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35年前、この人に憧れてレーサーを目指しました。お会い出来ませんでしたが、いつかオーストラリアを訪ねたいと思います。バリー・シーンは私のヒーローです❗
ヤマハに乗り換えてアカイのスポンサーロゴ入りのバイクで走ったのがとても印象に残ってる青春時代の正にヒーローだったなぁ
その影響もあって?後々AKAIのカセットデッキを買いました。10万円前後だったと思う。
生き様がロックというかパンクっぽいけど品があってカッコいいよね。
バリーといえば、79年のシルバーストーンの印象が強いですよね、あのレース中ケニーを抜いた後振り向いて裏ピースを送ったのは衝撃でした、負けはしましたけど物凄くカッコよくてあのレースを見てから自分もBarry Sheeneにもの凄く憧れました。
誰が何と言おうとバリーは凄い‼︎
さすがに世代が古すぎて名前だけしか知らなかったライダーですが、こんなに人気があったんですね。速さだけでなく、チャーミングな笑顔からも当時の人気は相当なものだったことが伺えます。
WGP最低排気量50CCと最高峰500CC両方で勝ったことのある唯一のライダー。
子供の頃にみた映画で空港の金属探知ゲートでキンコンキンコンなったときに係員にレントゲン写真を見せるシーン。これめっちゃ覚えてる。たしかプライドワンって映画と違ったかな。一番好きなライダーです。もちろんAGVの新型レプリカヘルメット買いましたよ。今乗ってるヨンガンをスズキワークスカラーにしたいんですよね。
レース以外にも色々と派手で話題を振りまいてましたねまさしくスターで、リアル小説の北野晶夫みたいな人でした、とにかくカッコいい。最近知ったのですが、バックプロテクター普及のきっかけを作ったのもバリーだったとか
草刈正雄の映画の方の北野晶夫はバリーがシナリオの元ネタにされてそうですね。ちょうどその時期はヤマハに乗っていたわけだし。
まさに不死身の男!シーンも凄いが、あれだけバラバラに折れた足の骨を全部繋ぎ合わせた医者も凄い!重度のチェーンスモーカーだったのに、肺ガンじゃなくて食堂ガンで死んだというのも凄い(笑あと、OWは「ゼロダブリュー」じゃなくて「オーダブリュー」だよ。
肺に入れずに吹かしてると肺がんのリスクは減る一方で口腔がんや食道がんのリスクが上がるって聞いたことある
ちょうどバイクに興味が出て来た頃のスーパースターでしたね。その頃はまだハングオンでは無くリーンウィズで走ってましたね。兎に角、カッコ良くて速くてお茶目で派手!そして、サー・バリーシーンは永遠のトップライダーです。
華がありましたよねえ。ノリックが出てきたときにも同じものを感じました。
語学も堪能で7ヵ国語話せると同時みていたビデオで説明していました。すごい方ですよね。
バリー・シーンの現役時代は限られた映像を見るしかなかったけど、この人引退して確かオーストラリアのテレビの解説者になったんだよね。そんでよく鈴鹿8耐の取材に来てたんですよw 私83年から8耐通い始めたんだけど、何度か通うと夜、暇な時サーキットホテル敷地内のログキャビンって酒場に通う様になったんですわ。 ここは外国人ライダーの溜まり場になっててサインもらい放題の秘密の天国でしたね。(多くのキャンプ客は敷居を高く感じたのか殆ど来てなかった) んでバリーさんはそこの常連だったみたいでママさんとは顔見知りになってましたw 勿論その場でバリーさんのサインもらいました。 …けどもう失くしちゃったよ。 そうそう、映画「ザ・ライダー」見に行きましたよ。
昔の素敵な思い出です動画ありがとうございます凄いライダーだったんですねカッコいいハングオンです!
エンジンのレイアウトがスクエア4とか、もうかっこよすぎ。いろいろあるけどBシーンといえばSUZUKIだと思う。
ゼッケン7番のバイクとヘルメットのドナルドダックがトップを走って来るのを見るのがすきでした。🎉
イギリスでは、貴族の称号のサーの称号を与えられたライダー!人格者ではなかったが、人気、知名度があったんですね。
ケビン・シュワンツが34をつけ続けたのもシーンのアドバイスと言ってた。スポンサーをアピールする大切さも教わったと。シュワンツの横にはたびたびシーンの姿が写っていた。余談だけど、ペプシがスズキのスポンサーを離れるときは寂しそうに感謝の意を表明していた。( それまでの3倍とも噂される金額を提示されたらスズキとしては仕方ないけど…、)あのシュワンツの姿を見てからは(月2~3回ペースで行く)映画館でペプシがあるときには注文し「シュワンツを後押ししてくれてありがとう」と思いながら飲んでる。
1986年にWGPにスポット参戦した時のマシーンはB/シーンさんが所有していた84'ガンマだそうですよ、「家の納屋に転がってる500に、あのアメリカから来たノッポのあんちゃん乗せてやれよ」って言って出してくれたらしいですよ、もちろんただで。
バリー・シーンと言えば不死鳥、イギリスの伊達男、ゼッケン7、タバコを連想します。カッコイイよね!
どこでもタバコ吸っちゃうかっこいい
彼が主演で架空の1983シーズンを描いた映画『ザ・ライダー』がドキュメント映画『甦るヒーロー 片山敬済』と同時上映で公開され、VHSソフトも発売されましたが、同時のビデオソフトは1万円以上して貧乏中学生の私には手が出ませんでした。両作品は未だにDVD化もされておらず、残念至極であります。
ケニーの登場は正に黒船来航。今日のGP界の礎を築いた。
うpありがとうございます。バリーに憧れて、最初のヘルメットはavgを買いました。w
イギリスのやんちゃ坊主というイメージだなあ。字幕で見ただけだけど、バイクの解説は面白かった。単語で分かるところは流れで会話が分かるのもあったけど、熱くて、面白い、変わらない人という感じがした。それというのも52歳という若さで亡くなったからか。
本当にかっこよく「男伊達」という言葉が似合うライダーでした 正に「大英帝国の英雄」「大英帝国のドラ息子?」と呼ばれた某F1レーサーとの類似点が多いのが何となく微笑ましい他、この人の奥さんはGPライダーの嫁史上最高の美貌 浮気は結婚前だったんですかね?
シーンのマブダチだったハントはマンちゃんとは犬猿だったけどねw
ゼロダブルではなくオーダブリューだと思いますよ。
一般には、オータブリューですが、ヤマハ社内ではゼロタブリューと言っていたと、レーサーズ誌に書いてありましたね。私も、オータブリューの方が馴染みが深いし、そう言ってしまいますが。
@@yoshimiohgane3108 そうなんですね。勉強になりました!ありがとうございます。
1977~1980年当時は映像では二輪GPの様子はほとんど日本に伝わっていなかった。その中で映画館で公開されるドキュメンタリー作品で映し出されるGPやマン島TTレースの映像は強烈な印象を与えられた。マイク・ヘイルウッドのオンボードライディングと音声によるマン島のコース紹介があったり。ウンチーニがバイクレースのみならずレコーディングでも活躍していることなどが紹介されていた。その中でバリー・シーンはロバーツとのし烈なトップ争いを繰り広げるライバルとして描かれていたが、お互いをとてもリスペクトしながら、よきライバルとして結ばれていると感じるシーンがあった。たしかナレーションでもそのようなことを言っていた。そのシーンはあまりトリッキーでないインベタで回るコーナリングにおいて、前後関係は定かではないが(多分バリーが前でケニーが後ろ)、後ろのライダーがテールカウルを「ポンポン」と叩いたら、前のライダーがマシンを少し「グラグラッ」と揺らすシーンだった。コーナリング中に「ポンポン」とやるほうも「イカレテイル」と思うけど、それに応えてコーナリング中にマシンを揺らす「もっとイカレテイルすごいテクニック」を持っているものだと思ったね。ナレーションでも「こんなことが出来るのは並大抵のテクニックではない」と言っていたと思う。
めっちゃベースが上手そう。
ゼッケン7に横棒が入っていて区別されてたとか…シュワンツさえゼッケン1を付けたのに(小さく34って書かれてたけど)
確かタイヤバーストでなくキャブの設定ミスで焼き付きだったよ。私が現役の道に入った理由はバリーだった。
この人とジェームス.ハントはキャラクター的に似てる気がするけど、圧倒的にバリーの方が好き。
石油メーカーか何かのCMで、スピード違反で捕まえた車に対してお巡りさんが「スターリングモスのつもりかい?」と声をかけると、ドライバーが本物のスターリングモスだったって言うのがあったな。
日本の伊藤真一もそうだけど体がボロボロになっても走り続けたんだね。何がそうさせるのかね、凡人の俺にはわからん
これ映画にしたら面白いと思う。
動画up ありがとうございます。
もう少しタバコを控えていたら…
菅生で、スッ転んでから見なくなった❗
ノンタイトル時代のTBCですね。
F1もmotoGPも最近はお利口さんが増えて面白くない。バリーシーンみたいな人間臭い本能的な走りをする愛されキャラが増えれば盛り上がるんだけどな〜…
それだけ巨額な金が動いているだけです。
35年前、この人に憧れてレーサーを目指しました。
お会い出来ませんでしたが、いつかオーストラリアを訪ねたいと思います。
バリー・シーンは私のヒーローです❗
ヤマハに乗り換えて
アカイのスポンサーロゴ入りの
バイクで走ったのがとても印象に残ってる
青春時代の正にヒーローだったなぁ
その影響もあって?後々AKAIのカセットデッキを買いました。10万円前後だったと思う。
生き様がロックというかパンクっぽいけど品があってカッコいいよね。
バリーといえば、79年のシルバーストーンの印象が強いですよね、あのレース中ケニーを抜いた後振り向いて裏ピースを送ったのは衝撃でした、負けはしましたけど物凄くカッコよくてあのレースを見てから自分もBarry Sheeneにもの凄く憧れました。
誰が何と言おうとバリーは凄い‼︎
さすがに世代が古すぎて名前だけしか知らなかったライダーですが、こんなに人気があったんですね。
速さだけでなく、チャーミングな笑顔からも当時の人気は相当なものだったことが伺えます。
WGP最低排気量50CCと最高峰500CC両方で勝ったことのある唯一のライダー。
子供の頃にみた映画で空港の金属探知ゲートでキンコンキンコンなったときに係員にレントゲン写真を見せるシーン。これめっちゃ覚えてる。
たしかプライドワンって映画と違ったかな。
一番好きなライダーです。もちろんAGVの新型レプリカヘルメット買いましたよ。
今乗ってるヨンガンをスズキワークスカラーにしたいんですよね。
レース以外にも色々と派手で話題を振りまいてましたね
まさしくスターで、リアル小説の北野晶夫みたいな人でした、とにかくカッコいい。
最近知ったのですが、バックプロテクター普及のきっかけを作ったのもバリーだったとか
草刈正雄の映画の方の北野晶夫はバリーがシナリオの元ネタにされてそうですね。ちょうどその時期はヤマハに乗っていたわけだし。
まさに不死身の男!
シーンも凄いが、あれだけバラバラに折れた足の骨を全部繋ぎ合わせた医者も凄い!
重度のチェーンスモーカーだったのに、肺ガンじゃなくて食堂ガンで死んだというのも凄い(笑
あと、OWは「ゼロダブリュー」じゃなくて「オーダブリュー」だよ。
肺に入れずに吹かしてると肺がんのリスクは減る一方で口腔がんや食道がんのリスクが上がるって聞いたことある
ちょうどバイクに興味が出て来た頃のスーパースターでしたね。その頃はまだハングオンでは無くリーンウィズで走ってましたね。兎に角、カッコ良くて速くてお茶目で派手!そして、サー・バリーシーンは永遠のトップライダーです。
華がありましたよねえ。ノリックが出てきたときにも同じものを感じました。
語学も堪能で7ヵ国語話せると同時みていたビデオで説明していました。すごい方ですよね。
バリー・シーンの現役時代は限られた映像を見るしかなかったけど、この人引退して確かオーストラリアのテレビの解説者になったんだよね。そんでよく鈴鹿8耐の取材に来てたんですよw 私83年から8耐通い始めたんだけど、何度か通うと夜、暇な時サーキットホテル敷地内のログキャビンって酒場に通う様になったんですわ。 ここは外国人ライダーの溜まり場になっててサインもらい放題の秘密の天国でしたね。(多くのキャンプ客は敷居を高く感じたのか殆ど来てなかった) んでバリーさんはそこの常連だったみたいでママさんとは顔見知りになってましたw 勿論その場でバリーさんのサインもらいました。 …けどもう失くしちゃったよ。 そうそう、映画「ザ・ライダー」見に行きましたよ。
昔の素敵な思い出です
動画ありがとうございます
凄いライダーだったんですね
カッコいいハングオンです!
エンジンのレイアウトがスクエア4とか、もうかっこよすぎ。
いろいろあるけどBシーンといえばSUZUKIだと思う。
ゼッケン7番のバイクとヘルメットのドナルドダックがトップを走って来るのを見るのがすきでした。🎉
イギリスでは、貴族の称号のサーの称号を与えられたライダー!人格者ではなかったが、人気、知名度があったんですね。
ケビン・シュワンツが34をつけ続けたのもシーンのアドバイスと言ってた。
スポンサーをアピールする大切さも教わったと。
シュワンツの横にはたびたびシーンの姿が写っていた。
余談だけど、ペプシがスズキのスポンサーを離れるときは寂しそうに感謝の意を表明していた。
( それまでの3倍とも噂される金額を提示されたらスズキとしては仕方ないけど…、)
あのシュワンツの姿を見てからは(月2~3回ペースで行く)映画館でペプシがあるときには注文し「シュワンツを後押ししてくれてありがとう」と思いながら飲んでる。
1986年にWGPにスポット参戦した時のマシーンはB/シーンさんが所有していた84'ガンマだそうですよ、「家の納屋に転がってる500に、あのアメリカから来たノッポのあんちゃん乗せてやれよ」って言って出してくれたらしいですよ、もちろんただで。
バリー・シーンと言えば不死鳥、イギリスの伊達男、ゼッケン7、タバコを連想します。
カッコイイよね!
どこでもタバコ吸っちゃうかっこいい
彼が主演で架空の1983シーズンを描いた映画『ザ・ライダー』がドキュメント映画『甦るヒーロー 片山敬済』と同時上映で公開され、VHSソフトも発売されましたが、同時のビデオソフトは1万円以上して貧乏中学生の私には手が出ませんでした。
両作品は未だにDVD化もされておらず、残念至極であります。
ケニーの登場は正に黒船来航。今日のGP界の礎を築いた。
うpありがとうございます。
バリーに憧れて、最初のヘルメットはavgを買いました。w
イギリスのやんちゃ坊主というイメージだなあ。
字幕で見ただけだけど、バイクの解説は面白かった。単語で分かるところは流れで会話が分かるのもあったけど、熱くて、面白い、変わらない人という感じがした。
それというのも52歳という若さで亡くなったからか。
本当にかっこよく「男伊達」という言葉が似合うライダーでした 正に「大英帝国の英雄」
「大英帝国のドラ息子?」と呼ばれた某F1レーサーとの類似点が多いのが何となく微笑ましい
他、この人の奥さんはGPライダーの嫁史上最高の美貌 浮気は結婚前だったんですかね?
シーンのマブダチだったハントはマンちゃんとは犬猿だったけどねw
ゼロダブルではなく
オーダブリューだと思いますよ。
一般には、オータブリューですが、
ヤマハ社内では
ゼロタブリューと言っていたと、
レーサーズ誌に書いてありましたね。
私も、オータブリューの方が馴染みが深いし、そう言ってしまいますが。
@@yoshimiohgane3108 そうなんですね。勉強になりました!ありがとうございます。
1977~1980年当時は映像では二輪GPの様子はほとんど日本に伝わっていなかった。その中で映画館で公開されるドキュメンタリー作品で映し出されるGPやマン島TTレースの映像は強烈な印象を与えられた。マイク・ヘイルウッドのオンボードライディングと音声によるマン島のコース紹介があったり。ウンチーニがバイクレースのみならずレコーディングでも活躍していることなどが紹介されていた。その中でバリー・シーンはロバーツとのし烈なトップ争いを繰り広げるライバルとして描かれていたが、お互いをとてもリスペクトしながら、よきライバルとして結ばれていると感じるシーンがあった。たしかナレーションでもそのようなことを言っていた。そのシーンはあまりトリッキーでないインベタで回るコーナリングにおいて、前後関係は定かではないが(多分バリーが前でケニーが後ろ)、後ろのライダーがテールカウルを「ポンポン」と叩いたら、前のライダーがマシンを少し「グラグラッ」と揺らすシーンだった。コーナリング中に「ポンポン」とやるほうも「イカレテイル」と思うけど、それに応えてコーナリング中にマシンを揺らす「もっとイカレテイルすごいテクニック」を持っているものだと思ったね。ナレーションでも「こんなことが出来るのは並大抵のテクニックではない」と言っていたと思う。
めっちゃベースが上手そう。
ゼッケン7に横棒が入っていて区別されてたとか…
シュワンツさえゼッケン1を付けたのに(小さく34って書かれてたけど)
確かタイヤバーストでなくキャブの設定ミスで焼き付きだったよ。私が現役の道に入った理由はバリーだった。
この人とジェームス.ハントはキャラクター的に似てる気がするけど、圧倒的にバリーの方が好き。
石油メーカーか何かのCMで、スピード違反で捕まえた車に対して
お巡りさんが「スターリングモスのつもりかい?」と声をかけると、
ドライバーが本物のスターリングモスだったって言うのがあったな。
日本の伊藤真一もそうだけど体がボロボロになっても走り続けたんだね。何がそうさせるのかね、凡人の俺にはわからん
これ映画にしたら面白いと思う。
動画up ありがとうございます。
もう少しタバコを控えていたら…
菅生で、スッ転んでから見なくなった❗
ノンタイトル時代のTBCですね。
F1もmotoGPも最近はお利口さんが増えて面白くない。
バリーシーンみたいな人間臭い本能的な走りをする愛されキャラが増えれば盛り上がるんだけどな〜…
それだけ巨額な金が動いているだけです。