Размер видео: 1280 X 720853 X 480640 X 360
Показать панель управления
Автовоспроизведение
Автоповтор
皆さんご視聴ありがとうございます🙇月読命秦氏シリーズ総集編として3本の動画にまとめて来ましたがこれで一旦お開きとして別のテーマを追っていこうと思っています。是非お時間ある時に他の動画もご覧ください😊【総集編①】ruclips.net/video/E2Lofbdb0fw/видео.html【総集編②】ruclips.net/video/tu2n8WXTxzU/видео.html
噴火後に日本から出て行って、あちこちで文明を築いてまた日本に戻って来た、という説が、現実味を帯びてきましたね。ワクワクします。
お主賢すぎ。これ系の考察チャンネルでは一番整合性が高く説得力が強いと感じます。
全て腑に落ちる完璧に近いと感じました🌈
素晴らしい動画ありがとうございます👏無料でここまでの考察をみせて頂けるって本当ありがたいことです。感謝感謝😌
総集編、よくぞここまでまとめ上げられましたね。映画何本か観たようです。こんな教科書で勉強したかったです。皇居の周りをレポートしていた頃からそれ程年月も経たないのに信政さんの探究心には驚くばかりです。俯瞰で物事を見る事の大切さを教えて頂きました。ありがとうございます。どうか、お身体に留意されますように。ずっと応援しています🎉
こちらこそありがとうございます😊江戸城レポートは今見返しても何やりたいのか定まってない感と初々しさでお恥ずかしい限りです😂でもそういう所から始まっているチャネルなので記録として残しておきたいなと思っています!
子供の頃からの謎が解けてきてとても嬉しいです
広い視点からの考察が素晴らしいです。すごくわかりやすかった‼︎
素晴らしかったです!!考察にいよいよ凄みすら感じられて、日本のルーツをめぐる大切な議論に繋がっていく事を願っています。出雲編も楽しみにしております!
素晴らしい。英語訳を世に出すべきです。
考察しっくりきました!ありがとうございます。
1時間が全然長いと感じないくらい凄い動画でした…確かにそうすると聖徳太子が月読を信仰していたのとか繋がる部分も多そうですね!
進撃さん❤最高ですね😊
正真正銘の(Y)UHADAでございますので、秦氏研究は親、自分、子の3代で自分のこととして真剣に勉強し知識を後続させる義務の様なものを感じております。先生のこのお話しは貴重なものそのものであり、大変感謝しております。特に縄文人が一旦国外へ脱出し又日本へ帰国される帰還説は初めておうかがい致しましたが、確かにそうかも知れませんね。宇野先生が漢字はユダヤ人が創られたとおっしゃっておられました。なぜなら、犠牲という字は羊を犠牲にして我が生きるという文字だからこれだけでユダヤ人しか分からないことだから漢字はユダヤ人が創られたとおっしゃっておられました。でも腑に落ちなかったのはなぜ日本の漢字がユダヤにあったのかと言うことでした。でも、先生の日本からユダヤへ脱出して、ユダヤから日本への帰還説ならドンピシャリでつつじまが合います。先生こう言うことで帰還説は使えますでしょうか?
進撃さん🎵 おはようございます🌞 素晴らしい考察ですね👍️ 私はこの説を信じます❗️この前、お会いして話した点と点が少し線で繋がりました🙂 次回の動画も楽しみにしています‼️
ステキ、学べます感謝
科学的に説明されていて、説得力有り。最高‼️亡くなった叔母さんも歴史が大好きでした。この画像を一緒に見たかったなぁ、、
ありがとうございます😊
今までそういう考え方した事がなかったからなるほど感あって面白かったっす!
視点が広範囲で、深読みが素晴らしく分析に整合性が‼️
動画楽しみにしてました!阿波踊り後にお話しさせて頂きありがとうございます。集大成からの後半はドキドキ💓妄想広がります〜。ところで意富氏は古代からどんな動きをしてんでしょうね、富入ってるし🤨
凄い情報量でしかも分かりやすい説明ですね👍️少し前に安徳天皇の子孫の方が口伝公開してる動画を見たのですが皇室のルーツは沖縄で大東亜戦争で降伏するのが決まった時種として沖縄から10人皇居によばれたと話してて菊花紋は本土より沖縄が先みたいなですが そのへんの考察聞いてみたいです😀
ありがとうございます😊沖縄も神武天皇の伝承や地名にも気になる所がたくさんあるので関係は間違いなくありそうですよね!身体一つで中々追いつかないんですが沖縄もいつか考えてみたいと思っています😊
皇統、男系男子って、D系を守るだよな。
やはりでした。色々考えてみました。もう、発表した方がいいのにと思います
やあ、素晴らしい考察でした。保守志向になった老生が日本の歴史を勉強しようと思って記紀を読み始めた時、あまりに非論理的記述で降参。古史古伝を読むと面白いが統一が取れずこれまた降参。あれこれ10年以上経過、自分で調べ上げるのはやめyoutube ばかり見始めていた頃、この動画シリーズに遭遇して目から鱗、スッキリしました。今回の動画はまさに私の疑問に全て答えてくれた素晴らしい内容でした。あとはアカデミズムの研究者たちが追証明して記紀の解説版として国際的に認知されることを希望したいです。
ハプログループの考察は深いですね、さすが進撃さん。👏スサノオ、ニギハヤヒにつながるこの動画は、何回も見て勉強します。😄
ありがとうございます😊スサノオ、ニギハヤヒの所はまだまだこれからたくさんあるので是非今後もご期待下さい!
やばすぎです感謝!です。
縄文系の割合が少ないのにyハプロDが4割もいるのが前から?でした。1000年前に各地に散った皇族から増えたという考察で納得できました!神武天皇は本当の意味で日本人のお父さんなのですね。
素晴らしい好撮ありがとうございます❤星の信仰の民が月の民定着したら太陽、移動は夜の月陰陽道、占星術、暦など月の民は星の信仰だったその中の王が素戔嗚という称号で天皇こと王政を持ち込んだ弥生人たち都市伝説
ありがとうございます!モヤモヤが大分晴れてきましたm(_ _)m出雲口伝や武内文書などと併せて見させて貰いました。納得出来ましたよ。
説得力が有りますね。
考察が深くて1時間の動画もあっという間でした!キルギスの国旗の色使いって、錦の御旗と一緒ですが、なにか関係あるんでしょうか?
ありがとうございます😊作られた年代も違うのでさすがに偶然だとは思いますが、エジプトでも同じ色使いで描かれたりしているので古い記憶がそうさせているとしたら凄いですね!
元の時にモンゴル人の襲来を受けた宋から知識人を受け入れたと言われとぃるので、鎌倉時代に増えたのはそれじゃないですかね。宋銭、茶の文化、禅などいまの日本の基底となる文化の一部は進歩的だった宋からといわれています。
穢族は漢氏と言われてます。東漢氏は、やまとのあやうじですね。東がやまとと呼ぶのは進撃さん理論ですね😊
いつもありがとうございます。とても勉強になります。私も最近ここら辺を必死に考えているのですが、物部や海部(籠神社)や宇佐がイスラエルというのは納得しているのですが、皇室がイスラエル10支族系というのがピンときていません。上流階級?の隠語でイシヤというものがあると思うのですが、ここが鍵なのではないかと思っています。イシヤはいわゆる巨石文明、最終氷期を知識を有したまま生き延びた民族と考えており、ここと東に逃れた縄文民族が交わって生まれたのが皇室では無いかと空想しております。もしよろしければ、ここら辺の考察などもしていただけると嬉しいです。
扶余は征服王朝と見てますからキリギスと扶余の関係は面白かった。注文を付ければ縄文を東日本に限定し南九州の縄文を無視した点ですね。ニニギが降り立ち皇孫が育った地は中央九州の海や地ですし、淡路島は崇神帝の母と関係があり、明石海峡は神武・応神の東征や応神朝と九州を結ぶ重要な場として描かれています。
自分も長いこと本読みや見聞きしたなかで大体同じ考察なんですが古事記、日本書紀に関しては、編纂前に大化の改新、白村江の戦いとか色々あったり、天皇ごちゃごちゃ変わったりとか色んなことあってかなり変なものになっただろうと思ってます。その前に秦氏やら渡来人も沢山来ていただろうし、戦争には大敗してるし、大陸、半島の影響もあったかもしれません。あまり知りたくない隠したいことなんかもあったりとか😅
すごい👍ありがとうございますw
アジアで月と聞くと、どうしてもインド王族の日種・月種を連想してしまう。九曜の日蝕の羅睺・計都がスサノウに対応すればスッキリするし。
伊勢神宮より鹿島神宮の方がよっぽど古いですしね。茨城鹿島地域高天原を説明せずして記紀を解釈するのは肝心な所が抜けていると言う他ありません。天照系、出雲系、月詠、の説明も必要です。日本海側、太平洋側大和王権設立前の日本各地の国々等
Togrma-Haran(kHaran)→トガーマハラン→タガーマハラン→タガアマハラ→タカアマハラ(高天原)
貴重 な お話 ありがとう ございます
いやいやー、面白かったです。皇系の逆輸入説は間違いないように思えます。正書などほぼそちら目線の記載になっていますね。神武東征で語られる、徳島あたりで、日系皇系と混血して(入れ替わり)、大和へ進軍したと理解しています。神社と墓を回るとそうに違いなく思えてきます。ハプログループは、遺骨が出た場合のみの過去の推察になるので、現在の分布までの移動経緯を説明できるか?というと難しいように思えます。遺骨の埋葬様式が画一的で、サンプル数も満遍なく残してくれていれば別ですが、火葬や海葬などで文化継承された高度な文化圏ではむしろ残留物は少なく、大量居住、移動していても痕跡としてはわからないような。むしろ雑に偶然死亡したり打ち捨てられたり、埋まったりした物が発見できるものになるので、偏るのでは?と思え、参考程度かな?と考えます。しかしハプロDの分布は面白いと思えました。良い動画、とても参考になります。ありがとうございます。
日本史と世界史が繋がらないそのように教育体系を組んだ組織があるからですね普通に考えれば世界史とその中での日本史とを常に比較する必要がありますしかし教育体系で完全分離して考えることを前提とされますそれには意味かありそれ以外にも紐解くことが出来ないようにいくつも仕組まれていると考えます個人的にはユダヤ系天皇であろうと陛下には違いないと考えますが日本には昔から色々な輩が巣食う為に古事記から隠匿してきたのだと考えます
山口県下関市の関門海峡を見下ろすホテルに《ウズハウス》という奇妙な名前の宿があります。〔なんでこんな発音しにくい名前にしたのかな〕と思ってました。関門の渦のこと?とか想像しましたが、違うのですね。シュメールの太陽神ウトゥにも通じる、ウズベキスタンのウズ?三貴士のみはしらのウズ?このウズハウス宿のオーナーは、故安倍晋三氏の奥様なんですね。安倍家と言えば津軽に源流を持つ阿部家と元を正すと阿波国にも縁のある御家柄と動画にありました。 安倍家のお墓は長門にあり、長門には徐福伝説も残り、楊貴妃の里などもある。秦氏の関係と思われる朱色の煌びやかな神社も多い。下関に入ると、大陸に向いて埋められた人骨が出土された弥生時代の遺跡もあり〔一体どんな王族のお墓ですか〕、下関の海岸沿いには松尾神社、蒙古塚、ザビエル上陸記念碑、国内初の英国領事館〔メーソンのロッジ?〕、と渡来系の人々の混在したエリアで、地理的に見ても大陸との交流は、当然と言えば当然ですが多種多様。安倍晋三氏の家系と、ウズ、と冠した想いは関係あるのか。〔話しはぐるぐる回って頭が混乱している様子を露呈してますが〕一度、長門国も取り上げてもらえると助かります。カムヤマトイワレビコが、日向から東征した際に、馬関〔下関〕など、素通りですよね。大和朝廷成立後は国府もあり、奈良時代から貨幣も鋳造しているし、ワカメも朝廷に献上してあるのですけど。縄文土器が出土した!というニュースも盛り上がらず弥生のアピールばかりするんですよね。なんで?龍脈が完全に封印されている、としか思えないんですよね。住吉一の宮には、荒御魂本宮とあるのに、瀬織津姫の匂いが全くしない。明治維新で力を使い果たした、と言われてますが、もう150年経つし。それ以前にガチガチに蓋したものが大き過ぎるのか。当てずっぽでいいから、誰か教えてー。
3本大変興味深く拝聴しました。日本書紀巻第15顕宗天皇に『三年の春二月の丁巳の朔に、阿閉臣事代、命を銜けて、出でて任那に使す。是に、月神、人に著りて謂りて曰はく、「我が祖高皇産靈、預ひて天地を鎔ひ造せる功有します、民地を以て、我が月神に奉れ。若し請の依に我に献らば、福慶あらむ」とのたまう。事代、是に由りて、京に還りて具に奏す。奉るに歌荒樔田を以てす。』とあります。これは松尾大社摂社の月読神社だと考えられます。月読命は壱岐に鎮座していた神とも考えられるのですが。お説の月読命との関係はいかがなんでしょうか?。UPから時間がたっているのに申し訳ありません。
鐵器、銅、銅鐸、水銀、金、土器、埴輪、陶器、翡翠の歴史的、文化的な背景も分かりますか?三大神宮について分かりますか?🤔🤔🤔
コメント失礼します。私のご先祖様はパブログループA(Nではないのですが似た経緯かな?)と診断されてバイカル湖からどうして日本に来たのか分からなかったので少し謎が解け感謝です。動画ありがとうございます。
卑弥呼についての話はどう繋がりますでしょうか? 西暦2〜300年ごろと思われますが?🤔🤔🤔
鹿島立ちで鹿島から現鹿児島に天磐船で天孫降臨し鹿島の子鹿児島と呼ばれるようになった。しかも何度かに分けて。田中英道教授の動画、書籍を見れば納得感あります。奈良平安のように一箇所に定住しておらず全国民各地を数年で都を移しながら点々としています、各地に高天原があるのはそう言う事です。またイザナギイザナミが各一人ずつとは限りません。神武天皇もそうです。現代の価値観に当て嵌めすぎるとがんじがらめのこちらのメガネでの見方になってしまうため注意が必要です。価値観、死生感でも恐らく違います。江戸時代以前と現代でも恐らくかなり違います。体の使い方でさえ
よく考察されてますね。略納得できそうです面白いですね。都市伝説一つだけ古代イスラエルやユダヤ人は聖書の話からできたものですよね?中東の人達なのでしょうけど失われた十支族はヒッタイト王国と似ていると思ってますそろそろ古代イスラエルは何なのか?聖書の意外唯一石板に残るエジプトと戦って負けたイスラエルというものしか客観的根拠はないとおもいます北の十支族はエジプトと和平条約を結んだヒッタイト王国のちの秦氏ではないでしょうかトルコのあたりからギリシャへとDやEはいたのではないでしょうかエジプト18王朝はツタンカーメンのミイラからr1bと解ってるので当然この親達、アクエンアテンというモーセのモデルがDであったとは思えないのとカディシュの戦いが18王朝の末期でありラムセス2世が和平し反映をしてるのと、ヒッタイト王家とのやりとりで互いに尊重し合うような内容があることなどがあげられそうすると、エルサレムあたりはちょうど国境線付近で北のイスラエルとはヒッタイト王国の南側南のイスラエルとはエジプトの北側を言うのではないかと思われます異文化交流もされてたと思われます。後にその地がやられるまではおそらく当時としては稀な平和的な外交でもあり、それを讃え古代イスラエルという町は存在してたのかもしれません都市伝説ですくわしく調べてもらえると嬉しいですイスラエルの意味はいろいろありますが確かヘブライ語では神と戦った者かつて映画を極めたエジプトに挑んだヒッタイトを表しているのではないでしょうか近年ヒッタイトの歴史が紐解かれています
ありがとうございます😊ヒッタイト→ハッティ→秦ですね!鉄器文化の大元は間違いなくヒッタイトなので確実に関係はしていると思うんですが、どこにどう繋がるのかは研究中なので色々と参考に勉強して行こうと思います🙇
ふと疑問に思ったのですが、秦氏は日本に来てから神社を建てまくってますけど大陸ではどうだったのでしょう?羌族辺りに何か残ってるのでしょうか?参拝の仕方とかも日本独自ですか?
ありがとうございます😊これがまた難しくてですね、参拝の仕方は動画内でも説明したように古代イスラエルに似ていて、羌族周辺の少数民族の中に鳥居に似た構造もあったりするのでそちらも何かしら共通点はありそうです。良い質問を頂いたと思うのでその辺りもまとまったらいつか動画にしてみようと思います😊
@@shingekinobumasa ありがとうございます😊柏手を打つという所作が他には無いのでは?と思ったのですが、レビ族を検索しても分からないので😅魏志倭人伝には倭人は手を打つとわざわざ書いてあるみたいなんです。左手を🔥右手を💧打ち合わせると神⚡になるなんて言葉遊びみたいですけど!?神事なんですよね(^_^;)
火と水でイキ(息、生き)言霊ですね😎聖書にも手を叩くと2箇所ほど出て来るようで、あちらでは手を叩く事は約束、誓約をするという意味になるそうです😊ただ、今の二礼二拍は明治に入ってからの国家神道で定められたものでそれ以前は神社によってバラバラだったそうなので、恐らく神社の系統によって意味合いは様々に変化していたかもしれません。元々は三礼三拍で三位一体、三柱の神を降ろすという意味合いがあったという説もあるそうです!
@@shingekinobumasa なるほど約束 誓約という方が本来の意味かもしれませんね😊三位一体 三木家につながっていきそうな・・・🙏
うーん、圧巻の妄想ともいうべき傑作仮説(マジで褒めてます)ですが、カムヤマトイワレビコにサマリアという単語が含まれていません。ココはどうなの?(今のところ、ツッコミどころはこれだけです。)あと、ユニコーンと菊花紋などの入った織物?は何処にあるのですか?
ありがとうございます😂サマリアはスメラの部分ですね!これも個人的な意見ですが、アブラハムはメソポタミアのウルという街から出て来ているのでシュメール人の可能性、そうするとサマリアもシュメールが訛ってつけられた町名なんじやないかと思っています!シュメール=サマリア=スメラ
@@shingekinobumasa うーん、シュメール=サマリア説は初耳です。
@@UnknownUnknown-nx7ovハツクニシラススメラミコトの古代シュメール語でサマリアの王という意味なんです😊
@@castleman4502 ありがとうございます。この辺りの話は、原典または一次資料について知りたいですね。妄想の使い回しやコピペで振り回されたくないのです。
この度もいろいろと刺激になる考察をありがとうございます。進撃さんの動画で、麁服は神の依代だと知り[*ずっと、天皇が召されるものだと思っていました]、ますます忌部氏への興味が高まりました。そこで気になるのが、「阿波ヤマトCh.」さんの動画で北野晃司さんが 中世の古文書には「小屋平の有力な13軒の忌部の家の人たちが三軒ひと組になって持ち回りで麁服の調進をやっていた」と記されていると語られたことです。いまはその存在が消えてしまった三木家以外の家はその後いったいどうなったのか。もともとの始まりは、どういうありようだったのか。…その動画の中でも触れられていますが、中東からの帰還組が忌み嫌ったであろう十三という数。マヤの暦など月のリズムで暮らす人たちは一年を十三の月で捉えます。その十三と何やら繋がりか深そうな忌部の民が降ろす神と一夜を過ごすことによって 天皇たれる…。また、もともとは麻ではなく木綿[ゆう]たる梶/楮でつくられていた麁服は、映画『倭文』を観ると (ユーラシア大陸ではなく)環太平洋の匂いを身に宿した人たちとの繋がりが強く感じられます。そう言えば十三は、「とさ」とも読みますね。みはしらの「うづ」の御子。もまた、気になるワード。「うつのみや」は「ウトゥ/ウツの都」との説もあり。富士五湖の山中湖、9000年前はもっと大きな湖で「ウツ湖」と呼ばれていて、鎌倉時代は「宇宙の湖」と書いて「ウツのうみ」と呼ばれていたとも。あぁ…どんどん散逸が拡大していきそうなので、ここで止めておきます。😅
一つだけ追記。皇室のもう一つの紋章。ユニコーンと獅子が大甕[おおみか]を守っているようにも、大甕が両者をつなぎ和するようにも見えます。😌大甕といえば、倭文神たる武葉槌命(たけはつちのみこと)によって鎮まったとされる甕星香々背男(みかぼしかがせお)…その両者を祀る大甕神社を思い出します。
コメントありがとうございます😊13については諸説あると思いますが一般的には北欧神話から来ていて、それを元にキリスト教で取り入れられた結果西欧で忌み嫌われた数字として広がったと考えられています。つまりこれも時間差を考えると見えて来るんですが、北の10支族がバラバラになる時点ではまだ13という数字にそのような概念は存在していなかったと考えられる訳です。ここまでの考察通り忌部氏が10支族側の流れで戻って来たグループだったのなら13を使っていても問題はないのかもしれません😊
弥生人カクゲノムよりo1b2は縄文の遺伝子が全くないことから縄文から帰ってきたのは日本側の権威を示したいものだったのだと思います
私が永年考えていた日本の歴史の大筋をうまく纏められた考察で、ほぼそう思います。世界の歴史はこの日本に始まるとみるのが正解ではないでしょうか?神武天皇以前の日本は白山信仰(ニギハヤヒ)が中心の縄文文化が栄えていましたが、神武天皇以後は天照大御神(ニニギノミコト)中心に変化していったのは、古代イスラエル民族が日本で融合した証と思っています。今後も楽しみにしております。
こんばんは現在 野望ではなく純粋な お働きとして秦氏 末裔 土御門 兼嗣氏 京都に 遷宮の 儀を 執り行いました。
だいたイイ線行っている時系列の読みだと思います。私は竹内陸泰さんの歴史感がとても自分にはフィットします。氷河期は海面が低くなって小笠原諸島やグアムに至るまで陸地面積がかなり海上に露出していたのは事実だと思います❗なのでフィリピンやグアム列島らの南方人が葦船で黒潮海流を利用して九州四国東海にやって来て居たのはかなり有望です。そして日本の黒曜石が南方の遺跡から出土しているのは確かな交流の証拠だと思います。縄文人は南方の海洋民族の刺青をした黒肌の人達❗ソコへ色んな困難な北イズラヘルの歴史を担った末裔の徐福が第1陣でモーゼ信仰を持って日本に上陸したのだと俺は分析して居ます。そして北イズラヘルの10支族は東北訛りにその影を残して居るのが解ります。エフラエム→エフレムマナセ → マナセシメオン→ スメオイッサカル→イザカルガド → ガドナフタリ→ ナフタリアシェル→ アズェルルペン → ルペンゼブルン→ ゼブルンダン → ダンと言った様に訛りに直すとより東北人の自分にはシックリ来ます。動画頑張って下さい❗👍💕↗️
僕もむっちゃんに刺激を受けてチャンネルを始めたようなものなので嬉しいです😊
I’m Y mitochondria DNA 🧬 Haplogroup D-Yap 我はDヤップ遺伝子ですので縄文系ですが出雲系か宇佐系かが知りたいです。
かなり正確な分析と推論で驚きました。ここまで辿り着くには専門性だけでなく宗教的霊的な考察も必要でしょう。日本の似非歴史学者や考古学者も学んで欲しい。登録者3万人はまだまだ…ユダヤ教徒やキリスト教徒も学ぶべき。まあ、共産主義者には知られたくない内容ですが…。以前も書きましたが天照大御神は男神(古代ユダヤの✡王)。それを隠すため女神にした。須佐之男も国常立を隠すためで、月読も男神というよりお釈迦様=月界は冥界ですね。日本が天津神国津神の八百万信仰であることは、全ての宗教のルーツである証。天之御中主神(ス神)と直結だからなのですが、神仏習合の神道を知れば宗教戦争などあり得ない。改めて知れば知るほど日本って素晴らしい国です!但し、秦さんには悪いが私は稲荷信仰には否定的。大陸稲荷が今日本の神域を滅茶苦茶にしてるからです。もう中国人を神社仏閣に入れてはいけない。
交流分析、祖粒子コオシ、粒子、、ヒカリエ、エナジイ、石キリ屋が天地、🪓 34:4🎉宙まで太陽で🌍️の季節、時間を測ってた。柚月のキム・ハヌ月は桶やが、水に写る月で
月ヨミ は 神話 上 でも あまり 大きく 扱われて いない 謎 の 多い 神 サマー ?
アンヤさん大喜び!
こんなことになるのは明治にユダヤに支配された痕跡と思われます
月読神社は鹿児島県にあります。
学会に発表して教科書に載せてください。
月 の 一族 が 日本 に 戻って きた ?
偶然出てきたので興味深く拝聴させていただきました。日本とユダヤのハーモニーをDNAという視点で考察していらっしゃるのは新鮮で面白かったです。ただ、神武天皇の名前の説明がやや不足しているように思いました。名前はカムヤマトイワレビコノスメラミコトで、サマリアを示すのがスメラ。スメラは音的にシュメール系統を指すと思われますし、ミコトはミ(ヘブライ語で出身)とコト(北の10支族のガド族)を指すという説がございます。国史とヘブライのつながりもぜひ動画で見てみたいです。
ロマンがないよw日本とシュメール文明を関連づける方がロマンがあるw
日本とシュメール文明関係してるってことが言いたかったのですが!
D と E タイプ ヤップ 遺伝子
氷河期はアフリカより日本の方が暖かかったということでしょうか?
何か訳が分かりませんが、アダムとエバ以来の人類は 未だ7,000年にも満たない と言われています。年代計算は本当に当てになるのでしょうかね?
鎌倉時代 D 系統 が 増えた
秦河勝の末裔の血縁のものです、私の見た系図によると、平安京造営の時、官職名は都 督(みやこのかみ)とされていました、その上には、藤原小黒麿が造京司としていて、河勝は低い身分だったようです、秦氏合流説なのですが、すでにその頃、天孫系とは、一線をひかれていたように思われます、その後の歴史も疑問が残ります、天孫族にとっては、なにか都合が悪かったのでしょうか、残念です
貴重な情報ありがとうございます🙇僕の考察では天孫系にもいくつかの流れがあると思っているので、同族、或いは親族同士でもせめぎあいが色々あったのではないでしょうか。その辺りはこれからやっていく動画の中で少しずつ繋がって行くと思いますので良かったらまたご覧下さい😊
@@shingekinobumasa 秦一族が帰還組とするならば、それこそ、古代縄文人の末裔ともつながりますね、私が感じる点は一族は平和的ということです、古代の縄文遺跡からは争いの遺物が見られません、中世の戦乱以降、秦一族が姿を消したのも、そんなところかも、知れません、本家の系図には、南北朝の時、南朝方についたとありました、敗戦の時、仏門に逃れて、世を忍んだようです、本家は丹波に今ものこっています、全国に秦集落を見かけますが、いずれも一族でひっそりくらしていたようですね、その一方で石や、醸造などは全国規模のネットワークがあったようです、私の叔父、叔母は、同族と結婚しています、多くは秘伝とされたため、いまも語られることは、少ないので、正しい歴史が語られることがないのが残念です、これからも、よろしくお願いします
D 系統 y ハプロ
言霊 で 読み解く と 聖書 が 読める?
高天原は「タカマガハラ」とは読まないのですか?
タカマガハラ、タカマノハラ、タカアマハラ、色んな読み方があります。ただ、古神道的には濁点がつくのは濁りとなって取らないようです。実際神社の祝詞ではタカマノハラと唱えていらっしゃる事が多いかと思います🙇
擬音語 擬態語 が 多い ノア 日本語 オノマトペ
カゴメカゴメ カーゴノナカノ トリイハ。。。視聴中に降りてきたw。現代日本語では意味不明な言葉も何故か古代ヘブライ語の方が意味が成せるという。そんな唄が多すぎて「空耳アワー」という範疇にないですよね。
日本人は解る、ヘブライ語
AKAHOYA🎉😅
7 代 目 から 国 生み が はじまる 訳
縄文 弥生 古事記 戦国時代 泰平の江戸 明治維新 近代史(謎) 今から どうなるのか ワクワクです
シュメール 文明 メソポタミア 文明
文明の始まりについて話をするときは、必ず文明の定義を述べなければならないと思います。
母方 ミトコンドリア イヴ を 子孫 に 伝承父方 YAP 遺伝子 を 子孫 に 伝承 ? チュー YAP 遺伝子 は 限られた 民族 のみ
二本 の 人口 8 万人 の 時 が あった?
縄文 弥生 古墳 時代
地球に4大文明と言ってるのは、jpだけで有って、今世界では。7大文明が標準でしょう。そして最近の縄文文明の研究により、8大文明に変化しようとしているのが、実際なのでは。
縄文人 激減 食糧 不足
「たかまのはら」じゃなく「たかまがはら」だと思いますよ。
古神道的には濁らない「たかまのはら」の方が正解みたいですよ
一説には、今の中東のあたりのタカーマハランと言う地名が訛って高天原となったようです。❤
私 は 朱鷺 ところ に より 貝 に なり 申す と よく 一手 いる の ですがピラミッド の 訳無い に おさまらない 例 の あの お堅い お方 も 同じ やうな こと を 逝って いた こと も あった ムー です 貝 バーン 託 資す 以上 の あの 一族?
なぜ、そんなにわかりづらい文章を書くのですか?間を空けずに文字を打ってください。
もしかしてタレントのキムタクって秦氏?信長と家紋同じ。信長大好き。好きな食べ物は稲荷寿司。
なるほど太陽を追いかけて東へ東へと行くと自然に日本にたどり着くわけですね。😄それで日出ずる国日本と。
人類は、猿から進化した? では、その猿は、人類の様にならないの?😂 歴史も神話も隠されてきましたね💧 稲作も縄文土器から出て来てますよ。
世界 でも 数 少ない 縄文 ヨウロペ 型 例 どらえもん もとい ホリエモン さん 元 オリラジ の 中田 の おやっさん もとい 中田 の あっちゃん キンコン 西野 氏 私 も 自称 縄文 エウロペ 型
ヘブライと日本は関係無いよw
さまざまな史料から関係ないと言う方が難しいでしょうね。関係があるという方が自然でしょうな。
興味深いですが、仮説を次第に事実扱いするのはやめてほしいですね。
ご指摘ありがとうございます!そういうつもりではないので必ず冒頭に一説としてお楽しみ下さいという文言を入れるようにはしているんですが…そう感じさせてしまったのであれば申し訳ありません🙇1つの考察として何が言いたいのかよくわからない動画にならない為に自分なりの結論を出すよう意識していまして、それが事実扱いしているように聞こえてしまっているのかもしれませんが決してそういうつもりではないので、あくまでも一説として楽しんでご覧頂けたら幸いです😊
比較的初歩的な科学論文では、仮説を唱えているうちに、根拠なく結論とすることがあります。本動画では月読命と天照大神が同一神であることを証明すると思いきや、結論の根拠はよくわかりません。天照大神が実在した女性である事は外せない事実です。いずれ証明されるはずです。なお、記紀が実在の人物をモデルにした創作である可能性は否定できません。
@@kazuomoriya348 教科書に載せようと言ってる訳でもなくただの考察動画なのにそんな事いちいち突っ込んで大変な方ですね…
皆さんご視聴ありがとうございます🙇
月読命秦氏シリーズ総集編として3本の動画にまとめて来ましたがこれで一旦お開きとして別のテーマを追っていこうと思っています。
是非お時間ある時に他の動画もご覧ください😊
【総集編①】
ruclips.net/video/E2Lofbdb0fw/видео.html
【総集編②】
ruclips.net/video/tu2n8WXTxzU/видео.html
噴火後に日本から出て行って、あちこちで文明を築いてまた日本に戻って来た、という説が、現実味を帯びてきましたね。ワクワクします。
お主賢すぎ。これ系の考察チャンネルでは一番整合性が高く説得力が強いと感じます。
全て腑に落ちる完璧に近いと感じました🌈
素晴らしい動画ありがとうございます👏無料でここまでの考察をみせて頂けるって本当ありがたいことです。
感謝感謝😌
総集編、よくぞここまでまとめ上げられましたね。映画何本か観たようです。こんな教科書で勉強したかったです。
皇居の周りをレポートしていた頃からそれ程年月も経たないのに信政さんの探究心には驚くばかりです。
俯瞰で物事を見る事の大切さを教えて頂きました。ありがとうございます。
どうか、お身体に留意されますように。ずっと応援しています🎉
こちらこそありがとうございます😊
江戸城レポートは今見返しても何やりたいのか定まってない感と初々しさでお恥ずかしい限りです😂
でもそういう所から始まっているチャネルなので記録として残しておきたいなと思っています!
子供の頃からの謎が解けてきてとても嬉しいです
広い視点からの考察が素晴らしいです。
すごくわかりやすかった‼︎
素晴らしかったです!!
考察にいよいよ凄みすら感じられて、日本のルーツをめぐる大切な議論に繋がっていく事を願っています。
出雲編も楽しみにしております!
素晴らしい。英語訳を世に出すべきです。
考察しっくりきました!ありがとうございます。
1時間が全然長いと感じないくらい凄い動画でした…
確かにそうすると聖徳太子が月読を信仰していたのとか繋がる部分も多そうですね!
進撃さん❤最高ですね😊
正真正銘の(Y)UHADAでございますので、秦氏研究は親、自分、子の3代で自分のこととして真剣に勉強し知識を後続させる義務の様なものを感じております。先生のこのお話しは貴重なものそのものであり、大変感謝しております。特に縄文人が一旦国外へ脱出し又日本へ帰国される帰還説は初めておうかがい致しましたが、確かにそうかも知れませんね。宇野先生が漢字はユダヤ人が創られたとおっしゃっておられました。なぜなら、犠牲という字は羊を犠牲にして我が生きるという文字だからこれだけでユダヤ人しか分からないことだから漢字はユダヤ人が創られたとおっしゃっておられました。でも腑に落ちなかったのはなぜ日本の漢字がユダヤにあったのかと言うことでした。でも、先生の日本からユダヤへ脱出して、ユダヤから日本への帰還説ならドンピシャリでつつじまが合います。先生こう言うことで帰還説は使えますでしょうか?
進撃さん🎵 おはようございます🌞 素晴らしい考察ですね👍️ 私はこの説を信じます❗️
この前、お会いして話した点と点が少し線で繋がりました🙂 次回の動画も楽しみにしています‼️
ステキ、学べます感謝
科学的に説明されていて、説得力有り。最高‼️
亡くなった叔母さんも歴史が大好きでした。
この画像を一緒に見たかったなぁ、、
ありがとうございます😊
今までそういう考え方した事がなかったからなるほど感あって面白かったっす!
視点が広範囲で、深読みが素晴らしく分析に整合性が‼️
動画楽しみにしてました!阿波踊り後にお話しさせて頂きありがとうございます。
集大成からの後半はドキドキ💓妄想広がります〜。ところで意富氏は古代からどんな動きをしてんでしょうね、富入ってるし🤨
凄い情報量でしかも分かりやすい説明ですね👍️少し前に安徳天皇の子孫の方が口伝公開してる動画を見たのですが皇室のルーツは沖縄で大東亜戦争で降伏するのが決まった時種として沖縄から10人皇居によばれたと話してて菊花紋は本土より沖縄が先みたいなですが そのへんの考察聞いてみたいです😀
ありがとうございます😊
沖縄も神武天皇の伝承や地名にも気になる所がたくさんあるので関係は間違いなくありそうですよね!
身体一つで中々追いつかないんですが沖縄もいつか考えてみたいと思っています😊
皇統、男系男子って、D系を守るだよな。
やはりでした。色々考えてみました。もう、発表した方がいいのにと思います
やあ、素晴らしい考察でした。保守志向になった老生が日本の歴史を勉強しようと思って記紀を読み始めた時、あまりに非論理的記述で降参。古史古伝を読むと面白いが統一が取れずこれまた降参。あれこれ10年以上経過、自分で調べ上げるのはやめyoutube ばかり見始めていた頃、この動画シリーズに遭遇して目から鱗、スッキリしました。今回の動画はまさに私の疑問に全て答えてくれた素晴らしい内容でした。あとはアカデミズムの研究者たちが追証明して記紀の解説版として国際的に認知されることを希望したいです。
ハプログループの考察は深いですね、さすが進撃さん。👏
スサノオ、ニギハヤヒにつながるこの動画は、何回も見て勉強します。😄
ありがとうございます😊
スサノオ、ニギハヤヒの所はまだまだこれからたくさんあるので是非今後もご期待下さい!
やばすぎです
感謝!です。
縄文系の割合が少ないのにyハプロDが4割もいるのが前から?でした。1000年前に各地に散った皇族から増えたという考察で納得できました!神武天皇は本当の意味で日本人のお父さんなのですね。
素晴らしい好撮ありがとうございます❤
星の信仰の民が月の民
定着したら太陽、移動は夜の月
陰陽道、占星術、暦など
月の民は星の信仰だった
その中の王が素戔嗚という称号で天皇こと王政を持ち込んだ弥生人たち
都市伝説
ありがとうございます!
モヤモヤが大分晴れてきましたm(_ _)m
出雲口伝や武内文書などと併せて見させて貰いました。
納得出来ましたよ。
説得力が有りますね。
考察が深くて1時間の動画もあっという間でした!
キルギスの国旗の色使いって、錦の御旗と一緒ですが、なにか関係あるんでしょうか?
ありがとうございます😊
作られた年代も違うのでさすがに偶然だとは思いますが、エジプトでも同じ色使いで描かれたりしているので古い記憶がそうさせているとしたら凄いですね!
元の時にモンゴル人の襲来を受けた宋から知識人を受け入れたと言われとぃるので、鎌倉時代に増えたのはそれじゃないですかね。宋銭、茶の文化、禅などいまの日本の基底となる文化の一部は進歩的だった宋からといわれています。
穢族は漢氏と言われてます。東漢氏は、やまとのあやうじですね。東がやまとと呼ぶのは進撃さん理論ですね😊
いつもありがとうございます。とても勉強になります。私も最近ここら辺を必死に考えているのですが、物部や海部(籠神社)や宇佐がイスラエルというのは納得しているのですが、皇室がイスラエル10支族系というのがピンときていません。上流階級?の隠語でイシヤというものがあると思うのですが、ここが鍵なのではないかと思っています。イシヤはいわゆる巨石文明、最終氷期を知識を有したまま生き延びた民族と考えており、ここと東に逃れた縄文民族が交わって生まれたのが皇室では無いかと空想しております。もしよろしければ、ここら辺の考察などもしていただけると嬉しいです。
扶余は征服王朝と見てますからキリギスと扶余の関係は面白かった。
注文を付ければ縄文を東日本に限定し南九州の縄文を無視した点ですね。ニニギが降り立ち皇孫が育った地は中央九州の海や地ですし、淡路島は崇神帝の母と関係があり、明石海峡は神武・応神の東征や応神朝と九州を結ぶ重要な場として描かれています。
自分も長いこと本読みや見聞きしたなかで大体同じ考察なんですが
古事記、日本書紀に関しては、編纂前に大化の改新、白村江の戦いとか色々あったり、天皇ごちゃごちゃ変わったりとか色んなことあってかなり変なものになっただろうと思ってます。
その前に秦氏やら渡来人も沢山来ていただろうし、戦争には大敗してるし、大陸、半島の影響もあったかもしれません。あまり知りたくない隠したいことなんかもあったりとか😅
すごい👍ありがとうございますw
アジアで月と聞くと、どうしてもインド王族の日種・月種を連想してしまう。九曜の日蝕の羅睺・計都がスサノウに対応すればスッキリするし。
伊勢神宮より鹿島神宮の方がよっぽど古いですしね。茨城鹿島地域高天原を説明せずして記紀を解釈するのは肝心な所が抜けていると言う他ありません。天照系、出雲系、月詠、の説明も必要です。日本海側、太平洋側大和王権設立前の日本各地の国々等
Togrma-Haran(kHaran)→トガーマハラン→タガーマハラン→タガアマハラ→タカアマハラ(高天原)
貴重 な お話 ありがとう ございます
いやいやー、面白かったです。
皇系の逆輸入説は間違いないように思えます。正書などほぼそちら目線の記載になっていますね。
神武東征で語られる、徳島あたりで、日系皇系と混血して(入れ替わり)、大和へ進軍したと理解しています。神社と墓を回るとそうに違いなく思えてきます。
ハプログループは、遺骨が出た場合のみの過去の推察になるので、現在の分布までの移動経緯を説明できるか?というと難しいように思えます。遺骨の埋葬様式が画一的で、サンプル数も満遍なく残してくれていれば別ですが、火葬や海葬などで文化継承された高度な文化圏ではむしろ残留物は少なく、大量居住、移動していても痕跡としてはわからないような。むしろ雑に偶然死亡したり打ち捨てられたり、埋まったりした物が発見できるものになるので、偏るのでは?と思え、参考程度かな?と考えます。
しかしハプロDの分布は面白いと思えました。
良い動画、とても参考になります。ありがとうございます。
日本史と世界史が繋がらない
そのように教育体系を組んだ組織があるからですね
普通に考えれば世界史とその中での日本史とを常に比較する必要があります
しかし教育体系で完全分離して考えることを前提とされます
それには意味かありそれ以外にも紐解くことが出来ないようにいくつも仕組まれていると考えます
個人的にはユダヤ系天皇であろうと陛下には違いないと考えますが
日本には昔から色々な輩が巣食う為に古事記から隠匿してきたのだと考えます
山口県下関市の関門海峡を見下ろすホテルに《ウズハウス》という奇妙な名前の宿があります。〔なんでこんな発音しにくい名前にしたのかな〕と思ってました。関門の渦のこと?とか想像しましたが、違うのですね。
シュメールの太陽神ウトゥにも通じる、ウズベキスタンのウズ?三貴士のみはしらのウズ?
このウズハウス宿のオーナーは、故安倍晋三氏の奥様なんですね。安倍家と言えば津軽に源流を持つ阿部家と元を正すと阿波国にも縁のある御家柄と動画にありました。
安倍家のお墓は長門にあり、長門には徐福伝説も残り、楊貴妃の里などもある。秦氏の関係と思われる朱色の煌びやかな神社も多い。
下関に入ると、大陸に向いて埋められた人骨が出土された弥生時代の遺跡もあり〔一体どんな王族のお墓ですか〕、下関の海岸沿いには松尾神社、蒙古塚、ザビエル上陸記念碑、国内初の英国領事館〔メーソンのロッジ?〕、と渡来系の人々の混在したエリアで、地理的に見ても大陸との交流は、当然と言えば当然ですが多種多様。
安倍晋三氏の家系と、ウズ、と冠した想いは関係あるのか。〔話しはぐるぐる回って頭が混乱している様子を露呈してますが〕
一度、長門国も取り上げてもらえると助かります。
カムヤマトイワレビコが、
日向から東征した際に、馬関〔下関〕など、素通りですよね。大和朝廷成立後は国府もあり、奈良時代から貨幣も鋳造しているし、ワカメも朝廷に献上してあるのですけど。
縄文土器が出土した!というニュースも盛り上がらず弥生のアピールばかりするんですよね。なんで?
龍脈が完全に封印されている、としか思えないんですよね。住吉一の宮には、荒御魂本宮とあるのに、瀬織津姫の匂いが全くしない。
明治維新で力を使い果たした、と言われてますが、もう150年経つし。それ以前にガチガチに蓋したものが大き過ぎるのか。当てずっぽでいいから、誰か教えてー。
3本大変興味深く拝聴しました。日本書紀巻第15顕宗天皇に『三年の春二月の丁巳の朔に、阿閉臣事代、命を銜けて、出でて任那に使す。是に、月神、人に著りて謂りて曰はく、「我が祖高皇産靈、預ひて天地を鎔ひ造せる功有します、民地を以て、我が月神に奉れ。若し請の依に我に献らば、福慶あらむ」とのたまう。事代、是に由りて、京に還りて具に奏す。奉るに歌荒樔田を以てす。』とあります。これは松尾大社摂社の月読神社だと考えられます。月読命は壱岐に鎮座していた神とも考えられるのですが。お説の月読命との関係はいかがなんでしょうか?。UPから時間がたっているのに申し訳ありません。
鐵器、銅、銅鐸、水銀、金、土器、埴輪、陶器、翡翠の歴史的、文化的な背景も分かりますか?三大神宮について分かりますか?🤔🤔🤔
コメント失礼します。
私のご先祖様はパブログループA
(Nではないのですが似た経緯かな?)と診断されてバイカル湖からどうして日本に来たのか分からなかったので少し謎が解け感謝です。
動画ありがとうございます。
卑弥呼についての話はどう繋がりますでしょうか? 西暦2〜300年ごろと思われますが?🤔🤔🤔
鹿島立ちで鹿島から現鹿児島に天磐船で天孫降臨し鹿島の子鹿児島と呼ばれるようになった。しかも何度かに分けて。田中英道教授の動画、書籍を見れば納得感あります。
奈良平安のように一箇所に定住しておらず全国民各地を数年で都を移しながら点々としています、各地に高天原があるのはそう言う事です。またイザナギイザナミが各一人ずつとは限りません。神武天皇もそうです。現代の価値観に当て嵌めすぎるとがんじがらめのこちらのメガネでの見方になってしまうため注意が必要です。価値観、死生感でも恐らく違います。江戸時代以前と現代でも恐らくかなり違います。体の使い方でさえ
よく考察されてますね。略納得できそうです
面白いですね。都市伝説
一つだけ古代イスラエルやユダヤ人は聖書の話からできたものですよね?
中東の人達なのでしょうけど
失われた十支族はヒッタイト王国と似ていると思ってます
そろそろ古代イスラエルは何なのか?
聖書の意外唯一石板に残るエジプトと戦って負けたイスラエルというものしか客観的根拠はないとおもいます
北の十支族はエジプトと和平条約を結んだヒッタイト王国のちの秦氏ではないでしょうか
トルコのあたりからギリシャへと
DやEはいたのではないでしょうか
エジプト18王朝はツタンカーメンのミイラからr1bと解ってるので
当然この親達、アクエンアテンというモーセのモデルがDであったとは思えないのと
カディシュの戦いが18王朝の末期であり
ラムセス2世が和平し反映をしてるのと、ヒッタイト王家とのやりとりで互いに尊重し合うような内容があることなどがあげられ
そうすると、エルサレムあたりはちょうど国境線付近で
北のイスラエルとはヒッタイト王国の南側
南のイスラエルとはエジプトの北側を言うのではないかと思われます
異文化交流もされてたと思われます。後にその地がやられるまでは
おそらく当時としては稀な平和的な外交でもあり、それを讃え古代イスラエルという町は存在してたのかもしれません
都市伝説です
くわしく調べてもらえると嬉しいです
イスラエルの意味はいろいろありますが確かヘブライ語では神と戦った者
かつて映画を極めたエジプトに挑んだヒッタイトを表しているのではないでしょうか
近年ヒッタイトの歴史が紐解かれています
ありがとうございます😊
ヒッタイト→ハッティ→秦ですね!
鉄器文化の大元は間違いなくヒッタイトなので確実に関係はしていると思うんですが、どこにどう繋がるのかは研究中なので色々と参考に勉強して行こうと思います🙇
ふと疑問に思ったのですが、秦氏は日本に来てから神社を建てまくってますけど大陸ではどうだったのでしょう?羌族辺りに何か残ってるのでしょうか?参拝の仕方とかも日本独自ですか?
ありがとうございます😊
これがまた難しくてですね、参拝の仕方は動画内でも説明したように古代イスラエルに似ていて、羌族周辺の少数民族の中に鳥居に似た構造もあったりするのでそちらも何かしら共通点はありそうです。
良い質問を頂いたと思うのでその辺りもまとまったらいつか動画にしてみようと思います😊
@@shingekinobumasa
ありがとうございます😊
柏手を打つという所作が他には無いのでは?と思ったのですが、レビ族を検索しても分からないので😅魏志倭人伝には倭人は手を打つとわざわざ書いてあるみたいなんです。左手を🔥右手を💧打ち合わせると神⚡になるなんて言葉遊びみたいですけど!?神事なんですよね(^_^;)
火と水でイキ(息、生き)言霊ですね😎
聖書にも手を叩くと2箇所ほど出て来るようで、あちらでは手を叩く事は約束、誓約をするという意味になるそうです😊
ただ、今の二礼二拍は明治に入ってからの国家神道で定められたものでそれ以前は神社によってバラバラだったそうなので、恐らく神社の系統によって意味合いは様々に変化していたかもしれません。
元々は三礼三拍で三位一体、三柱の神を降ろすという意味合いがあったという説もあるそうです!
@@shingekinobumasa
なるほど約束 誓約という方が本来の意味かもしれませんね😊三位一体 三木家につながっていきそうな・・・🙏
うーん、圧巻の妄想ともいうべき傑作仮説(マジで褒めてます)ですが、カムヤマトイワレビコにサマリアという単語が含まれていません。ココはどうなの?(今のところ、ツッコミどころはこれだけです。)
あと、ユニコーンと菊花紋などの入った織物?は何処にあるのですか?
ありがとうございます😂
サマリアはスメラの部分ですね!
これも個人的な意見ですが、アブラハムはメソポタミアのウルという街から出て来ているのでシュメール人の可能性、そうするとサマリアもシュメールが訛ってつけられた町名なんじやないかと思っています!
シュメール=サマリア=スメラ
@@shingekinobumasa
うーん、シュメール=サマリア説は初耳です。
@@UnknownUnknown-nx7ovハツクニシラススメラミコトの古代シュメール語でサマリアの王という意味なんです😊
@@castleman4502
ありがとうございます。
この辺りの話は、原典または一次資料について知りたいですね。
妄想の使い回しやコピペで振り回されたくないのです。
この度もいろいろと刺激になる考察をありがとうございます。
進撃さんの動画で、麁服は神の依代だと知り[*ずっと、天皇が召されるものだと思っていました]、ますます忌部氏への興味が高まりました。そこで気になるのが、「阿波ヤマトCh.」さんの動画で北野晃司さんが 中世の古文書には「小屋平の有力な13軒の忌部の家の人たちが三軒ひと組になって持ち回りで麁服の調進をやっていた」と記されていると語られたことです。
いまはその存在が消えてしまった三木家以外の家はその後いったいどうなったのか。
もともとの始まりは、どういうありようだったのか。…
その動画の中でも触れられていますが、中東からの帰還組が忌み嫌ったであろう十三という数。マヤの暦など月のリズムで暮らす人たちは一年を十三の月で捉えます。
その十三と何やら繋がりか深そうな忌部の民が降ろす神と一夜を過ごすことによって 天皇たれる…。
また、もともとは麻ではなく木綿[ゆう]たる梶/楮でつくられていた麁服は、映画『倭文』を観ると (ユーラシア大陸ではなく)環太平洋の匂いを身に宿した人たちとの繋がりが強く感じられます。
そう言えば十三は、「とさ」とも読みますね。
みはしらの「うづ」の御子。
もまた、気になるワード。
「うつのみや」は「ウトゥ/ウツの都」との説もあり。富士五湖の山中湖、9000年前はもっと大きな湖で「ウツ湖」と呼ばれていて、鎌倉時代は「宇宙の湖」と書いて「ウツのうみ」と呼ばれていたとも。
あぁ…どんどん散逸が拡大していきそうなので、ここで止めておきます。😅
一つだけ追記。
皇室のもう一つの紋章。
ユニコーンと獅子が大甕[おおみか]を守っているようにも、大甕が両者をつなぎ和するようにも見えます。😌
大甕といえば、倭文神たる武葉槌命(たけはつちのみこと)によって鎮まったとされる甕星香々背男(みかぼしかがせお)…その両者を祀る大甕神社を思い出します。
コメントありがとうございます😊
13については諸説あると思いますが一般的には北欧神話から来ていて、それを元にキリスト教で取り入れられた結果西欧で忌み嫌われた数字として広がったと考えられています。
つまりこれも時間差を考えると見えて来るんですが、北の10支族がバラバラになる時点ではまだ13という数字にそのような概念は存在していなかったと考えられる訳です。
ここまでの考察通り忌部氏が10支族側の流れで戻って来たグループだったのなら13を使っていても問題はないのかもしれません😊
弥生人カクゲノムより
o1b2は縄文の遺伝子が全くないことから
縄文から帰ってきたのは日本側の権威を示したいものだったのだと思います
私が永年考えていた日本の歴史の大筋をうまく纏められた考察で、ほぼそう思います。世界の歴史はこの日本に始まるとみるのが正解ではないでしょうか?神武天皇以前の日本は白山信仰(ニギハヤヒ)が中心の縄文文化が栄えていましたが、神武天皇以後は天照大御神(ニニギノミコト)中心に変化していったのは、古代イスラエル民族が日本で融合した証と思っています。
今後も楽しみにしております。
ありがとうございます😊
こんばんは
現在 野望ではなく
純粋な お働きとして
秦氏 末裔 土御門 兼嗣氏 京都に 遷宮の 儀を 執り行いました。
だいたイイ線行っている時系列の読みだと思います。
私は竹内陸泰さんの歴史感がとても自分にはフィットします。
氷河期は海面が低くなって小笠原諸島やグアムに至るまで陸地面積がかなり海上に露出していたのは事実だと思います❗
なのでフィリピンやグアム列島らの南方人が葦船で黒潮海流を利用して九州四国東海にやって来て居たのはかなり有望です。
そして日本の黒曜石が南方の遺跡から出土しているのは確かな交流の証拠だと思います。
縄文人は南方の海洋民族の刺青をした黒肌の人達❗
ソコへ色んな困難な北イズラヘルの歴史を担った末裔の徐福が第1陣でモーゼ信仰を持って日本に上陸したのだと俺は分析して居ます。
そして北イズラヘルの10支族は東北訛りにその影を残して居るのが解ります。
エフラエム→エフレム
マナセ → マナセ
シメオン→ スメオ
イッサカル→イザカル
ガド → ガド
ナフタリ→ ナフタリ
アシェル→ アズェル
ルペン → ルペン
ゼブルン→ ゼブルン
ダン → ダン
と言った様に訛りに直すとより東北人の自分にはシックリ来ます。
動画頑張って下さい❗👍💕↗️
僕もむっちゃんに刺激を受けてチャンネルを始めたようなものなので嬉しいです😊
I’m Y mitochondria DNA 🧬 Haplogroup D-Yap
我はDヤップ遺伝子ですので縄文系ですが出雲系か宇佐系かが知りたいです。
かなり正確な分析と推論で驚きました。ここまで辿り着くには専門性だけでなく宗教的霊的な考察も必要でしょう。日本の似非歴史学者や考古学者も学んで欲しい。登録者3万人はまだまだ…ユダヤ教徒やキリスト教徒も学ぶべき。まあ、共産主義者には知られたくない内容ですが…。以前も書きましたが天照大御神は男神(古代ユダヤの✡王)。それを隠すため女神にした。須佐之男も国常立を隠すためで、月読も男神というよりお釈迦様=月界は冥界ですね。日本が天津神国津神の八百万信仰であることは、全ての宗教のルーツである証。天之御中主神(ス神)と直結だからなのですが、神仏習合の神道を知れば宗教戦争などあり得ない。改めて知れば知るほど日本って素晴らしい国です!但し、秦さんには悪いが私は稲荷信仰には否定的。大陸稲荷が今日本の神域を滅茶苦茶にしてるからです。もう中国人を神社仏閣に入れてはいけない。
交流分析、祖粒子コオシ、粒子、、ヒカリエ、エナジイ、石キリ屋が天地、🪓 34:4🎉宙まで太陽で🌍️の季節、時間を測ってた。柚月のキム・ハヌ月は桶やが、水に写る月で
月ヨミ は 神話 上 でも あまり 大きく 扱われて いない 謎 の 多い 神 サマー ?
アンヤさん大喜び!
こんなことになるのは明治にユダヤに支配された痕跡と思われます
月読神社は鹿児島県にあります。
学会に発表して教科書に載せてください。
月 の 一族 が 日本 に 戻って きた ?
偶然出てきたので興味深く拝聴させていただきました。日本とユダヤのハーモニーをDNAという視点で考察していらっしゃるのは新鮮で面白かったです。
ただ、神武天皇の名前の説明がやや不足しているように思いました。名前はカムヤマトイワレビコノスメラミコトで、サマリアを示すのがスメラ。スメラは音的にシュメール系統を指すと思われますし、ミコトはミ(ヘブライ語で出身)とコト(北の10支族のガド族)を指すという説がございます。国史とヘブライのつながりもぜひ動画で見てみたいです。
ロマンがないよw
日本とシュメール文明を関連づける方がロマンがあるw
日本とシュメール文明関係してるってことが言いたかったのですが!
D と E タイプ ヤップ 遺伝子
氷河期はアフリカより日本の方が暖かかったということでしょうか?
何か訳が分かりませんが、アダムとエバ以来の人類は 未だ7,000年にも満たない と言われています。年代計算は本当に当てになるのでしょうかね?
鎌倉時代 D 系統 が 増えた
秦河勝の末裔の血縁のものです、私の見た系図によると、平安京造営の時、官職名は都 督(みやこのかみ)とされていました、その上には、藤原小黒麿が造京司としていて、河勝は低い身分だったようです、秦氏合流説なのですが、すでにその頃、天孫系とは、一線をひかれていたように思われます、その後の歴史も疑問が残ります、天孫族にとっては、なにか都合が悪かったのでしょうか、残念です
貴重な情報ありがとうございます🙇
僕の考察では天孫系にもいくつかの流れがあると思っているので、同族、或いは親族同士でもせめぎあいが色々あったのではないでしょうか。
その辺りはこれからやっていく動画の中で少しずつ繋がって行くと思いますので良かったらまたご覧下さい😊
@@shingekinobumasa 秦一族が帰還組とするならば、それこそ、古代縄文人の末裔ともつながりますね、私が感じる点は
一族は平和的ということです、古代の縄文遺跡からは争いの遺物が見られません、中世の戦乱以降、秦一族が姿を消したのも、そんなところかも、知れません、本家の系図には、南北朝の時、南朝方についたとありました、敗戦の時、仏門に逃れて、世を忍んだようです、本家は丹波に今ものこっています、全国に秦集落を見かけますが、いずれも一族でひっそりくらしていたようですね、その一方で石や、醸造などは全国規模のネットワークがあったようです、私の叔父、叔母は、同族と結婚しています、多くは秘伝とされたため、いまも語られることは、少ないので、正しい歴史が語られることがないのが残念です、これからも、よろしくお願いします
D 系統 y ハプロ
言霊 で 読み解く と 聖書 が 読める?
高天原は「タカマガハラ」とは読まないのですか?
タカマガハラ、タカマノハラ、タカアマハラ、色んな読み方があります。
ただ、古神道的には濁点がつくのは濁りとなって取らないようです。
実際神社の祝詞ではタカマノハラと唱えていらっしゃる事が多いかと思います🙇
擬音語 擬態語 が 多い ノア 日本語 オノマトペ
カゴメカゴメ カーゴノナカノ トリイハ。。。視聴中に降りてきたw。現代日本語では意味不明な言葉も何故か古代ヘブライ語の方が意味が成せるという。そんな唄が多すぎて「空耳アワー」という範疇にないですよね。
日本人は解る、ヘブライ語
AKAHOYA🎉😅
7 代 目 から 国 生み が はじまる 訳
縄文 弥生 古事記 戦国時代 泰平の江戸 明治維新 近代史(謎) 今から どうなるのか ワクワクです
シュメール 文明 メソポタミア 文明
文明の始まりについて話をするときは、必ず文明の定義を述べなければならないと思います。
母方 ミトコンドリア イヴ を 子孫 に 伝承
父方 YAP 遺伝子 を 子孫 に 伝承 ?
チュー YAP 遺伝子 は 限られた 民族 のみ
二本 の 人口 8 万人 の 時 が あった?
縄文 弥生 古墳 時代
地球に4大文明と言ってるのは、jpだけで有って、
今世界では。7大文明が標準でしょう。
そして最近の縄文文明の研究により、8大文明に変化しようとしているのが、実際なのでは。
縄文人 激減 食糧 不足
「たかまのはら」じゃなく「たかまがはら」だと思いますよ。
古神道的には濁らない「たかまのはら」の方が正解みたいですよ
一説には、今の中東のあたりのタカーマハランと言う地名が訛って高天原となったようです。❤
私 は 朱鷺 ところ に より 貝 に なり 申す と よく 一手 いる の ですが
ピラミッド の 訳無い に おさまらない 例 の あの お堅い お方 も 同じ やうな
こと を 逝って いた こと も あった ムー です
貝 バーン 託 資す 以上 の あの 一族?
なぜ、そんなにわかりづらい文章を書くのですか?
間を空けずに文字を打ってください。
もしかしてタレントのキムタクって秦氏?
信長と家紋同じ。信長大好き。好きな食べ物は稲荷寿司。
なるほど太陽を追いかけて東へ東へと行くと自然に日本にたどり着くわけですね。😄それで日出ずる国日本と。
人類は、猿から進化した?
では、その猿は、人類の様にならないの?😂
歴史も神話も隠されてきましたね💧
稲作も縄文土器から出て来てますよ。
世界 でも 数 少ない 縄文 ヨウロペ 型
例 どらえもん もとい ホリエモン さん
元 オリラジ の 中田 の おやっさん もとい 中田 の あっちゃん
キンコン 西野 氏
私 も 自称 縄文 エウロペ 型
ヘブライと日本は関係無いよw
さまざまな史料から関係ないと言う方が難しいでしょうね。関係があるという方が自然でしょうな。
興味深いですが、仮説を次第に事実扱いするのはやめてほしいですね。
ご指摘ありがとうございます!
そういうつもりではないので必ず冒頭に一説としてお楽しみ下さいという文言を入れるようにはしているんですが…そう感じさせてしまったのであれば申し訳ありません🙇
1つの考察として何が言いたいのかよくわからない動画にならない為に自分なりの結論を出すよう意識していまして、それが事実扱いしているように聞こえてしまっているのかもしれませんが決してそういうつもりではないので、あくまでも一説として楽しんでご覧頂けたら幸いです😊
比較的初歩的な科学論文では、仮説を唱えているうちに、根拠なく結論とすることがあります。
本動画では月読命と天照大神が同一神であることを証明すると思いきや、結論の根拠はよくわかりません。
天照大神が実在した女性である事は外せない事実です。いずれ証明されるはずです。なお、記紀が実在の人物をモデルにした創作である可能性は否定できません。
@@kazuomoriya348 教科書に載せようと言ってる訳でもなくただの考察動画なのにそんな事いちいち突っ込んで大変な方ですね…