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純文学を説明するのは哲学や心理学でエンタメ系は社会学というのはどうですかね?
お〜、それいいっすね!確かにそれは思います!😄それぞれをカバーする学問はやはり違いますよね〜!エンタメ系を哲学とはあまり思わないですもんね〜!なるほど!
純文学はリドルストーリーという解釈でいいんですか?
うーん、リドルストーリーかあ……でも、それでも十分いい解釈のような気がします。僕としてはノンジャンルというか、どこにも属さない、むしろジャンルの名前が付けられないような小説群って感じがしますね!☺️
難しく考えていましたが肩の荷をおろして捉えると、はいそーゆーことね。とあっさりしてました。やっぱ、このとっつきにくさは小説業界の捻くれた壁だと個人的に思います。
純文学は哲学、心理学の要素を取り入れて、その中で主人公を奮闘させて、それを読者が客観的に見てどう思うかを楽しんだり考えたりすることができるジャンルですかね。
確かに純文学はとっつきにくいかもしれませんね。ただ、エンタメと違って純文学はすべての人に向けて書かれた小説ジャンルというよりかは、興味ある人だけ読んだらいいですよ的な限定された言語空間って感じはしています。だからとっつきにくかったらとっつきにくくても、それはそれでいいのかなと思ったりはしてますね☺️
高校の現代文の教科書の小説の一部に明治~昭和の純文学が収録されてるけど、エリートや読書好きに関係無く現代人あまり読まないし、代わりに新聞の内容を出して読ませた方が為になるんじゃないかと思った。
どうなんでしょうね。読む人は読むし、読まない人は読まないですねえ。ただ新聞の文章と小説の文章は質が違いますね。新聞の文章は誰にでもわかりやすく意味は1つしかないですが、小説の文章は多層的になっていて多義的に捉えることができますから、そこの質の違うをどう捉えるか、があると思います。それを無視してしまうと「言葉」の記号的な側面を無視してしまうことになるので、純文学と新聞のどちらも為になるとは思っています。
純文学て自由な世界を追求するものだと思うので、やっぱり日本以外なら盛んな場所はフランスですかね?集団同調圧力的な宗教や共産主義みたいな政治イデオロギーの強い影響を排除し、自由でのびのびと個々人の考えを最大限尊重するから。(逆に政教分離の徹底し過ぎで、宗教的シンボルを出しちゃいけないとかかえって同調圧力かもしれませんが…。 )あと、シャルリー・エブドの風刺はいくら何でもやり過ぎだと思いますが。
あ〜、フランスって確かに自由な世界な小説は多いかもしれないですね☺️自由・平等・友愛ですもんねフランスは。そう言った点では純文学っぽい感じはします。シャルリー・エブドは知りませんでしたね。勉強になります!📕
@@RUclipsr-kx2nf フランスは「芸術の国」とも呼ばれ、昔から有名な画家の方を多く輩出してらっしゃいますし、今でもパリコレ等のファッションショーがありますからね。夏目漱石はイギリス留学をあまり楽しめなかったそうですが、教壇におしゃれな洋装で登壇していた事から決して西洋文化が嫌いだったという訳ではなく、むしろフランスへも留学出来るよう延長を政府に頼み込んでいたという話もあります。むしろ本命は芸術家に優しい国であるそちらだったのかもしれません。シャルリー・エブドは基本新聞社で、主に社会問題の風刺ですが、日本でも主にイスラム教関連の話題で度々ニュースで話題になっていますよ。
読み手の自己に向かうものが純文学、外界に向かっているのがエンタメじゃないでしょうか?
それはあるでしょうね〜。誰かが言ってましたが「自分のために書くのが純文学、他人のために書くのがエンタメ」と。「内と外」は両者の差である、という考えが確かにあるでしょうね〜。ただ、それを誰が決めるのか、という問題もありますけどね。客観的には判断が難しそうな基準ではあります!😃
純文学を説明するのは哲学や心理学で
エンタメ系は社会学
というのはどうですかね?
お〜、それいいっすね!確かにそれは思います!😄
それぞれをカバーする学問はやはり違いますよね〜!
エンタメ系を哲学とはあまり思わないですもんね〜!なるほど!
純文学はリドルストーリーという解釈でいいんですか?
うーん、リドルストーリーかあ……でも、それでも十分いい解釈のような気がします。僕としてはノンジャンルというか、どこにも属さない、むしろジャンルの名前が付けられないような小説群って感じがしますね!☺️
難しく考えていましたが肩の荷をおろして捉えると、はいそーゆーことね。とあっさりしてました。
やっぱ、このとっつきにくさは小説業界の捻くれた壁だと個人的に思います。
純文学は哲学、心理学の要素を取り入れて、その中で主人公を奮闘させて、それを読者が客観的に見てどう思うかを楽しんだり考えたりすることができるジャンルですかね。
確かに純文学はとっつきにくいかもしれませんね。ただ、エンタメと違って純文学はすべての人に向けて書かれた小説ジャンルというよりかは、興味ある人だけ読んだらいいですよ的な限定された言語空間って感じはしています。だからとっつきにくかったらとっつきにくくても、それはそれでいいのかなと思ったりはしてますね☺️
高校の現代文の教科書の小説の一部に明治~昭和の純文学が収録されてるけど、エリートや読書好きに関係無く現代人あまり読まないし、代わりに新聞の内容を出して読ませた方が為になるんじゃないかと思った。
どうなんでしょうね。読む人は読むし、読まない人は読まないですねえ。ただ新聞の文章と小説の文章は質が違いますね。
新聞の文章は誰にでもわかりやすく意味は1つしかないですが、小説の文章は多層的になっていて多義的に捉えることができますから、そこの質の違うをどう捉えるか、があると思います。
それを無視してしまうと「言葉」の記号的な側面を無視してしまうことになるので、純文学と新聞のどちらも為になるとは思っています。
純文学て自由な世界を追求するものだと思うので、やっぱり日本以外なら盛んな場所はフランスですかね?
集団同調圧力的な宗教や共産主義みたいな政治イデオロギーの強い影響を排除し、自由でのびのびと個々人の考えを最大限尊重するから。(逆に政教分離の徹底し過ぎで、宗教的シンボルを出しちゃいけないとかかえって同調圧力かもしれませんが…。 )
あと、シャルリー・エブドの風刺はいくら何でもやり過ぎだと思いますが。
あ〜、フランスって確かに自由な世界な小説は多いかもしれないですね☺️
自由・平等・友愛ですもんねフランスは。そう言った点では純文学っぽい感じはします。シャルリー・エブドは知りませんでしたね。勉強になります!📕
@@RUclipsr-kx2nf
フランスは「芸術の国」とも呼ばれ、昔から有名な画家の方を多く輩出してらっしゃいますし、今でもパリコレ等のファッションショーがありますからね。
夏目漱石はイギリス留学をあまり楽しめなかったそうですが、教壇におしゃれな洋装で登壇していた事から決して西洋文化が嫌いだったという訳ではなく、むしろフランスへも留学出来るよう延長を政府に頼み込んでいたという話もあります。
むしろ本命は芸術家に優しい国であるそちらだったのかもしれません。
シャルリー・エブドは基本新聞社で、主に社会問題の風刺ですが、日本でも主にイスラム教関連の話題で度々ニュースで話題になっていますよ。
読み手の自己に向かうものが純文学、外界に向かっているのがエンタメじゃないでしょうか?
それはあるでしょうね〜。
誰かが言ってましたが「自分のために書くのが純文学、他人のために書くのがエンタメ」と。「内と外」は両者の差である、という考えが確かにあるでしょうね〜。
ただ、それを誰が決めるのか、という問題もありますけどね。客観的には判断が難しそうな基準ではあります!😃