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民営化当初は3年走らせてみてダメだったらやめようだったトロッコ。今は3年どころか30年の歴史を誇り、嵐山の観光の一翼を担っている。
いるそうなじゃなくて実際に担ってるんだよなあ
@@太郎山田編集済み その通り。訂正します。
保津川下りとセットになってるんだよねえ
嵯峨野観光鉄道さんはJR西日本さんの子会社さんで1番売り上げが良いらしいです※インターネットの情報で、間違ってたらごめんなさい
感謝の耳詰まりほんと好き
旧線が現役だった頃を知っています。当時は小学1,2年生だったけど、なんだか急に凄いとこ走ってるな!って記憶が残っています。旧線が新線に切り替わる頃、車掌さんが名残惜しそうに「もう間もなくこの路線は新しい路線に切替わります」と案内放送していた記憶が蘇りました。
7:06 草嵯峨嵐山トロッコ、景色がホント絶景だらけ
感謝の耳鳴り。さすが西園寺くん。視点が違う✨
最近西園寺くんの声が好きすぎるのともともと景色が好きやから、鉄オタじゃないのに動画めっちゃ見てまう
山陰本線保津峡付近と福知山線武田尾付近は、国鉄時代に新線付け替えを決定してくれて良かったと思う。
都会で育った俺が前行ったら感動してしまった保津峡駅。
岐阜県の高山本線にも絶景があった。観光客のためかその場所はわざとゆっくり走っているように見えた。
保津峡駅から北へ3kmほど山道を行くと水尾という地区があります、京都市右京区で住民の通勤通学に欠かせない駅ですよ。
修学旅行で初めて通ってこんな所あるのかと驚いた
次は福知山線の旧線ハイキングですかねあちらはあちらで速度制限の標識や枕木が残ってておもしろいです
@@グッド稼ぎの神十田特急-b7g いや草
山陰と福知山線は似てますよね。どちらも複線化でショートカットされ、旧線は川に沿ってクネクネで、観光で人気になるという。福知山線の旧線がハイキングコースになったのは最近ですが、あそこが整備されてない不正ルートの時も歩く人続出でしたね。というかそれが原因で整備したんですけど。
武田尾〜道場間もバイキングコースにしてほしかった…同区間は川を渡る鉄橋が外されてしまい対岸を渡ることが出来ない為、ハイキングコースから外されている。
旧線を走っていた気動車特急「あさしお」下り1号城崎行に京都から乗ると勿論ここも通ったんだけど、あさしお1号は通ったのち園部、西舞鶴、豊岡と3回スイッチバックした。で終点の城崎には後続の3号の方が先着してたんだよね。まだ宮福線など影も形もない頃のお話ですけどね。
昔は、保津川下りを見ながら、列車に乗ってました。懐かしい路線です。
子供の頃、急行丹後で年に数回通りました。保津川下りの船に手を振るのがお決まりでした。旧馬堀駅は、現在の馬堀駅の少し西にありました。
いい企画!去年紅葉時期に嵯峨野トロッコ乗りましたー!こんな並走だったんですね!
嵯峨野観光鉄道かと思ったらその通りだった。秋の紅葉シーズンに乗ったことありますが、混んでいて中々きっぷが買えなくて、待ち時間に天龍寺と竹林見てもまだ発車時刻まで余裕があったのは良い思い出です。
嵯峨野トロッコ列車は、発足当初それほど期待されていなかったという記事を見たことがあります。しかし、関係者の努力によって今や京都観光の定番、日本の観光トロッコ列車の草分け的存在となりましたね。旧線を走る急行「丹後」や旧客に乗ってトンネルや橋の数を数えたり、保津川下りのお客さんに手を振ったりしていた幼少のころが懐かしいです。
嵯峨嵐山~馬掘は観光と技術の進歩の両方を味わえる素晴らしい区間ですね
まじでいつも思うけど山陰線が京都駅から出るときの最初のほうが単線区間になってしまうのが本当にもったいないと思う
亀岡ー園部間が複線化完了して10年ぐらい経つのにね…
あそこは案外支障にはなっていません。京都駅の山陰本線ホームがどうせ頭端式なので、手前まで複線化しても同時出発できないパターンが結構あるので、改善効果が薄いのです。
@@IgaguriMK 遅延回復のネックでは?
この前嵯峨野線の保津峡に行ったばかりだったので、とても興味深かったです!ありがとうございました!!
よく列車がぶつからないようにダイヤが組まれているのが凄い
トロッコが新線に入るのは嵯峨嵐山駅付近だけですからね。また新線(下り)は1時間4本程度の運行なので結構時間に余裕があったり
9:46 の川下りの船がたくさん置いてある、石でできた台ですが、プラットホームではなく、昔、船を上流まで人力で引っ張り上げていた時の船頭さんが歩く道なんですって
確か、金閣寺放火事件の犯人の母親は、福知山に帰る列車の中から保津峡に身を投げて自殺したんだよね。そこが、今の「トロッコ保津峡」駅付近だったはず。
マジ?
もともと山陰本線は旧線(今の嵯峨野トロッコが走っている所)は非電化単線で寝台特急がDDを繋げて走っていた区間
旧線を観光資源にした路線は数あれど、ここまで人気になった路線はそうそう多くもない。
京都というロケーションの良さと、近隣にツアー向けの場所があることも有利ですね。トロッコ嵐山は、有名な竹林の目の前なので、バスツアーでも「渡月橋(橋の脇にバス駐車場)→竹林や松本伊代踏切を自由見物→トロッコ嵐山→馬堀(駅前にバス駐車場)」というコースで半日潰せます
嵐山からトロッコで亀岡へ行って保津川下りで嵐山に戻るというゴールデンコースがありますからね。故にトロッコ列車は亀岡発がきっぷが取りやすかったりします。こちらも嵯峨野線で馬堀に行けばいいですし。
速達化、という斬新な着眼点ですね。トロッコ、嵯峨野リッチ(オープンな方)にちゃっかり…🤣でもそっちの方が風感じやすいですよね。6:58 嵯峨野リッチ名物 床の下見える
11:30 【耳づまりから考察する。by西園寺】「何も知らない一般の方ならね、この区間を通るたびに、なんかトンネル多いなぁ…耳ツーンとするなぁ…と、厄介な区間と、そういう風な感想を抱いてしまうかもしれませんが、ちょっと待て!と、これは時代の進化に伴って、鉄道が都市と都市をより速く結ぶ為にですね、たくさんの技術、人、物資によって造られた。もう、そういう区間なのだと!だからね、耳づまり程度でね、ビービー言っていては、ダメなんですね。これは、【感謝の耳づまり】です。耳づまりが起こったということは、これはもう、先人たちの知恵、力に感謝しなさいと、そういう合図なんですね。もうこの事を理解して、この区間を通ったらね、もう嵯峨嵐山に着く頃にはね、もう涙で、もう目の前が溢れてしまう訳です。」
確かに耳詰まりは感謝の証ですね。私の地元では偉大な丹那トンネルです。
私も以前往路に嵯峨嵐山からトロッコ亀岡市まで嵯峨野トロッコ、復路に馬堀から嵯峨嵐山まで嵯峨野山陰線を利用したことがあります。復路が往路の遅さを忘れさせてくれるような走りでとても快適に感じました。
りんごとハイチューの説明うますぎだろwwwww
福知山線の新線区間と嵯峨野線の新線区間って車窓も歴史的経緯も似ている気がする。
福知山線旧線区間も残して欲しかった
@@kinnginnrimeiku 福知山線は線路を残せなかったものの廃線跡を歩くことができます。
両者とも線形の改良を受けられた幸運な区間と言えますね。JR西の管内だけでも線形を改良すれば速達化や需要の増大を見込める路線は少なからずあるのですが。
本当似てますね。どちらも山陰への重要ルートでしたから、兄弟路線という感じもしますし、辿ってきた歴史や走る車両などもそっくりですね。
どちらの旧線も、子供の頃に列車に乗って通ったことがあります。川の横を走行しながら、🚇トンネルと鉄橋が続く風景がとても楽しかったです。
地元をご紹介頂きありがとうございます😃旧線懐かしい‼️トロッコ乗ったことないや
旧線区間は初代電車でGO!で知りました。実は長いことあの風景が山陰本線だと思っていました。数年前に実際に行って、その変化に驚いたのも良い思い出。旧線区間の景色はほんと綺麗で、現在の区間は早くて便利。二条や亀岡、馬堀の辺りも変わってましましたね。また行ってみたいです。
りんごとハイチュウに例えるとは。関西的発想が好き。
ぶち抜いたという表現が正しい区間ですねぇ
トロッコ列車も山陰線の新線区間も両方乗ったことがありますが、さすがにこういった視点で眺めていなかったのでとても感慨を受けました。別動画でも紹介がありましたが、こういった景色の路線が京都の都心から数十分で訪れることができるのはさすが国際観光都市の面目躍如といったところですね。
今はなき南部縦貫鉄道も東北本線旧線区間を走っていたね
車だと嵯峨嵐山→馬堀はかなり遠回り。下道の国道9号線経由で約30分です。
取材の着目点がかしこい…心地よい解説が有るから成り立ってる…鉄オタ辞めて日テレアナ目指せ〜箱根駅伝…高校生クイズ?…ズームインサタデー…貴方を待ってる!
トロッコ列車にも乗ったことがありますが、子供の頃に乗った鈍行(非電化時代の客車列車の各停・京都↔️福知山)はここを通り始めると、時間が更にゆっくり流れている感覚でした。
電車でgoでは旧線でしたね。
ゲームセンターCXで有野課長が初トライで悪戦苦闘した路線でもあった
雨が降った後の景色は地獄…
編集がとても分かりやすいです。
本来なら廃線となって朽ちていく運命だった旧線が観光路線として第二の人生を謳歌してると考えると嬉しくなりますね😊
電車でgoでは旧線には60km/h制限の場所が多々ありましたね。
夏にトロッコに乗りました❗️真夏には行くもんじゃないね…トロッコ亀岡駅からJR馬堀駅までの徒歩がキツかった❗️徒歩歩歩っ
昔、親の実家に向かうため京都から山陰線を使っていました。保津峡あたりの列車の遅さに参ってました。鈍行利用時の特急通過待ちや対向列車待ちも多かったです。最近久々に山陰線に乗ってみて「電化されとる!」「複線やん!!」と感激というか、変化の大きさに驚きました。亀岡が京都通勤圏内なんですね。
JR宝塚線の生瀬〜道場の時短効果もすごそ。武田尾周辺は、旧線をハイキングできるから面白そ。
子供のころ、京都から田舎の殿田(日吉)までこの旧線をDD51牽引の旧客に乗ってよく通ってました‼旧線も、これからも永く残って欲しいとおもいます‼
9:48 保津川下りのプラットフォーム、阪急の中津駅ぐらいしかなかったです。と言ったのに、ぷっっと吹き出しました。非常にわかりやすい例えです。阪急の中津駅だけとちゃうでぇ、阪急の春日野道駅も細いでぇ。と私は付け加えたい。春日野道駅🚉で電車待つ時は階段上がった所で電車を待ちます。乗車位置まで行くと通過列車に巻き込まれそうな感じになるからです。階段上がった所から10メートルぐらい風除けのスペースがあります。そこで電車を待ちます。
嵯峨野トロッコ列車はすごく景色がきれいでした、また乗車したいです。
懐かしい!2年前まで馬堀近辺に住んでました!今は東北で一人暮らしですがコロナおさまったら久しぶりに乗りに行こうかな。
コメント欄にあるのかもしれませんが、新線に「保津峡」が出来たのは温泉旅館があることが最大の原因です。福知山線の「武田尾」と同じです。
あと、嵯峨水尾地区へのアクセスルートでもありまして、駅から自主運行バスがでています。(徒歩だと約1時間)
旧線の保津峡駅から京都まで利用したことがあります。朱色のDC3連でしたが形式は覚えていません。保津峡駅は驚くような狭い処によくも2面2線を作れたと思います。
「ザ・リッチ」で一瞬凍るの草
京都駅33番ホームから下関まで2日かけて山陰線完乗。¥10,010。
昔、大阪から京都⇒宮津市に海水浴に行く時に通った記憶が有ります。懐かしい。
嵯峨野トロッコ、色が色々あるよね?椅子が木でできていた気がする。車掌さんが演歌を歌っていたのも懐かしい。
いい声ですね♪
毎日、通勤で乗ってます。亡くなられた野中さんの功績です。
京都縦貫道も野中さんの功績ですね。
あ、そうなんやはじめて知ったわ南丹の方行ったら野中道路と思われる立派な農道の多いことw
懐かしい。家族で約20年前、小田原から、紅葉、トロッコ乗りに行きました。まだ現役の500系に乗る為、新横浜まで出て行きました。その子供も今はもう大学生
旧線の非電化時代からある煉瓦隧道が渋い牽引機がDE10 1104でないのは珍しい旧線区間は制限60が多かった
山陰本線のこの区間は電車でGO!の一番最初のやつ思い出しますね✨
そ れ な
確かに 嵯峨嵐山~馬堀の間はトロッコと嵯峨野線を比べたら確かにそうだ カーブの多さで言えばトロッコのが凄いのは確かだ流石西園寺くん
関係ないのだがアイコン京急ミュージアムのやつじゃん
ちょうどこれから紅葉シーズンになりますから紅葉のトンネルが楽しめますね。そうそう言及がなかったですが、馬堀駅前に近づくと運転手さんが歌ってくれるサービスもありますw
このトロッコ列車、トロッコ亀岡→トロッコ嵯峨に向かう場合、山陰本線の複線区間は逆走するってことですよね?これはこれでおもしろいですね
私のこのあたり出身でして、子供のころに弟、父親と嵯峨から線路(もちこのトンネルも)を歩いて保津峡駅まで行ってましたね。 帰りはディーゼル車に一区間乗って帰ってました。 昔は線路の南側も立派な石畳でホントに小さいころはSL走ってました。 当時は改札が一か所で遠かったのでホームから直接踏切に出てましたね。(支払いは乗る駅か降りる駅で)
保津峡駅、夏に行くとすごくいいですよ。涼しく過ごせます。あとここに似た区間が、中央本線の高蔵寺~多治見。こちらは、季節限定で、旧トンネルを散策できます。
山陰線が旧線だった頃、京都→保津峡で木造客車に乗車出来ました。当時は何とも思わなかったが、今となっては、とても貴重な体験をしたと思っています。
嵯峨野のトロッコ乗りましたー☺️楽しかったです✨
なんかABCラジオのワンコーナー聞いてるみたい。和むわ〜😃
宝塚福知山線と嵯峨野山陰線はいろんな意味でまさに兄弟関係、福知山に行く事も含めて、渓谷があるのもトンネル長いのもそっくり、
昔はここをブルートレインが走ってたんだよなぁ。あそこを10両以上の客車を引っ張って列車が走るとか想像出来ません。あと、トロッコは嵯峨へ戻る時も面白いですよ。嵯峨駅直前の最終区間は下り線を逆走します。そこも紹介して欲しかったですが、楽しく拝見させていただきました。
旧線を急行丹後で通ったあの頃が懐かしです
トロッコ嵐山の近くの松本伊代踏切。新しい線路なのに、あそこだけ切り取ると風情がありますね。去年までは外国人観光客が221系などを夢中で撮っていました。
当該踏切は野宮神社の付け根にある「野々宮踏切」と申しまして、京都市内にある踏切としては一番最後に登場する踏切です。
嵯峨野トロッコいつか乗りたいな
一度トロッコ列車に乗りたくなりました😊
嵯峨嵐山≒宝塚トロッコ嵐山≒生瀬保津峡≒武田尾亀岡≒三田
トロッコ列車もなかなかレア列車一辺機会が有ったら乗ってみたい❗️
保津峡駅ですが、その昔、映画「蒲田行進曲」の舞台にもなりました。ヤスが身重の小夏をつれて帰郷するシーンに登場します。使用された車両はキハ47です。
今の列車がどれだけ速いかが分かる動画
約40年ほど前、保津峡駅から京都駅まで気動車(DDかDEかは記憶に無い)、客車に一度だけ乗った遠い思い出。
貨物ならびに客車列車は必ずDD51が牽引を受け持っていました(舞鶴線・小浜線では当時の福知山鉄道管理局側の取り決めによる軸重の関係で、DE10しか入線が認められておらず、敦賀を16時31分に発車してきた922列車は綾部到着後スイッチバックの最中にDE10から、浜田発東舞鶴行き544列車を牽引してきたDD51へバトンタッチし、一路京都を目指す段取り)。
西園寺作:『速達化してみたら物凄い時間短縮できた件』
トロッコ嵐山のトンネルで、左右に別れた右は嵯峨野線のはずです。確か、単線だったはずです。複線電化により、最高速度が大幅に上がり、ルートもトンネルにより近くなってる。
保津峡駅は水尾地区へのゲートウェイ駅です。住人や観光客にはなくてはならない駅です。トロッコ嵯峨行きの列車がJRの線路を逆行するところが見ものです。
嵯峨野トロッコのサービスの中になまはげ?みたいなものした人がトンネルの中で現れて泣いてたのはいい思い出
約40年前の旧線保津峡駅へ行った事がありますが、現在のトロッコ列車の保津峡駅と比べたら、大分キレイに改装されましたね。当時はもっと寂れた感じでした。
先日嵯峨野トロッコ乗りました!アナウンスで「山陰本線の旧線です」みたいなことを言ってましたが、ほとんどの人はそんな鉄道史的なことより目の前の景色に夢中でしたね笑笑
旧線の時は馬堀~京都は300円だったんですよね。
喋り面白いですよね笑耳づまりは先人達への感謝のしるしいいですね!福知山線の新旧線も似たような感じすよね!
凄い路線ですね。
トロッコ嵯峨駅と嵯峨嵐山駅の間 逆走運転が発生している様だが、上手くダイヤを組んでいると思います。
かつて山陰本線の京都口は汽車しか走ってませんでした🚂💨急行『丹後』や特急『あさしお』が保津川沿いを通ってたのを思い出します⛰️保津川下りの船客の人達がよく手を振ってくれていました👥✋
山陰本線の京都から嵯峨嵐山駅までの区間も、高架化や複線化により所要時間の短縮が行われています。
トロッコ保津峡駅の吊り橋なんか見た事あると思ったら、京都を舞台にしたあの刑事ドラマで見たのかも
うわ〜保津川下り懐かしい〜また乗りたくなりました
私が子供の頃は今の旧線を長大編成のディーゼル特急・急行が頻繁に通ってました。旧線の時は95キロ制限だったと思います。当時は京都駅も山陰本線ホームは1面1線で線路容量も逼迫してましたので、高速化と線路容量アップが同時に行われたということですね。
京都駅山陰本線ホームは保津峡付近の新線切り替え数ヶ月前にもう1面2線(さらに現在の京都駅ビル完成の際に降車用ホームとしてもう1面)増設されて現在の姿に変わりました。
トンネルのおかげで便利になったみたいですね。
感謝の耳詰まりで草w
こんなに開放的な車両なら感染症も怖くないな笑
景色が良い!また乗りたい。
民営化当初は3年走らせてみてダメだったらやめようだったトロッコ。今は3年どころか30年の歴史を誇り、嵐山の観光の一翼を担っている。
いるそうなじゃなくて実際に担ってるんだよなあ
@@太郎山田編集済み その通り。
訂正します。
保津川下りとセットになってるんだよねえ
嵯峨野観光鉄道さんはJR西日本さんの子会社さんで1番売り上げが良いらしいです
※インターネットの情報で、間違ってたらごめんなさい
感謝の耳詰まりほんと好き
旧線が現役だった頃を知っています。当時は小学1,2年生だったけど、なんだか急に凄いとこ走ってるな!って記憶が残っています。
旧線が新線に切り替わる頃、車掌さんが名残惜しそうに「もう間もなくこの路線は新しい路線に切替わります」と案内放送していた記憶が蘇りました。
7:06 草
嵯峨嵐山トロッコ、景色がホント絶景だらけ
感謝の耳鳴り。さすが西園寺くん。視点が違う✨
最近西園寺くんの声が好きすぎるのともともと景色が好きやから、鉄オタじゃないのに動画めっちゃ見てまう
山陰本線保津峡付近と福知山線武田尾付近は、国鉄時代に新線付け替えを決定してくれて良かったと思う。
都会で育った俺が前行ったら感動してしまった保津峡駅。
岐阜県の高山本線にも絶景があった。観光客のためか
その場所はわざとゆっくり走っているように見えた。
保津峡駅から北へ3kmほど山道を行くと水尾という地区があります、京都市右京区で住民の通勤通学に欠かせない駅ですよ。
修学旅行で初めて通ってこんな所あるのかと驚いた
次は福知山線の旧線ハイキングですかね
あちらはあちらで速度制限の標識や枕木が残ってておもしろいです
@@グッド稼ぎの神十田特急-b7g いや草
山陰と福知山線は似てますよね。どちらも複線化でショートカットされ、旧線は川に沿ってクネクネで、観光で人気になるという。福知山線の旧線がハイキングコースになったのは最近ですが、あそこが整備されてない不正ルートの時も歩く人続出でしたね。というかそれが原因で整備したんですけど。
武田尾〜道場間もバイキングコースにしてほしかった…同区間は川を渡る鉄橋が外されてしまい対岸を渡ることが出来ない為、ハイキングコースから外されている。
旧線を走っていた気動車特急「あさしお」
下り1号城崎行に京都から乗ると勿論ここも通ったんだけど、あさしお1号は通ったのち園部、西舞鶴、豊岡と3回スイッチバックした。で終点の城崎には後続の3号の方が先着してたんだよね。まだ宮福線など影も形もない頃のお話ですけどね。
昔は、保津川下りを見ながら、列車に乗ってました。懐かしい路線です。
子供の頃、急行丹後で年に数回通りました。保津川下りの船に手を振るのがお決まりでした。
旧馬堀駅は、現在の馬堀駅の少し西にありました。
いい企画!
去年紅葉時期に嵯峨野トロッコ乗りましたー!
こんな並走だったんですね!
嵯峨野観光鉄道かと思ったらその通りだった。
秋の紅葉シーズンに乗ったことありますが、混んでいて中々きっぷが買えなくて、待ち時間に天龍寺と竹林見てもまだ発車時刻まで余裕があったのは良い思い出です。
嵯峨野トロッコ列車は、発足当初それほど期待されていなかったという記事を見たことがあります。しかし、関係者の努力によって今や京都観光の定番、日本の観光トロッコ列車の草分け的存在となりましたね。旧線を走る急行「丹後」や旧客に乗ってトンネルや橋の数を数えたり、保津川下りのお客さんに手を振ったりしていた幼少のころが懐かしいです。
嵯峨嵐山~馬掘は観光と技術の進歩の両方を味わえる素晴らしい区間ですね
まじでいつも思うけど山陰線が京都駅から出るときの最初のほうが単線区間になってしまうのが本当にもったいないと思う
亀岡ー園部間が複線化完了して10年ぐらい経つのにね…
あそこは案外支障にはなっていません。
京都駅の山陰本線ホームがどうせ頭端式なので、手前まで複線化しても同時出発できないパターンが結構あるので、改善効果が薄いのです。
@@IgaguriMK 遅延回復のネックでは?
この前嵯峨野線の保津峡に行ったばかりだったので、とても興味深かったです!
ありがとうございました!!
よく列車がぶつからないようにダイヤが組まれているのが凄い
トロッコが新線に入るのは嵯峨嵐山駅付近だけですからね。また新線(下り)は1時間4本程度の運行なので結構時間に余裕があったり
9:46 の川下りの船がたくさん置いてある、石でできた台ですが、プラットホームではなく、昔、船を上流まで人力で引っ張り上げていた時の船頭さんが歩く道なんですって
確か、金閣寺放火事件の犯人の母親は、福知山に帰る列車の中から保津峡に身を投げて自殺したんだよね。
そこが、今の「トロッコ保津峡」駅付近だったはず。
マジ?
もともと山陰本線は旧線(今の嵯峨野トロッコが走っている所)は非電化単線で寝台特急がDDを繋げて走っていた区間
旧線を観光資源にした路線は数あれど、ここまで人気になった路線はそうそう多くもない。
京都というロケーションの良さと、近隣にツアー向けの場所があることも有利ですね。
トロッコ嵐山は、有名な竹林の目の前なので、バスツアーでも「渡月橋(橋の脇にバス駐車場)→竹林や松本伊代踏切を自由見物→トロッコ嵐山→馬堀(駅前にバス駐車場)」というコースで半日潰せます
嵐山からトロッコで亀岡へ行って保津川下りで嵐山に戻るというゴールデンコースがありますからね。
故にトロッコ列車は亀岡発がきっぷが取りやすかったりします。
こちらも嵯峨野線で馬堀に行けばいいですし。
速達化、という斬新な着眼点ですね。
トロッコ、嵯峨野リッチ(オープンな方)にちゃっかり…🤣
でもそっちの方が風感じやすいですよね。
6:58 嵯峨野リッチ名物 床の下見える
11:30 【耳づまりから考察する。by西園寺】
「何も知らない一般の方ならね、この区間を通るたびに、なんかトンネル多いなぁ…耳ツーンとするなぁ…と、厄介な区間と、そういう風な感想を抱いてしまうかもしれませんが、ちょっと待て!と、これは時代の進化に伴って、鉄道が都市と都市をより速く結ぶ為にですね、たくさんの技術、人、物資によって造られた。もう、そういう区間なのだと!だからね、耳づまり程度でね、ビービー言っていては、ダメなんですね。これは、【感謝の耳づまり】です。耳づまりが起こったということは、これはもう、先人たちの知恵、力に感謝しなさいと、そういう合図なんですね。もうこの事を理解して、この区間を通ったらね、もう嵯峨嵐山に着く頃にはね、もう涙で、もう目の前が溢れてしまう訳です。」
確かに耳詰まりは感謝の証ですね。
私の地元では偉大な丹那トンネルです。
私も以前往路に嵯峨嵐山からトロッコ亀岡市まで嵯峨野トロッコ、復路に馬堀から嵯峨嵐山まで嵯峨野山陰線を利用したことがあります。
復路が往路の遅さを忘れさせてくれるような走りでとても快適に感じました。
りんごとハイチューの説明うますぎだろwwwww
福知山線の新線区間と嵯峨野線の新線区間って車窓も歴史的経緯も似ている気がする。
福知山線旧線区間も残して欲しかった
@@kinnginnrimeiku 福知山線は線路を残せなかったものの廃線跡を歩くことができます。
両者とも線形の改良を受けられた幸運な区間と言えますね。JR西の管内だけでも線形を改良すれば速達化や需要の増大を見込める路線は少なからずあるのですが。
本当似てますね。どちらも山陰への重要ルートでしたから、兄弟路線という感じもしますし、辿ってきた歴史や走る車両などもそっくりですね。
どちらの旧線も、子供の頃に列車に乗って通ったことがあります。川の横を走行しながら、🚇トンネルと鉄橋が続く風景がとても楽しかったです。
地元をご紹介頂きありがとうございます😃
旧線懐かしい‼️トロッコ乗ったことないや
旧線区間は初代電車でGO!で知りました。実は長いことあの風景が山陰本線だと思っていました。
数年前に実際に行って、その変化に驚いたのも良い思い出。
旧線区間の景色はほんと綺麗で、現在の区間は早くて便利。二条や亀岡、馬堀の辺りも変わってましましたね。また行ってみたいです。
りんごとハイチュウに例えるとは。関西的発想が好き。
ぶち抜いたという表現が正しい区間ですねぇ
トロッコ列車も山陰線の新線区間も両方乗ったことがありますが、さすがにこういった視点で眺めていなかったのでとても感慨を受けました。
別動画でも紹介がありましたが、こういった景色の路線が京都の都心から数十分で訪れることができるのはさすが国際観光都市の面目躍如といったところですね。
今はなき南部縦貫鉄道も東北本線旧線区間を走っていたね
車だと嵯峨嵐山→馬堀はかなり遠回り。下道の国道9号線経由で約30分です。
取材の着目点がかしこい…心地よい解説が有るから成り立ってる…
鉄オタ辞めて日テレアナ目指せ〜箱根駅伝…高校生クイズ?…ズームインサタデー…貴方を待ってる!
トロッコ列車にも乗ったことがありますが、子供の頃に乗った鈍行(非電化時代の客車列車の各停・京都↔️福知山)はここを通り始めると、時間が更にゆっくり流れている感覚でした。
電車でgoでは旧線でしたね。
ゲームセンターCXで有野課長が初トライで悪戦苦闘した路線でもあった
雨が降った後の景色は地獄…
編集がとても分かりやすいです。
本来なら廃線となって朽ちていく運命だった旧線が観光路線として第二の人生を謳歌してると考えると嬉しくなりますね😊
電車でgoでは旧線には60km/h制限の場所が多々ありましたね。
夏にトロッコに乗りました❗️真夏には行くもんじゃないね…トロッコ亀岡駅からJR馬堀駅までの徒歩がキツかった❗️徒歩歩歩っ
昔、親の実家に向かうため京都から山陰線を使っていました。保津峡あたりの列車の遅さに参ってました。鈍行利用時の特急通過待ちや対向列車待ちも多かったです。最近久々に山陰線に乗ってみて「電化されとる!」「複線やん!!」と感激というか、変化の大きさに驚きました。亀岡が京都通勤圏内なんですね。
JR宝塚線の生瀬〜道場の時短効果もすごそ。武田尾周辺は、旧線をハイキングできるから面白そ。
子供のころ、京都から田舎の殿田(日吉)までこの旧線をDD51牽引の旧客に乗ってよく通ってました‼
旧線も、これからも永く残って欲しいとおもいます‼
9:48 保津川下りのプラットフォーム、阪急の中津駅ぐらいしかなかったです。
と言ったのに、ぷっっと吹き出しました。
非常にわかりやすい例えです。
阪急の中津駅だけとちゃうでぇ、阪急の春日野道駅も細いでぇ。
と私は付け加えたい。
春日野道駅🚉で電車待つ時は階段上がった所で電車を待ちます。
乗車位置まで行くと通過列車に巻き込まれそうな感じになるからです。
階段上がった所から10メートルぐらい風除けのスペースがあります。
そこで電車を待ちます。
嵯峨野トロッコ列車はすごく景色がきれいでした、また乗車したいです。
懐かしい!2年前まで馬堀近辺に住んでました!
今は東北で一人暮らしですがコロナおさまったら久しぶりに乗りに行こうかな。
コメント欄にあるのかもしれませんが、新線に「保津峡」が出来たのは温泉旅館があることが最大の原因です。福知山線の「武田尾」と同じです。
あと、嵯峨水尾地区へのアクセスルートでもありまして、駅から自主運行バスがでています。(徒歩だと約1時間)
旧線の保津峡駅から京都まで利用したことがあります。朱色のDC3連でしたが形式は覚えていません。保津峡駅は驚くような狭い処によくも2面2線を作れたと思います。
「ザ・リッチ」で一瞬凍るの草
京都駅33番ホームから下関まで2日かけて山陰線完乗。¥10,010。
昔、大阪から京都⇒宮津市に海水浴に行く時に通った記憶が有ります。
懐かしい。
嵯峨野トロッコ、色が色々あるよね?椅子が木でできていた気がする。車掌さんが演歌を歌っていたのも懐かしい。
いい声ですね♪
毎日、通勤で乗ってます。亡くなられた野中さんの功績です。
京都縦貫道も野中さんの功績ですね。
あ、そうなんや
はじめて知ったわ
南丹の方行ったら野中道路と思われる立派な農道の多いことw
懐かしい。家族で約20年前、小田原から、紅葉、トロッコ乗りに行きました。
まだ現役の500系に乗る為、新横浜まで出て行きました。その子供も今はもう大学生
旧線の非電化時代からある煉瓦隧道が渋い
牽引機がDE10 1104でないのは珍しい
旧線区間は制限60が多かった
山陰本線のこの区間は電車でGO!の一番最初のやつ思い出しますね✨
そ れ な
確かに 嵯峨嵐山~馬堀の間は
トロッコと嵯峨野線を比べたら
確かにそうだ カーブの多さで言えば
トロッコのが凄いのは確かだ
流石西園寺くん
関係ないのだが
アイコン京急ミュージアムのやつじゃん
ちょうどこれから紅葉シーズンになりますから紅葉のトンネルが楽しめますね。
そうそう言及がなかったですが、馬堀駅前に近づくと運転手さんが歌ってくれるサービスもありますw
このトロッコ列車、トロッコ亀岡→トロッコ嵯峨に向かう場合、山陰本線の複線区間は逆走するってことですよね?
これはこれでおもしろいですね
私のこのあたり出身でして、
子供のころに弟、父親と嵯峨から線路(もちこのトンネルも)を歩いて保津峡駅まで行ってましたね。
帰りはディーゼル車に一区間乗って帰ってました。
昔は線路の南側も立派な石畳でホントに小さいころはSL走ってました。
当時は改札が一か所で遠かったので
ホームから直接踏切に出てましたね。(支払いは乗る駅か降りる駅で)
保津峡駅、夏に行くとすごくいいですよ。涼しく過ごせます。あとここに似た区間が、中央本線の高蔵寺~多治見。こちらは、季節限定で、旧トンネルを散策できます。
山陰線が旧線だった頃、京都→保津峡で木造客車に乗車出来ました。当時は何とも思わなかったが、今となっては、とても貴重な体験をしたと思っています。
嵯峨野のトロッコ乗りましたー☺️
楽しかったです✨
なんかABCラジオのワンコーナー聞いてるみたい。
和むわ〜😃
宝塚福知山線と嵯峨野山陰線はいろんな意味でまさに兄弟関係、福知山に行く事も含めて、渓谷があるのもトンネル長いのもそっくり、
昔はここをブルートレインが走ってたんだよなぁ。
あそこを10両以上の客車を引っ張って列車が走るとか想像出来ません。
あと、トロッコは嵯峨へ戻る時も面白いですよ。
嵯峨駅直前の最終区間は下り線を逆走します。
そこも紹介して欲しかったですが、楽しく拝見させていただきました。
旧線を急行丹後で通ったあの頃が懐かしです
トロッコ嵐山の近くの松本伊代踏切。新しい線路なのに、あそこだけ切り取ると風情がありますね。
去年までは外国人観光客が221系などを夢中で撮っていました。
当該踏切は野宮神社の付け根にある「野々宮踏切」と申しまして、京都市内にある踏切としては一番最後に登場する踏切です。
嵯峨野トロッコいつか乗りたいな
一度トロッコ列車に乗りたくなりました😊
嵯峨嵐山≒宝塚
トロッコ嵐山≒生瀬
保津峡≒武田尾
亀岡≒三田
トロッコ列車もなかなかレア列車一辺機会が有ったら乗ってみたい❗️
保津峡駅ですが、その昔、映画「蒲田行進曲」の舞台にもなりました。
ヤスが身重の小夏をつれて帰郷するシーンに登場します。
使用された車両はキハ47です。
今の列車がどれだけ速いかが分かる動画
約40年ほど前、保津峡駅から京都駅まで気動車(DDかDEかは記憶に無い)、客車に一度だけ乗った遠い思い出。
貨物ならびに客車列車は必ずDD51が牽引を受け持っていました(舞鶴線・小浜線では当時の福知山鉄道管理局側の取り決めによる軸重の関係で、DE10しか入線が認められておらず、敦賀を16時31分に発車してきた922列車は綾部到着後スイッチバックの最中にDE10から、浜田発東舞鶴行き544列車を牽引してきたDD51へバトンタッチし、一路京都を目指す段取り)。
西園寺作:『速達化してみたら物凄い時間短縮できた件』
トロッコ嵐山のトンネルで、左右に別れた右は嵯峨野線のはずです。確か、単線だったはずです。複線電化により、最高速度が大幅に上がり、ルートもトンネルにより近くなってる。
保津峡駅は水尾地区へのゲートウェイ駅です。
住人や観光客にはなくてはならない駅です。
トロッコ嵯峨行きの列車がJRの線路を逆行するところが見ものです。
嵯峨野トロッコのサービスの中になまはげ?
みたいなものした人がトンネルの中で現れて泣いてたのはいい思い出
約40年前の旧線保津峡駅へ行った事がありますが、現在のトロッコ列車の保津峡駅と比べたら、大分キレイに改装されましたね。当時はもっと寂れた感じでした。
先日嵯峨野トロッコ乗りました!
アナウンスで「山陰本線の旧線です」みたいなことを言ってましたが、ほとんどの人はそんな鉄道史的なことより目の前の景色に夢中でしたね笑笑
旧線の時は馬堀~京都は300円だったんですよね。
喋り面白いですよね笑
耳づまりは先人達への感謝のしるし
いいですね!
福知山線の新旧線も似たような感じすよね!
凄い路線ですね。
トロッコ嵯峨駅と嵯峨嵐山駅の間
逆走運転が発生している様だが、上手くダイヤを組んでいると思います。
かつて山陰本線の京都口は汽車しか走ってませんでした🚂💨
急行『丹後』や特急『あさしお』が保津川沿いを通ってたのを思い出します⛰️保津川下りの船客の人達がよく手を振ってくれていました👥✋
山陰本線の京都から嵯峨嵐山駅までの区間も、高架化や複線化により所要時間の短縮が行われています。
トロッコ保津峡駅の吊り橋なんか見た事あると思ったら、京都を舞台にしたあの刑事ドラマで見たのかも
うわ〜保津川下り懐かしい〜
また乗りたくなりました
私が子供の頃は今の旧線を長大編成のディーゼル特急・急行が頻繁に通ってました。旧線の時は95キロ制限だったと思います。
当時は京都駅も山陰本線ホームは1面1線で線路容量も逼迫してましたので、高速化と線路容量アップが同時に行われたということですね。
京都駅山陰本線ホームは保津峡付近の新線切り替え数ヶ月前にもう1面2線(さらに現在の京都駅ビル完成の際に降車用ホームとしてもう1面)増設されて現在の姿に変わりました。
トンネルのおかげで便利になったみたいですね。
感謝の耳詰まりで草w
こんなに開放的な車両なら感染症も怖くないな笑
景色が良い!また乗りたい。