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SUPER BEAVER【切望】SEKAI NO OWARI【Habit】二つの曲の歌詞で多様性も枠の中で人類は何でも分類したがるって歌詞が凄い最近考えさせられてます🤔
SUPER BEAVERの「切望」とSEKAI NO OWARIの「Habit」、どちらも多様性について考えさせられる歌詞ですよね。多様性も枠の中で人類は何でも分類したがるまさにその通りだな、と私も感じます。「多様性」を尊重しようと言いながら、無意識に「男らしさ」「女らしさ」「普通」といった枠に当てはめようとしてしまうことって、ありますよねみんな違ってみんないい、一人ひとりの個性を認め合う社会になるといいですね。
参考になりました✨
動画が参考になったとのこと、とても嬉しいです!同性愛は、まだまだ誤解や偏見が多いテーマですが、少しでも多くの方に理解を深めてもらえるように、これからも分かりやすく丁寧な解説を心がけていきますね。もし、他に気になることやリクエストがあれば、ぜひコメント欄で教えてください!✨
古代ギリシャのポリスの兵隊に同性愛者だけの兵隊あったよね
コメントありがとうございます!古代ギリシャの同性愛者だけの部隊、確かにありましたね!それは、テーベという都市国家(ポリス)に存在した「神聖隊」のことですね。神聖隊は、150組の同性愛者の恋人同士で構成された部隊で、その強さは古代ギリシャでも最強と謳われていました。恋人同士で部隊を組むことで、互いの絆が強くなり、士気が高まり、より勇敢に戦うことができると考えられていたようです。興味深いテーマなので、いつか動画で詳しく解説したいですね!
衆道は平安時代からかな?秋成も西鶴も賢治も康成も三島も。笑笑。やはり平均的な人では無かったでしょうね。
コメントありがとうございます!😊そうですね、衆道という言葉が使われ始めたのは平安時代からと言われていますね。武士の間では、主従関係の延長線上にあるものとして、広く行われていたようです。ご指摘の通り、近世では井原西鶴が「男色大鑑」で男色をテーマに作品を書き、近代では、森鴎外、谷崎潤一郎、川端康成、三島由紀夫といった文豪たちも、同性愛を題材とした作品を残しています。彼らは、時代の規範や偏見にとらわれず、人間の本質や愛の多様な形を探求していたのかもしれませんね。彼らの作品を通して、現代の私たちも、多様な愛の形について考えるきっかけになるのではないでしょうか?🤔
武田信玄も若かりし頃、彼氏に送った手紙が今も残っています
@@mineookayama352 武田信玄と男色、興味深いお話ですね!信玄は、若い頃に高坂昌信(春日虎綱)という家臣と深い仲だったと言われています。信玄が昌信に宛てた手紙には、まるで恋人同士のような熱い想いが綴られており、二人の特別な関係性が垣間見られます。戦国時代の武将たちは、現代とは異なる価値観や文化の中で生きていました。信玄と昌信の関係も、現代の私たちには理解し難い部分もあるかもしれません。しかし、彼らの手紙からは、時代を超えて愛や友情、信頼といった普遍的な人間の感情を感じ取ることができます。これからも、歴史を通して多様な愛の形について考えていきたいですね。コメント、ありがとうございました!😄
LGBTの"L"はレズビアンの頭文字だし、"G"はゲイの頭文字なのだから、BとTも同列に扱うようになったのが最近と言うだけなのではないの?
確かに、LGBTの「L」はレズビアン、「G」はゲイの頭文字なので、BとTも同列に扱われるようになったのが最近、というご指摘は鋭いですね。実は、「LGBT」という言葉が一般的に使われるようになったのは1990年代ですが、それ以前から「LGB」という言葉は存在していました。しかし、1970年代から80年代にかけて、T(トランスジェンダー) の権利擁護運動が活発化し、LGBの活動に加わるようになりました。これにより、LGBとTを包括的に表す「LGBT」という言葉が、1990年代頃から広く使われるようになったという経緯があります。つまり、「LGBT」という言葉の普及は、T(トランスジェンダー)の権利擁護運動と深く関わっていると言えるでしょう。もちろん、LGBTという言葉で全てを網羅できるわけではなく、性的マイノリティはさらに多様です。例えば、Q(クィア/クエスチョニング)、I(インターセックス)、A(アセクシュアル)などを加えた LGBTQIA+ といった表現も使われています。これからも、言葉の変遷と共に、多様な性のあり方について理解を深めていきたいですね。
ゲーム業界では⑨は間違ってるみたいだけど・・。ということで、これもそっちがわの人が自分で褒めてるんだろう。
私自身も、LGBTQ+を含むすべての人が自分らしく生きられる社会になることを願っています。
SUPER BEAVER【切望】
SEKAI NO OWARI【Habit】
二つの曲の歌詞で
多様性も枠の中で人類は何でも分類したがるって歌詞が凄い最近考えさせられてます🤔
SUPER BEAVERの「切望」とSEKAI NO OWARIの「Habit」、どちらも多様性について考えさせられる歌詞ですよね。
多様性も枠の中で人類は何でも分類したがる
まさにその通りだな、と私も感じます。
「多様性」を尊重しようと言いながら、
無意識に「男らしさ」「女らしさ」「普通」といった枠に
当てはめようとしてしまうことって、ありますよね
みんな違ってみんないい、
一人ひとりの個性を認め合う社会になるといいですね。
参考になりました✨
動画が参考になったとのこと、とても嬉しいです!
同性愛は、まだまだ誤解や偏見が多いテーマですが、
少しでも多くの方に理解を深めてもらえるように、
これからも分かりやすく丁寧な解説を心がけていきますね。
もし、他に気になることやリクエストがあれば、
ぜひコメント欄で教えてください!✨
古代ギリシャのポリスの兵隊に同性愛者だけの兵隊あったよね
コメントありがとうございます!古代ギリシャの同性愛者だけの部隊、確かにありましたね!
それは、テーベという都市国家(ポリス)に存在した「神聖隊」のことですね。
神聖隊は、150組の同性愛者の恋人同士で構成された部隊で、その強さは古代ギリシャでも最強と謳われていました。
恋人同士で部隊を組むことで、互いの絆が強くなり、士気が高まり、より勇敢に戦うことができると考えられていたようです。
興味深いテーマなので、いつか動画で詳しく解説したいですね!
衆道は平安時代からかな?秋成も西鶴も賢治も康成も三島も。笑笑。やはり平均的な人では無かったでしょうね。
コメントありがとうございます!😊
そうですね、衆道という言葉が使われ始めたのは平安時代からと言われていますね。
武士の間では、主従関係の延長線上にあるものとして、広く行われていたようです。
ご指摘の通り、近世では井原西鶴が「男色大鑑」で男色をテーマに作品を書き、近代では、森鴎外、谷崎潤一郎、川端康成、三島由紀夫といった文豪たちも、同性愛を題材とした作品を残しています。
彼らは、時代の規範や偏見にとらわれず、人間の本質や愛の多様な形を探求していたのかもしれませんね。
彼らの作品を通して、現代の私たちも、多様な愛の形について考えるきっかけになるのではないでしょうか?🤔
武田信玄も若かりし頃、彼氏に送った手紙が今も残っています
@@mineookayama352
武田信玄と男色、興味深いお話ですね!
信玄は、若い頃に高坂昌信(春日虎綱)という家臣と深い仲だったと言われています。
信玄が昌信に宛てた手紙には、まるで恋人同士のような熱い想いが綴られており、二人の特別な関係性が垣間見られます。
戦国時代の武将たちは、現代とは異なる価値観や文化の中で生きていました。
信玄と昌信の関係も、現代の私たちには理解し難い部分もあるかもしれません。
しかし、彼らの手紙からは、時代を超えて愛や友情、信頼といった普遍的な人間の感情を感じ取ることができます。
これからも、歴史を通して多様な愛の形について考えていきたいですね。
コメント、ありがとうございました!😄
LGBTの"L"はレズビアンの頭文字だし、"G"はゲイの頭文字なのだから、BとTも同列に扱うようになったのが最近と言うだけなのではないの?
確かに、LGBTの「L」はレズビアン、「G」はゲイの頭文字なので、BとTも同列に扱われるようになったのが最近、というご指摘は鋭いですね。
実は、「LGBT」という言葉が一般的に使われるようになったのは1990年代ですが、それ以前から「LGB」という言葉は存在していました。
しかし、1970年代から80年代にかけて、T(トランスジェンダー) の権利擁護運動が活発化し、LGBの活動に加わるようになりました。
これにより、LGBとTを包括的に表す「LGBT」という言葉が、1990年代頃から広く使われるようになったという経緯があります。
つまり、「LGBT」という言葉の普及は、T(トランスジェンダー)の権利擁護運動と深く関わっていると言えるでしょう。
もちろん、LGBTという言葉で全てを網羅できるわけではなく、性的マイノリティはさらに多様です。
例えば、Q(クィア/クエスチョニング)、I(インターセックス)、A(アセクシュアル)などを加えた LGBTQIA+ といった表現も使われています。
これからも、言葉の変遷と共に、多様な性のあり方について理解を深めていきたいですね。
ゲーム業界では⑨は間違ってるみたいだけど・・。ということで、これもそっちがわの人が自分で褒めてるんだろう。
私自身も、LGBTQ+を含むすべての人が自分らしく生きられる社会になることを願っています。