Размер видео: 1280 X 720853 X 480640 X 360
Показать панель управления
Автовоспроизведение
Автоповтор
このシャーシにルノーエンジンを搭載した改良型のFW12Cがいきなり速さを見せた点でも、このマシンの潜在能力は高かったと思います。
エンジンパワーの差をビークルダイナミクスで補うべくリアクティブサスペンションを開発したウイリアムズ。一方マーチのエイドリアン・ニューウェイはエアロに着目した。この二つの流れが後の最強マシンFW14につながるのが面白い。
この年は同じJuddエンジン搭載のレイトンハウスの躍進も注目でした。マーチのシャーシとの相性も良く日本GPであわやマクラーレンのプロストを喰うシーンも印象的だった。
レイトンハウスマーチ881は確かこの年唯一トップを走ったNAマシンでしたよね。鈴鹿での1ラップ(細かく言えば数百メートル)だけですが。
当時メディアではいたる所で「非力なジャッドエンジンで」とキャッチフレーズのように言われており、そのせいで子供心にジャッドは非力なんだと刷り込まれてしまった一人ですが、実際非力だったんですね。
当時のカスタマーV8エンジンとしては、コスワースDFRと同じくらいのバワーは出ていた。マンセルが初戦ブラジルGPで予選フロントローになり、イギリスとスペインGPで2位二回。
88年の開幕戦ブラジルはマンセルがオーバーヒート気味と分かってたセナが超低速でフォーメーションラップを引っ張る。グリッドに付いたセナのシフトリンケージ不調でセナ、エンジンストール。同じくジャッドエンジンのマーチのカペリもオーバーヒートで白煙を吹く。スタートディレイにも関わらずオーバーヒート気味のマンセルは走り出す。バックストレートでブラジルの観客からブーイングと物がコースに投げ込まれる。セナはTカーに乗り換えピットスタート。なぜかマンセルが2番グリッドに戻れて実質ポールスタート。結局オーバーヒートでリタイア。後方でグリーンフラッグが振られた後にTカーに乗り換えたのがルール違反でセナに黒旗が出て失格。色々思い出す。チーム関係者なのか誰か分からないが、なんかグリッド上で殴り合いのケンカもあったような・・・いつの年も開幕戦は荒れる。
フランク・ウィリアムズでしたか「軽量なNAマシンをハイテクで武装すれば、重くて燃費制限のあるターボカーなんて目じゃないと思ってたんだ。実際にはマクラーレンホンダはパワーが違い過ぎて相手にならなかった。」と当時の事を語ってましたね。
何気にJUDD時代が一番好き
10:02 ナイジ、ヒゲがない!!
動画でも出てるけどジャッドCVって元々はホンダが開発してたF3000用のエンジンであの名機無限MF308のは排気量アップの同系統エンジンなんだよね。89年のロータスもだけどホンダエンジンを失った翌年は使用してたし。ジャッド製のホンダ廉価量産エンジンのジャッドCVを使用すれば使用料的に優遇するとかが有ったのかな??
使用料は確かホンダ持ちだったはず😉
リアクティブサスペンションってダーニーさん考案だったのね。他にもリジェJS41が乗った全員から「乗りやすい」と好評だったり、アロウズA18がメカニカル重視のハンガリーで好走したりと、この人もバーナードタイプの車体屋というイメージがあるな。
失敗作ばかりのフランク・ダーニーがJS41無限ホンダをデザインしたとなっているがベネトンB195をパクっているとしか考えられない。
そうかな?A18動画の通りフロントの荷重が改善できなかったりロータス101の素人目にも無理のあるフロントサスなどトータルで車の面倒を見るのは下手な印象が強いな
@@crankyfranky9801 確かに発想をまとめ上げる力はなかったのかもしれませんね。A18の原石にリアクティブサスと発想そのものはかなり良いものを持っていたと思うだけに残念。 個人的には、逆に空力関連はあまり優れていたとは思えなかったり(JS41がB195そっくりだったり、JS37がウィリアムズ風だったり)。「空力のスペシャリスト」の異名は同じく車体屋のヘッドの命名だったことを考えると、空力屋というのは「ウィリアムズの中では」という比較論だったのでは?と思っています。 このあたり、いろいろ解釈がわかれそうです。
@@Railton-bb 丁寧にありがとうございます地味な実力派ではあったけど組む相手によるタイプだったのかも知れませんねマクラーレンやベネトンなどに在籍したボブ・ベルなんかもそういう印象
FW12は本当にジャッドがかなり足引っ張ってた感じのあるマシン、マンセルが2位2回入ってるからシャシーの素性はかなり良かった筈。翌年の改良型であるFW12Cが中々活躍したしね、88年の成績はあれだけどFW12は好きなマシン。
それでも、ナイジェル・マンセルは放出されてしまうデイモン・ヒルも放出されてしまう(・_・;)。
ドライバーを大切にしたないチーム、それがウィリアムズなんですね。
金無いもん、幾人ものペイドラが累計何百億持ち込んでも救われなかったんだから無理
良い車を作れば、ドライバなんて誰でもいいと考えるのがウイリアムズ。ある意味正しい。
@@d.harleyfatbob9740 ウィリアムズはドライバーズタイトルよりもコンストラクターズタイトルの方が重要らしいですね。
@@紅しょうが-i3x チーフデザイナーがマクラーレンに逃亡した模様。
ウィリアムズのシステムはアクティブサスペンションではなく“リアクティブサスペンション”と呼ばれていましたね。アクティブサスペンションと呼べるのはロータスのシステムだけです。
ロータスが商標登録してる関係で、アクティブサスペンションって呼べなかったんですよね。
最強のチームになる為に。しっかりコツコツ地道に開発。ここからが90年代最強伝説へのスタート。アクティブサスを極めたチームの皆さんは熱い😎👍🏁
パトリック・ヘッドは、信頼性が確保出来るまでテストを重ねる人だと聞いた事があります。
リジェもマーチもオーバーヒートには苦しめられていましたよエンジンカウル外しての走行も何回もあるし珍車JS31解説も期待したいです😉
ブラジルやデトロイトのマーチはリアカウル外して走っていましたね。空力マシンが台無し!それでもブラジルではオーバーヒート症状が収まらず、カペリはスタート前に勢いよくラジエーターから水を噴き出していました。ブラジルではマンセルもスタート前からオーバーヒート気味で、セナがトラブルでピットスタートになり、実質ポールになった二度目のフォーメーションラップではかなり速い速度で走っていました。
マーチの場合は頭部の空力が良いデザイナーがメカには弱くて熱量の事や排熱を考えないで車を作っていた
88年のウィリアムズのマンセル&パトレーゼコンビが3年後には最強コンビとなる
あっあのルノーエンジンですね
この時信頼性がないジャッドエンジンより信頼性のあるフォードエンジン搭載してたらワンチャン優勝もあり得たかも。
当時見ていて、この年はジャッドエンジンが酷すぎて前年からの転落ぶりがあまりに凄くて、ウィリアムズも災難だな…と思っていました。あとはヒゲがないマンセルに強烈な違和感があったのと、パトレーゼが空気状態だったこと、11:07 40才とかなり高齢のシュレッサーがマクラーレン・ホンダの全戦優勝を阻んでフェラーリが1-2フィニッシュして、「ホンダで死亡した叔父のジョー・シュレッサーの復讐」とか「夏に死去したエンツォ・フェラーリの呪い」などと言われて、あまり良いイメージはなかったですね。
最終戦のオーストラリアではパトレーゼが翌年以降の躍進を予感させるいい走りをしてたよ😉
あの年だけ、ヒゲをなくしたマンセルは締まりがなかったです。
この年印象に残ったのがヒゲ無しマンちゃんでしたが、本人曰く「エンジンパワーが無いので、少しでも軽量化しようと思って」とのことでした。
ザイテックとジャットの繋がりってこの辺からなんだぁ👍なんだかんだ非力には違えどこのFW12もマーチもジャッドで2位に入ったことあるんですね👍翌年もブラバムのS モデナもCVで3位になったことありますしね👍
モナコGP❗、でしたね~😣👍‼
@@张学达-e3t ハイ!☺️👍
単純にホンダに見限られたのが全て。その代わりエンジンのレギュレーション変更に救われたのは大きかった。
その後はアクティブサスの開発を頑張ったり、ニューイを入れて空力を進化させたり、90年代の栄光につながる。
FW12、色々言われてましたが速かったです。後にルノーに載せ替えた、FW12Cも速かったです!
88年にパトレーゼを起用したのも大きい。マンセルをやる気にさせるサポートができたのはパトレーゼ以外にいるとは思えない。
動画の一番最初の画像がシブいですねぇ。西ドイツの予選(プラクティスだったかな)で試した超絶低ドラッグの変態仕様!シュレッサーは代役とはいえ、かなり遅かったですね・・ 故に影の主役となってしまうのですが。
リアウイングが無いから事故ったのかと思ってました。
歴史は繰返すではないがトップクラスのドライバーやE/Gを定期的に失う失敗をしてしまうのがウィリアムズのお家芸て感じがします。フランク氏がもう少し冷静に物事を進める事が出来れば今日に至る結果ももう少し違う物になっていたのでしょうね
フランクさん、あのビジュアルでバーニーやルカモンなんか鼻毛の先で蹴散らすぐらいグス人間判断を亡くなるまで連発してたから...
ホンダは、資金面でもサポートしていたのは知らなかった。チームを変えて正解でしたね。
セナやアロンソの契約金もマクラーレンに代わって肩代わりしていたそうです。
この年のマンセルは完走2回2位2回でしたねマンセルファンとしてはマシンに信頼性があれば…って思いながら見ていた記憶があります
JUDDはホンダとの関係がありコスワースよりも可能性があったと思う。コスワースは同じDFVにしてもDFRにしても性能差がありましたから。
セナに追突したJ・ルイ・シュレッサーが、HONDA第一期の空冷F1マシン、RA302で亡くなった、ジョー・シュレッサーの子どもだったのもなにかの因縁?!と思ってしまいますね
甥っ子だったと思います
パリダカでも暴走してたのでそういう因縁が強かったんでしょうね
@@横浜放送局あれは、レーサーとして最悪な行為でしたね。いくらホンダが憎いからって坊主憎けりゃ袈裟まで憎いで日本が憎いで、三菱と篠塚選手に愚行を行いましたね。
@@PT小鬼撲滅 「死は契約に含まれている」と言ったレーサーを見習ってほしい。何十年も後に恨みをはらすなんて最低
@@d.harleyfatbob9740 確かF1ドライバーのフランソワ・セベールの言葉でしたね。(将来有望のティレルのドライバーだが73年アメリカGPで股から顎までガードレールに切り裂かれ死亡)
後ですけどウィリアムズルノーに移籍したアイルトン・セナが6年後にレース中の事故で鬼籍入りしてしまいました。
1988年イタリアgpの人間模様ですね。エンツォが亡くなって最初のイタリアGPでのフェラーリ1-2、1968年悪魔のようなRA302で半ば〇されたジョーシュレッサーの甥がセナのマクラーレンを撃墜、これは故意ではないでしょうが、すごいめぐりあわせでした。シーズンが終わってみるとマクラーレンが落としたのはモンツァのみ。
何の世界でも 先を見通す力必要です。
開幕戦でフォーメーションラップ前からオーバーヒートしてましたね。サイドポンツーンが特徴的でしたが。
確か、セナが気付いてわざとフォーメンションラップをゆっくり走ったんだっけか。
使用されなくなったV6ターボをコスワースがチューンしてこのシーズンに載せると面白かったでしょうね、このウィリアムズにはTAGポルシェベースのを搭載、マーチにはフォードターボベースの、更にリジェには休止していたルノーターボベースのを搭載したりして。^^
80年前半はジャッドがチューンしたDFVエンジン使用してタイトル獲得したイメージで、再びコンビ組んだ時はある程度期待したがかなりエンジンに足を引っ張られた、同じ車体にルノーV10の方が速かったからね。
5:36 「フランク・ダーニー」が「フランク・ウィリアムズ」になっています。
もしジャッドCVではなく1年前倒しでルノーがF1に復帰し、ルノーV6ターボエンジンを搭載していたらどうなったか?
11:47 スペインGPでは?
HONDAエンジンを失って低迷した様は、如何にHondaがチャンピオン獲得に貢献したのかということと、弱点を補っていたのかということを改めて立証したものだと思う。まるで、2026年のレッドブルの行く末や波乱を垣間見るようだ。
そんなチームに角田君が行けなくて良かった。
そして現在のペイドラ博覧会チームが生まれたって訳(2回目)
其れから2年後にフランスのルノーでチーム再建出来たからね。
ライバルのマクラーレンにホンダエンジンを奪われたからね…
キャノンウィリアムズ、とはいえ、やはりcanonがメインスポンサーとは見えないカラーリング。どのスポンサーも枠が一緒に見える。これはうまいのかへたなのか。。ついてないはずのキャメルまでついてるように見える不思議
中嶋をフランクウイリアムズが受け入れていたら歴史は変わった。ピケ、中嶋のコンビがロータスではなくウイリアムズで実現し、中嶋も表彰台に立ったかもしれない。その場合、マンセルは放出される事になるが。
英語が話せないからダメって94年速さを見せた片山右京をドライバー候補から切り捨てたFウィリアムズ
@@ダンドレジーラウール それは当然でしょうね。世界で戦うなら英語は必須。
フランクウィリアムズ生きてるのかなぁケンティれルは亡くなったとニュースに出ていたが。
この「FW12」のデザインは自分自身が今でも大好きなデザインで、今でも「ウィリアムズFW12」は「ロータス101」と同じぐらいに大好きなマシンであります~❤❤❤
ピケ&マンセルはいつもゴチャゴチャ揉めてましたね。オッサン同士で(笑) スタッフが可哀想…
このシャーシにルノーエンジンを搭載した改良型のFW12Cがいきなり速さを見せた点でも、このマシンの潜在能力は高かったと思います。
エンジンパワーの差をビークルダイナミクスで補うべくリアクティブサスペンションを開発したウイリアムズ。一方マーチのエイドリアン・ニューウェイはエアロに着目した。この二つの流れが後の最強マシンFW14につながるのが面白い。
この年は同じJuddエンジン搭載のレイトンハウスの躍進も注目でした。マーチのシャーシとの相性も良く日本GPであわやマクラーレンのプロストを喰うシーンも印象的だった。
レイトンハウスマーチ881は確かこの年唯一トップを走ったNAマシンでしたよね。
鈴鹿での1ラップ(細かく言えば数百メートル)だけですが。
当時メディアではいたる所で「非力なジャッドエンジンで」とキャッチフレーズのように言われており、そのせいで子供心にジャッドは非力なんだと刷り込まれてしまった一人ですが、実際非力だったんですね。
当時のカスタマーV8エンジンとしては、コスワースDFRと同じくらいのバワーは出ていた。
マンセルが初戦ブラジルGPで予選フロントローになり、イギリスとスペインGPで2位二回。
88年の開幕戦ブラジルはマンセルがオーバーヒート気味と分かってたセナが超低速でフォーメーションラップを引っ張る。
グリッドに付いたセナのシフトリンケージ不調でセナ、エンジンストール。
同じくジャッドエンジンのマーチのカペリもオーバーヒートで白煙を吹く。
スタートディレイにも関わらずオーバーヒート気味のマンセルは走り出す。
バックストレートでブラジルの観客からブーイングと物がコースに投げ込まれる。
セナはTカーに乗り換えピットスタート。
なぜかマンセルが2番グリッドに戻れて実質ポールスタート。
結局オーバーヒートでリタイア。
後方でグリーンフラッグが振られた後にTカーに乗り換えたのがルール違反でセナに黒旗が出て失格。
色々思い出す。
チーム関係者なのか誰か分からないが、なんかグリッド上で殴り合いのケンカもあったような・・・
いつの年も開幕戦は荒れる。
フランク・ウィリアムズでしたか「軽量なNAマシンをハイテクで武装すれば、重くて燃費制限のあるターボカーなんて目じゃないと思ってたんだ。
実際にはマクラーレンホンダはパワーが違い過ぎて相手にならなかった。」と当時の事を語ってましたね。
何気にJUDD時代が一番好き
10:02 ナイジ、ヒゲがない!!
動画でも出てるけどジャッドCVって元々はホンダが開発してたF3000用のエンジンであの名機無限MF308のは排気量アップの同系統エンジンなんだよね。
89年のロータスもだけどホンダエンジンを失った翌年は使用してたし。
ジャッド製のホンダ廉価量産エンジンのジャッドCVを使用すれば使用料的に優遇するとかが有ったのかな??
使用料は確かホンダ持ちだったはず😉
リアクティブサスペンションってダーニーさん考案だったのね。他にもリジェJS41が乗った全員から「乗りやすい」と好評だったり、アロウズA18がメカニカル重視のハンガリーで好走したりと、この人もバーナードタイプの車体屋というイメージがあるな。
失敗作ばかりのフランク・ダーニーがJS41無限ホンダをデザインしたとなっているがベネトンB195をパクっているとしか考えられない。
そうかな?
A18動画の通りフロントの荷重が改善できなかったりロータス101の素人目にも無理のあるフロントサスなどトータルで車の面倒を見るのは下手な印象が強いな
@@crankyfranky9801 確かに発想をまとめ上げる力はなかったのかもしれませんね。A18の原石にリアクティブサスと発想そのものはかなり良いものを持っていたと思うだけに残念。
個人的には、逆に空力関連はあまり優れていたとは思えなかったり(JS41がB195そっくりだったり、JS37がウィリアムズ風だったり)。「空力のスペシャリスト」の異名は同じく車体屋のヘッドの命名だったことを考えると、空力屋というのは「ウィリアムズの中では」という比較論だったのでは?と思っています。
このあたり、いろいろ解釈がわかれそうです。
@@Railton-bb 丁寧にありがとうございます
地味な実力派ではあったけど組む相手によるタイプだったのかも知れませんね
マクラーレンやベネトンなどに在籍したボブ・ベルなんかもそういう印象
FW12は本当にジャッドがかなり足引っ張ってた感じのあるマシン、マンセルが2位2回入ってるからシャシーの素性はかなり良かった筈。翌年の改良型であるFW12Cが中々活躍したしね、88年の成績はあれだけどFW12は好きなマシン。
それでも、ナイジェル・マンセルは放出されてしまうデイモン・ヒルも放出されてしまう(・_・;)。
ドライバーを大切にしたないチーム、それがウィリアムズなんですね。
金無いもん、幾人ものペイドラが累計何百億持ち込んでも救われなかったんだから無理
良い車を作れば、ドライバなんて誰でもいいと考えるのがウイリアムズ。ある意味正しい。
@@d.harleyfatbob9740 ウィリアムズはドライバーズタイトルよりもコンストラクターズタイトルの方が重要らしいですね。
@@紅しょうが-i3x チーフデザイナーがマクラーレンに逃亡した模様。
ウィリアムズのシステムはアクティブサスペンションではなく“リアクティブサスペンション”と呼ばれていましたね。
アクティブサスペンションと呼べるのはロータスのシステムだけです。
ロータスが商標登録してる関係で、アクティブサスペンションって呼べなかったんですよね。
最強のチームになる為に。
しっかりコツコツ地道に開発。
ここからが90年代最強伝説へのスタート。
アクティブサスを極めたチームの皆さんは熱い😎👍🏁
パトリック・ヘッドは、信頼性が確保出来るまでテストを重ねる人だと聞いた事があります。
リジェもマーチもオーバーヒートには苦しめられていましたよエンジンカウル外しての走行も何回もあるし
珍車JS31解説も期待したいです😉
ブラジルやデトロイトのマーチはリアカウル外して走っていましたね。空力マシンが台無し!
それでもブラジルではオーバーヒート症状が収まらず、カペリはスタート前に勢いよくラジエーターから水を噴き出していました。
ブラジルではマンセルもスタート前からオーバーヒート気味で、セナがトラブルでピットスタートになり、実質ポールになった二度目のフォーメーションラップではかなり速い速度で走っていました。
マーチの場合は頭部の空力が良いデザイナーがメカには弱くて
熱量の事や排熱を考えないで車を作っていた
88年のウィリアムズのマンセル&パトレーゼコンビが3年後には最強コンビとなる
あっあのルノー
エンジンですね
この時信頼性がないジャッドエンジンより信頼性のあるフォードエンジン搭載してたらワンチャン優勝もあり得たかも。
当時見ていて、この年はジャッドエンジンが酷すぎて前年からの転落ぶりがあまりに凄くて、ウィリアムズも災難だな…と思っていました。
あとはヒゲがないマンセルに強烈な違和感があったのと、パトレーゼが空気状態だったこと、
11:07 40才とかなり高齢のシュレッサーがマクラーレン・ホンダの全戦優勝を阻んでフェラーリが1-2フィニッシュして、「ホンダで死亡した叔父のジョー・シュレッサーの復讐」とか「夏に死去したエンツォ・フェラーリの呪い」などと言われて、あまり良いイメージはなかったですね。
最終戦のオーストラリアではパトレーゼが翌年以降の躍進を予感させるいい走りをしてたよ😉
あの年だけ、ヒゲをなくしたマンセルは締まりがなかったです。
この年印象に残ったのがヒゲ無しマンちゃんでしたが、本人曰く「エンジンパワーが無いので、少しでも軽量化しようと思って」とのことでした。
ザイテックとジャットの繋がりってこの辺からなんだぁ👍
なんだかんだ非力には違えどこのFW12も
マーチもジャッドで2位に入ったことあるんですね👍
翌年もブラバムの
S モデナもCVで3位になったことありますしね👍
モナコGP❗、でしたね~😣👍‼
@@张学达-e3t ハイ!☺️👍
単純にホンダに見限られたのが全て。その代わりエンジンのレギュレーション変更に救われたのは大きかった。
その後はアクティブサスの開発を頑張ったり、ニューイを入れて空力を進化させたり、90年代の栄光につながる。
FW12、色々言われてましたが速かったです。
後にルノーに載せ替えた、FW12Cも速かったです!
88年にパトレーゼを起用したのも大きい。
マンセルをやる気にさせるサポートができたのはパトレーゼ以外にいるとは思えない。
動画の一番最初の画像がシブいですねぇ。西ドイツの予選(プラクティスだったかな)で試した超絶低ドラッグの変態仕様!
シュレッサーは代役とはいえ、かなり遅かったですね・・ 故に影の主役となってしまうのですが。
リアウイングが無いから事故ったのかと思ってました。
歴史は繰返すではないがトップクラスのドライバーやE/Gを定期的に失う失敗をしてしまうのがウィリアムズのお家芸て感じがします。
フランク氏がもう少し冷静に物事を進める事が出来れば今日に至る結果ももう少し違う物になっていたのでしょうね
フランクさん、あのビジュアルでバーニーやルカモンなんか鼻毛の先で蹴散らすぐらいグス人間判断を亡くなるまで連発してたから...
ホンダは、資金面でもサポートしていたのは知らなかった。チームを変えて正解でしたね。
セナやアロンソの契約金もマクラーレンに代わって肩代わりしていたそうです。
この年のマンセルは完走2回2位2回でしたね
マンセルファンとしてはマシンに信頼性があれば…って思いながら見ていた記憶があります
JUDDはホンダとの関係がありコスワースよりも可能性があったと思う。コスワースは同じDFVにしてもDFRにしても性能差がありましたから。
セナに追突したJ・ルイ・シュレッサーが、HONDA第一期の空冷F1マシン、RA302で亡くなった、ジョー・シュレッサーの子どもだったのもなにかの因縁?!と思ってしまいますね
甥っ子だったと思います
パリダカでも暴走してたのでそういう因縁が強かったんでしょうね
@@横浜放送局
あれは、レーサーとして最悪な行為でしたね。
いくらホンダが憎いからって坊主憎けりゃ袈裟まで憎いで日本が憎いで、三菱と篠塚選手に愚行を行いましたね。
@@PT小鬼撲滅 「死は契約に含まれている」と言ったレーサーを見習ってほしい。何十年も後に恨みをはらすなんて最低
@@d.harleyfatbob9740
確かF1ドライバーのフランソワ・セベールの言葉でしたね。(将来有望のティレルのドライバーだが73年アメリカGPで股から顎までガードレールに切り裂かれ死亡)
後ですけど
ウィリアムズルノーに移籍した
アイルトン・セナが
6年後に
レース中の事故で
鬼籍入りして
しまいました。
1988年イタリアgpの人間模様ですね。エンツォが亡くなって最初のイタリアGPでのフェラーリ1-2、1968年悪魔のようなRA302で半ば〇されたジョーシュレッサーの甥がセナのマクラーレンを撃墜、これは故意ではないでしょうが、
すごいめぐりあわせでした。シーズンが終わってみるとマクラーレンが落としたのはモンツァのみ。
何の世界でも 先を見通す力必要です。
開幕戦でフォーメーションラップ前からオーバーヒートしてましたね。サイドポンツーンが特徴的でしたが。
確か、セナが気付いてわざとフォーメンションラップをゆっくり走ったんだっけか。
使用されなくなったV6ターボをコスワースがチューンしてこのシーズンに載せると面白かったでしょうね、このウィリアムズにはTAGポルシェベースのを搭載、マーチにはフォードターボベースの、更にリジェには休止していたルノーターボベースのを搭載したりして。^^
80年前半はジャッドがチューンしたDFVエンジン使用してタイトル獲得したイメージで、再びコンビ組んだ時はある程度期待したがかなりエンジンに足を引っ張られた、同じ車体にルノーV10の方が速かったからね。
5:36 「フランク・ダーニー」が「フランク・ウィリアムズ」になっています。
もしジャッドCVではなく1年前倒しでルノーがF1に復帰し、ルノーV6ターボエンジンを搭載していたらどうなったか?
11:47 スペインGPでは?
HONDAエンジンを失って低迷した様は、如何にHondaがチャンピオン獲得に貢献したのかということと、弱点を補っていたのかということを改めて立証したものだと思う。まるで、2026年のレッドブルの行く末や波乱を垣間見るようだ。
そんなチームに角田君が行けなくて良かった。
そして現在のペイドラ博覧会チームが生まれたって訳(2回目)
其れから2年後に
フランスの
ルノーで
チーム再建
出来たからね。
ライバルのマクラーレンに
ホンダエンジンを
奪われたからね…
キャノンウィリアムズ、とはいえ、やはりcanonがメインスポンサーとは見えないカラーリング。どのスポンサーも枠が一緒に見える。これはうまいのかへたなのか。。ついてないはずのキャメルまでついてるように見える不思議
中嶋をフランクウイリアムズが受け入れていたら歴史は変わった。ピケ、中嶋のコンビがロータスではなくウイリアムズで実現し、中嶋も表彰台に立ったかもしれない。その場合、マンセルは放出される事になるが。
英語が話せないからダメって94年速さを見せた片山右京をドライバー候補から切り捨てたFウィリアムズ
@@ダンドレジーラウール それは当然でしょうね。世界で戦うなら英語は必須。
フランクウィリアムズ生きてるのかなぁケンティれルは亡くなったとニュースに出ていたが。
この「FW12」のデザインは自分自身が今でも大好きなデザインで、今でも「ウィリアムズFW12」は「ロータス101」と同じぐらいに大好きなマシンであります~❤❤❤
ピケ&マンセルはいつもゴチャゴチャ揉めてましたね。オッサン同士で(笑) スタッフが可哀想…