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さすが船木さん包み隠さずわかりやすく話して頂いてありがとうございます、使ってた技が違っただけ、こんなわかりやすい答えはないです
以前から思ってましたが、船木さんは正直な方ですよね。船木さんの格闘スタイル、言動などに共感を得ます。
当時九州の田舎暮らし高校生でUWFなんて新日本に上がるまで知らなかった頃が懐かしい。その後は新生UWFに心酔したもんでした。船木さんの語り口が心地よい。
船木さんのしゃべり声、低めでゆっくり話されてて妙に心地いいです。寝る前のBGMにさせてもらってます(*‘∀‘)
今40~50代にプロレス語らせたら、100人が100通りの考え方あると思います。それぞれ、思い入れのある選手がいるでしょうから。僕は高田でした。くやしかったなぁ~、武藤に負けたとき・・・プロレスというものが自分なりに分かってきた時、あらゆる物事を見る視野が広がったのは確かです。ありがとう、プロレス。
月一回の興業で、選手の懐具合はどうだったのか興味がありますね
僕は新日vsUWF(80年代のほうです)でUWFを初めて見たのですが「こんなボクシングみたいなプロレスがあるんだ!」と衝撃を受けましてのめり込みました(笑)。UWFについてはいろいろおっしゃる方もいらっしゃいますし、UFCの出現で一気に総合格闘技の流れになりましたが、そこまでにファンを教育したという意味も含めて礎を作ったと僕は思っています。動画でもお名前を出されていますが、総合で活躍したのもU系といわれるレスラー達ですし、今も継続して試合を運営しているのもパンクラスと修斗ですしね。
私は総合格闘技のきっかけはUFCだという認識がありました。猪木さんやU系が長年にわたり追求してきたことを、いきなり頭の上あっさり飛び越えて実現してしまったのがUFCで、U系は慌ててその潮流にのらざるを得なかっただけ。そもそも「UWFとは何だったのか?」という、巷でよく湧き上がる問いの前提が、この点から端を発していると感じています。船木さんの今回の動画を拝聴し、どうも最後の結論にすっきりしない飛躍を感じました。この点についてもう少し詳しくお聞きしたいです。
UWFが総合格闘技を大規模な興行ビジネスに載せるというアイデアを実証し、UFCが生まれる基礎条件を整えた、ということじゃないかな。
最高過ぎてコメントがありませんw こんな話しが船木さんから聞けるとか… 頭の中が混乱状態です!
『UWFはプロレスだったのか?プロレスではなかったのか?』。明言は避けているけど、「スタイルが違うけどプロレス」という解釈でいいのかな。
どう見てもプロレス笑ビデオも沢山買いましたが、良い思い出です👍
UWFは「UWF スタイル」のプロレスです。そのルーツは新日本プロレスであり、アントニオ猪木であり、カール・ゴッチです。それを佐山聡が打撃などの要素を強化して、より観客に伝わりやすくしたものです。そしてUWF を絶対的に有名にしたのが前田日明であり、藤波戦に代表される殺人キックです。大流血に追い込んだ大車輪キックの衝撃は凄まじく、「格闘プロレス」の新語が誕生し、新生Uの原点となりました。前田は「常勝チャンピオンはいない!」と従来プロレスの格付けを壊そうとしましたが、実際にそれを行ったのは船木氏でした。パンクラスでは鈴木氏とともに弟子に不覚を取る試合もあり、序列のない、妥協無きスタイルを貫きました。Uはパンクラスより前の団体で、まだ観客側に立った試合を考え、1試合10分前後程度(それでも6試合で1時間)ありましたが、パンクラスは「秒殺」で「観戦時間」という概念を壊しました。
受けた藤波の漢気ね。
あの頃大好きだった自分に教えてあげたいよ。船木が自分の口で語ってくれるって。「どこにそんな話のってんだよ!」ていいそう
こんな話が聞けるとは…長い時間が過ぎたのだと実感します。
総合格闘技のプロ興行を生むきっかけになった。そう思います。Uは革新でした🌟
後ろの与論のきび酒ポスターが、気になります。
世はバブルの真っ只中今はなき大阪球場のチケット取りの行列が凄まじかった思い出マイクタイソンが東京ドームで試合したり華やかな時代でしたね
UWFから総合格闘技への移行という点では、ケン・シャムロックがホイス・グレイシーに負けた第一回UFCのインパクトが絶大でしたね。そこから発生した流れで安生選手の道場破り、ヒクソンVS高田、そしてヒクソンVS船木選手…へつながっていってるように思います。リングスの山本選手がヒクソン相手にロープを掴んで抵抗したこともありましたっけ。
淡々と喋っているけど当時からしたらとんでもない爆弾発言だらけなんだけど まあ、もう時代が許すだけの時が経ったってことかな。。UWFのビデオ映像見た時の あのリング上でのバタバタガタガタする選手の足音を収録した生々しさと 関節を決められた時に「いたたた!」「あたっ あたたた いたたたっ!」というプロレスラーに有るまじき声を発する所も「新しいホンモノの格闘技」という催眠にかかった要因でした。新生Uには神氏をはじめ色々ビジネス分かってる演出スタッフがいたんでしょうね。月イチ興行、ビデオ販売、オープニングで一人一人を選手入場させる事、レーザー光線を使った入場シーン、そして初めてプロレス興行を東京ドームで打ったこと、どれもそれまでのプロレス興行では考えられなかった革命的な手法で演出をしていた。
船木さん文句なく最高です!
中野 龍雄さんとのケンカみたいな試合は面白かったですね。船木さんのことが嫌いだったんでしょうね。究極、実績では桜庭さんがMAX最強でしたね。しかもすげえ面白かったし。すごい人だと思います。一個でも残る光があればUWFも輝きを失わないですね。今は北岡がそれを体張って実践してるといえるのではないでしょうか。少なくとも自分はそう感じて応援しています。
最初の自己紹介めちゃ滑舌いいですね
クローズドサーキットの初めては、猪木アリ戦だったのには驚き( °_° )映画館で生が見れたんだって~
船木選手が新日本に残っていたら、UWFとの対抗戦時には武藤ではなく船木選手が相手だった可能性あるでしょ。後は小川、村上、永田の変わりにミルコともやったかな?
あとUWF対格闘家と言うならプロレス界初の東京ドーム大会をやったUコスモスを今振り返るとどうだったのだろう。モーリススミスチャンプアクリスドールマンディックフライカズラスキーウィルヘルムといった一級の選手を集めたわけだけど。ガチと格闘プロレスとの混ぜこぜだったのかな。どうやって格闘家達を格闘プロレスの形に転換させたのだろうか、と今思う。
格闘家には2つのタイプがいる。プロレスと格闘技は別物であると認識する人と、格闘家がプロレスなんてできるかいと思う人。前者の代表が小川直也さんであり、モハメドアリ選手でしょう。上に名前があがっている人もすべて前者のタイプだと思います。
リングサイドで見たけど、鈴木と対戦したモーリスのガチの強さは異常だったよ。フライは関節技を侮ったよね。藤原はギリで勝ったけど危なかった。この2試合はブックはないと思う。
8:25 ケンドーナガサキが総合やってますよ、あっという間にKOされましたがw
UWFはプロレスではないです。年間300試合出来ないだろ、プロレスを知らないレスラーがやったプロレスもどきでしたね! 前座でやった試合を叱られてもやったのはもしかしたら蹴りを使っていたからでは? まだまだあまちゃんですね!
SWSとは何かをコメントして下さい!アマレス最強の谷津選手が藤原組とUWFルールで参戦していたらどうなったと思います?
手がでっかいですね
uwfインターvs新日本プロレス uwfインターの内容が惨敗でした。 あきらかにuwfは弱かった。船木さんに質問です。uwfは、練習の仕方が間違っていたのではないのか? 当時週刊プロレスの一面に山本編集長が、試合の前に、「uwfはほろびる、uwfは、uの概念の中で守られている」 とコメントをした事を覚えている。 船木さんはこの事に、どう感じたのか聞きたいです。
UWFを作ったのはマスコミと言われてますね。
uwfインターvs新日本プロレス uwfインターの内容が惨敗でした。 船木さんにコメントをしてほしいです。
waka masakun あれは親日主導のワークだからww当時の親日でガチで渡り合える力あったのは石澤、あと甘めに見て永田くらい。まぁ高田、安生、桜庭、金原には誰もガチでは勝てないね。
オレもあの日ドームにいて、UWFを応援しに密航したのにも関わらず、打ちひしがれて帰ってきた一人。※数年後同じ事がヒクソン戦でまた起こるのだが。他のコメと被らない事を言えば、長州が安生に対した時のような、タックルを入れもさせない凄み(怖さ)が圧倒的で、そりゃオリンピック選手だからその気になりゃそうかもしれないが、なんかあの時の長州は凄みがあったなと。あと、その抗争に乗らなかった田村潔司にスポットが当たり、高田がブッチャーと試合したりUWFインターがダメになっていく姿と反比例して、パトリック・スミス戦とか、もう孤高感出まくり過ぎて痺れたなぁ。「UWFは俺が守る」と。
tuiteruayaka リアルタイムで『全てケツの決まった試合』として見てました? 多分違うと思うけど。
52ch 僕は家でテレフォンサービスの結果速報を何度も何度もかけてはつながらず、そのうちテレビのトゥナイト2で高田負けを知り、ホント~~~にガッカリしました。 今でも、まだ悔しいです(笑) 真剣勝負の団体が、ロープに跳んだり場外乱闘する団体にまけるわけない(と、当時は思ってましたから)田村の孤高感半端なかったですね。小太刀での祈り、セコンドに大江慎、解説席の石井館長と握手、大田村コール。。ノーカット版みたいなぁ。その後のリングス移籍後の山本戦でUWFのジャージとか痺れる!
46ねこさく お前の犬の名前か?
凝った編集とかは特にしなくてもいいですよ。(^o^;)
やっぱりプロレスが最強
「プロレスが進化して総合格闘技になった」という解釈はどうしても支持できません。なぜなら、パンクラスが旗揚げする前に、バーリトゥードが開催されていたからです。プロレスが総合格闘技に接近したり、プロレスラーが総合のリングに上がったのは事実ですが、プロレスの延長線上に総合があるわけではない。
桜庭選手の話しは?対総合に関しては日本人で最高の戦績を残したし、事績としても船木さんよりも上だと思いますが。。。プロレスラーとしてもかなりの逸材だと思えます。
パンクラスもプロレスだったということがこれではっきりしました。
さすが船木さん包み隠さずわかりやすく話して頂いてありがとうございます、使ってた技が違っただけ、こんなわかりやすい答えはないです
以前から思ってましたが、船木さんは正直な方ですよね。
船木さんの格闘スタイル、言動などに共感を得ます。
当時九州の田舎暮らし高校生でUWFなんて新日本に上がるまで知らなかった頃が懐かしい。その後は新生UWFに心酔したもんでした。船木さんの語り口が心地よい。
船木さんのしゃべり声、低めでゆっくり話されてて妙に心地いいです。
寝る前のBGMにさせてもらってます(*‘∀‘)
今40~50代にプロレス語らせたら、100人が100通りの考え方あると思います。それぞれ、思い入れのある選手がいるでしょうから。
僕は高田でした。くやしかったなぁ~、武藤に負けたとき・・・
プロレスというものが自分なりに分かってきた時、あらゆる物事を見る視野が広がったのは確かです。ありがとう、プロレス。
月一回の興業で、選手の懐具合はどうだったのか興味がありますね
僕は新日vsUWF(80年代のほうです)でUWFを初めて見たのですが「こんなボクシングみたいなプロレスがあるんだ!」と衝撃を受けましてのめり込みました(笑)。
UWFについてはいろいろおっしゃる方もいらっしゃいますし、UFCの出現で一気に総合格闘技の流れになりましたが、そこまでにファンを教育したという意味も含めて礎を作ったと僕は思っています。
動画でもお名前を出されていますが、総合で活躍したのもU系といわれるレスラー達ですし、今も継続して試合を運営しているのもパンクラスと修斗ですしね。
私は総合格闘技のきっかけはUFCだという認識がありました。猪木さんやU系が長年にわたり追求してきたことを、いきなり頭の上あっさり飛び越えて実現してしまったのがUFCで、U系は慌ててその潮流にのらざるを得なかっただけ。そもそも「UWFとは何だったのか?」という、巷でよく湧き上がる問いの前提が、この点から端を発していると感じています。船木さんの今回の動画を拝聴し、どうも最後の結論にすっきりしない飛躍を感じました。この点についてもう少し詳しくお聞きしたいです。
UWFが総合格闘技を大規模な興行ビジネスに載せるというアイデアを実証し、UFCが生まれる基礎条件を整えた、ということじゃないかな。
最高過ぎてコメントがありませんw こんな話しが船木さんから聞けるとか… 頭の中が混乱状態です!
『UWFはプロレスだったのか?プロレスではなかったのか?』。明言は避けているけど、「スタイルが違うけどプロレス」という解釈でいいのかな。
どう見てもプロレス笑
ビデオも沢山買いましたが、良い思い出です👍
UWFは「UWF スタイル」のプロレスです。そのルーツは新日本プロレスであり、アントニオ猪木であり、カール・ゴッチです。それを佐山聡が打撃などの要素を強化して、より観客に伝わりやすくしたものです。そしてUWF を絶対的に有名にしたのが前田日明であり、藤波戦に代表される殺人キックです。大流血に追い込んだ大車輪キックの衝撃は凄まじく、「格闘プロレス」の新語が誕生し、新生Uの原点となりました。前田は「常勝チャンピオンはいない!」と従来プロレスの格付けを壊そうとしましたが、実際にそれを行ったのは船木氏でした。パンクラスでは鈴木氏とともに弟子に不覚を取る試合もあり、序列のない、妥協無きスタイルを貫きました。Uはパンクラスより前の団体で、まだ観客側に立った試合を考え、1試合10分前後程度(それでも6試合で1時間)ありましたが、パンクラスは「秒殺」で「観戦時間」という概念を壊しました。
受けた藤波の漢気ね。
あの頃大好きだった自分に教えてあげたいよ。船木が自分の口で語ってくれるって。
「どこにそんな話のってんだよ!
」ていいそう
こんな話が聞けるとは…長い時間が過ぎたのだと実感します。
総合格闘技のプロ興行を生むきっかけになった。そう思います。Uは革新でした🌟
後ろの与論のきび酒ポスターが、気になります。
世はバブルの真っ只中
今はなき大阪球場のチケット取りの行列が凄まじかった思い出
マイクタイソンが東京ドームで試合したり華やかな時代でしたね
UWFから総合格闘技への移行という点では、ケン・シャムロックがホイス・グレイシーに負けた第一回UFCのインパクトが絶大でしたね。そこから発生した流れで安生選手の道場破り、ヒクソンVS高田、そしてヒクソンVS船木選手…へつながっていってるように思います。リングスの山本選手がヒクソン相手にロープを掴んで抵抗したこともありましたっけ。
淡々と喋っているけど
当時からしたらとんでもない爆弾発言だらけなんだけど
まあ、もう時代が許すだけの時が経ったってことかな。。
UWFのビデオ映像見た時の
あのリング上でのバタバタガタガタする選手の足音を収録した生々しさと
関節を決められた時に「いたたた!」「あたっ あたたた いたたたっ!」というプロレスラーに有るまじき声を発する所も
「新しいホンモノの格闘技」という催眠にかかった要因でした。
新生Uには神氏をはじめ色々ビジネス分かってる演出スタッフがいたんでしょうね。
月イチ興行、ビデオ販売、オープニングで一人一人を選手入場させる事、レーザー光線を使った入場シーン、そして初めてプロレス興行を東京ドームで打ったこと、
どれもそれまでのプロレス興行では考えられなかった革命的な手法で演出をしていた。
船木さん文句なく最高です!
中野 龍雄さんとのケンカみたいな試合は面白かったですね。船木さんのことが嫌いだったんでしょうね。究極、実績では桜庭さんがMAX最強でしたね。しかもすげえ面白かったし。すごい人だと思います。一個でも残る光があればUWFも輝きを失わないですね。今は北岡がそれを体張って実践してるといえるのではないでしょうか。少なくとも自分はそう感じて応援しています。
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船木選手が新日本に残っていたら、UWFとの対抗戦時には武藤ではなく船木選手が相手だった可能性あるでしょ。後は小川、村上、永田の変わりにミルコともやったかな?
あとUWF対格闘家と言うなら
プロレス界初の東京ドーム大会をやったUコスモスを今振り返るとどうだったのだろう。
モーリススミス
チャンプア
クリスドールマン
ディックフライ
カズラスキー
ウィルヘルム
といった一級の選手を集めたわけだけど。
ガチと格闘プロレスとの混ぜこぜだったのかな。
どうやって格闘家達を格闘プロレスの形に転換させたのだろうか、と今思う。
格闘家には2つのタイプがいる。プロレスと格闘技は別物であると認識する人と、格闘家がプロレスなんてできるかいと思う人。前者の代表が小川直也さんであり、モハメドアリ選手でしょう。上に名前があがっている人もすべて前者のタイプだと思います。
リングサイドで見たけど、鈴木と対戦したモーリスのガチの強さは異常だったよ。
フライは関節技を侮ったよね。藤原はギリで勝ったけど危なかった。
この2試合はブックはないと思う。
8:25 ケンドーナガサキが総合やってますよ、あっという間にKOされましたがw
UWFはプロレスではないです。年間300試合出来ないだろ、プロレスを知らないレスラーがやったプロレスもどきでしたね! 前座でやった試合を叱られてもやったのはもしかしたら蹴りを使っていたからでは? まだまだあまちゃんですね!
SWSとは何かをコメントして下さい!
アマレス最強の谷津選手が藤原組とUWFルールで参戦していたらどうなったと思います?
手がでっかいですね
uwfインターvs新日本プロレス uwfインターの内容が惨敗でした。 あきらかにuwfは弱かった。船木さんに質問です。uwfは、練習の仕方が間違っていたのではないのか? 当時週刊プロレスの一面に山本編集長が、試合の前に、「uwfはほろびる、uwfは、uの概念の中で守られている」 とコメントをした事を覚えている。 船木さんはこの事に、どう感じたのか聞きたいです。
UWFを作ったのはマスコミと言われてますね。
uwfインターvs新日本プロレス uwfインターの内容が惨敗でした。 船木さんにコメントをしてほしいです。
waka masakun あれは親日主導のワークだからww当時の親日でガチで渡り合える力あったのは石澤、あと甘めに見て永田くらい。まぁ高田、安生、桜庭、金原には誰もガチでは勝てないね。
オレもあの日ドームにいて、UWFを応援しに密航したのにも関わらず、打ちひしがれて帰ってきた一人。※数年後同じ事がヒクソン戦でまた起こるのだが。
他のコメと被らない事を言えば、長州が安生に対した時のような、タックルを入れもさせない凄み(怖さ)が圧倒的で、そりゃオリンピック選手だからその気になりゃそうかもしれないが、なんかあの時の長州は凄みがあったなと。
あと、その抗争に乗らなかった田村潔司にスポットが当たり、高田がブッチャーと試合したりUWFインターがダメになっていく姿と反比例して、パトリック・スミス戦とか、もう孤高感出まくり過ぎて痺れたなぁ。
「UWFは俺が守る」と。
tuiteruayaka リアルタイムで『全てケツの決まった試合』として見てました? 多分違うと思うけど。
52ch 僕は家でテレフォンサービスの結果速報を何度も何度もかけてはつながらず、そのうちテレビのトゥナイト2で高田負けを知り、ホント~~~にガッカリしました。 今でも、まだ悔しいです(笑) 真剣勝負の団体が、ロープに跳んだり場外乱闘する団体にまけるわけない(と、当時は思ってましたから)
田村の孤高感半端なかったですね。小太刀での祈り、セコンドに大江慎、解説席の石井館長と握手、大田村コール。。
ノーカット版みたいなぁ。
その後のリングス移籍後の山本戦でUWFのジャージとか痺れる!
46ねこさく お前の犬の名前か?
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やっぱりプロレスが最強
「プロレスが進化して総合格闘技になった」という解釈はどうしても支持できません。なぜなら、パンクラスが旗揚げする前に、バーリトゥードが開催されていたからです。プロレスが総合格闘技に接近したり、プロレスラーが総合のリングに上がったのは事実ですが、プロレスの延長線上に総合があるわけではない。
桜庭選手の話しは?
対総合に関しては日本人で最高の戦績を残したし、事績としても船木さんよりも上だと思いますが。。。
プロレスラーとしてもかなりの逸材だと思えます。
パンクラスもプロレスだったということがこれではっきりしました。