Sixth World League Final : Toyonobori vs Gene Kiniski (JWA - May 12th, 1964)
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- Опубликовано: 16 окт 2024
- From the Metropolitan Gym in Tokyo.
Final of the Sixth World League, an annual tournament akin to/comparable to the G1 Climax, Champion Carnival and others. This is the first World League without 5-time winner Rikidozan, who tragically passed away in late 1963. He had won every previous editions of the World League.
私はキニスキーが大阪で馬場からインターを奪った時、狂喜乱舞してリングに駆け上った子供たちの一人でした~
あの中におられたのですか! 私はテレビで見てましたよ。「自分も同じ子供なのに羨ましい」とテレビの前で思ってました。
私は中学生でTV観戦でした。
たしかインターチャンピオンシリーズでバレンタインも来ていました。
当時は試合後に子供がリングに上がって駆け回ってましたね。
私も友人と後楽園ホールで観戦した時にそれがやりたくてリングに上がってロープに触ったりしてました。
馬場の奪回戦は既に年明けにオリンピックオーデトリアムで決まっていましたね。
それももちろんTVで視ましたが東スポの見出しが「馬場、インタ奪回の詳報」だったのを覚えています。
馬場インター唯一の2フォール敗戦
あの中にいたとは・・・
キニスキーって、子供のファンに優しく対処したり、オフザ・リングでも身なりは整えて人間性の素晴らしさが伺えましたネ!
敗れたもののキニスキーの試合後の仕草はとてもスマートですね。
anything with gene kiniski is pure gold..ty
ジンキニスキーって
名前は知ってるけど
こんなに古くから
活躍してた選手なんですね。😮
豊登&馬場対キニスキー&ハリケーンのアジアタッグ選手権なんて凄いカードが有りましたネ!
キニスキーの三大膝攻撃→ニー・ドロップ、キッチンシンク、シュミット式バックブリーカー
ジンキニスキーも豊登の(下手な)レスリングに合わせるの大変だっただろう(汗) やはり力道山の後継者は馬場が必然。
Joyeux temps des Fêtes à vous, Alessio!
Et merci pour ce combat.
Merci et joyeuses fêtes également, Mr Turbide !
キニスキーの逆エビ固めへの、身体を反転しながらの逃れ方が巧いと、思いました。試合形式が8分の3ラウンドと言うのが、おもしろく感じましたけれども、どういう規定によるものでしょうか。このキニスキーさん、力道山の在世当時は来日は叶わなかったという事ですが、どういう事情だったのでしょうか。百田さんのおっしゃる通り、《いかにもプロレスラーらしいプロレスラー》で、目の肥えたファンが夢中になりそうなお人と、お見受けした次第です!
ただ、結末はいかにもリングを持っているお方に花を持たせた‥という趣でしたね(笑)。当時のWリーグ戦は日本人レスラーの優勝が不文律でしたから、致し方なかったのでしょう。
ワ-ルドリ-グ戦歴代優勝者は力道山、豊登、馬場、猪木だけなので私生活は別にしてもう少し豊登レスラ-として評価されていいような気が。
中学1年になったばかりだったなぁ。この半月ほど前に我が町で興行があり、バスケットボール部のI君の家が経営する旅館に外人勢が泊ったとのこと。「キニスキー見た?」って聞いたら、「大きくて怖かったけど、色紙を持っていったら優しい声で『OK!』ってサインしてくれた」と。
I君、この1か月ほど後に、皆で自転車で帰るときに隣りを走るA君に、「誘導するから目をつぶって走って見な」と言ったっけ。並びが逆なら何とかなったのだが、自分が左を走っていたもんだから、A君が寄ってくるのに対して「右、右・・・」と指示を出しながら、最後は「ミギィ~!」と叫びながら、道の左の田んぼに落っこっていったなんてことを思い出してしまいましたw。
いいものを見せていただきました。ありがとうございます。
豊登社長は勝たなかあかんでしょう。
実況なのに、歓声も含めたリング周辺の臨場感が無いのはなぜでしょうか?
最後キニスキーさんがニードロップ行って自爆して豊登さんがリングに戻ってリングアウト勝ちだったんですね。
しかしキニスキーさんは強くて怖いけどかっこいいプロレスラーですね。
何気に試合後のリングに馬場さんがいる。
パコーンの豊登さん、怪力のイメージはあるものの体格差がこうもあると、こうして改めて半世紀振りに視て、怪力ということについて説得力にかけます。
貴重な動画ありがとうございます。
これを見て 力について説得力に欠ける とは… どこをどう見たらそんな結論になるのか
豊登「社長」が相手じゃキニスキーも大変ですね。
キニスキーが勝手に負けたような試合ですね。これ見ると豊登時代に限界があったことがわかる。やっばりキニスキーと五分で渡り合った馬場は偉大
豊登
スゲー力だなー😂❤🎉
この頃は猪木さんはアメリカ修行中ですよね。
今、あらためて見てみると、体格差がかなり有るよね。
ジン・キニスキーは身長190cm超、体重120kg超の本格派のヘビー級選手です。
一方の豊登は公称体重114kgとなっているけれど、実際は100kg未満で現在だったらジュニアヘビー級の選手だからね。
怪力パワーが売りの豊登だけど、これだけ体格差が有ると、そもそも無理が有るよね。
まあプロレスは台本に沿って試合を進めるものだから関係無いと言えば関係無いけどね。
全盛期の豊登さんが、もしハンセンやブロディと戦ったら…。豊登の怪力がどこまで通じるか。それとも超獣パワーに怪力が完封されてしまうのか。興味がある。
キニスキーも豊登相手に力をセーブするのも大変やったやろう。カッポンはやったのかな?
なんたるパワー 豊登
キニスキーは「何故ババがトップじゃないんだ」と激しく違和感を覚えたとか。
豊さんは名レスラーだけどトップ向きじゃないね。
ナンバー2が似合ってる。
ただ馬場の下はどうしても嫌だったのか。
だから、猪木さんを騙して😅😅😅
なんかリアルタイムで豊登を見ていない者のディスリが酷いが、豊登が完敗したのはテーズ1人だけなんだよ、プラッシー、デストロイヤーに勝ちロビンソンと引き分けてるからな、理由は簡単で太短い足、骨自体から大きく長い腕、太く厚みがあり短い胴、柔らかな肉体、腕力だけでなく体全体の力の強さ、強い握力など突然変異(先祖帰り?)と言われた、その特異な体こそが攻めきれない原因です。この試合でもグラウンドなど組むとどうにもならなくてゴチャついてるけどロビンソンでもデストロイヤーでもこんな感じで決められ無かったからね。豊登を仕留めるには一瞬で終わる技か ひたすら反則込みのラフプレーで押し切るしか無いから
>豊登が完敗したのはテーズ・・・
国際でのIWA戦でしょうか? テーズが業を煮やして出した感じの、投げ捨てのパイルドライバー(TVではパイルプレスと言ってた様な・・・)、こんなことやっていいのか、と恐ろしくなりましたっけ。
この後、G.草津さんの陰に隠れていたT.杉山さんが、雷電ドロップの3連発でIWAを獲ったんじゃなかったかな。アンコ型ながらレスリングの基本がしっかりしていて、ジャーマンスープレックスホールドも使える方で、大好きだったなぁ。
@@luehdorf TWWA世界ヘビー級選手権ですね、テーズは負けることなく離日、豪州にてホッジに負けて防衛に失敗しています。その後IWA王者のロビンソンから杉山が奪取して国際プロ初の日本人世界王者となりました
そうですね 突然変異とはいい得てますね なんなんでしょうね この視覚のみからでものしかかってくるような重圧は 笑
荒法師😚
あと、10cmあれば…
ギャンブルやらなければ😂
ジンは紳士
勝つわけにはいかないからね
最低最悪だった豊登道春さんだったかな🥴🤣
豊登さんがギャンブル中毒でなかったら、日本のプロレスはどれだけ変わっていただろう……。
そんなに変わらんか(笑)
ルーテーズをも倒したジンキニスキーが豊登に負けるなんてぇぇ
やっぱり日本人優先で、日本プロレスのワールドリーグって外国人選手が優勝させてもらったことないんだよね。
キニスキーがテーズを破って王座を獲得した時の3本目は反則勝ちですよ。
日本で行われたプロレスですから〜!!
そういう意味では、初大会から外国人が優勝しまくった国際プロレスのワールドシリーズはかなり異色だったんだな、と。それだけ日本陣営にエースを任せられる人材がいなかったんだな。
国際プロレスワールドシリーズの第1回 大会はビル・ロビンソンと豊登で決勝戦が行われ1-1時間切れ引き分け。リーグ戦の勝ち点差でロビンソンが優勝しました。