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恋愛は、独占欲、執着心、依存心、性欲などのお互いのエゴから成り立っているから「信頼関係」とは真逆の関係ですよね。
欲望や執着を無くし、ただ相手の幸福を願う心が悟りへ導くのか。凡人には無理そうです〜お釈迦様でもないとハードルが高いと思います。😅
仰っしゃる通り。動画内では簡単に物語が進んでますが、これ難しいですよね。
深すぎてわからない。熟考します。
深い。深すぎる。愛の原点は「心から相手の幸せを願うこと」自分自身の欲望に執着すると、愛の本質を見失ってしまう。「愛している」という思い込みが、実は「執着」であることになかなか気づけない。歪んだ愛の形(エゴ)は、お互いを幸せにはしない。(相手をの幸せを真の意味で願うことができない。)執着すると、自分自身が相手以外を愛して幸せになることが許せない。自分以外の人が相手を幸せにすることも許せない。相手が自分以外を愛することも許せない。相手を自分のエゴで縛り付けていることが罪悪感の根源だと思う。これは、恋人、家族、友人、全ての関わりの中で言えることだと思う。色々と反省させられました。
@@tadashi-l4g コメントありがとうございます。うまく伝わるかは分かりませんが、私の過去の思い出を聞いていただけますか?。少し長くなります。私には忘れられない男性がいます。知り合ったのは10代(学生)の頃です。お付き合いまでには至りませんでしたが、私にとっては恋愛対象であると同時に、良い意味で勉強のライバルでもあり、彼に負けないように、彼にみとめられる素敵な女性になれるように、受験勉強と自分磨きをを頑張っていました。彼に直接好きとは伝えていませんが、告白に似たような態度をとった事があるので私の気持ちはそれとなく伝わっていたのではないかと思います。彼は当時、勉強と部活と進学塾で非常に忙しい日々をおくっていました。ただ、いつからか私は「彼の存在がなければ頑張れない自分」に気付き、この感情は依存ではないかと違和感を感じるようになりました。そして、大好きであるにもかかわらず、私は彼と距離をとってしまいました。私の態度を察してか、彼も私と距離を置くようになりました。それ以降はお互い別々の地域で進学、就職、結婚し今に至ります。彼と会わなくなってからも、時折彼を思い出すことがありました。でも、彼と私はもう別の人生を歩んでいるのだと、意識的に思い出さないようにしていました。20代の頃、告白してくれる男性もいましたが、彼以外の男性は(失礼な話ですが)どんなに条件がよく素敵な人であっても自分にとっては全てが妥協に感じてしまい、関係を続けることが出来ませんでした。しかし、私が30代になって(仕事の関係者と結婚して以降)初めて彼のSNSを見たのですが、彼が仕事で思い悩んでいることやメンタルを崩していることを知り、もし自分が側で支えられていればこんなことにはならなかったのではないかと、泣き崩れてしまいました。そして、彼の奥さんに対しても嫉妬と怒りの感情が湧いてきました。私が彼に長い期間執着していることは明らかです。逆に、彼が自分に執着してほしいと感じることもあります。しかし、明らかにそれは自分の思いあがりでありエゴだと思います。理性的ではない自分に対して罪悪感を感じます。今の自分の執着は既婚で子供もいる彼にとって、迷惑以外の何ものでもありません。今の自分に出来ることは、彼の力を信じ、彼と彼の家族の幸せを願うこと以外にないと思います。そのような意味で、相手に執着することは、間違った判断や選択を起こしかねないと自分を振り返っている次第です。
@@persona-s4c 様。貴女が女性とは知らず、ついきつい言葉を投げかけてしまいました。失礼をお赦し下さい…。また貴女様の過去の出来事と今のお気持ちを知り、貴女様の心の葛藤に私自身も辛く感じてしまいました。私は男性ですが、実はとても女性が恐いのです。所謂、女性不信ですね。誠実に尽くしても尽くしても、最後はいつも裏切られました。今では多分、それは自身の執着がしでかした事だと思います。最後の女性に恋したのはいつの頃か、その女性とは相思相愛だと感じていました。しかしその女性は私より随分と年の下の若い女性で他に夢があり、その実現のため私からいとも簡単に離れて行こうとするのです。つまり自身の幸せは私ではなく、その夢に託してたんです。勿論、夢への希望はとても大切な事です。しかし私は私を蔑ろにしてまでその夢の実現に向かう彼女に悲しみを覚えました。そしてそれを彼女にそれを訴えると、なんと彼女は私を夢を邪魔する迷惑な男だと認定したんです。哀れな話しです。とても無償の愛には、なれませんでした。ここでも私は彼女に執着していたと思います。そして今では全ての女性にすっかり諦めております。けれど不思議なもので、いざ諦めてしまうと執着など無くなるものなんですね。ご存知だと察しますが、諦めるのは明らめるが語源だそうです。そして自身の今までを俯瞰してみれば、哀れで滑稽な道化者だった事に気づかされました。執着を憎み執着を排除しようとすると尚、苦しみに堕ちます。逆に執着を受け入れて、諦めてしまえば心穏やかになるのが不思議ですね。本動画を拝観しましたが、何だか執着のみを言い続けても理解し難く感じました。勿論、動画内容は素晴らしいものでした。けれど私としては何だか腑に落ちず、人に執着の欠点だけを述べてもなかなか理解が及ばない様にも思います。それでは私こそ長文にて失礼致しました。貴女様の幸せを心からお祈り申し上げます。
@@tadashi-l4g お返事ありがとうございます。メッセージを読んでいますと、あなた様の誠実な性格が伝わってきます。あなた様が以前大切に想われていた女性ですが、私は女性の立場からその方の気持ちが分かるような気がします。決してあなた様より夢が大切というわけではないと思います。というのが、当時の自分とその女性の行動に重なる部分があると感じるからです。昔の女性は、自分の夢を「大好きな人のお嫁さん」という人が多かったかもしれません。しかし、今の若い世代は、もっと厳しい現実を目の当たりにしながら生きている世代だと思います。かくいう私も、就職氷河期の最後の世代で、高校生の頃は自分の父親が仕事をリストラされたというトラウマを持っています。大切な男性と幸せに暮らすためには、男性だけに経済面を依存するのではなく、共働き出来るくらいのスキルが女性にも必要であると強く感じながら生きてきました。私は当時、彼のことを尊敬しており、大好きでした。彼のことを好きになればなるほど、自分が支えてもらう立場になる以上に自分も彼の夢を支えられるよう、強く自立した女性にならなければいけないと感じていました。当時の私行動を思い返してみると、彼に対する恋愛感情を横に置いて、私が勉強を頑張る姿は、彼にとって寂しいものにうつったのかもしれません。それが原因で彼の気持ちが離れたのだと思います。ただ、当時の私の思いとしては、彼との今後の関係を真剣に考えるからこそ、学生のうちは勉学を頑張らないといけないし、今はお互いが切磋琢磨出来る関係でいる事が青春であると思いたかったのです。ただ、あなた様のコメントを読んでいて感じたのですが、彼は当時切磋琢磨する関係ではなく、きちんとお付き合いしていく関係を望んでいたのかもしれません。そこに配慮出来なかったのは、当時の私の考えが幼かったからだと反省する次第です。彼との関係が終わって以降、「恋愛」は出来ていません。人間的に素晴らしい男性はたくさんいます(夫もそうです)。しかし、「恋愛」感情は彼以外のどの男性にも抱けません。どんなに条件が素晴らしい男性でも、人間的に凄いとは思うかもしれませんが、恋愛感情になった事はありません。いずれにせよ、あなた様が執着から解き放たれて、素敵な女性と再び巡り逢える事を、心から望んでおります。
お返事ありがとうございます。辛い恋愛をされてきたのですね。前回の私のコメントで、あなた様を傷つけるようなことがあったのなら、申し訳ないように思います。私も恋愛に関しては昔から非常に不器用な性格であると自覚しています。フロイトの心理学によると、恋愛対象には、男性なら母親、女性なら父親に似た人を選びやすいと言われています。確かに、彼は私の父親と似たところがあります。私の彼への執着は、もしかすると私と父親との親子関係に起因しているのかもしれません。私が高校生の頃、父親が会社をリストラされたのと、今彼が仕事がうまくいかず体調を崩している事が激しくリンクし、彼を助けられないかと執着にかりたてられるかもしれません。彼の奥さんが憎いのは、当時専業主婦であった母が父の状況に対して無理解だったことに対する投影だと感じています。もしも、私が父との親子関係を再構築することで、この彼への執着が消えるのならば、父と真剣に向き合ってみることも、一つの手段であると考えています。恋愛の執着は本当に辛いですよね。頭で切り替える事が出来れば楽ですが、心がどうしても切り替わらないのです。好きな人を忘れようとする行為は、トラウマ(PTSD)のようなものですよね。あなた様は、今女性を信じられない状況で、とてもお辛いことだと思います。でもどうか、女性はみんな不誠実だと思い込まないようにしてほしいです。あなた様に全面的な誠実さを持って向き合ってくれる女性が、気づいていないだけで近くにいるように思うからです。きっとあなたの心の傷を長い時間をかけて癒してくれる女性が存在すると思います。その女性が恋愛対象ではなく、友達のような関係の場合もあるかもしれません。私は女性だからこそ、誠実な女性が多く存在することを知っています。偉そうに助言のようなことをして申し訳ありません。いつの日か、あなた様の心が晴れることを願ってやみません。あなた様が幸せでありますように。
独来独去無二従徒❣ファイト一発リポビタンD!
難しくてだんだんこんがらがってきました。爺さん婆さんになっても、お互いに好き同士で、まだまだやる気もあってやれる体なら、やってはダメなんでしょうか。老後というのは60でしょうか70でしょうか80でしょうか。
だよね。 仏陀の時代と現在とでは「老人の定義」が大きく異なると思えます
老いて再会して、また惹かれ合った。これは過去に執着してるというより、老いても新たに惹かれ合うのですから、その関係を新たに構築すればいいと思います。苦しむことになる?苦しむことになればいいと思います。二人が関係をもっても離れても、どちらの道にも苦しみはあるでしょう。ここは二人が惹かれ合うままに進んでいき、神への信仰をもって互いに隣人愛を実践し、ダメなことがあれば自省、自浄、自戒をして、魂(心)の成長を模索して生きる。これはキリスト教カトリック信徒の端くれの意見です。私は仏教は生活(生きる)知恵の宝庫だと感じますが、それが苦しみを生みだすだろうからやらないとか先回りして回避するのではなく、それも二人にとって魂を磨く機会になりますし、苦しむことも無常ならばチャレンジすればいいと思いますよ。結果は神のみぞ知る領域ですが・・。
イエスはこういうことになんと教えているでしょうか?
@@コウちゃん-n5w さん、イエス様は生活についてや男女間、人との関係の細部について具体的な教えはされていませんね。(姦淫については十戒も含めての教えがありますが・・)この老いた男女にイエス様はどうおっしゃるでしょうか。おそらくこの二人の男女は自由にしてよいけれども、神への愛、互いに愛することを大切にして、神に喜ばれるように生きれば(努力すればよい)とおっしゃるのではないかなと考えます。で、イエス様はこの世に義人を招くためではなく、罪人を招くために来たと言われています。そして艱難や苦しみがあっても、それを神への愛と信仰を強める契機にすることを望まれていると思います。✟
@@bon5385 ありがとう御座いました
@@bon5385様有難うございます!このテーマについて、あなたのコメントで再確認しました。私は宗教としてのキリスト教信者ではありませんが、イエス様を尊敬しています。イエス様の隣人愛は、それは正しい事と深く信じています。
@@tadashi-l4g 様もっと歳を取ると解るかも知れません。
老いてもなおパートナーは欲しいよね
そうですね!老いたればこそパートナーが欲しいものです。お茶飲み友達は良いものだ、と思います。
確かに、いらないな😂。老後は心穏やかに過ごすのが、イチバンだからね。平安こそが何より大切❤。(笑)
性欲が衰えることはいいことだ。人生の面倒がひとつ減ったからだ。性欲を持て余した青年時代は恥多き年頃だった。
同感です。
モーゼ ブッダ イエスみんな偉いな!
ブッダかっけー。「決算して経営計画を立てよ」ってことか
老後に男女関係を持ち込むと、肉体的魅力もない、活力もない相手に呆れるのが普通。友達であるならいいと思う。財産目当ての場合もある。老兵は静かに消えゆくのみ。
本当に仏陀がそう言ったというがどこで聞いたの?はっきりとどこでブッダが伝えた3つの言葉を聞いたのか説明しなさい。
動画長すぎ
セックスの快楽は健康な体なら一生涯必要だわ。
@@クジラ-q5k 様そうですね!
ブッダさん老後パートナーを頼れとおっしゃっていたのに異性に関わるなとは?まあ相手にされないということは有るでしょうけど。わからんな~ァ。身の回りのお世話させられるというのも面倒よね。
妻もだめなのか?
よく理解出来ました。ありがとうございます😂
過去への執着か😢
ブッダは素晴らしい人物であったが猿真似しようとするのはアホ
お話の ラーマとマーヤと同様の状況下にある85才の二人です。子供の時から高校まで一緒で将来を誓い、その後 若さゆえに破綻!65年後の今 再びメル友として同じ孤をユーモアで癒したりする仲!ラーマが執拗にブッダに問い続ける心境が自分と同じで笑「執着や愛憎」は説教で簡単に「判りました」と言える炎では無いからラーマに同情!
65年後に再会なされたとは…。ご縁とは不思議なものですね。
その間 双方別に所帯を持ち消息は承知同窓会では極普通に会話 最近二人共に連合いを亡くし、同情・共感の淡い旧交
@@時事インコ様。なるほど、お二人の交友を理解できました。私にはお二人の間柄のような経験はありませんが、静かで穏やかな湖面を想像するばかりでした。間違っていれば、申し訳なく存じます。
釈迦の説法の様に 奪い燃え執着する若い時の愛ではなく・・静かに思い遣る心。そして相手の良さを敬い続ける!之を残りの人生の中で健康に持ち続ければ十分。ラーマ達は多分その時50才前後の老人か。私らも波乱万丈の人生を笑顔で終える!tadashi様老人の気持ちに関心を持って頂き嬉しいです。此のチャンネルにも感謝
@@時事インコ 様。僕のような者に、ありがとう御座いました。
恋愛がダメだというなら結婚すればいいでしょう?同じお墓に入れば永遠よ。
@@さゆ-h1r 様賛成です。あなたの意見、ごもっともです。単純明快です。ラーマとマーヤはお互い独身なんだから、好き合っているなら結婚すれば一番良いですよね!余計なことを考え過ぎですよね!
@@pajaroazul5576 さま多様性とか夫婦別姓とか自由を求めながら、反対に窮屈な世の中になってしまったと最近とても感じます。私は、おおらかにストレートに物事を考えるのが好きです。返信ありがとうございました。
@@さゆ-h1r 様返事の返事、有難うございます😊!執着とか修行とか、おかしいと思います。それは自分が納得する事しか考えていないと思います。そんな理由でラーマはマーヤを放っぽいて良いのでしょうか?本当に愛しているなら、ラーマはマーヤのためにも結婚するべきです。それに、高齢者にも恋も愛も性もあって当たり前です。歳は関係ないと思います。人間だから。それから、高齢者同士が結婚するとなると財産相続の事で子供達ともめる事がありますが、それは子供達が欲張りなだけです。自分が作った財産ならどう使い、どう相続したって構わない、と私は思います。子供達は親の人生を楽しく終わらせるべきで、干渉したらいけない、と思います。
@@pajaroazul5576 さまいや~、なんだか私自身のことを言って下さってるようで返信せずにはおれません。お許しを😅私は59歳で子供たちのススメもあり、離婚しました。「もう、お母さん、好きにしていいんじゃない?」と言ってくれました。そして、偶然出会った男性と大恋愛をし(いい年でしたけど本当なんです 笑)お互いの子供とも関係は良好で、60歳で入籍をしました。夫と二人、夫の生まれ故郷で生活を始めましたが、夫の具合が悪くなり、お世話する毎日になりました。そして、一年して亡くなりましたが、相続も全く揉めることなく終わりました。昨年のことです。短い間でしたが、女としての幸せを初めて知りました。本当に幸せでした。だから、この動画を観て年など関係なく幸せにしてあげて欲しいと思いました。長々とすみませんでした。
@@pajaroazul5576 さまラーマは女を幸せにできる男ではないのかも。あーでもない、こーでもないって、自分で決められないんですから、子供と揉めても嫁を守ることもできないと思いますよ。な~んて最後には思ってしまいました。
最悪、腹上死の危険がある。
t たーし 一般常識お、外れるものは、たいへんようがありませんね、とはなんぞや、いみも、わけもわからん、ふしぎな、へんなコメントがあるものだ。まあ、ユーチユウブにもたさいなひとがいるからな、
恋愛は、独占欲、執着心、依存心、性欲などのお互いのエゴから成り立っているから「信頼関係」とは真逆の関係ですよね。
欲望や執着を無くし、ただ相手の幸福を願う心が悟りへ導くのか。
凡人には無理そうです〜お釈迦様でもないとハードルが高いと思います。😅
仰っしゃる通り。
動画内では簡単に物語が進んでますが、これ難しいですよね。
深すぎてわからない。
熟考します。
深い。深すぎる。
愛の原点は「心から相手の幸せを願うこと」
自分自身の欲望に執着すると、愛の本質を見失ってしまう。
「愛している」という思い込みが、実は「執着」であることになかなか気づけない。
歪んだ愛の形(エゴ)は、お互いを幸せにはしない。(相手をの幸せを真の意味で願うことができない。)
執着すると、
自分自身が相手以外を愛して幸せになることが許せない。
自分以外の人が相手を幸せにすることも許せない。
相手が自分以外を愛することも許せない。
相手を自分のエゴで縛り付けていることが罪悪感の根源だと思う。
これは、恋人、家族、友人、全ての関わりの中で言えることだと思う。
色々と反省させられました。
@@tadashi-l4g
コメントありがとうございます。
うまく伝わるかは分かりませんが、私の過去の思い出を聞いていただけますか?。少し長くなります。
私には忘れられない男性がいます。
知り合ったのは10代(学生)の頃です。
お付き合いまでには至りませんでしたが、私にとっては恋愛対象であると同時に、良い意味で勉強のライバルでもあり、彼に負けないように、彼にみとめられる素敵な女性になれるように、受験勉強と自分磨きをを頑張っていました。
彼に直接好きとは伝えていませんが、告白に似たような態度をとった事があるので私の気持ちはそれとなく伝わっていたのではないかと思います。
彼は当時、勉強と部活と進学塾で非常に忙しい日々をおくっていました。
ただ、いつからか私は「彼の存在がなければ頑張れない自分」に気付き、この感情は依存ではないかと違和感を感じるようになりました。そして、大好きであるにもかかわらず、私は彼と距離をとってしまいました。私の態度を察してか、彼も私と距離を置くようになりました。それ以降はお互い別々の地域で進学、就職、結婚し今に至ります。
彼と会わなくなってからも、時折彼を思い出すことがありました。でも、彼と私はもう別の人生を歩んでいるのだと、意識的に思い出さないようにしていました。20代の頃、告白してくれる男性もいましたが、彼以外の男性は(失礼な話ですが)どんなに条件がよく素敵な人であっても自分にとっては全てが妥協に感じてしまい、関係を続けることが出来ませんでした。
しかし、私が30代になって(仕事の関係者と結婚して以降)初めて彼のSNSを見たのですが、彼が仕事で思い悩んでいることやメンタルを崩していることを知り、もし自分が側で支えられていればこんなことにはならなかったのではないかと、泣き崩れてしまいました。そして、彼の奥さんに対しても嫉妬と怒りの感情が湧いてきました。
私が彼に長い期間執着していることは明らかです。逆に、彼が自分に執着してほしいと感じることもあります。しかし、明らかにそれは自分の思いあがりでありエゴだと思います。理性的ではない自分に対して罪悪感を感じます。
今の自分の執着は既婚で子供もいる彼にとって、迷惑以外の何ものでもありません。
今の自分に出来ることは、彼の力を信じ、彼と彼の家族の幸せを願うこと以外にないと思います。
そのような意味で、相手に執着することは、間違った判断や選択を起こしかねないと自分を振り返っている次第です。
@@persona-s4c 様。
貴女が女性とは知らず、ついきつい言葉を投げかけてしまいました。
失礼をお赦し下さい…。
また貴女様の過去の出来事と今のお気持ちを知り、貴女様の心の葛藤に私自身も辛く感じてしまいました。
私は男性ですが、実はとても女性が恐いのです。
所謂、女性不信ですね。
誠実に尽くしても尽くしても、最後はいつも裏切られました。
今では多分、それは自身の執着がしでかした事だと思います。
最後の女性に恋したのはいつの頃か、その女性とは相思相愛だと感じていました。
しかしその女性は私より随分と年の下の若い女性で他に夢があり、その実現のため私からいとも簡単に離れて行こうとするのです。
つまり自身の幸せは私ではなく、その夢に託してたんです。
勿論、夢への希望はとても大切な事です。
しかし私は私を蔑ろにしてまでその夢の実現に向かう彼女に悲しみを覚えました。
そしてそれを彼女にそれを訴えると、なんと彼女は私を夢を邪魔する迷惑な男だと認定したんです。
哀れな話しです。
とても無償の愛には、なれませんでした。
ここでも私は彼女に執着していたと思います。
そして今では全ての女性にすっかり諦めております。
けれど不思議なもので、いざ諦めてしまうと執着など無くなるものなんですね。
ご存知だと察しますが、諦めるのは明らめるが語源だそうです。
そして自身の今までを俯瞰してみれば、哀れで滑稽な道化者だった事に気づかされました。
執着を憎み執着を排除しようとすると尚、苦しみに堕ちます。
逆に執着を受け入れて、諦めてしまえば心穏やかになるのが不思議ですね。
本動画を拝観しましたが、何だか執着のみを言い続けても理解し難く感じました。
勿論、動画内容は素晴らしいものでした。
けれど私としては何だか腑に落ちず、人に執着の欠点だけを述べてもなかなか理解が及ばない様にも思います。
それでは私こそ長文にて失礼致しました。
貴女様の幸せを心からお祈り申し上げます。
@@tadashi-l4g
お返事ありがとうございます。メッセージを読んでいますと、あなた様の誠実な性格が伝わってきます。
あなた様が以前大切に想われていた女性ですが、私は女性の立場からその方の気持ちが分かるような気がします。決してあなた様より夢が大切というわけではないと思います。というのが、当時の自分とその女性の行動に重なる部分があると感じるからです。
昔の女性は、自分の夢を「大好きな人のお嫁さん」という人が多かったかもしれません。
しかし、今の若い世代は、もっと厳しい現実を目の当たりにしながら生きている世代だと思います。
かくいう私も、就職氷河期の最後の世代で、高校生の頃は自分の父親が仕事をリストラされたというトラウマを持っています。
大切な男性と幸せに暮らすためには、男性だけに経済面を依存するのではなく、共働き出来るくらいのスキルが女性にも必要であると強く感じながら生きてきました。
私は当時、彼のことを尊敬しており、大好きでした。彼のことを好きになればなるほど、自分が支えてもらう立場になる以上に自分も彼の夢を支えられるよう、強く自立した女性にならなければいけないと感じていました。
当時の私行動を思い返してみると、彼に対する恋愛感情を横に置いて、私が勉強を頑張る姿は、彼にとって寂しいものにうつったのかもしれません。それが原因で彼の気持ちが離れたのだと思います。
ただ、当時の私の思いとしては、彼との今後の関係を真剣に考えるからこそ、学生のうちは勉学を頑張らないといけないし、今はお互いが切磋琢磨出来る関係でいる事が青春であると思いたかったのです。
ただ、あなた様のコメントを読んでいて感じたのですが、彼は当時切磋琢磨する関係ではなく、きちんとお付き合いしていく関係を望んでいたのかもしれません。そこに配慮出来なかったのは、当時の私の考えが幼かったからだと反省する次第です。
彼との関係が終わって以降、「恋愛」は出来ていません。人間的に素晴らしい男性はたくさんいます(夫もそうです)。しかし、「恋愛」感情は彼以外のどの男性にも抱けません。どんなに条件が素晴らしい男性でも、人間的に凄いとは思うかもしれませんが、恋愛感情になった事はありません。
いずれにせよ、あなた様が執着から解き放たれて、素敵な女性と再び巡り逢える事を、心から望んでおります。
お返事ありがとうございます。
辛い恋愛をされてきたのですね。前回の私のコメントで、あなた様を傷つけるようなことがあったのなら、申し訳ないように思います。
私も恋愛に関しては昔から非常に不器用な性格であると自覚しています。
フロイトの心理学によると、恋愛対象には、男性なら母親、女性なら父親に似た人を選びやすいと言われています。
確かに、彼は私の父親と似たところがあります。
私の彼への執着は、もしかすると私と父親との親子関係に起因しているのかもしれません。
私が高校生の頃、父親が会社をリストラされたのと、今彼が仕事がうまくいかず体調を崩している事が激しくリンクし、彼を助けられないかと執着にかりたてられるかもしれません。彼の奥さんが憎いのは、当時専業主婦であった母が父の状況に対して無理解だったことに対する投影だと感じています。
もしも、私が父との親子関係を再構築することで、この彼への執着が消えるのならば、父と真剣に向き合ってみることも、一つの手段であると考えています。
恋愛の執着は本当に辛いですよね。頭で切り替える事が出来れば楽ですが、心がどうしても切り替わらないのです。
好きな人を忘れようとする行為は、トラウマ(PTSD)のようなものですよね。
あなた様は、今女性を信じられない状況で、とてもお辛いことだと思います。
でもどうか、女性はみんな不誠実だと思い込まないようにしてほしいです。
あなた様に全面的な誠実さを持って向き合ってくれる女性が、気づいていないだけで近くにいるように思うからです。きっとあなたの心の傷を長い時間をかけて癒してくれる女性が存在すると思います。その女性が恋愛対象ではなく、友達のような関係の場合もあるかもしれません。
私は女性だからこそ、誠実な女性が多く存在することを知っています。
偉そうに助言のようなことをして申し訳ありません。
いつの日か、あなた様の心が晴れることを願ってやみません。
あなた様が幸せでありますように。
独来独去無二従徒❣ファイト一発リポビタンD!
難しくてだんだんこんがらがってきました。爺さん婆さんになっても、お互いに好き同士で、まだまだやる気もあってやれる体なら、やってはダメなんでしょうか。老後というのは60でしょうか70でしょうか80でしょうか。
だよね。 仏陀の時代と現在とでは「老人の定義」が大きく異なると思えます
老いて再会して、また惹かれ合った。これは過去に執着してるというより、老いても新たに惹かれ合うのですから、その関係を新たに構築すればいいと思います。苦しむことになる?苦しむことになればいいと思います。二人が関係をもっても離れても、どちらの道にも苦しみはあるでしょう。ここは二人が惹かれ合うままに進んでいき、神への信仰をもって互いに隣人愛を実践し、ダメなことがあれば自省、自浄、自戒をして、魂(心)の成長を模索して生きる。これはキリスト教カトリック信徒の端くれの意見です。私は仏教は生活(生きる)知恵の宝庫だと感じますが、それが苦しみを生みだすだろうからやらないとか先回りして回避するのではなく、それも二人にとって魂を磨く機会になりますし、苦しむことも無常ならばチャレンジすればいいと思いますよ。結果は神のみぞ知る領域ですが・・。
イエスはこういうことになんと教えているでしょうか?
@@コウちゃん-n5w さん、イエス様は生活についてや男女間、人との関係の細部について具体的な教えはされていませんね。(姦淫については十戒も含めての教えがありますが・・)この老いた男女にイエス様はどうおっしゃるでしょうか。おそらくこの二人の男女は自由にしてよいけれども、神への愛、互いに愛することを大切にして、神に喜ばれるように生きれば(努力すればよい)とおっしゃるのではないかなと考えます。で、イエス様はこの世に義人を招くためではなく、罪人を招くために来たと言われています。そして艱難や苦しみがあっても、それを神への愛と信仰を強める契機にすることを望まれていると思います。✟
@@bon5385 ありがとう御座いました
@@bon5385様
有難うございます!
このテーマについて、あなたのコメントで再確認しました。
私は宗教としてのキリスト教信者ではありませんが、イエス様を尊敬しています。イエス様の隣人愛は、それは正しい事と深く信じています。
@@tadashi-l4g 様
もっと歳を取ると解るかも知れません。
老いてもなお
パートナーは欲しいよね
そうですね!
老いたればこそパートナーが欲しいものです。
お茶飲み友達は良いものだ、と思います。
確かに、いらないな😂。老後は心穏やかに過ごすのが、イチバンだからね。平安こそが何より大切❤。(笑)
性欲が衰えることはいいことだ。人生の面倒がひとつ減ったからだ。性欲を持て余した青年時代は恥多き年頃だった。
同感です。
モーゼ ブッダ イエスみんな偉いな!
ブッダかっけー。「決算して経営計画を立てよ」ってことか
老後に男女関係を持ち込むと、肉体的魅力もない、活力もない相手に呆れるのが普通。友達であるならいいと思う。財産目当ての場合もある。老兵は静かに消えゆくのみ。
本当に仏陀がそう言ったというがどこで聞いたの?はっきりとどこでブッダが伝えた3つの言葉を聞いたのか説明しなさい。
動画長すぎ
セックスの快楽は健康な体なら一生涯必要だわ。
@@クジラ-q5k 様
そうですね!
ブッダさん老後パートナーを頼れとおっしゃっていたのに異性に関わるなとは?まあ相手にされないということは有るでしょうけど。わからんな~ァ。身の回りのお世話させられるというのも面倒よね。
妻もだめなのか?
よく理解出来ました。ありがとうございます😂
過去への執着か😢
ブッダは素晴らしい人物であったが猿真似しようとするのはアホ
お話の ラーマとマーヤと同様の状況下にある85才の二人です。子供の時から高校まで
一緒で将来を誓い、その後 若さゆえに破綻!65年後の今 再びメル友として同じ孤を
ユーモアで癒したりする仲!ラーマが執拗にブッダに問い続ける心境が自分と同じで笑
「執着や愛憎」は説教で簡単に「判りました」と言える炎では無いからラーマに同情!
65年後に再会なされたとは…。
ご縁とは不思議なものですね。
その間 双方別に所帯を持ち消息は承知
同窓会では極普通に会話 最近二人共に
連合いを亡くし、同情・共感の淡い旧交
@@時事インコ様。
なるほど、お二人の交友を理解できました。
私にはお二人の間柄のような経験はありませんが、静かで穏やかな湖面を想像するばかりでした。
間違っていれば、申し訳なく存じます。
釈迦の説法の様に 奪い燃え執着する若い時の愛ではなく・・静かに思い遣る心。
そして相手の良さを敬い続ける!之を残りの人生の中で健康に持ち続ければ十分。
ラーマ達は多分その時50才前後の老人か。私らも波乱万丈の人生を笑顔で終える!
tadashi様老人の気持ちに関心を持って頂き嬉しいです。此のチャンネルにも感謝
@@時事インコ 様。
僕のような者に、ありがとう御座いました。
恋愛がダメだというなら結婚すればいいでしょう?
同じお墓に入れば永遠よ。
@@さゆ-h1r 様
賛成です。
あなたの意見、ごもっともです。単純明快です。
ラーマとマーヤはお互い独身なんだから、好き合っているなら結婚すれば一番良いですよね!
余計なことを考え過ぎですよね!
@@pajaroazul5576 さま
多様性とか夫婦別姓とか
自由を求めながら、反対に窮屈な世の中になってしまったと最近とても感じます。
私は、おおらかにストレートに物事を考えるのが好きです。
返信ありがとうございました。
@@さゆ-h1r 様
返事の返事、有難うございます😊!
執着とか修行とか、おかしいと思います。それは自分が納得する事しか考えていないと思います。
そんな理由でラーマはマーヤを放っぽいて良いのでしょうか?
本当に愛しているなら、ラーマはマーヤのためにも結婚するべきです。
それに、高齢者にも恋も愛も性もあって当たり前です。歳は関係ないと思います。人間だから。
それから、高齢者同士が結婚するとなると財産相続の事で子供達ともめる事がありますが、それは子供達が欲張りなだけです。自分が作った財産ならどう使い、どう相続したって構わない、と私は思います。
子供達は親の人生を楽しく終わらせるべきで、干渉したらいけない、と思います。
@@pajaroazul5576 さま
いや~、なんだか私自身のことを言って下さってるようで返信せずにはおれません。お許しを😅
私は59歳で子供たちのススメもあり、離婚しました。
「もう、お母さん、好きにしていいんじゃない?」と
言ってくれました。
そして、偶然出会った男性と大恋愛をし(いい年でしたけど本当なんです 笑)
お互いの子供とも関係は
良好で、60歳で入籍をしました。
夫と二人、夫の生まれ故郷で生活を始めましたが、夫の具合が悪くなり、お世話する毎日になりました。
そして、一年して亡くなりましたが、相続も全く揉めることなく終わりました。
昨年のことです。
短い間でしたが、女としての幸せを初めて知りました。本当に幸せでした。
だから、この動画を観て
年など関係なく幸せにして
あげて欲しいと思いました。長々とすみませんでした。
@@pajaroazul5576 さま
ラーマは女を幸せにできる
男ではないのかも。
あーでもない、こーでもないって、自分で決められないんですから、子供と揉めても嫁を守ることもできないと思いますよ。
な~んて最後には思ってしまいました。
最悪、腹上死の危険がある。
t たーし 一般常識お、外れるものは、たいへんようがありませんね、とはなんぞや、いみも、わけもわからん、ふしぎな、へんなコメントがあるものだ。まあ、ユーチユウブにもたさいなひとがいるからな、