「ん?なんで僕は北斗で森まで行かなかったのだろうか?」と一瞬思いましたが、よくよく考えたら、46列車の函館到着時には、北海、北斗とも発車した後なので、どっちにしても乗る事が出来なかったのだ、と思いました。
すみません。札幌方面からだったですね。自分は連絡船1便からでした。
旧型客車、拙者、子供の時、母親と一緒に、和歌山市-海南間、乗ったことあるでござる、青色車両でござる、マルーン色の客車、周参見-和歌山市間も、乗ったでござる、拙者、ちなみに、マルーン色の新型レトロ客車、DLやまぐち号、新山口-津和野間、乗ったでござる😊
やっぱし、北海道の汽車旅はこうでなくっちゃ! ・・・こんな汽車旅が、時代の流れでもう出来ないと思うと、おじさんとしては寂しい限りぞ。
ありがとうございます。全く同感です。いくら時間がかかってもいつまでも乗っていたい列車でした。
情報にて期待は営業には審査にて黒字列車創作に四十万人よりファン様には、機関車型牽引客車と定期型?寝台列車増設は団体型車輌連結を製造、しばらく後に営業です。
この時代の撮影にしては鮮明に感じますが、SVHSとか解像度400クラスの機材ですか?
SONYのVideo8です。この撮影時点では画質アップした後継機が出ていました。
@@azaz31415 1986年だとまだHI8出てなかったと思うのですが、普通のvideo8でも解像度の割には画質いいんですね。VHSの動画って、「当時はよくこんな汚い画質でも満足してたもんだな」って印象だったので。
確か初のCCDカメラだったと思います。
プロジェクトXに出て知りました。
手動ズームに手動フォーカスでしたが
後継機のProだったかな?からはオートフォーカスにパワーズームになったかと。