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2024年11月8日追記:・コメントされる方は先に本動画の説明欄全文をお読みください。・高評価、低評価のボタンですが、低評価のボタンは無効化されております。視聴者から見て、表面上は押すことができてもカウントはされません。高評価についてはこちらでカウント数を確認することができますのでいつも高評価を押してくださる方はよろしくお願いいたします(2024.11.9追記:動画公開後12時間で120件を超える高評価をいただいております。いつもありがとうございます)。・本編映像最後の焼香の後、八ノ沢に戻る前に十ノ沢を映しておりますが、謎のブレがヒドいです。これは手ブレではなく、なぜかその時だけカメラの調子が悪く、ブレが止まらなかったためです。3度目の撮影で少しマシになったのがあの十ノ沢の映像となります。十ノ沢を映すときに必然、六君が亡くなった場所に背を向ける形になっていたため、「何かが後ろに?」と頭を過ぎり、背筋に冷たいものが走りました。
凄まじい映像でした。言葉に言い表せない気持ち。沢田リーダーの最期の言葉に各々に与えられた命の尊さを感じます。そんな言葉も軽々しく思えてならない。
本映像を観られたことがそのまま慰霊に繋がると思っております。この事故を伝えるRUclipsの動画はいくつかあるようですが、このように実際にその場所までの過程を映した映像は存在せず、これはこの先の未来に残るものだと思いますし、こういった残し方、慰霊の繋ぎ方をする人もこの先にはなかなか現れないのだろうと思います。また、北海道の自然そのままの美しい姿、知床半島のように人慣れしたヒグマたちとは違い、お互いに命をむき出しにしているからこその緊張感のある出遭い、そういう意味でも映像として凄いのかもしれませんね。硬くぶ厚い雪の下で誰よりも命の重さを感じていたリーダーの最後の言葉たちはどんな人の胸にも来るものがあると思います。ここへ来ずに慰霊の気持ちを言葉にする人たちは世の中にたくさんいれど、本当に慰霊の気持ちを表したいのなら、届けたいのなら、すでに喜寿の年齢に達しているご友人のように、この映像の僕のようにその足跡を辿ることが本来的なのだろうとは思っています。…命の保障がなく、すべて自己責任、遺書を書いていかなければいけないような場所なのがそれを困難にしているわけですが。それ以外の方はきっと、この事故を、彼らを、忘れないでいてあげることが慰霊の方法として1つの正解なのだろうと僕は思っています。
最後の事故現場の映像と雪の遺書の引用で胸が痛くなり、それまでのカムエクの雄大で過酷な風景やヒグマとの遭遇などは頭から吹き飛んでしまいました。雪の下に閉じ込められ、生還の望みは薄いと悟りながらわずかな可能性をかけて雪を掘り、結局、脱出は叶わなかった。本当に無念だったろうなと、リーダーの心情を思うとやるせなくなります。なまじ即死でなく数日の間、生きて意識がはっきりしていただけに、じわじわと死が迫ってくる恐怖はいかばかりかだったか。生還したらしたで、「自分だけ生き残ってしまった」「自分が他の5人を死なせてしまったのではないか」と自分を責めながら、残りの人生を歩んでいたであろうことも想像できます。手記からするに、責任感が強く、他人思いな方だったと見えますので。だから、最後にすずしんさんの「もう自分を責めなくていい」というメッセージには、涙腺が緩みました。映像のブレは、科学的常識では何の意味もない偶然で片付けられてしまいますが、もしそういうものを超えた何かがあるなら、すずしんさんのメッセージと追悼に対する犠牲者の霊からの「答え」なのではないでしょうか。「あなたの祈りは届いたよ」と。
申し訳ございません、最初のコメントの後半は僕の計算が思い切り間違っていたのに気付いて消しましたので、お忘れ下さい。
八ノ沢まではカムエクの登山道として現在、年間に100人前後の登山者が訪れる場所ですが、八ノ沢よりその先というとほとんどの人が行かないために一気にヒグマの密度が濃くなりますね。体感だとここだけ知床半島並みです。それと同時に日高山脈らしい手つかずの原始の山の様相も見ることができました。札内川から時折望むことができるそれぞれの稜線は美しく輝いているように見えましたね。焼香し、手を合わせると「責めなくていい」という言葉が自然と脳裏に浮かびました。それに呼応したのかは不明ですが、十ノ沢を映した映像のブレは今でも謎です。撮った映像をその場で確認するとカメラ自体の補正がこの時だけ狂っていたようで設定を変えても直ることはありませんでした。カメラのこの不具合は十ノ沢から下山し始めるとすぐに直りました。3年前、とあるスピリチュアル系の方がピョウタンの滝に訪れた際、この札内川流域、山域に強い大自然の怒りを感じたそうです。それは人間的な感情の怒りとはまた別物でしょうが、その昔、アイヌの方々が畏敬の念で寄りつかなかった山域でもあったということから、あながちその感覚は間違いではなかったのかもしれません。そのとあるスピリチュアル系の方に3年前、「僕は慰霊のために行く予定です」と伝えると、「やはり、男性だからでしょうか。強いですね。女の私には近づくことさえ、難しいです」と返答をいただいておりました。今でも日本各地には山や島に女人禁制という風習が残っておりますが、それは宗教的なものではなく、精神的に見たときに合う合わないというものが存在するのかなとその言葉で思うことができました。この山域は必ずと言っていいほど、訪れる人たちの命を奪います。これは未来永劫、この山域において変わることはないのかもしれません。こうして十ノ沢までの行程を余すことなく映像化することでそれがそのまま慰霊、祈りに繋がって、少しでもこの先のこの山域の大自然の怒りなるものを鎮める手助けになっていればなと思います。何より、もうこの先、ここに慰霊のために訪れることが難しい、叶わないであろうご友人方へこの映像が届けばなと思っております。
撮影しながら音や匂いも気にして歩くのは大変なことと思います。知識がないと行けない場所。いつもありがとうございます😊
ここは山登り全般の知識、ヒグマ対応の知識があっても、単独ではおいそれとは行けないような場所であるとも僕は思っています。精神的、物理的な油断はそのまま命取りとなりえます。行程も8時間と長いですからね。どこかでミスをすれば大幅なロスになるし、その日に助けは望めません。過去に遺体未発見の遭難者が出ている点からもそのリスクの高さは伺えることでしょう。物理的な死を回避するためにもしかするとスピリチュアル性も多少は必要なのかもしれません。そういう場所です。十ノ沢までの行程を余さず撮影したこの映像がそのまま、六君の慰霊に繋がっていればなと、ここに来ることができない、もしくはできなくなったご友人方の目に届けばなと、心から思います。視聴された方々にも広く合掌の意を示していただければ、僕がこの映像をこのタイミングで残した意味があるのかなと思います。
美しく、厳しく、そして時に理不尽な自然.... それでも勇敢な人間は挑戦し続ける。一昨年のカムエク、そして今回の十ノ沢、どちらもすずしんさんの行動が、声が、祈りが、現地の英霊にしっかりと届いたことが、科学を超えて記録されるのだと感じます。
この山域の奥地はおそらく北海道の神域のようなもので、真の意味でそこに挑まれる方々のその精神には勇敢、覚悟、胆力が必要不可欠なのだと思います。慰霊のために訪れたご友人や僕のように昨今においてこの山域、十ノ沢に1人で来訪するということは通常、ありえないことですからね。過去にこの山域で行方不明になってしまった方も単独行でした。視聴者の皆さんがこの映像を観てくださることでそれがそのまま慰霊となり、また、僕の行動が見てくださる皆さんの記憶に残ることでも祈りの声というのは広く長く残る、受け繋がれていくのだと思います。
札内川十ノ沢で亡くなられた北大生6名様の御冥福をお祈り致します。沢田さん、暗く硬い雪の中で自身を見失わず、よく耐えていらっしゃいました。「雪の遺書」からは責任感と善良なお人柄が伺え、何度も目頭が熱くなりました。命だけあれば沢山だ…かける言葉が見つかリません。幕営にこの場所を選んだことは正しい判断だった自らを責めることはもうしなくてもいい沢田さんにとってこの言葉は、この上もなく嬉しいと思います。死してなお、苦しんでいた想いが、神様に許されと思ったことでしょう。すずしんさんの深い思いやりに胸を打たれました。札内川十ノ沢、神様の領域に入ることは、選らばれし者のみ許されるのではないかと、ふと感じました。
この映像を時間を割いて観ていただいたことがそのまま六君の慰霊に繋がると思います。懐中電灯が手に入るまでは暗闇の冷たい中、地上に向かって硬く締まった雪を掘り進めていたわけですからね。実際には書置きができる状況になるまで自分自身を見失う瞬間が何度もあったのではないかなと思います。それまで時間の経過すらも確認できなかったわけですから。1人、命の重さを知りながら、感じながら最後の時を、しかし諦めずに掘り進めていた。謝罪と感謝、数々の遺言、残せるものを最後の最後まで残していた。半世紀経ち、十ノ沢に残っているモノがあるのなら…という思いもあって来訪しましたが、実際に辿り着いて雪洞の場所を見て、そうだったのか、という言葉とともに責める必要はない、という思いがこみ上げてきました。それ以外に無いな、とも。札内岳やナメワッカ岳などの到達困難峰への登山で通過する以外、ここへ慰霊のために訪れるにはそれ相応の思いと覚悟が必要なのだと思います。直近での他の登山者の滑落事故、これだけのヒグマの痕跡、遭遇があるので1人では行かない方が良い山域なのは間違いないですね。僕のように単独行なら遺書を書いてから行くべき場所です。選んでいるのか、選ばれているのか、どちらかは分かりませんが、この時代、このタイミングでこうして映像に残せるのは自分しかいないとは2022年の時点で分かっていたので、その時点でもうある意味で選ばれていたのかもしれませんね。
🌱以前、カムエクを目指され、グランドの様な規模の広い札内川、八の沢の見事な渡渉。釣り以外は、もう見せて頂ける事は無いだろうと思っていました。 今回再び、見る事が出来、感慨深いです。 今回2枚の紙地図を丁寧に、見せてくれましたね。頭無い自分ですが、動画止めて一生懸命に見ました。 ひたすら川を歩くは、事前に、確実に相当数字の計算をされたのではないですか。川は等高線が無い分、標高が重要ですか。川は現在地点の把握が解りづらい気がしますが、、。歩く時間はKm=分ですか、これとて平地と登山の間を取られての計算ですか。紙地図の上で歩いた距離と、実際の景色はピッタリですか。コンパスの確認はされるのですか(川の分岐の多さに戸惑います)。歩き続けるすずしんさんに、私は色々聞き続けました。 等高線の線さえ数えられない、掴み何処の無い川歩きを。計算通りに歩かれる、すずしんさんの感覚と頭、度胸はどうなっているのでしょうか。 なるほど、キムンカムイ様のコメントにあられます様に私も十の沢到着で、今までの事は、吹き飛んでしまう程の衝撃を感じました。 カムエクの出来事は、最後はがむしゃらであられました。今回の最後は、お一人、絶望の中、命ある限り、思うまま沢山の文章を書かれました。 すずしんさん、22歳でしようか。 頑張りましたね。 この事は一生私は忘れないでしよう。あのテラス。 そしてすずしんさんの、見事な川歩きも。改めてお礼申し上げます。ありがとうございます🌱。
残された紙地図、表面も忘れません。
八ノ沢出合までは2022年秋のカムエクと同様のコースでしたが、2年経って変わったなと思う部分と変わらないなと思う部分で様々な発見がありました。川はその年ごとの雨量、流れで毎年変化するため、基本的に登山道がないという点で一般登山者からすると難度は高いのかなと思います。十ノ沢までのルートはほとんどの人が知らない、その風景も知られていないのでいつもお世話になっている印刷した国土地理院地図を今回は映像の中に入れました。実際、僕が毎回、地図をどのように使っているのか、それを知ってもらう機会にもなるかなと思って。川にも等高線はかかっていますが、登山道のように明確な登りが川にあるわけではないのであまり正確ではない点が地図読みの際に難しい部分になりますね。僕はその誤差を常に計算しながら進みます。後は地形、見える稜線、特徴的な山の形を地図と照らし合わせていきます。これは映像の通りですね。遭難しないための現在地の特定です。コンパスは僕の腕時計の機能に付いていますが基本的にこれは使いません。自分の現在地を地図上で見失ったと感じたとき、つまりは遭難一歩手前になったときに回復するべき方向を確認するために使うくらいです。そうでなくても、自分の体内時計で時間計算をしながら進んだ距離を計っているので現在地の誤差は50m以内に常に収まります。体内時計と実際の時間との誤差は1分くらいですね。仮に遭難したかもしれないと感じてもこの誤差の範囲ならコンパスがなくても正規ルートへの回復は早いです。アイヌの方々もそうですが昔の北海道の人は頭の中にその山の地形図を描いていたものです。また、暗闇の中やホワイトアウトの世界を進むときなどはこのスキルが必要不可欠です。十ノ沢手前に到達したとき、こんな地形なのかと、雪洞を掘ったのはこんな丘の上、テラス状台地だったのかと思いました。そうか、そうなのか、と自然とその場で言葉が漏れたほどです。誰がこれを責められる?責めるところがなく、十ノ沢を恨んだ歌詞の意味がここで理解できました。本映像を観ていただいたこと、心を振り絞ってコメントを書いていただいたことがそのまま六君の慰霊に繋がると思います。
初めて拝見しました。この遭難の救助に私の父も携わっていたはずです。お盆、お正月…連休はいつも夜中でも警察からお呼ばれして救助に向かい3日後くらいにクタクタになって帰ってくるのが当たり前でした。その度に子供ながら山で人が亡くったんだと複雑な思いをした記憶があります。今でもカムエク、十の沢、トムラなど遭難の多い名前を聞くとドキッとします。この動画を見てこれから登山される方々、北海道の山は本州とは違います。事故や遭難には気をつけて綺麗な山々を楽しんでください。
本映像を観ていただいたことが彼ら六君の英霊への慰霊に繋がると思っております。また、この不幸な事故が起きてしまった場所、十ノ沢をこの先も忘れずにいてくださればと思います。お父様が救助隊の編成メンバーだったのですね。半世紀前の事故であり、もう関係者の間では記憶が薄れてきているのかなと思いますので、子供ながらに感じたその思いの記憶は大切なものとなるでしょう。その記憶を何らかの形で残していけばきっとこの先、何十年か先に本映像とともにまた繋がっていくのではないかと僕は思っています。本チャンネルの登山のシリーズでは北海道のあまり一般的ではない山域での登山や山行も収録しておりますので、そちらも観ていただければなと思います。僕が登山のシリーズを配信、投稿しているのは登山者とヒグマの関わりの変化を記録するためでもありますし、ヒグマだけではなく、登山中の遭難事故の防止の観点もあります(それぞれの動画の動画説明欄を読んでもらったら分かると思います)。北海道は緯度が高いために本州の山の1.5倍の厳しさがあると言われています。そうでなくても本州に比べて登山道それ自体の厳しさ、基本的に山に山小屋が無いなどの条件もあり、遭難してしまった場合の生還率は低くなりますので本チャンネルにて山行に必要な知識を得て、そして、他にない北海道の自然の雄大さ、美しさを感じてもらいたいなと思っております。
動画を見て、札内川十ノ沢が10年くらい前に読んだ立松和平さんの小説「日高」の舞台であることに気づきました。記憶が薄れているので、月末に一週間ほど入院する機会に病室で再読しようかと思っています。
立松和平著『日高』は十ノ沢雪崩事故をモチーフにしたフィクションですね。あくまでもフィクションですのでそこはご理解ください。故沢田義一が実際に残したものは地図の裏に書いた遺書のみです。僕は視聴者の皆さんにこの映像を観ていただいたことがそのまま慰霊に繋がると思っていますので、立松和平著『日高』はフィクションではありますが、再読された際は心の中でいいですので手を合わせていただければなと思います(あらためてのここでのコメントの書き込みは必要ありません)。
タイトルを見て、これはゆっくりじっくり拝見したいと今日になりました。どの季節でも登山は危険と隣り合わせなんでしょうけど3月に合わせたのは何故だったのなかぁ卒業前に達成したいと思う強い、そして若い気持ちがあったのかな年齢的なものからですかね当事者目線自分だったらと云うよりも母目線で見てしまって最後はやっぱり泣けました若さ故、体力も気力もあった為の時間が何とも切なく悲しかったですね手を合わせてる場面で初見でも手を合わせましたが見返してもう一度手を合わせました概要の所での「代わりに…」への返事ですが謝罪してましたけど不要だったと思いますコメント者さんの想いももう断ち切って良いでしょう解放されて良いでしょうと私には優しさに見えました登る事は決めているが貴方の為に登らないそう言いつつもその気持ち事線香に乗せて届けた様に見えました何か1つ何かが1つ空に上がった気がしますお疲れ様でした。
日本の大学の山岳部、ワンダーフォーゲル部において残雪期の春山登山、冬山登山というのは慣例的に行われるものでして、とくに冬山登山は世界レベルの山に挑戦する際には必要不可欠なスキルなんですよ。なので3月の冬山登山は全然、不思議なことではありません。直近でも日本の大学生5人がヒマラヤ山脈の未踏峰プンギ6524mを登頂しましたよね。ヒマラヤは世界的高山ですから冬山の技術がなければ登れません。北海道の冬山はそういった意味、訓練で登られる場合が多く、世界の山に挑まれるような登山家はよく訪れています。有名なところだと三浦雄一郎さんは冬の手稲山を訓練でよく登られていましたし、栗城史多さんは冬の羊蹄山を訓練で登られていました。冬の黒岳では谷口けいさんが訓練中に滑落死されています。テレビ番組の山岳撮影班なども北海道の冬山で訓練をされていますね。動画説明欄のカムエク登山のコメントの裏話は、僕だからこの場所に簡単に行っているように見えてしまわないか、皆さんの目に映ってしまわないか、それが懸念材料の1つでしたので、お断りという意味も込めて記載させていただきました。カムエク八ノ沢カール慰霊に続いて十ノ沢慰霊の映像を世に出して、その表面だけを観ている視聴者から「○○の現場に私は行けないので代わりに行ってほしい」などとコメント欄に書かれる恐れがありましたからね。映像を観ているだけでは分からないかもしれませんが、ただ川原を歩いているだけじゃなく、知床半島並みのヒグマの密度の濃さの中、天気予報が外れて瞬間的な大雨が降れば渡渉できなくなる恐れ、八ノ沢を越えてから先の川沿いは崖のような急斜面が時折接しており、崩れてくる恐れなどもありました。登山道と違い、浮石が多く、足首をひねってしまっただけでもここでは命取りになりますし。その時点で夕方に差しかかっていたら救助を呼んでも、その日にはヘリは飛んできませんからね。皆さんに観ていただいたことが慰霊に繋がり、皆さんの目に触れたことでこの先の未来にも慰霊の思いが繋がれていくのかなと思っております。大役とまでは豪語しませんが、僕は僕で何かを1つ果たせたのかなと思っています。
沢田リーダー、中川サブリーダー、橋本さん、松井さん、坂井さん、田中さんのみなさまが安らかに眠れますようにお祈りいたします。魂は家族の元に帰っていると願いたいです。沢田リーダーの責任感、みんなへの気遣い、後悔の念、最後まで諦めない気持ち。立派なリーダーだと思います。この山行が成功していたら、みなさん立派社会人になっていたでしょうし、1年生の方々は自信を持って生活できていたでしょう。冒険心に溢れた良い若者達だったのでしょうね。生まれる前の出来事で本格的に登山していたわけではなかったので、この動画を観るまで事故の事は知りませんでした。慰霊を続けていた方々もいつまでも元気でいてくれる事を願っています。今回も貴重な映像ありがとうございました。慰霊を行うような優しい気持ちを持つ、すずしん様には良いことがありますように。
この場所は人を寄せ付けない日高山脈の深奥ということもあり、慰霊のために訪れることができる人も限られているのかなと思いますが、令和2年、2020年に六君のご友人1人が慰霊のために訪れていたということで、きっとその想いは今も六君に通じているのだと思います。そしてこの映像を今、多くの方に観ていただいていることが、今後の慰霊へと繋がると思っております。当時、このルートはすでに先人によって開拓がされており、北大山岳部にとってある種、恒例行事となっていたそうですが、この山行を成し遂げることができていたら、彼らの大きな自信となっていたことは確かでしょうね。大雪が降り、悪天候であったことからも過酷で挑戦的な山行であったということは間違いなく、もしかするとそのうちの誰かはいずれ世界の山に挑んでいたのかもしれません。動画説明欄にも書いていますが、僕自身は十勝に生まれ、十勝で育ったということもあり、この遭難事故についてはなんとなく中学、高校の頃から十勝毎日新聞の記事や父親がしてくれた話で知っていました。この先、もし、登山等で日高山脈山岳センターに訪れることがあればその近くに札内川上流地域殉難者慰霊碑がありますのでぜひお立ち寄りください。墓誌に六君の名前が刻まれています。僕にとってはこの映像を無事に世に残せたことがとても良いことの1つです。お気遣いのお言葉ありがとうございます。
『自らを責めることももうしなくていい』泣きながら何度も頷きましたカムエクの動画もそうでしたが 観ていてずっと怖かった、、人間が踏み入ってはならない場所 人間の道理が通じない神々の場所命を奪われる理由は神々にしか分からない人智を越えた領域だと感じました どうか亡くなった若人達がもう寒い怖い申し訳ないという思いから逃れられますようにすずしんさんの手を合わせ頭を垂れる映像に合わせて私も合掌しました
スピリチュアル系の女性いわく、ここは昔から自然霊が守っている場所でそれは人間の営みに対して"怒っている"のだそうです。釣りを始めた頃に初めてとかちリュウタン湖に訪れ、以降、今に至るまでの僕の考えは違いまして、確かに過去の事故事例から恐ろしい場所、人が近づいてはいけないような場所というイメージが先行するのですが、いざ、その深奥に入ってみると自然のままのとても美しい場所、人間の命もそこに住む動物たちの命もすべてが平等に扱われるような、そんな場所、そんな印象を強く受ける…いえ、その感覚になると言った方が正しいのでしょうね。なのでここは僕にとって"命の重さを量る天秤が無い、すべての命が等しく在られる場所"というイメージです。…ただし、入山されている人口に対しての遭難数、つまりは遭難率が他の山に比べて異常に高いのも事実ですのでここの自然霊(そのような存在がいるのならば)は人間に対しては特別、厳しい傾向にあるのかもしれません。それは僕は否定しません。おっしゃられている通り、人間側の道理は通じないですね。ちなみに映像の中では命を落としてしまうような危険箇所は無かったように思えるかもしれませんが(ヒグマの脅威を抜きにして)、十ノ沢手前の左右の谷間の雪崩跡の規模は実際、凄まじいものだったと考えられますし、万一、ここで突発的かつ集中的な大雨や運悪く大地震が重なったら、僕も戻れなくなっていた可能性がありましたからね。合掌、慰霊のお気持ち、ありがとうございます。こうして観ていただいたことがそのまま慰霊に繋がります。そして、いつまでもこの事故を、彼らの存在を忘れずにいてあげてくださればと思います。
踏み入ってはならない場所に入ったから命を落とした、とは考えていません。これからこのルートに挑む方達に対しては尊敬と憧れを感じますあくまでも現在の私の身体能力・胆力から軽率に「人間が踏み入ってはならない」そう感じてコメントしてしまったのだと思ってます。コメント読み直して誤解をあたえる文章だったと思ったのですみません、『自らを責めることももうしなくていい』すずしんさんののこの言葉にただただ頷き若人たちの魂が救われていくよう祈りを捧げました
命の重さを量る天秤が無い、すべての命が等しく在られる場所・・・私にはただ怖いと感じる場所でも実際に訪れるとそういう風に感じられるんですね沢の美しい、でも映像観てるだけの私には怖く感じてしまいましたどれだけ準備して備えても、あるいは備えてない人でも、明日誕生日で愛する人と一緒に過ごす予定の人でも素行悪く誰かを傷つけてる人でも、等しく条件そろえば命を落とすんですね
@@xxxchocolat7199 この場所の感じ方は人それぞれだと思います。僕のチャンネルの動画を観て行けば自ずと感じられると思いますが、僕は一般的な登山者とは考え方や山の見方が違います。ハンターであり、サバイバルという観点で自然を見ており、過去にスピリチュアル系の考え方を学んだ時期があり、何度も死にかけた経験から死生観もやや違うと考えられます。ある程度の登山経験を積んだ登山者からするとこの場所は挑むべき場所、自分自身を高めるために訪れる場所なのでしょう。十ノ沢やキネンベツ沢、札内川源流は到達困難峰に登るためのルートの通過点となっていますからね。沢登りの技術が必須ですので一般的な登山のレベルではかなり難しい部類に入るルートです。単独で来られる話は近年、聞くことがありません。この場所はすべての命が丸裸になるのだと思います。日高山脈深奥の情報がまだ少なかった当時においてはその感覚はもっと強かったはずです。それでも沢田パーティーに落ち度はなかった。沢田リーダーの判断はどれも正解だった。それでもこの事故が起きたのは、この場所が元々そういう場所だったからなのでしょう。本映像を観ていただいたこと、六君の最後を想っていただいたことが慰霊に繋がりますので、いつまでもこの事故のこと、彼らを忘れずにいてあげてくださればと思います。
2024年11月8日追記:
・コメントされる方は先に本動画の説明欄全文をお読みください。
・高評価、低評価のボタンですが、低評価のボタンは無効化されております。視聴者から見て、表面上は押すことができてもカウントはされません。高評価についてはこちらでカウント数を確認することができますのでいつも高評価を押してくださる方はよろしくお願いいたします(2024.11.9追記:動画公開後12時間で120件を超える高評価をいただいております。いつもありがとうございます)。
・本編映像最後の焼香の後、八ノ沢に戻る前に十ノ沢を映しておりますが、謎のブレがヒドいです。これは手ブレではなく、なぜかその時だけカメラの調子が悪く、ブレが止まらなかったためです。3度目の撮影で少しマシになったのがあの十ノ沢の映像となります。十ノ沢を映すときに必然、六君が亡くなった場所に背を向ける形になっていたため、「何かが後ろに?」と頭を過ぎり、背筋に冷たいものが走りました。
凄まじい映像でした。
言葉に言い表せない気持ち。
沢田リーダーの最期の言葉に各々に与えられた命の尊さを感じます。
そんな言葉も軽々しく思えてならない。
本映像を観られたことがそのまま慰霊に繋がると思っております。
この事故を伝えるRUclipsの動画はいくつかあるようですが、このように実際にその場所までの過程を映した映像は存在せず、これはこの先の未来に残るものだと思いますし、こういった残し方、慰霊の繋ぎ方をする人もこの先にはなかなか現れないのだろうと思います。
また、北海道の自然そのままの美しい姿、知床半島のように人慣れしたヒグマたちとは違い、お互いに命をむき出しにしているからこその緊張感のある出遭い、そういう意味でも映像として凄いのかもしれませんね。
硬くぶ厚い雪の下で誰よりも命の重さを感じていたリーダーの最後の言葉たちはどんな人の胸にも来るものがあると思います。
ここへ来ずに慰霊の気持ちを言葉にする人たちは世の中にたくさんいれど、本当に慰霊の気持ちを表したいのなら、届けたいのなら、すでに喜寿の年齢に達しているご友人のように、この映像の僕のようにその足跡を辿ることが本来的なのだろうとは思っています。…命の保障がなく、すべて自己責任、遺書を書いていかなければいけないような場所なのがそれを困難にしているわけですが。
それ以外の方はきっと、この事故を、彼らを、忘れないでいてあげることが慰霊の方法として1つの正解なのだろうと僕は思っています。
最後の事故現場の映像と雪の遺書の引用で胸が痛くなり、それまでのカムエクの雄大で過酷な風景やヒグマとの遭遇などは頭から吹き飛んでしまいました。雪の下に閉じ込められ、生還の望みは薄いと悟りながらわずかな可能性をかけて雪を掘り、結局、脱出は叶わなかった。本当に無念だったろうなと、リーダーの心情を思うとやるせなくなります。なまじ即死でなく数日の間、生きて意識がはっきりしていただけに、じわじわと死が迫ってくる恐怖はいかばかりかだったか。生還したらしたで、「自分だけ生き残ってしまった」「自分が他の5人を死なせてしまったのではないか」と自分を責めながら、残りの人生を歩んでいたであろうことも想像できます。手記からするに、責任感が強く、他人思いな方だったと見えますので。だから、最後にすずしんさんの「もう自分を責めなくていい」というメッセージには、涙腺が緩みました。映像のブレは、科学的常識では何の意味もない偶然で片付けられてしまいますが、もしそういうものを超えた何かがあるなら、すずしんさんのメッセージと追悼に対する犠牲者の霊からの「答え」なのではないでしょうか。「あなたの祈りは届いたよ」と。
申し訳ございません、最初のコメントの後半は僕の計算が思い切り間違っていたのに気付いて消しましたので、お忘れ下さい。
八ノ沢まではカムエクの登山道として現在、年間に100人前後の登山者が訪れる場所ですが、八ノ沢よりその先というとほとんどの人が行かないために一気にヒグマの密度が濃くなりますね。体感だとここだけ知床半島並みです。
それと同時に日高山脈らしい手つかずの原始の山の様相も見ることができました。
札内川から時折望むことができるそれぞれの稜線は美しく輝いているように見えましたね。
焼香し、手を合わせると「責めなくていい」という言葉が自然と脳裏に浮かびました。
それに呼応したのかは不明ですが、十ノ沢を映した映像のブレは今でも謎です。撮った映像をその場で確認するとカメラ自体の補正がこの時だけ狂っていたようで設定を変えても直ることはありませんでした。
カメラのこの不具合は十ノ沢から下山し始めるとすぐに直りました。
3年前、とあるスピリチュアル系の方がピョウタンの滝に訪れた際、この札内川流域、山域に強い大自然の怒りを感じたそうです。それは人間的な感情の怒りとはまた別物でしょうが、その昔、アイヌの方々が畏敬の念で寄りつかなかった山域でもあったということから、あながちその感覚は間違いではなかったのかもしれません。
そのとあるスピリチュアル系の方に3年前、「僕は慰霊のために行く予定です」と伝えると、「やはり、男性だからでしょうか。強いですね。女の私には近づくことさえ、難しいです」と返答をいただいておりました。
今でも日本各地には山や島に女人禁制という風習が残っておりますが、それは宗教的なものではなく、精神的に見たときに合う合わないというものが存在するのかなとその言葉で思うことができました。
この山域は必ずと言っていいほど、訪れる人たちの命を奪います。これは未来永劫、この山域において変わることはないのかもしれません。
こうして十ノ沢までの行程を余すことなく映像化することでそれがそのまま慰霊、祈りに繋がって、少しでもこの先のこの山域の大自然の怒りなるものを鎮める手助けになっていればなと思います。
何より、もうこの先、ここに慰霊のために訪れることが難しい、叶わないであろうご友人方へこの映像が届けばなと思っております。
撮影しながら音や匂いも気にして歩くのは大変なことと思います。知識がないと行けない場所。いつもありがとうございます😊
ここは山登り全般の知識、ヒグマ対応の知識があっても、単独ではおいそれとは行けないような場所であるとも僕は思っています。
精神的、物理的な油断はそのまま命取りとなりえます。
行程も8時間と長いですからね。どこかでミスをすれば大幅なロスになるし、その日に助けは望めません。
過去に遺体未発見の遭難者が出ている点からもそのリスクの高さは伺えることでしょう。
物理的な死を回避するためにもしかするとスピリチュアル性も多少は必要なのかもしれません。そういう場所です。
十ノ沢までの行程を余さず撮影したこの映像がそのまま、六君の慰霊に繋がっていればなと、ここに来ることができない、もしくはできなくなったご友人方の目に届けばなと、心から思います。
視聴された方々にも広く合掌の意を示していただければ、僕がこの映像をこのタイミングで残した意味があるのかなと思います。
美しく、厳しく、そして時に理不尽な自然.... それでも勇敢な人間は挑戦し続ける。
一昨年のカムエク、そして今回の十ノ沢、どちらもすずしんさんの行動が、声が、祈りが、現地の英霊にしっかりと届いたことが、科学を超えて記録されるのだと感じます。
この山域の奥地はおそらく北海道の神域のようなもので、真の意味でそこに挑まれる方々のその精神には勇敢、覚悟、胆力が必要不可欠なのだと思います。慰霊のために訪れたご友人や僕のように昨今においてこの山域、十ノ沢に1人で来訪するということは通常、ありえないことですからね。
過去にこの山域で行方不明になってしまった方も単独行でした。
視聴者の皆さんがこの映像を観てくださることでそれがそのまま慰霊となり、また、僕の行動が見てくださる皆さんの記憶に残ることでも祈りの声というのは広く長く残る、受け繋がれていくのだと思います。
札内川十ノ沢で亡くなられた北大生6名様の御冥福をお祈り致します。
沢田さん、暗く硬い雪の中で自身を見失わず、よく耐えていらっしゃいました。
「雪の遺書」からは責任感と善良なお人柄が伺え、何度も目頭が熱くなりました。命だけあれば沢山だ…かける言葉が見つかリません。
幕営にこの場所を選んだことは正しい判断だった
自らを責めることはもうしなくてもいい
沢田さんにとってこの言葉は、この上もなく嬉しいと思います。死してなお、苦しんでいた想いが、神様に許されと思ったことでしょう。
すずしんさんの深い思いやりに胸を打たれました。
札内川十ノ沢、神様の領域に入ることは、選らばれし者のみ許されるのではないかと、ふと感じました。
この映像を時間を割いて観ていただいたことがそのまま六君の慰霊に繋がると思います。
懐中電灯が手に入るまでは暗闇の冷たい中、地上に向かって硬く締まった雪を掘り進めていたわけですからね。実際には書置きができる状況になるまで自分自身を見失う瞬間が何度もあったのではないかなと思います。それまで時間の経過すらも確認できなかったわけですから。
1人、命の重さを知りながら、感じながら最後の時を、しかし諦めずに掘り進めていた。
謝罪と感謝、数々の遺言、残せるものを最後の最後まで残していた。
半世紀経ち、十ノ沢に残っているモノがあるのなら…という思いもあって来訪しましたが、実際に辿り着いて雪洞の場所を見て、そうだったのか、という言葉とともに責める必要はない、という思いがこみ上げてきました。それ以外に無いな、とも。
札内岳やナメワッカ岳などの到達困難峰への登山で通過する以外、ここへ慰霊のために訪れるにはそれ相応の思いと覚悟が必要なのだと思います。
直近での他の登山者の滑落事故、これだけのヒグマの痕跡、遭遇があるので1人では行かない方が良い山域なのは間違いないですね。
僕のように単独行なら遺書を書いてから行くべき場所です。
選んでいるのか、選ばれているのか、どちらかは分かりませんが、この時代、このタイミングでこうして映像に残せるのは自分しかいないとは2022年の時点で分かっていたので、その時点でもうある意味で選ばれていたのかもしれませんね。
🌱以前、カムエクを目指され、グランドの様な規模の広い札内川、八の沢の見事な渡渉。釣り以外は、もう見せて頂ける事は無いだろうと思っていました。 今回再び、見る事が出来、感慨深いです。 今回2枚の紙地図を丁寧に、見せてくれましたね。頭無い自分ですが、動画止めて一生懸命に見ました。 ひたすら川を歩くは、事前に、確実に相当数字の計算をされたのではないですか。川は等高線が無い分、標高が重要ですか。川は現在地点の把握が解りづらい気がしますが、、。歩く時間はKm=分ですか、これとて平地と登山の間を取られての計算ですか。紙地図の上で歩いた距離と、実際の景色はピッタリですか。コンパスの確認はされるのですか(川の分岐の多さに戸惑います)。歩き続けるすずしんさんに、私は色々聞き続けました。 等高線の線さえ数えられない、掴み何処の無い川歩きを。計算通りに歩かれる、すずしんさんの感覚と頭、度胸はどうなっているのでしょうか。 なるほど、キムンカムイ様のコメントにあられます様に私も十の沢到着で、今までの事は、吹き飛んでしまう程の衝撃を感じました。 カムエクの出来事は、最後はがむしゃらであられました。今回の最後は、お一人、絶望の中、命ある限り、思うまま沢山の文章を書かれました。 すずしんさん、22歳でしようか。 頑張りましたね。 この事は一生私は忘れないでしよう。あのテラス。 そしてすずしんさんの、見事な川歩きも。改めてお礼申し上げます。ありがとうございます🌱。
残された紙地図、表面も忘れません。
八ノ沢出合までは2022年秋のカムエクと同様のコースでしたが、2年経って変わったなと思う部分と変わらないなと思う部分で様々な発見がありました。
川はその年ごとの雨量、流れで毎年変化するため、基本的に登山道がないという点で一般登山者からすると難度は高いのかなと思います。
十ノ沢までのルートはほとんどの人が知らない、その風景も知られていないのでいつもお世話になっている印刷した国土地理院地図を今回は映像の中に入れました。実際、僕が毎回、地図をどのように使っているのか、それを知ってもらう機会にもなるかなと思って。
川にも等高線はかかっていますが、登山道のように明確な登りが川にあるわけではないのであまり正確ではない点が地図読みの際に難しい部分になりますね。
僕はその誤差を常に計算しながら進みます。後は地形、見える稜線、特徴的な山の形を地図と照らし合わせていきます。これは映像の通りですね。
遭難しないための現在地の特定です。
コンパスは僕の腕時計の機能に付いていますが基本的にこれは使いません。自分の現在地を地図上で見失ったと感じたとき、つまりは遭難一歩手前になったときに回復するべき方向を確認するために使うくらいです。
そうでなくても、自分の体内時計で時間計算をしながら進んだ距離を計っているので現在地の誤差は50m以内に常に収まります。体内時計と実際の時間との誤差は1分くらいですね。仮に遭難したかもしれないと感じてもこの誤差の範囲ならコンパスがなくても正規ルートへの回復は早いです。
アイヌの方々もそうですが昔の北海道の人は頭の中にその山の地形図を描いていたものです。
また、暗闇の中やホワイトアウトの世界を進むときなどはこのスキルが必要不可欠です。
十ノ沢手前に到達したとき、こんな地形なのかと、雪洞を掘ったのはこんな丘の上、テラス状台地だったのかと思いました。
そうか、そうなのか、と自然とその場で言葉が漏れたほどです。
誰がこれを責められる?
責めるところがなく、十ノ沢を恨んだ歌詞の意味がここで理解できました。
本映像を観ていただいたこと、心を振り絞ってコメントを書いていただいたことがそのまま六君の慰霊に繋がると思います。
初めて拝見しました。
この遭難の救助に私の父も携わっていたはずです。
お盆、お正月…連休はいつも夜中でも警察からお呼ばれして救助に向かい3日後くらいにクタクタになって帰ってくるのが当たり前でした。
その度に子供ながら山で人が亡くったんだと複雑な思いをした記憶があります。
今でもカムエク、十の沢、トムラなど遭難の多い名前を聞くとドキッとします。
この動画を見てこれから登山される方々、北海道の山は本州とは違います。
事故や遭難には気をつけて綺麗な山々を楽しんでください。
本映像を観ていただいたことが彼ら六君の英霊への慰霊に繋がると思っております。
また、この不幸な事故が起きてしまった場所、十ノ沢をこの先も忘れずにいてくださればと思います。
お父様が救助隊の編成メンバーだったのですね。
半世紀前の事故であり、もう関係者の間では記憶が薄れてきているのかなと思いますので、子供ながらに感じたその思いの記憶は大切なものとなるでしょう。
その記憶を何らかの形で残していけばきっとこの先、何十年か先に本映像とともにまた繋がっていくのではないかと僕は思っています。
本チャンネルの登山のシリーズでは北海道のあまり一般的ではない山域での登山や山行も収録しておりますので、そちらも観ていただければなと思います。
僕が登山のシリーズを配信、投稿しているのは登山者とヒグマの関わりの変化を記録するためでもありますし、ヒグマだけではなく、登山中の遭難事故の防止の観点もあります(それぞれの動画の動画説明欄を読んでもらったら分かると思います)。
北海道は緯度が高いために本州の山の1.5倍の厳しさがあると言われています。
そうでなくても本州に比べて登山道それ自体の厳しさ、基本的に山に山小屋が無いなどの条件もあり、遭難してしまった場合の生還率は低くなりますので本チャンネルにて山行に必要な知識を得て、そして、他にない北海道の自然の雄大さ、美しさを感じてもらいたいなと思っております。
動画を見て、札内川十ノ沢が10年くらい前に読んだ立松和平さんの小説「日高」の舞台であることに気づきました。記憶が薄れているので、月末に一週間ほど入院する機会に病室で再読しようかと思っています。
立松和平著『日高』は十ノ沢雪崩事故をモチーフにしたフィクションですね。あくまでもフィクションですのでそこはご理解ください。故沢田義一が実際に残したものは地図の裏に書いた遺書のみです。
僕は視聴者の皆さんにこの映像を観ていただいたことがそのまま慰霊に繋がると思っていますので、立松和平著『日高』はフィクションではありますが、再読された際は心の中でいいですので手を合わせていただければなと思います(あらためてのここでのコメントの書き込みは必要ありません)。
タイトルを見て、これはゆっくりじっくり拝見したいと
今日になりました。
どの季節でも登山は危険と隣り合わせなんでしょうけど
3月に合わせたのは何故だったのなかぁ
卒業前に達成したいと思う強い、そして若い気持ちがあったのかな
年齢的なものからですかね
当事者目線自分だったらと云うよりも母目線で見てしまって
最後はやっぱり泣けました
若さ故、体力も気力もあった為の時間が何とも切なく悲しかったですね
手を合わせてる場面で初見でも手を合わせましたが
見返してもう一度手を合わせました
概要の所での「代わりに…」への返事ですが
謝罪してましたけど不要だったと思います
コメント者さんの想いももう断ち切って良いでしょう
解放されて良いでしょう
と私には優しさに見えました
登る事は決めているが貴方の為に登らない
そう言いつつもその気持ち事
線香に乗せて届けた様に見えました
何か1つ
何かが1つ空に上がった気がします
お疲れ様でした。
日本の大学の山岳部、ワンダーフォーゲル部において残雪期の春山登山、冬山登山というのは慣例的に行われるものでして、とくに冬山登山は世界レベルの山に挑戦する際には必要不可欠なスキルなんですよ。なので3月の冬山登山は全然、不思議なことではありません。
直近でも日本の大学生5人がヒマラヤ山脈の未踏峰プンギ6524mを登頂しましたよね。
ヒマラヤは世界的高山ですから冬山の技術がなければ登れません。
北海道の冬山はそういった意味、訓練で登られる場合が多く、世界の山に挑まれるような登山家はよく訪れています。
有名なところだと三浦雄一郎さんは冬の手稲山を訓練でよく登られていましたし、栗城史多さんは冬の羊蹄山を訓練で登られていました。冬の黒岳では谷口けいさんが訓練中に滑落死されています。テレビ番組の山岳撮影班なども北海道の冬山で訓練をされていますね。
動画説明欄のカムエク登山のコメントの裏話は、僕だからこの場所に簡単に行っているように見えてしまわないか、皆さんの目に映ってしまわないか、それが懸念材料の1つでしたので、お断りという意味も込めて記載させていただきました。
カムエク八ノ沢カール慰霊に続いて十ノ沢慰霊の映像を世に出して、その表面だけを観ている視聴者から「○○の現場に私は行けないので代わりに行ってほしい」などとコメント欄に書かれる恐れがありましたからね。
映像を観ているだけでは分からないかもしれませんが、ただ川原を歩いているだけじゃなく、知床半島並みのヒグマの密度の濃さの中、天気予報が外れて瞬間的な大雨が降れば渡渉できなくなる恐れ、八ノ沢を越えてから先の川沿いは崖のような急斜面が時折接しており、崩れてくる恐れなどもありました。
登山道と違い、浮石が多く、足首をひねってしまっただけでもここでは命取りになりますし。
その時点で夕方に差しかかっていたら救助を呼んでも、その日にはヘリは飛んできませんからね。
皆さんに観ていただいたことが慰霊に繋がり、皆さんの目に触れたことでこの先の未来にも慰霊の思いが繋がれていくのかなと思っております。
大役とまでは豪語しませんが、僕は僕で何かを1つ果たせたのかなと思っています。
沢田リーダー、中川サブリーダー、橋本さん、松井さん、坂井さん、田中さんのみなさまが安らかに眠れますようにお祈りいたします。
魂は家族の元に帰っていると願いたいです。
沢田リーダーの責任感、みんなへの気遣い、後悔の念、最後まで諦めない気持ち。立派なリーダーだと思います。
この山行が成功していたら、みなさん立派社会人になっていたでしょうし、1年生の方々は自信を持って生活できていたでしょう。
冒険心に溢れた良い若者達だったのでしょうね。
生まれる前の出来事で本格的に登山していたわけではなかったので、この動画を観るまで事故の事は知りませんでした。
慰霊を続けていた方々もいつまでも元気でいてくれる事を願っています。
今回も貴重な映像ありがとうございました。
慰霊を行うような優しい気持ちを持つ、すずしん様には良いことがありますように。
この場所は人を寄せ付けない日高山脈の深奥ということもあり、慰霊のために訪れることができる人も限られているのかなと思いますが、令和2年、2020年に六君のご友人1人が慰霊のために訪れていたということで、きっとその想いは今も六君に通じているのだと思います。
そしてこの映像を今、多くの方に観ていただいていることが、今後の慰霊へと繋がると思っております。
当時、このルートはすでに先人によって開拓がされており、北大山岳部にとってある種、恒例行事となっていたそうですが、この山行を成し遂げることができていたら、彼らの大きな自信となっていたことは確かでしょうね。
大雪が降り、悪天候であったことからも過酷で挑戦的な山行であったということは間違いなく、もしかするとそのうちの誰かはいずれ世界の山に挑んでいたのかもしれません。
動画説明欄にも書いていますが、僕自身は十勝に生まれ、十勝で育ったということもあり、この遭難事故についてはなんとなく中学、高校の頃から十勝毎日新聞の記事や父親がしてくれた話で知っていました。
この先、もし、登山等で日高山脈山岳センターに訪れることがあればその近くに札内川上流地域殉難者慰霊碑がありますのでぜひお立ち寄りください。墓誌に六君の名前が刻まれています。
僕にとってはこの映像を無事に世に残せたことがとても良いことの1つです。お気遣いのお言葉ありがとうございます。
『自らを責めることももうしなくていい』
泣きながら何度も頷きました
カムエクの動画もそうでしたが 観ていてずっと怖かった、、
人間が踏み入ってはならない場所
人間の道理が通じない神々の場所
命を奪われる理由は神々にしか分からない
人智を越えた領域だと感じました
どうか亡くなった若人達がもう寒い怖い申し訳ないという思いから逃れられますように
すずしんさんの手を合わせ頭を垂れる映像に合わせて私も合掌しました
スピリチュアル系の女性いわく、
ここは昔から自然霊が守っている場所でそれは人間の営みに対して"怒っている"のだそうです。
釣りを始めた頃に初めてとかちリュウタン湖に訪れ、以降、今に至るまでの僕の考えは違いまして、確かに過去の事故事例から恐ろしい場所、人が近づいてはいけないような場所というイメージが先行するのですが、いざ、その深奥に入ってみると自然のままのとても美しい場所、人間の命もそこに住む動物たちの命もすべてが平等に扱われるような、そんな場所、そんな印象を強く受ける…いえ、その感覚になると言った方が正しいのでしょうね。
なのでここは僕にとって"命の重さを量る天秤が無い、すべての命が等しく在られる場所"というイメージです。
…ただし、入山されている人口に対しての遭難数、つまりは遭難率が他の山に比べて異常に高いのも事実ですのでここの自然霊(そのような存在がいるのならば)は人間に対しては特別、厳しい傾向にあるのかもしれません。
それは僕は否定しません。
おっしゃられている通り、人間側の道理は通じないですね。
ちなみに映像の中では命を落としてしまうような危険箇所は無かったように思えるかもしれませんが(ヒグマの脅威を抜きにして)、十ノ沢手前の左右の谷間の雪崩跡の規模は実際、凄まじいものだったと考えられますし、万一、ここで突発的かつ集中的な大雨や運悪く大地震が重なったら、僕も戻れなくなっていた可能性がありましたからね。
合掌、慰霊のお気持ち、ありがとうございます。
こうして観ていただいたことがそのまま慰霊に繋がります。そして、いつまでもこの事故を、彼らの存在を忘れずにいてあげてくださればと思います。
踏み入ってはならない場所に入ったから命を落とした、とは考えていません。
これからこのルートに挑む方達に対しては尊敬と憧れを感じます
あくまでも現在の私の身体能力・胆力から軽率に「人間が踏み入ってはならない」
そう感じてコメントしてしまったのだと思ってます。
コメント読み直して誤解をあたえる文章だったと思ったのですみません、
『自らを責めることももうしなくていい』
すずしんさんののこの言葉にただただ頷き
若人たちの魂が救われていくよう祈りを捧げました
命の重さを量る天秤が無い、すべての命が等しく在られる場所・・・
私にはただ怖いと感じる場所でも実際に訪れるとそういう風に感じられるんですね
沢の美しい、でも映像観てるだけの私には怖く感じてしまいました
どれだけ準備して備えても、あるいは備えてない人でも、明日誕生日で愛する人と一緒に過ごす予定の人でも
素行悪く誰かを傷つけてる人でも、等しく条件そろえば命を落とすんですね
@@xxxchocolat7199 この場所の感じ方は人それぞれだと思います。
僕のチャンネルの動画を観て行けば自ずと感じられると思いますが、僕は一般的な登山者とは考え方や山の見方が違います。
ハンターであり、サバイバルという観点で自然を見ており、過去にスピリチュアル系の考え方を学んだ時期があり、何度も死にかけた経験から死生観もやや違うと考えられます。
ある程度の登山経験を積んだ登山者からするとこの場所は挑むべき場所、自分自身を高めるために訪れる場所なのでしょう。
十ノ沢やキネンベツ沢、札内川源流は到達困難峰に登るためのルートの通過点となっていますからね。
沢登りの技術が必須ですので一般的な登山のレベルではかなり難しい部類に入るルートです。
単独で来られる話は近年、聞くことがありません。
この場所はすべての命が丸裸になるのだと思います。
日高山脈深奥の情報がまだ少なかった当時においてはその感覚はもっと強かったはずです。
それでも沢田パーティーに落ち度はなかった。
沢田リーダーの判断はどれも正解だった。
それでもこの事故が起きたのは、この場所が元々そういう場所だったからなのでしょう。
本映像を観ていただいたこと、六君の最後を想っていただいたことが慰霊に繋がりますので、いつまでもこの事故のこと、彼らを忘れずにいてあげてくださればと思います。