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おそらく、このホームに幼少期の私がいたはず。ホームで夕食とは別腹のそばを食べて、夏休みの札幌で遊び疲れて、江別、岩見沢、美唄と進んで、砂川で目を覚まし、滝川で暗闇へ先行する本編成を見送って、自らは富良野方面へ。降りたったホームの暗さだけは、いまでも覚えてます
幼い頃の記憶って断片的ながら、妙に鮮明に思い出せることってありますね。この音声を聴いて過ぎ去った遠い昔の記憶をよみがえらせていただけましたら嬉しいです。
@@急行-宗谷 いつも寝れないときに、枕元に置いて聞いてます。いつの間にか寝ちゃうんですよね(笑)
素晴らしい動画です!ナマラ懐かしんでナイカイ!当時は沢山の路線が、そして急行が、生きていましたねえ。今とは大違い。小樽出身の還暦のオヤジです。
もう40年以上前の古い録音ですが、懐かしさを感じて頂けましたら嬉しいです。
思い出がよみがえります。この列車には乗車しておりませんが、増毛までの懐かしい駅名と到着時間の放送、そして何といっても舎熊や礼受などの駅名板の写真、50年前を思い出しております。変わった駅名の多いこと、今でも思い出します。状態の良い録音・そして保存管理、そして、時刻表付きの映像と当時の写真付き、急行宗谷さんの力作に感謝申し上げます。増毛の駅は、高倉健さんの映画「駅」に出てくるとおりで本当に懐かしい。私が増毛を訪問したのは1973年の2月でした、もう49年前のことです。
高品質の音声や写真ではありませんが、様々な記憶がよみがえり、懐かしさを感じて頂けました何よりです。毎度変化にとぼしいスライドショーですが、いつもご視聴と暖かいコメント有難うございます。
@@急行-宗谷様 増毛駅から連絡船の雄冬丸(総トン数250トン程度)に乗船。1泊で増毛に戻るつもりが雄冬に1週間閉じ込められました。海が荒れ連絡船が連日の欠航でした。港から少し登ったところの民宿を利用、それは、ミシンの営業や修理のため雄冬に来た方々と連絡船の中で知り合い民宿を紹介していただきました。 毎朝、雄冬港の旗(折り返し出帆まで1・2時間の時間あり)、赤旗は増毛行きの折り返し便はすぐに出帆、旗ナシは欠航、通常運行は白旗・・・・・三種類に分かれていましたが詳細は間違っているのかもしれません。お許しを)を望むのが日課となりました。そんな経験があります。 その後、高倉健さん主演の「駅」の映画を見て、さらに思い出がよみがえりました。現在は雄冬への国道も開通し、当時の面影はないでしょう。雄冬は日本で最後に残された秘境で、電話は「待時通話」の地域でした。これは、ダイヤルのない電話です。交換台に、東京の000局0000番つないでくださいといい、電話を切りしばらく待っていると「繋がりました」とコールがありました。
@@文殊院陽光-h5j 様。道路がなく船でしか往来ができなかった雄冬。海が荒れれば船便も欠航。そういう不便な土地にも人が住み、生活があったのですね。結果的に1週間もの滞在になってしまい、船が出るのが待ち遠しかったことと思いますが、人との交流など、素晴らしい経験をされたことと思います。
旧駅舎時代の札幌駅の雰囲気を懐かしく聞かせてもらいました。旭川駅の呼称が「あさひがわ」となっていたのも親しみがあり国鉄時代の記憶がよみがえります。
昔の札幌駅はいつも活気に満ちていましたね。そんな雰囲気を思い出し、懐かしく感じて頂けましたら嬉しいです。
国鉄時代にはよく複数の行き先が違う車両を連結した急行がありましたね。そしてグリーン車はともかく、普通車はキハ22とかが使用されて劣化急行とも揶揄されていたときもありました、とはいえ当時は道民の足として定着していましたから乗車率も悪くなく、私もこうした列車はよく利用した物でした。それと札幌駅を発車する際のベルの音も懐かしく当時を思いながら見させていただいております。私も少ないながら録音がのこっていますが再生器機が無いためレコードと一緒に保管してます。
途中で分割される列車は誤乗がないよう、乗客も案内する職員も大変だったことと思います。録音の対象としては楽しかったですが。逆に併合する場合は列車に遅れが生じた時など運用に苦労したこと思います。古い録音が眠っているのですね。カセットでしたら比較的安い機材でパソコンに取り込むこともできますが。
いつも懐かしい、そして北海道国鉄遺産級の音声、ありがとうございます。
懐かしさを感じて頂けましたら嬉しいです。昔は札幌から各都市へ直通する列車がありましたが、今はほとんどバスになってしまいました。時代の流れですね。
いつも貴重な映像と音声をありがとうございます。ザ国鉄の駅員さんのアナウンスと札幌地上ホームが懐かしくて学生時代を想い出します。
昔の札幌駅、活気がありましたね。高架になって広い空間ができた時、そこに新幹線の駅ができるのだと思いましたが、そうはなりませんでしたね。
懐かしです❗️自分はるもい4号をよく利用していました。かむい13号…一度だけキハ82がが付いていた記憶があります…その日は満員状態で連結後のるもいの車両とかむいの車両中間連結部に居たのですが特急のヘッドマークが付いた車輌の記憶が有ります…それは今でも謎です😅
車両の運用のことは疎いのですが、キハ82が付いていたとは珍しいですね。車両不足だったのでしょうか・・・
出身は深川で、上りの「かむい、ましけ」の入れ換えを見てました。
それはうらやましい。駅に佇んで分割・転線・併合などを終始眺めていたら楽しいだろうなぁと思います。
急行宗谷さんの別動画でも投稿させていただきましたが、1日中札幌市内の事業所や北海道庁、国の出先機関などで、会議参加や仕事や陳情に一生懸命に働いた地方営業所や役場の担当者が、地元に戻る需要を満たす為に、国鉄北海道総局が走らせたと思われるローカル急行列車ですね。ダイヤが混み合っている函館本線区間を有効活用する目的で、小樽~札幌間は普通列車で通勤通学需要に応えて、札幌からは急行列車として運転、途中の滝川や深川で支線(本来は留萌本線と根室本線ですが、函館本線との比較の対象として支線表現を使います)にいく編成を切り離して終着旭川まで運転。もともと列車運転自体が少ない留萠~増毛は再び普通列車に戻って終列車の役割も果たすという、便利な急行列車でした。
朝の上りは留萌が7時24分発(増毛始発)、富良野が7時18分発(落合始発)、札幌10時17分着。日帰り出張でほぼ一日お仕事をされていた方も多いのですね。
毎回貴重なお宝音源とスライドショーを拝見出来て感激してます😄しかし毎回思うのですが音源に残されて令和の時代まで保管されている事です。投稿者様の先見の明と動画配信にはただ感謝しかありません。
ありがとうございます。単に鉄道趣味のコレクションで「先見の明」などと呼べるようなものではありませんが、パソコンで音声と画像を組み合わせたスライドショーができ、RUclipsで公開でき、「お宝音源」と高評価を頂戴できるとは。これはこれでいい時代になったものです。
当時は留萌本線のほかに日高本線、天北線、瀬棚線に急行が設定されてました。特急は函館⇔網走間のおおとり、函館⇔釧路間のおおぞらが堂々と走ってました。今では全く有り得ない列車ばかりです。一度でいいから乗ってみたかった😭
昔の札幌駅は様々な行先の列車が発着していましたね。幹線から支線へ直通する列車も楽しかったです。
昭和55年ですが、当時小学校2年生です(今年50になります😅)恐らく函館本線経由留萌本線ですね❗留萌~増毛は北海道勤務時代に廃線前に乗りました❗
留萌~増毛間の廃止はまだ記憶に新しいので乗車された方も多いと思います。深川~留萌間も今のうちですね。
子供時代、夏の夕景の小樽。DC普通列車にグリーン車が付いていた記憶。この列車だったんだ!普通列車にグリーン車は、道内ダイヤでもこの便だけではなかったかな。いやあ、懐かしや。
急行「ちとせ」も東室蘭~室蘭間で普通列車のグリーン車を営業していましたね。当時は諸物価と比較して、グリーン料金が高かったので乗ったことはありませんでしたが・・・
こんばんわ。仰るように、増毛〜留萌間が廃止されたのは、最近の事と思っていましたが、もう5年を過ぎていたんですねぇ。増毛駅は、あの高倉健さん主演の「駅」の舞台のひとつ。今でも保存されているのが駅前の風待ち食堂。この映画には上砂川駅も登場していますね。考えてみると、高倉健さんの映画には、廃線となった北海道の鉄道がよく舞台に使われていますよね。ぽっぽ屋の幾寅駅もそうですし。遥かなる…の映画では、高倉健さんが逮捕されて護送中の列車の車内シーンがありますが、あの場面に使われたのは石北本線のようです。勿論、石北本線は健在ですが、その列車の車掌さんの車内放送に、「次は遠軽。湧網線はお乗り換え…」とあります。高倉健さんと北海道は切っても切れない。そうそう、南極物語では、抜海駅も舞台のひとつに出て来ます。映画の話ばかりで申し訳ありません。映画も北海道の鉄道も大好きな私。話は逸れますが、センバツの北海高校。大阪桐蔭に負けてしまいました😢別海高校も😢北海道2校が姿を消して、寂しいですね。北海道の鉄道が廃線、廃駅になるように寂しい😢長々とすみません
同じくです。鉄道ファン、北海道ファン、高校野球ファンの私です。映画ではありませんが、NHKで放映された「チロルの挽歌」というドラマでは芦別が舞台でしたね。
「547番接近」札幌の駅放送が独特でおもしろいです。この列車は小樽~札幌を普通列車で走るので、乗車券だけで乗られる「乗り得列車」ですね。
普通列車と急行列車で車両設備に差はないし、通過駅は張碓だけで、乗り得というほどではないような気もします。でも、旭川・富良野・増毛行きという旅の雰囲気は楽しめそうですね。
こんにちは。日曜日、ゆったりと拝見させて頂きました。留萌駅から増毛駅までの難読駅名、写真があり様子がわかりました。分岐駅で、車両編成図も切り離されて細かい演出が嬉しかったですね。いつも、ありがとうございます。
ゆっくりご視聴頂けて良かったです。毎度変わり映えしないスライドショーですが、いつもご視聴とコメントありがとうございます。
懐かしいですね、増毛。雄冬への風待ち港、映画「駅」ステーションを見て行きました。あのラストシーンと重なりました。吹雪の中、駅舎で食べた立ち食いそば、美味かった~。いつもありがとうございます。
増毛駅はJRになってからも何回か訪れていますが、季節によっては海からの冷たい風が骨身にしみるところでしたね。
急行かむい13号は深川で留萌本線急行ましけを切り離した後、同じ留萌本線から来た急行るもい4号を併結して終点旭川を目指す、いわゆる「浮気急行列車」でしたね。それにしても、最初の方に収録されている車内放送に灰皿の蓋を開け閉めしている「ペチペチ」という音が入っていて懐かしいですね。当時は成人男性総喫煙時代で灰皿は必ずあり、小生もよく灰皿の蓋を開け閉めして遊んでいました...
灰皿の音は全く気が付きませんでした。コメントを拝見して聞き直したら、確かに入っていました。かすかな音までも聴いて頂き有難うございます。
留萌方面行くのに幌延と留萌からくる列車を連結東北地方にも負けない多層建っすね
幌延発羽幌線経由旭川行も、羽幌で増結、深川で分割とこまめな運用をしていますね。
毎回貴重な音源、ありがとうございます。 時刻表動画を見ていと、 札~岩間 江別停車キハ56で34分 今は電車特急で25分 考え深いです
所要時間もそうですが、札幌~江別、札幌~岩見沢間の普通列車が、昔に比べて格段に本数が多くなったことに時の流れを感じています。新駅も増えましたね。
おはようございます🙇♀️お久しぶりですお元気ですか?急行かむいましけ懐かしいですね(*^^*)かむい旭川に行くのに良く利用させてもらいました。ましけは乗った記憶あるようなないような(笑)旭川は急行さちかぜも乗りました。何時も素敵な動画ありがとうございます🙇動画作成お疲れ様でした
おはようございます。早速のご視聴とコメント有難うございます。急行さちかぜは乗ったことがありませんでした。初めて北海道を訪れた頃にはまだ走っていたのですが、気が付いた時には特急いしかりになっていました。北海道旅行初心者の頃は普通に観光地を巡っていたものですから・・・。私が住む地域では梅雨入りを前に、暑さが始まっています。北海道は梅雨がないそうですが、気候の変動が大きい時季と思います。かな様も健康にお気をつけください。
@@急行-宗谷 さん。何時もお心遣いありがとうございます。北海道今日はお天気良いですけど最高気温14度です。宗谷さんも水分補給忘れないで体調気をつけて下さい
増毛駅、行き止まり駅はイイですね。(本当に旅の終わりって、感じがしますね。)
車止めの向こうに今乗って来た列車・・・こんな終着駅の構図が大好きなもので。
宗谷先生、新作ありがとうございます。
有難うございます。でも先生はちょっと・・・
お疲れ様です😀ずっと疑問に思っていました。「北海道のワンマンは何故前乗り前降りなんだろう?」と…。留萌を過ぎてやっとわかりました。仮乗降場→駅になったところって後ろドアを開けられない事情があったのですね。あまりの合理性にすこぶる納得してしまいました😅
前乗り前降りに疑問を持つこともなく、そんなものだと思っていました。今は路線と共に多くが廃止になりましたが、「朝礼台」のような乗降場が多かったですね。
地上駅時代の札幌駅・・駅員による肉声放送の「さっぽろぉ~ さっぽろぉ~ さっぽろぉ~♬」発車前チャイム♪・・そして・・今では考えられない多層階建て運用の急行・・在りし日の増毛駅と言った感じで、どれもこれも懐かしい!の一言につきますね!
ありがとうございます。懐かしさを感じて頂けましたら何よりです。発車前の雰囲気もできるだけ編集して入れてみました。一部お聞き苦しい箇所はあろうかと思いますが・・・
上りのかむい号の中に増毛発のましけ号連結は推理小説でありましたね。その下り列車版と思います。貴重な車内放送と思います。しかも留萌本線と言われる理由がわかると思います。
早速のコメント有難うございます。かむい・ましけを舞台にした推理小説は知りませんでした。機会があったら読んでみます。
増毛行きに高倉健、富良野行に田中邦衛が乗ってそう
うわ~っ。そんな想像をして頂けるなんて嬉しいです。
江別といえば、あの尿泉尿の出身地赤平はCUE会長の出身地
懐かしい
有難うございます。懐かしさを感じて頂けましたら嬉しいです。
確か増毛行きにはキハ55が連結していたと思いますね!!
そういえばキハ56でもない22でもない、あれは何だっけ・・・と思い出しました。キハ55だったのですね。
@@急行-宗谷 道内唯一の運用でしたね!!この頃はまだ本州に沢山いましたよ!!
そうでしたか・・・そんな貴重な車両とは気付かず、夜でしたので写真も撮りませんでした。
おぉ‼️
おそらく、このホームに幼少期の私がいたはず。ホームで夕食とは別腹のそばを食べて、夏休みの札幌で遊び疲れて、江別、岩見沢、美唄と進んで、砂川で目を覚まし、滝川で暗闇へ先行する本編成を見送って、自らは富良野方面へ。降りたったホームの暗さだけは、いまでも覚えてます
幼い頃の記憶って断片的ながら、妙に鮮明に思い出せることってありますね。
この音声を聴いて過ぎ去った遠い昔の記憶をよみがえらせていただけましたら嬉しいです。
@@急行-宗谷 いつも寝れないときに、枕元に置いて聞いてます。いつの間にか寝ちゃうんですよね(笑)
素晴らしい動画です!ナマラ懐かしんでナイカイ!当時は沢山の路線が、そして急行が、生きていましたねえ。今とは大違い。小樽出身の還暦のオヤジです。
もう40年以上前の古い録音ですが、懐かしさを感じて頂けましたら嬉しいです。
思い出がよみがえります。この列車には乗車しておりませんが、増毛までの懐かしい駅名と到着時間の放送、そして何といっても舎熊や礼受などの駅名板の写真、50年前を思い出しております。変わった駅名の多いこと、今でも思い出します。
状態の良い録音・そして保存管理、そして、時刻表付きの映像と当時の写真付き、急行宗谷さんの力作に感謝申し上げます。増毛の駅は、高倉健さんの映画「駅」に出てくるとおりで本当に懐かしい。私が増毛を訪問したのは1973年の2月でした、もう49年前のことです。
高品質の音声や写真ではありませんが、様々な記憶がよみがえり、懐かしさを感じて頂けました何よりです。
毎度変化にとぼしいスライドショーですが、いつもご視聴と暖かいコメント有難うございます。
@@急行-宗谷様 増毛駅から連絡船の雄冬丸(総トン数250トン程度)に乗船。1泊で増毛に戻るつもりが雄冬に1週間閉じ込められました。海が荒れ連絡船が連日の欠航でした。港から少し登ったところの民宿を利用、それは、ミシンの営業や修理のため雄冬に来た方々と連絡船の中で知り合い民宿を紹介していただきました。
毎朝、雄冬港の旗(折り返し出帆まで1・2時間の時間あり)、赤旗は増毛行きの折り返し便はすぐに出帆、旗ナシは欠航、通常運行は白旗・・・・・三種類に分かれていましたが詳細は間違っているのかもしれません。お許しを)を望むのが日課となりました。そんな経験があります。
その後、高倉健さん主演の「駅」の映画を見て、さらに思い出がよみがえりました。現在は雄冬への国道も開通し、当時の面影はないでしょう。雄冬は日本で最後に残された秘境で、電話は「待時通話」の地域でした。これは、ダイヤルのない電話です。交換台に、東京の000局0000番つないでくださいといい、電話を切りしばらく待っていると「繋がりました」とコールがありました。
@@文殊院陽光-h5j 様。道路がなく船でしか往来ができなかった雄冬。海が荒れれば船便も欠航。そういう不便な土地にも人が住み、生活があったのですね。結果的に1週間もの滞在になってしまい、船が出るのが待ち遠しかったことと思いますが、人との交流など、素晴らしい経験をされたことと思います。
旧駅舎時代の札幌駅の雰囲気を懐かしく聞かせてもらいました。旭川駅の呼称が「あさひがわ」となっていたのも親しみがあり国鉄時代の記憶がよみがえります。
昔の札幌駅はいつも活気に満ちていましたね。そんな雰囲気を思い出し、懐かしく感じて頂けましたら嬉しいです。
国鉄時代にはよく複数の行き先が違う車両を連結した急行がありましたね。
そしてグリーン車はともかく、普通車はキハ22とかが使用されて劣化急行とも揶揄されていたときもありました、とはいえ当時は道民の足として定着していましたから乗車率も悪くなく、私もこうした列車はよく利用した物でした。
それと札幌駅を発車する際のベルの音も懐かしく当時を思いながら見させていただいております。私も少ないながら録音がのこっていますが再生器機が無いためレコードと一緒に保管してます。
途中で分割される列車は誤乗がないよう、乗客も案内する職員も大変だったことと思います。録音の対象としては楽しかったですが。逆に併合する場合は列車に遅れが生じた時など運用に苦労したこと思います。
古い録音が眠っているのですね。カセットでしたら比較的安い機材でパソコンに取り込むこともできますが。
いつも懐かしい、そして北海道国鉄遺産級の音声、ありがとうございます。
懐かしさを感じて頂けましたら嬉しいです。
昔は札幌から各都市へ直通する列車がありましたが、今はほとんどバスになってしまいました。時代の流れですね。
いつも貴重な映像と音声をありがとうございます。
ザ国鉄の駅員さんのアナウンスと札幌地上ホームが懐かしくて学生時代を想い出します。
昔の札幌駅、活気がありましたね。高架になって広い空間ができた時、そこに新幹線の駅ができるのだと思いましたが、そうはなりませんでしたね。
懐かしです❗️
自分はるもい4号をよく利用していました。
かむい13号…一度だけキハ82がが付いていた記憶があります…その日は満員状態で連結後のるもいの車両とかむいの車両中間連結部に居たのですが特急のヘッドマークが付いた車輌の記憶が有ります…それは今でも謎です😅
車両の運用のことは疎いのですが、キハ82が付いていたとは珍しいですね。車両不足だったのでしょうか・・・
出身は深川で、上りの「かむい、ましけ」の入れ換えを見てました。
それはうらやましい。駅に佇んで分割・転線・併合などを終始眺めていたら楽しいだろうなぁと思います。
急行宗谷さんの別動画でも投稿させていただきましたが、1日中札幌市内の事業所や北海道庁、国の出先機関などで、会議参加や仕事や陳情に一生懸命に働いた地方営業所や役場の担当者が、地元に戻る需要を満たす為に、国鉄北海道総局が走らせたと思われるローカル急行列車ですね。
ダイヤが混み合っている函館本線区間を有効活用する目的で、小樽~札幌間は普通列車で通勤通学需要に応えて、札幌からは急行列車として運転、途中の滝川や深川で支線(本来は留萌本線と根室本線ですが、函館本線との比較の対象として支線表現を使います)にいく編成を切り離して終着旭川まで運転。
もともと列車運転自体が少ない留萠~増毛は再び普通列車に戻って終列車の役割も果たすという、便利な急行列車でした。
朝の上りは留萌が7時24分発(増毛始発)、富良野が7時18分発(落合始発)、札幌10時17分着。日帰り出張でほぼ一日お仕事をされていた方も多いのですね。
毎回貴重なお宝音源とスライドショーを拝見出来て感激してます😄
しかし毎回思うのですが音源に残されて令和の時代まで保管されている事です。投稿者様の先見の明と動画配信にはただ感謝しかありません。
ありがとうございます。単に鉄道趣味のコレクションで「先見の明」などと呼べるようなものではありませんが、パソコンで音声と画像を組み合わせたスライドショーができ、RUclipsで公開でき、「お宝音源」と高評価を頂戴できるとは。これはこれでいい時代になったものです。
当時は留萌本線のほかに日高本線、天北線、瀬棚線に急行が設定されてました。
特急は函館⇔網走間のおおとり、函館⇔釧路間のおおぞらが堂々と走ってました。今では全く有り得ない列車ばかりです。一度でいいから乗ってみたかった😭
昔の札幌駅は様々な行先の列車が発着していましたね。幹線から支線へ直通する列車も楽しかったです。
昭和55年ですが、当時小学校2年生です(今年50になります😅)恐らく函館本線経由留萌本線ですね❗留萌~増毛は北海道勤務時代に廃線前に乗りました❗
留萌~増毛間の廃止はまだ記憶に新しいので乗車された方も多いと思います。深川~留萌間も今のうちですね。
子供時代、夏の夕景の小樽。DC普通列車にグリーン車が付いていた記憶。
この列車だったんだ!
普通列車にグリーン車は、道内ダイヤでもこの便だけではなかったかな。
いやあ、懐かしや。
急行「ちとせ」も東室蘭~室蘭間で普通列車のグリーン車を営業していましたね。
当時は諸物価と比較して、グリーン料金が高かったので乗ったことはありませんでしたが・・・
こんばんわ。
仰るように、増毛〜留萌間が廃止されたのは、最近の事と思っていましたが、もう5年を過ぎていたんですねぇ。
増毛駅は、あの高倉健さん主演の「駅」の舞台のひとつ。
今でも保存されているのが駅前の風待ち食堂。
この映画には上砂川駅も登場していますね。
考えてみると、高倉健さんの映画には、廃線となった北海道の鉄道がよく舞台に使われていますよね。
ぽっぽ屋の幾寅駅もそうですし。
遥かなる…の映画では、高倉健さんが逮捕されて護送中の列車の車内シーンがありますが、あの場面に使われたのは石北本線のようです。
勿論、石北本線は健在ですが、その列車の車掌さんの車内放送に、「次は遠軽。湧網線はお乗り換え…」とあります。
高倉健さんと北海道は切っても切れない。
そうそう、南極物語では、抜海駅も舞台のひとつに出て来ます。
映画の話ばかりで申し訳ありません。
映画も北海道の鉄道も大好きな私。
話は逸れますが、
センバツの北海高校。大阪桐蔭に負けてしまいました😢
別海高校も😢
北海道2校が姿を消して、寂しいですね。
北海道の鉄道が廃線、廃駅になるように寂しい😢
長々とすみません
同じくです。鉄道ファン、北海道ファン、高校野球ファンの私です。
映画ではありませんが、NHKで放映された「チロルの挽歌」というドラマでは芦別が舞台でしたね。
「547番接近」札幌の駅放送が独特でおもしろいです。この列車は小樽~札幌を普通列車で走るので、乗車券だけで乗られる「乗り得列車」ですね。
普通列車と急行列車で車両設備に差はないし、通過駅は張碓だけで、乗り得というほどではないような気もします。
でも、旭川・富良野・増毛行きという旅の雰囲気は楽しめそうですね。
こんにちは。日曜日、ゆったりと拝見させて頂きました。留萌駅から増毛駅までの難読駅名、写真があり様子がわかりました。分岐駅で、車両編成図も切り離されて細かい演出が嬉しかったですね。いつも、ありがとうございます。
ゆっくりご視聴頂けて良かったです。毎度変わり映えしないスライドショーですが、いつもご視聴とコメントありがとうございます。
懐かしいですね、増毛。雄冬への風待ち港、映画「駅」ステーションを見て行きました。あのラストシーンと重なりました。吹雪の中、駅舎で食べた立ち食いそば、美味かった~。いつもありがとうございます。
増毛駅はJRになってからも何回か訪れていますが、季節によっては海からの冷たい風が骨身にしみるところでしたね。
急行かむい13号は深川で留萌本線急行ましけを切り離した後、同じ留萌本線から来た急行るもい4号を併結して終点旭川を目指す、いわゆる「浮気急行列車」でしたね。
それにしても、最初の方に収録されている車内放送に灰皿の蓋を開け閉めしている「ペチペチ」という音が入っていて懐かしいですね。当時は成人男性総喫煙時代で灰皿は必ずあり、小生もよく灰皿の蓋を開け閉めして遊んでいました...
灰皿の音は全く気が付きませんでした。コメントを拝見して聞き直したら、確かに入っていました。かすかな音までも聴いて頂き有難うございます。
留萌方面行くのに幌延と留萌からくる列車を連結
東北地方にも負けない多層建っすね
幌延発羽幌線経由旭川行も、羽幌で増結、深川で分割とこまめな運用をしていますね。
毎回貴重な音源、ありがとうございます。 時刻表動画を見ていと、 札~岩間 江別停車キハ56で34分 今は電車特急で25分 考え深いです
所要時間もそうですが、札幌~江別、札幌~岩見沢間の普通列車が、昔に比べて格段に本数が多くなったことに時の流れを感じています。新駅も増えましたね。
おはようございます🙇♀️お久しぶりですお元気ですか?急行かむいましけ
懐かしいですね(*^^*)かむい旭川に
行くのに良く利用させてもらいました。ましけは乗った記憶あるような
ないような(笑)旭川は急行さちかぜも乗りました。何時も素敵な動画
ありがとうございます🙇
動画作成お疲れ様でした
おはようございます。早速のご視聴とコメント有難うございます。
急行さちかぜは乗ったことがありませんでした。初めて北海道を訪れた頃にはまだ走っていたのですが、気が付いた時には特急いしかりになっていました。北海道旅行初心者の頃は普通に観光地を巡っていたものですから・・・。
私が住む地域では梅雨入りを前に、暑さが始まっています。北海道は梅雨がないそうですが、気候の変動が大きい時季と思います。かな様も健康にお気をつけください。
@@急行-宗谷 さん。何時もお心遣
いありがとうございます。北海道今日はお天気良いですけど最高気温
14度です。宗谷さんも水分補給忘れないで体調気をつけて下さい
増毛駅、行き止まり駅はイイですね。
(本当に旅の終わりって、感じがしますね。)
車止めの向こうに今乗って来た列車・・・こんな終着駅の構図が大好きなもので。
宗谷先生、新作ありがとうございます。
有難うございます。でも先生はちょっと・・・
お疲れ様です😀
ずっと疑問に思っていました。「北海道のワンマンは何故前乗り前降りなんだろう?」と…。留萌を過ぎてやっとわかりました。仮乗降場→駅になったところって後ろドアを開けられない事情があったのですね。あまりの合理性にすこぶる納得してしまいました😅
前乗り前降りに疑問を持つこともなく、そんなものだと思っていました。
今は路線と共に多くが廃止になりましたが、「朝礼台」のような乗降場が多かったですね。
地上駅時代の札幌駅・・
駅員による肉声放送の「さっぽろぉ~ さっぽろぉ~ さっぽろぉ~♬」
発車前チャイム♪・・
そして・・
今では考えられない多層階建て運用の急行・・
在りし日の増毛駅と言った感じで、
どれもこれも懐かしい!の一言につきますね!
ありがとうございます。懐かしさを感じて頂けましたら何よりです。
発車前の雰囲気もできるだけ編集して入れてみました。一部お聞き苦しい箇所はあろうかと思いますが・・・
上りのかむい号の中に増毛発のましけ号連結は推理小説でありましたね。その下り列車版と思います。貴重な車内放送と思います。しかも留萌本線と言われる理由がわかると思います。
早速のコメント有難うございます。
かむい・ましけを舞台にした推理小説は知りませんでした。機会があったら読んでみます。
増毛行きに高倉健、富良野行に田中邦衛が乗ってそう
うわ~っ。そんな想像をして頂けるなんて嬉しいです。
江別といえば、あの尿泉尿の出身地
赤平はCUE会長の出身地
懐かしい
有難うございます。懐かしさを感じて頂けましたら嬉しいです。
確か増毛行きにはキハ55が連結していたと思いますね!!
そういえばキハ56でもない22でもない、あれは何だっけ・・・と思い出しました。キハ55だったのですね。
@@急行-宗谷 道内唯一の運用でしたね!!この頃はまだ本州に沢山いましたよ!!
そうでしたか・・・そんな貴重な車両とは気付かず、夜でしたので写真も撮りませんでした。
おぉ‼️