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富野が成功してるマルチバースがあったら、そこのホークは宮崎駿ファンなんじゃないのか
鈴木敏夫と富野監督が上手くやっていく想像がどうしてもできない。
楽しかったです!2人のタッグを見たい!Yahoo!ニュースでくまおさんが書かれたナウシカと庵野秀明の記事読みました!良かったです!!
面白かったです(当時を知ってますが)映画版『宇宙戦艦ヤマト』の大ヒットでアニメージュが創刊されたのが78年で、サブカル雑誌からヤマト特集に転換した『月刊OUT』も人気がありました。ガンダムブームの頃は『アニメック』もありまして、まだ公務員時代のゆうきまさみ氏がガンダムパロディ漫画を書いていましたね。お話には出ませんでしたが、『マクロス』もアニメージュが激推ししていたので(ほぼ仕事がなかった)宮崎さんは影が薄い時期がありました。業界的に、東映動画~日アニ系の宮崎さんは「古いクリエイター」と見られていたのだと思います。
日曜あさ11時配信という、イレギュラー回!
押井守さんが言うには、当時の宮崎さんは「ヤマトとガンダムのおかげで自分たちは映画を作れてる」というようなことを言っていたらしいですからね。当然そこには忸怩たる思いがあったのでしょうが。ヤマト→ガンダムの変化の中は、松本零士関連が徐々に盛り下がっていったというのも、もう一つの重要なポイントでしょう。(という言い方をするとファンの方は怒るかもしれませんが。)
ハヤオとヨシユキの合作、そしてそれを追うドキュメント、観たいですね…アニメ監督の修羅場が見れるぞ!宮崎監督と富野監督の生い立ちや関係性について、お二人から語っていただけて嬉しいです。ありがとうございます。またぜひお願いします。
動画内でも触れられていますが、いつか髙橋 良輔監督特集をお聞きしたいです
アニメージュはカリ城公開前からすでに破格の特集をしていましたね表紙は79年9月号がセルではない安彦さん画のアムロで衝撃でしたそして11月号がカリ城の描き下ろし 12月号が安彦さんの原画で80年1月号は大塚さんの原画という誌面も含め画期的な作品を手がける両監督とその周辺を優先的に追いかけていたという当時の中学生の記憶です😊
富野様と高畑宮崎コンビの良い仕事といえば「母をたずねて三千里」だと思います。富野様らしいリアリティ描写も多くて楽しめます。
80年代初頭のアニメージュは月刊OUTと並んで良いアニメ作品をきちんと評価できる読み応えのある雑誌でした。しかしながら御多分に洩れずロボットアニメに一筋だった私は、隙あらばプッシュされるパンダコパンダにいつもい閉口してましたね。そして満を持して連載が始まったナウシカ。やっぱり画が描ける描けないは大きい。。。当時のアニメージュは監督はじめ、キャラデザや作監の方々のインタビューも豊富で作画や演出に対するこだわりがいつも紙面から伝わってきました。そう思うと富野監督がもう少し画力があれば、御大✕鈴木pとの違う世界線もあったかもしれませんね。それに引き換えサンライズの大黒柱である御大はℤガンダムの放送で鳴物入りで創刊された月刊ニュータイプで担ぎ上げらていましたがそこは角川、最新ニュースとコラム満載でザ・テレビジョンのアニメ版といったカジュアルな紙面作りが情報誌そのもので残念だった覚えがあります。もっとサンライズとズブズブだったらと良かったのに思いますが、角川アニメもそこそこ頑張ってたからな~。映画雑誌で言えば(当時の)スクリーンとロードショウに似てる感じでしょうか。もしかするとOUTはキネ旬並みだったかも(過大評価)。
富野・宮崎の時事放談はめちゃ良いアイディア😂マジで実現して欲しい‼️
由悠季・駿コンビのドキュメンタリー観たいです。撮るのは二人と縁があり、しかも泥仕合大好きな庵野秀明にお願いしたいです。
そうですね、そうですね。「ガンダムは過去に作った作品の1つでしかないから、それで新人が育つならどうイジッてもらってもいい。」その富野監督の姿勢が色々と功を奏してる。でも新人の作品でも、結局自分で直前手を入れてしまう宮崎監督・・その結果が酷い事に😵・・・・「〜のくやしみ」のドバ感🌻👍🍀
固定のパートナーはいませんが、富野展では安彦、永野、いのまた、あきまんと代わる代わる当代の超一流と組むことで色んなインスピレーションを得ていたと語られていましたね
面白かったです!
いつも楽しくラジオ感覚で拝聴しています。原爆がミームになってしまう昨今。国内の子ども達ですら読む機会を奪われている「はだしのゲン」を語っていただきたいです。
えっ!道夫ちゃんが妊娠?(スタローン役)
ほら、富野作品でも、倍賞千恵子や池脇千鶴を起用してるから…
敏夫に対して「僕はあなたに捨てられた!」と積年の想いを吠えてたのが最近の印象でwあ、物真似ユニットキム〇クと組む際には呼んでくださいw金龍飛、ギレンザビ、シャアちょっと位なら対応しますww
富野を語るなら富野の師匠筋の出崎ともう1人の師匠、長浜忠夫も語らないといかんとです
安彦さんとはライディーン ザンボット ガンダム湖川さんとはダイターンイデオン ザブングル ダンバイン エルガイムと組まれてる富野さん虫プロから創映社を経てのサンライズっつー会社に行った富野さん。と、本人の為に創ったと鈴木敏夫が明言するジブリに通う事になる宮崎さん。サンライズって会社は手塚治虫が創始した作家主義の虫プロの経営破綻を経験した制作スタッフが創った故の重商主義、監督たる者には「会社の機能」を重んじる社風が初めからあったから。そういう部分が宮崎さんに比べていちいち不憫でアウェイに思える。ただ、あの気性の荒い本人にも原因がある事は否定出来ない。高畑宮崎コンビの様に一生涯通して付き合える人物はいないだろうな。オリジンで数十年ぶりにアニメ現場に復帰した安彦さんともそれきっかけに何か関係が生まれた訳でも無かったし。まあ自業自得という部分もなくは無いというね。棘がありすぎてw
意を決し万難を排して、ブラックホールGレコ劇場版5部作回を実現してほしいです。柳下さんヨシキさんによる富野さん語り期待しています。
ホークさんはドバ総司令?
ひとりものまね四天王w
木村拓也、シャアアズナブル説
私が思う富野派が宮崎派にルサンチマンを抱く原因は今思いつくに大きく二つある。① 駿が富野を表向き相手にしてない。② 富野がロボットものというフォーマットから出られない・出ようとしない。③ 富野は鈴木敏夫という名参謀を得損ねた。④ 画の天才宮崎には高畑という演出の天才から学び、なおかつ飛び出す恵まれた環境があった。それぞれ論じればいくらでも長くなるだろうが結局これが「世間・世界の評価」「作家としての広い影響力」「経済的成功」などの「結果」をもたらした「原因」だろう。因果関係は逆ではない。①は駿のいつものツンデレ。②は細かい事情は知らん。③は経緯はあるにせよ結果、鈴木が宮崎を選んだ。④演出の天才富野は画の天才安彦という高畑にとっての宮崎的な、ビジョン具現化の強力な相棒がいた。しかし安彦もまた富野から飛び出して独立の道を歩んだ。宮崎とて成功はここ20年くらいで、それまで長い興行的敗北、綱渡りだった。問題は私が思うに、③②④の順で深刻だ。奇跡的傑作「クラッシャージョウ」のち「アリオン」の後、富野・安彦は一人の限界を自覚するべきだった。富野は安彦を呼び寄せ、二人でその才能を合わせ、安彦の原案・アニメーション監修でロボットではない映画を作るべきだった。もちろんそこには鈴木に代わる興業の天才も獲得する難題はある。プロデュース剛腕があれば不本意だったかもしれない間抜けなアイドル声優や歌謡曲を使わず済んだかもしれない。それらによって作られた作品の興行は妄想だがきっと一般人も見るような出来で大ヒットも望めただろう。そうすればおもちゃ屋とゲーム屋だけが儲かるのではなく、代わりに自分たちと映画界とアニメーション界が儲かり世間の評価地位向上に繋がり、ジブリと力合わせ影響力を行使し制作現場が今より幸福とそれに集まる才能に満ちていたかもしれない。このような素人の妄想は経営層の無能・強欲・老害の現実を知らない寝言だというのはごもっともだろう。
2:40 大山さん、それは脈絡のない発言と言うより(お笑いでいうところの)ボケだったのでは?失礼ながら「大丈夫です、責任とります!」くらい返せた方が良いと思います。
失礼ながら最後の一文が余計なお世話すぎてちょっと笑いました。
ポールエラリング(о´∀`о)
サンライズだけに、例えはハンセンでよいのでは?w
富野が成功してるマルチバースがあったら、そこのホークは宮崎駿ファンなんじゃないのか
鈴木敏夫と富野監督が上手くやっていく想像がどうしてもできない。
楽しかったです!
2人のタッグを見たい!
Yahoo!ニュースでくまおさんが書かれたナウシカと庵野秀明の記事読みました!
良かったです!!
面白かったです(当時を知ってますが)映画版『宇宙戦艦ヤマト』の大ヒットでアニメージュが創刊されたのが78年で、サブカル雑誌からヤマト特集に転換した『月刊OUT』も人気がありました。ガンダムブームの頃は『アニメック』もありまして、まだ公務員時代のゆうきまさみ氏がガンダムパロディ漫画を書いていましたね。お話には出ませんでしたが、『マクロス』もアニメージュが激推ししていたので(ほぼ仕事がなかった)宮崎さんは影が薄い時期がありました。業界的に、東映動画~日アニ系の宮崎さんは「古いクリエイター」と見られていたのだと思います。
日曜あさ11時配信という、イレギュラー回!
押井守さんが言うには、当時の宮崎さんは「ヤマトとガンダムのおかげで自分たちは映画を作れてる」というようなことを言っていたらしいですからね。当然そこには忸怩たる思いがあったのでしょうが。
ヤマト→ガンダムの変化の中は、松本零士関連が徐々に盛り下がっていったというのも、もう一つの重要なポイントでしょう。(という言い方をするとファンの方は怒るかもしれませんが。)
ハヤオとヨシユキの合作、そしてそれを追うドキュメント、観たいですね…アニメ監督の修羅場が見れるぞ!
宮崎監督と富野監督の生い立ちや関係性について、お二人から語っていただけて嬉しいです。ありがとうございます。またぜひお願いします。
動画内でも触れられていますが、いつか髙橋 良輔監督特集をお聞きしたいです
アニメージュはカリ城公開前からすでに破格の特集をしていましたね
表紙は79年9月号がセルではない安彦さん画のアムロで衝撃でした
そして11月号がカリ城の描き下ろし 12月号が安彦さんの原画で80年1月号は大塚さんの原画という
誌面も含め画期的な作品を手がける両監督とその周辺を優先的に追いかけていたという当時の中学生の記憶です😊
富野様と高畑宮崎コンビの良い仕事といえば「母をたずねて三千里」だと思います。富野様らしいリアリティ描写も多くて楽しめます。
80年代初頭のアニメージュは月刊OUTと並んで良いアニメ作品をきちんと評価できる読み応えのある雑誌でした。
しかしながら御多分に洩れずロボットアニメに一筋だった私は、隙あらばプッシュされるパンダコパンダにいつもい閉口してましたね。
そして満を持して連載が始まったナウシカ。やっぱり画が描ける描けないは大きい。。。
当時のアニメージュは監督はじめ、キャラデザや作監の方々のインタビューも豊富で作画や演出に対するこだわりがいつも紙面から伝わってきました。
そう思うと富野監督がもう少し画力があれば、御大✕鈴木pとの違う世界線もあったかもしれませんね。
それに引き換えサンライズの大黒柱である御大はℤガンダムの放送で鳴物入りで創刊された月刊ニュータイプで担ぎ上げらていましたがそこは角川、最新ニュースとコラム満載でザ・テレビジョンのアニメ版といったカジュアルな紙面作りが情報誌そのもので残念だった覚えがあります。もっとサンライズとズブズブだったらと良かったのに思いますが、角川アニメもそこそこ頑張ってたからな~。
映画雑誌で言えば(当時の)スクリーンとロードショウに似てる感じでしょうか。もしかするとOUTはキネ旬並みだったかも(過大評価)。
富野・宮崎の時事放談はめちゃ良いアイディア😂マジで実現して欲しい‼️
由悠季・駿コンビのドキュメンタリー観たいです。撮るのは二人と縁があり、しかも泥仕合大好きな庵野秀明にお願いしたいです。
そうですね、そうですね。
「ガンダムは過去に作った作品の1つでしかないから、それで新人が育つなら
どうイジッてもらってもいい。」
その富野監督の姿勢が色々と功を奏してる。
でも新人の作品でも、結局自分で直前手を入れてしまう宮崎監督・・その結果が酷い事に😵・・・・
「〜のくやしみ」のドバ感🌻👍🍀
固定のパートナーはいませんが、富野展では安彦、永野、いのまた、あきまんと代わる代わる当代の超一流と組むことで色んなインスピレーションを得ていたと語られていましたね
面白かったです!
いつも楽しくラジオ感覚で拝聴しています。原爆がミームになってしまう昨今。国内の子ども達ですら読む機会を奪われている「はだしのゲン」を語っていただきたいです。
えっ!道夫ちゃんが妊娠?(スタローン役)
ほら、富野作品でも、倍賞千恵子や池脇千鶴を起用してるから…
敏夫に対して「僕はあなたに捨てられた!」と積年の想いを吠えてたのが最近の印象でwあ、物真似ユニットキム〇クと組む際には呼んでくださいw金龍飛、ギレンザビ、シャアちょっと位なら対応しますww
富野を語るなら富野の師匠筋の出崎ともう1人の師匠、長浜忠夫も語らないといかんとです
安彦さんとはライディーン ザンボット ガンダム
湖川さんとはダイターンイデオン ザブングル ダンバイン エルガイム
と組まれてる富野さん
虫プロから創映社を経てのサンライズっつー会社に行った富野さん。と、本人の為に創ったと鈴木敏夫が明言するジブリに通う事になる宮崎さん。
サンライズって会社は手塚治虫が創始した作家主義の虫プロの経営破綻を経験した制作スタッフが創った故の重商主義、監督たる者には「会社の機能」を重んじる社風が初めからあったから。そういう部分が宮崎さんに比べていちいち不憫でアウェイに思える。ただ、あの気性の荒い本人にも原因がある事は否定出来ない。高畑宮崎コンビの様に一生涯通して付き合える人物はいないだろうな。オリジンで数十年ぶりにアニメ現場に復帰した安彦さんともそれきっかけに何か関係が生まれた訳でも無かったし。まあ自業自得という部分もなくは無いというね。棘がありすぎてw
意を決し万難を排して、ブラックホールGレコ劇場版5部作回を実現してほしいです。柳下さんヨシキさんによる富野さん語り期待しています。
ホークさんはドバ総司令?
ひとりものまね四天王w
木村拓也、シャアアズナブル説
私が思う富野派が宮崎派にルサンチマンを抱く原因は今思いつくに大きく二つある。
① 駿が富野を表向き相手にしてない。
② 富野がロボットものというフォーマットから出られない・出ようとしない。
③ 富野は鈴木敏夫という名参謀を得損ねた。
④ 画の天才宮崎には高畑という演出の天才から学び、なおかつ飛び出す恵まれた環境があった。
それぞれ論じればいくらでも長くなるだろうが結局これが「世間・世界の評価」「作家としての広い影響力」「経済的成功」などの「結果」をもたらした「原因」だろう。因果関係は逆ではない。
①は駿のいつものツンデレ。
②は細かい事情は知らん。
③は経緯はあるにせよ結果、鈴木が宮崎を選んだ。
④演出の天才富野は画の天才安彦という高畑にとっての宮崎的な、ビジョン具現化の強力な相棒がいた。
しかし安彦もまた富野から飛び出して独立の道を歩んだ。
宮崎とて成功はここ20年くらいで、それまで長い興行的敗北、綱渡りだった。
問題は私が思うに、③②④の順で深刻だ。
奇跡的傑作「クラッシャージョウ」のち「アリオン」の後、富野・安彦は一人の限界を自覚するべきだった。富野は安彦を呼び寄せ、二人でその才能を合わせ、安彦の原案・アニメーション監修でロボットではない映画を作るべきだった。
もちろんそこには鈴木に代わる興業の天才も獲得する難題はある。プロデュース剛腕があれば不本意だったかもしれない間抜けなアイドル声優や歌謡曲を使わず済んだかもしれない。
それらによって作られた作品の興行は妄想だがきっと一般人も見るような出来で大ヒットも望めただろう。
そうすればおもちゃ屋とゲーム屋だけが儲かるのではなく、代わりに自分たちと映画界とアニメーション界が儲かり世間の評価地位向上に繋がり、ジブリと力合わせ影響力を行使し制作現場が今より幸福とそれに集まる才能に満ちていたかもしれない。
このような素人の妄想は経営層の無能・強欲・老害の現実を知らない寝言だというのはごもっともだろう。
2:40 大山さん、それは脈絡のない発言と言うより
(お笑いでいうところの)ボケだったのでは?
失礼ながら「大丈夫です、責任とります!」くらい
返せた方が良いと思います。
失礼ながら最後の一文が余計なお世話すぎてちょっと笑いました。
ポールエラリング(о´∀`о)
サンライズだけに、例えはハンセンでよいのでは?w